ぼくの誕生日
琉球新報(16日28面)
復帰と誕生日が重なっているために、琉球新報が掲載した。
昨日は、母の1年忌でメモ簡単に。
「力合わせる時だ」
辺野古・高江で闘う大西さん」

平和新聞「沖縄復帰40年ー海を越えた亀次郎の叫び」内村千尋(次女)
瀬長亀次郎の次女千尋さんが、連載始めた。琉球新報『「不屈」瀬長亀次郎』を短縮したが、娘千尋の思いがこもっていて実にいい。
カメさんと小さな子、カメさんの孫ではない。1977年代、この写真はカメさんの選挙リーフレットに使用された。
私の長男です。中小業者、農民の相談ごとで今、頑張っています。

座間の『3人娘」(14日雑談)
![120514tent2[1]](http://blog-imgs-53.fc2.com/t/e/r/teruo024/20120516174404c11.jpg)
(ブログ「追跡在日米軍辺野古」より、)
琉球新報社説(16日)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191253-storytopic-11.html
定期的に辺野古・高江に座り込みに来られる埼玉杉浦公昭さんメール
基地反対闘争の最前線に立つ人たち(6)2012年05月12日
古堅実吉さん
古堅実吉さんは、1990年から1999年まで沖縄選出の日本共産党衆議院議員を務めた方で、毎週水曜日10時に必ず米軍基地反対のゼッケンを胸につけ座り込みに来られます。私は、その時々の情勢について、彼の見解を聴くのを楽しみながら学んでいます。
2009年7月1日、私が「オバマ氏がチェコで『核兵器のない世界を』呼びかけ、ここ辺野古では新基地建設を進めている矛盾をどう思いますか?」と尋ねると「オバマ氏が何を言おうと、基地が無くなるまで闘い続けるのみ」と答えられ感動しました。
今年の座込みの際「ここ辺野古の米軍の新基地建設反対の運動は、2006年の日米合意を破綻させましたが、危険な普天間基地を撤去させてはいません。米軍基地を撤去させるには日米安保条約を破棄しなければならないと考えますが、如何ですか」と尋ねました。
彼は、高江の座り込みに向かう前の僅かな時間を割いて、凡そ次のように答えて下さいました。
「沖縄戦で戦友は殆んど死にました。私は、負傷して捕虜になりハワイの収容所に連行され、九死に一生を得ました。その時、私は『再び戦争に駆り出されれば、必ず死ぬと考えていました。そこで、戦争につながる道には、例え投獄されようとも絶対に反対しようと決意しました。ここに、私の『命どう宝』の思いの原点があります。
私は、紆余曲折はあっても、憲法に違反する日米安保条約に基づく誤った政治は、21世紀には、主人公である国民の力によって必ず取り除かれると確信しています。
圧倒的な国民は、世界に誇れる平和憲法に大きな誇りを持っています。私は、国民のこの誇りを大事にしたい。そして、この平和憲法の原点に立ち返り、その改悪を許さず、一層光り輝くようにしたいと願っています。
それは、『核も基地もない平和で緑豊かな沖縄・日本』を目指す闘いの一つでもあります。『地下に眠る友』への誓いは、この道でこそ果たされると確信します」と。





















