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消されたジュゴン

    熱い夏になった
       庭にはサンダンカの深紅、海は7色に輝く
 南の風、雲流れるのでテント村に海の様子を見に行く、座り込み安定して継続中、ユンタクして帰る。6月20日以来、調査船団見えない。何が起こったか

    10月10日(トトの日、魚の日、10・10空襲)
      座り込み2000日の節目ー何らかのイベント可能性あり

    8月1日(土) 高江座り込み3年目集会
        東村農民センター

   消されたジュゴン問題
  ジュゴンキャンペーンセンターなど準備書及び「見解」のジュゴン記述に異議申し立て、新聞「赤旗」、昨日から「検証ー沖縄・米軍新基地ーアセスの虚実」を始めた。一回目は「消されたジュゴン」、

 7月14日開催のアセス審査会に意見書を出している。参考資料に下記のジュゴン観察をも添付している。

別冊記録
ブログ『宝の海』
   「照雄日記」からジュゴンに関する記述の要約

ジュゴンはなぜいない?
 真喜志好一氏からジュゴン裁判資料としてジュゴンに関する記録をまとめてくれといわれ、送り、真喜志氏が要約してメールで送ってきた。準備書のヘリ調査と対比してみてください。
 (6-16-84から88、6-16-109から113)

沖縄防衛局の違法アセスと
  ジュゴン追い出し作戦は許せない
        ジュゴン保護基金理事  大西照雄

 私は、04年3月31日、高校社会科教師38年を定年退職で終わりました。私は、教室で21世紀の人類の目指す道は平和の文化(紛争の平和的解決と非暴力)と生物多様性の地球の保育と教えてきた。
私は基地建設反対と生物多様性の辺野古・大浦湾を守るためにジュゴン1号を、退職金を抵当に買い、さらに、平和丸を購入して平和丸基金を創設して、WWFJはじめ多くの環境団体を海に案内している。
沖縄防衛局は、方法書の手続も終わっていないのに、2007年5月18日未明から辺野古にジュゴン調査の為の機器の設置を強行した。沖縄防衛局の調査はジュゴンの追い出しを目的としているのではないかと、私には見える。
ジュゴン調査に関して三つのことを指摘する。

★その1・連続的な観測は行っていない
2007年5月下旬、沖縄防衛局は海上保安庁巡視艇4隻、ゴムボート約20艇、チャーター船約20艇、しかも、自衛艦も出動させて水中ビデオカメラ、パッシブ・ソナーなど設置した。ビデオカメラは2007年6月撤去して、ソナーも撤去した。海の潮は上下運動を繰り返すから、すぐ、カメラに汚れが付き、藻や貝が付着するからであろう。2008年5月から再設置をしているが、ほぼ1年間のブランクがある。

★その2・機器の設置がジュゴンを脅かす
沖縄防衛局が国防総省に示し、国防総省が2007年6月29日に裁判所に出した環境アセス方法書(案)第4章がDocument 94-3の16、17,18頁にある。17頁で示されている水中ビデオカメラの設置位置は、リーフの切れ目の横に描かれている。リーフ内に出入りするジュゴンを横から撮影する位置である。しかし、実際に辺野古の海で設置したのは、写真に示すようにリーフの切れ目の正面である。(撮影・原告の東恩納琢磨・撮影2007年5月 ●日)ジュゴンに銃口を向けているようでジュゴンを脅かすことになりそうである。

★その3・ヘリコプターでジュゴンを追い回す
2007年8月14日に沖縄防衛局は方法書を公告縦覧した。(その欠陥については桜井国俊教授の意見書に詳しい。)沖縄防衛局は、方法書の手続も終わっていない2007年3月、ジュゴンの調査を「いであ」という会社に委託している。「いであ」はヘリコプターからのジュゴン調査を行っているが、ジュゴンを1日中あるいは数日連続で追い回している。ジュゴンはその圧力に耐えられるであろうか。私が現場で見たことを私のブログから引用する。


●なぜ、8時間もヘリが飛ぶ、ジュゴン追い出し作戦展開(2007年8月28日)
 
 空は防衛施設局ジュゴン調査会社「いであ」のヘリがうるさい。マスコミ、防衛施設局、環境省などに電話を入れ、どこが調査をしているか情報を得る。那覇防衛施設局曖昧にするから、環境省に電話、確認の電話貰う。「いであ」チャーター機と判明する。この2・3日飛んでいるようだ。今日、6時頃、仲間の船が辺野古のイノー(ラグーン)でジュゴン発見、ヘリは2時間おきにローテーションで約8時間飛び、マスコミの調査より低い、ジュゴンは休めない。環境省に那覇防衛施設局を指導するよう電話、那覇防衛施設局に抗議、8時間以上3日もジュゴンを追い回したら、どうなる。帰港4時、まだ、ヘリは飛んでいる。私の電話、那覇防衛施設局、環境省に効き目がないのだ。サンゴジェノサイド、ジュゴン追い出し、防衛省の狙いだ。環境省目をつぶるのだ。
 
●ジュゴンは何を告げたいのか(2007年8月29日)

 昨日、ジュゴン保護基金東恩納氏と「いであ」のヘリよるジュゴン追い出し作戦の調査のため平和丸で嘉陽海上に出る。8時30分、「いであ」チャーター機と思われるヘリ到着、昨日の那覇防衛施設局、環境省への報告、抗議が効いたのかヘリ高い、9時、環境省に報告と指導強化を電話で要請する。ヘリ9時20分去る。昨日からの抗議、要請の効果がでたかは定かでない。
昨日、辺野古のイノーでジュゴンとウミガメが目視された。那覇防衛施設局が悪いことするとジュゴンは現れる。ジュゴンは訴える。
環境アセス破壊の先頭になって、沖縄ででたらめな事前調査をしている会社「いであ」が3日間ヘリを飛ばしジュゴンをいじめた。ジュゴンは私たちに訴えている。ジュゴンは住処を毎日8時間、ヘリでいじめられた。だから、海上から、電話で那覇防衛施設局、環境省に電話をかけ続けた。今日も同じだ。
平和丸の近くにジュゴンが鼻を出した。一瞬であった。何を告げたいのだろうか。

さて、沖縄防衛局は、次の三つの方法書関連文書を出したが、その関係や違法性は桜井国俊教授の意見書で論じられている。
・2007年8月14日の方法書
・2008年2月 5日の追加・修正資料
・2008年3月14日の追加・修正資料(修正版)

最後の追加・修正資料(修正版)は、公告・縦覧と住民意見の聴取を行っていない。しかし環境調査に着手している。再び私のブログ日記でジュゴン調査を引用する。

●ジュゴンは休めない、ジュゴンの休む昼をください(2008年3月22日)

 3月17日から調査が始まった。昨日まで調査船はすべて嘉陽の海、空にはセスナ機が現れるとヘリが飛んでくる。17日ジュゴンが現れ作業中止、18日は嵐の海、19日はヘリの飛びが長いので環境省に電話、環境省は飛ばしてない。マスコミも点検、明らかに防衛省である。

中略

今、防衛省の調査はジュゴンの昼休の休憩場に集中している。ジュゴン追い出し作戦の強化、マスコミ機、保安庁機、定かではないが、海上では防衛省船団、われわれも出動せざるを得ない。だが、外洋にいる調査船団に対応するなと指示を出す。
ジュゴンは海上基地建設調査海域では休めなくなる。十分、体を休めないと夜の食事にも影響する。環境省に電話したら今日は土曜日であった。ジュゴンは昨年、恋を成熟させ胎児を孕んでいるかも知れない。これらのヘリは防衛省の戦略で、ジュゴン絶滅作戦か。みんなが言う保安庁ヘリなら国家の共同戦術になる。ジュゴンの昼寝の上空50Mの犯人は誰だ。

●WWFJのアオサンゴ本格調査の日に(2008年3月24日)

 WWFJが大浦湾のアオサンゴ本格調査に入った。平和丸調査船として協力する。サンゴ調査中に環境省に電話入れるが担当不在、ジュゴンが3時に休む場所にヘリをホーバーリングさせたヘリ、今日も現場に来たようだ。防衛省と正体不明ヘリのジュゴンいじめ作戦というべき行為は許されない。ジュゴンは音に敏感といわれている。3機のヘリが上空を飛びまわり、ジュゴンは休む時間、場所も奪われている。日本の天然記念物、絶滅危惧種である。正体不明ヘリ、ジュゴンを発見できなかったのか旋回して去ったようだ。
環境省は、この現実に積極的に監視すべきである。今の状態が続くとジュゴンは疲れ果てる。環境省は沖縄県が許可せず、中止を要請したマンタ法をなど事前調査で容認、防衛省はやりたい放題である。

 以上、私が辺野古の海で見てきたことを記した私のブログから引用して意見書とします。
  ( 真喜志氏への原稿完成は08年旧歴3月3日、メール発信は削除で不明)



  
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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