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花騒動と陸のジュゴン

   満開のドラゴンフルーツ 
 昨晩、玄関前に1輪咲いた。カミさんに何気なく告げると感動して隣の奥さん、友人にも連絡して鑑賞会になったようだ。友人は朝も来て撮影。私にとっては毎年見ている。カミさんはじめてのようで私は朝まで知らなかった。
 隣の友人の畑には300個の花が乱れ咲いている。ドラゴンフルーツの花は1輪が好きだ。スナックに入ると清楚で気品にがにじみ出たママさんに出会ってカウンターでみとれているようなもの、咲き乱れると?。でも、今晩、奥さんたち隣の畑に群れるか。
1夜しか咲かない。沖縄に来てサガリバナ同様、夜咲く花に出会うのもいいかも知れない。在来のサンダンカは1夏、真っ赤に群れて咲く。枝が横に2m広がって庭に咲いている。
 夏の夜、ホタルの群れに咲くドラゴンフルーツ、そんな農園ないかなー。

  陸のジュゴン
    琉球新報記事

    2面に審査会問答あり

「陸のジュゴン」消失指摘 普天間アセス審2009年7月15日
米軍普天間飛行場移設先の地形模型を前に沖縄防衛局の説明を受ける県環境影響評価審査会=14日、那覇市の自治会館
 米軍普天間飛行場代替施設建設に伴う環境影響評価(アセスメント)準備書を審査する県環境影響評価審査会(津嘉山正光会長)の2回目の会合が14日午後、那覇市の自治会館で開かれた。横田昌嗣委員(琉球大教授)が調査結果から、沖縄本島でほとんど生息が知られていない「陸のジュゴン」ともいわれる絶滅危惧(きぐ)種の小型常緑多年草「ナガバアリノトウグサ」が大きく消失してしまうと指摘し、「保全上痛手だ。陸域の改変面積を貴重種保全のために検討する必要がある」と懸念を示した。
 県のレッドデータブックによるとナガバアリノトウグサは、1930年代に名護市と恩納村で各1カ所記録された。その後、2004年に恩納村の3カ所で発見。うち2カ所は既に消失、残る1カ所も大学建設で消失の可能性があるという。準備書は「事業実施区域周辺の個体群の存続ができない恐れがある」とした。
 ジュゴンの生態把握をめぐり、津嘉山会長が単年度調査では不十分ではないかとただしたのに防衛局側は「(生態)すべてが分からないと保全措置が講じられないということでは必ずしもない」と保全は十分との主張を繰り返した。防衛局側は「ジュゴンの保護を目的としているのではない。現在の環境を維持するために保全策を講じている」と強調した。

   ありがとうNさん
     アジサシ写真いただく

 12日、アジサシ観察に同行したNさん、那覇からわざわざテント村まで写真を届けてくれた。テント村でユンタクする。これらの写真でアセス審査会への「意見書」を書き始める。現場から具体的に指摘することは大切である。
 
 琉球新報より
 堤純一郎委員
  「洗浄場で機体を洗う際に発生する飛沫が風で海に飛んで汚染することにならないか」
 防衛局
  「洗浄場では水を使ってほこりを取るため、汚染する飛沫の発生は考えてない」
      このでたらめさすぐに見抜けますか。
 
 嘉手納のP3C,着陸すると洗浄シャワー浴びます。「ほこり」ではなく「塩」です。機体の重要な部分の潮をを落とすのです。ましてや、海の上の飛行場、飛行機などは海岸に野ざらししたようなもの、黒潮に乗って日本列島に北上。米軍の使用する水の試算(予測がつかない)も委員長から間違いが指摘されました。3時間、調査の異常さ、間違いの指摘の連続でした。
 面白いですよ、アセス審査会。

お知らせ
 刑事コロンボの口癖は「家のカミさん」、ブログに滅多に登場しない。今日、初めて登場した。辺野古から帰ると、カミさんが「飛行機で見る日食ツアーに申し込んだ」という。「アホカイ」と喉まで出たがやめた。そして、思った。

    平和丸で辺野古の海で日食を見よう 
     7月22日(火) 10時 汀間漁港出港
                         定員10名
                  FAX 0980・53・5081
           ( 無人島はアジサシの繁殖期で反対協は上陸禁止処置中、帰りにアオサンゴなど見学)

       
       (平和丸基金の減価償却に見合うカンパはお願いしたい)





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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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