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自然・政治の治癒能力

 磯を歩く
  自然の持つ治癒能力

 幼い時から磯を歩くのが好きである。 魚を釣るポイント、貝の棲むポイント、シガイダコなどである。魚などのポイントは変容している。護岸、港、餌の良質化、釣りマニアの増加。クロダイはエビ、沖アミなどの大量使用で本来の場、昔流の餌では釣れなくなり、川に俎上するチヌは少なくなった。
07年の夏台風は高潮と重なり、磯が荒れ、崖が崩れ無残であった。台風に強いアダンが根からもぎ取られ、道路に大量の砂とともに流れ着いた。
 それ以来台風の来襲なく、モクモウ、クサトベラなどが生育、グンバイヒルガオ、ハマゴウなどの蔓性の植物が海岸にはい出した。
 写真はハマゴウからテント村を眺めた。(09年8月8日)新漁港移転計画地か?(写真上と下逆)

009.jpg
 安部と嘉陽の海岸
   沖縄の原風景が残る
 沖縄中で海岸や磯の開発が進み海岸の原風景が失われている。植物群生による防砂、防風林は
 単なる雑草として面倒臭いものであろうか。
 07年の嘉陽海岸、この護岸に波が打ち寄せている部分があった。事前調査の監視で海上から嘆いていた。自給自足漁業している方は砂取船に指さして「あれが原因だ」と大きな声で言った。
 古い護岸が共同売店の前の暴風りん地帯に埋もれて見えない。アダンのトンネルが安部・嘉陽海岸には見える。原風景が愛楽園来た海岸が北部では代表的であろう。だが、ハマグリは消えた。
 
 昨年からモクモウが生え出し数キロの「自然植林地帯)、この森林地帯を歩くと07年に根が浮いたモクモウの残骸が見える。この森林地帯に防風林地帯のグンバイヒルガオ、ハマヒルガオ、コマツヨイグサ、ハマニガナ類、ツルナなどの海岸を這い、砂の浸食を守る植物がからみだしている。
 海岸に厚みが出て、広くなり始めている。
沖縄の海岸の歴史は先人達が「海に木を植えた」歴史と教えてきた。
 
 モクモウは伸びすぎて剪定が必要であろう。枝が折れて被害を受ける可能性がある。剪定せずモクモウ敵にして根から切り取ったら、自然の逆襲を受ける。(写真上と下逆、大西)
2087.jpg

 辺野古移設反対県民集会
    9月18日金(詳細は後日)
    主催、県民会議

  辺野古テント村座り込み2000日集会
     10月10日(土)
     辺野古松田浜(詳細は後日)
      (10月13日、知事意見提出最終日)
プレCOP10
  海勢頭豊コンサート
   10月16日(水)

    名古屋

 大学院生のゼミに招かれて
  翼賛国会の中で辺野古は勝てるか。

 28日、民宿の食堂で東京M私立大の大学院生15人(指導教官含む)に辺野古の闘いを語った。
基本的立場として
 私が現職のころから堅持してきた21世紀の世界の生き方
  1、平和の文化を築く人類の共同の世紀、
  2、生物多様性の保全
それは、地球のあらゆる地に現れ、辺野古は最も鮮明に結合して国際的な問題になり(なっている)。
 『愚直ー辺野古からの問いー沖縄非暴力の心』(05年10月)の記録日誌で説明する。
 私の「2010年は面白い年」になる。
   衆議院選挙は翼賛国会になる可能性、翼賛とは天皇大権を翼賛する言葉だが、現代では、「日米同盟」翼賛国会。マスメデイアは戦前の大本営を戦後はマカーサー大本営から、サンフランシスコ、日米同盟大本営に形を変えただけ。
 国際的に紛争の平和的解決、核廃絶が政治の柱になる時、偏狭ナショナリズムが台頭する。9月から日本は国の進路に関する価値争奪が基本的生き方として国民の目の前に具体的に現れて来るであろう。
 国際、国内の動きの中で辺野古問題も揺れる。
 マスメデイアは9条問題はじめ民衆の心、民衆の闘いを報道する姿勢も失っている。私が04年からブログを開設したのは、マスメデイアに対する不信、国民の間の政治不信は、「劇場「を作り出し、2大政党論、政権交代論で「日米同盟」をイチジクの葉で隠す姿勢をにも原因がある。
 新しいメデイア(ブログ)などのネットワークが重要になってくる。今日、テント村訪問の予定なので當山村長にアセス、展望は語ってもらうことにした。

今日で選挙は終わり
比例で赤嶺さんの勝利祈りたい。


IMG_0001_20090828121141.jpg



   
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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