スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

移設反対ー沖縄県民の固有の権利、普遍的権利


 沖縄戦後
  二つの体験


平成21年度第8回沖縄県環境影響評価審査会

○日時:平成21年9月7日(月) 13時30分~16時30分

○場所:カルチャーリゾート フェストーネ(℡ 098-898-1212)
    (宜野湾市真志喜3丁目28-1)

○議題:普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価準備書について
     (法律の専門家からの意見聴取及び質疑応答

 昨日から旧盆に入った。大切な行事だ。特に私の母がノロで村の獅子の御願行事は屋敷の中で行われる。沖縄戦で獅子はなくなった。おそらくアメリカにあるであろう。母の神事の道具もすべてなくなった。獅子は沖縄戦終了後すぐ作られた。私の屋敷(アサギ)は小学校になった。仮収容所があって避難民、戦後の南洋移民などの引き揚げで人口が膨れていた。私に忘れられない体験が二つある。
1、 開校間もない小学校(馬小屋教室)が火事になり、我が家も焼けた。旧ブログに「星空に蛍が舞う川」と準備書を分析する一つとした。
2、 マラリアに罹ったことである。慢性的中耳炎の後遺症、左は大人になって手術したが聞こえない。
 今日は久しぶりに高江に行こうと思っている。

サンゴの写真の連載に当たって
  辺野古の仲間たちに感謝

 私は素潜り、スノーケリングなどは行うがタンクを担いでは潜らない。でも、辺野古の闘いジュゴン・サンゴ含めて「自然の権利」が重要になるとジュゴン1号を購入、もっぱら、船長に専念して来た。多くの水中カメラマン、研究者とともにすることで、また、船の上での何気ない会話など総合して「平和新聞」に「ジュゴンとサンゴの博物館」書いた。
 また、少なくない方々が写真の共有をしてくれた。来年10月は生物多様性条約COP10が地球サミット的に開かれる。

 サンゴの博物館
   塊状ハマサンゴ(1)
 「平和新聞」(08年6月25日)に「河口や磯の近くには、浜サンゴの群落が海の集落のようにこの海域の陸地を取り巻いている」と辺野古・大浦海域の特性を書いています。このハマサンゴが塊状ハマサンゴです。塊状ハマサンゴを見ます。私の村ではチブラー(頭?)と言い、干潮期にリーフまで泳いでサザエなどとり、帰りに休憩する場所でもある。
 チブラーの場所を体に取り込むことは海で遊ぶ基本である。また、チブラーとチブラーの間は魚釣りの基本である。泳ぎながら竹の先に餌をつけてのイシミーバイ(メバル)釣りは面白い。
IMG_0001_20090831175813.jpg

 
テント村正面イノー塊状ハマサンゴ
  2010年問題(1)
   面白くなるー民衆の闘いが展望を
 
恩納ナベの歌-動かぬ森雨動かす力
 私は数年前から2010年は国際、国内、県内が大きく動く、今度の衆議院選挙は、その余震である。8月30日ブログにも書いてある。
私は教師時代から、平和の文化の視点を据えてきた。アフガン・イラク戦争を「『平和の文化』確立の過度期に起こったブッシュ大統領による戦争は、20世紀的遺物」「暴力の世紀から平和の文化の世紀への生みの苦しみ」(拙著『愚直』05年2月4日日記など)と書いている。ブッシュは去り、オバマ大統領の核廃絶演説は象徴的である。
私の百日日記(前掲『愚直』04年4月19日から9月までの座り込み)に、テント村前の朝散歩する女性との会話が記録されている。
 「おいしい空気ですネー」
 「だからヨー、どうして、基地作るんでしょうネー」
 「水平線が消えてしまいますヨ」
 「政府が決めたことも止められるんですネー」
琉球の女性のしたたかさ、私の日記に、民衆が地球を動かす時代に入ったシンボルとして、沖縄の万葉歌人といわれる恩納ナベの歌が引用されるようになる。海の過酷な闘いに入っても「山は動かせる」の目で見るようになる。

あの小泉首相の弱音と
 外務・防衛官僚のみじめな姿

 05年5月14日、海でジュゴン1号に寝た。13夜の月であった。樋口一葉『13夜』のお関の月の心情を思っていた。

IMG_0003_20090831175856.jpg

 朝、陸に上がり新聞を読む、あの小泉首相が「県民感情に配慮せよ」と防衛施設庁官など叱責している。「動くと」実感した。小泉は「辺野古見直し」を言い出し、私は「辺野古内見直し」と警戒する。9月2日勝利する。
 「小泉首相の『辺野古見直し』は予想したように『辺野古内見直し』として、陸上案、浅瀬縮小案と日米政府が『喧嘩』を演じている。日本政府にアメリカ政府と喧嘩できるほどの成熟した外交政策があると思っている人は誰もいない」(『愚直』あとがき、10月初旬記)。米軍再編成の中での辺野古移設になってきた。
 確か、10月19日、衆議院外務委員会休憩室で大古防衛局長、河相北米局と対峙する機会があった。アメリカの要望に従って動く日本政府の沿岸案を切った。その時の姿は日本の官僚の卑屈そのものであった。
 それ以上に驚いたのは日経新聞などの「政府の責任で妨害行為を排除せよ」などの社説であった。現在のV字型は中央マスメディアの激励のたまものだと思っている。
 沖縄の世論は移設反対が流れで、県議選、そして、総選挙の民意はさらに確固なものになっている。
IMG_0004_20090831175912.jpg

 民衆の闘いを敵と描き、民衆の動きを無視、伝えない体質は続いている。日米同盟、米軍再編成路線である。
 沖縄で自公全滅、,選出された5人が『辺野古移設反対」、沖縄民衆は日経のいう「妨害行為」を積み上げてきた歴史である。日米政府の「軍事植民地」に「妨害行為」をすることは沖縄固有の権利であり、世界の普遍的権利である。この権利は2010年に向けてさらに輝くであろう。
 今、「民衆のメディア」の時代に入りだした。多様な時代にマスディアは特権的勢力の宣伝機関になってはいないか。
IMG_0002_20090831175836.jpg

スポンサーサイト
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。