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比嘉やすしープロフイル

比嘉 やすし
 プロフイール
 1944年10月 台湾で生まれる
  東江小学校
  名護中学校
  名護高校
  鳥取大学農学部獣医学科卒業(1996年)
  兵庫教育大学大学院学校教育研究科修了(1987年)
職歴
      美里高校 本部高校 名護高校 名護市教育委員会 東江中学 名護高校
      北山高校 北部工業高校(05年定年退職)
高校と大学非常勤講師兼務
   琉球大学(87年から) 沖縄国際大学(96年から) 名桜大学(01年から)
研究活動
       日本生活指導学会 日本科学者会議などなど
地域活動
  名護民主商工会常任理事
  大西区総務委員長
評価
       41回 沖縄タイムス教育賞
       53回 読売教育賞最優秀賞受賞
            「生徒たちと育てたもう一つの北山ドリーム」
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 やすしさんの庭ー早くも沖縄で大根が
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 サンダンカの花にチョウチョウが
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ゲーツ国防長官と
  岡田外務大臣会談

   しんぶん「赤旗日曜版」11月1日より
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 「見直し」は過去も現在も未来も
   辺野古ありき
 きっぱりと「普天間即時閉鎖、辺野古にも国内どこにもいらない」市政こそ市民の道
  「火種をまき散らすな」

  (続きにー星空9)

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吸いこまれる名護市議たちー無原則

 連立政権の茶番劇ー嘉手納統合閣内混乱の芝居は
   「日米合意見直し」「新政権の動向」に
     名護市議ら吸いこまれる
 29日の新聞、嘉手納統合案一色、東恩納、仲村、大城、神山4市議稲嶺に着く、政治家は異なる立場と共同するとき政策協定最低条件。このブログで稲嶺は口では新基地反対というかもしれないが絶対に文章にしないと書いてきた。
 稲嶺支持に回った議員に文書協定を聞かされたことある。あり得ない、稲嶺は候補も決めきれない君たちがすり寄ることを待っている。2か月前のことだ。吸いこまれた。タイムス記事「辺野古反対しており」(29日)となっているが、政策に明記ない、協定も読み取れない。
 
 新基地反対ない、勝手連的「刷新する会」たちあげるようだが、基地容認派と同居できない内輪の問題があるのであろう。岡田発言もこの状況を読み切ってのことであろう。
 新基地反対の候補者が出にくい状況を作るだけだ。と、指摘して来たが。

  この状況みて、連立政権は「合意案見直し」(沖合含む)の翼賛体制の名護に「辺野古ありき」を強めてくる。鳩山の夏から、早い時期は、この動きを読み切ってのことであろう。
 
「政府の動向」は確実に「辺野古ありき」になる。市民への説明責任の放棄といえる。
 県民の「普天間即時閉鎖、返還」、宜野湾市民と宜野湾市長の心を、また、名護市の政治家が混乱させる。
 (29日記)
自治体の長たちに広がる
   新基地反対の民意が広がる
 下記は沖縄タイムス30日の一面である。県民世論の反映である。
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   玉城義和県議らの政策
        二つの顔

 沖縄タイムス2面に29日に続き、玉城県議らの稲嶺支持声明に続き、また出ている。記事の内容は「米軍普天間飛行場の米国への移転を求めて出馬した・・・。比嘉靖氏に対し、稲嶺氏への1本を働きかけていく」「稲嶺氏の言う県外移設は、国外移設も包含しており、辺野古に基地を作らせないという基本方針は共通している」である。
 歴史の事実
1、稲嶺氏の基地政策
  稲嶺氏の政策は「日米合意の見直し」「新政権の動向」で決めるである。玉城氏は島袋・稲嶺氏   と違う候補を求め「刷新会議」を立ち上げ、自らも選定候補の一人であった。20数回会議を持っ    ている。
   事実と歴史でいえば、稲嶺氏は教育長として、思原遺跡の調査を促進、兵舎などの実質的V字   型計画の先導役を果たした島袋市政の教育長で、市の最高幹部の一人である。
2、政治家の命
   政策の一貫性と保障
 玉城氏は「稲嶺氏の言う、県外移設は国外移設も<包含>」と実にレトリックがうまいように見え  る。玉城氏の解釈であり、今、基地誘致派も県外移設がベストという時代である。
 私は9月以来、稲嶺氏は口では新基地反対も相手を見て口にするであろうが。公約文書には絶対に書かない。バリエイション(いかなる案も想定内)は岸本建夫市長以来のスタンスで、稲嶺氏は盟友である。
 玉城氏らは政策協定も結ばず(公開もない)「包括」で解釈しているにすぎない。名護市幹部は面白い言い方をしてきた。沿岸案を選挙で当選すると、V字形は軍民共用空港のバリエイションの範囲と市民をだましてきた。
  玉城氏は県民集会の共同代表として新基地反対を掲げ、名護市では「日米合意見直し」「新政権の動向」と矛盾する二つの顔を持つった。
 支援する会の矛盾
 昨日のブログで玉城氏らは勝手連的に動くであろうと書いた。稲嶺氏の組織は、政策的拘束を受けない。君たちが勝手に推薦したのだから「辺野古ありき」に口出し無用となる。
 基地推進派、容認派は願ってもない動きと喜んでいるであろう。
 玉城氏らが何故連日記者会見するか
   「働きかけは」ない。また、できないであろう。
 新聞をうまく利用した印象である。そして、市長選挙の争点をそらしてゆくであろう。稲嶺に吸収され、見放された。それでも・・・
 玉城氏らは「辺野古に基地を作らせない共通性」があるというのか。

 1973年名護を永住の地と定めた時の名護高校を取り巻いていた状況と基本的に似ている。学校と市民社会の違いはあるが。
 私の教育日誌に見る。



過去の歴史から現代を見る
 「体育祭は軍国主義教育」論の中で
   教師・生徒との「格闘」
     基地誘致に動く名護の体制の中で振り返る

 クラス文集と「学びあいの学校」創造
 1973年の名護高校はいびつな状況であった。前年に教室で生徒が生徒を殺す事件も起こっていた。高校生文化の創造と学びあいの学校を目指していた。組合でも一人吠えていた。その頃の子どもたちの記録を倉庫からとり出し、現在の名護市の状況と同質の世界を見る。子どもたちは背中を伸ばし始めていた。
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 解体新書で
   学びの文化を説いていた。
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 比嘉靖などが赴任してきた。
   ダイナミックに子どもらが動いた。

子どもたちに何を求め、「格闘」の記録から、老体にムチ打ち、若き時代の自分を歩みたい。
 (続きは生徒との「格闘」の記録とする。URLできないので添付とする)
  星空は休みます。

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全県・全国の友へー名護市が輝く明日に向かってー歴史の検証


比嘉靖
  名護市長選挙に立候補表明

私の教育理論・社会論および実践を育てた
 素敵に子どもらを導き
   学校に明日の輝きを示した

 理論明快、素敵な笑顔
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 私の教育日誌に刻まれる
   比嘉靖

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宜野湾市民の心を
   日本の隅々に
 宜野湾市民は「宜野湾市にいらない基地は名護市にもいらない」と市民投票以来貫き、伊波市長を誕生させ、持続しています。比嘉靖さんは宜野湾市民の心を大切に、辺野古にも、沖縄のどこにも、日本中のどこにもいらないと言い切ります。

子どもの能力を花開させ
   沖縄タイムス教育賞(04年)、読売教育賞最優秀賞(04年)

教育の優れた理論と実践
   比嘉靖との出会い
 1973年名護高校に赴任する。前年まで那覇商業高校定時制にいて、定時制独立体育祭、独立卒業式を確立、生徒自治を育てていた。夜12時ごろまで生徒と付き合っていた。生徒会長が同年で結婚自立していた。
 宮良校長は生徒会の役員、教師のために寿司を満杯買ってきて励ましてくれた。
 名護高校では教室の中で殺人事件があった後、学園祭はお化け屋敷、グランド似穴を掘るなどが文化だと虚無の状態であった。
 体育祭も軍国主義教育と数年も開かれていなかった。
教室に「学ぶ」文化と沖縄の文化(エイサー)を取り入れ、老人施設「厚生園」慰問活動など行うと同時に、文集作りを取り入れ、自分とクラスを「取り仕切る<ちから>」を求めていた。学級通信を武器にしていた。ガリ版からドイツ製のドットリングというペンに変わり始め、過去のプリントは複写印刷機、ボールペン原紙も導入されていた。少し楽になっていた。毎日毎日、原紙霧であった。でも、虚無的空気に悶々としていたとき比嘉靖が赴任してきた。

私の教育日誌には次のように刻まれる。
  「比嘉靖、伊芸洋子をはじめとする新しい顔ぶれであった。
  比嘉靖は、名護高校体育祭復活の原動力であり、優れた生活指導理論を展開し、学園の自治を  担う子どもたちを育ててゆきます。伊芸洋子は、若々しい楽天的性格で子どもたちの世界に自分を  置き、みずみずしいクラス経営を初めていました。これらの先生たちが生み出した学級経営が「学  習対策委員会」「学力対策委員会」のあるクラスです。」
私に大きな影響を与えます。子どもたちと「格闘」することで、また、教師も育てられる。生徒は先生の師である、ルソーのこどもは最高の教育者が実感として理解できた。(1975年)
 
学校を移転させて、豊かな教育環境を
 名護高校は旧三中を引き継ぐ、ですが、校地がせまく学年一一学級、復帰特別法を研究し、職委員会議に「校地検討委員会」を提起、一〇階建の校舎を建っててもダメ、委員会の責任者として名護高校移転を答申する。比嘉靖、知花徳三などが委員にいた。比嘉靖は同窓会を説得、新名護高校建設に重要な役割を果たす。
 知花徳三は商業科を独立させ名護商業高校の創設に重要な役割を果たします。
 時代閉塞に子どもを信じ、また、学校移転と言う発想の転換、まず、名護高校が移転し、商業高校への道を開く戦術は成功した。
 今、また、市民を信じ、基地依存の疲弊した名護に自立的な市政を打ち立てる。三四年を経て、また、「格闘」が始まる。
 とても、楽しい闘い。明日を切り拓く道。

元ドイツ大統領ワイツゼッカーの「民主主義の擁護には法律や裁判所だけではだめ、市民的勇気が必要だ」を心の支えとして。
 
 比 嘉  靖 殿


名護市長選挙への立候補の要請について


 私達市民有志は,来年1月に実施される名護市長選挙にむけて「新基地建設反対」「基地依存型の経済から自主・自立の経済再建」「市民一人ひとりを大事にできる福祉・教育の確立」を目ざして、どう取り組むかを真剣に議論してきました。そんななか、貴殿のこれまでの平和活動や教育活動、地域活動など多様な実践、さらには、企画力・統率力・行動力などをふまえ、名護市長候補に推挙することを押し進めてきました。そして、4月に開催された、革新統一候補を選考する「名護市政刷新連絡会議」には、候補者の一人として貴殿も選考にかけられました。
 
 しかし、名護市政刷新連絡会議は10月21日、「革新系の統一候補を断念し、解散」(琉球新報)ということになり、極めて残念な結果となりました。この事実は,「新基地建設反対」と「平和で民主的な革新名護市政の再確立」を望む名護市民,沖縄県民をはじめ全国の多くの人々の期待を,ないがしろにするものとなりました。

この時点に立ち至り,私達市民有志は,これまでの取り組みをふまえ、結論として,次の2項目を確認しました。

  ① 島袋氏の「基地建設推進の企みと利権絡みの横暴な市政」を終わらせる。

  ② 稲嶺氏のこれまでの市の幹部職員としての「基地建設推進」の役割と,選挙を目    論んだ「辺野古合意案見直し,県外移設を求める」(稲嶺ススム選挙公約明記文)    の曖昧な「基地問題基本姿勢」を容認しない。

 普天間基地の代替移設について、県内たらい回しにしようとする国に対して「もう、これ以上基地の押しつけは許さない、今こそ、国を動かし、世界に発信できるるチャンス」だという多くの声が寄せられています。よって、1997年12月の「代替基地建設をめぐる名護市民投票」から現在まで「普天間基地即時閉鎖と辺野古への新基地建設反対」,「米軍基地はアメリカへ持って帰れ」の運動を一貫して取り組んできた貴殿が,平和と民主主義・革新の候補者として,最もふさわしい人物であると、あらためて、確信しています。

 貴殿は長年,高校教師をはじめ中学教師,名護市教育委員会指導主事を務め,また,琉球大学,沖縄国際大学,名桜大学の非常勤講師をも兼務し,教育実践と教育学の研究に励んで来られました。その成果,沖縄タイムス教育賞(03年度),読売教育賞(04年度)を受賞され,貴殿の教育実践は,全国で高い評価を得ています。定年(05年3月)後は,3つの大学の非常勤講師を務めながら大西区の総務委員長として,区民一人ひとりの要求を大事に,区民の皆さんの願いであった「成人会」と「青年会」を皆さんと共に復興させ,「地域つくりで今,注目の大西区」を演出してきています。さらに,沖縄県中小企業家同友会大学の講師,名護民主商工会の常任理事として,中小商工業者,農業・漁業等の自営者の営業と暮らしを守る活動にも参画しています。加えて,教育関係の諸研究会・学会,日本科学者会議,九条科学者の会,教職員の会にも所属し,全国的な研究と活動を展開されております。

 私達は貴殿の,子ども・青年,市民一人ひとりを大事にする生活つくりの実践と,地域の住民自治・地方自治への政治的スタンスとその実績に共感し,今回の市長選挙への出馬を強く要請致します。
                          2009年 10月 27日


(続きー星空に蛍が舞う川)


 


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市民団体ー比嘉靖氏に名護市長選挙出馬要請

新安保50年に当たって
  日米安保廃棄を掲げるとき

 歴代内閣の「沖縄の負担解消」は
  沖縄への負担押しつけであった。
   連立政権も同じ進路

安保廃棄を掲げ唯一の日刊紙
  新聞「赤旗」の果たす全国的役割

 26日の「赤旗」一面、2面主張「米軍高速料不払いー遊びまで税金で負担する異常」、3面「揺れる政権ー怒りの沖縄」、4面「沖縄基地問題ー米の圧力に民主党内は・・・・」と、日常的に沖縄を民衆の闘い、生活、思いの観点で伝える唯一の日刊紙である。
 一般紙の戦後の沖縄報道は「大本営」的で、米軍占領期、1954年は在東京紙でトータル14件、1955年約90件、確か美空ひばり来沖などであった。
 05年秋の米軍再編成のころ、「政府の責任で妨害行為」を取り締まれが、在東京の全国紙の論調であった。そして、海上保安庁11管区は平和丸1隻に巡視艇、ゴムボート数隻配備、海上自衛艦「ぶんご」を投入した。
 またも、「辺野古ありきに」に目が離せない。「大本営」報道からどう進むか。
 今、政府間合意は伝えても、その範囲を越えない。
沖縄民衆の視点は極めて弱い、さて、沖縄ありきの論調の中で、今、マスメデイアの報道である。国民が政治を動かす時代。すでに、ヨーロッパでは有名新聞のようさんが相次いでいる。民衆のブログが情報の時代に入っている。

 「赤旗」26日一面
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 比嘉靖氏
  新基地反対を掲げて出馬ヘ
(市民の出馬要請は下記に)
 島袋氏は基地積極的誘致。
 稲嶺氏はV字困難、辺野古合意案見直し、新政権の動向よると政策、鳩山内閣は「辺野古ありき」でロードマップの見直しで、期限を撤廃が明らかになりつつある。
  新基地反対が市民の立場、政策の7番目に基地問題を並べ、軽く見ている。

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市民の会
 比嘉 靖氏に出馬要請(27日)

 27日、宜野湾市民の名護に新基地はいらないの願いと
  名護市民投票の民意を実現し、名護市民・沖縄県の13年の基地反対を実現するため、憲法が暮らしと市政の柱にするために、比嘉氏の名護市長選挙への出馬を要請した。
 名護革新「刷新会議」候補者擁立断念の翌日(22日)、岡田外相の「国外・県外は考えられない」の発言が飛び出したことは偶然ではない。そして、今日の夕方、岡田は「嘉手納統合案」を記者会見し、辺野古ありきの布陣を敷いた。
 正式の出馬表明と政策発表は30日に行います。

  写真、出馬要請
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 比嘉靖氏の記者会見
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(星空に蛍)休みます。

  鳩山首相所信表明
   また、後退

 RBC午後5時のニュース見る。民主・社民・国民・自民などの沖縄選出の国会議員、所信表明に対するコメント、赤嶺氏は出さず、かなりの時間とっているが、マスコミの共産外しか。再編問題で本質を突く政党は出さずか。

 鳩山所信表明「再編見直し」の言葉も出ず。
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 何故、今、守屋元防衛省政務次官か
  名護市長選挙
 26日の新聞は、沖縄2紙とも守屋日記、私にとってはあまり意味がない。小泉の05年8月からの「辺野古見直し」は拙著「愚直」(日記)に分析、外務省北米局長、防衛省大古防衛局長と外務委員会控え室で「沿岸案」になること指摘している。(10月19日)。10月29日「日米同盟の変革と未来」(再編成)は沿岸案になった。
 日本政府に「アメリカと喧嘩できるほど成熟した外交力はない」と結ぶ。
 守屋は軍港、演習場、弾薬庫の結合を重視していた。「辺野古ありき」が連立政権の狙い。今、沖縄は「普天間即時閉鎖」「普天間全面無条件返還」で団結すべき、あいまいさは、西洋合理主義には通用しない。辺野古13年の歴史の教訓、沖縄県民の意思である。
 名護市長選めぐって市野党あいまいで「新政権の動向」を政策とする保守の支持に走った。
岡田、北沢、鳩山の「辺野古ありき」を背負って生きるつもりか。
 普天間に入らないものは名護にもいらない、沖縄、各県のどこにもいらない強固で明確な候補者を擁立すために奮闘する。
 巨像2頭(日米政府)の権力、金力でも県民を屈服させきれなかった。
 日米政府は分断を狙っていることは、いつも、指摘してきた。
 日本ジャーナリスト会議「ジャーナリスト」(619号・10・25)に琉球新報松元剛記者の記事あり、とても、まとまっている。

            「琉球新報・10/25」
普天間飛行場北海道移設、米に打診 守屋元次官明らかに

守屋元次官一問一答 県外を困難視、大規模移設地確保できず

県・沖縄市、泡瀬埋め立て継続 上告は断念検討

(社説)岡田外相発言/迷走する鳩山政権の限界 安保の沖縄依存から脱却を
  
 (続きー星空に蛍が舞う川7)

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辺野古13年の重み

<span style="font-size:x-large;">辺野古13年
 「辺野古ありき」を許さず


急ぎの仕事で辺野古発信休み
 基地の来るのはい綾だが、台風沖縄それた。台風来ないと海が枯れ(サンゴ白化現象、農家は虫にやられる。これが沖縄だ。座間味の水不足解消された。これからの季節は雨が時折増えてゆく。


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 (続きにー星空に蛍が舞う川)

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やっぱりー辺野古ありきー嘉手納統合は「目くらまし」



 沖縄の新聞
   「シラミの心臓」内閣
 連立内閣を「蚤の心臓内閣。
  小林一茶「良い月やら の藻が跳ねるぞ 踊るぞや」を思い出して命名。鳩山、岡田、北沢が言 いたい放題で飛んでいた。
 このタイトルでタイムス論壇に投書したらダメ。(下記)
 昨日は電話取材で
 「亀の首」内閣と命名、ゲーツの影や恫喝にすくんでしまった。
 「辺野古ありき」は飛び跳ねることもできず。髪の毛の中にいるシラミのようだから
  「シラミの心臓」内閣。
  蚤はまだ尊敬していた。蚤は体の千倍も飛ぶからすごいと思う。辺野古以外動くこと出来ない。
 昔ならDDTまいて退治だ。
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1、再編成見直しは「再編成見直し」
2、ロード・マップ2014年完成を取り払う
3、嘉手納統合案は「目くらまし」
4、沖縄をダシにして政権にありついた。自民党より悪い。

 新報・タイムスとも私の談話載っている。


台風20号対策(24日)
 東京行動で辺野古テント村を見る。京都から訪問者あり。台風20号沖縄接近の可能性あり。全然予想が立てられない瞑想台風。1966年宮古島第2台風(風速80M,48時間停滞、迷走)思い出す。雨も持っている。雨で思い出すのは1959年シャーロット台風だ。高校の先輩が生き埋めなどであった。
 テント村台風対策でテントもとった。疲れた。
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10月13日論壇投書(不採用)

鳩山連立内閣と沖縄
 「蚤の心臓」内閣」か
 民主党は辺野古の「県外・国外」移設など唱え政権に就いた。これまでの選挙公約を「口約」として政権実行担保としてマニフェストを掲げた。政権が見えてくると「再編成見直し」に変質し、政権にありつくと「辺野古否定せず」「時間で(政権公約)は変化」と「口約」政治に祖先帰りを始め、沖縄をダシに使った感は否めない。
 歴代の日本首相をみると、吉田茂はサンフランシスコ条約(以下サー条約)で沖縄を米国占領に置き「日本独立」と謳歌、佐藤栄作は「沖縄秘密協定」「核密約」を隠してノーベル平和賞受賞する。近年では小泉純一郎は「辺野古見直し」を唱え、日米閣僚会議は「辺野古内見直し」の沿岸案を決定した。
ヘリポートから軍民共用空港頓挫、沿岸案は名護市長選挙、知事選挙、全ての候補が反対の公約を掲げたが、V字型2本滑走路沿岸計画のより機能強化された痛みの押し付けであったが、歴史は繰り返すのか。
 沖縄県民の歴史を見よう。沖縄県民の粘り強い「武器なき闘い」(現在の非暴力主義)と人権、主権、民主主義を貫いた不屈の闘いは、1972年、サンフランシスコ条約(多国間国際条約)を死に体にして沖縄返還を勝ち取ったのではないか。SACOおよび米軍再編成は日米政権間の閣僚間合意であり。また、グワム協定も米国議会は批准事項ではない。現政権間で解決でき、議会や国際会議を必要としない「重い」課題でしかない。
 鳩山内閣が「外交合意は重い」と言い出したけれども、重さを知らないで「国外・県外」移転を政策として言ったのか。前政権間の閣僚合意は条約よりも軽い。多国間条約内でも主権回復という重い政策決定選択が、沖縄をめぐる歴史に敢然と刻まれている。
 アメリカのマスコミから「脱米入亜」と言われて、飛びあがり、驚き、うろたえるのは「蚤の心臓内閣」と言ってもいいのではないか。普天間基地移設辺野古13年、4回も計画が変わっても県民の意思は固い。
 名護市民投票こそ民意であり、しかも、世界も紛争の平和的解決が潮流になる中でオバマ大統領の核廃絶、ノーベル賞受賞、環境問題でも泡瀬干潟訴訟・ともの浦景観権訴訟など環境問題でも、「チエンジ」の時代に「辺野古」にシラミのようにしがみついては時代遅れだ。一句「よい月やら 蚤が跳ねるぞ踊るぞや」(小林一茶)

「沖縄タイムス・10/24」
外相、普天間飛行場県外移設を断念

(社説)[「嘉手納統合」発言]

「琉球新報・10/24」
米軍、移転補償5億要求 北谷町白比川改修

「県内」解決にならない 民主県連、身内発言に反発

(社説)落下傘降下 知事が率先し中止求めよ

外相、普天間飛行場県外移設を断念

(社説)[「嘉手納統合」発言]




  (星空に蛍が舞う川)-休みます。26日再開。


平気で日米合意違反する米軍ー日本の閣僚は亀の首

 日米合意は破るもの
  SACO違反のパラシュート訓練

 1996年12月、SACO合意はパラシュート降下訓練は伊江島。通告なしで大浦湾で22日米軍は行っ た。日米合意を簡単に米軍は破っている。「重く」ないのだ。安保条約11条で新安保60年の年に旗が振られる日本にしたいものだ。
 海兵隊の現地司令官で破るる日米合意、日本の首相はアメリカの大佐以下だ。

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日米政府の「連携プレイ」
  「鳩山普天間劇場」

    
  桜井国俊氏は2012年辺野古オスプリィ配備の後だしを「連携プレイではないか」と言っている。「県外がベスト」も同様であり、仲井真の辺野古移設の枕ことばである。
赤旗は夜配られる。22日指摘したF35が岩国基地に飛来。岩国と普天間は海兵隊の一体化した基地、F35,C17もやがて飛来し日米連携が見えてくるであろう。

 同様に、「沖縄県民の意向」と「新政府の動向」にも「連連携プレイ」を見ることができる。
「国外・県内移設」は「再編成見直し」、そして、ロード・マップの工程表に限定してきている。閣僚間の発言も連携である。「鳩山普天間劇場」と言うべきであろう。
 SACOも同様であった。
 05年10月「辺野古見直し」は、海上案、陸上案で日米政府が「喧嘩」とマスコミはあおった。自公政権であれ民主連立政権であれ、アメリカと「喧嘩」できるほど成熟した外交は期待できない。
 アメリカの影(ゲーツ」を見るや首を亀のようにすくめた。
 
 小泉は「見直し」論で基盤確立、民主は「国外・県外」で政権にありつき、政治主導と言いながら、違法アセス手続き進め、<手続き進行>だから、辺野古微修正」と完成期限取り払う意図が見えてきた。。政治主導と言いながら名護市長選挙にげたを預けた。
  お見事、また、13年の始まりの構図が見える。 市民投票、県議選挙、衆議院選挙に「沖縄の意思」があるのに、市長選挙に「辺野古ありき」が見えている。しかも、名護の県議、市議に力がないことも読みの内だ。
 
 ロード・マップの工程表を言及するのが多くなった。
ヘリ基地反対協議会は
  市民共闘組織

 97年名護市民投票を成功させ、私が代表委員に就任してから10年、毎週幹事会を持っています。現在の基地に賛成する組織、反対する組織も辺野古に新しい基地を作らさない1点で団結しています。幹事会の原則は全員の一致を目指し、一致しない課題は加盟組織の自主性、アセス監視団、生物多様性などの立ち上げには組織的にかかわりますが個人加盟の組織を基本として運営を目指しています。
 下記の抗議文は当然のことです。23日は本人に手交しました。
  
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緊急談話
  「亀の首」内閣ー岡田外相発言 
 
 22日ブログ、民主党政権、辺野古ありきで進む、まだ死ねないと書いた。抗議文を手交して街頭で「新基地反対の候補者の擁立」を訴えた。再編成見直しは2014年のV字飛行場のいき詰まりを取り払うため、工程表(ロード・マップ)を変えること、衆議院選挙以来ブログで「再編成見直し」と言ってきた。
 岡田外務大臣、同時間に「県外移設は無理」と記者会見。故郷に行っていて、ニュース見てなかった。全国紙から電話取材、山間部は電波が悪い。名護の近くで電話取材。タイムス、新報も電話取材。
  岡田発言は想定内。みじめなのは「亀の首」のようにゲーツの影におびえ、恫喝されたようなもの
 日本外交にアメリカと喧嘩できるほど成熟度はない。
 岡田は嘉手納統合案出しているようだが、所詮「目くらまし」で辺野古ありき、オバマ来日でロード・マップの足かせを取り払う。
 連立政権の諸政策の「大嘘」が見えてくる始まりで政権崩壊が急速に進むであろう。政治家はこの矛盾を隠すために入院、外遊する。
 鳩山首相ASEANに外遊。東アジア共同体で「目くらまし」を狙う。
  ASEANは「紛争の平和的解決」「武力の威嚇、武力の行使放棄」、ASEAN憲章は「外国軍隊基地の自粛」を原則とする。
 辺野古基地はアジアに対する「武力の威嚇」である。

 連立政権、県民・国民に大きな嘘をつき
   だます点では自公民より狡猾で罪の意識もない



(続くー星空に・・)

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マチブイマチブイーゲー米国防長官が示す単純な道

日米安保条約11条を鮮明に
 鳩山ーゲーツ会談が示唆するもの
  ゲーツの白紙論
 昨日、8・19県民集会の要請団が上京。21日鳩山ーゲーツ会談。琉球新報一面によればゲーツの発言が面白い。
   「普天間飛行場の移転が実現されなければ在沖海兵隊グアム移転や嘉手納基地以南基地返     還なども白紙に戻るとし、日米ロード・マップ(工程表)のの見直しは非生産的」
 
 米国も再編をロード・マップに限定していることが見える。また、米国がi異議を唱えれば「白紙」になる。日本が異議唱えれば「白紙」でもある。政権合意は政権でなくせるものだ。
 従属と属国の固定概念で、平野は「重い」を使用しているが、ゲーツの白紙論にみられるように政権間では条約より軽い。日米安保も1年でなくせるのだ。 
 運動体として、日米安保11条を鮮明にする必要がある。

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 琉球新報
 沖縄タイムス
  社説あり

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MV22配備から見えるもの、違法アセス初公判の日に

道を創る
 違法アセス初公判

 21日、11時那覇地方裁判所で違法アセス初公判開かれる。弁護士26人弁護席に座る。
 安次富原告団長、東恩納副団長が冒頭意見陳述。
  国側は予定したように、アセスに個人および行政でも利益の訴え(権利)ないとの見解を冒頭から出してきた。
 アセス違法訴訟は初めてである。
 道を創る。
 ヘリ基地反対協に意見陳述が公開されます。
 今後、この裁判の意義については触れてゆきます。
 原告団は344人、二次約60人。
 下記は原告団集会。


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 MV22配備計画
   秘密、陰謀

 主張中、ブログ休んだ。2日間休むだけで情報は休んでくれない。20日の赤旗、MV22の普天間配備2012年、014年代替施設(辺野古配備)伝える。
 主張先に沖縄タイムス電話で取材を受ける。21日、タイムス、琉球新報1面などの掲載。
 沖縄タイムス社会面に私の談話載る。
 
 大西「政府がこれまで明らかにしているのはほんの一部、辺野古設計計画が秘密に包まれている」
 
アセス法制定にかかわった倉坂秀史千葉大教授
 「修正は、法制度の趣旨からいって好ましくない」
 <配備される機種の追加は現行制度上では手続きの再実施の対象にならない」
重大な問題が専門家の名で合法化される

「他の施設から飛来するすべての機種、配備、配置、訓練の容認」となる。
 タイムスにはUHなどの攻撃用ヘリ、F18などの戦闘機、将来、CAギャラクシーに変わるC17大型輸送機(滑走路600Mで可能)、F18の海兵隊後継機F35も、なんでも、見えてきたと話している。
 「空飛ぶ棺桶」「未亡人製造機」などについても話した。
 この指摘は、沖縄県平和委員会大久保事務局長準備書意見書、アセス審査会への意見書が最も優れた分析である。
  参考に紹介しておきます。

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陰謀・策略
  見えてくる「再編成見直し」ー安保条約11条は?
 19日ブログで「再編成見直し」はロード・マップの見直し、お金で沖縄県民を屈すことができないから分断の支配を取ってくる。
 この二日間でも見えてくる。
 
その一つは平野官房長官定例記者会見である。(19日)
  「現政権でなく過去の政府間の取り決めだ。政権交代は重いことであり、鳩山政権として責任を持   ってつい遂行できるかどうかも含めて検討している段階だ」
 
政治家の言葉を解することは難しいが、2014年完成は無理だから完成期限を延ばすということだ。
  平野はなんでも「重い」と言う。期限を延ばすという「再編成見直し」である。
 安保条約ですら、11条で日米政府のどちらかが廃棄宣言すれば1年で条約はなくなる。19日はサンフランシスコ条約で例を取ったが。政権間合意は廃棄でいいのだ。
 普天間即時閉鎖、全面無条件返還論は安保条約11条に論理的根拠の源泉があるのです。「重い」「重い」は、軽い、軽いなものです。
 
 その二つ目
   内部の撹乱
 新報・タイムスとも、糸数慶子参議院の民主党入りの問題を伝える。(20日)
 沖縄の団結に日々を入れる。名護市ではヘリ基地反対協幹事会は稲嶺進陣営の重要な人物がブ ログで
  「とくに、辺野古問題では、この版年間、ヘリ基地反対協や革新市議・県議と何十回と話し合いを重ねてきた」と問題になり(私は主張で参加してない)、
 ヘリ基地反対協の抗議文を、安次富氏から託された。(東京行動あり、反対協代表で22日上京)、やはり、しりぬぐいをさせられるか。
ブログの主は、名護を代表する良識人、文化人を言われている。
ヘリ基地反対協の幹事会は毎週開催、報告はない、会を代表して他団体、共闘には大西、安次富がで、記者への対応も同様である。
 回数から推測するに週1回は話し合っていることになる。
 誰かが反対協の代表を名乗ったことになる。
 これがネットで流れている。市会議員、県議の動向は、私の関知することではない。
 名護を代表する良識人が、連立政権の陰謀、策略の中で動いている分析ができる。
 政府は権力
 政府はお金でも名護市民を縛れなかった。分断しかない分析二日目で露呈した。

 反対協内部の撹乱、反対派議員の取り込みを見事に告白している。名護の議員の無責任性、「再編成見直し」内で、撹乱してきた事実を告白しているようなものだ。名護特有のボタンの掛け違い。
 
 歴史に耐えられないことはただちに表面化してくるであろう。
「ロード・マップ」見直しに吸いこまれてゆく「地方政治家」の姿が見える。
 東京と名護がこんなに近いとは、これが、辺野古問題だ。
 でも、これから動く潮流からすれば、些細なこと。
 現島袋市長には文化的香りはない。文化人たちは何もしなかった。自分の出世・名声を求めているのであろう。
 哀れな世界ではないか。
19日の分析が、1日待たずあらわれてくる。面白いと思う。

 市議選挙・市長選挙は重要な闘いでもある。
大田知事の煮え切らない態度で市民投票
岸本市長・稲嶺知事の中でも軍民共用空港挫折
V字型も「マチブイマチブイ」
 国外移転・県外移転再編成見直しとマチブイマチブイ
重要なのは、今、市民・県民運動の分断が全方位作戦で来ていることだ。
 沖縄県民衆史はの時間がかかっても本道を常に見つけてきた。
 厳しいが本道を見失い人生を歩むことを拒否する。おろそかにもしない。

(続きー星空に蛍が舞う川3)
 「先生殺さないで」
   


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再編成見直しの陰謀、星空に蛍が舞う川(3)

    10月21日(水) 辺野古・違法アセス訴訟 第1回公判
    事前集会 10:30より 那覇地裁向かいの公園にて
    公判 11:00より 那覇地方裁判所にて


傍聴券の抽選があることが予想されるため、事前集会の時間を若干早める場合があります。お早めにお集まりください。
連立政権の陰謀・策略と矛盾
 小泉「辺野古内見直し」への誘導と同じ動き

17日県内新聞1面から
 沖縄の沖縄タイムスと琉球新報
   連立政権また後退、何が見えるか

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SACOと再編成見直し
 1996年4月12日、与儀公園から姫百合通りのデモの中、橋本・モンデール会談で普天間返還合意のニュース。
 翌日の新聞は「普天間全面返還」と号外まで出たと思う。

生徒「大西先生どうして普天間返還読めたの?」
 生徒の質問には根拠があった。数年前から授業クラスを嘉数台地に連れ
大西「一日も早く返還(普天間基地)させて、沖縄一のすばらしい街をつくるのが、21世紀に生きる君    たちの仕事になる」(拙著『沖縄の太陽物語』1995年7月<あとがき>)9月少女暴行事件。
大西「宜野湾の高校生が普天間基地返還後都市構想描くから日米政府耐えられない」
   (1992年「宜野湾市勢要覧>に普天間・宜野湾高校生の都市構想参照、授業資料)
大西「全面返還は嘘だ。確かな目を・・・・・」

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  SACO中間報告から最終報告(12月2日)何が起こったか 
 嘉手納統合、中城湾、伊計島、伊江島などのさまざまな移設計画、特に、大田知事は中城湾などの移設案に反対していた。辺野古ヘリポートが出されると沈黙、名護市民投票後名護市長選挙前日に反対表明。ボタンの掛け違いが続いている。このことについては幾度も述べている。政府は裏で相当動いた。
 17日の、新聞みるとまた同じように嘉手納、伊江など政府官僚が蠢いている。SACOの過程と似ている。
 大きな違いも見える。それは、何か。

 「再編成見直し」の陰謀と策略が見えてきた。
 05年10月29日、日米の外務・防衛閣僚会議は「日米同盟の未来」(米軍再編成)合意、小泉「辺野古見直し」は「辺野古内見直し」と沿岸計画から、翌5月1日「ロード・マップ」で2004年完成合意
 辺野古を日米同盟の「鍵」とした。
 「再編成見直し」は「再編成内見直し」つまり、完成日程を取り払う。
振興策・再編交付金でも沖縄県民を屈服させきれなかった。防衛省のとる道は県民分断の策略である。名護市長選挙後に結論を出すということは今の時点で成功している。稲嶺の役割は、この戦略の中にある。
 夏以降の判断はとても重要なシグナルが込められている。
 ① アセス手続きでは埋め立て許認可で仲井真知事が食い逃げ許可。淡々と進める。
 ②9月のブログに名護選出の県議、名護市議会の野党の市議員は力がないと書いている。今度の   市長選挙もボタンを掛け違えている。すでに、7月の時点、防衛省は読み切っている。
 
稲嶺は「新基地建設反対」を絶対に書かない口では言うかも知れない。
 防衛省幹部が表面的に移設調査、その裏には密使いがいる。過去もそうであった。
 分断は支配の鉄則である。
まだ、死ねない。「新基地反対」完全に貫くこと。

(以下、原稿が飛んでしまった。いずれの日に)

 18日の辺野古テント村
   有刺鉄線の前で高校生に「野外授業」
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 磯のオキナワギク(固有種)
    蕾がついた

 危急種ー絶対にとらないこと、育てられません。生息地宜野座村から東村の東海岸磯に生息、奄美大島にもみられると聞く。見どころに「観察会」呼びかけます。
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  テント村に
     クロサギが羽を休めた。

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 20日・21日出張で「宝の海」日記休みます。
 (続き「星空に蛍が舞う川」



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沖縄の宝ー「星空に蛍が舞う川」(1)

いろいろ動く中で忘れないで
    10月21日(水) 辺野古・違法アセス訴訟 第1回公判
    事前集会 10:30より 那覇地裁向かいの公園にて
    公判 11:00より 那覇地方裁判所にて


傍聴券の抽選があることが予想されるため、事前集会の時間を若干早める場合があります。お早めにお集まりください。

沖縄の宝の返還を求めて

                     2009年10月13日
在那覇アメリカ合衆国総領事館
 レイモンドF・グリーン 閣下

                     沖縄県名護市大北3-8-28
                       大西 照雄
     要請および協力のお願い (第2回要請)
(先日 要請および協力のお願い、送りました。ご返事もありませんので再度送ります)
 私は辺野古の新基地建設で日米政府の政策に異議を唱える名護市の住民組織の責任者の一人であります。
 本要請は、私の家の「宝」につての貴政府への要請であります。沖縄戦(1945年)、貴政府軍隊は沖縄を占領しました。貴政府軍隊は日本軍を殲滅するために、住民を収容所に収容しました。最大の収容所は田井等収容所、私の村にも辺土名収容所を創設しました。
 これらの収容所の責任者はラブレス中尉、名護市編纂の『住民の戦争体験』にも「泣く子も黙るラブレス中尉」と証言記録があります。
 貴政府軍人は村などにある文化財を持ち去っています。(写真および説明)
 琉球王国第二尚氏初代王尚円は即位まで金丸と呼ばれていました。青年金丸は迫害を受けますが、金丸の命を救ったのは私の祖先です。尚円の即位は1462年です。
 琉球王国は王国の女性を統括するために聞大君を創設、各地のノロを置きました。当然なことながら、私の祖先がノロ職を拝命され、聞大君から神具を賜ります。沖縄の城跡群は世界歴史遺産ですから、歴史遺産を構成します。私の母がノロ職を受け継ぎ、現在94歳です。
 ラブレス中尉は、母ノロの神具、古書を「借りる」と称して奪っています。ヒスイの勾玉、神事用ネクレス、金の簪など琉球の宝であります。
 ラブレス中尉には村の女性との間に子供を授かっています。ラブレス・マリコと言います。父親に引き取られアメリカで暮らしています。ラブレス中尉は他界していると聞いています。
 もしかして、ラブレスの遺品をラブレス・マリコが引き継いでいる可能性があります。
私は、昨年、脳梗塞に罹り、再発の危機を抱えていて、村の歴史や文化・生活など書いています。(草稿1部参照)
 琉球の文化財が故郷に帰される美談が増えてきました。
 ラブレスに関する情報を収集していますが、閣下の力にすがる以外に道はありません。

1、 ラブレス・マリコ探しています。閣下の御協力をお願いします。
2、 ラブレスが「借りる」で返却を忘れたのか。「奪ったのか」真相を知りたい。前者であることを願っています。
以上
        FAX 0980・53・5081
        携帯  09019401563
       メールアドレス bingo@y5.dion,ne,jp
 沖縄の宝
 沖縄戦・占領期に人民を収容所に閉じ込め、土地を強奪したことは国際法違反です。アメリカ・カナダでは謝罪と名誉の回復がなされています。米軍が「略奪」した沖縄の文化財の返還を求めることは大切です。知日派のグリーン氏は手紙を出しても何の音沙汰ありません。英文にして大使館、大統領にも要請を段階的に行います。

漁師から
  アバサーとタコ貰いました

 生物界の食物連鎖。
 アバサー(ハリセンボン)とタコをもらいました。アバサー汁にすると10人分になります。沖縄の魚料理店では高級でめったに賞味できないではないか。
 アバサーは皮と口を切り取って漁師は魔よけと豊作を願い家の門に飾っていた。今、電気などの傘にして料理店などに飾られている。
 イノーでメガネかけて、アバサーと鬼ごっこできると海の観察が楽しいものになる。われ我が小さい時はアバサー食べる人いなかった。今は、肝入りアバサーは珍味のひとつ。

 欲しい時には港でとる。でも小さく数が必要だ。面倒くさい。
タコ(シガイダコ)はこれからシーズン、海岸にイザリ燈が揺れる。この季節、霧のような雨がフロントに点々とつきますが、タカヌシーバイと言う。昨晩の雨も同様だ。
 ベトナム戦争以前は朝焼けの空をいくつかの群れになって南に去った。シベリアから東南アジアで越冬すると聞く。
 山や沢からは毛ガニが恋の旅路でイノーを目指す。タカガイともいう。タコがイノーのはたしで一生に1度の恋をして命尽きる毛ガニを狙う。タコをウツボが狙う。
 要するに上海蟹の仲間だ。ガイジュシーは家族団欒の味。
 ウツボも高級な魚だ。テント村の冬、モモの太さほどのウツボを炭火で焼いて食べさせたことがある。今年の冬もウツボ炭焼き。
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続きをどうぞ今日から
 沖縄米軍支配下の沖縄を自分史に(1945~1960年)

  『蛍が星空に舞う川』

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ミニ授業ー定年退職ー啄木と藤田嗣治「那覇の客人」(「琉球の女」)

  私の10月15日(泡瀬判決)
   藤田嗣治・石川啄木


 ミニ授業
    定年を迎えた女教師へ

 先日、秋田市の平野誠吉美術館から藤田嗣治『那覇の客人』(下記)のコピー画が送られてきた。美術・音楽は中学時代から高校までアヒル(数字?)であった。少なくない友人が「なんで藤田の絵が??」である。
 現職のころ「音楽で学ぶフランス革命・フランス啓蒙思想」を公開授業して「カラオケで1度も歌ったことのない大西が、フィガロンの結婚、・・・・1812年だ?」とからかわれた。

 刑事コロンボではないが「うちのカミさんが・・・」、定年した友人たちに話をしたらしく、暇にまかせて南部・那覇からやって来た。
 「世界の藤田」「芸術家の戦争責任藤田」を、泡瀬の判決を電子版で読み、勝利のメール、ブログに書き込んで延々3時間のミニ授業と相成った。
 どこで、藤田と啄木がつながるのだ。
 すでに、那覇市真教寺に啄木の「新しき明日・・・」歌碑が立つことは、今月に入って2度ほど紹介している。この歌碑の建立は1976年4月13日、建立者は山城正忠、沖縄啄木研究会、でも、山城は1949年に逝っている。
 この謎を解くためにメモ記録を取り、『那覇の客人』のモデルを実名で『啄木と沖縄』で触れた。このコピー画は「琉球の女」「那覇の女」の名がつけられたりしている。私は場所を那覇の泊としているが、糸満の料亭(遊郭)の説が浮上してきている。私にとっては芸術家でもないからどうでもいいことである。
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  碑に息吹を与える
   死んでいる人が何故建立者だ
 
下記の『啄木と沖縄』は、琉球の文化の授業作りのメモ記録である。稲嶺知事・岸本市長市長が軍民共用空港を受け入れた(99年12月)の後、2000年3月に、メモが無くなる恐れがあるために急いで活字にした。
 啄木の友、山城正忠を追い求め、沖縄で啄木が享有されていく近現代の人間記録を書いた。山城歌集『銭紙を焼く』(昭和13年)に藤田が描いた山城の肖像画がある。藤田が沖縄に来たのが昭和13年、「琉球の女」の作品群は少なくないが、私たちが見ることができるのは平野美術館のみである。
 山城の『銭紙・・』には与謝野鉄幹の死を悼み、晶子を思いやる歌で埋め尽くされている。このメモを上梓した後、新聞評論に「余計なこと」と批判された。
 高校の社会科教師が啄木論、近代文学論を書くのだから、余計なことかもしれない。私の教材論は「碑やモノは自ら語ることをしないが、教師が息吹を与えると、自分を語り出す。
 恥も外聞もなく、モーツアルト、ベートベン、チャコフスキーでフランス革命史をやってみたり、アメリカ民衆史を黒人霊歌、ブルース、ジャズ、フオークソングでアメリカ史のまとめで1時間。これらは必ず報告週にまとめて批判を仰いでいる。
 藤田と沖縄。「琉球の女」を発端に「戦争画の藤田」論が現代美術論で登場してくる。
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j純粋ナショナリズムと
日本偏狭ナショナリズム
 啄木<あとがきから>
 2月3日、NHKは藤田の絵の修復問題を報道した。「芸術の戦争責任を一身に背負った藤田の戦争画が美化されるきざしか」(2000年3月)
 2010年は国際・国内・県内も大きく動く、私の2010年問題である。ワールドカップ、冬季オリンピック、テレビなどは日の丸一色、それを計算に入れて国民投票法の発効、前哨戦でつまずく。民主党の政権公約などの微妙な推移は政治激動の引き金、特に、辺野古はマグマである。偏狭ナショナリズムの動き(小沢幹事長)は目が離せない。

 (続きー泡瀬控訴判決と新聞記事)どうぞ

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沖縄の豆台風に注意ー泡瀬干潟判決は永田町に竜巻を起こす?

泡瀬控訴審琉球新報電子版開いて待つ  前川さん、<span style="font-size:large;">守会のみなさん
 おめでとう。前川さん辺野古も続きます。
 ヤーグマイせざるを得ない日々琉球新報電子版を開いて待っていました。現職時代
からの共同の闘い大きく花開きました。「愚直」に乾杯。

  大西 照雄
  15日 14:44分メールで送信
       16:00 前川さん電話で話す。
 04年4月18日泡瀬イベント正確な情報、19日の攻防戦勝利であった。もし、あの日、泡瀬にいなかったら、辺野古の今日もない。現職のころ全国高校生平和ゼミナール(1996・97年)での前川氏との共同がなければ、昭和18年生コンビ第二の人生は、今、燦然と輝く。前川さん、泡瀬・高江・辺野古の真の勝利まで・・・。

ダイナミックに動く辺野古
 10月14日の辺野古テント村から見る

 辺野古川に潮が満ちる 辺野古テント村、辺野古の川が干潮になるとミナミコメツキが一面にはい出し、チドリの仲間たちが群れる。潮が満ちると遡上する魚を狙って、住み着いているサギとコサジが悠然と舞い構える。
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 休んではいられない日常 
  連立政権が、今、やれること
 14日 アセスの知事意見が出された。県民会議が防衛局、県に要請行動。沖縄選出国会議員8人と県議会野党議員26人(過半数)が11月8日県民大会の呼びかけ文公表される。実行委員会開催。
 普天間爆音訴訟裁判官現場検証などなど違法アセスに対する諸行動。
辺野古の海では違法アセスの調査が行われている。花巻市の社民党の議員が海上視察。連立政権が今できること、アセス法によらない沖縄防衛局の違法調査にストップをかけることは外交問題ではなくアセス法を守る基本的なことである。簡単にできることである。
 海上では違法アセス、陸上では絶えることのない射撃訓練。

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 サギの舞に見とれる?
 潮が満ちるとサギの舞が始まる。羽ばたいて魚を驚かして餌を捕る。
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 テントの空に
 毎日、毎日見る風景、この空間と時間、テントの空をサギの群れが飛んで旋回した。
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 鳥たちの楽園
   辺野古干潟。

 昨日は、辺野古干潟の控訴審判決。環境省が定める日本の湿地500、そのうち沖縄56、大浦湾から金武湾まで広大な湿地、沖縄県が保全すべきAランクの海域である。サギが羽を休めるところ。
 泡瀬・高江・辺野古はすべて関連する。

 泡瀬控訴審勝利は辺野古・高江に連動する。016_20091014211800.jpg

(辺野古の1日、まだ、半分ー続きをどうぞ)

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泡瀬控訴審勝利ー緊急報告

辺野古問題伝える
  その広さ

そして、多面的に日米政府を追い詰めている日常の行動

 昨日の新聞はアセス知事意見書を伝える。テレビも同様である。知事の沖合移動が争点のように書かれる。基本は宜野湾市民が「普天間に入らないものは名護にもいらない」。4回も形を変えても沖縄県民は自公民が完全崩壊するほど、拒否を貫いている。
 アセス報道の中、14日には普天間爆音訴訟高裁裁判官の現場検証あり。
県民会議は沖縄県、沖縄防衛局に要請行動。13日には高江仮処分取り下げ要請行動。
多面的で連動するな動きが日々である。
 14日の私の1日を16日日記で見ることにする。ヤンメームンの日々(体が悪くても)


緊急特別報告
泡瀬高裁判決
 福岡高裁那覇支部
    泡瀬控訴審勝利


    10月15日
13:00事前集会@那覇地裁前広場
13:30高裁那覇支部入廷、傍聴券手続き
14:00判決
14:15頃、判決内容を示す垂れ幕
公判廷では引き続き、判決骨子の説明
15:00事後報告集会@那覇地裁前広場
弁護団報告・声明文読み上げ
16:00沖縄県土木建築部長要請
16:30沖縄総合事務局、開発建設部長要請
17:30沖縄市長への要請(調整中)
19:00総括集会@泡瀬干潟
辺野古違法アセス初公判
  10月21日(水)2時
12日、テント村前、イスブーシ(磯ヒヨドリ)が飛んだ。
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 潮が満ちてくるとサギが遡上する魚を捕りに
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 こんなのどかな自然の中で、自然も動き、人も動く

違法アセスを見る目
 沖縄タイムス14日
  桜井国俊談話がいいと思う。基本的観点が掴める。


2009年10月14日 政治(タイムス)

全般的書き直し要求 「普天間」アセス知事意見/国の移設方針 決定促す
手続き「矛盾感じる」


 仲井真弘多知事は13日、米軍普天間飛行場の名護市キャンプ・シュワブ沿岸部への移設に伴う環境影響評価(アセスメント)準備書に対し、環境影響への全般的な項目にわたって「書き直し」を求める意見を沖縄防衛局に提出した。また、「米軍再編や在日米軍のあり方について見直しの方向で臨む」と明記した3党連立政権合意書について「その具体案や工程はいまだ示されていない」と指摘。「環境アセスの手続きの意義も問われることになりかねない」と見解を示した上で、「政府の方針と具体案を早急に示してほしい」と強く求めた。

 知事意見は60項目、502件。仲井真知事は会見で、アセス継続を理由に法手続きとして意見を述べたと説明した上で、政府が再編見直しと表明していることに「矛盾を感じている」と述べた。

 意見で「県外移設がベストだが、一日も早い危険性除去のため、やむなく県内移設を認めた」としたが、仲井真知事は政府の見直しについて「(移設完了予定の)2014年より早くなるのか遅くなるのか、なるべく詳しく伺いたい」と述べた。

 沖合移動について意見では、事業が進められることを前提とし、「住民生活への影響を重視する観点から、可能な限り沖合への移動を事業者が真摯(しんし)に対応する必要がある」と従来見解も明記した。

 一方、ジュゴンの複数年調査について会見で「単年でなく2年以上にわたるデータを入れてほしい」と要望したが、複数年調査で移設完了が遅れる可能性については否定的な見方を示した。

 沖縄防衛局がアセス調査前に行った現況調査を複数年調査に組み込むとの見方について、知念建次文化環境部長は「事業者がきちんと対応してほしい。やり方はいろいろあるだろう」とし、消極的に容認する姿勢を示唆した。

政府、結論先送り 米大統領来日後へ

 【東京】鳩山由紀夫首相は13日、米軍普天間飛行場移設の環境影響評価(アセスメント)準備書に対する知事意見について、「知事の気持ちは重い。しかし知事だけではなく県民総意の気持ちを伺う必要がある」と述べ、衆院選県内全選挙区で辺野古移設反対を掲げた候補者が当選したことなどを踏まえ、移設先を検討する姿勢を示した。

 同日夕、首相官邸で記者団に語った。

 一方、北沢俊美防衛相は13日、ジュゴンの複数年調査など高精度の予測・評価が要望されたことについて「調査はかなりやっているが、過去のデータも見ながらどう対応するか検討する」と述べた。

 普天間移設協議の結論を出す時期は、「米大統領が来るまでに、すべてのことを解決して合意するまでにはとても及ばないだろう」との認識を示した。

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知事意見ー沖縄の新聞読もう

  ミサゴが帰って来た
    テント村にて
 
 12日、太陽の日差しが弱いので写真パネルの撤収にテント村へ。13日知事意見、新聞休刊日、今日は午後から高校生の修学旅行の訪問あり。15年の付き合いで「浜講座」あり    
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 ミサゴ(Osprey)が
   テント村前森に
「極地を除くほぼ全世界に分布する。ユーラシア大陸と北アメリカ大陸の亜寒帯から温帯地域とオーストラリアの沿岸部で繁殖し、北方の個体はアフリカ大陸中部以南と南アメリカに渡って越冬する。

日本では留鳥として全国に分布するが、北日本では冬季に少なく、南西諸島では夏に少ない。西日本では冬季普通に見られる鳥だったが、近年やや数が減少している。北海道ではほとんどの個体が夏鳥として渡来している。」(wikipeda電子辞典より)

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  辺野古河口にはカラスが多い、カラスと縄張り争い(?)
 カラスは複数でミサゴに攻撃。左がミサゴ、準絶滅危惧種(環境省)
  MV22Ospreyはミサゴがホバリングして魚を確実にする姿を想定して名前が付けられたと聞いている。
 今年は、ミサゴが魚を捕る瞬間をカメラに収めたい。テント村で幾度もみられるが、はたして。
鳥のPspreyを追い出して鉄が飛ぶ海は・・・・・・。
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 知事意見
ヘリ基地反対協ホームページから
 琉球新報・沖縄タイムスを読もう


毎日新聞(14日)「記者の目」はまとまっている


 (続きー9条とTAC諸国人民の道)

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新基地建設反対ー名護市民・沖縄県民の基本的羅針盤


  市民・国民が時代を動かす
   市民的勇気ー今、


だまされない市民
だましの「口約」見抜く県民

友人が、2000日集会の写真メールで送ってくれた。
稲嶺名護市長候補後援会のビラが配られた。少し古いが。

「現行の<V字案>は」「経過も含め数多くの問題を抱え」
「辺野古合意案の見直しを求め、新政府の新たな動向も踏まえ」
「対応します」

 と、なっています。アセスも進んでいる建設計画を「案」とし、どこにも辺野古基地建設反対を書いてない。
 新政府も「変化」のきざし、つまり、政府の意向で動くということだ。自民党元県連幹事長が「国外移設」の立場で知事追及で問題になっている。
 稲嶺氏も「県外・国外移設」言いかねない。「口約」で新基地建設も言いかねない。仲井真知事より後退している。
 極めて、ずるい。
 
 辺野古・大浦湾に手をつけ、容認する政治家に未来はない。すでに、昨日見た事です。

 前回は、すべての候補が「沿岸案反対」を口約、前回より悪い。
そして、島袋市長、仲井真知事はV字で名護市民・沖縄県民をだました。
10/10大西

ブアイツゼッカー大統領
   市民的勇気ー沖縄の歴史そのもの
 昨日、元沖縄大学学長新崎盛暉沖縄大学学長の名護市長選挙<地域政治家>論にデージ・チムアタイと書いた。活動家も同様に書いているから・・・・・。

 私は蚊帳の外にいるが、私は地域政治家を信じたい。新基地反対の一致点で奮闘していることを。今の現実は「明日が描ける時代閉塞」
 まさに、「市民的勇気」が明日をつかみ取る国民の時代。
1995年から沖縄を動かしているのは少女と両親の勇気。沖縄の苦しい時、道を切り開いてきたのは「勇気」である。

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タラジーサビタン(足りませんでした)
 海の料理で歓待されたら、クヮアチーサビタン(ごちそうさまでした)と言わない。タラジーサビタンと言う。山のもの海のものですから、次はもっともっと豊作であるようにの願いを込めています。
 10月10日は弁護士も多数見えました。女性弁護士のN女史も伊勢海老を。
 

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条約でもない「日米合意」、鳩山よ、沖縄県の歴史に学べ

辺野古への新基地断念させる県民大会  
    11月8日(日)
     宜野湾海浜公園

 辺野古・大浦湾へ手をつけた政治家に明日はない
 空は曇り、体調よし。伊勢海老調理、準備OK,集会の司会者仲本氏から閉会のあいさつ認められる。嘉陽のオジーやオバーが正面にいる。いつも、元気をもらっている。
 2000日は言葉ではたやすい。毎日毎日海に出ていて、脳みそが行かれてしまった。嘉陽のオジーの顔に辺野古半世紀を語るべきと思った。
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 辺野古50年
 「4原則貫徹」(1954年立法院決議)、「新規土地接収反対」を裏切ってシュワブを誘致した旧久志村、島ぐるみの闘いのさなか「一括払い反対」に米軍と一緒に琉球放送を脅して裏切った。
 ベトナム戦争で辺野古に秋雨のようにドルが降った。1962年軍港計画の始まり。
 ベトナム戦争激化、高江では住民をベトコンに「徴用」してジャングル訓練(1964年)、高江の抵抗の始まり。辺野古にドラム缶からあふれるようにドルが大雨のように降った。
 1966年、軍港計画と新規土地接収。村長は歓迎。降るドル、恐怖の村民、まさに、時代閉塞であった。
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 漁師の闘いが
   若き漁師50人「大浦を守れ(7・8・9・10日までのブログ参考)

 車座になって伊勢海老のお汁を食べている。1965年大浦、昆布などの土地接収、この時期の琉球政府主席が大田政作。主席指名闘争で立法院包囲闘争で政治生命絶たれる。第二の大浦湾爆破。66年に至る米軍と県民の闘いは全方位的展開であった。この年教師になる。教公2法の闘い、68年主席公選勝ちとる。
 SACO合意と市民投票
   何故、大田知事は敗北

1996年12月、SACO合意、当時の沖縄県知事大田昌秀知事、嘉手納統合案、仲城湾案など反対した。SACOで辺野古ヘリポート計画が出されると沈黙、名護市民投票後の名護市長選前夜に辺野古反対表明、このボタンの掛け違い、名護市長選挙に暗い影、激しい雨の日であった。知事選挙も敗北する。
 新崎盛輝『反対派の地域政治家の無定見、無気力、無責任を起因するところも少なくない。数か月後に名護市長選挙を控えながら、いまだに新基地建設反対を掲げる候補者を擁立しきれないでいるのも、その1例であろう」、(2009年9月『けーし風』第64号)
  「デージ チムアタイ」(チョウー、胸に堪える)
地域政治家でなくてよかった。でもでもでも・・・・。
私は現場の責任を担う一人であるが。前回の選挙以来、1度たりとも、市長選挙の場に同席させられたことはない。新崎氏の論に同感である。ボタンの掛け違いいまだに克服できない。
 もともと、名護市民でないものには歯がゆいのだ。蚊帳の外にいるものとして全県・全国に顔向けできない。質問されても、質問する人以上に情報を持っている身ではない。
 新聞に「新基地建設に反対する候補を統一候補」にとの日本共産党の談話が掲載された。 
 岸本・稲嶺の結末
   軍民共用空港

 1999年12月、稲嶺知事、岸本名護市長は軍民共用空港受け入れた。ラムズフェルド国防長官
ヘリで辺野古上空視察「きれいな海だ」と思わず叫んだ。解任への道を歩む。
 そして、岸本氏は半ばで逝き、稲嶺知事はやめる。
 小泉首相は「辺野古見直し」から「辺野古内見直し」と政権威信をかけてV字型を権力とお金を降らせたが、自民党は政権から転げ落ちた。そして、小泉も政界から去った。
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 政権公約「変化」、「辺野古」否定せずの明日と
   沖縄県民の明日の確かさ

 閉会のあいさつ。漁民が閉塞を切り拓いたように、私は闘いが閉塞に陥る時、那覇の真教寺の
   新しき明日の来るを信ずという
   自分の言葉に
   嘘は名けれどー
 を引用し、今、辺野古に青年がたくさん訪問と書いているのが特徴、「未来の主権者である青年」が沖縄の明日を共有し「国民が団結すれば勝つ」と啄木は言った。今の辺野古。
 政権公約を「変化」する。辺野古否定せずの鳩山内閣に未来はない。2001日の始まり真の勝利への誓いである。と、農民や漁民の闘いの歴史から学ぶべきであると結んだ。


 政権公約をマニフエスト
  誰が言ったかー沖縄県民の歴史を学べ
 
いくつかの報道機関からコメント求められた。政策公約が政治家の「口約」になった。横文字でマニフエストと実効性を強調したのが民主党。その民主党が「口約」に戻った。
 そこに、まず、未来がない。
「日米同盟の未来」(米軍再編成ー正しい用語でなくマスコミの造語)は辺野古を「鍵」と規定、この規定の外交上の重みを知らないで「再編成見直し」を軽々しく言っているとしたら「軽い政権口約」となる。
 沖縄県民は多国間条約サンフランシスコ条約の中で返還を勝ち取った。サー条約は廃棄されてない。「日米同盟の未来」および「グワム協定は条約ではない。政権内閣僚の合意事項、協定はアメリカでは批准事項ではない。
 民主党よ、鳩山、小沢よ
   沖縄を馬鹿にしたら?????誘致派の戦略??馬鹿にしている??

 ブッシュ政権、小泉政権の閣僚合意にすぎないもの、オタオタするな。
V字型計画の南移動を鳩山政権が考えているとするなら。沖縄流でいえば「ムヌシラン」(何にもわかっていない)。
 どれだけ「いららんみー」(入ってはならない出口のない道)に誘いこまれるか。鳩山は知らない。米
国防省は知っている。
小沢民主党幹事長が頻繁に動いていることが新聞の文字の中で読み取れる。
 11月、オバマ来日の首都は沖縄の台風が上陸する。

沖縄のマスメデイア
  連日、鳩山発言伝える
    ヘリ基地反対協ホームページから 
   全国紙では伝えないが、赤旗報道、県議会質問、本質わかる

     沖縄から日本が見える       
 

2000日突破集会

新しき明日への展望
    座り込み2000日集会

 大浦湾に手を掛けた政治家は明日がない
   (明日のグログに)


午前中浜掃除004_20091010182954.jpg
 金城初子さん、宮城節子さん
  300人分豚のお汁作り
   ウチナーイナグヌ笑顔は明日への確かさ
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  ヤドカリに異変(?)
    辺野古の浜で
     サンゴにも異変

    
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いつも元気な嘉陽のオジー
  赤嶺議員と

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 集会300人
  大釜5個の伊勢海老、豚汁売り切れ
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 10月10日、2000日集会、新聞も読めなかった。100人が伊勢海老にありついた。共同通信、QABなどいくつかのコメントを求められた。少々疲れた。いくつかの取材断った。釜などの片付け積もった。1日で運べないために。

 沖縄から日本が見える
  ヘリ基地反対協ホームページから
   鳩山政権の明日が見える
    オバマはノーベル賞で救われた。鳩山は???

貝の道(5)-鳩山の転げの日、2002日のスタート

 貝の道(5)
 辺野古テント村2001日へ
鳩山内閣「政府間合意、条約は重い」、政権公約は「変化する」など、憲法81条知らないで選挙に「国外・県外移転」言ったのか。国民はだましやすい存在が政治姿勢か。歴代の沖縄を食い物にしてきた首相たちと同じだ。
 タイムス社説「公約実現へ毅然とせよ」・琉球新報社説『政治主導の看板下ろすのか」(いずれも9日)

タカセガイ
  高級ボタン

 服のボタンになったのがタカセガイ、サンゴの海を潜るとよくとれる貝である。サンゴの海は、サザエ、ヤコウガイ、アジケー、などの魚だけではなく、貝の「養殖場」。中身は魚屋さんで手に入る。
 よく、庭先などに転がっている。大きなものは琉球甕、南蛮甕の蓋に利用された。中身をとるのにサザエのようにはいかない。庭に転がっているの見ると先の方に釘でアナを開けたの見ることができる。
 このアナに口で空気を一気に入れると「ポッコ」と貝が出てくる。プロはアナ開けずに意図も簡単に取り出す。
 タカセガイは輸出品であったようだ。
海に網に入れて蓄える。今、貝殻はお土産品。 
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この写真で貝の道終わり。
 サメの口である。サメとの闘い。

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2000日集会
  伊勢海老のお汁

    誰がありつけるか
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  一口に2000日と書くのはたやすい。04年4月テント村を設営して村長を務め、海の責任者としての5年、来る日も来る日も船を出し、去った人も少なくない。体を酷使した。今年の夏はアジサシを撮った。少年のころガキ大将、山や海で過ごした。その「子分」たちが、「親分」のためにイセエビを採ってくれた。正常な体なら辺野古・大浦の海で魚を釣って100人のお汁を提供できるけど、それができない。
 今年の沖縄の9月の海は異常で漁ができない。大浦のサンゴも白化現象で危機を迎えている。環境省は何もしない。
 イカの漁が全然だめ。少年のころの「子分」たちが伊勢海老を採ってくれた。
2000日集会に50人分は提供する。


(続きー大浦湾を守れー沖縄失踪)をどうぞ

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埋蔵文化と貝ー大浦湾土地接収ととは?


海上の道(3)-古代日本と埋蔵文化

思原埋蔵遺跡・大又埋蔵遺跡
  古代ヘのロマン


 キャン・シュワブにはウミバル(思原)・フーマタ(大又)埋蔵文化がある。人間にとって水は大切であり、美謝川(アセス対象)周辺にも埋蔵文化があると推定されている。名護文化財保護課は総合調査を約束したが、結果は定かでない。
 テント村講義には中松弥秀、名護博(農学博士)など歴史学・考古学者などの講義が開かれた。名護さんは06年ごろ頻繁に訪れ、フーマタ遺跡へのロマンを語っていた。
 古代大和国家の成立期の遺跡には南海の貝の装飾品が出土することに注目していた。名護氏の『赤椀の世直し』を頂いた。
 表紙の説明をコピーした。ゴホウラガイ、スージガイなどについて述べていて、ゴホウラガイが大浦崎の遺跡から出土することにロマンを語っていた。下に装飾品の制作図が紹介されている。中央は佐賀県の遺跡で発見されたゴウオウラガイの装飾品で「太陽信仰のシンボル」と書いておられる。
 現在のアセス手続きが進むと埋蔵文化の調査もいい加減なものになる。
  巻貝の食べ方
   原色の色保存

 巻貝、イモガイなど生きたままで肉を取り出して食べることは難しい。お湯に入れて煮ると原色を失う。焼けばなおさら品質を失う。
 ヤコウガイを生きたままとり出すのは漁師は一気にとり出す。ヤコウガイの内臓はj実に美味で、漁師は内臓食べて残りを食べさせる。
 これまで、何度も写真に出てきたホラ貝の中身の取り出しは子どもの前ではよしたほうがいい。貝のふたに縄をつけ重石を下げ木などに吊るす。中身がだらっと下がってくる。人の気配を感じると亀の頭のようにひっこむ。1日は掛ってしまう。ホラ貝はおいしくない。オニヒトデを食べるから見つけてもとらない。それが海を生業にしない人のルールである。
 タカラガイの種類は多い、写真のような大きいのは砂地などでも見つかるが荒磯の岩場に数個ずつ群れている場所がある。割らないと実はとりだせない。貝の生態を知れば「自然の養殖場』とも言える。その割ったタカラガイは網の重りになる。神社や郷土資料館に発見したら南海に目を向けてください。
 タカラガイは鮨のネタに最高である。
 貝を原色を保って保存するのには土に埋めて腐らし、水にさらして(最近は漂白剤)やると独特の美しく輝きを増す。

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 大浦湾の漁民から
  頂いた貝

 左がヤコウガイ、右がゴホウラガイ(?)、手前がスージガイ、名護氏はスージガイを「世直しの牛」と書いている。今でも、漁村を歩くと魔よけにつるされているのを見かける。
 ヤコウガイとスージガイとの間が宝貝、柳田國男が椰子の実と同様に日本の文化ルーツ(源流)の指標にしたことはすでに述べた。  
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 『赤椀の世直し』
 考古学は全く知らない。名護氏は幾度も大浦崎の埋蔵遺跡へのロマンを語ってくれた。
 思い出深い一人である。
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(続きは大浦湾1966年の漁師の闘い)



  

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貝の道ー1960年代の大浦湾前奏曲

辺野古テント村2000日集会IMG_0004_20091007185749.jpg
今日のニュース(8日朝刊)
   鳩山辺野古問題後退「辺野古も」
    「再編成内見直し」-小泉「辺野古見直し」と同じか

     マチブイマチブイ
琉球新報2009年10月8日
普天間移設 鳩山首相「辺野古」否定せず  鳩山由紀夫首相は7日夜、首相官邸で記者団に対し、米軍普天間飛行場移設を含む米軍再編見直しを掲げた民主党のマニフェスト(政権公約)について「国民との約束事で、守ることが大事。簡単に変えるべきではないと今でも思っている。それは、時間の問題、時間というファクター(要素)で変化する可能性は否定しない」と述べ、状況次第では、名護市辺野古への日米合意の県内移設案を認める可能性を示した。

 沖縄を食い物にした首相
 吉田茂ー沖縄・小笠原・の領土と人民をアメリカに売った。
 岸・佐藤兄弟首相ー核密約・沖縄密約、佐藤栄作ノーベル賞
 小泉純一郎ー「辺野古見直し」ー辺野古内見直しV字型押しつけ
 鳩山由紀夫ー「県外・国外」で総理の椅子

      サイは投げられた   
  社民(連立)・共産(健全な野党)どうする?

辺野古行った現場に足を置けば見える。復帰しかない。命削るか


 大浦湾漁師のコレクション
 色鮮やかな貝

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  キセル?
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  色鮮やかなイモガイ(左)
   「海のハブ」
 イモガイには注意、針で注射、神経麻痺して動けず死にいたる。
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 (続きー大浦湾漁師の闘い前奏曲)をどうぞ

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海上の道ーベトナム戦争下の沖縄 「勝つ」

台風情報三つのこと
 ①昨年から沖縄本島に台風ないためかサンゴの白化現象、海草の不良など、海が枯れ始めてい    る。
 ②日本に「上陸」とは、すでに大東に上陸、04年NHKは10個、沖縄13個であった。日本の概念と   は?
 ③ 衛星情報。北緯15度まで拡大すべき。南の雲の発生状況、沖縄の漁師の動きで台風の進路   予測できる。
 

 貝の道と
   「海上の道」

 古代日本列島には貝の道と称される交易があった。最もわかりやすいのは中尊寺の金色堂の螺鈿でしょう。明治30年柳田は東大に入学、本郷湯島花町には島崎藤村、田山花袋、厳谷小波(残波岬に句碑あり)など文学者が群れていた。
 柳田は約1月以上、渥美半島を旅した。花袋がついてきた。
のちに『太陽」1902年6月号に「伊勢の海」を書く。
 「嵐の次の日に行きしに、椰子の実一つ漂ひ寄たり」
この感動がやがて『海上の道』など柳田民俗学になる。大正15年沖縄に来る。つられるように折口信夫も来沖する。
 柳田の海上の道への着眼は椰子の実。稲、ネズミ、宝貝と言われている。柳田が椰子の実の話を書くのは1957年「故郷70年拾遺」と言う論文で、『海上の道」(1961年)である。
 椰子の実は柳田が藤村に「くれた」ので藤村没後に世にするのです。律義な人です。
   宝貝の写真です。
 
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さまざまな南海の貝
  古代遺跡の装飾品ととして出土、螺鈿などに使用

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 網にかかったサンゴ

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伊江島ミサイル配備反対闘争勝利(1966年)ー非暴力の力

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貝の道と椰子の実ー農民漁民の闘いの歴史を今に(1)

日本列島台風注意  
10月台風弧を描き・速度増す、しかも2個

 貝の散策
  親子で自然の神秘を
 9月21日ブログ、大浦湾干潟散策のガイドを書いている。日本の湿地500の内、沖縄は確か56。
大浦湾から金武湾に掛けては広大な湿地となっている。
 辺野古のイノー(礁地ーラグーン)を「湖」と称したことがある。辺野古港正面のマナル岩、平島のピシ(干瀬)は干潮時(とくに大潮)陸地になる。ピシから眺めると湖に見える。
 ピシの内側のサンゴにはホンダワラの草原が広がり、そのうちには塊状ハマサンゴ群落、そして、ジュゴンの藻場、3月から5月天然のもズクが揺れる。
  大浦湾は、サンゴ群落は紹介した、広大な扇状地が広がり砂と藻場、刺し網にさまざまな貝が掛る。
 干潮(大潮)の時間帯、二見大橋の木陰で昼食を食べ、シオマネキ、トカゲハゼ(初心者に確認難しいが)、掴むのではなく、生物たちの自然体を観察する。大浦河口まで石の下などの生き物に接する。
 動くサンゴは濁りの水深、普通の泳ぎでは観察できません。でも、多くの生き物の姿に出会うでしょう。
 漁師の家を訪ねた。時折、刺し網に掛る。
 写真はセンネンガイ、砂地で泳ぎながら発見することあるが、私の少年のころのようにはいない。手前の二枚貝美しいが名前知らない。


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 ホラ貝とサンゴ

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  貝のビル
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  柳田國男『 海上の道」と
    島崎藤村「椰子の実」(1)
「 名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実ひとつ・・・・・」は島崎藤村『落梅集』の代表的な詩、昭和12年大中寅二によって作曲され、日本人心の歌となった。1999年8月4日、伊良湖岬に柳田國男「海上の道」の椰子の実を訪ねた。柳田は伊良湖の浜に打ち上げられた椰子の実から「海上の道」(1962年)である。柳田の椰子の実との出会いは明治30年7月から9月、明治31年には藤村の「椰子の実」となる。貝の道、椰子の実の道は柳田民俗学の重要な課題となってゆくのでした。

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 写真左上伊良湖海岸ハマゴウ、ハイネズの草原
 写真右上伊良湖の燈台から神島
 写真左下 椰子の実の碑
 写真右下 石垣市から送られたサバニ(伊良湖港)

(続きはー安田国有林の闘いー復帰闘争碑)をどうぞ

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オバー達の8年から今へ

台風17・18号から目が離せません
  1967年の宮古島台風予測する情報もあります。注意。

「狙われた海」QAB1時15分、何故dbは情報流さない、知らない?
辺野古座りこみ13年
  8年プラス2000日

 アセス答申をどう見るか
      初志に帰る ー桜井国俊談話で見ること進める

 アセス審議会答申でた。「環境影響評価(アセスメント)の準備書を批判し、やり直しを求めた答申」(赤旗主張)は舌足らずである。調査の非科学性、評価予測のでたらめさを指摘するのは当然。事後調査、砂の問題など触れず、事後調査事実上調査容認など極めて問題を孕み、手続きアセスを容認している。アセス法によらない防衛局の住民意見、答申無視が起こる。
 知事意見は問題点だけ指摘して評価書にすべてゆだねる。ジュゴン追い出しなど公然と進む。
 桜井国俊(沖大学長談話を共有することが必要になる。(タイムス3日)
 政府は3度負けている。よくもがんばるものだ。マチブイマチブイ(もつれもつれ日本語では表現できない)準備書の中から武器になるのは何か。
 鳩山、前原、北沢、井沢4閣僚もマチブっている。いかなる行動をとるかは準備書のマチブイを共有することだと思う。そこに、マチブイを解くカギがある。

 オジー・オバーは何を教えたか
  8年プラス0000日

  楽観も悲観もしない事実から 
 2000日以前、オジー・オバー達は元気があった。まだ若かった(?)毎日、事務所に詰めていた。15日(ジューゴンの日)は全員集まった。
 貝の人形を作っていた。愛楽園の調査・ガイドをして貝殻を届け、多くのことを学んだ。最初の闘いの資金稼ぎ。だまされても、だまされても、踏ん張った。
 いま、4度目の勝利を目指している。
 我が家の床の間の人形です。
   オバー達の日々
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オジー・オバーの8年
  故金城祐治さん

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 事前調査  土曜集会(03年4月4日から04年4月)
   学びと知恵の共有

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  (右に立っているのがオオニシ当時現職)
4月19日の攻防
   防衛局と談判する祐治さん)

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  (最初の座りこみ故小渡のオバーさん、杖を持つ)
  04年テント村のある日の風景
    テント村講義

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 桜井氏も指摘しているがジュゴン調査は追い出し、防衛局の調査を継続させたらジュゴンは絶滅する。
 環境省が責任を持つべきだ。自然環境などアセス法によって再調査(複数年)やるべきだ。防衛省設置法4条の事後調査をとりいれることで評価書に入ってはならない。このようなことを認めればアセス法は死ぬ。評価書に意見を言えるのは小沢環境大臣のみ、民主党連立政権の環境政策が問われる。
 日本の裁判所すら、泡瀬の生態系、鞆の浦の景観権を無視できない21世紀だ。
ここは基本に戻るべきでアセス審査会答申に酔ってはならない。アセス審査会、方法書やり直し答申したので評価した。だが、準備書はアセス手続きに言及ない。むしろ、後退である。
 
 ヘリ基地反対協リンクから
    沖縄県内紙アセス答申情報(3日)を

「辺野古アクション」をインターネットで検索すると日本、英語、韓国版で9年の写真付き歴史が見られます。
QAB[狙われた海」の焦点は
漁民が、1番尊敬している自然科学者。歴史の本質語る。個々海の主人公は漁に、アセス審査会は本質を避けている。この海の本質を語るのは漁師の歴史、漁師の責任を私の責任にしたメール発信されてない。、最終的に個人が責任をかぶる決意なくなくて行動は組み立てない。5時間掛けて現場にヤシガニ返した。失敗恐れるのはインテリゲンチャーの組織保存、、完璧主義、私は失敗で生きてきたから、保護の責任を持てないものは「捕獲」を使用してイル。赤裸々に伝えてほしい。油井さんに教えるようにガリ版時代には教えるのが基本。
 でも、生物多様性には情報提供発信はしない、命が持たない。
 何故、中瀬に魚いなの?私は船で事実を伝える仕事が多くなりそうン。
調査は事前公開報告が命。


ハマサンゴ(6)ーQAB放送と漁師・母の宝物

少し日本中台風注意
  アセス答申想定内

 今日でサンゴ紹介終わり
    まるでおとぎの国の城

 サゴの森です。準備書は中瀬の白化現象にあった場所、サンゴ低く評価しています。南風では荒れて撮影困難ですので、冬の季節に若いみずみずしいサンゴたちが紹介できると思います。
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  サンゴの森を近くに引き寄せました。
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 サンゴの周りにはクマノミが揺れるイソギンチャクに住んでいました。
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過去から
 現在を学び明日を拓く
 
米軍の2度にわたる大浦湾爆破
 一昨日(12月2日)は二つのことがあった。
 その一つは準備書へのアセス審査会の答申が出された。
 その二つ目は、私が「海の自然科学者」『命の恩人』と称する安里文雄さん、大浦の海に80歳を超えても「刺し網」漁を行い、大浦湾を守り愛して来た歴史をQABが「息をひそめる大浦湾軍港計画」と実証してくれたことである。
  大浦湾の最高の自然科学者
   審査会は漁師の尊厳を守ったか。

 沖縄の戦後史は繋がる。拙著『沖縄の太陽物語』の舞台は伊江島、大浦の海を守る闘いを伝えたのは伊江島出身知念忠治氏(人民党機関誌「人民」の記者)である。大浦湾爆破は2度に渡ることを知る。知念忠治氏と電話で話をする。
 安里さんは「魚が湧き出た」と表現していたが、2度目の爆破以降魚が減ったようだ。爆破された南中瀬は40年たっても魚が釣れない。知念忠治氏の著書が送られてくると明確になる。
 私はアセス審査会に「過去に目を閉ざす者は、未来にも盲目になる、科学の名で、恩を仇で返すことは、人間性の喪失をきたす」と意見書を書き、「貴審査会の名で特定の漁師にジュゴン事故の責任を転嫁する記述の削除を求めます」
 
 さらに、沖縄タイムス「声」の欄(9月11日)に、私の思いを込めて投書を行った。
審査会、大浦湾最高の自然科学者に尊厳の心で答申を行ったか。

タイムスオピニオン 担当 殿
 ジュゴンと防衛省調査、多くの人が定置網と刺し網誤解しています。戦前から漁師をしてきたAさんだけが大浦湾で刺し網をしている。毎日、毎日漁に夫婦で出ます。サンゴ、ウミガメ、ジュゴンにやさしい漁です。数十年もジュゴンがかかった試しがありません。ウミガメなどに網が切られる優しい糸を使い毎日修理です。準備書読んで許せないと思い、意見書、審査会へも意見書送っています。Aさんのやさしさ書き残したい。今のままではAさんジュゴンの敵にされます。
   名護市大北3-8-20
     大西 照雄 (67)
  ジュゴンと刺し網(「声」では<漁師を侮辱する準備書>と改題)
辺野古新基地、アセス審査会の審査が行われています。私は審査会に少なくない意見書を提出しています。準備書に工事中、あるいは船舶の航行で、ジュゴンが大浦湾に設置された刺し網に掛かる恐れがあると書いています。私は昼絶対に掛かることはない。なぜなら、昼の大浦湾に刺し網はないからです。夜間作業想定して記述しているのであろうが、かかることはあり得ない。沖縄防衛局のダイバーたちの目と耳はどこに付いているのであろうか。刺し網を修理している漁師を毎日見ているはずです。刺し網のテグスリは4号、サンゴ礁、ウミガメにずたずたに切られ、ましてや、巨大なジュゴンです。切れる網は自然へのやさしさ。基地建設などで起こるジュゴン・ウミガメなどの事故の責任を漁師に転嫁する布石と、審査会の答申書に記載するよう求めています。大浦崎・瀬嵩収容所、子供たちが育ったのは漁師たちの漁であり、「二見情話」に込められた想い、レキオの海人を侮辱するダイバーの調査、準備書は恩を仇で切るに等しいものです。


(続きは母の宝物ーヒスイの勾玉)

 アセス答申学習のために
  ヘリ基地反対協から関連記事が検索できます。(おおかな通信)
    「二見区の」思いもどうぞ
沖縄タイムス・10/2」
シュワブ内兵舎一部完成/普天間代替関連施設/「再編見直し」に先行

米軍新射撃場が完成/今月にも訓練開始 金武町「遺憾」

知事、調査不十分と認識 普天間アセス/「ジュゴン・台風」不明

普天間環境アセス審査会 知事に答申「再調査を」

「琉球新報・10/2」
県環境審が普天間アセスで答申 ジュゴンで再調査求める

続きを読む

ハマサンゴ(5)ーQAB放送、住民虐殺

矢板式鉄鋼護岸
  大浦湾生態ゼノサイドに自信を得る

 QAB「息をひそめる大浦湾軍港計画」を見て 
 私は準備書に新しく採用された矢板式鉄鋼護岸(船舶係留)を連続ダイナマイトと「準備書意見書」およびアセス審査会意見書にも書いてきました。
 ジュゴン事故をAさん老漁師に責任転嫁の布石、Aさんを戦後の命の恩人、「二見情話」の碑に立って歴史の事実に向かえと書いている。
 今日、QAB(沖縄朝日放送)が、米軍が南中瀬爆破を闘ったAさんを放送していた。テレビでAさんの実名安里文雄、文雄丸と出たので実名で書きます。
先日のハマサンゴ(3)に三上知恵アナが「お花畑」と表現していることを書いた。QAB「息をひそめる大浦湾軍港計画」は、私の指摘を実証する。すごい、記者だと思う。
 刺し網魚を64年毎日行ってきた安里老夫婦の名誉と歴史的検証がなされた。
 準備書で『水中音」を追求してきた意見は多くはない。安里さんの名誉と漁師としてのやさしさに触れた人も皆無である。防衛局とアメリカ政府が南移動に難色を示すのも南中瀬の歴史にあると思っている。
 海上空港で護岸は基地の本体及び本質的問題である。
 4日深夜「息をひそめる大浦湾軍港計画」の全編が放送されるようだ。「水中音」にこだわってきたことが歴史で証明される。この事実、安里さんは鉄鋼矢板式護岸でさらに大浦湾は死ぬと私に告げた。魚が湧き出た大浦湾は米軍の2度の爆破で枯れ、今、三度目の危機に直面している。
 大浦湾のサンゴが生き延びたのは奇跡でもある。
 長いけれども、私の審査会への意見書を再添付する。


                   2009年7月7日
沖縄県環境影響評価審査会 殿
   
   各審査委員     殿
                   平和丸基金 平和丸船長
                     大西 照雄 印鑑

  ジュゴン・ウミガメ・サンゴなどの生態系を総合的にかく乱する基地建設

アセス審査会への意見書(前編省略) 
少し大きい文字
3 過去に目を閉ざす者は、未来にも盲目になる
    科学の名で、恩を仇で返すことは、人間性の喪失をきたす 私は昭和18年の生まれで、カタツムリからネズミまで食にせざるを得なかった世代と言
える。
成長期に大切なたんぱく質とカルシュムは魚に頼った。追い込み網とダイナマイト魚
である。大浦湾には瀬嵩及び大浦崎収容所に5万の避難民が収容された。沖縄タイムス
2009年6月17日(1面)によれば、ダイナマイト漁死亡者は122人(けが85人)、火薬抜
き取り作業中死亡者Ⅰ22人(けが120人)などとなっています。私の体験的経験では1950
年代に入るとダイナマイト事故は耳にすることはなく、1945から1948年ごろにダイナマイ
ト事故は集中していると推測される。追い込み漁は少年期に経験をしている。二見集落の
公民館に「二見情話」の碑が建ちます。歴史的景観、自然と人間の触れ合いの最も大切な
指標であり、二ライカナイの神場所(辺野古)をも平然と埋め立てる防衛局の準備書は「自
然と人間」、歴史・景観を語る資格はない。

 沖縄防衛局準備書、ジュゴンが「刺し網」にかかるとされるAさん等、伝統的イチマナ
ー(沖縄の漁師)は瀬嵩・大浦収容所(宜野湾村民、伊江村民など)の命の恩人である。
 Aさんたち大浦湾の漁師たちは、追い込み漁、素潜りなどで数万の人々の食料を供給し
た。Aさんは大浦湾の漁師の鏡である。80歳を過ぎても夫婦で毎日定時に漁に出ている。
ジュゴンやウミガメが刺し網に掛かったことを見たことがありません。私はAさんを海の
科学者と書きました。リゾートからカニを注文されると大量のカニを捕獲してきます。現
在の漁師が真似のできる業ではありません。
 「ジュゴンが刺し網に掛かる」記述には、夜間作業の告知である。沖縄防衛局の調査船
は、Aさんが帰港して出ますからAさんの仕事が見えていない。科学的知見がないなら、
自然を体の中に取り込んでいる漁師たちの知見に頼るのが初歩的海の調査の基本である。
スーツを着け酸素タンクを担げば海のプロとするダイバーたちには、Aさんたちイチマナ
ーは、軽蔑の対象であろうか。自然と人の交わりを軽視する沖縄防衛局とダイバーたちの
盲目は「平島は地元の人は利用していない」と「新規土地接収」まで発展する。
 ごく、常識的に作業は昼に行われる。大浦湾の刺し網を知らない人(ほとんど)は、昼
の作業を想定して準備書を判断する。
 科学の見知は、クジラ、イルカなどの海洋性哺乳類はソナーや水中音に敏感である。世
間一般の理解も同様であろう。ジュゴンなどの海性動物の行動に変化を与えるのは工事の
水中音、振動、船舶の航行、大量の作業船舶の照明灯などであリ、準備書は否定しない。
 沖縄防衛局とダイバーたちはジュゴン事故の責任を、Aさん夫婦に転嫁する布石を敷い
ている。これらの手法を学問の名で容認してはならない。
明らかに、国民に名前はあげないが個人の名誉、尊厳を傷つける行為で、少年期から現
在に至るまで、漁師から多くのことを学んだものとして、また、命と成長期の恩人とし
ても看過できない。

 3、 鉄鋼矢板式護岸打撃工法は
    ダイナマイト連続爆発音である
 方法書は護岸構造を傾斜式護岸とケーソン式護岸とした(方法書2-4P)が、準備書
で鉄鋼矢板式打ち込み工法を記載、ケーソン式もRC,ハイブリッド、スリットなど多様
の工法を掲載している。
 その狙いは環境配慮を強調することであろうが、本質的理由は次の3点と認識される。
 その1、鉄鋼矢板式工法は産業廃棄物を閉じ込める環境型技術と言われている。つまり、
基地の兵舎および施設の産業廃棄物(コンクリート、ハイベストなど)閉じ込める可能性を秘めている。準備書には産業廃棄物組合、会社名など諸元として少なくない調査がなされており、これらの産業廃棄物の封鎖の懸念を新たに生じさせる。なぜ、辺野古でなければならないかの基本問題と同様、なぜ、大浦湾に産業廃棄物封鎖疑念の鉄鋼矢板式護岸、海性生物にとって科学的知見の確立されてない、ダイナマイトを想起させる護岸でなければならないか。
 その2、騒音に比べて水中音響学は未確立で準備書も「知見」がないことを繰り返し使         
     用している。準備書は環境要因として水中音表記を極力避けている。沖縄戦・戦後体験は水中音が海性動物にとっていかに危険な環境要因であるか明白である。
     意見書に対する事業者の見解は「ジュゴンの水中騒音による影響を予測評価するにあたり推定した騒音影響レベル(122dB)は、一般の魚類が影響を受けるとされる音圧レベル(140dB~150dB)より相当低く、物理的な影響が及ばないレベルと考えられます」と、ジュゴンと魚類の水中音に関する影響音を同列にとらえる矛盾の露呈が、相当低くの意味不明の見解になった。
     先に見たように、準備書は、ジュゴンは122dB(嘉陽のジュゴンに影響を与えるが中ビシ<中干瀬>が遮断)、影響範囲5km(大浦湾全域)と記述、意見書への見解では122dB以上相当低いレベルが及ぶことを認めたことになる。このような非科学的説明を認知することは沖縄の科学者の品位を失うことになる。
 その3、結論として生物多様性に満ちあふれた大浦湾のシンボルであるジュゴン・ウミガメなどを同海域から追い出し、後顧の憂いをなくすための様々な手段として、水中音を環境要因から低く評価し、騒音、水中音および海底振動を最も発生させる護岸工法を環境配慮の美名のもとに採用したにすぎないであろうと評価する。また、大浦湾作業ヤード手法のように極端な工法を出し、評価書で環境配慮を画策する手法の常套的意図であろうか。
 終りに
 沖縄防衛局は海性生物にとって最も影響のある鉄鋼矢板式護岸の打撃杭打ち工法を採用
して大浦湾生態系の新しい破壊計画を準備書で採用した。
 準備書は基本問題としてなぜ生物多様性の最も豊かな地に基地建設をするかの説明責任
を放棄している。意見書に対する見解も準備書との矛盾も露呈している。各環境要因に関
しても非科学的で生態系などバラバラにした視点となっていて、準備書を容認することは
歴史的に耐えることができない犯罪歴を刻む結果となる。
 現在、事後調査の予備調査なるものが行われている。事前調査、アセス調査、事後調査
は全く同じ調査であり、沖縄には環境影響評価法(環境アセスメント法)が存在しない事
態が起こっている。
 米軍支配下は、法も権利も存在しない軍事植民地支配、沖縄の戦後の指導者たちは、人
間としての尊厳を求め県民の知恵と勇気の結集を求め、人生をささげてきた。日米政府
の「軍事植民地的無法地帯」沖縄が進行している。
沖縄防衛局のやりたい放題のアセスに県民80%が疑問を抱くのはごく当然である。地球
環境の世紀といわれる21世紀にあって沖縄の学問が権力に屈してはならない。沖縄は
人間の尊厳を失ってはならない。
            記
1、 貴審査会に環境アセスに関する専門家を参考招致することを求めます。
2、 貴審査会にジュゴンの専門家を参考招致することを求めます。
3、 貴審査会の名で特定の漁師にジュゴン事故の責任を転嫁する記述の削除を求めます。

2009年7月


 大浦湾の驚異の自然
  海のお花畑
  私はサンゴの名前など知らない。幼い時からサンゴ海で遊んで当たり前と思った。1998年、伊是名島に教育隣組でキャンプに行った。エダサンゴがすべて白、恐怖を覚えた。赤土でサンゴがやられ再生している姿を見ている。海の世界が白く、魚も見えず白骨の死の世界は地獄に引きずられるようであった。
 仲田港の近くのサンゴ礁にサザエの形をした貝がいくらでもとれたが、夜、行って見た。やはり、貝もダメであった。
 大浦湾は白化現象を何故免れたか。サンゴ学会でも重要な研究対象ではないか。アセス審査会がどのような答申を出すか。
 私の目では大浦湾中瀬のサンゴの再生は遅いけれどもかなりの再生と見る。防衛局並みの評価になるのか。

IMG_0003_20090930204626.jpg

より近くで見てみよう
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続きでー住民虐殺)
  教科書検定


審査会答申をどう見るか。沖縄タイムムスを参考に
  私は、方法書答申より法手続き問題は後退すると見ている。

沖縄タイムス2009年10月01日 社説

[アセス審査会]
やはり辺野古は無理だ


 防衛省(沖縄防衛局)の環境影響評価(アセスメント)のずさんさが次々明らかになるのは一言でいえば、建設ありきの結論があるからではないか。後出しじゃんけんのように住民意見が終わった後になって重要施設を追加する。環境アセスが対話による合意形成のプロセスであることからすると、その精神をないがしろにするものだ。

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古沖移設問題で、県環境影響評価審査会は防衛省が県に送付したアセス準備書について答申案をまとめた。津嘉山正光会長が2日、仲井真弘多知事に答申する。

 大浦湾の埋め立てについて「机上の予想を超えた影響が懸念される」と指摘した上で、「解析や予測、評価は十分とは言えない。再度、必要な調査、正確な予測、根拠のある評価を行い、万全な環境保全措置を講じる必要がある」と批判し書き直しを要求している。ジュゴンの複数年調査も求めている。

 防衛省が環境影響について「回避・低減が図られる」としていることにも「十分に低減できない場合、事業中止や立地場所の変更、規模縮小も踏まえて検討する」と踏み込んだ内容を盛り込んでいる。

 環境保全措置で防衛省は「実行可能な範囲内で」と繰り返すが、どうにでも解釈できる表現だ。しかも使用者は日本の法律の及ばない米軍なのである。

 沖縄タイムス社と朝日新聞社がことし5月に実施した世論調査でも、80%に上る県民が防衛省の「環境に及ぼす影響は総じて少ない」という説明に「納得していない」と答え、明確に環境アセスを否定している。

 辺野古沖は絶滅危惧(きぐ)種のジュゴン、白化からよみがえるサンゴ群、豊かな海藻草類が広がる生物多様性に富んだ海域である。

 防衛省の環境アセスの手法はさまざまな問題をはらんでいた。最初の手続きの方法書は、事業の概要を公開し環境影響評価の内容を絞り込む「環境アセスメントの設計図」ともいえるものだ。だが、防衛省は方法書作成前に、環境現況調査を強引に実施しサンゴに損傷を与えたり、当初の計画図にはなかった弾薬搭載エリアのほか、大量の海砂採取などを追加したりした。

 準備書の段階でも4カ所のヘリパッドなど新たな施設を追加した。こんなやり方で移設を進めようと考えているのならばおごりとしかいいようがない。

 答申を受け、仲井真知事は13日までに意見表明する。政権交代してから初めてだ。

 政権与党の県選出・出身国会議員ら7人は辺野古移設反対を掲げ、移設予算の執行停止を求め北沢俊美防衛相と協議する。北沢氏は環境アセス停止には否定的でまだ流動的な要素が残るが、鳩山由紀夫首相は「最低でも県外」と明言している。仲井真知事、島袋吉和名護市長が沖合にずらすことを条件に移設を認める姿勢を続ければ奇妙な構図になる。政府方針が一変した。辺野古への移設がもう無理なのは明らかではないか。知事にはこれを踏まえてほしい。

 辺野古関連新聞、テレビ記事はヘリ基地反対協リンクから

続きを読む

8年プラス2000日
  辺野古基地建設反対座り込み


 オバーたちの人形
 辺野古テント村の座り込みをいうとき、8年プラス2000日と表示する。
 

510.jpg

ハマサンゴ(4)-お花畑

大浦湾はサンゴの博物館
   驚異の自然を基地にしてはならない

サンゴのお花畑
 アオサンゴ、ハマサンゴを撮影したQABの三上知恵さん、船の上で「まるでお花畑」と言った。
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 地球の創造した宝
   審査会の答申は?環境省は防衛省任せ?

      生物多様性の豊か海に、わざわざ、何故、基地だ
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(続きをどうぞー沖縄愛楽園と戦争など)

いい判決が出た
鞆の浦景観訴訟 県に埋め立ての差し止め命じる 広島地裁10月1日10時55分配信 毎日新聞


拡大写真
埋め立ての差し止めが命じられた鞆の浦=2008年12月、本社機から撮影

 瀬戸内海国立公園の景勝地、鞆(とも)の浦(広島県福山市)の埋め立て・架橋計画に反対する住民が「歴史・文化的景観が失われる」として、広島県を相手取り埋め立て免許の差し止めを求めた訴訟の判決が1日、広島地裁であった。能勢顕男裁判長(現広島地・家裁呉支部長)は、鞆の浦の景観を「国民の財産」と指摘、「埋め立てがされれば景観への影響は重大で、埋め立ては裁量権の逸脱」として原告の訴えを認め、県に差し止めを命じた。改正行政訴訟法に基づき、景観保全を理由に着工前の工事の差し止めを初めて命じた画期的判決。今後の開発行政に影響を与えるのは必至だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091001-00000001-maip-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091001-00000066-jij-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091001-00000086-jij-soci
http://http://headlines.yahoo.co.jp/hl?

アセス審査会答申出る
  9月30日ブログの「想定内」と思われる。
 調査の不備を指摘して、手続きは触れない。「アセス制度をなんと思っている?」の事後調査を評価書に生かしてゆく。違法調査の追認。複数年調査も事後調査の開始から事実上容認、沖縄防衛局「してやったり」と喜んでいるであろう。明日のコメントは「厳しい」答申と言うかも知れない。
 さて、どんな闘いを組む、情報内から明日の新聞で分析する。(メール送られているが開けず)

 ひさしぶりに辺野古行った。 (3時)

続きを読む

ハマサンゴ(3)ー東アジア共同体ー北部の戦争(2)

連続台風に注意
9月異常気象が続いている。雨も降らない、台風もない、海は波浪警報、10月入って台風が北緯10度付近で連続発生、10月台風ですし屋が開店休業になりかねない。
  教科書・辺野古関連は「ヘリ基地反対協」リンクから

10月の予定
 県議会開催中 

 高江進行(現場検証)
     10月2日(金)
 リーフ・チエック
     10月3日(土)
 満月祭りー瀬嵩
     10月4日 (日)
 辺野古座り込み2000日
     10月10日(土)
 泡瀬控訴審判決
     10月15日(木)
 違法アセス初公判
     10月21日

 10月はプレCOP10
      辺野古・教科書の東京行動など行われると思います。


ハマサンゴ
 ライン調査

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 神秘な世界
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(続きをどうぞ)
 沖縄戦ーゲリラとして戦わされた少年たち

続きを読む

プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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