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二つの闘いーダイナミックに動く日本にあって名護

二つの闘い
 「生きながらえることではなく、太く生きること」
  辺野古と名護市長選挙

 私は辺野古の現場と名護市長選挙の中にいる。辺野古現場の闘いで1度倒れたから普通の生活に戻りたい思いはある。定年退職子どもたちに必ず勝つと約束した挨拶だ。(『愚直』)
 週刊金曜日が「訂正とお詫び」をウエブサイトで流した。詳しくは「なごナグ雑記」にURLがあってわかりやすい。
 週刊金曜日並みのガサネタで書くと比嘉鉄也氏はH病院に入院したようだ。(「ルポの時代」)の観点で書くと、政治的思惑も書きたい放題になる。
 昨日は、早朝街頭演説をして、夜は比嘉やすしの事務所開きであいさつ。
 今日も朝街頭、午後から辺野古講座、13日はルートインで60人に講演、14日は辺野古の海80人案内手配済み。
 比嘉靖事務所開きであいさつ(11日夜)
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  日本のジャーナリストに告ぐ
    沖縄の心を弄ぶな
   ダイナミックに動く
 明日はオバマが、大佐級になり下がって来日のようだ。「ひとつの基地」に日本とアメリカの閣僚のみならず、大統領がお出ましと、この滑稽さを書き続けている。
 名護と沖縄は日本のジャーナリズムが想像のできない動きを名護市長選挙に見ることになるであろう。
 すでに、安保廃棄を視野に入れた市長選挙と沖縄県民の世論は内外に示している。理解できるであろうか。
 週刊金曜日のジャーナリストの面々は読み取れず、「宝の海」の事実指摘で二重の失敗に入ったことも自覚しえない。
 この事件は些細な陰謀にもならず「ツムジ風」に過ぎない。「お詫び」など書く必要のないものだと、編集局がうろたえるものではない。
 日本の戦後ジャーナリズムの世界は「大本営」を脱してないのだ。調子が良くなると沖縄独立論を説くなど騒ぎ出す。
 辺野古の演習を見れば日本が見える、米軍のひき逃げ事件起こる。何故だ。民主党政権のあらさがしにうつつを抜かしているからだ。
 1955年9月由美子ちゃん事件、基地完成の中で起こった。
 1995年少女暴行事件 日本の労働運動が安保容認完結した日に起こった。

名護市長選挙から始まる2010年、ダイナミックに動き出す。私は予感する。

私は幾度も幾度も繰り返して書く、名護市長選挙は「革新」の分裂選挙ではないのだ。意味をリカイデキルカナー!
(12日0:10分)

 仲井真知事「裸のお王様」への道
   自民党沖縄県連・島袋市長も「県外移設」へ
 朝、新聞を読んで街頭演説へ、タイムス・新報とも次のように伝えている。
  1、自民党沖縄県連「県外移設」へ方針転換
  2、島袋市長「県外移設」へ
  3、オバマ大統領、東京に伊波宜野湾市長招待
  4、すでに、稲嶺氏は11・6声明で比嘉やすしの政策に接近してきた。
 名護市長選挙、争点反らしの謀略であること、これまでの名護市長選挙と同じではあるが、これまでと違うことはダイナミックに名護・沖縄の民衆意識が動くことである。
 伊波市長の招待は、そのシグナルである。伊波さん、オバマ「大佐」(旅団司令官)に命令的に、普天間即時閉鎖を命令せよ、あなたは軍隊でいえば3個師団に相当する司令官だ。
 
 仲井真は「裸のお王様」になり出した。
神奈川県民のみなさん
 宜野湾市民・伊波市長の「宜野湾にいらないものは、辺野古にもいらない、日本のどこにもいらない」、歯食いしばって、人間の心を豊かにしています。
 あなた方の知事の心で幸せな心になれますか。
 「移設」は政治の問題であるとともに人間の道徳の問題、人が踏むべき道の問題であるのです。
 残念ながら、神奈川から、知事に対する反応を、私は把握していません。悲しいことです。
 
「読売ー名護市撤回」スクープ、現実に島袋陣営が「声明」的行動にでる可能性秘めており、基地とリンクなき交付金、振興策も言い出すかも知れない。
 稲嶺陣営は政策的に最も遅れた立場になる。
名護市長選挙は日本の国が変わるダイナミックでロマンに満ちた地方政治、地方の時代の幕開けであると昨日の事務所開きで具体的に述べた。(いずれ全文公開)
  午後から辺野古テント村授業、20名のクラス。もっとも、理想的なクラスだ。
     (9:50)
  
 ダイナミックに動く名護・沖縄である。
 (続きはーオバマ大佐を激励する「戦場」の兵士)
 

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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