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テント村の原点(3)-2010年は総合的闘い

 辺野古の闘いの原点 テント村座り込み
   12月31日 5083日

 2010年 平和の文化・生物多様性の年
 
座り込み100日日記(3)
 (辺野古の闘いの原点)

 学びの宝庫テント村
  テント村はいつ来るかも解らない防衛施設局と作業者、あるいは、基地防衛隊=沖縄県警機動隊の導入に、緊張の連続であると同時に、退屈な世界です。そのなかにあっても、琉球民謡のサンシンとおどり、ミュージシャン達のミニ音楽が開かれ和やかなそよ風が吹き抜けます。A高校の父母会が時々アンコ入りのカキコウリを振る舞いテント村に涼を運んできます。
  テント村では、参加者たちの小講座が開催されます。講座の内容は多彩で、やんばるの希少生物、海岸線の生物、イラク戦争体験談、民俗学、環境アセスメント、文学などなどつきません。テント村の意義と歴史は毎日行われ、学びと知識の泉とも言えます。那覇防衛施設局との論争は、沖縄の歴史、環境アセスメント、沖縄の人生観、基地と平和など、あるときは那覇防衛施設局への教育でもあるといえます。山内徳信さんは1609年の島津侵略から始まり現代まで1時間以上「講義」を行います。これらの講座は電波でテント村のラジオに生中継されますから学びと教育の場とも言えます。何よりも、責任者と参加者たちが共通の闘いの共有があるといえます。


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 整然と座り込み(04年8月)

  特に、若い人々には戦後の沖縄県民の歴史が体験者たちの生の歴史に接し、年配者たちは自己の歴史を振り返る機会ともなっています。沖縄には「年の功は甕の功」という訓話があります。泡盛は甕に寝かすと、年とともに芳醇な香りを漂わせ、琥珀色の美しい色艶、からだとこころに感動をよぶ風味が満たされます。テント村は確実に若者たちの生きた学びの学園へと、輝きあふれる兆しが着実に歩みはじめています。


  与謝野晶子は沖縄の青年群像を「南に嶋にうまれでてその烈しきものを」と詠いました。日本政府の構造的沖縄差別は、沖縄の青年の烈しき心を呼び覚ましつつあるのです。
  
国際的交流の生きた世界
  100日の座り込み、ただ整然と座り込むテント村、今のテント村に移った5月上旬頃は、漁港入り口の柵、門扉がないために午前6時に現場に出勤する毎日でした。コンビニでオニギリや冷やしソバを買い、埋め立ての新しい堤防で食事をしていると、村人の朝の散歩に会い「おはようございます」の挨拶を交わします。
  「おいしい空気ですねー」
  「だからよー、どうして、基地作るでしょうネー」
  「水平線が消えてしまいますヨ」
  「政府が決めたことも止められるんですねー」
 などの会話が続きます。ある人は足で「反対」とかいて行くのです。辺野古の村は行政委員会が最高意志決定機関、総会は形式的なもので、政府は「ボス政治」的制度を利用して地元の合意と言っているのです。しかし、村人のなかに確実に「山」が動くの感触が芽生えつつある姿が見えてきました。
  県議選挙告示日、琉球新報世論調査は移設賛成が7パーセントに落ち、移設反対が60パーセントを超え、新しい風が吹き始めました。金武町の都市型訓練反対闘争もゲート前での抗議行動に発展しています。
私は東京で首都圏の闘いとして「海上基地反対、ボーリング阻止」の一致点で防衛庁、環境省などへの抗議行動を提起、一坪反戦関東ブロックを中心に行動が開始され、さまざまな団体が行動をはじめ、共同の行動もうまれ始めています。
  環境影響評価法の方法書には1000余の意見が提出され、方法書の学びと行為の蓄積は評価書などの環境アセスメントの闘いに大きな力となるでありましょう。
アメリカでのジュゴン裁判は8月4日開かれ、原告東恩納琢磨、土田武信、弁護士新垣勉氏が参加します。アメリカでは環境NGO「生物多様性センター」が全面的にかかわり、海上基地建設にアメリカ政府の関与が争点になり、関与が認定されると本裁判が始まります。


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  生物多様性の大浦湾・辺野古の調査もNGO ,市民団体

  2月、「生物多様性センター」スタッフ及び弁護士は「名護市民は国防省と対等に闘っている、信じられないことだ」と述べましたが、いま、少しずつ実感します。
昨年9月からジュゴン監視団は公害調停、関係当局との交渉、方法書対策、座り込み支援に加えて、6月下旬から始まる国際サンゴ学会に向けてブース設営、特別テナント、辺野古ツアー、ジュゴンパンフ作成など行ってきました。
各国の国際サンゴ学会参加者約80人がテント村に足を運び、海に出て、無人島長島に渡り、サンゴとジュゴンの棲む海を体験しました。「生物多様センター」のスタッフのみなさんは、やんばるの山で一晩キャンプをするとともに、会場では各国の参加者にツアーへの参加、沖縄のサンゴ・ジュゴンを守る署名を行い、参加者の半数を超える署名(約800)を行いました。最終日にはテント村で夜遅くまで外国代表との交流会が開かれました。
ヘリ基地反対協議会とジュゴン監視団は、11月タイの首都バンコクで開かれる国際自然保護連合の総会に参加、日本政府の国際保護動物ジュゴン保護の消極性について告発する準備を進めています。すでに、県内のいくつかの環境団体が前回のアンマン会議を上回る代表団の派遣準備を進めて、ジュゴン保護基金は私に参加の打診をしています。

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 沖縄国際大学にヘリ墜落(8月13日)

絶えがたき矛盾に勝つ力
私が定年に入るに合わせるように、那覇防衛施設局は潜水調査、ボーリング調査に着手、辺野古出勤が始まった。私は普段から服装身なりに無頓着、車も作業車で、沖縄県庁もヤギの草を積んで地下の駐車上に入ろうとしたら、係りが「どうしたのですか」と聞くから「百姓は県庁に来てはならないのですか」と応えていました。
現職の頃は、生活の切り替えが大切と勤務が終わると畑を耕し野菜を自給、堆肥はヤギの有機肥料、朝夕、野菜やヤギと話をすると頭が空白になり、血圧も安定、市民活動も苦になりません。
職場や教え子たちの定年プレゼントはカリユシウエアー、その心は、沖縄県や名護市、那覇防衛施設局との交渉にきちんとした姿勢で望みなさいとの願いが込められています。
政府は名護市民投票の民意無視、「地方自治は民主主義の学校」の原則を投げ捨て、また、沖縄県、名護市も市民自治、住民参加の大切な原則を意識的になげすて、市民との面談、対話を拒否し、行政委員会のみに説明会を行っています。
那覇防衛施設局の会場基地建設計画は、安全保障、対米従属外交、方法書にも見られるように、秘密主義、民主主義否定、構造的政治的沖縄差別に貫かれ、沖縄県民との間に耐えがたき矛盾を拡大再生産してゆきます。
稲嶺知事・岸本市長らの「軍民共用空港」「15年使用問題」、「7つの受け入れ条件」および「使用協定」は在沖米軍の本質が破綻させる宿命的矛盾を抱え、21世紀的世界の潮流(前述)の洗礼を受けるでありましょう。
それは、すでに、衆議院選挙、沖縄県会議員選挙で矛盾の拡大が表面に出て、参議院選挙で糸数慶子氏が9万5千票の差で圧勝しました。糸数氏は選挙前、選挙中もテント村の座り込みを行っています。
この選挙中、私は2度東京に呼ばれ次のように訴えています。

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テント村長から海の責任者へ(9月)


「環境アセスメントをめぐる闘いは3~4年かかり、知恵の闘いになります。皆さんに日本科学者会議沖縄支部の方法書に対する意見書をお渡ししています。私はこれが一番すぐれた意見書と思っています。この基地の姿がどんな否定的な世界をつくるのか、何が書かれていて、何が書かれてないか。何を目的とするのか。学習を深めていただきたい。方法書の理性的で科学的認識は次の段階の礎になります。建設まで15年と言われる過程にはいろいろな段階があります。それぞれの節目、節目に精一杯闘う、その過程で建設中止に追い込み勝利の美酒を味わうことができるかも知れません。」
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 24時間海の闘いへ
  右翼か正体不明のゴムボート(24時間威圧)


「首都圏には、沖縄への思いを持っている多くの人々がいます。私どもは東京で活動することができませんが、東京での闘いは大きな意味を持ってきます。沖縄の文化を愛する世界が広がっています。環境団体も、平和団体・市民団体も一緒になれる闘いです。社民系もいれば共産党系も、ノンポリ系もひとつの力になって、新基地は作らせない・ボーリング調査をさせない一致点で、首都における「5本の指」の生き方で行動してほしいと思うのです。」

「沖縄では参議院選挙に向けていろいろな過程がありました。日本政府の構造的政治差別に、全野党の共闘が大切と糸数慶子氏を統一候補と確定しました。これは、座りこみをしている私たちにとって、大きな力です。あの強引な小泉首相ですら住民の了解を大事にと言わざるを得ません。糸数さんは、普天間の辺野古移設反対を最大の政策に掲げていますから、勝利しなければなりません。負けたら、大変です。選挙が終わったら機動隊導入で、私どもは留置所行きです。しかし、糸数さんは勝ち、新しい政治情勢が生まれ、私どもの闘いは有利に展開できると思うのです。」
「皆さん、厳しい闘いですが、戦争するための東洋最大の機能を備えた基地を辺野古に作らせない、ジュゴンの棲む豊かな海を守るために、首都の皆さんは防衛庁や環境省に「5本の指」で行動を起こしていただきたいと思うのです。」

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 ボーリング櫓撤去(9月2日)、軍民共用空港頓挫

マグマ爆発寸前
テント村を設営して夏休みを迎えるある日の八時ごろ、学校に登校する生徒たちの姿を見て、自分が教師であったことに気がつき、毎日、6時に家を出て、登校する姿を見たことがなかったのです。
この間、沖縄県議選挙、方法書の意見書提出の組織化、国際サンゴ学会、参議院選挙,と大きな動きのなかで大好きな魚釣りも、毎日、海に座っていても(テント村は埋め立て地で登記上は公有水面)出られる状況ではありません。
しかし、辺野古移設・SACO見直し、伊波宜野湾市長の訪米と反響が沖縄県民の世論が大きく動きはじめ、稲嶺知事の「現実的対応」は「非現実的対応」の代名詞になって来ました。
この変化のなか、那覇防衛施設局は、私たちが求めていた説明会を一貫して否定し、名護市当局及び名護市議会も否定しましたが、説明会開催を示唆しています。すでに、方法書の意見提出終了後は、ボーリング説明会は時効に入ったと現場では防衛施設局に通告しています。なぜなら、環境アセスメント方法書の意見書全面公開、準備書面の段階に入り、各段階の対応があるのです。
この段階で名護市及び市議会が説明会に同意することは、自己否定、政府の奴隷としての姿が浮き彫りになり、混迷を深めさせる責任を負います。なぜなら、名護市は住民説明会拒否、議会も住民説明会意見書否決を行っているのです。
キャンプシュワーブの演習はイラク混迷を反映し、水陸両用戦車、ゴムボート上陸訓練が烈しくなってきて、テント村は臨時の撮影会場に変わります。空では、嘉手納や普天間の航空機の飛来、韓国配備のA10、三沢配備のF16戦闘機、アメリカ艦隊のF18戦闘機も日常化し、KC135空中給油機は一日中旋回し始めた。辺野古に海上基地ができたら、すさまじい光景が展開されます。名護市の末松助役は「海上基地だから安全」と断言しますが、那覇防衛施設局同様、マグマが沖縄の地下で煮えたぎっていることを知らない。(04年8月初旬記)

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  新たな米軍再編成の闘いへ
    世界平和フォーラム(06年カナダバンクーバー)
       辺野古の闘い、生物多様性CD作成
    国際反基地ネットワーク結成へ(07年3月、エクアドル)
    反NATOイベント(09年4月フランス、ストラスブルグ)
       辺野古の闘い、生物多様性CD配布
    準備書の闘いへ
 名護市長選挙の闘いへ

 (今朝、7時 今年の配布ビラ完了)
  正月から街頭宣伝へ

(続きー高江テント村年末情報)

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辺野古テント村開村ー原点(2)-今なぜ04年か

 2010年は
  平和の文化と生物多様性が結合
    国際・国内・県内も

( 民主連立政権の諸発言の「迷走」の中で)
 テント村開村ーこの時期に何を(2)、昨日から続く
公共財産使用協議書をめぐる闘い
03年度は、私にとって教師最後の年、高校社会科教師としての実践記録を出さなければならない年であるとともに、確実にくるであろうボーリング調査に対応しなければなりません。職場の皆さんは、私が最後の年だけでも年休完全消化できるよう時間割などを考慮していただきました。
11月17日、那覇防衛施設局は沖縄県土木部河川課に「公共財産使用協議書」を提出、いわゆる、ボーリング調査の許可願いで期限は1ヶ月、私にとって教員最後の年が送れるか現実的問題になって来ました。
私どもは環境影響評価法の学習蓄積で那覇防衛施設局が沖縄県に提出した『現地技術調査』『参考資料』を徹底的に分析、那覇防衛施設局、沖縄県文化環境部環境政策課交渉を連日に等しいほど行い、職場の配慮が発揮されます。
那覇防衛施設局は環境影響評価法に護岸項目がないことに目をつけ、護岸構造検討のための事前調査はアセスの対象ではないとの論理のすり替え、違法な事前調査(ボーリング調査)を強行して来ているのです。『現地技術調査』は埋め立て面積に護岸部分約23haを含むとともに、「護岸構造や埋め立て地盤の安定性の検討」の地質調査となっていて、明らかに、アセス回避の手法で、方法書に地質調査が書かれないなど「欠陥商品」「欠陥設計図」とやり直し、撤回などの声が出てくるのです。
護岸はケーソン式と傾斜式の組み合わせで『現地技術調査』には数字は書かれていません。護岸の幅は78メートル(越波水路35メートル含む)の世界最大級で、リーフ、サンゴを破壊した基礎部分は幅200メートルですが埋め立てに含まれないことになります。
私どもは、63か所のボーリング調査の根拠および違法性、5人の専門家の助言の非科学性、専門家の氏名公表など求め行動を強め、沖縄県議会議員との連携も深めてきました。
私どもの道理ある主張に、沖縄県は独自に専門家の意見を求めざるを得なくなりました。専門家9人中8人がボーリング調査の不当性を述べ山里清日本サンゴ学界会長は「人間の心臓に針を刺すようなもの」と痛烈な批判を行っています。しかし、これらの意見は、環境政策課から河川課へ、河川課から那覇防衛施設局へと改竄され、那覇防衛施設局は受け取りを拒否します。
私どもは環境政策課、河川課、知事面談要求を重ねるとともに環境省及び文化庁交渉など行い、沖縄県の「公共財産使用協議書」の許可を4月上旬まで引きずることになるのです。この間、私は退職願書を準備していました。ボーリング調査の阻止行動、海上でのカヌー行動はヘリ基地反対協議会の幹事会で幾度も確認された方針で、教師38年の退職金がもらえない事態を回避するためでした。
いま、海上基地を作らさない、潜水調査、ボーリング調査を許さない座り込み闘争は100日をこえていますが、この1年の土曜集会、ジュゴン監視団などの学びあいとねば強い日々の行動の成果、蓄積が生きているのです。
那覇防衛施設局、沖縄県、名護市の一貫した方針は民主主義の否定、秘密主義で、説明会も住民及び記者をも閉め出し、行政委員のみに行っていて、市民及び県民との矛盾か拡大する宿命を深めるでしょう。

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(土曜浜集会、中央部右 故金城祐治さん立つ大西)


4月19日―暁の攻防
4月1日、私は自由人となった。失うものは何もない。
那覇防衛施設局は、沖縄県にボーリング調査の着手届けを提出、19日9時マスコミを船に乗せて調査船を出すとの報道が流れ、辺野古の海に海上保安庁の大型ゴムボートが4艇、荒れる海に白い波飛沫を立てています。18日昼、私のもとに那覇防衛施設局は未明に調査船を出すの確実な情報が届きます。19日未明4時、カヌー10艇をトレーラーにつみ辺野古松田浜に並べ、すでに、カヌー隊は潜水スーツ、ジャケットを着け、暗闇の降りしきる雨嵐のなか、緊張の体を解して出航は万全の体制。
午前5時半、那覇防衛施設局は業者含めて約80名で押し寄せてきた。陸上で調査船阻止の闘いが始まる。カヌー隊7艇12名、女性は4人で71歳の女性が嵐の海に漕ぎだし、陸上が突破されたら、海で命をかけて阻止する体制であったのです。私は沖縄国体などで漕艇競技の監督、競技指導委員を務めた経験を持ちますが、その日の海は風が強く、波が高い、横波を受けないよう最後尾から声をかけるも、自分の艇を操縦する以外なすすべを持ちません。カヌー隊は漁港入り口を封鎖するも、風に流されて停泊できず、堤防に縄で結ばざるを得ません。陸上で調査船を嵐のなかで出すかと那覇防衛施設局と問答している目の前で漁港内を流れていたカヌーから若い青年が転落、施設局の職員が青ざめたと後で聞かされ、「怪我の功名」と讃えられます。
陸上では予想してない事態が起こっていました。那覇防衛施設局は暗闇の人ごみのなか、ユニクから鉄骨のH鋼を降ろし作業ヤードの柵の建設をはじめ、建設阻止の抗議行動が展開されていました。午前8時ごろ中断に追い込み、調査船も出航中止、安心した抗議団は一人一人解散を始めた11時ごろ、那覇防衛施設局と業者はスキをついて作業を強行、残っていた人たちの抗議行動が再開され、携帯電話の威力が発揮され、作業ヤードの建設が阻止されます。那覇防衛施設局はキャンプシュワーブに事務所を設置、漁港の動きが手に取るように覗かれていて、寝込みを襲う行為に対し、漁港内作業ヤード入り口に座りこみが始まり、今日まで100日を迎えました。
非暴力の座り込み
今、世界はブッシュのアフガン戦争、イラク侵略戦争に見られるように暴力が地球の主流のように見ますが、それは、新しい世紀、21世紀の平和の文化、地球環境保全の生みの苦しみであることは、戦争前夜の世界的規模で地球の隅々で起こった戦争反対のうねりが示唆します。
ブッシュのイラク攻撃が根拠なき戦争であったように、那覇防衛施設局のボーリング調査の論理が、環境影響評価法の精神を恣意的に解釈、社会常識を逸脱、寝込みを襲い強行、また、方法書も4月28日「民族屈辱の日、祖国復帰の日」にわざわざ選んでいます。     
那覇防衛施設局のボ-リングの説明資料、住民及び新聞記者をも閉め出す非民主的な説明会、方法書にかかれない海上基地の真の姿と、果てしなき沖縄の環境破壊、沖縄では何でもできるの構造的政治的差別に貫かれていて、内部矛盾がマグマのように地下で爆発の準備をしているようなものです。
沖縄の日米両政府への抵抗はアメリカの占領期から「武器なき闘い」(「沖縄の抵抗はアメリカ独立宣言と同じ」P00参照)でした。
私は初日の那覇防衛施設局との攻防から闘いは長期化する。テント村でのさまざまな場面のなかで、私たちの闘いの基本的な方針「完全非暴力の行動」「この闘いは整然と座りこむことです」「漁港施設は漁師たちの神聖な場」などの約束事を確立、責任団体であるヘリ基地反対協議会の指示に従い、旗も「命を守る会」「ヘリ基地反対協議会」のみ、テントに入ると一人一人が平等の人格を持ちます。
今、4張りのテントが建っています。朝7時にテントを設営、午後5時まで10時間の座りこみ行動で、離れて「見張り兼司令部」のテントが建ち、キャンプシュワーブ内の防衛施設局の作業兼監視所の動き、情報収集、座り込みの維持、防衛施設局との対応など行います。
那覇防衛施設局は月から金までの間に1ないし2回、作業ヤード建設再開、潜水調査・ボーリング調査実施要求にきます。最近は木曜日の3時30分頃、私たちの情報網、名護署公安の刑事の動き方、刑事の足や目の動きで防衛施設局の動きがわかります。

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  (04年4月19日、暁の攻防、中央故金城祐治さん)
   


 テント村に初ユタの誕生
 台風の去ったある日、聞大君87代と名乗る女性が訪ねて来ました。指導者に会いたいという。ニライカナイの神の力を与えるからついて来いという。女性の車は猛スピードで辺野古橋から農道を走り、辺野古川河口の浜に降る。あまり、早いので村の人かと聞くと初めての道で、河口森のアヤー(女)神の導きだと言うのです。
 女性は浜に降りると「アヤーヌ神サイ、聞大君87代」大声で、森に向かい、陸の神、海の神々に語りかけます。河口の向こうには竜宮の宮―ターリー(男)の神の住む島があります。3年前、「ジュゴンを守れ、新基地反対」全国キャラバンの出発式、辺野古の神人たちはターリーの神に祈願をしてくれました。女性はヤマト政府、稲嶺知事、岸本市長が、神々の住む陸や海を破壊する計画を告発し、ニライカナイの神を導き、砂浜に南北の十字を書き、北は大西、南は牧志(好一)、西は山内(徳信)、東はニライカナイの神が登る道、この道は偶然かジュゴンのクチが開け、ジュゴン監視団の理論的中心牧志、基地移設反対県民会議共同代表で防衛施設局と現地及び局で奮闘している山内が出てきたときに、私の体と精神が神の世界に入ったようでした。
 女性は十字の中心にニライの神々を呼び寄せたから、あなたの願いを話せといいます。私は、基地を作らせない、私たちの闘いに神々の加護とテントで毎日がんばる人々の健康を願った。女性はますます大きな声で、体中を祈りにささげ続けるのでした。
 仲松弥秀琉球大学名誉教授が高齢を押してテントに1日中座りこんだ折、辺野古の神事と二つの霊所について語っていただきました。辺野古は沖縄の3大霊所だと言います。私は村の暮らしと神々の文化の大切さを方法書の意見書に書き込みました。同教授も意見書を提出したと聞いています。
那覇防衛施設局は、来る日、時刻を告げず突然「わ」ナンバー二台で押し寄せてきます。情報網、名護警察公安の動きで分析して待ちます。私はニライカナイの神々との会話について「今日は皆さんが来ることをここの神々から知っていました」とニワカユタを演じてみました。防衛施設局のm氏は帰り際に具志堅徹氏を捕まえ、2つの霊所について場所を聞いていました。
ある日は、稲嶺知事の「マグマ」論を展開、稲嶺知事は米軍の事件・事故に対しての沖縄県民の怒りを「地下のマグマ」といいます。稲嶺知事の役割はマグマの爆発、マグマの真の姿を抑え、本質をゆがめるのが「マグマ」論で、防衛施設局の違法な環境影響評価法の手法、構造的政治差別、基地政策は沖縄県民の地下に眠るマグマが爆発する要因、瞬前と述べたら、局での報告中、「とまりん」を地震が襲ったそうです。その次に来た日、m氏は「大西さんは神(ユタ)ですか」と真面目になって聞く姿を見て、渡具知裕徳氏にハチ(初)ユタ誕生と冷やかされています。
 テント村には、トートーメーを信じる人も、神や仏に仕える方々も日本全国から参加しているのも大きな特徴で、神々の共同行動とも言えます。

  (04年8月記)

 テント村のミーティング
 テント村はヘリ基地反対協議会の責任で運営され、平和市民連絡会の全面的協力、基地県内移設反対県民会議の支援を得て継続されています。朝9時、ほぼ毎日、テント村の歴史と意義、情勢の分析などのミーティングを行います。
  私たちが、テントの生活に入って2639日プラス100日を迎えました。この間、那覇防衛施設局は26回現場に現れ、最近では午後3時30分とパターン化してきました。私たちが「整然と座りこみ、非暴力と平和的対話」を貫き日々行動すること、それは華やかなものではありませんが、確実に広がり、共感を呼び、世論を形成します。県議選前の琉球新報の世論調査で基地移設賛成7パーセントに落ち、辺野古移設反対が6割以上になりました。参議院選挙では辺野古移設反対を明確に政策と掲げ、テント村に幾度も足を運んだ糸数慶子さんが勝利したことが証明します。
  現在は、整然と座りこむことでいい情勢ですが、那覇防衛施設局が業者を大挙引き連れヤードの建設、潜水調査及びボーリング調査を強行するとき、私たちはスクラムを組んで阻止行動を行い、機動隊の導入についても具体的戦術を配置します。ですが、いかなる状況でも手を耳から上に揚げず、スクラムを組んでください。テントには戒めのために阿波根昌鴻翁の写真を掲げています。
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(阿波根さん100歳記念写真02年)

  阿波根オジーは、日本政府の沖縄政策を「非理法権天」といいます。非道には理性で勝ち、その理性は法の力で抑えられ、時の権力は法を自己の都合に利用、改悪します。
  ボーリングの強行は「非理法」の日本政府の姿が象徴的に現れているではありませんか。天とは人であります。その人は個性を持ち考え方、役割も違います。人間の5本の指もそれぞれの役割かありますが、ひとつになるとき、人間はどんなことでも成し遂げます。
  私たちのテント村も、個性を持った集団で、組織に入っている人も、そうでない人もさまざまですが、5本の指のように団結すれば、必ず「非理法」の政治に勝てます。私は村の人から「動かない山も動くのですねー」と言われましたが、恩納ナベ「恩納岳あがた私ん里が生まれ島、森を押しのけてクガタなさな」の強い力を感じます。
  整然と座り込むと言うことは、前線で防衛施設局と話し合っているとき、不測の事態が起こっても、極端の例ですが、私が逮捕されてもテント村の責任者の指示に従ってください。
  初めてこられた皆さん、「初めて参加される皆さんへ」をよく読んでください。テントの周りでは名護署の公安がウロウロしています。私たちと那覇防衛施設局が交渉しているとき、テントから出て写真を撮らないでください。公安はカメラを向けると公務中、プライバシーの侵害と挑発します。彼らは、公務執行妨害、威力妨害罪などを適用するために、虎視眈々と狙い、私たちの闘いを暴力的に描き壊滅させるのが職務なのです。
  非暴力の闘いとは世間一般の常識的行動を作り上げて行きましょうと言うことです。漁港は海人(ウミンチュウ)の神聖な労働の場所、その神聖な場を勝手に歩いたり、暴走したり、注意されたりする行動をしてはなりませんし、歩道を歩いてください。どんな小さなトラブルも自分勝手に解決しないで責任者が責任を持って解決に当たります。
  この座りこみ行動はヘリ基地反対協議会の提起で行われ、共感するものが参加しています。私どもはこの闘いのなかで一人の犠牲者も出したくありません。おじー・オバーたちは「いざという時には命を賭ける」と言いますが、その前に、中止をさせることが私たちの使命ではないでしょうか。

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 (現場交渉)


  命育む海と銀蝿
  嘉陽のオジーは「司令長官、病院でリンゲル打ってきたサー」とテントにやって来ます。小緑のオバーもそうです。私どもが今は平和だから家で休んでと叱るのですが「娘がヨー、家にいたらカニハンジル(ボケル)から行きなさい」とジンブン(知恵)が出てきて心配なのです。92歳のヨシオバーは心配で、心配で、午後になると歩いて来るのです。
  私どもの闘い、この思いに応えるためには闘いの原則をきちんと堅持し、闘いを発展させなければなりません。
  私どもは、防衛施設局と対峙、応対するとき、アスファルトにムシロを敷いて議論します。南国の太陽で熱せられ焼き尽くすなかですが、理性と論理を大切に平和的対話を大事にする非暴力の姿勢を貫くためです。ある日は、オジー・オバーの思いを直接聞かすために那覇防衛施設局をテントに案内し、お茶を出しての会談となりました。
  穏やかな眼差しで防衛施設局の説明を聞いていたヨシオバーが「戦争中この海がなければ私たちは死んでいた。海の幸が自分たちの命を育んだ。私は5人の子供を大学まで卒業させた。この海の幸があったから主人を失っても子供を育てることができたのです。ここに基地を作るということは、あなた方にどういう利益があるのですか」と孫を諭すように話し出しました。
 『久志誌』『嘉陽』など読んでいると漁業という概念がないのが特徴で、ピシー・イノーは村落共同体の海の牧場、海の畑であることがよく解りますし、辺野古漁港の船は漁業権のある漁民より一般の船が多いのが証明します。ですから、作業ヤード建設予定地の大浦湾から辺野古、屋嘉に至るリーフとイノーは日本の500の湿地に指定、沖縄県が指定するAランクの海域保全地帯なのです。私は沖縄のイノーとリーフは海と陸の生態系の循環、生物の恋の場所と説明しています。
  ある日、私どもが那覇防衛施設局と激論している場に、退院したばかりの嘉陽のオジー来て
「いま、病院から帰ってきた。病院にいると親戚や友人が見舞いに来てうれしい。私は旧日本帝国海軍の出身だ。戦場で怪我をしたとき見舞い客が来る。誰だ」
と防衛施設局の一人一人に答えを求めます。終戦直後、薬もない時代、子供たちはよく怪我をしたので、私は誰か解っていました。沈黙のなか、嘉陽のオジーは「銀ハエだ。戦場では蛆虫のわく傷口に銀ハエだけが見舞いに来るのだ」「ボーリングするときはこの年寄りをスクーリンに巻きつけて出航しなさい。海軍兵士は海で死ぬのが本望だ」と淡々と語りだし、嘉陽のおじーの迫力で、22回目の交渉は終わりとなります。

辺野古の闘いーテント村開村のころー辺野古の原点、今に何故?

2010年正月の闘い 
1月1日 辺野古の朝日を見よう
 1月4日 テント村ハチウクシー
     1時は大根のお汁
     廃鶏焼き肉
     お餅焼き 差し入れ大歓迎
   正月街頭挨拶行動
 1月6日、地元大北決起大会
 1月7日(木) 統一連女性決起集会
 1月9日(土)、10日(日) 統一行動
 1月12日(火) 稲嶺ススム総決起集会(室内ドーム)
 1月17日(日)名護市長選挙告示
 1月24日(日)投開票


 辺野古テント村開設(7年目)
  100日日記(04年4月19日から沖縄国際大学ヘリ墜落事件前夜まで)

    日記になにを書いたか
  また、辺野古ありきの中で


平和の文化と地球環境保全の21世紀(辺野古テント村の歴史1)

わが第二の人生に向かってーその始まりの日
 定年退職で自由人の生活に入りました。現職のころ、子供たちに、21世紀は平和の文化を築き地球環境保全の時代と説いてきました。
 現在、普天間代替施設の移転先辺野古の漁港前テントでボーリング調査を許さない座り込みの責任者として100日余の生活が続いています。テントの中でほぼ毎日、闘いの基本的方針を説き、防衛施設庁職員と対峙、議論、マスコミや各地に出かけ話をする機会は少なくなく、ここでは、これらの話を総合してまとめてみました。
3月23日定年退職の挨拶、その一部は琉球新報コラム「ハイサイ」(3月31)に紹介されましたが、私は生徒たちに「私の第二の人生は生きながらえことではなく太く生きること、国民の税金で38年生活し多くのことを学んできました、社会という学校で国民に還元すること、名護市に基地を移設する稲嶺知事、岸本名護市長に勝つ人生に向います、皆さんは、街角で、新聞やテレビで私に会う機会があるでしょう。私はこの木の腰掛に38年座って来ました。4月1日からは腰掛に座る必要はありませんから平和の文化を築く一筋の道を歩み続けます」であったのですが、4月19日以降、テントに座り、新聞やテレビにでる機会が増え始めました。

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(テルジーも孫と遊ぶ、09年12月27日、名護ネオパーク、記事内容と関係ないが)

地下マグマの核
定年に入って、体がおかしくなるのですが、4月19日、那覇防衛施設局がボーリング調査に入る頃になると体に緊張が走り、辺野古への出勤が始まり、6月26日座り込み69日目頃などから東京など呼ばれ講演することになります。
私たちが那覇防衛施設局の環境影響評価法(環境アセス法)逸脱、潜水調査、ボーリング調査などの違法行為に反対し座り込み闘争に入って69日をむかえます。私どもはこの座り込みを2639日+69日と表現します、この表現は闘いの大切な視点ですと話しています。
名護市民投票は海上基地ノーの民意を確立しましたが、政府は市民の意思を無視、命を守る会は「杭一本打たせない」と事務所で監視を続け、8年余にわたって事務所に座り続ける日常があったのです。私どもヘリ基地反対協議会はオジー・オバーたちの日々に励まされて来ました。政府は北部振興費、基地維持予算を水の如くつぎ込み、その中で市内などで、ものがいえない状況が広がり、組織と事務所を守る苦しい日々でした。
69日の座り込みはヘリ基地反対協議会の提起で行われています。市長選二度の敗北、市長リコールの失敗などの中で、解散論、有名な小説家のインターネットでの幹部批判などがあり、組織の維持に苦難の時期がありました。歴史は華やかに動くときはすべての人が動きます。歴史が苦難のとき組織を守り、新しい闘いを作りあげることは大切なことで、今、ボーリング調査の強行に、守る会、ヘリ基地反対協議会の組織の共同が、地下のマグマの核となって日本政府と米国政府に対等の闘いを作りあげていると言えます。


21世紀地球の二つの生き方
1999年9月、国連総会は「平和の文化宣言」と10年行動計画を決議しました。この平和の文化宣言の精神は、特に、02年3月アメリカのイラク侵略戦争に向けて戦争反対の国際行動が地球的規模で行われました。辺野古キャンプシュワーブの海兵隊は米軍とイラク人に分かれて都市戦闘訓練を行い、イラク人はすべて死ぬのです。今、イラクのファルージャで沖縄海兵隊が無差別の虐殺を行っていますが、これはキャンプシュワーブの訓練の「タマモノ」といえます。辺野古に海上基地を作らさない運動は平和と平和の文化を築く21世紀的地球の生きかたで、地域の現実課題と言えます。
1972年の国連人間環境会議、1992年地球サミットの諸条約、地球環境保全の課題は、地球のあらゆる地での日常的な実践的営みでなければなりません。
辺野古の海上基地の問題は平和の文化と地球環境保全の二つが結合した21世紀的課題といえます。同地域の山は東洋のガラコバス称され、多くの希少生物が棲息し世界自然遺産の候補、海はサンゴとジュゴンの海で、生物多様性保全条約などの国際条約と深い関係があります。
私どもヘリ基地反対協議会総会は、アメリカがイラク攻撃した3月20日前の緊迫した中で開催されました。海上基地問題は環境アセスメントの段階に入ることが確実になって来ました。日本の環境影響評価法は、先進国の戦略的アセスメントの要素はなく、事業者(防衛施設局)の事業計画を優先させ、環境省も弱く「合わせメント」と言われて、政府のやりたい放題にかかわることは、基地建設を容認することになるとする意見があることは当然です。
また、環境アセスメントは平和団体、環境団体、市民団体、学者および専門家、多くの人々が全国的、地球規模、学際的共同ができる要素を秘めています。ヘリ基地反対協議会は「海上基地を作らさない」一致点で団結している市民共闘組織で、協議体としてすべての加盟団体の意思一致を大事にします。たとえば、沖縄サミットに対する行動ではヘリ基地反対協が提起者となって実行委員会を組織して取り組むなどです。
ヘリ基地反対協議会は、環境アセスメントに向けては県内外の多くの団体、個人に呼びかけ「プロジェクトチーム」の組織つくりを決定し、模索を始めます。

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 (テルジーも孫と遊ぶ、記事内容と関係ないが)

悔しかった4月8日(03年)をバネに
私どもが総会方針の実践に入りだした03年4月8日、那覇防衛施設局は護岸構造検討のための潜水調査を強行しました。しかし、私どもは有効な対抗手段を確立していませんでした。那覇防衛施設局は3月31日沖縄県農水部に「水産資源破砕許可」を沖縄県に提出、沖縄県は同日「安全保障上の問題」であり、しかも環境への影響はすくないとの理由で許可不要、勝手にやりなさいの返書を送っていました。
前者の理由は法律の専門家から「他事考慮」と行政法の違法行為と批判され、後者については「食い逃げ決済」、ヘリ基地反対協議会は環境影響評価法逸脱、防衛施設局の『現地技術調査』の内容の違法性を具体的に交渉の中で指摘、沖縄県および那覇防衛施設局交渉を強めるとともに、環境影響評価法の学習を深めて来ました。
一方、現地においては土曜集会を開き、松田浜の清掃、ミニ学習会、情報交換を1年間続け、これから行われるであろうボーリング調査に向けてカヌー訓練を組織、海の調査など活動を広めて来ました。那覇防衛施設局は、当初年内のボーリング調査を予定していましたが、狂いが生じてきます。


自然の権利とジュゴン監視団
私どもは9月23日、「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」を立ち上げました。呼びかけはヘリ基地反対協議会、沖縄平和市民連絡会、ジュゴン保護基金、ジュゴンネットワーク、環境法律家協会などの弁護団で、県内外に団員を募り約1000人余の団員となった。すでに、アメリカにおいては、米国の有力な自然保護団体「生物多様性センター」および弁護士の協力を得てジュゴン訴訟を国防省、ラムズフェルド長官を被告に提訴していました。
ラムズフェルドは沖縄に来て「代替施設は死んだ」「辺野古の海はきれいだ」と言わざるをえません。「生物多様性センター」は2月に来沖し「皆さんはあの国防省と対等に闘っている、信じられないことだ」と述べましたが、私どもが実感するのは後で述べるでしょう。
ジュゴン監視団は当面課題として公害調停を行いましたが「敗訴」しました。ですが、これからもあらゆる法的手段を検討し闘いを作り出して行きます。
ジュゴン監視団の役目は、環境影響評価法の理論的研究、普及、実践的対応を行い、ヘリ基地反対協議会の海上基地を作らさない運動と不離一体となって運動を発展させてきました。(続きます)

 (旧宝の海掲載から 04年8月まとめ)
(続きーヤンメームン名護市長選挙情報)

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鳩山首相ー再編成予算史上最高、憲法改悪へ

私とアセスの闘い(4)

アジサシを観察して 

環境省のホームページです。準備書では辺野古アジサシを「重要な繁殖地とは思わない」と書いている。
 準備書の批判、審査会の審査の中で門外漢ながら5月から観察を始めた。ベニアジサシ、エリグロアジサシの区別を知らない未熟もの承知で始めた。
 05年から辺野古のアジサシが激減したことは気にしていた。アジサシに影響を与えない船の操縦には自信があった。昨年の入院で一人での観察は緊急時には常に不安があった。
 8月に入って、写真家のSさん、弟子のNさん、牧志治さん、ビデオカメラマンのHさんが協力してもらった。

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長島東断崖のアジサシと
  平島沖岩
 長島の営巣地にも変化があった。東断崖にベニアジサシを中心に最終(8月12日)には約150羽の群落、西の隅にはエリグロアジサシが約16羽、釣り人が離れた岩にいるが、巣を守っていた。釣り人がいなくなると姿を現し飛び回った。
 遠方に見えるのが平島沖岩、左の岩にベニを中心に約130羽、右の岩にエリグロが約25羽群れていた。この岩が今年の最大の繁殖地であった。

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平島沖の岩
  アジサシの繁殖
 5月からの記録は審査会にも提出、8月の写真は環境政策課通じて再意見書に添付。波と風を読み、エンジンを切って流されて島に近付く、うまく、計算しないと船が岩に当たる、エンジンをかけると放らん、子育て放棄の可能性がある。船長の腕の見せ所である。
 アジサシが休む時間帯は太陽と干満と関係することが分かった。
 この時間帯に観察すれば、休んでいる。


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大浦湾ブイ(1,2)で休憩する
 長島の東断崖にサンゴ礁の海上におれば、平島、大浦湾ブイのアジサシの活動が正確に読み取れる。ブイにも約100羽休む。8月12日に分かったことはブイを餌取りの中継基地(若捕りたちの餌取り教育現場)の感じを受けた。中瀬のリーフ上では15羽ほどが餌取りをしている。

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 平島に見えないアジサシ
   準備書への疑問の始まり
 今年は、平島に定住のアジサシは見えなかった。防衛局は島に上がって営巣を調べていることが準備書に記録されている。今年見えない長島中央部と平島は岩に上陸がやさしい地形で、今年の特徴は人ガンが入れない場所に移動していることである。
 シュワブ前岩にエリグロ最高約20羽、マナル岩(約25羽)、今年は少ない。波があって観察困難。ウムケー岩、5月羽ほどいたが8月には観察できない。

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来年の課題
 辺野古アジサシはボーリング調査の始まった04年の水準に回復した。激減の要因はなんであったか門外漢の私にはわからない。増えた。それも、2・5倍以上であろう。
 来年は、ビデオも見てアジサシについての知識も増やして観察を続けたい。野鳥の会などが参加してくれたらとも思っている。飛来から、産卵、子育て、巣立ちがほぼわかってくる。雛が巣からでてきたことは偶然出会った。(昨日のブログ参考)公開されている写真は営巣地に接近して撮られている。

(続きーヤンメームン名護市長選挙情報)

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過去を振り返り 明日へ向かう

私とアセスの闘い(3)
 準備書とアセス審査課への「意見書」

Ⅰ ジュゴン事故を漁師に責任転嫁するな(第1次意見書)
 07年4月の事前調査から08年8月の入院まで連日海上であった。月のに1度(連続3から5日)、沖縄防衛局はヘリでジュゴンを追いまわした。朝8時から5時までヘリはジュゴンの上を飛んでいた。
 平和丸のエンジンを切り太平洋で漂流しながら沖縄防衛局に抗議、環境省に報告していた。サンゴの調査、撮影などの船長を行いながら、釣り縄で海底の状況を刻む、WWFJなどが作成した立体図とほぼ一致する。
 準備書は作業中「ジュゴンが刺し網に掛かると」と書いてある。私の尊敬する漁師Aさんに責任を転嫁する。
 護岸工事の水中音をダイナマイトと批判した。Aさんから収容所時代のダイナマイト漁、
 1962年の米軍によるサンゴ礁爆破、1966年の第2次大浦湾サンゴ爆破を聞き出していた。(ジュゴン裁判で空港及び軍港計画など明らかになる)
 嘉陽から三原まで新規土地接収計画、反対運動に立ち上がる50人の漁師たちの歴史も明らかになった。キャンプシュワブの浜はウミガメの産卵場であった。しかし、準備書は「好地」でないと書く。何故「好地」で亡くなったか。もっとも知っているのはAさんだ。
 名護東海岸域のもっとも尊敬されている漁師。
 Aさんの名誉を守る視点から意見書を書いた。

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(平和丸は様々な調査に協力)

 1監視活動、調査活動踏まえて(第1次意見書)
沖縄県環境影響評価審査会 殿
   
   各審査委員     殿
                   平和丸基金 平和丸船長
                     大西 照雄 印鑑

  ジュゴン・ウミガメ・サンゴなどの生態系を総合的にかく乱する基地建設
   「何で、わざわざ『厳正に保全すべきAランクの海域(大浦湾・辺野古海域)』でなければならないか。なぜ騒音及び水中音の発生する鉄鋼矢板式護岸を準備書は新たに採用したか。科学的審議を求める意見書」
             2009年7月25日
            記
1、 貴審査会に環境アセスに関する専門家を参考招致することを求めます。
2、 貴審査会にジュゴンの専門家を参考招致することを求めます。
3、 貴審査会の名で特定の漁師にジュゴン事故の責任を転嫁する記述の削除を求めます。
2009年7月
       (具体的内容は省略)
Ⅱ アジサシについて(第2次意見書)
  アジサシは環境省が「沖縄を重要な繁殖地」と毎年繁殖期にインターネットで保護を訴えている。アジサシは人間を恐れる。ですから、無人島や人間が踏み込まない岬などで営巣する。一般の人には海で群れて飛んだりする姿は見ても、アジサシの群落に出会うことはない。ジュゴンなどについては準備書に意見は多い。
 アジサシは人間の行為で集団的放らん、集団的子育て放棄をする。人間活動に敏感な渡り鳥、赤道を越えて沖縄に繁殖に来る。
 準備書の嘘暴くためヤンメームン平和丸で調査
 1)04年、沖縄野鳥の会の報告では約400羽
 2)05年激減(前年の台風13個沖縄上陸?ボーリングヤグラ?)
 3)08年WWFJ(約65羽)、大西調査(約120羽)
    準備書「重要な繁殖地でない」と結論
 4)09年大西定期的観察(日曜調査、5月から8月13日まで)
   なぜ、平島からアジサシは消えたか、なぜ、長島アジサシは営巣地を変えたか。沖縄防衛局は営巣地を踏み荒らしたかー準備書調査の犯罪性を明らかにし、アジサシの繁殖状況確認)
4、 確実に増えた辺野古アジサシ(最終確認400羽余)
(「宝の海」で報告)協力者牧志治さんはじめ4人) 羽地湾調査も調査する。営巣地域変化あり。
 平島沖岩に営巣地変わる
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 キャンプシュワブ前岩
  エリグロアジサシの警戒態勢と餌運びー見事な連携(撮影、牧志治)
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沖縄環境影響評価審査会殿
 審査員 各位    殿 

「住民等意見の概要と事業者の見解」の疑問と提言
    (アジサシに関して限定、「見解」P91、92等)
1、 異常調査を誘因として辺野古アジサシの繁殖場所の変容に対する疑問。
2、 繁殖中の営巣を踏み荒らした調査資料は無効である。
  3、沖縄島沿岸アジサシの特性は小群が特性、小群と一蹴する生命・集団観を
    社会学・人文学などに適用したらどうなる。
  4、方法書から根本的に誤り、生態無視の調査となっている。
  
「沖縄島沿岸に分散する小群の一つ」は
   「重要な繁殖地ではない」との見解は
    環境省・沖縄生物学会などの常識か
 沖縄生物学・生態系学の世紀的時代遅れではないか
  (具体的内容は省略)
         平和丸基金  大西 照雄
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(めったに見られないエリグロアジサシのヒナ、本当に偶然、巣からでてきた。家族で撮影された。ヒナは2羽確認できなすか。平和丸にて)
  (アジサシの写真は「宝の海」8月22日から掲載)

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私とアセスの闘い(2)準備書へ
違法アセス第2回公判
 12月25日 那覇地裁
 ごめんなさい、急に参加できず。

方法書のターゲット
  作業ヤード
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 方法書環境審査会への提出資料と要請(参考資料)

作業ヤードはなぜ消えた。
   何処だ。



 沖縄県環境影響評価審議会  殿
普天間代替施設計画地現地調査について
はじめに
 私は高校社会科教師を退職して4年間、名護東海岸で過ごす日々です。現職の頃、沖縄の海岸域の砂浜、磯の原風景は「海に木を植える」先人たちの英知を学ぶことが大切と教えてきました。第1回環境影響評価審議会も傍聴しました。特に、作業ヤードについての審議委員の発言に共感し、11月19日に予定されている現地調査に、ぜひ、入れてほしい問題を提起します。なお、資料として琉球新報論壇(9月30日)を添えます。
1 辺野古作業ヤードについて
1) 自然と景観について
嘉陽層を主とし海岸域が形成されオカヤドカリ、ミナミコメツキガニなどが生息しさまざまな鳥が干潟に来ます。現在、ミサゴが飛んでいます。嘉陽層には磯のエーデルワイズ沖縄ギクが花を咲かせています。
港、干潟の埋め立てなどにより磯や海岸線に傷みが生じ荒れ、絶滅危惧種オキナワギクが侵食されています。今年は沖縄本島に襲来した台風は一回、アダンの巨木が大量に打ち上げられたのが特徴、この現象は東海岸域全域における自然の傷みである。
   長島・平島はアジサシの産卵地、2004年ボーリング櫓が建つまではアジサシは島を埋め尽くしていました。2007年7月16日は約120羽(WWFJとの共同調査)である。両島はヤシガニの生息地でもある。
2) 文化的環境
名護東海岸域は二ライカナイ・竜神信仰が存在、故仲松弥秀氏は沖縄3大霊所と現地で講義した。作業ヤード建設予定地河口東にはターリー(男神)、西にはアヤー(女神)の霊所が存在、作業道路予定地は埋蔵文化が埋もれています。同地域松田浜はハーリの場、作業ヤード建設は文化的破壊であり、河口を狭めることは浸水を拡大させます。
2 大浦湾作業ヤードについて
1) 自然と景観について
照葉樹林と熱帯が複合した亜熱帯の特色が「絣の綾」のように鮮明に生きている。照葉樹林の森と川、マングローブと干潟、干潟とトカゲハゼ・シオマネキ、海に注ぐ水とユビエダサンゴ、ハマサンゴなどの群落、先人たちの建設した自然と生態系に配慮した大川の堰、暴風林など沖縄原風景と破壊の進行など学ぶべき点が多い地域である。
2) ユビエダサンゴ群落など
大川、汀間川は断層、クチが沖合に緩やかな斜面となって太平洋に注ぐ、ここに、ユビエダサンゴ、ハマサンゴ、アオサンゴの群落が形成、豊かな砂場に海草が生育する。
特にユビエダサンゴを作業ヤードとして浚渫する計画は、取り返しのつかない生態系破壊であり、浚渫によってハマサンゴ及び生態系のかく乱が起こり、地球規模でサンゴを保全する潮流の中で、貴審議会が現地調査から外すことになれば、学者・研究者の権威と名誉、良心にかかわる問題を醸し出す。
3 結び
 現地を熟知した人を案内人にして、作業ヤード地域とその周辺の総合的な調査をお願いしたい。
 参考資料CD「大浦湾作業ヤード浚渫予定地のユビエダサンゴと周辺のサンゴと生物」
            11月15日
            沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団運営委員
             大西 照雄 沖縄県環境影響評価審議会  殿

沖縄県環境政策課   御中

 沖縄防衛局が第4回措置協議かに配布した追加説明資料では作業ヤードの浚渫場所が消えています。方法書の変更でしょうか。アセス審議会では指摘できませんでしたが、改竄でしょうか。変更でしょうか。
 だと、したら、作業船が入れませんが。新しい場所を探すのでしょうか。
 審査会で特に問題になった所で、しかも、次回の争点です。
 経過の説明を求めたい。 07年12月17日
      大西 照雄
   TEL・FAX 0980・53・5081
       名護市大北3-8-20


 違法アセス調査と準備書
1、 違法アセス調査
①  08年3月14日 沖縄防衛局追加方法書沖縄県に提出
②  ロードマップに8月の狂い生じる
 タイムス論壇にに「審査会を評価する」投書(見つからず)
③  08年3月15日、違法アセスに着手
2、 連日、監視活動に入る。(朝7時に汀間漁港)
① ヘリによるジュゴン追いまわし調査監視、環境省へ報告要請、沖縄防衛局に電話抗議
② サンゴ・生態系調査の平和丸船長
③ 海上学習案内に従事
④  現場から違法アセス新聞で報告
  沖縄タイムス3月27日論壇「ジュゴンの不思議な世界と力―県民は試される」
  沖縄タイムス4月22日(アースデー)「防衛局の調査は非科学的でージュゴン追い出し作戦」
など。
3、 疲労・脱水症状で入院
準備書の闘いのために「一万の意見書」全国に提案
  09年4月、準備書広告縦覧予想される中、体調の不安あるも、反NATOイベント(仏ストラスブルグへ)
   次の写真資料英文にしてCD化(150枚)配布(カンパで作成)
     辺野古アクションに新基地問題入れパワーポイント作成
     辺野古・大浦湾の生物多様性
     沖縄の米軍犯罪、高江の闘い
  ブース確保、パソコンで説明
   (仏で広告縦覧知る)
4、 準備書5000p読み、分析、発信
仏から帰った10日、準備書DVD完成した。朝から夜まで机に向かった。現場監視日記、調査写真などで検証した。生物への環境要因を証明、水中音を柱にして問題点をブログ日記にして情報発信、5月15日にA4判105ページになっていた。
 
ジュゴンとアジサシに絞って全体を見ることにした。

 約束は守る
  アセス公判には体調のことで参加できず。1月前ののテント村授業やり遂げる。

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  (12月25日4:40)
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(沖縄タイムス26日2面、中身を読むと予算は着いている)

移設のための経費***1兆円の上限で用意(使途を定めず)
グアム移転経費***472億円
防衛局名護事務所開設費***1億6000万円
高江ヘリパッド建設費***2億円
普天間移設関連***52億8000万円

普天間移設関連52億8000万円の内訳
08年度に契約済みの事業負担(調査・工事か?)***39億円
環境影響評価の環境現況調査の継続費用***13億円
 

  (続きーヤンメームン名護市長選挙情報)

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私とアセスの闘い(1)
V字2本滑走路計画をめぐる闘い
 
 
名護市民投票13周年含めて
12月21日のブログ日記に次のように書いた。
 「日米同盟の揺らぎの『発火点』は 市民投票・環境アセス(設計図)の中に埋蔵 
日米同盟の揺らぎは民主連立政権の合意(15日)にあるのではない。知日派(日本軽蔑論者、恫喝外交派)が盛んに日米同盟成熟論を振りまいている。成熟とは腐れの始まりである。
 日米同盟の「揺らぎ」は、すでに、「日米同盟の変革と未来」(05・10・29)・「ロードマップ」(06・5・1)の中に発火点として爆発点・時期も埋められていた。
 日米同盟絶対論で過去の反省(市民投票、アセス法違反のボーリング調査)もなく、防衛庁(省)設置法4条19号で無法調査、アセス法無視、徹底した秘密主義を貫いた。日米同盟成熟とは安保条約万能である。
 日米政府は、辺野古を日米同盟「鍵」として沖縄に安保の負担を永久に押し付けて全てを封印する。ですが、この「鍵」の中に無数の発火装置を埋蔵されていた。地球が創造した驚異で、生物多様性の海に「ダイナマイト」の発火装置を秘密的にセットしているようなものだ。」
 「米軍再編成」の動きと
   自分史
 2007年3月、エクアドルで国際反基地ネットワーク結成総会参加
    CD「辺野古の闘いの歴史」「辺野古・大浦湾生物多様性」写真150枚配布
 同4月23日 沖縄防衛局「公共用財産使用協議書」提出、事前調査着手
 同5月18日 金城祐治さん逝く
    自衛艦「ぶんご」投入、海上保安庁巡視艇3隻、ゴムボート10数隻投入
   平和丸で金城さんを弔う。
 同8月14日 沖縄防衛局方法書広告縦覧
    意見書提出運動 約400通
    沖縄県環境影響審査会
 2008年3月14日 沖縄防衛局追加方法書沖縄県に提出 
 暴かれるV字の隠された姿
   ターゲットは作業ヤード
 欠陥方法書、多くの研究者、アセス監視団は「欠陥方法書」と批判した。私も新聞論壇で批判、意見書提出。
 大浦湾作業ヤードに絞った。作業ヤード建設地帯は大浦湾を象徴する生態系、しかも、ユビエダサンゴ群落を浚渫する。また、噂では、稲嶺知事の関連会社がウフシッタイに山林を有し、埋土の場所といわれていた。
 ここで、ジュゴン裁判の成果が大きな力を持ち出してくる。

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(23日市民投票13年学習会、ジュゴン裁判とMMC(米国海洋性哺乳動物委員会の報告)

 審査会に現地調査要請など提出、現場調査にも付き合った。11月に再開された代替施設協議会の資料から浚渫場所が消えた。赤旗のみ、その事実を伝えた。
 審査会の答申評価を論壇に書いた。
 2008年3月15日、沖縄防衛局はアセス調査に入った。事前踏査からほぼ毎日、海で抗議、監視に入っていた。高江も重要な時期に入っていた。
 08年8月3日、入院。脱水症状から来る軽い脳こうそくであった。
すでに、「ロードマップ」の工程表は狂いだしていた。つまり、「日米同盟の変革と未来」は、違法事前調査、環境アセスの秘密主義の自己矛盾で揺らぎの「発火点」を、自ら作っていた。「日米合意の見直し」は避けられない状況を生みだし、準備書でさらに加速するのである。準備書では作業ヤード変更を最大の環境配慮と数十箇所で主張する。
 市民投票13年集会
   ハワイでの交流を報告する琢磨さん
 市長選挙1月を控え大きな集荷ではなく、MMC(米国海生哺乳類委員会<政府機関>参加報告にした。

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 (パワーポイントで報告する吉川さん)

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 来年は生物多様性年、ジュゴン年、COP10IN名古屋と環境年的年に、さまざまな政治日程がある。辺末に、沖縄防衛局は年末年始の休みを狙って評価書を出してくる可能性がある。
 
違法アセス第2回公判 10時 那覇地裁

(続きーヤンメームン名護市長選挙情報)

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緊急連絡
 違法アセス公判 12月25日 10時
  アセス監視団の連絡にミスがありました


アセスとの闘い(私的)回顧(1)
 (旧宝の海ブログ毎日日記)を書き続けて
 
 経過
  1997年12月21、名護市民投票海上基地拒否ー原点
  1999年1226日、岸本建夫市長軍民共用空港「7つの受け入れ状件」で「苦渋の選択」
  2000年元日  暁の辺野古浜集会(昨日ブログ)
  2002年    沖縄防衛局「3工法8案」「護岸構造検討」を出す。ジュゴン1号購入
  2003年4月   土曜浜集会、カヌー訓練開始、船舶購入始まる
  2003年9月23日 「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」結成
     11月17日 沖縄防衛局「公共用財産使用協議書」沖縄県に提出ー法的期限1月
  2004年3月31日 定年退職
  2004年4月18日 泡瀬干潟人文字集会、事前調査正確情報
  20004年4月19日 暁の攻防、辺野古漁港作業ヤード阻止、座り込み開始
     8月13日 沖縄国際大学にヘリ墜落
     9月   那覇防衛施設局キャンプシュワブからボーリング櫓建設
   9月21日 「宝の海」を毎日日記と開始

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(このブログは見ることできません。再開6月)
 2005年9月2日  ボーリング櫓撤去
    軍民共用空港実質的に頓挫
  2005年10月 『愚直Ⅰー辺野古からの問いー沖縄非暴力の心』をまとめる。

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 何を大切にしたか
   1、学習を重視
     水産資源調査に関する学習、土曜集会、アセス監視団調査研究の共有
   2、共闘、共同の広がり
   3、交渉の重視、テント村交渉だけでも32回
   4、非暴力と屈服なき継続性ー辺野古行動の広がり
   5、毎日書き続け、発信
先人たちの残した遺産(私の視点)
   1、平和の文化(紛争の平和的解決と非暴力
   2、生物多様性の世界
       (復帰闘争碑の警鐘)
 「宝の海」開設は
   マスコミ報道の限界に挑戦
2010年の県内・国内・国際的な激動が予想される中で私的総括も大事だと思っている。辺野古弾薬庫への核持ち込み、クリントンの駐米大使呼び出しに拠る再恫喝、マスコミの「日米同盟絶対化」「日米関係危機論」などなどは、米国政府の強行政策を煽る。
 2010年は、国家権力、マスメディアが総力を挙げて沖縄に安保の重要な基地を押し付け、負担平等論などで挑んでくる。普天間・辺野古の問題が「茶の間」の問題になって来たが、茶の間からの総反撃も視野に入れているであろう。
 この強権、秘密主義的アセスに、矛盾が満ちていて、再度、日米政府を追い込むことができる。決定的勝利を目指さないといけない。


 (続きーヤンメームン名護市長選挙情報(1)

辺野古弾薬庫も核持ち込み対象
資料
核密約公表「真実残すことが大事」…佐藤元通産相
読売新聞 12月23日03時00分

 沖縄返還交渉をめぐる有事の際の核持ち込みに関する日米間の「密約」文書は、佐藤栄作首相(当時)の次男で元通産相の佐藤信二氏(77)が30年来悩んで保管してきたものだった。

 公表に踏み切った背景には、政権交代によって、民主党が密約の存在の検証に本格的に動き始めたことがあった。

 信二氏によると、1975年に佐藤元首相が死去して、親しかった新聞記者の一人に「形見分け」として元首相が生前、愛用していた机を譲ることになり、中身を整理するため引き出しを開けたところ出てきた。机は私邸(東京・代沢)の書斎にあった。発見時、信二氏は参院議員になったばかり。元首相は密約の存在を明かしていなかったが、引き出しから出てきた文書の持つ意味は政治家として十分理解した。

 その後、80年代に入り、佐藤家に一人の学者が訪ねてきた。返還交渉で元首相の密使を務めたとされる若泉敬・京都産業大教授だった。若泉氏は「奥様(元首相の寛子夫人)に会いに来た。元首相の日記を見せてほしい。公開されると大変なことになる」と切り出したため、佐藤家は日記を見せることにしたという。

 日記には、若泉氏の名前が所々出てくるものの、密約を巡る若泉氏との具体的なやりとりの記述はなかった。若泉氏はその後、94年になって返還交渉の舞台裏を描いた「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(文芸春秋)を著し、密約の存在を明らかにした。

 密約をめぐる政治的な重みを認識していた信二氏は、本来、その時に文書の存在を明らかにすべきだと思ったはずだ。しかし、公表は思いとどまった。外務省が密約の存在を一貫して否定していたからだ。元首相が「非核三原則」でノーベル平和賞(74年)を受賞したという事実も信二氏をためらわせたようだ。

 佐藤氏が今回、文書をあえて公表したのは、ここ数年、外務省の元局長らが相次いで日米間の核密約の存在を明らかにしたことが大きい。民主党政権の発足も決断を後押しした。

 文書の公表を決断したことについて、佐藤氏はこう語った。

 「文書にはすでに政治的な意味はなく、公表によって現在の日米安保体制が大きな影響を受けることはないと思う。おやじがどう考えたかわからないが、歴史に真実を残すことが大事だと思う」
     
  

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2000年暁の集会とキャンドル土曜集会

勝利を誓った10年前の暁のテイーダ
陽気な太陽に誘われて
 辺野古テント村
 この2週間、寒い地域を旅して、温かい心の人たちにあった。沖縄も寒波の来襲で寒かったが、昨夜は沖縄の教育をともにした熱い集会があった。
 この2週間、米軍の海上訓練、射撃演習がひどく、住民から苦情が出たためか、今日は銃声が聞こえない。調査船出たようだが辺野古には見えない。
 海上では海兵隊がカヌーをこいでいる。(小さな点)
統一連事務所より、ビラをもらい、ヤンメームンのできる範囲で配る。


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キャンドル土曜集会
 キャンプシュワブ第1ゲート
  参加しませんか(2009年最後の土曜日)

 毎週土6:00
 04年から、渡具知さん家族を中心に始められて5年、辺野古の「愚直」の一つ。私はいくつものことに手を突っ込む事できませんから、最初から参加辞退してきた。
 確か、02年韓国議政府の米軍基地で二人の少女が轢殺され、アメリカ大使館前の抗議行動から学んだ。辺野古でも1999年大みそか、暁の松明リレーを摩文仁から「平和の火」駅伝を行い、松田浜、瀬嵩浜、長島に灯した。
 私の『愚直』にアピールが掲載されている。

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 2010年の日の出
   あなたはどこで見ますか


2000年平和発信アピール
 ちゅら海に基地はいらない 
  わしらは人柱になっても
   新たな基地は作らせない
我らは
武器を楽器へ 心に「花を」をと
平和の歌を歌い辺野古の浜に集う
  2000年の暁の陽光が
  我らの頬を紅く染め始める今
  水平線に浮かぶ雲は7色に変化し
  ニライの海から真っ赤に輝くテイーダは
  我らの確信に満ちた心を一つに
ラグーン(イノー)の海は
ジャンヌの林
腹一杯に朝食を摂ったジュゴンの親子が
テイーダ輝く大海原に
安らぎを求めて泳ぎ行く
辺野古の豊かなラグーン
干瀬のサンゴの森に
タツノオトシゴの親子が
わしらの干支の年に
棲みかを奪うなと身を寄せ合う
熱帯魚も
今眠りから覚めて
タツノオトシゴの回りに群れて舞う
  海の生き物たちの命の場所イノー
  地球の生命の故郷 母なる海
  我らの2000年の元日
  命(ぬち)ど宝 島の文化を歌い続け
  心と心の絆を深めた
  戦争屋と死の商人どもが
  母なる海の生命を奪わんとした1999年
  人柱なっても
  ちゅら海、ちゅら島を守ると闘う
オジー・オバーたちのさししめす道
それは 自然と人間が共生する21世紀
世界の潮流

21世紀を告げる2000年の夜明け
平和の礎(いしじ)でともされた灯は
瀬嵩の浜に燃え
サバニ漕ぐ若き漁師の櫂で
闇の海に浮かぶ長島
辺野古の松田浜に
火柱となって燃える
二見坂を越えるタイマツは熱く燃える連帯のタスキ
2000年の元日
キャンプシュワブは
平和の火で
包囲された
  我らは2000年の出発の日
  美ら海の水平線に輝く
  暁のテイーダに誓う
  美ら海 美ら島に基地をつくらさない
  ジュゴンよ
  ともに生きよう
  平和こそ我らが豊かに生きる道
  勇気は歴史を切り開く力
  我らは高らかに
  辺野古のちゅら海に基地はいらないと
  世界に発信する
辺野古の海に輝く太陽よ
勝利は
我らの 頭上へ
  ヘリ基地反対協議会暁の辺野古集会(2000年元日 記、朗読、大西照雄)

    『愚直』から
続きー名護市長選挙の情報)

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日本ジャーナリスト会議の10大ニュースー沖縄は悲しいーでも現場主義は世論形を成す る

日米同盟揺らぎの発火点
  
 市民投票・環境アセス(設計図)の中に埋蔵
 
日米同盟の揺らぎは民主連立政権の合意(15日)にあるのではない。知日派(日本軽蔑論者、恫喝外交派)が盛んに日米同盟成熟論を振りまいている。成熟とは腐れの始まりである。
 日米同盟の「揺らぎ」は、すでに、「日米同盟の変革と未来」(05・10・29)・「ロードマップ」(06・5・1)の中に発火点として爆発点・時期も埋められていた。
 日米同盟絶対論で過去の反省(市民投票、アセス法違反のボーリング調査)もなく、防衛庁(省)設置法4条19号で無法調査、アセス法無視、徹底した秘密主義を貫いた。日米同盟成熟とは安保条約万能である。
 日米政府は、辺野古を日米同盟「鍵」として沖縄に安保の負担を永久に押し付けて全てを封印する。ですが、この「鍵」の中に無数の発火装置を埋蔵されていた。地球が創造した驚異で、生物多様性の海に「ダイナマイト」の発火装置を秘密的にセットしているようなものだ。

  暴きだす
   秘密基地・秘密「アセス」

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(ヘリ基地反対協リーフ)
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  (ヘリ基地反対協リーフ英語版)

09年日本ジャーナリスト会議10大ニュース
  「ジャーナリスト」読む
 普天間・辺野古、日米合意、揺らぐ民主連立政権、1文字もない。最前線のシンポ的ジャーナリストの目でも、やはり、沖縄は問題にならないのだ。茶の間の問題までなった普天間・辺野古、そして、日米同盟の揺らぎと言う状況、次点にも入っていない。
 戦後一貫したジャーナリズムの世界だから、驚きはないが。さびしい世界でもある。
 民衆がジャーナリストになってゆくことが大切だ。
週刊金曜日「ルポの時代」の巻頭文のガサネタルポ批判したが、ルポになお連ねていたの本多勝一の講演がトップ1面である。タイトル「現場取材こそ第1次資料」であるが、秋からの普天間・辺野古は日本のジャーナリズムに取って第10の資料にもならないのか
 

 知日派崇拝の在東京マスメディアには発火装置が見えないが、現場からは見える。私は徹底した現場張り付きの6年である。現場とは卓上か。日米同盟崇拝者にとって「環境アセス」が、日米同盟を揺るがすものとして見えてない。
 連立政権のいきつくところも辺野古ありきであろう。マスメディアも一体となって仕掛けてくる。
 まさに、「第4の権力」との闘いは重要であると、今、また、思う。

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 辺野古座り込み現場にも戦略や戦術がある。アセスの各段階、方法書、環境調査、準備書の各段階で、どの発火装置を爆発させるかなど現場で徹底してV字計画を揺さぶってきた。
 アセス分析、生態系調査、違法アセス監視、現場発信などである。
 この1年は準備書との闘いであった。かなり追いつめたと思うが、正念場に入ったとみるべきであろう。

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 (長島・平島周辺はアジサシの「重要な繁殖地」、準備書は「重要な繁殖地」ではない。沖縄・オーストラリアで繁殖)

明日からー1年間を振り返るー私とアセスの闘い

 (続きー告示まで1月切った名護市長選挙)

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在京新聞社説など歴史に耐えられるか

政府方針
 15日、民主連立政権は閣僚的3党合意で次のように決定した。
① 移設をめぐる結論は来年に先送り、
② 現行計画を含め新たな候補地を与党3党で検討、
③ 日米の協議機関の設置を米側に提案、
④ 現行計画の予算計上、
⑤ アセス継続
 (日本経済新聞より)
 辺野古では連日調査船が違法事後調査を加速させている。沖縄防衛局も評価書の公告縦覧の兆しを公式的に表明、既成事実を積み重ね、埋め立て申請を仲井真知事は待ち望んでいるのが談話から見える。
16日の在京全国各紙の社説は「日米同盟絶対論」(大西)で次のような論が読み取れる。

あの手、この手
 「現行案」(現行計画)白紙論、「負担軽減―一部移転論(日本総基地化)、普天間固定化恫喝論、ビンのフタ論 、自主防衛論、日米外交危機・崩壊論、海兵隊抑止(必要論)、現行計画用語を使用し始めた。

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(来年はジュゴンなどの自然の権利が「日米同盟ありき」に挑む)

毎日16日「基地移設の政府方針」(社説)
 各社社説論評の総合的内容を網羅している。
1、 移設先を再検討しようと言うものであり、事実上の日米合意の白紙撤回と言える。
2、 普天間問題を、日米同盟全体を揺り動かす発火点にしてはならない。
3、 米政府は、辺野古への移設が唯一の実現可能な案であるとの立場を変えてない。移設が暗礁に乗り上げて普天間飛行場が現状のまま固定化されることのないよう、首相は米政府との協議に全力を挙げるべきだ。
4、 注文がある
① 既に政府間の公式合意が存在する場合には「継続性」が重視される。さらに、日米合意については、国会が承認した「在沖縄海兵隊のグアム移転協定」で明文化されており、法的にも確定している。
② 普天間の固定化の懸念である。
③ 一部訓練移転
④ 沖縄県全体の負担軽減である。
⑤ 「負担軽減」と「抑止力」の両立について
「在沖海兵隊の主力である海兵隊の存続が抑止力維持のために必要だという議論は、米政府よりも外務省・防衛両省を中心に日本政府側に強いとの指摘である。

 毎日社説の特徴
  各社の意見集約(大西)
 民主れ立政権合意は白紙撤回ではない。調査船はむしろ動き、沖縄防衛局は評価書に動き、予算もついているのが事実である。国民を白紙撤回でだましてはならない。
 先送りは、これからの政治日程により「白紙撤回」を求めてゆく課題であり、普天間は閉鎖・返還であり「固定化」をゲーツ並みに新聞が煽ってはならない。
 
毎日の「発火点」論は
   そもそもの問題を隠蔽する。
 日米合意「日米同盟の変革と未来」(米軍再編成)「ロードマップ」(工程表)は、SACOの破綻に懲りず(市民投票で拒否、軍民共用空港ー沖縄非暴力と国内外の世論で破綻」、なお、辺野古にこだわったのが「日米同盟の揺らぎ」の発火点の一つであった。
 二つ目は、再編成の「沿岸計画」を名護市長選挙全候補者および稲嶺知事(当時)も否定したが、06年5月1日「ロード・マップ」でV字2本滑走路沿岸計画を強行したこと、つまり、日米政府自身が「日米同盟揺らぎ」の発火点をセットした。
 同時多発テロを日米政府が仕掛け、しかも、連続発火装置をいくつも秘密的にセットしていることである。
 方法書に事実を書かず、ジュゴン裁判に国防省は「秘密」を提出、沖縄防衛局は追加方法書を出すという「発火装置」を見破られ、追加方法書を出し、準備書「発火装置」をズタズタにされた。
 民主連立政権の合意は「日米同盟揺らぎの」の「発火点」ではなく、自ら仕掛けたものが役に立たなくなり、新しい日米関係を生み出す「産婆」の役割を果たす可能性を秘めている。
 日米同盟の「変革」「未来」を国民は過去・現在の日米日米同盟固定化および「継続」で見ていない。また、沖縄県民は在京新聞の「普天間固定化」などの脅しは、すでに、経験してきている。   

読売社説(16日「展望なき『越年』は誤り」は
  米国政府の本根を代弁する
 「そもそも普天間飛行場の代替施設は部隊運用上、他の海兵隊基地と近接している必要がある。このため、1996年の日米合意以来、一貫して県内移設が飛行場返還の前提条件となっていた。」

 アメリカがV字形辺野古計画にこだわるのは、日本政府が普天間にない機能をすべて提供するからである。弾薬庫、ハンセン・シュワブおよび高江などの無数のヘリパット、射撃訓練場、軍港、提供水域などなど、まさに、「悪魔の要塞基地」である。日米同盟固定化論に基づいて、読売は評論家、元政治家を登場させて社説を「豊かに」している。いつものことである。

 マスメディアに煽られて
   名護市長選挙に右翼のポスターが

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 (19日の夜に名護市内全体に張り出された)

(続きー日本経済新聞のビンのフタ論) 



 
 

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全国紙の普天間・辺野古「社説」は歴史に耐えられるかーCOP15からCOP10へ(1)

長野から帰る
 40年前の川は黒かったは確かな記憶



 中部国際空港から諏訪まで乗合タクシー、電車の乗り継ぎの不得意なウチナーチュウにとってはありがたい。客は二人、後部座席を独占して横になって寝る。夕闇せまるホテルまで。何しろ辺野古では子どもたちが海水浴、底冷えが生はんかではない。
 外に出てうまいものでもとホテルの外で出ると顔がいたい。翌日もチエックアウトまでホテル。岡谷についてもホテルから一歩も出る気がしない。
 講演会は6時半、湖畔の会場、白鳥飛来して来たようだ闇の中であった。講演が終わったら雪が降っていた。
 翌日(18日)岡谷出る。雪は消えていた。塩尻から木曽福島まで雪化粧。諏訪湖は冷えるけど雪は少ないようで、名古屋は夜、蛍のように雪が流れていたが、翌朝は雪の中、帰る。
 40年前の12月、主席指名闘争で任意出頭受けて東京、信州、金沢、岡崎、東京の「逃亡」の旅をした。長野から直江津に向かう12月の雪の川は黒かった。やはり、天竜川も黒かった。その頃、世話になった信州大学の学生に中島さんという名前を覚えていた。長野高教組の重鎮として活躍したことを、講演後の懇親会で知った。


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 この会場での講演は2度目(1997年沖縄修学旅行のガイダンス)であった。
 (写真講演)
 孫と過ごす人並みの生活は?

  6年間、辺野古ひとすじ
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 長野から名古屋のよって、普天間・辺野古問題の柱となっているS氏と昼食をともに情報交換をする。特に、COP15から来年COP10へと動く中での名古屋の果たす役割について意見交換をする。すでに、昨年11月、COP10について意見交換し、S氏は献身的に沖縄DBの重要な役割を果たしている。
 夜は孫と過ごす。2歳になるのだが「テルジー」を滑り台にして遊ぶ。「テルジー」は退職前に生徒がつけてくれた。最後の学級通信は「テルジーのきまぐれ日記」。

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 名護に戻る。
 特に、16日の全国の新聞は分析する必要あり。私の今年の正月は国内・国際的に発信したのはCOP10であった。その到達は、中日新聞(18日)一面が予測する。
16日の全国紙の社説は歴史に耐えられないひどい内容である。

政府方針(15日)
① 移設をめぐる結論は来年に先送り、②現行計画を含め新たな候補地を与党3党で検討、④日米の協議機関の設置を米側に提案、現行計画の予算計上5、⑤アセス継続
   (日本経済新聞16日から)
少し大きい文字

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「決定しない」政府決定ー福島さんどんな言い訳でテント村に?否定・肯定・否定・肯定の繰り返し

<span style="font-size:x-large;">旅行中です。
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長野県岡谷市で辺野古語っています。
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時間代わりメニュー」は日本語にある?
 日替わりから、時間単位で民主連立政権発言変わる
 
辺野古以外の地域模索=首相
時事通信 12月15日19時37分


 琉球新報からコメント求められる
  「信用できない。アセス中止、アセス予算中止が求められる、建設進行中である」(辺野古案は存在しない、建設計画進行している。「案」は国民だまし。政府用語か、マスコミ用語か)、鳩山首相の発言に担保がない。
 アメリカは明確にすれば応じる国、コジキ軍団に明確に対応すればいい。アメリカも弱気になっているのではないか。キャンベルやメア、グリーンでは日米外交はダメだと宣言すればいい。
 
年が明けるとCOP10報道せざるを得ない。ますます、辺野古問題は日米新政権を追い込む。
 その意味では、「先送り」は面白くなる。

平和の文化の敵だけでなく。
 生物多様性保全の「敵」、鳩山・オバマ政権が浮かんでくる。浮かばせる。
 日本列島の隅からマグマが動き出す。それが、2010年の幕開けだ。
We can
それは、地方の運動、地方のマスコミから始まるであろう。

 自民党・マスコミ(在京大手)の対米追従と決別する姿勢示すのが必要だ。


さまざまな評価ありと思う
 27面に私のコメントあり

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16日の沖縄の新聞です。

COP10と日本のマスコミー日本自身が問われている

宝の海
 毎日日記書き続けて6年
 
「宝の毎」を開設したのは、04年9月21日である。
 海上闘争の責任者としての義務であった。
「毎日日記」とした。04年4月19日の「暁の攻防」から大学ノートに日記をつけていて「百日日記」と旧「宝の海」に公開して『愚直』に収録してある。
辺野古関連ブログでは最も生き延びている日記である。ですが、リンク集には掲載されているのは多くはない。
読んでくれる人一人でもいればいいと開設、ヤグラの闘争では防衛施設局のミーテイング資料であったと、現場責任者か聞かされ、作戦含めて中断できなかった。自分でもよく、続いていると思う。
昨年8月、激務で倒れ休んだことはあったが、復活した。
 書ける体がまだ、あるということは幸福なことである。
宝の海
 毎日書き続けて


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 (旧宝の海)

海上闘争
 辺野古・大浦の生物多様性
  なぜ、日本のマスコミはCOP10を書かない
6年間、人指し指1本でよく刻んできたと思う。現場から見る。幼い時にマラリアに遣られて耳が弱いけれども、タンクを担げないからジュゴン1号、平和丸で船長として、調査に専念して来た。
今、海にも出られない体だが、平和丸・ジュゴン1号は生態系調査に活躍している。私の日記の基本的観点は「宝の海」開設から、
 平和の文化を築く
 生物多様性の保全
である。
 この6年確実に紛争の平和的解決・非暴力の「平和の文化」は進み、地球温暖化、生物多様性の世論、実践は広がっている。
 今、日本のマスコミはCOP15を伝えるけれども、来年名古屋で開催されるCOP10を書かない。いや、書ききれないというべきであろう。
 辺野古問題にかかわるからであろう。つまり、そもそもの問題に直面するから、しかし、世界はCOP15からCOP10に移る。
 今年の正月の「宝の海」はCOP10に向けての日本・世界への発信であった。再び、辺野古・大浦の生物多様性の写真の掲載に入る。
 メディアの怠慢が指摘される日は近い。
 そもそもの問題意識が欠落していると思う。沖縄生物多様性ネットワークは地域から全国に課題を投げかけている。

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 (エビ・カニ新種WWFJ36種発表、辺野古大浦湾は貝の宝庫、調査では新種発見の可能性が最も高い)
辺野古・大浦の驚異の生物多様性は国際化する。
 アメリカから発信される。
  MMC
  ジュゴン裁判
  「種の保存法」裁判

日本のマスコミは、戦後一貫してアメリカの報道で沖縄を報道した。
 1955年の土地闘争「朝日報道」、1995年少女暴行事件は典型的である。「そもそも、何故辺野古か」が欠落している。
 COP10は、沖縄の地域から日本の生物多様性戦略を問うあろう。

 
日記、長野講演のため
  4・5日休みます

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続きー読谷村村民大会などなど、連立政権合意とは)

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青い山脈と貝の人形

オバマ大統領
  平和の文化に挑戦ーノベル平和賞受賞挨拶

 
東南アジア友好条約2条
   紛争の平和的手段による解決
   武力による威嚇または行使の放棄
 オバマは非暴力主義は「どんな状況でも現実的で可能とは限らない」と紛争の平和的解決、非暴力主義に挑戦を開始した。彼の部下たちは「恫喝」で、沖縄の負担軽減と東富士をくれと日本の政治家を脅し、辺野古基地建設に条件を提示、焦り始めた。
 東富士の自衛隊、米軍演習に反対している友人の桜井氏と沖縄の負担軽減の名で、どんなに富士山が「泣いて」いるか話し合ったばかりであった。
 外電では「ブシュのようだ」「戦時大統領」などオバマの評価が「高く」なった。
鳩山内閣も焦っている。オバマモ焦っている。

 古い上着(日米安保体制)から
  新しい上着(新日米平和友好条約)こそ、日米の新しい関係だ
 高校に入って、驚いたのはフオークダンス。「オクラホマミキサー」「青い山脈」の曲で男女が手を取り踊る。私の新しい青春の始まりであった。
 最近、「青い山脈」を口ずさむ。インターネットで、池辺良と原節子、宝田明と原田美恵子、吉永小百合と浜田光男などの動画が見れる。生徒の前で結婚を申しこむ姿。
 吉永小百合の映画はすべて見ていた。「ガラスの中の少女」が印象に残っている。

 今の日米外交の陰湿な姿に、まさに、明るい歌声は沖縄県民の姿である。輝く嶺、緑の山、青い海、青い空、今、心豊かな宜野湾市民の夢に向かっている。
 古い戦後の対米追従から軽やかに、卑屈にならず。日本の山のシンボル富士山、日本アルプスの嶺に誘われて16日飛行機に乗る。
 
青 い 山 脈

作詩 西条八十  作曲 服部良一
昭和24年 
1 若く明るい 歌声に
  雪崩は消える 花も咲く
  青い山脈 雪割桜
  空のはて
  今日もわれらの 夢を呼ぶ


2 古い上衣よ さようなら
  さみしい夢よ さようなら
  青い山脈 バラ色雲へ
  あこがれの
  旅の乙女に 鳥も啼く


3 雨にぬれてる 焼けあとの
  名も無い花も ふり仰ぐ
  青い山脈 かがやく嶺の
  なつかしさ
  見れば涙が またにじむ


4 父も夢見た 母も見た
  旅路のはての そのはての
  青い山脈 みどりの谷へ
  旅をゆく
  若いわれらに 鐘が鳴る

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(この貝の人形は2000年ごろ、守る会のオジー・オバー毎日作っていたものです。少なくない方々が他界しました。)
 この貝の人形を見て毎日が始まります。
 長野県岡谷市で「辺野古と憲法」講演あり
12月17日(木) 18:00
    諏訪湖ハイツ3階 コンベンションホール
     「日米同盟と憲法」
     辺野古テント村から見る
      「高江の闘い」(DVD)上演
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 (続きー米軍占領と琉球の文化財)

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今日のテント村からー年末に悔いのない闘いを

今日のテント村
 若き法律家の皆さんへ


 半年前の約束ー神奈川から戻る
 毎年この時期、弁護士や司法書士など目指す若き法律家が来る。今年はバス3台。
 初めに有刺鉄線の前に建てられた次の立て看板についての問いから始める。


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 (「日本国憲法によって制定された法律で罰せられます」06年7月14日撤去)
 約1時間、大体下記のような話をする。
Ⅰ、2010年「沖縄も、日本も 世界も」動く
1、 日米首脳会談とキャンプシュワブの兵士
11月8日、県民大会。キャンプシュワブでは海兵隊が総合演習、オバマ来日を前に
海兵隊はオバマを援護作戦に出た。オバマは「兵士を誇り」など3度も使い激励に応えた。
 2、「移設論」報道、普天間即閉鎖・普天間全面返還が本質である。
  オバマはゲーツ国防長官の「日米合意に迅速実施」を迫った。沖縄県民の民意は「宜野湾にいらないものは辺野古にも、日本のどこにもいらない」である。日米政府、マスメディアの「移設論」を軽視してはなりません。2010年は年明けからドラマ的に動くであろう。

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 (子どもたちが海で泳ぐテント村13日)
     
Ⅱ、過去を学ぶことは(1)、現在、明日への礎
1、 普天間閉鎖・返還―辺野古移設の闘い13年から学ぶのは何か。
① 1995年少女とご両親の勇気が日米政府を揺るがした。
② 1997年12月、名護市民投票の民主主義の勝利が沖縄の民意である。
③ 軍民共用空港の闘い、徹底学習と非暴力と世論形成の総合的力であった。
④ 平和・市民・環境など「学際的」共同の力である。国際的共同の持続的力でもある。(ジュゴン裁判、世界平和フォーラム、反基地ネットワーク、反NATOなど)
⑤ 友好・対話を求めるが屈服と服従を拒否、愚直と不屈の継続の13年の蓄積である。
2、 過去を学ぶことは(2)「日米同盟の変革と未来」に切り刻む
① 05年10月29日「日米同盟の変革と未来」(沿岸案)、同「ロードマップ」(06年5月1日)はV字形2本滑走路持つ大浦湾・辺野古埋め立て計画を合意、「辺野古を鍵」とし、2014年の完成を日米合意とした。
② 事前調査抗議行動、違法アセス監視行動、サンゴ調査、海上学習の主力船「平和丸」活躍。政局はいつ解散してもおかしくない状況であった。

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  (平和丸午後のサンゴ撮影に出港13日)

③ 方法書に意見書約400通、環境アセス審査会「アセス審査会は良心的―知事意見では答申否定」(沖縄タイムス論壇07年12月31日大西照雄)など、ロード・マップ」8ヶ月予定狂う。準備書意見書約5000通、審査会「実質的」アセスやり直し答申する。
④ 民主党は「県外・国外移転」で国民的喝采を得て、勝利が見えてくると「再編成見直し」と米国追従への布石をする。
⑤ 民主連立政権誕生、「県外移設考えられない」(北沢防衛大臣・岡田外務大臣)とゲーツの恫喝、オバマの褒め殺し「日米合意を迅速に」と、とどめを刺されたか(?)
Ⅲ 市民的勇気が道を作るー「新基地建設反対・暮らしと平和を守る市民の会」の意
  義   
1、 閉塞の中で
2010年1月24日投票の名護市長選挙、名護市の野党議員団を中心に新基地いらない候補者選定に入った。しかし、擁立できず選定会議解散し、「辺野古合意見直し」「新政権の動向」を政策に掲げる稲嶺進予定候補に吸い込まれた。新基地容認の火種を残す。
2、 新基地いらないー比嘉靖の出馬表明の勇気と「市民の会」の市民的勇気と決断
「11・8」大会を成功させようと全県的うねり。普天間閉鎖・県内たらい回し止めよ。比嘉靖出馬表明、この動きの中で稲嶺進氏「名護市に新たな基地はいらない、という信念を最後まで貫くことを市民のみなさまに約束」の声明文を発表した。
 「市民の会」は迅速に決断、統一候補として稲嶺氏と覚書を結ぶ。
   Ⅳ 名護市長選挙で2010年が始まる
      激動と変化にふさわしい正月の闘い
      安保廃棄・憲法擁護の力を年末から名護市長選挙に支援をお願いします。
      民主連立政権の自公民の「日米同盟の変革と未来」(米軍再編成)を、より「深化」させ「異常な対米追従」路線に、名護市長選挙に勝利し、新安条約50年にふさわしい新しい情勢を切り開く砦を構築しようではないか。
 浜で野外講座
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 (今年の12月はテントや海岸で連日講座が開かれる」

 「続きー名護市長選挙目前の名護市)

           

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辺野古の約束と中学生のレポートーキャンベルが出てくるようではアメリカも・・。

日本平和大会IN神奈川大会
  迷走する日米同盟の中ーあのキャンベルが

 あのキャンベルが富士山がほしいとーあほな日本人か
 
久しぶりの飛行機
  2日ほど日記休みました。神奈川で開かれる日本平和大会。宜野湾爆音訴訟、高江も参加する。名護も参加し、沖縄の闘いを、飛行機に乗った。雲の間から辺野古が見えた。

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(10日の飛行機から辺野古)
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(12日帰りの飛行機で富士、帰ったら、キャンベルが富士要求している。琉球新報からコメント求められる。大会で沖縄もっと怒れ、と発言あったが、これ以上怒ったらパンク、日本人怒れ、シンボルの山と空、米軍が占領(?)、こんな馬鹿にされても日本人?) 
国際会議レセプションに出た。辺野古アクション、普天間間関連の英文資料、私の英文化された資料などを海外代表に上げた。フイリッピン(国際反基地ネットワーク)のコラソン女史はカナダ平和フォーラム、エクアドルで会った。ドイツ平和評議員会のハネロア女史はフランスストラスブルグで4月にお会いした。


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国際シンポに出て辺野古の報告をした。 

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 オバマノーベル受賞演説、小沢と小沢チュードレン訪中、天皇「政治利用」、鳩山発言、富士問題、二日間でも歴史は様々動いている。
 「あわてず、怒らず、踊らず、迷わず」
 伊波宜野湾市長が冷静に動いているのを「手本」にすべきだ。


(続きー国際会議発言と大会の写真および中学生レポート)

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普天間基地ーそもそもの問題

普天間は世界一危険な基地(Ⅱ)その1(7日)
  国際法違反64年の放置

   金武町流弾事件捜査打ち切りか?
   読谷村ひき逃げ殺人事件ー逃げ得か?
   米兵や軍属関係の事件現行犯は「人民裁判」しなければいけない?
   第二のコザ人民蜂起起こる予感?
   沖縄県警の無能に支えられてますます、米軍犯罪起こる?
   自己防衛が必要だ。県警にも犯人渡してはならない?
   その責任はすべて日米政府に
普天間基地は沖縄戦期、米軍は宜野湾村民を大浦崎収容所にぶち込んで基地に占領した。少なくとも、サンフランシスコ条約で返還すべきものである。占領の継続を64年続けることを許している日本は歴史的反省に立つべきだ。(12月7日ブログ参照)
 普天間をそのままし、銃剣とブルドウザーで伊佐浜を奪った。(拙著『沖縄の太陽』に高校生の抵抗を書いている)
 基地を奪われた市民は基地の周りに「へばり付いて」住む以外ない。防衛省は「基地接近論」で住民の責任と爆音訴訟で主張。
 普天間は「世界一危険な基地」のみならず、「くされた腹」で都市計画の障害、古い欠陥飛行場である。
アメリカの安全基準にも違反する。

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辺野古新基地は
 普天間代替ではない
普天間には弾薬庫がない、軍港もない、射撃訓練所もない。
 新基地は最新鋭の即応態勢を持つ「侵略力」を備え、機能が強化された基地である。

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 (テント村で話をする)
そもそもの問題(1)
 「成熟」は腐れを待つのみ
そもそも、このような基地は世界情勢含めて必要ない。マスメデイアは「日米同盟の危機」と煽っているが、たかが海兵隊基地一つで日米関係が崩壊するなら、成熟(従属の極み」した果実がくされの段階にきているのだ。
 腐れ始めた安保条約は、日米友好条約として新しい樹を植えればいいのだ。
 すでに、普天間・辺野古13年の歴史の歴史は、国際問題、日本の茶の間の会話の問題にしてきた。普天間基地・辺野古訪問が連日のごとく増えている。
 鳩山首相COP15で日米首脳会談求めているが、最近のアメリカの安全保障「日米同盟も一つ」と変化している。
 新しい樹を植えよう。


庭の花に水をまいて
  出張ー2日間休みます

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さまざまな辺野古写真ーユクシやナラン

テント村2060日(12月8日ー太平洋戦争)
  政治の動きが見えるー写真で見る


 沖縄海兵隊アフガン戦争投入か
 岡田が孵った翌日(6日)、日曜日なのにキャンプシュワブでは久志岳に大砲をうちこんだ。あまりないことだ。
7日(月)は、辺野古有刺鉄線のすぐ近くで、傷病兵、死体運び訓練を始めた。
 ベトナム戦争の悪夢とシュワブ基地、この兵士たちは知らない。
 8日朝7:30にテント村、ライフル銃の乱射音激しい。普段は8時、「君が代」が鳴り終わると始まるが、最近は朝未明から始まるようだ。

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 辺野古から調査船1隻出る005_20091208191825.jpg
 暇なのでカメラ担いで散歩
  テントの近くのヤラブの木にメジロ・ミサゴ失敗

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 座間の3人娘(04年から3人)で
  4人娘になっていた

 いつも来るとき、3人一緒、もう、何回であろうか。
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 高江ー山カメの子どもたち
   今日は「牡丹鍋」で昼食
 イノシシ捕れたので昨晩煮込んで今日は「牡丹鍋」、高江のチビたちおいしそうに食べる。
 高江でも頑張るチビたち12月と言うのに・・・・。

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 (続きーチビ達の午後)

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休みます

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琉球新報社説
社説 外相の県民対話 危機煽るだけでは情けない
2009年12月7日

 県民の願いに、誠実に応える柔軟性や展望はあるのか。岡田克也外相の言動は、疑問だらけだった。
 「住民との対話」を掲げ就任後2度目の来県をした外相だが、米軍普天間飛行場問題について、行く先々で県内移設合意の不履行による「日米同盟の危機」を強調した。聞き役ではなく、まるで官僚に操られた“危機煽(あお)り役”だ。
 県民は戦後64年間の基地とのかかわりの中で、何が現実的で、何が非現実的かを理解している。
 公共事業など基地がもたらす恩恵は限定かつ一時的であるが、基地被害などの不利益は広範かつ長期に及び、基地は固定化する。
 米軍が兵士の綱紀粛正、騒音防止措置など住民生活への配慮を徹底すると言っても、米軍絡みの犯罪や被害はなくならない。
 国の天然記念物ジュゴンなど希少生物や豊かな自然をはぐくむ辺野古の海への新基地建設に、国内外の環境保護団体が異議を唱え、国際世論も辺野古移設を許さない。
 「辺野古合意が最善」との考えには根拠がない。日米両政府は沖縄の戦略的重要性を誇張し、米海兵隊の駐留に執着するあまり、日米関係が深化ではなく劣化しかねない現実こそ直視すべきだ。
 鳩山由紀夫首相は自民政権と官僚が営々と築いてきた対米追従外交に風穴を開けるべく、まずは閣内の意思統一を図るべきだ。普天間撤去こそが現実的で、日米関係への信頼を改善し、日米両政権の価値を高める道だ。
 岡田外相は衆院沖縄4区の議員懇談で、米側が辺野古にこだわる理由について「オバマ大統領が米国内で支持率が下がっている中、議会から対日交渉で弱腰だとの批判を避けたいのではないか」と推察した。国民よりも米国の意向に顔が向いた情けない発言だ。
 米政府高官は普天間問題の越年について「懸念は伝えたが、日米関係は成熟している。日本は最も重要な同盟国の一つだ」とし、国務省のケリー報道官も「米国は日本政府の見直し作業を喜んで手助けする」と述べた。日本の官僚が民主党の「県外・国外移設」方針に待ったをかけ、執拗(しつよう)に「日米同盟の危機」を煽る姿とは大違いだ。
 鳩山内閣は普天間撤去へ向け、政治主導の真価を発揮する時だ。鳩山、オバマ両首脳が特使を派遣し、政治主導で打開を探るぐらいの強い指導力が必要だ。

日米交渉限界ならー安保条約10条で安保廃棄をー岡田さんアメリカ「恫喝』せよ

 岡田外相の恫喝行脚
   名護市民・伊波市長を「普天間の危険続く」(新報一面)と沖縄の心


 岡田の発言
  ゲーツ流の恫喝を国民にー日本のいじめの構図
 6日、岡田外相は民主党議員の資格で名護市民恫喝、午前中は伊波市長脅して、帰りは仲井真知事激励を忘れない。
 「普天間飛行場を抱える市長が『(移設について)もっと十分に検討すべきだ』というと、普天間飛行場(の危険性)はずっと継続するのではないか合意に合わないことを言うのはいかがなものか」(琉球新報6日1面)
 「今の安全保障の環境を考えても米軍の抑止力は日本の安全に取っても重要、日米同盟が弱まる状況は作りたくない思い」(タイムス2面、名護市住民集会)
 「今の普天間の状況がその間続くということ、地もとのみなさん、それでもいいのかという話です」(タイムス上同)
 「そろそろ限界だ」(新報、日米作業チームについて)
解説はいらないでしょう(昨日の革新懇私のあいさつですでに反論)(子どものいじめの連鎖と同じである)


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 伊波市長のゆとりある発言
   誰が外務大臣の器か?
「基地は私たちが造ったものではなく、日本政府と米軍が造ったものだ」(琉球新報6日)
「外相はだいぶ追い詰められている」(新報・タイムス伊波談話)
「相当苛立っていましたよ」(タイムス)
 これも、解説いらないでしょう。
 日米政府の「日米合意見直し」
  米政府高官発言から
 米政府高官は先送りについて「われわれの関係はあまりにも幅広くて深い・・日米関係は成熟している。日本は重要な同盟関係の一つだ」
 「米国は日本政府の見直し作業を喜んで手助けする」(国務省ケリー報道官、新報6日)
 民主連立政権は自公政権以上に米国に忠実を述べている。参議院選挙まで引き延ばすことは、そして、見直しは「2014年完成の日米合意」を外すこと、そのために幾らでも「手助けする」ということである。
 日米安保条約の締結50年の「6月22日」を想定する。ただで、最新鋭の軍事空港手に入れ、しかも、民主連立政権を操り人形のように動かす自信とみるのが無難な見方であろう。



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沖縄の心
 チムグクルー伊波市長の心ー二見情話の心
1996年、立命館大学の土曜講座で話したことがある。『「憲法をくらしの中に」を考える』をのタイトル(立命館大学土曜講座ブックレット1「憲法・安保・沖縄」に収録、拙著「沖縄を教えて、沖縄の語りあるいて」収録)で話をした。
 沖縄には『かわいそう』という言葉はない。チムグルサン(あなたの痛みを自分の痛みとする)と言う。岡田には伊波市長の辺野古移設反対の心が理解できない。不幸を他者に押し付けることができない。沖縄の闘いの歴史である。
 チムも心、グクルも心、心のつながりである。
 伊波市長が述べるように、米軍は沖縄戦に沖縄住民を収容所にぶち込んで基地を作った。安保で継続した。キャンシュワブは大浦崎と言う。沖縄戦宜野湾村民が収容された場所だ。普天間基地はその時にできた。
 二見集落に「二見情話」の碑が立ちます。普天間・辺野古問題を考える原点の心が刻まれている。
 アメリカは国際法違反の基地を占領し続けている。アメリカ・カナダでは日本人を収容所に押し込めた歴史の謝罪、名誉回復を行った。
 沖縄は収容所のままである。アメリカのダブルスタンダードであり、いまだに占領状態の屈辱感もない日本の戦後である。
 かわいそう。で、沖縄問題と矮小化する日本の政治家、マスコミを厳しく見よう。

(続きー世界一危険な普天間基地ー写真で見る)

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沖縄の展望を示すー全国革新懇シンポ

 全国革新懇ー沖縄と日本の明日への道示す  
 名護では岡田外相
  わけのわからない「意見聴取」

 (岡田の狙いは島袋支援である。岡田は名護市民にあきらめさせる、政治不信をまき散らしに来たと推測される。民  主党沖縄県連のいい加減さ、社民党沖縄県連も存在価値が問われる。政治不信は基地誘致の島袋お応援の政治戦術  と見るのが妥当であろう。ここで、沖縄県民の真価が問われる。)

 宜野湾市では日本の明日への展望
 
5日朝は志位和夫日本共産党委員長に
   辺野古の闘いを説明
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 (説明する大西、赤嶺さん、志位さん)

 会場満席の宜野湾コンベンション
   全国革新懇「基地問題シンポジュム」
  パネリスト
   伊波 洋一宜野湾市長
   仲山 忠克反戦地主弁護団弁護士
   志位 和夫日本共産党委員長
  (続きにー新聞紹介します。今、6日01:25、普天間基地の実態7日、8日に掲載します。英語版も)
発言の機会与えてくれました。
 下記は発言内容
 子どもや高校生が普天間返還・都市作りを描いた(昨日のブログ写真1991年)
   宜野湾市市民・宜野湾市長の素敵な心

子どもや高校生が明日を描いた
  輝く未来へ、今歩きだしている
 発言の機会を与えてくださって感謝します。
名護平和員会の大西です。ヘリ基地反対協の代表委員も務めています。元高校教師です。
 まず、伊波市長はじめ宜野湾市民が「宜野湾にいらない普天間基地は辺野古にもいらない、沖縄・日本のどこにもいらない」と、とても大切な心を維持していることに心から感謝します。
 安保廃棄を掲げる唯一の政党、日本共産党志位委員長には民主連立政権が「日米合意」重いと米国津追従深めていますが、安保条約10条で沖縄基地解決だと、旗を高く掲げて、大きく前進・飛躍的を成し遂げる、新しい時代を迎えていると期待しています。
元高校教師の目で普天間・辺野古問題を述べます。
 私と普天間基地とのかかわり、辺野古の闘いの原点は、この会場の隣の学校、宜野湾高校の教室です。
 この写真を見てください。普天間高校・宜野湾高校生は普天間基地返還させて都市構想を描いています。1991年です。宜野湾市勢要覧(1992年)に掲載されています。私は毎年全クラスを嘉数台地に連れ「この基地を1日も早く返還させて、沖縄1の街を作るのが、21世紀の君たちの仕事になる」と私の本に記録しています。

 この写真を見てください、宜野湾高校とコンベンションの十字路にポケット公園があります。基地マーシを返還させて、竣工記念碑が建ち、万国津梁時代と明日の世界を描きます。私の野外授業の教室です。この会場の歴史がわかります。
 1990年代初頭、高校生徒との学びの中で「沖縄の基地」が動く予感してきます。
私は毎週土曜日伊江島に阿波根昌鴻さんを訪ね、その人生、思想を学びます。
 この本「沖縄の太陽物語」に宜野湾高校での学びを書き遺しています。その1月後、
 1995年秋、少女とご両親の勇気が米軍基地を動かします。反戦地主が歴史の表に出て、翌年4月の橋本―モンデール会談で「普天間返還」、SACO(日米行動委員会)、1997年12月21日、名護市民投票で海上基地拒否、軍民共用空港の「苦渋の選択」です。
 
 私は、宜野湾高校生との学び合いの中から「物事の争いは平和的解決で」「非暴力こそ力」沖縄の王国時代ら受け継いできた「平和の文化」だと確信します。
 この海浜公園の海で高校生徒泳ぎました。サンゴが蘇り、タコを取り生物多様性の21世紀を体現します。 
 96年・97年全国高校生平和集会を連続、この学校で行いました。宜野湾・普天間高校生を中心に高校生平和ガイドが、毎回約80人も育ちました。宜野湾市の中堅になっていると思います。

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  不屈・愚直の辺野古の闘い13年
 辺野古の闘いは世界の「平和の文化」「生物多様性保全」の県内、国内、国際的連帯です。
 瀬長亀次郎の「不屈」、阿波根昌鴻オジーの「愚直」が辺野古テント村の柱です。
 日米政府は名護市民投票で負け、軍民共用空港でも沖縄の非暴力に負けて、また、名護市長選挙、知事選挙で沿岸案(再編成案)全ての候補者が反対でした。日米政府、頑張るのです。不思議な国です。
辺野古軍民共用空港のたたかい「愚直―沖縄非暴力の心」と毎日のブログ日記「宝の海」をまとめ、現在も「愚直」に、毎日辺野古発信しています。
 05年10月末、「日米同盟の変革と未来」合意(俗に言う米軍再編成)、翌年5月の「ロードマップ」でV字型2本滑走路を「日米同盟のカギ」と規定して、2010年の完成を合意し、環境アセスメントに入りました。沖縄の英知と学問的良心が団結しました。方法書意見書約500通で、8か月狂いました。準備書意見書は5000通、民主党が驚いて普天間の「国外・県外移転」を唱え、国民の喝采を得、選挙の勝利が見えてくると「再編成見直し」と煙に巻き、ゲーツの恫喝に屈し、オバマの褒め殺しで醜い姿をさらしています。
 普天間問題は移設問題ではありません。即時閉鎖・全面返還です。負担平等とも無縁です。1990代中期の高校生は伊波市長を誕生させ、その道を歩み、辺野古に希望を与えました。伊波市政Ⅱ期目を支える中堅になっていると信じています。
  名護市長選挙は
   歴史的闘いの幕開けー全国の支援を
 
 辺野古13年、苦しい谷も、つかの間の喜びもありました。2度の市長選挙・知事選に負けても日米政府を県内・国内・国際的にも追い詰めています。
 来年1月は地球的規模で激動、名護から始まります。
 その正月に名護市長選挙です。基地推進の市長に対し、「辺野古見直し」「新政権の動向」というあいまいな火種を残す候補に、一人の市民が勇気を持って「新基地反対」の明確な政策で出馬表明し、市民的勇気の共同の力で「名護市に新たな基地をいらない信念を貫く」政策の変化を生みだし、急速な決断による市民的な合意形成ができました。沖縄の歴史的遺産、筋道と統一こそ力、市民的勇気が源です。
 来年初頭から「名護市に新基地はいらない市政」を打ち立て、11月の知選挙に引き続き、普天間閉鎖を実現、米軍再編成を打ち破り、日本国憲法が輝く年にしましょう。日米友好は大切ですが屈服と服従は断固として拒否します。安保条約10条の行使を国民世論にしましょう。
 私たちは勝つまで辺野古のテント村から平和な日本を訴え、同時に1月の闘い、
 全国の力をまず名護にと訴えます。国民的勇気の共有と共同の力を呼び掛けます。
 発言させてくださってありがとうございます。
    2009年12月5日 


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 (高校生の都市構想図で発言する大西、)
(続きー全国の友へ)
(6日 0時)
 朝刊が面白いと思う。
民主党沖縄県連の責任問われるか。

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2兎追うものは1兎も得ずー日替わりメニュー「普天間」-12月は面白い

民主連立政権に操られるな
  焦っているのは日米政府

 
あわてるコジキは貰いが少ない 急がず あわてず 
 年内決着見送る
   日替わりメニューで動くであろう
 アメリカは欲張りである。新基地とグワムの基地を日本政府に作ってもらう。日本国民は愚かでない。やくざ軍団海兵隊(遠征軍団)にささげるほど愚かでない。その矛盾が噴き出る年末となるであろう。

今、大事なことはアセス関連予算を組まないこと。
 今日も辺野古河口で生物調査している。新種36発見に見られるように「いであ」に金を貢ぎ、でたらめな環境アセス、最低、止めることが、社民党の役割。

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 日米合意見直しは
   ロードマップ2014年
     微調整(南移動)
 ゲーツの恫喝は「ロードマップ」であった。今日のタイムスに首相の「ロードマップは生きている」との記事あり、辺野古の新基地建設は工程表に狂いが生じている。
 日米合意見直さないと無理、2014年取り払うと日米合意「重い」が通用しなくなる。タイミングが悪いと判断したのであろう。
 沖縄を食い物にしてきた首相たちの孫には政治判断できない。世襲的幕藩民主主義の限界である。
平成の維新がない限り、日本は「米国追従鎖国」体制と言ってもいいのではないか。
 民衆の心が読めないから民主連立政権、外務省主催なのか、民主党主催なのか、わけのわからない「住民意見聴取」、糸満は中止のようだ。北沢は渡米から、」グワムに切り替えた。アメリカに間違いはないが。
 こんなこと、普通の政府なら考えられない。
 行政の初歩的問題である。 面白い12月が起こっていると見るべきであろう。
 名護市長選挙を踏み絵にして、沖縄を張り付けの刑にする腹だと思われる。年末にかけて日替わりメニューで動きがあるでしょう。

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  宜野湾市民は
   普天間返還都市構想を描いた高校生(1991)が中心になった時代
小学生、高校生が普天間返還・都市構想を描いたのが1991年。
 
彼らが今、伊波市政を生み出し支えている。
   日米政府は、このことを知るべきだ


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 宜野湾市の都市構想
  高校生の都市構想がベースになっている。

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(宜野湾市の資料から)
 昨日(4日)のニュースは普天間のグワム移転。
 (続きー名護市長選挙一口メモ)

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日米政府が日米合意を破る布石
 年内決着が 年越しソバ(普天間問題越年)


 大阪橋本知事が
  沖縄の負担軽減?
 橋本知事が沖縄の負担軽減を言い出した。よほど、内政(大阪府政)で、人気のないことやっているのであろう。マスコミ受けする普天間、沖縄の全国負担言い出した。内政が息詰まると外に目を向けさせ注目させるのは政治家の常道。関西・伊丹・神戸空港で普天間引き受けるというのか。関西人もこんな「素敵な人道主義者」の集まりか。
 あの橋本知事が沖縄の痛み分かち合う?
 痛みや癌は分かち合うものではありません。取り除くのが人道主義です。
 橋本知事、よほど、マチブイ・マチブイではないか。
何か魂胆があると読むのが、沖縄の一般的見方、偶然、下地幹郎議員とであった? でき過ぎている。

 お互いに、目立ちやがりや? 狙いは?
 辺野古テント村
  2055日(12月3日)

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 ポチも最近の政府
  大阪はアホ臭いと昼寝

  大阪・兵庫のみなさん 喜んでいる?大阪は普天間も 嘉手納もみんな引き受ける?
  瀬戸内海 アメリカにささげる?
  面白い日本だ?

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 テントの中は
  のんびり読書

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  私は
   専門学校で授業ー疲れた

  帰りは、読谷村の「やちむんの里」、陶芸談義。今月は国内、海外と動く、12月の名護は毎年忙しい、師走だ。
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(続きー越年の狙いは?)

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SACO合意から13年ー日米政府も頑張

新聞を読む 
12月2日の新聞は「沖縄返還密約」の東京地裁での吉野文六氏の証言で埋め尽くされている。
 タイムス特集「迷走普天間一三年目の内実」(7)に日米政府の焦りをつき、ワーキングチームを「歌舞伎」にたとえている。

 琉球新報「呪縛の行方ー普天間移設と鳩山政権>(18)は、L字沿岸案(「日米同盟の変革と未来」)を岸本が拒否して、島袋や末松などの動きに入っている。
 この2・3日の新聞読んでいて気になるところがある

核密約の左の記事『基地負担全国で負担」は、現実を見れば沖縄の負担につながるのかは後で述べる。
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琉球新報社説(1日)
 「原行案」「日米合意案」の規定である。V字形基地建設は建設進行中である。ロードマップ(工程表)に沿ってアセスの手続きは粛々と進んでいる。鳩山・仲井真会談で仲井真「ロードマップ示せ」と言っている。沖合移転を「案とするドグマ」に嵌まったと見るべきであろう。
 「案」検討課題であれば、アセス予算をストップするべきである。防衛省の狙いは国民の目を余らし法手続きの正当性を確保し、評価書を広告縦覧に持ち込み、既成事実で埋め立て申請を仲井真知事のもとで行う。「はしゃぎの北沢」が見えないのは既成事実優先であろう。
 岡田が週末、住民聴取を行い、民主主義的担保を取る。
琉球新報・タイムス
  橋本知事絶賛
 両紙の橋本発言「異彩を放つ」「刺激的な・・人間味を感じる」(琉球新報2日)などである。
 確かに松沢神奈川知事の発言に比べれば、かような評価成り立つかも知れない。この発言は沖縄負担軽減論である。SACO は負担軽減論で全国の沖縄化を行った。
 今日の琉球新報25面によれば、AV8Bハリヤー(4機)、FA18戦闘攻撃機(12)が飛来、SACO・再編成以来外来機が、嘉手納・普天間の負担を重くしている。
 普天間・辺野古問題は「負担軽減問題」にすり替える論調が、移設論とともに誘導されている。
普天間の即閉鎖・返還をやること、この沖縄の争点を反らし、沖縄の基地強化になった歴史を忘れてはならない。

 『宜野湾にいらない世界一危険な普天間は名護にも、日本のどこにも、いらない」「急いでいるのは政府だ」(宮城嘉手納町長)
 橋本大阪知事は目立ちたがり屋。大阪、兵庫、和歌山の府民・県民は普天間の危険性知っているか。欲しければくれててやる。どうぞ。
 橋本は、争点反らしを狙っている。よほど、沖縄に基地を押し付けたいらしい。荒唐無稽の見解を今、あえて、出すのか。
 岡田の来沖と連動か。

 アジアの視点で
  「瓶のふた論」を乗り越えるアジア
 アジアには日本の軍国主義を日米安保で封じこめている「瓶のフタ論」があった。
 アジア週の会議は「東南アジア友好条約」を承認して加盟できる。
  「紛争の平和的解決」
  「武力の威嚇」「武力の放棄」
 などである。
 辺野古新基地はV字を持ち、すべての戦闘機(その他の施設)の飛来(スルー、タッチ・アンド・ごー)ができ、最新鋭のC17大型輸送機(次期輸送機が離発着が可能、4万級の接岸可能、弾薬庫、射撃演習など最新鋭の「悪魔の要塞基地である。
 アジア社会への「武力の威嚇」基地である。
それを、日本政府がただで作る。軍事戦略上海兵隊不要論が主流ですが、ただで、作るからアメリカはありがたいのだ。オバマは、アフガン増派に海兵隊を前面に出した。辺野古を意識したとしか思えない。アフガンでは戦術的にも海兵隊は役に立たない。
SACO時代と違い世界も平和の文化の時代だ。
 アメリカは、いつまで日本の軍国主義者の雇い兵であり続けるのだ。
 「パンと銃」のみじめな海兵隊である。
 すでに、アジア社会には「敵」とされる国家は存在しない。


(続きー北部振興策の金はどこに消えた?)

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加速する日米政府の辺野古ありきー日米政府の動き

 動き回る日米政府
  鳩山・仲井真会談
   ルース・仲井間会談


   ルース駐日大使ヘリでシュワブ視察
 辺野古に行った。高校時代の友人が訪ねてきた。(写真)
 
 「辺野古ありき」での日米政府の動き活発。ルース駐日大使が武装したヘリ2機護衛につけて辺野古上空から視察。争点反らしに橋本大阪知事、沖縄の負担軽減のため、関空使用を政府と話し合うこと「拒否しない」など馬鹿げた動きをする。
 
 岡田外務大臣
  「住民意見聴取」で来沖
     アリバイ・ガス抜きが目的
 判明している情報では沖縄4区(糸満)、3区で岡田外相が「住民意見聴取」を行うようだ。いずれの場所も先の衆議院選挙で民主党は議席を取った場所。
 外務省主催? 民主党主催? なんで宜野湾ではなく糸満なの? 民主沖縄県連の宣伝? それとも沖縄県連屈服?
 
 名護は12月5日(土)午後3時~4時 大西区公民館
 辺野古決定へのアリバイ、ガス抜きと見る。
 島袋陣営への謀略的支援であろう。
 闇の使者は島袋陣営への軍資金を届けるであろうと推測される。

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   (今日の野外授業、私の担当3人)
辺野古基地建設は
  ゼネコンとマリコンの合作
 軍民共用空港のころの「護岸構造の検討」(那覇防衛施設局、現沖縄防衛局)の工法、機器(ダンプ、船舶)など見るとゼネコンとマリコンの利益のための辺野古と旧ブログで批判している。
 V字形現新基地計画の準備書の埋め立て、護岸構造を見ると全く同じである。
沖縄タイムス11月30日、一面である。
 インターネットで護岸作成の船舶調べると遊んでいる。砂運搬船、浚渫船、鉄鋼矢板打撃戦など想像を絶する船舶を辺野古に投入することができ、中国の沿岸に土砂を満杯積んで「休眠」させていると推測もできる。
 キャンプシュワブで儲けたのが竹中工務店。ゼネコンには一九五〇年代の沖縄基地建設の「うまみ」経験している。

  
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  (沖縄タイムス11月30日1面)

12月5日は革新懇シンポ
   全国的反撃へ
 
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 イチゴに挑戦
イチゴを成功させたことがない。野イチゴは斜面に多いので、ヘゴの幹を二つに割り鉢代わりにして挑戦してみたが・・・。
 
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 (続きー12月1日の沖縄タイムス・琉球新報社説ー資料)

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テント村から政治の動きがー反応する基地

オバマ政権 アフガンへ海兵隊増派ニュース
  鳩山・仲井真会談


 キャンプシュワブは反応する
 辺野古から見える世界・日本

 27日、密室秘密の鳩山・仲井真会談に続き、30日鳩山・仲井間会談、オバマ大統領海兵隊中心にアフガン増派報道あり。
 キャンプシュワブ海兵隊動くと読み辺野古テント村へ。
雲の中から光がこぼれていた。

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 予想にたがわず
  水陸両用戦車が浜に集結

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 海岸をあらして
  大浦湾へ13台動き出す
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 アセス逃れの兵舎どんどん建つ
  鳩山政権は「アセス停止」を
   
「思いやり予算」自公政権よりひどい。基地従業員の給与にのみ手をつけ米軍の光熱費などなどは「聖域」としている。

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 平和丸で
  水陸両用戦車を追う
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 (平和丸で説明する大西)

(続きー水陸両用戦車はいずこでなにを)

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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