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日本ジャーナリスト会議の10大ニュースー沖縄は悲しいーでも現場主義は世論形を成す る

日米同盟揺らぎの発火点
  
 市民投票・環境アセス(設計図)の中に埋蔵
 
日米同盟の揺らぎは民主連立政権の合意(15日)にあるのではない。知日派(日本軽蔑論者、恫喝外交派)が盛んに日米同盟成熟論を振りまいている。成熟とは腐れの始まりである。
 日米同盟の「揺らぎ」は、すでに、「日米同盟の変革と未来」(05・10・29)・「ロードマップ」(06・5・1)の中に発火点として爆発点・時期も埋められていた。
 日米同盟絶対論で過去の反省(市民投票、アセス法違反のボーリング調査)もなく、防衛庁(省)設置法4条19号で無法調査、アセス法無視、徹底した秘密主義を貫いた。日米同盟成熟とは安保条約万能である。
 日米政府は、辺野古を日米同盟「鍵」として沖縄に安保の負担を永久に押し付けて全てを封印する。ですが、この「鍵」の中に無数の発火装置を埋蔵されていた。地球が創造した驚異で、生物多様性の海に「ダイナマイト」の発火装置を秘密的にセットしているようなものだ。

  暴きだす
   秘密基地・秘密「アセス」

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(ヘリ基地反対協リーフ)
IMG_0001_20091221162657.jpg
  (ヘリ基地反対協リーフ英語版)

09年日本ジャーナリスト会議10大ニュース
  「ジャーナリスト」読む
 普天間・辺野古、日米合意、揺らぐ民主連立政権、1文字もない。最前線のシンポ的ジャーナリストの目でも、やはり、沖縄は問題にならないのだ。茶の間の問題までなった普天間・辺野古、そして、日米同盟の揺らぎと言う状況、次点にも入っていない。
 戦後一貫したジャーナリズムの世界だから、驚きはないが。さびしい世界でもある。
 民衆がジャーナリストになってゆくことが大切だ。
週刊金曜日「ルポの時代」の巻頭文のガサネタルポ批判したが、ルポになお連ねていたの本多勝一の講演がトップ1面である。タイトル「現場取材こそ第1次資料」であるが、秋からの普天間・辺野古は日本のジャーナリズムに取って第10の資料にもならないのか
 

 知日派崇拝の在東京マスメディアには発火装置が見えないが、現場からは見える。私は徹底した現場張り付きの6年である。現場とは卓上か。日米同盟崇拝者にとって「環境アセス」が、日米同盟を揺るがすものとして見えてない。
 連立政権のいきつくところも辺野古ありきであろう。マスメディアも一体となって仕掛けてくる。
 まさに、「第4の権力」との闘いは重要であると、今、また、思う。

IMG_0001_20091215201523.jpg

 辺野古座り込み現場にも戦略や戦術がある。アセスの各段階、方法書、環境調査、準備書の各段階で、どの発火装置を爆発させるかなど現場で徹底してV字計画を揺さぶってきた。
 アセス分析、生態系調査、違法アセス監視、現場発信などである。
 この1年は準備書との闘いであった。かなり追いつめたと思うが、正念場に入ったとみるべきであろう。

IMG.jpg
 (長島・平島周辺はアジサシの「重要な繁殖地」、準備書は「重要な繁殖地」ではない。沖縄・オーストラリアで繁殖)

明日からー1年間を振り返るー私とアセスの闘い

 (続きー告示まで1月切った名護市長選挙)

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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