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新愛華丸進水と農協さん

 パソコンパンク機能減退
  テント村留守番
   ポチと戯れる
 鳩山内閣の民主主義否定発言に、テント村の主だった者たちが県外・海外出張、30日留守番だ。雑誌などの評論にマスメディア批判などが出てきた。評論読むと日米同盟批判は見えるが安保条約まで言及は多くはない。基本は安保条約、安保を見せないのが権力の手法。


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平野にかまっておれるか
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廃鶏焼くー家族団らん
  みんなで食べるとおしい

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ポチは私が好き?
豊見城農協婦人部
   新しい変化だ
 豊見城農協婦人部約50人がテント村訪問。農協さんが来るのは初めて、テント村観光名所の兆しか?

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新愛華丸進水
 おめでとう仲村さん

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初航海近いかー大漁旗上がった。span>
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「ぶながやの里」(キジムナー)と9条

小さな村の素敵な9条の会
 壮大な沖縄近現代史の村
  芭蕉の里で開かれた
 28日、芭蕉布の里、喜如嘉で9条の会結成30周年総会があり、話をさせてもらった。今日は辺野古当番。帰って解説。次の歌口ずさんでください。
 吉川さんは友人。息子の秀樹さんは妻の教え子。ジュゴン裁判、沖縄生物多様性ネットワークの重要な働き手である。
「芭蕉布」
吉川安一作詞・普久原恒男作曲

海の青さに 空の青
南の風に 緑葉(みどりば)の
芭蕉(ばしょう)は情(なさけ)に 手を招く
常夏(とこなつ)の国 我(わ)した島沖縄(うちなー)

首里(しゅり)の古城の 石だたみ
昔を偲(しの)ぶ かたほとり
実れる芭蕉 熟(う)れていた
緑葉の下 我した島沖縄

今は昔の(注) 首里天(すいてん)じゃなし
唐(とう)ヲゥーつむぎ はたを織り
上納(じょうのう)ささげた 芭蕉布(ばしょうふ)
浅地(あさじ)紺地(くんじ)の 我した島沖縄 沖縄


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 地域と辺野古・沖縄
 私は日本全国を歩く。北海道、青森、岩手、宮城・・・・。
 それぞれの地域と沖縄との関係を述べる。四国徳島県、ここでは沖縄愛楽園(ハンセン病療養所)の創設者青木恵哉、香川県では鎌倉芳太郎と首里城復元、金毘羅近くのウドンがおいしいと感じなかった。。この話教師のみなさんの前でしたら「大西さん、このまま、返すことはできない」と香川のみなさん。
 鎌倉芳太郎の甥が経営するレストラン(芳太郎の生家)を案内、棚田の中の看板もないうどん屋さんに案内。うまかった。
 うどんと汁分けてもらい家でも食べた。
 大宜見9条の会では高校時代、教師時代に学んだことを話した。要旨である。


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ああ喜如嘉ーイジミ(大宜見)散歩

<span style="font-size:large;"> 平野官房長官の狙いは
   仲井真知事に公有水面埋め立てを
    食い逃げ許可させること
 
平野の「許認可」が「合意」-法手続き
今日の新聞読むと、民主党政権の狙いは評価書広告縦覧、知事の公有水面埋め立ての法的手続きさせ、仲井真知事はうずうずしている。仲井真には次期はないこと見越した民主連立政権の腹だと読める。
 環境省もアセス法の改正やると報道、防衛省・環境省の合作見えるようだ。さまざま動いている。今、新法案示せば違法辺野古アセスが国民に見える。食い逃げ含めえげつない民主連立政権。
 高江も本訴訟に入るであろう。すべて、連動する。
移設論で国民の目くらまし、いい加減にと思う。
 手続きは一人(知事)と防衛局長で独裁的にできる。13年前の比嘉鉄也の受け入れがそれだ。
日米同盟、抑止力など唱えれば唱えるだけ、安保条約の腐食の深化深まる。

大宜見村9条の会で講演、道筋の写真撮った。
 大宜見村散歩をしよう。
 
大宜見村入口
  前田食堂
 大宜見村の入口は、津波部落の「前田食堂」で始まる。人気は牛ソバ。

 (解説と写真説明は12:00までに行います)

 小さな村の片隅の食堂が全国に有名、店拡張しおしゃれにしない。この津波は島田、前田、藤村、松本などヤマト姓が多いのも面白い。部落の中にはビーチロックで作った塀、フルヤーの遺跡も残る。村の北には干潮になると「ビーチ・ロックの天の橋立」(後述)が見える。(沖縄戦中は糸満の疎開地)

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 雨の塩屋橋から
  ウンガミ(ウンジャミ)の村
 塩屋湾は部落内の森(手前)に登って眺めるのがいい。雨で車中から撮った。湾内・湾外・砂州・橋、沖縄戦では渡野喜屋事件(日本軍の集団虐-現在白浜集落、拙著「仲村仁王虐殺の碑を訪ねて』に詳しい」など一望できる。ウンガミの船の出る田港のウタキの巨木を見て、山の上のホテルを回り「沖縄の万里の長城」(イノシシ垣根)に触れ、山里の村キンナー部落で沖縄一と言われる桜を見るコース(半日)、カルストの面白さ、本部半島などの絶景がいい。
 今年の夏、全国総体の漕艇競技会場。国体では沖縄チームの監督を務めた。

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 大宜見村道の駅
  教え子たちの親たちなど
 道の駅、高校時代、ここは畑、小さな滝に故郷に着いたと安堵する。滝を入れたら全景入らない。村の農産物が満ち込まれる。今は、ミカン類、シークワサー、大根など、マーヤムン(山芋)が並んでいた。懐かしい。ヤムン(琉球芋=薩摩芋、嘉手納道の駅に野国総官碑が移されている。芋の歴史学ぶ)は一般的太平洋・アジア地域の代表的な食糧、ターウム、チンヌク(サトイモ)、タビオカ含めて一つの食文化圏を形成する。塩辛文化、豆腐文化含めてみると面白いと思う。名護の学校で「世界一の良質の澱粉、世界一のチーズが北部で生産されている。それ?」と教えていた。
 ヤムン(ウンム)、ミカンコミバエ根絶作戦に続きヒームシ(イモゾウリムシ)根絶作戦展開中。成功すれば沖縄はイモの一大産地になる。芋が農産物として県内トップの県も少なくない。昔はイモで豚養った。芋の加工品も多彩になるであろう。
 伊藤嘉昭博士(10月ごろのブログに書いている。日は?)の業績、沖縄が日本の果樹を守っている偉大な財産も思い出そう。沖縄県農業試験場の若き研究者に感謝の日は近い。


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 ウジミデークの根路銘
  人工ビーチと村の家―人物生みだす
 アメの中、根路銘部落の海岸に出た。北部振興策で人工海岸を作っている。イノーに伸びる防波堤から撮る。雨でも砂が白い。沖縄の砂は雨で緑の色になる。明らかに外国の砂である。手前の砂が浸食され、モンパの木の周辺は海岸らしい斜面。屋我地橋に砂州が伸びている。浸食された砂はそこに堆積、モクモウの林が伸び陸が形成されて沖縄有数の「天の橋立」ができそうだ。塩屋の砂州と比較する目が必要。現職の時代「海に木を植える」と教えたことが見える。
 大宜見を「ウジミ」と言う。特に、根路萌銘はウイジミデークと言われ宮大工並みの評価。へたくそは「ターバーゼーク」(へたくそ、田場)。
 フクギで囲まれた代表的な集落。古い家を見学するのも散歩にいい。幸い道も広く、旧国道もある。
 沖縄の糖業の海の親、宮城仁四朗はじめ、経済会、政治・文化・婦人運動家、教育者は少なくない「財産は教育」の伝統があった。ウジミは戦後沖縄のさまざまな分野を輩出した。この村から上原に登るとシクワーサーの里。心洗われる風景に出会う。開発の負の世界も見ることができる。村のカルストの山から南北に連なる沖縄を遠望するのもいい。
 森の中に咲いた1株の桜も風情がある。喧騒な祭りで見るより桜だ。


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 軍用道路1号線
  大宜見の村
 車で国道を走るのだけではなく、旧軍用道路に入ろう。村が見え、生活史が見える。


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 軍用道路1号線
  大宜見の村
 車で国道を走るのだけではなく、旧軍用道路に入ろう。村が見え、生活史が見える。

 「ぶながやの里宣言」の村
   憲法9条運動にこの世界を
 大宜見小学校を過ぎると、村役場、農協、昔の人は「やんばるぬ旅や幾たびんさしが、見る影ネーラン山と海」と詠んだ。車で国道走れば今も昔も同じ。
 大きなクワーデーサー、大正期の西洋風のモダンな旧村役場、森の上に新しい村役場が重なって「ぶながや宣言」碑が建っている。
 「お化けのQ太郎」でおなじみのキジムナの大宜見版、ヒジムンと呼ぶ地域もある。幼いころ、旧の正月16日(グソウーの正月)、子どもたちは重箱1個のご馳走がもらえる。裏山に竹、シダなどの葉で小屋を作り、ヒジムン(ぶながや)と一晩過ごした。森や田園、インナト(海辺の湿地)に棲む、沖縄の精であり、かわいい妖怪である。
 「平和と自然を愛し、森や川の恵みを巧みに利用し・・不思議な生き物である」、この宣言は精とともに平和を生みだす村の21世紀の生き方を示す。
 なお、旧暦の16日は、沖縄いや日本中にいる村人が祖先の眠るお墓に集まる。シーミーは1門で日日は決まる。交通渋滞の日である。
 この宣言、辺戸岬の「復帰闘争記念碑」の中に9条の生きた世界がある。また、柳田國男の「東野物語」の沖縄のやさしい妖怪の姿がある。マジムン(悪霊)も沖縄では生活の一つである。


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 「笑味」のお店
  やんばるの自然の店
 国道に戻らず。大兼久部落を直進、国道出る手前に食事の店「笑味」がある。
 お勧めします。
  お土産の品「笑味の麺」などあり、旅の味のために。


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 沖縄3大寒冷地辺土名高校
  私が造った庭と防風林
 辺土名高校は沖縄最北端の高校、母校である。赴任は1,978年異例の9年勤務。想いで多く社会科教師として自立した時期であった。復帰後沖縄振興開発で道路とダム建設で滑降前も大きく変貌。防風林および農地も消えた。北風が容赦なく襲う。私が赴任した頃。生徒会は1月クラス対抗のサッカー大会を行う。担任はあまりの寒さに応援できない。ソフトテニスが伝統的に強い。沖縄が高校総体に参加できた1959年女史は沖縄代表、駅伝も連覇が幾度もあった。水泳は10連勝中であった。
 冬に野球、テニスができない。40周年の節目を利用して植樹に本格的に乗り出した。村の人たちの知恵から学んだ。
 フクギ並木は回りの村のフクギをとり木その下に種をまいた。(外から見る)
 国道工事、根路銘磯、護岸工事で岩や石が割られる。国の了解得て学校に石を運び庭園風の校門を作る。塩風で当時の木は少なくなったが石は残る。クワーデーサーの並木を作り、体育、部活動で休むも影も作った。
 
今度は沖縄国体(漕艇競技指定校、沖縄で漕艇競技初めての競技)で船の免許持っているので協力依頼され、9年間母校で。(植樹記録は『学園にロマンを求めて』に収録してある)
 吹き付ける潮霧、太陽が出ると塩漬け、消防並みの散水法ホースで洗う。冬の手


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(続くーハイカラ民族ー芭蕉の里チジュハ」

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名護桜祭り散策

 パソコンもパンク状態で選挙戦に耐えられるかであった。無事「ヤンムン名護選挙情報」最終日までもった。「過去の管理画面」「記事一覧表」が消えて、訂正や追加、書き直しもできない状態である。

「移設論」は問題の本質を失い。迷走、北沢・平野発言は、新しい辺野古誘導の布石とも読み取れる。キャンベルの来日で「姿」現すであろう。


名護散策に次の写真追加。
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 (津嘉山酒造看板)
少年護郷隊碑(名護小学校校門右森)
 「少年ゲリラ隊」-知られざる沖縄戦

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(裏に回り碑文見よ、)
 
 徳田球一、宮城与徳、少年護郷隊は『沖縄大百科辞典」コピー、インターネットよりコピーして歩きたいです。

新しい歌手集団
サーターアンダンギー「やんばるクイナは飛んだ」
 とても、私の心に響く
  ヒットさせたい


 大宜見村如嘉
  午後6:30

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名護桜祭り散策
  ナングシクの桜020_20100127220515.jpg
 黒い煙 白い煙
 階段登って一つき歩くと駐車場右に
  「海のの麦峠」

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 大仲公民館左にそして右に進む
  重要文化財津嘉山酒造

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 みどり街ー八重食堂
  おそばを

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 チュウカーソバ
  伝統的味。お嬢さん(?)と記念写真を

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 (過去の記事の管理場所が不明)




命かけた闘いへーナチの道歩む民主党政権

 「地元合意なく移設も」
   平野官房長官―鳩山追認



  「大本営報道」と沖縄戦後史
    記者たちの自戒から
 25日ブログで、「大本営」について書くと予告した。今日の新聞、民主党政権「地元合意いらぬ」の重大な発言。夜書くことにする。
 激しい闘い、闘いは山があり谷があり、平野もある。山はみんなが動く、谷は辛抱と登る分析、平野では日常生活、さまざまな肥やしを豊かに作る仕事が大切だ。
 25日、テント村少なくない取材、座って話した。民放の記者たち当確・当選が早かったので記者たちの「交流会」になったようだ。
 その中で記者たちの中で
 「今、普天間・辺野古、日米報道『大本営的報道』になっていない?」
と話し会い、「温度差」痛感したようだ。

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(27日 沖縄タイムス・琉球新報)

 戦後沖縄を切り捨て
  報道しない「大本営」
 記者たちに話した。沖縄戦で6万余の将兵が死んだ沖縄戦。GHQ占領の中、新聞はどう伝えたか?具体的な次の例を挙げた。1954年14件、1955年94件、1956年501年、那覇市史市の資料をもとに国会図書館で調べた。
 1955年4月13日、各社は米軍の軍用機に乗って沖縄取材に来た。
 サンフランシスコ体制下、基地強奪の時期である。1995年少女暴行事件、在東京メディアは被害者の家にカメラを設置して、石を投げられ、沖縄タイムスに「ハイエナ」と指弾された。沖縄には人間が住んでいる。人間を見ず米国を見ている。経済用語でいえば上部構造の世界だけの報道で、下部構造(人間社会見てない)
 昨年の12月16日の各社の社説、「読んでみてください。あなたの言う「『大本営報道』が見えるでしょう」、これを「日米同盟大本営」の言のだ。
 海兵隊抑止論、「移設論」、民主党政権の「ブレ」、メディアの知日は崇拝論などについて話をした。
 昨日(16日)届いた「ジャーナリスト」(日本ジャーナリスト会議1月25日号)、そして、今日の琉球新報連載「呪縛の行方」は「辺野古ありきの大手メディア」と、「大本営」的報道姿勢を自戒している。
 辺野古6年のテント村の闘い「第4の権力」(メディアおよびジャーナリズム)とのた高でもあり、随時、記録し、9月からはメディア批判が少なくない。
 次の助言もした。「なぜ、宜野湾市民および辺野古に反対するか。二見部落の<二見情話>の碑文から自分の足で取材してみては、どうか?」
 現在に沖縄の心理状況は、1970年に似てきている。警察も政府も信用できない。自衛的手段で米軍犯罪を裁く「突発」的事件が起こりかねない。
 二つの事件
 1970年12月21日、コザ暴動がおこった。糸満では金城トミさん轢殺事件の抗議大会、夜、コザ騒動が起こった。
 その前後(記憶?)、名護の飲食街に米軍ジープが車庫に突っ込んだ。名護市民が証拠物件確保、空にピストル発射、それでも住民が重機にぶら下がり、前に立ち動かず。
 金城さん賠償金1000ドル、車庫3000ドル、無法には人民の力以外ないとの歴史遺産体験している。
 民主党政権、アメリカ、そして、マスメディアはこのような事件が起こることを誘発しようとしていると思える。そして、ナチばりの弾圧で。

 

命をかけた闘い
  家内の目
 昨晩、「斟酌」の言葉に家内が言った。
  「父さん、命かけた闘いになる?」
 答えなかった。家内の目は確かであった。
  命を削って来た6年であった。また、始まる。命がある間に勝つ。
 5頭の巨像(立法・行政・司法・マスメディア・米国政府)との闘いになる。蟻の軍団(国民)が巨像の耳、口、鼻に挑む。

  (13:10 記す)

(続きー桜の名護市散策の道)
 リズムの昼寝後記す

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斟酌ー狙いと危険な道

普天間・辺野古「二つの」新用語
 ゼロ・ペースと「斟酌」
 「辺野古手加減しません」―平野官房長官
昨日の天気は日の出晴れ、シトシト2月を告げる雨、今日は冷たい風ながら陽光降り注いでいる。桜が一気にピンク色に染まる。
 庭の野菜や木々を手入れしながら、閣僚たちの発言を分析した。

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 (ブロッコリーが食べごろに育った)
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 (ヘルシーなハンダマ、女性好みのレストランで人気があるようだ)

 幾度も繰り返しますが「普天間閉鎖・全面返還・撤去」が柱、移設論ではない。名護市長選挙受けて、民主政権閣僚たち「ゼロペース」多用し、平野官房長官は「斟酌しなければならないという理由はない」と二つの新語を使いだした。後者は裁判用語で平野の発言は「容赦なく辺野古」と言う意味だ。
 同、紙面に「評価書年内に提出」の既定方針貫く記事が出ている。
 電子事典で「斟酌」を調べてみた。

「2007年12月28日 ... soriabaroloさん. 「斟酌」 (水または飲料などをくみわける意から) ①あれこれ照らし合わせて取捨すること。 ②その時の事情や相手の心情などを十分に考慮して、程よくとりはからうこと。手加減すること。 例:「斟酌を加える」「情状を斟酌 ...」

「現代文 問題:斟酌の意味として適切なものを選べ(491) 現代文 答案:2.知り尽くすこと。 現代文 解答: ... 例文:犯行動機に斟酌すべき事情は認められず、また犯行が極めて計画的で卑劣であること等を併せて考慮すると、被告人の刑事責任は非常に重い。」

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  (春菊はソーメン汁においしい) 

民主政権と自公政権
 自公政権は辺野古移設を、地元合意を強調した。現場で苦しんだのは「地元合意」、辺野古は形式的に地元合意と言う「形式民主主義」を曖昧ながらとり、知事・市長の容認が、市民投票の民意、県議会決議の意思より重く主張された。
 V字で判明したことは前稲嶺知事は拒否した報道がなされた。名護市長選挙は足かせになっていた「地元合意」を取り払う民意を確立すること、確立した。
 「ゼロ・ペース」「斟酌」は、新しい政府の強権を示す意思である。国の専権事項の強調の新たな論理である。
 小泉元首相は「辺野古見直し」で、機能強化した「辺野古内見直し」で、とんでもない悪魔の要塞基地を押し付けてきた。しかし、まだ、「地元に配慮」の民主主義の配慮があった。
 海抜10mの飛行場はおそらく世界どこにもないであろう。「動かぬ空母」に軍港、弾薬庫、射撃演習、周りにヘリパット群れ、高江、想像を絶する航空基地、アメリカとしてただで日本に作ってもらう。海浜隊員、海は「アカプルコ」で貧乏海兵隊の高級リゾート、それは欲しいに決まっている。
 「斟酌」には形式民主主義さえ否定する意思が込められている。移設探し作業は民主主義の否定、地方の時代の政策否定含み、地政学的軍事論と重ねてみると、恐ろしいファッショ的思想である。安保条約の絶対化と国民生活、政治意識との矛盾と泥沼に入る。
  琉球新報社説「民意は『辺野古ノー」(1月25日」
  沖縄タイムス社説「『翻弄の14年』に終止符(1月25日」
  赤旗主張「基地なくす新しい流れ大きく」(1月26日)
ぜひ、読んでください。
 とくに、赤旗26日は民衆の声が新鮮です。
 
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 (11月の実質的 名護市長選挙、生活切り替えのために始めたイワヒバ栽培順当に育つ)

名護市長選挙勝利と日本・世界を見る目

 名護市長選挙勝利(メモ)
僕らは梯子になろう

 日本列島に安保いらない
  日米平和友好条約の道へ
 私が教師になったころ、教師の歌に「僕らは梯子になろう」という歌があった。自分の生き方の礎の一つである。名護市長選挙勝利。稲嶺選対すごい人であろう。
 辺野古の闘いの責任者の一人として、私を支えた名護民主商工会の仲間たちに足が向いた。
常に苦楽を共にしてきた。苦しい時、支え、私をお仕立てってくれた。
いつも、笑顔があった。歌があり、踊があった。
 みんなが集まっている所より、名護の「駆け込み寺」で、泣き、笑いたい。
私は、最終日の打ち上げ集会も出ず。マイクを握って市内を演説。自分に課された場所しか見てない。でも見える。
 
 院政館崩落
 比嘉鉄也「期日前投票行った人、手を挙げて」と演説したようだ。人が信用できない哀れな人だと思った。
 名護の「院政」(上皇)比嘉鉄也の人物像は元ヘリ基地反対協宮城康博「なごなぐ雑記」の分析は参考になった。私は選対にいるものではないが、比嘉鉄也を「戦略家」として評価しているというより恐れていた。。彼は話もうまいが、忠誠を誓って来た戦士たちに公衆の面前で、点検をした。裸の上皇であった。
 お休みした方がいいでしょう。
老体に精悍さを披露しても、続かない。名桜理事長も降りて新しい血に任せと言いたい。この田舎で国家を動かするつもりでもあるまい。
比嘉氏に「負けても勝った」と教えた野中務氏は平和の運動しています。アメリカの関係者の同様です。
 裸になって青春を取り戻してください、航空隊として沖縄戦いなかたとお年寄りから聞いていますが。人間を信じる道が心の平和作るでしょう。
荻堂氏は「たくさんの要求」引き出すと述べていたが。官僚に通用しない要求だ。足元見られている。再編交付金がそれだ。それともポンハネ会社でお金に執着か。若い人に任せた方がいいです。
 私は体はボロボロだがまだ現役の年齢。

表が出たらこちらが勝ち
 裏が出ても勝ちー教えたのは比嘉鉄也
この13年、市民を信じて、選挙で負けても、負けても、また、負けても、信じて闘い、杭1本も打たせなかった。
 海外にも出た。
 名護民主商工会、苦しい市民生活に骨身を惜しまず尽くしている。
 今度の選挙でも「平和でこそ商売繁盛」とノボリを立って奮闘。
 
私が勝利を確信したのは、1月19日、新安保50年、そして、島袋陣営の戦略を立てる比嘉鉄也が戦術の場面に出てきた。私のブログ「ヤンメームン名護市長選挙情報」は「政治の桜前線」と変わってくる。
 海の自然から、里山の自然が増えてくる。新しい自然と人の営みが見える。
この13年、委縮していた市民が自分を表現する。ぬくもりのある手であった。
 ヤンメームン(病)、一日のリズム、昼寝を許してくれた。
体はボロボロだが、常に新しい明日に
  新しき明日の来るを信ずといふ
  自分の言葉に
  嘘は名けれどー 石川啄木「悲しき玩具」

  こころよく
  我にはたらく仕事あれ
  それを仕遂げて死なむと思う 石川啄木「一握の砂」
 (拙著『啄木と沖縄』より
 

 成熟した安保体制、日米同盟は「腐れる」。それゆえに、日米政府は日米同盟を盛んに使う。「大本営発表」と流せば流すほど、崩壊する。
  憲法9条
  東南アジア友好条約
 で日本を見る。
 そして
  平和の文化
  生物多様性
 で地球を見ることが望まれる。
 
 すさまじい名護市長選挙闘って。1票勝てばいいのだ。アメリカ「首長民主主義」どう反応するか。NHK11:20分稲嶺勝利伝える。東京からの電話で知る。日米同盟「万能」メディアの報道楽しみだ。
 
講演開始
1月28日(木)6:30
 大宜見村喜如嘉公民館
 「辺野古の闘いと憲法」
    (「9条世界会議幕張報告」)(08年5月4日ベースに作成)
  (高江の報告もあります)
   大宜見村9条の会 主催
 これまで6年、ブログで事前に講演、出張予告できなかった。これからは堂々と事前に知らせることができると思う。
 選挙戦でも市民団体と行政がともに歩むこと、互いに補う。NPO・NGOとの協力が21世紀の世界。
 新しい行動の開始。
 ホワイト・ハウス前でシーハンさんと「辺野古テント村」も面白い。反対協に正式に提案するつもりだ。まずは、首相官邸に乗り込む。
 07年、国際反基地ネットワーク結成総会でアメリカの友人、加盟組織にその時期が来たら共同行動を申し入れている。
 いつも、全国のみなさんにお世話なっているが、また、お願いするかも知れません。
 伊波市長・稲嶺市長の共同要請、共同渡米も面白い。

(25日 深夜日記)


(続きー真っ赤な太陽上る)

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勝った勝った苦節13年

大きい文字ヤンメームン名護市長選勝利

 勝った勝った
 すさまじい闘い
 体はボロボロだが 涙が 涙が
 ボロボロの体をながれる。
 ありがとう ありがとう
 全国の友よ

涙を絞りながら新しい戦略を
13年の蓄積を土台に
 精神と頭
「宝の海」6年毎日
 愚直
  金城祐治さん まだ会えません。
  伊江島のオジー天国から 導き
  ありがとう
  3月5日 操子さんと伺います。
  カメさん 不屈
  ありがとう。

比嘉靖氏を擁立、そして、統一。孫娘がイチゴ大好き。庭にイチゴ植えた。まだ、熟しないが、1個でも送るつもりだ。
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すべてをやりきるときー道は

ヤンメームン名護市長選挙
ヤンメームン名護市長選挙情報(23日第一信) 
最終日激戦の街ー出勤前に


やんばるの自然
 新しい街ー基地に翻弄されない明日のために


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 冬の空に燃える
   仏草花(ハイビスカス)の情熱で
     冷静な心堅持して

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 (第2信は午後)


  比嘉鉄也論
 昨日のブログに比嘉鉄也の「ヤマトゥンチュウ」論なるものを書いた。宮城康博「なごなぐ雑記」で、名護の街のあちらこちらにある名護親方と儒教思想との関連で現在の比嘉鉄也論を書いている。


 (続きー23日ヤンメームン奮戦記)

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ムーチーの日(旧暦12月8日)-投票最終日に向けて

ヤンメームン名護市長選挙情報
  激戦の選挙―気を抜いたら負け
 明日、最終投票日
 (22日第2信)
12年前の失敗を繰り返すな
  頑張る稲嶺陣営
 市民投票を受けた12年前、琉球新報は「玉城先行、岸本猛追」と報道、今回も「やや先行、猛追」と同じ報道、負けた。歴史は繰り返してはならない。島袋陣営は期日前投票(30%動員投票)に執念を燃やす戦略である。
 朝8:30分選挙事務所出勤、街中に稲嶺ポスター、深夜まで頑張っています。
「やんばる統一連」カーは二見10区、海辺と山の村への街宣である。途中で昨日と同じ渡久地修県議とコンビである。
 マスコミ報道(12年前の)苦い思いを繰り返してはなりません。

 旧暦(12月8日)はムーチーの日、どの集落もムーチー葉(月桃)の香りが漂っている。
子どもの健康・健やかな成長を願う沖縄伝来の行事だ。日本語に直せばオニ餅、今日の活動はオニ退治だ。
 海勢頭豊「月桃の花」、1945年月桃の花が咲き実になるまで沖縄戦、赤い血で染められた。月桃は命育む花なのに。
この香り、消すまい。


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 二見情話と
  名護市長選挙
 第1声は、二見集落、ここには「二見情話」の碑が建つ。沖縄戦、宜野湾村民(現市民)が収容された瀬嵩収容所、大浦収容所、宜野湾に帰ると普天間基地になっていた。
 宜野湾市民、伊波市長が「宜野湾にいらない基地は、名護にいらない」と踏ん張っている。
 瀬嵩集落で第2声、テイーマ漁港前に来ると長島の沖に揚陸艦が来て水陸両用戦車の海上訓練が見える。テイーマ集落で平和丸船長として日ごろお世話なっていることに感謝。


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稲嶺ススムは
  名護の学童保育の草分け
 稲嶺ススムの出集落、子育て期の頃、名護学童保育のを父母で経営、共働きの子育て、教育の心のわかるススム。名護市内に支持を拡大してほしいと訴えた。渡久地県議と合流。
 天仁屋集落を回り。オオシッタイまで森の中4・5キロ、一人の有権者にもススムを。
梅の花満開の中「やんばる統一連」カーススム。梅に魅せられた観光客あり。名護の知り合いに支持をパンフ渡しお願いする。
 ハジギー(ハゼの木、ハチコウギー)の紅葉がみごとである。沖縄にも冬の紅葉があるのです。
 嘉陽・三原・テイーマ、瀬嵩で渡久地県議熱弁。私は農作物などの撮影。四季の村をとるのは10月のCOP10への闘いだ。


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 農繁期の二見地域
  ウコン収穫、キビ切り出し
 忙しい農家、カボチャの花があちらこちらに咲いていました。日本一早い路地栽培で太陽の恵みを受けたカボチャが全国に夏を告げつのです。
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大浦集落のアサギマー
  天然記念物のガジマルを背に 

大浦湾に注ぐ大川の河口、社大党の宣伝カーでWWFJの花輪伸一さんがマイクを握っている。マングローブの湿地では防衛局が生物調査をしている。集落の中心に巨大なガジマルがフクギの巨木を飲み込んで共生している。
 渡久地議員、持論の農業政策を述べる。
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( 渡久地修ブログも名護市長選挙連日書いています。)

比嘉鉄也氏の歪んだ「ヤマト人」論ーあえて言う

  比嘉鉄也の「ヤマトンチュー」攻撃
   観光産業に大きなマイナス

 平和ガイドと
  名護宿泊呼びかけーリピーターたちの支援
 1月30日から名護さくら祭りです。名護グスクがメーインです。桜を堪能しながら、沖縄の民衆の歴史にも触れる。
 私は平和ガイドを復帰の年から行い、ガイドブックなどの執筆も行って来た。名護市民ですか当然、名護に宿泊するよう要請します。
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 (桜見、「白い煙・黒い煙」碑に立って沖縄近代史を学ぼう『啄木と沖縄』大西著より)。

 医療関係の団体は2月ごとに60人から80人、名護のホテルに宿泊し、私が講演、そして交流会を行います。もう、20回になりますから1200人、伊江島、海洋博、愛楽園、やんばるの森と海、など含めると少しは貢献していると思います。
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(沖縄の原風景の残る屋部の集落で、公民館から屋部小までを散歩して見てください。沖縄の文化にも触れることができます)

  こよなく名護に魅せられたリピーター
   比嘉鉄也はお客と見ないのか
 稲嶺ススムの応援に全国からきています。誇りに思います。名護の講演でお会いした人たち少なくありません。
 比嘉鉄也氏はこれらの人たちを攻撃し始めました。ヤマトゼネコン・防衛省職員を大動員したのは比嘉鉄也氏ではありませんか。ゼネコン・政府機関をお客とする比嘉鉄也氏「お客」観は、普通のお客は名護市に宿泊する必要がないというのでしょうか。

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 (医療関係大分県の女性に屋部の美しい浜に、渡久地修県会議員、少年のころ、屋部川・山で遊んだ話をマイクで話した)

 名護を訪れ、名護に思いを寄せて北は北海道からきてくださる。名護に棲みたいと思う人たち、やんばるの自然は将来、沖縄観光のメッカになる可能性を秘めています。私は日本全国で講演に呼ばれます。世界自然遺産に登録されるであろうやんばるを、海外にも行きます。常に、やんばるの写真(CD)を持って話します。
 比嘉鉄也氏の選挙戦略の要は、期日前投票、「商工環境部会」(ホテル業)の項目がありますが、これらのホテルはゼネコン・政府機関がお客さんでしょうか。小さな街、すぐホテル名が明らかになります。普通の客は名護から利益を吸い取りません。政府機関・ゼネコンは金を吸い取ります。

 先日、基地誘致の企業家と言われるホテルに全国の法律家の皆さんのパーテイーに招かれました。さらに、2月13日には60余人が名護のホテルに泊まります。私が1時間講演します。
 この客、比嘉鉄也氏の「ヤマト人」論からは来て欲しくない対象です。
 ホテル業界に客の選別はないはずです。この異常さ、まさに「朕」。これでいいのか。

 
1995年ごろの沖縄修学旅行は100校ほど、現場に立ち、企画の相談を受けていた。これが(沖縄修学旅行)爆発し沖縄観光の引き金になる。
 今、沖縄の観光は衰退期にある。比嘉鉄也氏などの歪んだ「ヤマト人」観と無縁ではないことを観光業にいる人々は知るべきで、NPOなどの努力なくして沖縄観光の多様性に対処できない。自然や人間に対する畏敬の念が欠落、自分(仲井真知事も含む)が決めるという態度が問われている。

 名護の街で学ぶ
  街のさまざまなガイドの道
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 (名護小学校近くでは森に上って少年護郷隊碑で「高校教師最後の授業」(CD大西作成名護市平和ガイドから)

 

ヤンメームン名護市長選挙情報
  激戦の名護市長選挙奮戦(21日午前)
   山里の村で奮闘中
 ススム後援会朝立ち風景(午前7:30)

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 山の里で街頭宣伝(9:00)
  元県議宮里政秋・県議渡口修さんとともに




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ヤブ椿・ヤマト椿も咲いていました022_20100121131343.jpg

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(21日PM2:00現在)


北沢防衛大臣「地政学的軍事論」-民主政権はナチの道?

 ヤンメームン名護市長選挙情報
  激戦を勝ち抜くために
 
 島袋陣営全県業界動員(?)
 沖縄は一つで貴方の力を
  今日は辺野古テント村当番。出勤中稲嶺ススムの朝立ちに出会いました。朝早くから頑張っています。
テント村の帰り島袋選対通る。若い背広姿00商事などの車あり、えらいさんの訪問と見た。県経済界・業界ぐるみ選挙と見た方がいいでしょう
島袋陣営の指揮を執っている比嘉鉄也などの人物像、戦略については「なごなぐ雑記」を参考にしてください。
 風、世論調査だけでなご市長選挙を見ても闘ってもいけない。
比嘉鉄也が「院政」から顔を出した今度の市長選挙、冷静に、緻密な、足が求められる。


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 テント村から見える
  北沢防衛大臣の「地政学的軍事論」
  日米共同声明。辺野古テント村に南の風吹き風強い。テント村雨除けのカバーで風防ぐ。
 違法アセス海荒れても続く。防衛省の「辺野古ありき」が見える。
北沢防衛大臣「日本やアジア太平洋の安全保障の面から地政学的な沖縄の重要性はむしろ増している」(沖縄タイムス2面、20日)
辺野古の違法アセスから見れば北沢発言を証明する。
沖縄防衛局とアセスの交渉で、防衛局の発言は「地政学的軍事論だ」とアセスの手法を指摘したことがある。沖縄防衛局は自公政権下で「地政学的アセス」を否定した。
 防衛大臣が地政学的沖縄論を述べた。憲法論でも重要になってくる。
 
 海兵隊抑止力論に加えて地政学的軍事プレゼンス論を民主党政権は強調する兆しである。米軍基地を沖縄に押し込んで日米同盟を50年後も維持する意図が込められている。
 昨日のブログに「すさまじい安保押しつけ」と書いたばかりである。

 読売12月16日は控え目な地政学論であった。北沢は公然と全面に出してきた。沖縄全体の基地強化を狙っている。


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 (違法アセスの調査船、海の荒れる中も)

NHKの取材にたして
 危険な道は、どうしますか。

  

テント村でNHKの取材を受ける。各社選挙の情勢を聞きたいようだ。テント村選挙情勢を語る場ではない。大手マスメディアの民主政権と日米同盟論に対して、日米合意なる(「日米同盟の変革と未来」「ロードマップ」)そのものの中身が普天間・辺野古問題の崩壊があるのだ。

 「皆さん、危険な道路は閉鎖するでしょう。あるいは交通制限するでしょう。普天間世界一危険な軍事空港というのだから、まず、閉鎖でしょう。」

「民主主義(名護市民投票)を踏みにじり。どんどん危険な移設計画になっているでしょう」

 「漁港の防衛局の姿みてください。アセスが進んでいるでしょう。「辺野古ダメ論」をマスコミは、名護市長選挙の中で流し始めていますが、海兵隊抑止力論<12月16日各社の社説など含めて>、さらに、加えて、地政学的安保論」
「皆さんはCOP15を大きく報道しました、なぜ、日本で開催されるCOP10報道しないのですか。環境省も熱心でありません。沖縄の生物多様性、やんばる・辺野古の現実に触れるからと思います」

NHKから環境省はどうかかわっていますかの質問。
 「辺野古から見る限り、ジュゴンについても環境省は「防衛省環境課」の域を出ていません。防衛省のジュゴン調査はヘリで朝早くから夕方まで追いまわします。私が船から環境省に電話します。環境省が監視したことは聞きません。大浦湾のアオサンゴも同様で、辺野古の無人島や岩はアジサシの重要な繁殖地です。準備書の「重要な繁殖地ではない」を黙認する姿勢です。」など話した。


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 (暦は大寒、風は南から強い風、太陽は初夏、???)
 激戦の名護市長選挙
  総力を上げて、沖縄は一つ

 
北沢の地政学的沖縄基地論
 連立政権はナチス理論で?
この13年、政府は地政学的沖縄基地論を封印して来た。おそらく、閣僚で初めての「使用」であろう。ナチスを想起させるミニタリズムの軍事論で見る政治学の理論と言える。
 この時期、そして、安保50年始まる日に北沢は、何故「使用」したのか。連立政権の軍事・政治の進む方向か。ジャーナリズムは見過ごすのか。今年は偏狭ナショナリズムの動向注目と書いたばかり。重大な政治・軍事論である。声明の安保固定論も地政学的アジア観と言える。

新たな春ー新日米安保締結50年ー日本列島に政治の桜前線を

ヤンメームン名護市長選挙情報(20日午前)
 激戦の名護市長選挙


桜が咲いたー春は近い
 昨日の新聞は名護市長選挙の世論調査がタイムス・新報ともトップ(昨日のブログ)。激戦だ。新安保締結50年の日である。日米首脳、2プラス2(外務・防衛閣僚)の声明が出るようだ。
 県外識者34人の「県内反対声明」発表。私がブログで大手メディア批判行っているが「一体どこの国のメディアだ。米国政府脅しと、恫喝ばかり。日本は米国の隷属国家か」などの、大江健三朗さんら知識人が多面的な見解を述べている。少し、遅いが、私のブログで書いてきたことと一致する指摘少なくない。
 今年は純粋ナショナリズムが高まる年、知識人の皆さんが「平和の文化」で普天間・辺野古の問題を偏狭ナショナリズムと対峙してほしいと思う。
琉球新(31)「未来を託す」(3)は、現在の北部経済を知ることができる。
 
 この特集の中にCSS(キャンプ・シュワブサポート協会が書かれている。基地建設に群がる企業から斡旋料をもらう「ピンハネ」組織である。大手ゼネコン・防衛省も関与する。辺野古ボスなどがが仕切る


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  (ヒガン桜が咲き始めた。梅前線、桜前線が日本列島北上する)
子どもらの未来
  名乗れない自公
 昨日は午前5ポイント、午後4ポイントで演説する。
 島袋陣営、大型センデンカー2台。明らかに自民党県連、公明党県本部のバスだが、ペンキを塗って正体を隠している。名前が名乗れないのである。惨めな姿、島袋陣営の乗用車宣伝カーは「教育の充実」、努力もしないで息子を市職員に採用。教育語る資格がないとマイクで市民に語っている。これが受け、子どもたちがノボリ取り巻き始める。
  (交通安全のおじさん、ススムと進もう。子どもが輝くために)

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 名護十字路空き店舗前
  頑張る統一連の皆さん
 基地とリンクした振興策は名護市および北部経済を疲弊させた。(前掲「未来を託す」琉球新報参照)
 やんばるの自然を活かし、農業・漁業を発展、羽地内海をラムサール条約登録、やんばるを世界自然遺産へ。自然にやさしい公共工事、羽地地域に下水道完備、自然再生型河川が生まれる。10年15年の公共工事だ。やんばるの特産物。ウリミバエ根絶作戦から学び、生活を豊かにする。新しい時代を担えるのは基地依存の島袋現市長ではだめである。
 経済政策も積極的に提案する。

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 (新婦人の会西里弘子さん(元北部農林高校教師)ー宜野湾市民として「宜野湾にいらないものは名護にもいらない。日本のどこにもいらない)


島袋選対の比嘉鉄也氏は逆境を肥やしにする天性的才能を持った名護市の「天皇」です
 組織戦で上回る運動が大切です
  市民一人一人が候補者になったつもりの運動を


大手マスメディアは「辺野古終わり論」で現職を応援しています。
 負けたら大変な事態が展開されます。
 すさまじい沖縄への安保押しつけ論が報道がなされます。

トカゲのしっぽ切りー島袋陣営の事前投票作戦

ヤンメームン名護市長選挙情報
 激戦の名護市長選挙
  島袋陣営―業界・企業ぐるみ期日投票動員指令(1万)


私の得意技監視活動
  業界・企業ぐるみ作戦監視
辺野古違法アセス・シュゴン調査(追い出し作戦)を監視し続けて、アセスをズタズタにしてきた。選挙戦に入った。島袋陣営、期日前投票業界ぐるみ動員を指示した。
 防衛局のアセスを監視したのだから。名護市の監視怠らず。緊急なので、業界資料を添付して監視の予備学習にしたい。
 18日から期日前投票、現市長陣営、業界・企業ぐるみ期日前投票に入る。基地にリンクした箱物振興で企業倒産は吹き荒れる中、「溺れたもの藁をもつかむ」と言われるが、名護市の「院政上皇」比嘉鉄也(元市長)は、公職選挙法を汚す「期日前投票組織動員」を苦しんでいる業界を逆手にとって、しかけたとみるべきであろう。各団体を「部会」としてノルマを課して、有権者約30パーセントを期日前投票に動員するものである。26の「部会」となっている。正式に業界名がある。

比嘉鉄也は公然とこの戦術を述べている。軍民共用空港、那覇防衛局、会社、中城湾、名護署監視作戦が成功した. 
今、活きる。島袋陣営の本陣は別にあり。


 
 業界なるものを見てみました。
  A建設A部会(別紙参照) 津波達也 800(目標)以下同じ
  建設B          久高博典 500
  電管設備協会       伊野波盛隆100
  コンサルタント協会    岸本久好  100
  建設設計協会       新崎勝巳  100
造園協会         喜屋武忠信 100
琉球セメント       中村秀樹  300
オリオンビール・琉球製缶  上同   60
採石・トラック協会     上同   70
沖縄電力         大城孝  350
生コン組合        真壁朝栄 750
商工観光部会       石川幸延 300(ホテル業)
金融協会         伊波和也 100
漁業部会         古波蔵広 150
農業部会         儀保速男 100
宅建協会         上地一男 50
医療福祉部会       崎浜秀正 500
保育園会         山城一  50
  (業界以外は省略、市民団体だから。この資料面白い分析ができる)
 以上はパソコン印刷で、留意事項としてペンで、職業別責任者があり、「21日(木)までに10,000人できるようにする。スタートが遅いので」と付記記述あり。これは、私が、名護市長選挙を分析する資料であり、日記である。
 業界を動員してやるには公職選挙法違反行為が生まれる可能性がある。これらを指示したであろう「大物たちの名前」は出てこない。トカゲの尻尾が犠牲になる巧みな比嘉鉄也らの姿勢が見える。
 週刊誌も問題にする名護の疑惑、監視活動は面白い。退屈の時間だが、辺野古を日米政府を揺さぶるところまで来たのは監視活動、「軍民共用空港頓挫も、V字アセスの混乱」も監視活動の成果、今度は公職選挙法を汚す者たちを断罪するのだ。比嘉鉄也は期日前投票戦術をこれまで取って来た。辺野古監視経験で暴くのだ。「鉄には鉄」で、増えれば増えるほど正確な情報となる。誰でもできるのだ。テント村より面白いでしょう。
協力者のみなさんありがとう。


 名護市のシンボル
  ヒンプンガジマルと幸地川
   (徳田球一碑などあり、博物館見学、オリオンビールでビールを飲みながら選挙で頑張る。面白い場所です)
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  辺野古座り込み、各団体の新年会、那覇講演で生活リズム狂い、定期検査で病院のベットで昼寝させていただく、午後から事務所。昼食カレーライス。乗っているラッキョウは私の畑の収穫。
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 城区・東江区中心に5ポイントで街頭宣伝。
  淡々とやるべき課題やりきる

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ヤンメームン名護市長選挙午前情報(1月19日)

 風よ波よ ススムとともに
 今日の新聞 激戦
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 不正選挙許すなー監視活動
  大切な活動です
   名護市選挙管理委員会前

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 嘉陽県議と
  午前5ポイント

 リズムの昼寝から、また、マイクを握るのだ。
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座り込みテント村2100日ー名護市長選挙告示日

名護市長選挙告示
 今日から投票

 
辺野古テント村で
 今日はテント村担当。私の担当の日は、焼き鳥、ポチが悠然と肉が焼けるまでのんびり。
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 S氏を夕食に
  闘いの友 
テント村、読売テレビ、朝鮮日報はじめ、取材は少なくない。まとめて、普天間・辺野古の基本を話す。名護市長選挙の具体的問題を聞きたいようだ。
 反対派、賛成派など紹介してほしいようだ。切られた13年、痛みを共有する。乗らず。そもそも、移転論は卑しき沖縄を演出する手法。
 座り込みを闘ったS氏が名護市長選挙に来ている。夕食に招待し、旧交を温め同県の支援者も呼び、私の家の野菜、私の家でしか食べられない品を出す。
17日は、新聞も読んでない。でも、。

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名護市長選挙告示ー全国に励まされて

名護市長選挙告示
  出陣式立て看板が名護市内を包む
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自由法曹団拡大幹事会
 普天間・辺野古問題報告(40分)
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釈迦に「説法」?
  憲法論
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 我が家の床の間
  憲法9条掛け軸とサンシン
   何故?
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 基地に蹂躙される日本国憲法
  法律家の役割は
   安保条約を国民論議に
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 そもそもの問題(1)
  普天間は国際法違反の基地
   (移転問題、海兵隊抑止力以前の問題)
  国際法の観点から「戦争」や移転問題に挑む事
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質問1、ジュゴン裁判の現状と課題
 質問2、在日米軍抑止力と海兵隊抑止力について
   (万国津梁の邦の歴史、東南アジア友好条約2条を柱に答える)
新垣勉氏がサポートしてくれた。


 島袋陣営の選対委員長は比嘉鉄也、彼は名護市に「院政」を敷き、山から(名桜大学理事長)か下人民(名護市民)を見下ろし。地下に潜る戦術をとり、維新会(行動右翼)と幸福実現党が、表面に出ている。
 彼は逆境を自分の肥やしにする天性的なものを持っている。普通なら「隠居」(?)、高齢にもかかわらず「院政」に情熱を燃やしている。
 彼を動かしたのは「週刊金曜」のガサネタ(?)。だが(?)
 今日は朝から黒い日の丸ががなり立てるであろう。そこまで(?)



アメリカの憂鬱ー名護市長選挙の波

日本を侮辱
  名護市長選挙の動きの反映

 クシニッチと言う米下院議員が「海兵隊は日本にいる必要がない」「住民の反対を押し切って、自然を破壊する計画であり、日本に対する侮辱だ」と述べたと、タイムス・新報に報道されている。
 昨日はクリントンの発言、1方、国民新党下地議員、嘉手納統合案で全国への基地分散で目立ちガリ屋の本文を発揮(?)している。
 米国の議員が「侮辱」と言う。「属国」日本に対する米国の政治家の本音であろう。
今日は活動休暇
 国頭に母を見舞う。16日・17日の大行動のために、島ラキョウを掘る。07年辺野古テント村ラキョウと売りだす計画が、08年入院して手入れができない。

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 珍しい鳥に出会う
 教えてくれませんか
 国頭の帰りに海岸に3羽のウミネコに似た鳥に出会う。カメラに納めた。どんな鳥かわからない。カモメ・ウミネコ(?)
親子のようだ
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 遊んでいる
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 夜自由法曹団
  名護市長選挙支援「懇談会」に出る
 カメラにメモリカード入ってない。老人性健忘症。居酒屋に行く、島袋陣営の人たちに出会う。約5000名集まる。想定内。少し話をする。「溺れる者わらをも掴む」
  明日「日本の法律家がやるべき、そもそもの問題」で講演する。これからパワーポイント作成。
    (15日、23:00)
 那覇レインボーホテル1時

山里の春ー日本列島に「政治の春」告げるー14日の写真から

ヤンメームン名護市長選挙情報
  名護東海岸に春を
 春よ来い
 日米外相会談、クリントン女史「日本のプロセス尊重」「普天間問題以外にやることたくさんある」「一つの問題より大きな同盟」と意味深長な共同記者会見。アメリカに沖縄が弱音を吐きださせた。アメリカの戦略がいかに展開されるか。興味。ゲーツ的ハードパワー論とスマートパワー論の中でホワイト・ハウスが揺れてきた?
日本のジャーナリズム、この「外圧」、いかに、論評するか。
 
14日午前のやんばる統一連カーの割り当ては、二見10区、現職のころ、ともに、名護で教育活動したN女史を伴って街宣活動、冷たい空の下にたくさんの春を見つけた。沖縄タイムスのコラム「大玄小玄」は春がテーマ。
 紹介します。
[大弦小弦]
(更新日:2010年01月14日 09:15)

 勤務地の東京でおととい、初雪が観測された。底冷えする寒さはつらいものの、雪と聞くと、なぜか心が躍る▼雪といえば、だいぶ昔、北国の小学校であったテストをめぐる有名な逸話を思い出す。「雪が解けたら何になる?」。ある児童が「春が来る」とユニークな答えを書いたが、不正解にされてしまう。「水」が正解だったからだ▼全国紙のコラムなどで紹介されると、感性豊かな名答には、多くの共感の声が寄せられたという。一方で、一つの答えを押しつけ、自由な発想の芽を摘む、画一的な教育の実態も浮き彫りにされた▼米ソの冷戦が終わった1980年代後半。先のテスト風にすれば、「(米ソが)雪解けしたら何がくる?」との問いに、沖縄の人は期待も込めて「平和の配当」と書いた。ところが、日米両政府は不正解にしてしまった▼基地が偏在する矛盾には目を背ける一方で、北朝鮮や中国の脅威を唱え、「沖縄基地は不変」という答えを押しつけてきた。以来、米軍絡みの事件事故は後を絶たず、県民にとっては長い冬が続く▼普天間飛行場の新たな移設先を探す作業が進んでいる。今度こそは、県民が春の到来を実感できるだろうか。「現行案をほごにすれば米国が怒る」。水を差す声も消えぬ中、鳩山首相には、正しい答えを出してもらうしかない。(稲嶺幸弘)
 

二見・大浦でマイク握る。ウッチン収穫の老夫婦の激励受ける。三原(稲嶺生まれ、育った村)でQABのカメラが回る。
 N女史、農家の方からタンカン頂き、感動。
 N女史さらに感動「みんなウンと応えるよ」と戒められる。沖縄の人やさしいのだ。
見る

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テーマ部落のアサギマーの前で、日ごろお世話になっている漁師の皆さんに思いを込めて、あいさつをした。ニライカナイ信仰、龍神信仰などの神場所も少なくない。石敢當は古く独特である。石敢當は魔よけ、風水思想だと言われ、沖縄中で見られるが、独特である。 004_20100114171700.jpg
嘉陽の浜は沖縄でも有数な自然が残る海岸である。日の出の朝日が美しい名所である。かって、嘉陽の共同店はブローチも売っていて、大晦日の日に1年に相当する売り上げがあったと研究者から聞かされたことがある。
 集落から浜に降りるのにはアダンのトンネルをくぐる。沖縄の原風景である。
 見える護岸に先人たちの「自然を大切にする心が見える」と、私はガイドする。

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 沖縄で最後に電気がついた村
  ウフシッタイ
 嘉陽から天仁屋・底仁屋を回り、左に入ると盆地の村ウフシッタイ。森の中を進むとちらほら梅に出会う。角に電気の碑がある。1982年沖縄で最後に電気がついた。ウフシッタイ自治会建立、8軒と記されている。

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 春の発見
  梅の並木に
 電気記念碑からは梅の並木が始まる。為又里山を以前に紹介しましたが、沖縄で梅の並木はウフシッタイの花である。名護市長選挙告示から満開になるでしょう。
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 梅の並木を
  やんばる統一連カー
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 藍染の里
  ウフシッタイは藍染の村
 沖縄藍染の畑で休憩する。

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 藍染の工房を見せて頂きました。
 若い青年二人が弟子として働いていました。

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名護民商「新春の集い」今年は
  第1部に「名護市長選挙」
 稲嶺ススムさんがハード日程で送れる。つなぎに、スピーチお願いされ、「万国津梁の邦」と名護市長選挙について、話をする。
名護民商の会員は、理解できることに学習の深さがある。泡盛にはアジア共通の豊潤な生き方が香る。泡盛は「万国津梁の邦」のシンボルである。戦争と無縁だ。

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 第2部恒例のパーテイー
 生活苦、サラ金相談、そして、確定申告、名護市長選挙。凄い業者団体。中小零細業者の団体ですから多彩。すぐ、
新春の会場に変わり、切り替えにも機敏、料理が並ぶ。
 あいさつする稲嶺さん。


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新市長に求める
  9つの要求書を手交する仲本会長


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寒さの中の「温かさ」-「ありがとう」

日米外相会談
 米国は明確に言う
 クリントン国務長官と岡田外務大臣のハワイ会談がテレビで流れた。クリントン女史は「辺野古」を最善と言った。
沖縄タイムス論壇「普天間抑止力ならず」(森山憲一23日)はいい視点である。同紙連載「迷走普天間」で評論家佐高信氏は「普天間移設だけではなく、安保を問う日米交渉が必要だ」と、佐高氏は逆説的にグアム移転費「米国債で払え」と今の米国の現状を揶揄している(?)
 
昨年から浮上して来た海兵隊抑止論は、米中の経済関係から見れば荒唐無稽で滑稽の極みである。米国の国債は中国が保有している。アメリカは中国と友好関係を保たないと沈没する。日本が海兵隊への「思いやり予算」断ち切れば維持できないのと同じである。そもそも、海兵隊の基地を置く国が異常である。しかも、航空基地まで日本お金で作る。(デージ、フリムン国家)

TAC(東南アジア友好条約)の広がりにも見られるように、海兵隊抑止力論はアジアに不要なものであり、今年は日韓併合100周年でもある。
 「脱亜入欧」「脱亜入米」から、隣国との友好を構築するのが日本の進む道である。「剣の文化」から「サンシンの文化」への道こそ21世紀の歩む道だ。

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 (元市会議員玉里勝三さん、毎年、テント村に炭と廃鶏寄贈、テント村へやんばる統一連カーで届ける。今日のように寒い時は、心に沁みる。テント村家族団欒?)

ヤンメームン名護市長選挙情報
 ヒーサガタガター
街頭宣伝
 サトウキビの借入期、農家の人たちは雨が降っても厳しい寒さでも出荷日に刈り取りをしなければならない。今日は一段と寒い。時折雨、冷気は風も強くがたがた震える。午前4回、午後5回街頭で宣伝する。
 グスーヨー、チューウガナビラ。
ワンヤ、ヤンバル統一連ヌ 大西ヤイビン。
 大北区5班カイ、ヤーグアー、ツクテイ、スロウビーン。グスーヨーヌ、ヤートゥナイナトービーン。ウタシク ウニゲーサビーン。
 ナンマヌユー、ヤマトゥグチヤイビーン。ウチナーグチ、舌カミカミシー、ムチリテイ、ナイビラン。トウ、ワンネー、ヤマトゥグチシー、話サイビークトウ ユタシク ウニゲーサイビーン。
 (私は統一連の大西です。大北5班に棲んでいます。隣近所でお世話になっています。沖縄口は舌を噛みますからヤマト口で話します。よろしくお願いします。)
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 (前田政明県議、大宜見出身、やんばるへの思い。寒いので余計に太く見える?)
 市民の皆さん、大北区の皆さん。私は大北区5班の大西です。1月24日の市長選挙、稲嶺ススムさんをお会い上げるためにマイクを握っています。
 市民の皆さん、昨年はアメリカも日本も政権が代わりました。沖縄県議会も辺野古に基地をいらない議員が多数派になりました。
 私たち名護市でも大きな変化の波が起こっています。稲嶺ススムさんを市長に推している市会議員14人、島袋市長を推しているは12人、4年前と逆転しています。
 
市民の皆さん、なぜ、この変化が起きているのでしょうか。
 その一つは、現市長は辺野古のV字形基地計画、市民や県民をだまして自公政権のいう通リに行って来た。
 二つ目に、振興策を基地とリンクさせ、市民不在、ゼネコンと一部業者のための行政運営、名護市政を私物化してきました。
その3つ目は、現市長は新基地建設とリンクさせた箱物振興策で名護市の経済を疲弊させてきた。
 保守も革新も無党派も稲嶺さんを推すことになり、この名護でも自公退場、基地移設ノーの新しい風、波が起こっています。

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 (事務所で温かいホーヒー。3時ユクーイ)
   市政の私物化
    元教師として許せない。
 私は、元高校教師です。教師は子どもたちにベストを尽くそうと教えます。島袋市長の宣伝カーの正面に「教育の充実」を掲げています。ところで、市民の皆さん、現市長は自分の息子を無試験で採用しています。雇用問題は青年も含めて重要な課題で、努力もしない息子を採用、教師として許せないばかりか、今の時代に、名護市の恥です。
  (中略)
  やんばるの自然を生かした
    北部の中核都市名護市を作ろう
  基地にリンクしたは箱物振興策はゼネコンに吸い上げられました。
   現政権は基地とリンクしない振興費90億円を計上しています。また、那覇と名護に鉄道を敷く調査費が計上されました。
 やんばるの農業・漁業、自然を生かした新しい産業の創設ができ、基地に頼らない稲嶺ススムさんでこそできる仕事なのです。

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 (港区コンビニでマイク握る。演説の中で「ありがとう」増える)

市民の皆さん
 箱物振興策は多くの企業を倒産に追い込みました。生活に結びついた公共工事は市と市民が知恵を出し合えば幾らでも生みだせるものです。
   その一つ、羽地地域は下水道がありません。屋我地内海・大浦湾含む広大なイノーをラムサール条約に登録と結合するなど、さまざまな法律を研究すれば自然再生型河川工事含めてきれいな屋我地内海が渡り鳥の楽園、自然体験学習などの場になります。
  ユネスコなどでヤンバルを世界自然遺産登録の動きも生まれ、北部に海兵隊基地を集中させることはおろかなことではありませんか。
   同様に学校の改築など地元の業者ができる公共工事を教育・福祉と結合する新しい振興が必要です。
  市民の皆さん
   現市長は4年前、自公政権との「太いパイプ」を掲げました。「太いパイプ」は国政から退場しました。先の衆議院議員選挙、沖縄で自公は全滅で国会との「細い糸」も切れてしまいました。退場すべきではありませんか。
   市民投票か13年、私たち名護市民は日米政府を追い詰めています。まさに、国民が主人公の日本の現在の姿を作り上げてきました。
 基地に頼らない豊かなやんばるは行政と市民の知恵を寄せ合えば、できます。政府任せはゼネコンに吸いとられた歴史ではありませんか。
  稲嶺ススムの勇気を励まし、稲嶺ススム勝利で新しい名護市政を作りましょう。
    (ポイント宣伝)

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「宝の海」広げてください。稲嶺ススム総決起大会

 「宝の海」ブログ毎日日記6年
    読者に感謝、広げてください

  大きな変化が
   沖縄の愚直は
 2004年9月、那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)はキャンプ・シュワブからボーリング調査に乗り出した。
 海上闘争の責任者として、闘いを伝えるためにブログなるものに手を伸ばした。ノートの日記は毎日書いていたが、ネットは初めてであった。
 辺野古闘争の基本的問題を次の2点を据えて、戦術を常に組んだ。
1) 平和の文化(紛争の平和的解決・非暴力主義)
2) 生物多様性保全の辺野古・大浦湾。
 朝6時家を出、夜は人指し指1本で打ち込む。よくも続いていると思う。この日記を中断すると、心配してくれる人々もいる。海上闘争の頃、前もって出張など書けなかった。
 私が沖縄戦後史から学んだ心は「愚直」である。愚直は辺野古の日々である。辺野古関連サイトで最も古く継続していると思っています。
 自分でも褒めてあげたいです。
共同通信の取材を受ける。

 
ヤンメームン名護市長選挙情報
 やんばるにも寒波来襲

 雨・風の中、靴から冷気が
 地球を寒波が襲っている。南国沖縄も例外ではありません。
 雨・風の中、朝6ポイントで稲嶺ススム総決起大会の呼びかけする。今日はリズムよく昼寝確保して、午後は空いた宣伝カーを運転して、3ポイントでマイク握る。全国から応援に来た女性の皆さんが「ウグイス嬢」を務める。
 今日から普通の日、とても助かっています。旗を持つのも支援です


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(農産物センターファーマース前で、宮里区)
  私の好きなヤンバル市場
   名護に来たら是非入って
 他の人がフアーマズでマイクを握っている間、やんばる市場に入る。農家の方が農産物を納めている。好きな場所だ。ウミブドウを買って事務所で食べていただく。
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 (畑で収穫した野菜を市場に運ぶ農家の方、これが好きなのだ)
 名護市長選挙ー辺野古移設反対勢力
  過去最高の結集
 次の節目の結集は告示日だ

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 (21世紀の森室内ドーム)
支持者の声援受けて入場する
   稲嶺ススム
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 壇上の稲嶺ススム夫婦
  明日から組織戦に全面展開へ
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全国注目の名護市長選挙
 赤旗連日報道ー

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基地で潤う人も?ー琉球新報社説から何を学ぶか

事実から沖縄を見る

私の原点
 私は宜野湾高校・普天間高校生の「普天間返還都市構想」から、教師として基地を返還させて沖縄の未来を描く大切さを学んだ。宜野湾高校・宜野湾海浜公園は基地「マーシー」の返還地にできた。続いてハンビー飛行場、茶谷と新しい街、那覇新都心ができてくる。
 ガイドや授業の中で「デモ、基地で潤っている人もいる」が総生産、国民所得など資料見せても「必ず」、出てくる。基地の「呪縛」「科学」性のない過去を引きずっている。
 琉球新報社説にいい記事が出た。資料に掲載する。

新報社説

基地返還計画 軍事から経済発展の拠点に
2010年1月11日
 県が年明けから在沖米軍基地の機能分析を始めている。「軍事基地から戦略的対話の地への転換」が視野にある。米軍普天間飛行場移設問題で9日、やっと、官房長官に「県外移設」の実現を求めた仲井真弘多知事だ。今秋の知事選を前に起死回生を図る狙いもあろう。
 だが、戦後一貫して県民を苦しめてきた米軍基地の被害と負担軽減を図る米軍基地新政策の準備作業だ。大いに注目し、期待したい。
 
 米軍基地問題に対する県知事の姿勢は極めて重要だ。基地を容認すれば基地は固定化され、米軍犯罪も増える。反対すれば日米両政府は整理縮小に動き、犯罪も減る。そんな歴史を県民は経験してきた。
 
 例えば、いま騒がれている普天間移設問題もしかりだ。米軍の論理では、海兵隊の実戦部隊と訓練地、ヘリ部隊は分離不可能で、「普天間返還は困難」とされた。
 しかし、1995年の少女乱暴事件を契機に、当時の大田昌秀県政が2015年までに3段階に分けて在沖米軍基地の全廃を目指す基地返還アクションプログラム(AP)を策定。大規模な基地跡利用を含む「国際都市形成構想」、脱基地経済と自立経済のための「産業創造アクションプログラム」も打ち出し、基地返還ムードを一気に高めた。
 
 「日米安保の危機」を懸念する日本政府、嘉手納基地すらも失いかねないとの「脅威」が米政府をも動かし、県計画は「困難」とされた普天間を含む11施設の基地返還を打ち出す「SACO合意」を引き出す成果を挙げた。
 政府や本土財界、県内の一部には「米軍基地がなければ沖縄経済は破綻(はたん)する」との固定観念がある。
 だが、県の調査や実際に返還された基地跡地を見ても、ハンビー飛行場(北谷町)のように返還で雇用効果が23倍、税収が50倍、経済波及効果で81倍、牧港住宅地区(那覇新都心)も返還で雇用が37倍、天願通信所も60倍の雇用効果を上げている。
 
 以前はともかく、現在では基地と基地外の土地の生産効率も格段の差だ。普天間基地(基地関連収入約125億円)は1ヘクタール当たり約2600万円だが、基地外の市域は同6700万円と2・6倍。牧港補給基地(同約200億円)も7300万円に対し市域は1億5500万円と2倍の生産効率だ。
 ことしは安保改定50年の節目だ。基地を再検証する好機にしたい。

   (琉球新報)
 
 ヤンメームン名護市長選挙情報
  連休3日第行動
11日は那覇で葬儀があって活動できない。昼食を取って名護に向かう。北海道のツアーが辺野古・高江激励の後、稲嶺選対激励したい、その案内の約束ダメになった。電話で確認したら後援会事務所訪問したようで、私が嘉手納に着く時間帯と同じ時間、安保の丘につくので会うことにした。カメラバック開くとカメラ本体がない。事務所に忘れてきたのだ。沖縄は何が起こるか分からないからカメラは7つ道具だ。
 選挙嫌がらそろそろ起こるから、なお離せない。
 定年退職後
  陶芸をしているOさん 電話作戦
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 11日、毎日のリズムの昼寝がないので眠い。読谷やちむんの里尋ね、友人の展示室でコーヒーをお願いして、疲労を取る。
辺野古の闘い交流が多いであろうと大きな皿頂く、思わぬ激励だ。睡眠の場所提供だけでなく、高価な作品を頂く、どこでも眠れるように名袋をいつも持っている。闘いの7つ道具の一つ。新しい闘いの道具を得た。文化的にも豊かな気持ちで。

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 (Oさんは沖縄ヤチムン会の事務局長、『やちむん』(9号200912月)に「大切なものを失ってはいけない」に私の手記が掲載されている。)(原稿用紙30枚)
 なんで大西が陶芸だ。不思議がる。辺野古では生物の先生?漁師? 高江では営林署退職?なんで大西が?
もう、慣れている。


 1月12日稲嶺ススム総決起大会
   沖縄は一つ

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 今日は宣伝カー1台独占してマイクを握るのだ。カメラ忘れずに



田原総一郎の論理の矛盾ー「恐ろしい」

普天間・辺野古問題とヤンメームン名護市長選挙情報

平野官房長官と
  仲井真会談
 
 (決断をお願いする)


沖縄タイムス「迷走普天間」(3)田原総一郎「再編成見直しで協議を」は結びで「このままでは移設凍結、普天間の固定化という最悪の事態も予想される。氏は「将来的には海兵隊は全面的にグアムに行くと思う」と言いながら結論と矛盾する。海兵隊抑止力論の「呪縛」にあるのではないか。(田原氏もゲーツ流「恫喝」の域を出てない。宜野湾市民・名護市民の心、海兵隊抑止力?、また、普天間・辺野古13年の民衆の力の視点がない)
 平野官房長官「ゼロペースで考えたい」と言いながら「知事のご決断をお願いするかもわかりません」述べ、知事「恐ろしい」と応えている。
 評論家も政治家も発言に矛盾だらけが、まさに、「迷走である」。
 平野長官「こんな近くに」であれば閉鎖を第―次的に出るべきはないか。私は平野がキャンプ・シュワブでいかなる表情をするか興味があると書いている。


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 (琉球新報10日1面。社説もお読みください)
 沖縄タイムスは「9日午後名護辺野古。キャンプ・シュワブ内のVIPと呼ばれる高台で真部朗沖縄防衛局長の説明に耳を傾けていた平野氏は<言葉の使い方に異議を唱えた>」(<>は大西)
 
 琉球新報は「平野氏は事務方から1通りの説明を受けた後、1歩前に出てしばらく海を眺めた。両手で幅を作り、快晴で光る海に基地建設後をイメージしている様子であった」
 両紙とも意味深長な描写である。平野氏の今後の発言に注目したい。



ヤンメームン名護市長選挙情報
  告示1週間前大行動2日目

 今日も晴れた。天も味方だ
 全国からさまざまな支援が

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島根からカンパが005_20100110173851.jpg
 統一連教職員決起集会で
  挨拶する稲嶺ススム
 私、宣伝カーが昼食で空いたので2か所で街頭宣伝する。

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(稲嶺ススムさん挨拶、左は赤嶺秀議員議員)
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 (事務所満杯)
 赤旗1月10日1面IMG_0002_20100110222627.jpg
 (主張「名護市長選挙ー基地のない沖縄につなぐ道」をお読みください)
 1月12日 ススム総決起大会
  沖縄は一つ

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大手新聞ー戦前・1950年代から本質は変わっているか

合意なきV字2本滑走路
  大手マスメディアの日米同盟至上主義の崩壊
 知日派を利用した日米合意万歳論
  マスメディアの日米崩虚構?

 
沖縄の心をゆがめるな
 琉球新報を読むと社説「県内移設の模索は誤り」の中で「私たちは海兵隊を米国領に撤退させるべきと主張して来た」「沖縄以外の国内に置くのは本意ではない。国外と並び県外も主張するのは、政府があくまで抑止力だとの姿勢を変えないからだ。」
 宜野湾市民および「宜野湾にいらないものは名護にも、どこにもいらない」、マスメディアは沖縄の心を卑しいものとして描こうとした。琉球新報社説は沖縄の心を主張している。

  海兵隊不要論―抑止論の虚構
 新報連載「県外からの提言沖縄基地」(3)高野孟氏「必要ない海兵隊駐留ー日米同盟危機は歪曲報道」(2面)は理論的解明されている。
 「科学的に計測せず、北朝鮮怖い、中国も怪しいとイメージだけで抑止力と言っている。ただの水戸黄門の印籠だ。」
 「結論的には沖縄において置く必要がない。・・SACO(日米行動委員会1996年最終報告)が始まる以前から敵前上陸作戦が根本の海兵隊の時代ではないと海兵隊廃止論が米側にあった」(以上高野氏)
 そもそも海兵隊は「思いやり予算がないと維持できない。私の海兵隊不要論が新聞紙上でも登場した。
  ゲーツ流「恫喝」外交は
   米国の「怒り」は本物か
 日本政府は言うべきことを明確に言わない。米国は言うべきことを明確に言う。1996年国防省に要請に行った。日本政府の姿を見た。
 日本のマスメディアは米国から沖縄を見てきた。アーミテージ・ナイ報告のナイ氏(ハーバード大名誉教授)が普天間問題で面白いことを書いている。(琉球新報9日2面)
 「2次的な重要性しかないもので、米国の東アジアでの長期的戦略を脅かしている。普天間はそこまで価値はなく、鳩山政権が掲げる唯一の問題ではない」
 「日本の官僚は『外圧』を利用して外交課題の解決を図ってきたと説明、「だが、今回はそのケースではない」(琉球新報)
 
私は、このブログで、日本のマスメディアは、沖縄問題をアメリカで問題(外圧)になると「事件化」して来た[優れた実績]があると書いている。
 ナイ・アーミテージ報告は「米国の利益のために日本の指導者を仕向ける」が基本であるが、日本の大手新聞が普天間で日米同盟崩壊危機をあおるなか、知日派で冷静な見方が出てきたとみるべきであろう。また、シンクタンクでないNGOの実践・理論家たちの動きが反映されたとみるべきであろう。5月には反核で日本から約2000余名のNGOが渡米する予定だ。核と日本の米軍基地も結合して欲しいものだ。
 
 日米軍事同盟を壊し、対等平等の日米友好条約で21世紀的国家・国民の友好を。崩壊すれば作ればいい。民間外交だが1996年全国高校生平和集会(800人)で紹介された千葉高校生平和ゼミ「日米平和友好条約案」(英文)を私は国防省・国務省に提出している。議員スタフにもかなり渡している。
 新安保50年、14年前の高校生に学ぼうではないか。
 
 平野来沖
  いい加減・無責任仲井知事・島袋市長
 平野は仲井真知事に「知事に決断する時がある」と言う。知事は「県外移転」を強調したようだ。
 行政の継続性、稲嶺前知事はV字計画を拒否した。仲井真知事は稲嶺の後継者「沖合い移転」を強調して来た。アセスも審査会の答申(アセスやり直し)を否定して、新基地建設を手続き的に容認、行政の継続性違反の責任は重い。
 朝日(福岡)の取材を受ける。島袋市長も「合意なし」と言っているようだ。合意がないでV字計画「沖合い移転」はないであろう。
 政府・県・名護市および大手新聞(特に12月16日の社説)の論理がチャイコフスキー「1812」のようにナポレオン軍が崩壊してゆく、ラー・マルセイユズの曲のようだ。

復帰闘争今、何故学ぶか
 赤旗(1月9日)「条約の壁乗り越えた」から
 日米合意は条約よりも軽い、何故、わからないのか
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 (赤旗2面から)
 
なぜ今、大手新聞を問題にするか
   大本営報道は克服されてない
 日本の新聞は戦争責任の反省に成り立っているという。「大本営報道」は沖縄から見る限りヘーゲルいう絶対精神(大本営)が姿を変えただけ、占領期は「マカーサー大本営」、サンフランシスコ大本営、今、日米同盟大本営である。
1950年代の記事で見てみよう。
 占領期はもちろん、沖縄戦で6万余の軍人が死んだ島。伝えたか。
 
 米軍が沖縄の土地を強奪した19954年の大手新聞の沖縄報道計14件、1955年94件、1956年501件である。
 しかも、1955年国際人権連盟の手紙を朝日(1955年1月13日報道、通称朝日報道、いわゆる外圧である)によって始まる。この件数に「2等兵物語」のアチャコら、美空ひばりの来沖、今井正の「姫百合の塔」含み、基地問題は皆無、ひどいのは、4月13日、米軍軍用機で大手記者が沖縄に入る。いわば、米軍に監視された従軍記者である。(拙著『沖縄の太陽』に具体的に記録している)
 それ以前、勇敢な記者がいた
    サイトウと言う記者あり
    記者なれど「赤だ」と
    軍に島を終われり
      (1955年3月10日教師嵩宮城清作)
 マスコミとして無視された。
 現在、日米同盟から抜け出ることができないのは大手マスメディアのみである。
 どの、在東京新聞(東京新聞は違う。日刊ゲンダイは大手に噛みつくことで読者をひきつけている)も論調が変わらない。
  辺野古の現場から見れば1社に新聞経営人統合か?こんなカルテルできているのかも知れない


(続きー名護市長選挙情報)
 

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沖縄県V字合意なしー今、何をすべきかージャーナリズムにも変化が


沖縄県が拒否したV字形滑走路計画
 「嘘やまやかし外交が」日米関係を壊す


新聞を読む
  沖縄県が合意しないV字計画
8日の琉球新報・沖縄タイムスはひき逃げ事件の「身柄引き渡し」、名護市長選挙稲嶺氏と島袋氏の対談、平野官房長官の来沖など事書かない。
 タイムス1面『迷走―普天間インタービュー編』に評論家の大谷昭宏氏が「普天間で同盟壊れない」は「むしろ日米安保至上主義者や民主党政権をつまずかせたい勢力のプロパガンダ(世論操作)ではないか」と述べている。

 これまで一貫して書いてきた私の主張を裏付ける。今日は朝から沖縄は曇りで時折小雨。
里山の集落を歩いていると梅の花が咲いていた。沖縄から春が、投票日ごろから桜も開花し、桜前線が北上する。名護市長選挙勝って全国に政治の春を導きたい。


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  (名護市為又集落の梅、名護市ウフシッタイに梅の里がある。梅を見て選挙の応援いかが?)

沖縄県が拒否したV字型計画
 沖縄の新聞社説で見てみよう
 最初に琉球新報前段を紹介します。
普天間V字案 まやかしで禍根残すな
2010年1月8日
 自公政権下で日米合意され、県も合意したとされてきた普天間飛行場の名護市辺野古崎での現行移設計画(V字案)に、県の合意が得られていないことを6日、政府が公式の場で初めて認めた。
 日米両政府が進める辺野古移設の政府現行案の正当性が、いよいよ怪しくなってきた。
 一事が万事だ。うそやまやかしのない日米関係構築のためにも自公前政権が水面下で強硬してきた普天間移設計画の徹底的な検証が必要だ。
 V字案は、普天間の辺野古移設に当たり、住宅地上空の飛行回避による騒音防止を目的に、滑走路を2本に増設しV字形にした案だ。
 同案で名護市は2006年7月に政府と合意したが、当時の稲嶺恵一県知事は合意を拒んだとされてきた。
 しかし、防衛省など政府は、県と交わしたV字案での「基本確認書」を根拠に、「県も理解してもらった」(額賀福志郎防衛庁長官=当時)と説明。久間章生防衛相も07年2月に米側に対し「幸い基本的に沖縄も賛成してくれている」と説明してきた経緯がある。
 だが、稲嶺前知事は「基本確認書」に署名しながらも「合意はしていない」と公式に否定してきた。
 
 沖縄タイムス中段(8日社説)
問題は深刻だ。日米関係の最大懸案とされてきた普天間問題をめぐる政府対応の信頼性が失われるからだ。
 現行案をめぐる暗部は「地元合意」だけではない。
 米海兵隊の新型輸送機「オスプレイ」配備計画についてもあいまいだ。米政府は04年度予算教書に、海兵隊による同機の沖縄配備を盛り込んでいたが、旧政権は正式な配備予定を米側から聞いていない、としてきた。
 新型機配備を前提としているなら、沖縄防衛局が現在進めている環境影響評価のやり直しも迫られるだろう。
 岡田克也外相は「辺野古という選択肢がなくなったわけではない」と現行案を排除しない姿勢を示しているが、その前に政府が米側と交渉してきた過程の正当性を証明する必要がある。

 琉球新報に戻ります。
問題は「基本確認書」の位置付けだ。稲嶺前知事は基本確認書は合意書とは異なるとの認識。一方の国は、国と名護市がV字案で合意した基本確認書は「合意書」と同じとの認識から「県とも合意した」と主張してきた。
 現行移設案の否定は、日米同盟や日米関係の悪化を招くとさえ大騒ぎする重要な移設問題だ。それを国は地元合意もあいまいなまま事を進めてきた。ありえない話だ。
 稲嶺前知事も「合意」したと誤解されかねない「基本確認書」に署名した責めは逃れられない。
 政府の強引な合意署名要求に、その場しのぎでの苦渋の対応だったにしても、民意に反し政府に付け入る隙(すき)を与えた行為は許されない。

新聞社説など読んで
 稲嶺前知事、仲井真知事の責任は重い。
地元合意の前提が崩れた。そもそも、なぜ、辺野古なのか、1990年代は海兵隊不要論が軍事・防衛論で主張された。昨年末から「抑止論」が出たて来たのも異様である。昨年1月の麻生・オバマ首脳会談でオバマが在日米軍「抑止力」を述べて、海兵隊にも適用する論調が日本で政治家、ジャーナリズムの世論操作で出てきた。
しかし、両紙ともなぜ仲井真知事のコメント求めないであろうか。一つの疑問である。


(続きーヤンメームン名護市長選挙)

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「移設論の呪縛」から抜け出そうー

9・10・11連休大行動へ
 稲嶺ススム勝利
  1・12ススム総決起大会の成功へ
 大激戦の名護市長選挙

  
  普天間・辺野古の動き
   「移転論」は基地の拡大強化-社民党県内移設へ転落?
「普天間移設―県・受け入れ合意なしーV字案で防衛省見解」(沖縄タイムス7日1面)
 沖縄防衛局は地元の合意を繰り返していた。嘘であった。
 「下地島移設など3党で議論してゆきたいー福島社民党首6日新報」
 関連して、国民新党下地議員は嘉手納統合による分散移転ではしゃいでいる。
 宮古・伊江島で義会など抗議行動へ。宮古・伊江島は社民党にとって「県外か」、福島党首のパリ談話は辺野古へ吸い込む一里塚。
 普天間閉鎖・無条件返還の原点を誤った動きが浮上して来た。社民党阿部・服部議員が来沖のようだ。どう、説明するのか。いい訳か。おそらくテント村よるかも知れない。移転論は歴史的に県内基地の強化、日本の米軍総基地化をもたらした。
 この動きに北沢防衛大臣が喜んでいる。「予算成立後一気カセイ(パソコンで出ない)に解決してゆく」(タイムス7日)
「移設論」は名護市長選挙と連動して激しくなるであろう。

 沖縄タイムス・琉球新報とも「移設論の呪縛」を抜け出さないと、泥沼に引きずられる危険性がある。
 
激戦の名護市長選挙
 イナグやイクサぬサチバイ(女性が闘いの先陣をきる)
  自公巻き返しを名護から狙って、自民党センデンカー自民党を消し、島袋を連呼している。「辺野古移設」言えないから、幸福実現党の宣伝カーが「賛成辺野古移設・日米同盟堅持」の宣伝カーを走らす。
 やんばる統一連の女性たち総決起集会開く。

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 (名護民商会館 7日)
 1月12日ススム総決起大会
  沖縄は一つで頑張ろう。進もう

9・10・11日はあなたの力を名護へ
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名護市長選挙熾烈な闘い
 ヤンメームンも
  マイクを握って

どんよりと雲がたられ、小雨が降っている。寒い。
 午前中に4ポイントで街頭宣伝。稲嶺ススム大北区総決起集会の呼びかけ。午後2ポイントで街頭宣伝。ハゼ気味で喉も順調ではない。長期戦と継続性が大切なので喉を潰さない程度で行う。
 しゃべることは一人でもできる。一人でもやらないといけないと思っている。1999年の基地受け入れ以来、現職の教師でもできることとして、マイクを握ってきた。
 継続は力である。沖縄サミットの頃は市民の反応は冷たかった。今は温かい。


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  (小雨の中、大北区総決起大会(6日)、12日稲嶺ススム総決起大会への参加訴え)
 節目、節目の闘いを悔いなく
   辺野古の闘いの蓄積
 どんなに、不利の時も、その時点での課題に全力を挙げてきた。今は、名護市長選挙に全力を尽くす時である。
 ヤンメームにもやれることがある。
  まず、一つは事務所に足を運ぶことである。人が揃えば楽しいことに出会える。
  二つ目に、自分ができることが解って来る。仕事があることは楽しいことである。
    こころよく
    我にはたらく仕事あれ
    それを仕遂げて死なんと思ふ
       石川啄木『一握の砂』より
 2000年正月、当時の新聞には岸本建男当時市長(故人)が、啄木のこの歌を歌った。
その頃、私は真教寺の下記の啄木歌を元に『啄木と沖縄』の完成を目指していた。岸本氏は首里高校の出であり、国語の先生に喜舎場朝順氏がいた。沖縄の方言で「東海の小島・・」を「ワンナチ、ガイトゥムチリーン」と授業していた。(首里高校アルバム)
 岸本氏の軍民共用空港に私は下記の歌で立ち向かっていた。今、岸本氏は向こうでどんな思いで入るであろうか。息子が議員として辺野古に基地を作らせないススム氏を応援している。
      
      新しき明日の来るを信ずといふ
      自分の言葉に
      嘘はなけれどー
        石川啄木『悲しき玩具』より
 新しき明日(辺野古を断念させる)に向かう仕事は多難だが「仕遂げる」「こころよい」日々である。アジアの明日を描くとき、
   地図の上
   朝鮮国にくろぐろと
   墨を塗りつつ秋風を聞く
 今年は日韓併合100周年でもある
  
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  (大北区総決起大会の模様 6日)
 若き頃の私と
  稲嶺ススムさん
 1980年代、稲嶺ご夫妻とともに名護学童保育を立ち上げ、学童保育運動に入る。子育てと仕事の両立。学童保育の原則として宿題を学童保育所ではやらない。自然体験など遊びなど、異年齢の仲間作りを重視、田圃を確保しておコメ作りなどした。思いで深い仲である。


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 (稲嶺夫婦登場 6日)

新聞赤旗「従属の同盟」
 普天間・辺野古問題の根がわかる
 「赤旗」が新年に入って始めた連載『従属の同盟』はプロローグ「普天間」(4)、長期的連載になりそうだ。SACOから再編成と実に資料も内容も充実している。
 昨日は電子版から平野官房長官の来沖伝えたが、6日の新聞に大きく取り扱われている。政府は5月に評価書を広告縦覧、1気に埋め立て申請に入るアリバイつくりであろう。そのために下地島・伊江島・大村(長崎)などの分散案を出して、沖縄県民をいたぶる。


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(続きーCOP10に向けてー沖縄生物多様性ネットワーク)


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安保と恫喝ー辺野古の海から見える世界

アメリカを「恫喝」せよ

テント村にも
  寒波が押し寄せた
 4日は、雲一つない初夏の陽気、今日は一転して空は冷たい雲が、寒い一日でした。
 朝から訪問者が絶えません。
 ニュースによると平野官房長官が8・9・10と沖縄訪問、下地島・伊江島に普天間の一部移転、当の昔に議論された問題で、また、沖縄を混乱させる。小沢の辺野古「きれい」には新たな野望が・・・・。今後の小沢の発言、国民新党の動き、福島社民党の発言容認を分析する必要がある。下地幹郎が大きく絡み、くるくる変わりながら利権が目の前にぶら下がった。ゼネコン内部の新しい争いか? いい加減にしたらと思うが。気になる。ラムズフェルドの「きれい」とは異なる。平野がシュワブでなにを言うかで見えてくるであろう。

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  (受付にサインする訪問者9:20)
 テント村火鉢で
  お餅を焼いて
 テントの中を冷たい風が吹き抜ける。北海道からの訪問に来た夫婦、寒い寒いと言う。
 炭を燃やし、お餅を焼く、沖縄料理の差し入れも豊富だ。
 サマーベットに寝袋に体を包み
   沖縄タイムス連載「安保条約改定50年」
   琉球新報連載「呪縛の行方」
   赤旗連載「従属の同盟」
 など、読む。保守陣営でも安保議論、今年は確実に起こる。むしろ、保守陣営の中で起こるかも知れない。アジア社会で日本が生きてゆく上で求められていることである。すでに、経済的にも輸出産業でも対米比重は弱まっている。
 
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  (お餅が焼けました)
  アメリカを「恫喝」せよ
   学者も主張始めたー佐藤学論文(けーし風)
 連立政権がゲーツの恫喝に怯え、「日米合意重し」と政策後退させて以来、「宝の海」は次のことを幾度か書いてきた。
 
 その一つは、多国間条約であるサンフランシスコ条約下でも、日米政府の合意で沖縄返還ができたこと。日米の条約でもない閣僚間合意は、政権間で変えることができる。条約より日米合意は軽い。二つの政府とも政権が変わった。なおさら。
 
 二つ目は、思いやり予算などの凍結で日本政府がアメリカを「恫喝」すべきで、辺野古の現場から明確に見える。
 沖縄国際大学佐藤学教授は、季刊『けーし風』(2009・12)「米国の今」で次のように書いている。
  「今、オバマの米国こそを、日本政府が『恫喝』すべき時なのである」
 
 国民は日本が米国の「従属国家」「属国」であると指摘される海外論調に敏感になり始めている。嘉手納町長のように「安保改定」を口にすべき時代に来ている。

三つ目は、ジャーナリズムが日米安保の「呪縛」から抜け出ることである。アジア社会はTACおよび経済的にも、日米安保と無縁な道を歩んでいる。今、ジャーナリズムが日米同盟絶対論、抑止論、仮想敵論から抜け出せない。海兵隊賛美論であり、今年は保守陣営、極端なナショナリストの中でも安保条約は廃止など議論になるであろう。
 辺野古海からシュワブ基地見ていると予感がする。あまりにも・・・・・。


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  (テント村授業ー赤が大西、寒いのだ。)
 (続きー名護市長選挙)

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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