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大手新聞ー戦前・1950年代から本質は変わっているか

合意なきV字2本滑走路
  大手マスメディアの日米同盟至上主義の崩壊
 知日派を利用した日米合意万歳論
  マスメディアの日米崩虚構?

 
沖縄の心をゆがめるな
 琉球新報を読むと社説「県内移設の模索は誤り」の中で「私たちは海兵隊を米国領に撤退させるべきと主張して来た」「沖縄以外の国内に置くのは本意ではない。国外と並び県外も主張するのは、政府があくまで抑止力だとの姿勢を変えないからだ。」
 宜野湾市民および「宜野湾にいらないものは名護にも、どこにもいらない」、マスメディアは沖縄の心を卑しいものとして描こうとした。琉球新報社説は沖縄の心を主張している。

  海兵隊不要論―抑止論の虚構
 新報連載「県外からの提言沖縄基地」(3)高野孟氏「必要ない海兵隊駐留ー日米同盟危機は歪曲報道」(2面)は理論的解明されている。
 「科学的に計測せず、北朝鮮怖い、中国も怪しいとイメージだけで抑止力と言っている。ただの水戸黄門の印籠だ。」
 「結論的には沖縄において置く必要がない。・・SACO(日米行動委員会1996年最終報告)が始まる以前から敵前上陸作戦が根本の海兵隊の時代ではないと海兵隊廃止論が米側にあった」(以上高野氏)
 そもそも海兵隊は「思いやり予算がないと維持できない。私の海兵隊不要論が新聞紙上でも登場した。
  ゲーツ流「恫喝」外交は
   米国の「怒り」は本物か
 日本政府は言うべきことを明確に言わない。米国は言うべきことを明確に言う。1996年国防省に要請に行った。日本政府の姿を見た。
 日本のマスメディアは米国から沖縄を見てきた。アーミテージ・ナイ報告のナイ氏(ハーバード大名誉教授)が普天間問題で面白いことを書いている。(琉球新報9日2面)
 「2次的な重要性しかないもので、米国の東アジアでの長期的戦略を脅かしている。普天間はそこまで価値はなく、鳩山政権が掲げる唯一の問題ではない」
 「日本の官僚は『外圧』を利用して外交課題の解決を図ってきたと説明、「だが、今回はそのケースではない」(琉球新報)
 
私は、このブログで、日本のマスメディアは、沖縄問題をアメリカで問題(外圧)になると「事件化」して来た[優れた実績]があると書いている。
 ナイ・アーミテージ報告は「米国の利益のために日本の指導者を仕向ける」が基本であるが、日本の大手新聞が普天間で日米同盟崩壊危機をあおるなか、知日派で冷静な見方が出てきたとみるべきであろう。また、シンクタンクでないNGOの実践・理論家たちの動きが反映されたとみるべきであろう。5月には反核で日本から約2000余名のNGOが渡米する予定だ。核と日本の米軍基地も結合して欲しいものだ。
 
 日米軍事同盟を壊し、対等平等の日米友好条約で21世紀的国家・国民の友好を。崩壊すれば作ればいい。民間外交だが1996年全国高校生平和集会(800人)で紹介された千葉高校生平和ゼミ「日米平和友好条約案」(英文)を私は国防省・国務省に提出している。議員スタフにもかなり渡している。
 新安保50年、14年前の高校生に学ぼうではないか。
 
 平野来沖
  いい加減・無責任仲井知事・島袋市長
 平野は仲井真知事に「知事に決断する時がある」と言う。知事は「県外移転」を強調したようだ。
 行政の継続性、稲嶺前知事はV字計画を拒否した。仲井真知事は稲嶺の後継者「沖合い移転」を強調して来た。アセスも審査会の答申(アセスやり直し)を否定して、新基地建設を手続き的に容認、行政の継続性違反の責任は重い。
 朝日(福岡)の取材を受ける。島袋市長も「合意なし」と言っているようだ。合意がないでV字計画「沖合い移転」はないであろう。
 政府・県・名護市および大手新聞(特に12月16日の社説)の論理がチャイコフスキー「1812」のようにナポレオン軍が崩壊してゆく、ラー・マルセイユズの曲のようだ。

復帰闘争今、何故学ぶか
 赤旗(1月9日)「条約の壁乗り越えた」から
 日米合意は条約よりも軽い、何故、わからないのか
IMG_20100109211821.jpg
 (赤旗2面から)
 
なぜ今、大手新聞を問題にするか
   大本営報道は克服されてない
 日本の新聞は戦争責任の反省に成り立っているという。「大本営報道」は沖縄から見る限りヘーゲルいう絶対精神(大本営)が姿を変えただけ、占領期は「マカーサー大本営」、サンフランシスコ大本営、今、日米同盟大本営である。
1950年代の記事で見てみよう。
 占領期はもちろん、沖縄戦で6万余の軍人が死んだ島。伝えたか。
 
 米軍が沖縄の土地を強奪した19954年の大手新聞の沖縄報道計14件、1955年94件、1956年501件である。
 しかも、1955年国際人権連盟の手紙を朝日(1955年1月13日報道、通称朝日報道、いわゆる外圧である)によって始まる。この件数に「2等兵物語」のアチャコら、美空ひばりの来沖、今井正の「姫百合の塔」含み、基地問題は皆無、ひどいのは、4月13日、米軍軍用機で大手記者が沖縄に入る。いわば、米軍に監視された従軍記者である。(拙著『沖縄の太陽』に具体的に記録している)
 それ以前、勇敢な記者がいた
    サイトウと言う記者あり
    記者なれど「赤だ」と
    軍に島を終われり
      (1955年3月10日教師嵩宮城清作)
 マスコミとして無視された。
 現在、日米同盟から抜け出ることができないのは大手マスメディアのみである。
 どの、在東京新聞(東京新聞は違う。日刊ゲンダイは大手に噛みつくことで読者をひきつけている)も論調が変わらない。
  辺野古の現場から見れば1社に新聞経営人統合か?こんなカルテルできているのかも知れない


(続きー名護市長選挙情報)
 

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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