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ムーチーの日(旧暦12月8日)-投票最終日に向けて

ヤンメームン名護市長選挙情報
  激戦の選挙―気を抜いたら負け
 明日、最終投票日
 (22日第2信)
12年前の失敗を繰り返すな
  頑張る稲嶺陣営
 市民投票を受けた12年前、琉球新報は「玉城先行、岸本猛追」と報道、今回も「やや先行、猛追」と同じ報道、負けた。歴史は繰り返してはならない。島袋陣営は期日前投票(30%動員投票)に執念を燃やす戦略である。
 朝8:30分選挙事務所出勤、街中に稲嶺ポスター、深夜まで頑張っています。
「やんばる統一連」カーは二見10区、海辺と山の村への街宣である。途中で昨日と同じ渡久地修県議とコンビである。
 マスコミ報道(12年前の)苦い思いを繰り返してはなりません。

 旧暦(12月8日)はムーチーの日、どの集落もムーチー葉(月桃)の香りが漂っている。
子どもの健康・健やかな成長を願う沖縄伝来の行事だ。日本語に直せばオニ餅、今日の活動はオニ退治だ。
 海勢頭豊「月桃の花」、1945年月桃の花が咲き実になるまで沖縄戦、赤い血で染められた。月桃は命育む花なのに。
この香り、消すまい。


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 二見情話と
  名護市長選挙
 第1声は、二見集落、ここには「二見情話」の碑が建つ。沖縄戦、宜野湾村民(現市民)が収容された瀬嵩収容所、大浦収容所、宜野湾に帰ると普天間基地になっていた。
 宜野湾市民、伊波市長が「宜野湾にいらない基地は、名護にいらない」と踏ん張っている。
 瀬嵩集落で第2声、テイーマ漁港前に来ると長島の沖に揚陸艦が来て水陸両用戦車の海上訓練が見える。テイーマ集落で平和丸船長として日ごろお世話なっていることに感謝。


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稲嶺ススムは
  名護の学童保育の草分け
 稲嶺ススムの出集落、子育て期の頃、名護学童保育のを父母で経営、共働きの子育て、教育の心のわかるススム。名護市内に支持を拡大してほしいと訴えた。渡久地県議と合流。
 天仁屋集落を回り。オオシッタイまで森の中4・5キロ、一人の有権者にもススムを。
梅の花満開の中「やんばる統一連」カーススム。梅に魅せられた観光客あり。名護の知り合いに支持をパンフ渡しお願いする。
 ハジギー(ハゼの木、ハチコウギー)の紅葉がみごとである。沖縄にも冬の紅葉があるのです。
 嘉陽・三原・テイーマ、瀬嵩で渡久地県議熱弁。私は農作物などの撮影。四季の村をとるのは10月のCOP10への闘いだ。


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 農繁期の二見地域
  ウコン収穫、キビ切り出し
 忙しい農家、カボチャの花があちらこちらに咲いていました。日本一早い路地栽培で太陽の恵みを受けたカボチャが全国に夏を告げつのです。
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大浦集落のアサギマー
  天然記念物のガジマルを背に 

大浦湾に注ぐ大川の河口、社大党の宣伝カーでWWFJの花輪伸一さんがマイクを握っている。マングローブの湿地では防衛局が生物調査をしている。集落の中心に巨大なガジマルがフクギの巨木を飲み込んで共生している。
 渡久地議員、持論の農業政策を述べる。
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( 渡久地修ブログも名護市長選挙連日書いています。)
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比嘉鉄也氏の歪んだ「ヤマト人」論ーあえて言う

  比嘉鉄也の「ヤマトンチュー」攻撃
   観光産業に大きなマイナス

 平和ガイドと
  名護宿泊呼びかけーリピーターたちの支援
 1月30日から名護さくら祭りです。名護グスクがメーインです。桜を堪能しながら、沖縄の民衆の歴史にも触れる。
 私は平和ガイドを復帰の年から行い、ガイドブックなどの執筆も行って来た。名護市民ですか当然、名護に宿泊するよう要請します。
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 (桜見、「白い煙・黒い煙」碑に立って沖縄近代史を学ぼう『啄木と沖縄』大西著より)。

 医療関係の団体は2月ごとに60人から80人、名護のホテルに宿泊し、私が講演、そして交流会を行います。もう、20回になりますから1200人、伊江島、海洋博、愛楽園、やんばるの森と海、など含めると少しは貢献していると思います。
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(沖縄の原風景の残る屋部の集落で、公民館から屋部小までを散歩して見てください。沖縄の文化にも触れることができます)

  こよなく名護に魅せられたリピーター
   比嘉鉄也はお客と見ないのか
 稲嶺ススムの応援に全国からきています。誇りに思います。名護の講演でお会いした人たち少なくありません。
 比嘉鉄也氏はこれらの人たちを攻撃し始めました。ヤマトゼネコン・防衛省職員を大動員したのは比嘉鉄也氏ではありませんか。ゼネコン・政府機関をお客とする比嘉鉄也氏「お客」観は、普通のお客は名護市に宿泊する必要がないというのでしょうか。

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 (医療関係大分県の女性に屋部の美しい浜に、渡久地修県会議員、少年のころ、屋部川・山で遊んだ話をマイクで話した)

 名護を訪れ、名護に思いを寄せて北は北海道からきてくださる。名護に棲みたいと思う人たち、やんばるの自然は将来、沖縄観光のメッカになる可能性を秘めています。私は日本全国で講演に呼ばれます。世界自然遺産に登録されるであろうやんばるを、海外にも行きます。常に、やんばるの写真(CD)を持って話します。
 比嘉鉄也氏の選挙戦略の要は、期日前投票、「商工環境部会」(ホテル業)の項目がありますが、これらのホテルはゼネコン・政府機関がお客さんでしょうか。小さな街、すぐホテル名が明らかになります。普通の客は名護から利益を吸い取りません。政府機関・ゼネコンは金を吸い取ります。

 先日、基地誘致の企業家と言われるホテルに全国の法律家の皆さんのパーテイーに招かれました。さらに、2月13日には60余人が名護のホテルに泊まります。私が1時間講演します。
 この客、比嘉鉄也氏の「ヤマト人」論からは来て欲しくない対象です。
 ホテル業界に客の選別はないはずです。この異常さ、まさに「朕」。これでいいのか。

 
1995年ごろの沖縄修学旅行は100校ほど、現場に立ち、企画の相談を受けていた。これが(沖縄修学旅行)爆発し沖縄観光の引き金になる。
 今、沖縄の観光は衰退期にある。比嘉鉄也氏などの歪んだ「ヤマト人」観と無縁ではないことを観光業にいる人々は知るべきで、NPOなどの努力なくして沖縄観光の多様性に対処できない。自然や人間に対する畏敬の念が欠落、自分(仲井真知事も含む)が決めるという態度が問われている。

 名護の街で学ぶ
  街のさまざまなガイドの道
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 (名護小学校近くでは森に上って少年護郷隊碑で「高校教師最後の授業」(CD大西作成名護市平和ガイドから)

 

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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