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名護市長選挙勝利と日本・世界を見る目

 名護市長選挙勝利(メモ)
僕らは梯子になろう

 日本列島に安保いらない
  日米平和友好条約の道へ
 私が教師になったころ、教師の歌に「僕らは梯子になろう」という歌があった。自分の生き方の礎の一つである。名護市長選挙勝利。稲嶺選対すごい人であろう。
 辺野古の闘いの責任者の一人として、私を支えた名護民主商工会の仲間たちに足が向いた。
常に苦楽を共にしてきた。苦しい時、支え、私をお仕立てってくれた。
いつも、笑顔があった。歌があり、踊があった。
 みんなが集まっている所より、名護の「駆け込み寺」で、泣き、笑いたい。
私は、最終日の打ち上げ集会も出ず。マイクを握って市内を演説。自分に課された場所しか見てない。でも見える。
 
 院政館崩落
 比嘉鉄也「期日前投票行った人、手を挙げて」と演説したようだ。人が信用できない哀れな人だと思った。
 名護の「院政」(上皇)比嘉鉄也の人物像は元ヘリ基地反対協宮城康博「なごなぐ雑記」の分析は参考になった。私は選対にいるものではないが、比嘉鉄也を「戦略家」として評価しているというより恐れていた。。彼は話もうまいが、忠誠を誓って来た戦士たちに公衆の面前で、点検をした。裸の上皇であった。
 お休みした方がいいでしょう。
老体に精悍さを披露しても、続かない。名桜理事長も降りて新しい血に任せと言いたい。この田舎で国家を動かするつもりでもあるまい。
比嘉氏に「負けても勝った」と教えた野中務氏は平和の運動しています。アメリカの関係者の同様です。
 裸になって青春を取り戻してください、航空隊として沖縄戦いなかたとお年寄りから聞いていますが。人間を信じる道が心の平和作るでしょう。
荻堂氏は「たくさんの要求」引き出すと述べていたが。官僚に通用しない要求だ。足元見られている。再編交付金がそれだ。それともポンハネ会社でお金に執着か。若い人に任せた方がいいです。
 私は体はボロボロだがまだ現役の年齢。

表が出たらこちらが勝ち
 裏が出ても勝ちー教えたのは比嘉鉄也
この13年、市民を信じて、選挙で負けても、負けても、また、負けても、信じて闘い、杭1本も打たせなかった。
 海外にも出た。
 名護民主商工会、苦しい市民生活に骨身を惜しまず尽くしている。
 今度の選挙でも「平和でこそ商売繁盛」とノボリを立って奮闘。
 
私が勝利を確信したのは、1月19日、新安保50年、そして、島袋陣営の戦略を立てる比嘉鉄也が戦術の場面に出てきた。私のブログ「ヤンメームン名護市長選挙情報」は「政治の桜前線」と変わってくる。
 海の自然から、里山の自然が増えてくる。新しい自然と人の営みが見える。
この13年、委縮していた市民が自分を表現する。ぬくもりのある手であった。
 ヤンメームン(病)、一日のリズム、昼寝を許してくれた。
体はボロボロだが、常に新しい明日に
  新しき明日の来るを信ずといふ
  自分の言葉に
  嘘は名けれどー 石川啄木「悲しき玩具」

  こころよく
  我にはたらく仕事あれ
  それを仕遂げて死なむと思う 石川啄木「一握の砂」
 (拙著『啄木と沖縄』より
 

 成熟した安保体制、日米同盟は「腐れる」。それゆえに、日米政府は日米同盟を盛んに使う。「大本営発表」と流せば流すほど、崩壊する。
  憲法9条
  東南アジア友好条約
 で日本を見る。
 そして
  平和の文化
  生物多様性
 で地球を見ることが望まれる。
 
 すさまじい名護市長選挙闘って。1票勝てばいいのだ。アメリカ「首長民主主義」どう反応するか。NHK11:20分稲嶺勝利伝える。東京からの電話で知る。日米同盟「万能」メディアの報道楽しみだ。
 
講演開始
1月28日(木)6:30
 大宜見村喜如嘉公民館
 「辺野古の闘いと憲法」
    (「9条世界会議幕張報告」)(08年5月4日ベースに作成)
  (高江の報告もあります)
   大宜見村9条の会 主催
 これまで6年、ブログで事前に講演、出張予告できなかった。これからは堂々と事前に知らせることができると思う。
 選挙戦でも市民団体と行政がともに歩むこと、互いに補う。NPO・NGOとの協力が21世紀の世界。
 新しい行動の開始。
 ホワイト・ハウス前でシーハンさんと「辺野古テント村」も面白い。反対協に正式に提案するつもりだ。まずは、首相官邸に乗り込む。
 07年、国際反基地ネットワーク結成総会でアメリカの友人、加盟組織にその時期が来たら共同行動を申し入れている。
 いつも、全国のみなさんにお世話なっているが、また、お願いするかも知れません。
 伊波市長・稲嶺市長の共同要請、共同渡米も面白い。

(25日 深夜日記)


(続きー真っ赤な太陽上る)

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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