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命かけた闘いへーナチの道歩む民主党政権

 「地元合意なく移設も」
   平野官房長官―鳩山追認



  「大本営報道」と沖縄戦後史
    記者たちの自戒から
 25日ブログで、「大本営」について書くと予告した。今日の新聞、民主党政権「地元合意いらぬ」の重大な発言。夜書くことにする。
 激しい闘い、闘いは山があり谷があり、平野もある。山はみんなが動く、谷は辛抱と登る分析、平野では日常生活、さまざまな肥やしを豊かに作る仕事が大切だ。
 25日、テント村少なくない取材、座って話した。民放の記者たち当確・当選が早かったので記者たちの「交流会」になったようだ。
 その中で記者たちの中で
 「今、普天間・辺野古、日米報道『大本営的報道』になっていない?」
と話し会い、「温度差」痛感したようだ。

IMG_20100127125727.jpg
(27日 沖縄タイムス・琉球新報)

 戦後沖縄を切り捨て
  報道しない「大本営」
 記者たちに話した。沖縄戦で6万余の将兵が死んだ沖縄戦。GHQ占領の中、新聞はどう伝えたか?具体的な次の例を挙げた。1954年14件、1955年94件、1956年501年、那覇市史市の資料をもとに国会図書館で調べた。
 1955年4月13日、各社は米軍の軍用機に乗って沖縄取材に来た。
 サンフランシスコ体制下、基地強奪の時期である。1995年少女暴行事件、在東京メディアは被害者の家にカメラを設置して、石を投げられ、沖縄タイムスに「ハイエナ」と指弾された。沖縄には人間が住んでいる。人間を見ず米国を見ている。経済用語でいえば上部構造の世界だけの報道で、下部構造(人間社会見てない)
 昨年の12月16日の各社の社説、「読んでみてください。あなたの言う「『大本営報道』が見えるでしょう」、これを「日米同盟大本営」の言のだ。
 海兵隊抑止論、「移設論」、民主党政権の「ブレ」、メディアの知日は崇拝論などについて話をした。
 昨日(16日)届いた「ジャーナリスト」(日本ジャーナリスト会議1月25日号)、そして、今日の琉球新報連載「呪縛の行方」は「辺野古ありきの大手メディア」と、「大本営」的報道姿勢を自戒している。
 辺野古6年のテント村の闘い「第4の権力」(メディアおよびジャーナリズム)とのた高でもあり、随時、記録し、9月からはメディア批判が少なくない。
 次の助言もした。「なぜ、宜野湾市民および辺野古に反対するか。二見部落の<二見情話>の碑文から自分の足で取材してみては、どうか?」
 現在に沖縄の心理状況は、1970年に似てきている。警察も政府も信用できない。自衛的手段で米軍犯罪を裁く「突発」的事件が起こりかねない。
 二つの事件
 1970年12月21日、コザ暴動がおこった。糸満では金城トミさん轢殺事件の抗議大会、夜、コザ騒動が起こった。
 その前後(記憶?)、名護の飲食街に米軍ジープが車庫に突っ込んだ。名護市民が証拠物件確保、空にピストル発射、それでも住民が重機にぶら下がり、前に立ち動かず。
 金城さん賠償金1000ドル、車庫3000ドル、無法には人民の力以外ないとの歴史遺産体験している。
 民主党政権、アメリカ、そして、マスメディアはこのような事件が起こることを誘発しようとしていると思える。そして、ナチばりの弾圧で。

 

命をかけた闘い
  家内の目
 昨晩、「斟酌」の言葉に家内が言った。
  「父さん、命かけた闘いになる?」
 答えなかった。家内の目は確かであった。
  命を削って来た6年であった。また、始まる。命がある間に勝つ。
 5頭の巨像(立法・行政・司法・マスメディア・米国政府)との闘いになる。蟻の軍団(国民)が巨像の耳、口、鼻に挑む。

  (13:10 記す)

(続きー桜の名護市散策の道)
 リズムの昼寝後記す

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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