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QDR,グワム米戦略のハブ化ー辺野古・高江最高の訓練基地?

おしらせ
 テント村新市長激励集会
  3月6日(土)10時から~1時

   反対協「歌舞団」上演
   周辺は食堂に遠いですから恒例の昼食会場も設置します。



「俗称・通称」―琉球新報コラム
  さて、V字2本滑走路「現行計画」の「俗称は?」
何故、B52爆撃機は嘉手納に来たか

 普天間・辺野古報道鎮静化(?)、社民・国民新党「移設探し」、米国のQDR(4年ごとの戦略見直し)に吸い込まれる危険がある。QDRは「グワムを太平洋戦略のハブ化」「米軍の家族赴任重視」などが見える。
 昨日の写真の兵舎とともにボートを下ろす道路が海岸まで伸び、準備書では長島・平島を「新規接収」(立ち入り禁止)となり、海兵隊および家族の専用リゾートの側面を持ち、QDRの先取りが見る。グワムの家族住宅7000万円。グワム、サイパン、辺野古に、貧乏海兵隊、最高のリゾート。
010_20100210191137.jpg
 
 グワム・サイパンを米戦略の「ハブ化」は何を意味する。
 B52爆撃機の20年ぶりの飛来。私には見えない何事かが動いている。アメリカは負けたら数倍の報復をするのが歴史の真実。
 05年「日米同盟の変革と未来」(再編成)に至る過程の沿岸案(L字を含む)を「悪魔の要塞基地」「動かぬ秘密空母」の俗称を付けた。滑走路が海抜10m、このような空港来たことない。しかも、長島・平島取得、嘉手納・普天間のように国民の目、カメラにさらさないでいい。
 私は「万国津梁の邦」が琉球の歴史、現在「平和の発信・架け橋」の通称で使用している。辺野古新基地は「悪魔の島」「悪魔のかけ橋」の俗称になる。新報コラムの目は面白い。
 琉球新報コラム「金口木舌」(10日)
金口木舌
2010年2月10日
 正式名称に対しての俗称、通称などのことを異名という。堅苦しい正式名称よりも異名が本質を的確に言い当てている場合も多い
▼巨大さと戦闘能力の高さを誇示するかのような「成層圏の要塞(ようさい)」という異名がある。同じ物に対して、それを「死の鳥」との名称で呼んで恐れた人たちがいる。前者は米軍内の異名であり、後者はベトナム人が呼んだものだ
▼米国の戦略爆撃機B52のことを指す。B52はベトナム戦争において多数の爆弾を投下し広範囲を破壊する絨毯(じゅうたん)爆撃を行った。まさに米軍にとっては空飛ぶ軍事施設だった。だがベトナムの人たちの目には死をもたらす不吉で巨大な鳥にしか映らなかった
▼1952年の初飛行から既に60年近く経過しているものの、いまだに現役だ。6日、その最終量産型(H型)機が嘉手納基地に燃料供給を理由に、急きょ着陸した。嘉手納飛来は20年ぶりのことだ
▼B52はベトナム戦争の激化とともに65年に嘉手納基地に姿を見せ始め、常駐化していた68年11月には同基地内で墜落事故を起こした。県民は「黒い殺し屋」との異名で呼んだ
▼当時、B52の出撃基地・沖縄を「悪魔の島」と呼ぶベトナムの人たちもいたと聞いた。県民の願いもむなしく、いまも米軍基地は存在する。それは沖縄が再び望まない異名で呼ばれる可能性を残していることを意味してはいないか。

(続きー平島沖岩のアジサシ2)

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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