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辺野古エリグロアジサシ「準絶滅危惧種」とやんばる統一連

 準絶滅危惧種エリグロアジサシを中心に(1)
辺野古アジサシは
 「沖縄沿岸に分散する小群れの一つ」
   「重要な繁殖地とはお思わない」(準備書)


 台風・ヤグラとアジサシ
 05年7月11日の琉球新報は04年7月18日の記録を419羽、05年7月10日の記録を140羽として、半数以下と記録される。
 05年はボウリング櫓が建ち、ヤグラに小魚は群れていた。さらに、アジサシは激減しWWFJ報告約60羽(08年7月13日)、で翌日の私の調査では110から125羽になっている。確実に回復の兆しが見えた。
 
ちなみに、準絶滅危惧種であるエリグロアジサシは04年調査で24羽である。
 
私の辺野古日記04年10月23日(宝の海『愚直』)は、台風24号について『テレビは10個は日本に来たというが、沖縄は13個、沖縄は日本ではないのか』と書いている。

辺野古アジサシにとって04年、05年はとくに過酷で、違法アセの調査にもさらされる。
 エリグロアジサシの雛2羽
   撮影に成功する
 アジサシに威嚇を与えず、揺れる船を操縦しての観察・撮影は過酷である。兼島順子、仲本政幸、島元智、QAB大城カメラマン、高江の比嘉さん。サンゴ調査および撮影のコンビ牧志治さんに協力をお流した。
 8月5日、比嘉さんのビデオ、牧志さんのカメラに雛の写真が写った。
 2羽確認できますか。(平島沖岩西岩、撮影 牧志 治)


IMG_0002_20100212094502.jpg
 
 エリグロアジサシの繁殖地は
  日本列島で奄美・琉球列島のみ
 私は全くの素人、意識的観察始めて、エリグロアジサシに関する資料読むと、奄美諸島以南の南西諸島が繁殖地、21か所の繁殖地が知られている。ほとんどの繁殖巣は10巣、多くても30巣程度、まれに、100、最大200巣との研究者の指摘である。24日夫婦交代で抱卵、28日で巣立ち、だいたい2週間後に旅立つという。
 (参考―河野裕美「東海大学沖縄地域研究センター」ネットより)
(平島沖岩西岩 撮影 牧志 治 8月12日)産毛が残る


IMG_0003_20100212094516.jpg
 辺野古エリグロ繁殖地は4か所
04年の水準超えるー何故
 
 私の観察でもエリグロアジサシのコロニーは小規模、ベニアジサシにまぎれているのも少なくない。ベニアジサシのコロニーにエリグロが営巣しているかは知らない。
 マナル岩、シュワブ前岩、平島沖岩西岩、長島西岩群の4か所が営巣地である。素人が平和丸操縦してバードウオッチ・カメラもやるのだから正確さに専門家に劣る。河野氏の報告とほぼ一致する。各コロニー20から30羽である。04年が24羽ですから、ベニアジサシの群れにまぎれているのまで含めると約100羽、4倍以上の確認ができる。

 羽ばたきをする若鳥です。親が見守っています。
  キャンプシュワブ前岩(埋め立てで消える)

IMG_0004_20100212094530.jpg

 営巣地に
  小岩の存在が必要か?
 アジサシの営巣地付近には大小の岩が存在する。平島沖岩と平島の間に岩礁がある。また、この平島沖、マナル岩の環礁は大干潮に「陸地」になる。大浦湾の二つのブイは、飛行訓練の重要な休憩地になっているか。
 ベニアジサシが小さな岩まで初飛行か。産毛がエリグロアジサシと似ているが、体全体にまだ産毛が見える。
 (8月5日 撮影、大西 照雄)


IMG_0005_20100212094541.jpg
 環境省のホームページ「特に5月中旬から6月には特に注意」としていますが、平島沖の岩7月17日、 8月5日の雛からすると7月末まで抱卵期と言えないか。7月12日、平島岩に大きな変化の兆しが確認された。日記に30から40羽、仲本政幸氏17日カメラマンとして同行してもらう。100羽を越すので写真に「異常」と書いている。アジサシは各営巣地点で膨れ上がってゆく、長島の断崖は爆発的、ブイにも群れ出す。
 素人にはわからないがエリグロアジサシが南の空を見つめて風を掴みだしている。
   (撮影、仲本政幸 7月12日)


IMG_0006_20100212094552.jpg

 続きーやんばる統一連勝利集会

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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