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マスコミは15年前に歴史を戻すのかー「移転論」

昨日は高江
 今日は辺野古

陸上案報道について
 特に新報「『県外・国外』で全会一致を」社説
タイムスと新報は一面トップで報道し、2面で解説、社説も掲げた。陸上案はどのようなものか。記事の内容も両紙でも違い、いかなるものか見えない。両社説に「移設論・分散論」の影が見えるのも気になる。
 
人間の心には「悪と善」が棲んでいる。私は日米政府の沖縄政策を「非理法権」(非道には理性で勝てる。理性は法には勝てない、法も権力者は都合よく使い、都合が悪くなると変える)其れでも、天(人民)は見ている。
 
権力者は普天間・辺野古問題で「悪」を引き出し、「悪」を利用して権を振りかざしてくる。「移転論」は新報一面を見ると「分散・負担軽減論」を持ち、沖縄が容認しうるものでないことは歴史の経過を見れば明白である。タイムス社説「いいかげんにしてくれ」のタイトルに込められているが、「名護市民が拒否する案にこだわり、迷走を続けるより、安保負担の公平化をめぐる地についた議論をしてほしい」(タイクス社説結び)、「県議会は「県外・国外」を全会一致で可決すべきだ。無条件撤去を願う気持ちもわかるが、他県も自ら突きつけられてはじめて問題を実感しよう」(琉球新報社説)と移設・分散・負担軽減論にのまれ始めている。
 
SACOの移転論の現実は沖縄基地の強化・負担強化の現実を見ようではないか。今日辺野古、土曜なのに戦闘機などの訓練が激しい。まさに、「いい加減にしてくれ」である。
 昨日は高江、今日は辺野古、座り込み行動、激励に他府県の方々がどれだけ多いか、沖縄の共有が日本の茶の間まで広がっている。私は「宜野湾にいらないものは、名護にもいらない、どこにもいらない」原点から見る。
 2月 日ブログ「2月18日「沖縄県議会・名護市議会は決議すべきか」である。沖縄自公がなぜ今、「国外・県外移設」を持ち出すか。焦って、「悪」が全面に出た時、「抑止論」「地政学」論に抵抗できない。安保50年の年に議論すべき道は何かを問う。
 
「移転論」「移転探し」煽りは、
 名護市長選挙「日米合意見直し」に「新基地反対」候補擁立に踏み切り、「辺野古に基地いらない」市長を生みだした教訓は何か。移設先は沖縄県民が提起する問題ではない。


  移転論は過去の問題
   歴史を15年前に逆流させるな
 名護市長選挙勝って方向をゆがめてはならない。負けても、負けても、いやなものはいらない。勝っても同じである。がん細胞の転移は権力者のやること。
 すでに、「移転論」について、私は「がん細胞の転移」「がん細胞の増殖」と批判している。1995年3月31日タイムス論壇「3事案へ軍用地主2世の意見」である。15年前である。少女暴行事件の起こる半年前だ。


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 私が辺野古に行くと太陽が必ず出る
   冷たい中陽光が温かい


  干潮になると漁港でも
   ミナミコメツキカニが
 コメツキカニは夏になると数万の群れになって動く、太陽に誘われて出てきた。コメツキカニは動く物体が近くに来ると砂の中に潜る。岸壁の上から見ると潜らない。目は上ガ見えなのだろう。


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 愛華丸が出漁のために
  氷を積みに汀間漁港へ
 いよいよ天気が回復しそうなので、愛華丸がセーイカ漁に出るようだ。テント村は大漁を祈願している。


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石川県輪島の自治体のみなさん
  移転論による、今日の新聞の陸上案は小松空港も関係してくる。普天間・辺野古問題など話す

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 兵庫県宝塚のみなさん。今日は沖縄の皆さんは子ども連れ多い。演習が多いので土曜日であること知らなかった。
今日は土曜日なのだ。



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 米軍の演習
   海兵隊は抑止力ではない
 今日は、戦闘機の動きでウルサイ。米軍のチャーター高速輸送船ウェストパックエクスプレス号が早い速度で北上。シュワブでは、パノラマアンテナ通信訓練、空ではヘリ、土曜日も関係なく動いている。アフガンでは緊迫している。
 
 辺野古の代替施設協議会事務所ににタクシーが止まっていた。何事かが起こっているようだ。辺野古の人がが言った。「アメリカーン、ワターン(辺野古モ)陸上許さん」。単なる被害のみならず軍事基地に関する初歩的知識があれば、この意味はすぐわかる。

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 昨日は高江で防衛局と数時間、やりあって、今日は多くの人たちとテント村授業、現場から見ると「移転・分散・負担軽減論」と結びついた「移設探し」が、過去・現在・未来にとっていかに危険であるか見える。




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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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