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緊急「高江の謀略」-刻む2月24日ー県議会決議の時間

高江情報
 県議会決議の日
  ドジな大西
 25日の県内誌は、前日の県議会決議がほぼ全紙面を埋め尽くしています。
下地幹郎議員などの「嘉手納統合ー辺野古ありき」などのコメントしたいが、
ヘリ基地反対協HPから辺野古関連をリンクしてください。
高江では謀略が具体的に起こっています。
 
 両紙とも、同じ1面で読谷村ひき逃げ事件「無罪主張」と出ています。やはり、想起するのです1963年。国場君轢殺事件、米軍法会議は米兵を無罪にした。植民地権力者は沖縄の闘いが高揚してくる中、新たな反共をめざし永積安明教授渡航拒否問題などに見られるように渡航拒否などで「反米主義」の恐怖を演出しようとした。
 
高江に7:40分、向かう。途中、高江から緊急連絡(8:05)、防衛省・業者・警備会社大量動員。
 なんで昨日は、午後から少人数なのに。と、おもった。
謀略事件が起っていた。カメラにメモリーカード入ってない。ドジ、防衛省職員の前で「しまった」と言えないからシャター撮り続ける。

012_20100225202803.jpg
 (写真提供、兼城淳子女史25日)
土のベットで抗議する。高江の闘いのビデオ(07年8月23日)をご覧になっている方は、左の方は当時の現場責任者です。現在は彼の上に総指揮をする責任者がいる。沖縄防衛局訴訟担当である。現在の辺野古の作業の本質の一端が見えてきます。この写真を撮って現場を去って「駐車場」作りの段取りに入っていた。
 昨日の写真を再度見てもらいます。実は重大なことが行われていた。


043_20100224174111.jpg

 謀略的事件発生
  そして、25日、約60人で現場強行
 23日(火)、N4に設置した単管とN1の杭が抜かれて、名護署刑事課が来て捜査していたようだ。なぜ、朝から防衛省来なかったか。なぜ、公安が急いだのか呑み込めた。
 
 今回の工事の目的は二つ
  一つは、ノグチゲラ、ヤンバルクイナの繁殖期が終わるとアクセス道路、ヘリパットの本格的工事に入る。
 
 二つ目はカキザー(引っかける)。「防衛省戦術うまくなった」と書いてきたが、われわれを嵌める。そのために、訴訟担当が現場を仕切っている。彼が名刺を出しても受け取らない理由である。
 
 事件をしかけてきたと見るべきであろう。あまりにも、露骨だ。おそらく「名護署」は聞き込み調査として住民の捜査を始め、恐怖をあおるであろう。
 今、陸上案への反撃、県議会決議の中で、「沖縄に基地いらない」の闘いは全県を巻き込んで、「斟酌」「抑止論」などを乗り越え始めている。そして、抗議住民3人に1台(防衛省広報、公安含む)のビデオカメラの配置である。
 私が得た「現場状況」はプロの手口のようだ。
 戦後の松川事件、三鷹事件などの謀略事件、松本清張『昭和発掘史』のようだ。さて、誰が、仕組んだ。
 
 さて、この高江の「謀略事件」は、週刊誌など含めた反共組織などに流され、高江の闘いゆがめる手段にも使われる可能性がある。「がさネタルポの時代」である。


 辺野古の闘いも
  謀略との闘いであった。乗り越えた。
 NHKが時折、受信料集金に来る。
 「辺野古の責任者、NHKの報道、取材のあり方で名誉棄損された。辺野古問題が解決
するまで受信料拒否を沖縄放送局に電話で通告している。ご苦労さん」と答えている。
 04年の海上闘争以来、口座引き落とし止めている。
多くの謀略、新聞報道なども都度指摘して来た。
 05年4月26日から、24時間海上体制を余儀なくされて、いつでも、撤収出来るために
船に寝ていた。那覇防衛施設局(現在沖縄防衛局、高江の闘い、防衛省と一貫して書いて
いるのは謀略を想定してのことである。防衛省本省の作戦が高江)は、大型・小型の日の
丸のマークのついたゴムボート24時間配置、迷彩服は自衛隊特殊部隊かと思った。夜中に
威嚇に来る。
 「お前ら、漁師の操業を邪魔するか」と怒鳴ると、さらに、威嚇してくる。ヤグラでは
怯えの日々が続いた。
 ある朝、満潮に向かう潮時をねらって竿を投げて魚釣りを始めた。面白いように釣れて
竿が円を描く、餌を投げては釣れるは、釣れる。
 単管櫓の仲間たちの拍手、大きな声に、黒いゴムボートからも拍手が起こった。その日
の夜以来、恫喝と「仕掛け」がなくなって、話が出来るようになり、いつしか、黒いゴム
ボート消えた。ゴムボートが風に流されアンカーがかからない夜、アンカーの掛け方指導
したこともあった。
 05年9月2日、単管櫓は撤収され、軍民共用空港は頓挫した。
 
高江の事件、誰が仕組んだか。2月24日、この日、貴方も刻んでください。span>

 2月28日(日)2時
  高江集会 高江公民館
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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