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「人間の尊厳」=民主主義の危機、「自然への冒涜」

鳩山首相「歓迎」行動ー5月4日
  県民広場(9:00~12時)
    県民広場(主催 県民会議)
  辺野古海上「歓迎」行動(12:00~)
    船・カヌー、海岸文字など<
    (主催 ヘリ基地反対協)/span>   
    

 日本の民主主義の危機
   普天間問題で警鐘鳴らさん
   人間の尊厳について


 辺野古テント村
 QAB三上智恵アナの取材
  鳩山首相は、4月28日「民族屈辱の日」をわざわざ選び、辺野古に杭式計画を発表した。昨日のブログでナチの手法と書いた。
 名護市長選挙以来、民主党の民主主義を批判するコメントを書いてきた。杭式浅瀬案なるものは過去に3回も自公政権がダメと、日米間で合意したことだ。
 QAB三上アナの取材を受けたが、ステーションQでは放映されなかった。
  私のコメント要旨
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  辺野古ありき
    日本の支配層とマスメディアの戦略を証明
  私は、鳩山の辺野古への回帰、徳之島への「一部移転」は、ナチスの政治手法と以前(昨日の日記も)から書き、日米安保を北緯29度以南に「閉じ込め」、マスメディアは日米同盟絶対論を煽る。今の時点では成功している。
 まさに、政府、マスメディア一体のプロパンダ効果を狙った戦略である。「政府関係者」を幾度も幾度も登場させて、抑止力、日米同盟を国民に浸透させていく、今、この効果は出ている。
1) 日米支配者の民主主義への挑戦で、普天間問題への国民の不満を利用して、名古屋・大阪含め、今、日本の民主主義の危機について警鐘を鳴らさん。
2) 具体的には浅瀬杭法は、埋め立てへの布石で、鳩山の「嘘」が隠されていること。
取材で答えた柱である。
3)民主主義は人間尊厳の問題である。

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人間尊厳について
  鳩山首相とテレビ朝日「報道ステーション」
 鳩山首相が徳田虎雄(徳州会病院)に会って「同島(徳之島)に普天間ヘリ部隊2500人の内最大1000人規模移す」と会談、報道によれば、有事に配置とのことである。テレビ朝日「報道ステーション」は、病気の徳田氏を、流し続けていた。
 この2500はと1000人とは?有事とは、アメリカは戦時だから、具体的戦争であり、沖縄と奄美は血を流せである。 戦争の北緯29度以南だ。鳩山の東アジア共同体は「大東亜共栄圏」の日米同盟現代版か。まるで、北緯29度「捨て石」戦略ではないか。
 海兵隊抑止論による「日米同盟翼賛」は破綻する。日米同盟成熟・深化論は、成熟とは腐れの深化の始まりで、担っている人々は昔も今も変わらない。

1) 徳田氏の姿をテレビで見て「ここまでするか、人間のすることか」、徳田毅氏は政治家、親をと思った・・・。テレビの画像は・・・・。私は、最後まで見ることが出来なかった。冷厳に分析して、闘ってきたが・・冷厳になれなかった。辺野古の闘いの「明日」に、私が耐えられるか・・・。

2)、テント村終了際に、嘉陽のオジーがテント村に来た。来る日ではない。
  嘉陽のオジー「大西先生、マスコミが来て<ミニクジー聞かれた」、細かいことまで聞かれた、「チーヌブタン<血圧上がった>」、テント村に来たら下がると杖をついてきた。まさに、87歳の老人への人間の尊厳にかかわる。
 私は年を実感する戦争・戦後世代である。老い行く父母を抱えている。辺野古の闘いで親不孝の日々であるが、老いを世間に実像と晒す子、メディアを理解できない。徳田さんの映像は直視出来ず、去った。

朝、三上智恵アナに言った。朝日テレビも、鳩山政権と同じではないか。
 『命を掛けた闘い』になる。人間の尊厳と人間否定との闘いだ。

Sさん、「怒り」の文字で出勤して来た。

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 一人の訪問者も大事に
  朝7:24分~4時のテント村終了まで射撃訓練鳴り止まず・・

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 辺野古の村では
  米軍の事故が起こっていた?
 辺野古の村は、区民総出で村の主要な場所をシュワブ(辺野古11班)の家族も出ていた。どんな事故・事件かは知らないが、名護署パトカー2台、米軍MP車1台が出て、現場立会していた。

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  教え子のTさん
   「教え子」を連れて>
 25年前の教え子Tさんが、60歳代の大勢の「教え子」たちを連れてきた。うれしかった。同世代の同僚もいた。社会の学校の生徒たち。

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 (続きー自然権から「自然の権利」へ)

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緊急情報ー民主党政権はナチスの現代版

緊急情報
 浅瀬案くい打ちで政府案決定


5・16普天間包囲に向けて
   全国的連帯行動を 


『民族屈辱の日』4月28日から
   沖縄密約「5・15」沖縄返還
 4月28日は、サンフランシスコ体制で「民族屈辱の日」といわれ、1972年沖縄返還は「密約」のパンドラの箱であった。私は1943年5月15日に生まれた。27年の米軍支配下の沖縄県民の闘いの遺産、先人たちの戒めを復帰闘争記念碑を読んでもらいます。
(最後の節です)
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 4・25県民大会は「大衆が信じあい、力を確かめ、決意を新たにした」日でした。

 5・16普天間包囲「人間の鎖」
  引き続き連鎖行動を


 沖縄の行動に参加するのもいい。日本全国で駅を人間の鎖で包囲する全国連帯行動を、26日の沖縄タイムス、琉球新報、赤旗を活用して、一人でも意思表示出来ることはある。
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 新聞各社の社説
  何が言いたいか
 沖縄タイムス(28日)に、朝日、毎日、東京、中国、佐賀、南日本など6社の社説が掲載されている。朝日は日米同盟受益の観点、安保条約肯定の立場で、負担分かち合いで書いている。産経と差がない。
 「安保隠し」と「移設探し論」では各社共通している。
 普天間閉鎖、返還が沖縄の要求でこの観点はなく、「政府関係者」に振り回されている印象を持った。何が言いたいか読み取れない。私がモウロクしたのか。過去にダメになった計画、計画案を持ち出す「政府関係」で書いているようなもの。さびしい内容だ。
 
 サンフランシスコ体制下でマスコミの役割は沖縄を伝えない、国民に見せない。(1954年全国紙は14件のみ)
 こんにちは状況、日米同盟賛美で、国民の目を安保に向けさせないことであろう。結局は本質に触れず(閉鎖・返還要求なども)、曖昧な日本人を作り、沖縄ありきとあきらめさせること(?)。
 サンフランシスコ条約の北緯29度以南に安保を閉じ込めることが、日本の支配者たちとマスメディアのめざすことであろう。1945年から現在も変わらない。
 この観点に立って普天間問題見ることであろう。
テント村座り込み解かない理由もわかるはずです。辺野古は日本の「第4の権力」(メディア)との闘いでもある。

緊急情報

(続きー現代のナチス民主党政権)

 

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異常な民主主義ー鳩山政権閣僚、マザコン民主主義か

 拝啓 鳩山首相殿
   あなたも、あなたの閣僚も
    民主主義を知っていますか


今日もテント村留守番
  首長が国会前で座り込みしなければならない異常国家日本
 27日(火)朝起きて、新聞をそこそこに開いてテント村出勤。今日は2時までに団体さんは人組。
 鳩山首相、沖縄県民大会「民意の一つ」と発言。知事、全県会議員、全沖縄の市町村長、議会長が県民10万近くの県民の参加(特にシーミーの日)「基地いらない決議」を行った。これを「一つの民意」認識する。名護市民投票から苦節13年、直接民主主義、議会民主主義を確立して来た「民意」以外に、別の民意があるのであろうか。鳩山首相の民主主義とはいかなるものであろうか。平野官房長官の「斟酌しない」など、民主党には民主主義は通用しない。語る資格もない。母親のお金で票をもぎ取ることが民主主義か。それは「マザコン民主主義」とでもいうべきであろう。そんな、怒りで、テント村で新聞読みなおしてみると、新報社説に同じような論評がある。
 県民大会で知事の発言に、80歳の老人が「アメリカと戦争しよう」とヤジが飛んだ。この老人は国会前、沖縄の首長代表とともに「座りこんだ」。日本の国政史上初めてではないか。日本の民主主義は異常な状況を迎えている。
 この大会は、95年10月21日の県民大会より規模が大きく、なおかつ、全国的に連鎖行動が行われている。
 安保条約まで踏み込んだ発言が特徴だ。

 桝添要一議員が
  小選挙区制が日本の民主主義、政治家の力を弱めている来た見たいなことを言っている。05年正月3日、彼が命を守る会の事務所に来たことがある。
 大西「あなたとどこかで会いませんでしたか?」
彼は、ニッタと笑った。後で知った。家族でお忍びの旅行であった。


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 テント村の昼食
  ウドンお汁
 名古屋の浅見裕子さんがうどんを作ってくれました。みんな楽しく食べました。名古屋で学習会、講演すると名古屋のみなさん、手料理で懇親会してくれる。沖縄的だ。

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 テント村の昼食
  ウドンお汁
 名古屋の浅見裕子さんがうどんを創ってくれました。みんな楽しく食べました。

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  体力をつける散歩
    サギの姿に見とれて
 テント村の干潟を散歩、サギは潮が満ち始めると渚で舞います(餌取り)。干潮には川で餌取っています。私の散歩に慣れたのか、忍び足で魚を追っていました。

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 突然爆弾が
  大地を揺るがす
 散歩終わって、午後2時、爆弾がさく裂。廃弾処理、煙が久志岳を包み込んだ。

琉球新報社説

県民大会要請 閣僚の言葉が軽くないか2010年4月27日
 4・25県民大会の代表団が決議文を携え、上京した。その要請に対し、北沢俊美防衛相は「鳩山由紀夫首相が最低でも県外と言ったことを踏まえ、県外を目指して頑張っている」と述べた。
 言外に「首相が県外と言っているから、仕方なく頑張る」と言っているように聞こえる。まるでひとごとのようだ。
 平野博文官房長官も「県外を目指して頑張っている」と述べたが、現行案回帰だの、くい打ち桟橋だのが政府案だと漏れ伝わる現状をみると、真剣な発言とは思えない。
 言葉が軽すぎはしないか。沖縄の歴史を踏まえ、重い決意を秘めた大会の意思表示は、口先だけの対応で済まされるものではない。
 「県外」にこだわる首相に対し、閣僚たちは「県内」で包囲網を敷いている図式に見える。首相は孤立無援のようだ。
 だが、住民の一致した民意に背いて移設を強行するのなら、それはもはや民主主義の国ではない。その意味で首相は正しい。敵意に囲まれては基地の建設はできず、結局は徒労に終わることを、閣僚たちは知るべきだ。
 「フェンスの中に閉じこめられているのは、基地ではなくわたしたち」。4・25県民大会で、最も印象に残ったのは高校生代表の言葉だった。島袋純琉球大教授が述べるように、「沖縄の本質的問題を指摘してくれた」からだ。
 米軍機は夜明け前だろうとお構いなしに飛び、沖縄の人々は睡眠さえまともに取れない。米兵ならひき逃げをしても事情聴取すらできず、基地に逃げ込めば家宅捜索すらできない。損害賠償も支払わずに本国に逃げ帰ればよい。
 彼らに許されているのは限りない「自由」であり、沖縄の人は自分の島に住みながら、人として最低限の尊厳すら守られない。こんな状態を沖縄に強制できる権利はだれにもない。県民大会でわたしたちが確認したのはそのことだ。
 県民大会に対し、鳩山首相は「民意のひとつの表れ」と述べた。より正確に言うと、「民意が一つであることの表れ」だろう。沖縄がこれ以上本土の犠牲に供されるのは許されない。その一点に、県内の民意が収れんしたことを示している。
 代表団は27日、国会議員会館前で座り込みもする。県議会議長や首長がそこまですることの意味を閣僚たちはかみしめてもらいたい。


 「アメリカ政府の報道紙」?
   産経新聞「主張」-「普天間問題―国益が日々失われていく」(4月27日)
 自公政権に普天間移設を沖縄県民は3度頓挫させてきた。4度目の「現行計画<V字計画>も「島ぐるみ」、沖縄の民主主義で選ばれた全ての力が結集した。キャンベル国務次官補の来日に焦点を当て、産経の社説(主張)は、アメリカに媚びる。日米首脳が行われると在日米軍の末端まで動き、日本の政治家を「恫喝」する。
 米政府高官が来ると日本の大手紙が「安保大本営」として「恫喝」する。実に、面白い。


 20年もキャンベル国務次官補が普天間問題している。失敗だけして、日米担当にキャンベルしかいないのか。アメリカも人材不足だ。
 05年10月19日、国会外務委員会控室。照屋・赤嶺議員の計らいで河相北米局長(当時)、大古防衛局長(当時)に、真喜志好一・大西が、米軍再編成「空港と港をセット」に交渉するのか。と、詰め寄った。貧乏ゆすり(?)、汗かき(?)の姿を見て、この人たちがアメリカと対等平等に「外交出来る?」と思った。それが「日米合意」いわれているV字計画とロードマップである。
 これらが、作る計画案が潰れて日米の「国益」を日々失って来たのである。4度目、次は5度目? 日米の政治合意、産経新聞は鳩山首相と同じではありませんか。

日米関係の進む道

沖縄県民大会終えて
 東京要請行動・国会前座り込み


 私は留守番で
  テント村村長
 県民大会の決議で東京行動に100人以上が参加。大会は知事はじめ沖縄全首長参加。民主党政権とオバマ政権どうする。まだ、SACO 以来キャンベルでは時代遅れ。
 テント村多くの方が訪問、3回、団体さんに「授業」しました。大会の意義、総括、今後の課題などは、忙しく、文章に出来ません。

  4.25県民大会へのメッセージ送られた氏名紹介されました。日本平和委員会の地方組織がかなり読み上げられました。平和委員会の1員として、熱い思いがありました。
 平和委員会のみなさん、ありがとう。平和新聞コラム「宝の海」の連帯・友好への訴えが大切な場で、いただきました。

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 沖縄の新聞1面
  タイムスと琉球新報写真にしました。
  コンビニなどの販売売り切れ、他府県からの参加者お土産に買いこんだようです。


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 赤旗は壇上から首長、自治体議長、県会議員も入っていました。
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会場の木陰に
  多くの参加者
 いずれの新聞にも入っていません
 たくさんの方が会場にたどり着けませんでした。沖縄の車社会の特徴です。

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安保条約を解消して
 日米平和友好条約への道を、この道こそ歴史が進んでいる道。

沖縄はシーミーの季節
  県民大会9万3千人の参加
 首都東京ならどれだけの参加になりますか

 
ヤンバル統一連前夜祭(24日)
 安保廃棄の皆さんと交流(約200人)


 稲嶺進名護市長激励のあいさつ
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 シブイ(トウガン)の刺身で歓迎
   自然でいいでしょう

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私が栽培した
 島ラッキョウ

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 24日リーフチックが行われました
   平和丸調査船で参加しました。
  大浦湾ウリズンの季節・ウミガメの産卵きに入ります。甲羅に海草がついています。亀は万年。キャンプシュワブ海岸は、基地の出来る以前はウミガメの産卵場所で、地域の人たちは卵を食べていました。それでも、ウミガメは湧き出ていました。今は水陸両用戦車が踏みつけ、防衛省準備書では「適地ではないと」書いています。適地でない原因は書いていません。ワシントン条約を踏みにじってきたアメリカです。アメリカのダブルスタンダード、アメリカ国民は知る必要があります。ジュゴン・ウミガメの生態系を破壊して来たアメリカ。クジラ保護で日本を(?)・・・棚原盛秀さん、メールで送って来ました。

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2・25県民大会
   私のカメラでは全体が入りませんでした。

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 稲嶺進市長の挨拶凄かった
   壇上から降りて反対協の中に
 嘉陽さん、安次富・大西代表と記念写真。この意味は大きい。

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 名護・宜野湾・うるま市長は「安保」に触れていました。私、この数日、とても、忙しいです。大会の解説は今後行います。
 
明日の沖縄タイムス、琉球新報読んでください。
全国の連鎖行動、とても、感謝しています。

4.25(明日)沖縄県民大会
 アメリカワシントンDC集会
   日本の各地で連鎖行動を!  

 仲井真知事も参加るようです。


 なんとなく忙しくしています。日本環境法律家連盟からメールが届きました。英語の読めるみなさん読んでください。


4月25日 沖縄県民大会にむけて、アメリカ市民からの連帯メッセージが届きました。4月25日の沖縄県民大会に向けて、アメリカ市民からの連帯メッセージが届きました。
現在、翻訳作業中です。明日夕方には、このブログにも日本語をアップしたいと思っています。
全国各地の集会で、アメリカ市民も、私達と共に、声をあげていることを、お伝えください。
_____________________________

Solidarity Statement

April 25, 2010
Network for Okinawa

We, the members of the Network for Okinawa, represent many hundreds of thousands of Americans and people around the world who support democracy and environmental protection in Okinawa. Our grassroots network draws together representatives from U.S. and international peace groups, environmental organizations, faith-based organizations, academia, and think tanks.

Today we proudly announce our stand with the governor, the mayors, the media, the Henoko village elders, and the one million citizens of Okinawa; the thirty thousand residents of Tokunoshima, and the hundreds of thousands of citizens across Japan who support Okinawa. From across the Pacific Ocean, we support their demand for the closure of the Futenma U.S. Marine Base and opposition to any new military base construction in Okinawa and Tokunoshima Island.

We appeal to Prime Minister Hatoyama to keep his promise to the Okinawan people and honor their rejection of any new construction in Camp Schwab. This includes a proposal to build a runway within the base already rejected in the 1990’s. The mayor of Nago, Inamine Susumu reiterated this rejection this year. We also ask Prime Minister Hatoyama to reject the U.S.-Japan 2006 proposal to construct partially offshore runways. This expansion would destroy the coral reef which is the home to the Okinawan dugong, blue coral, and other species, It would damage beautiful Yanbaru Forest, home of many beautiful animals and plants, including endangered species.

We call upon President Obama, as the commander-in-chief of the U.S. military, to honor the Okinawan democratic decision to remove the U.S. Futenma Marine base out of their prefecture and their call for no further U.S. military base construction.

The U.S. military built its first military bases during the Battle of Okinawa to serve as a platform for an invasion into Japan, then ruled by an imperial militarist wartime regime. Over two hundred thousand Okinawan civilians, American soldiers, and Japanese soldiers died in the crossfire between the U.S. and Japan in that battle. It was the bloodiest in the Pacific War.

But the war’s end did not bring peace to Okinawa. The U.S. never dismantled its military bases and began to use them under its own Cold War military regime with a never-ending succession of enemies: Korea, Vietnam, Laos, China and the Soviet Union. Some U.S. and Japanese officials again imagine China a threat—despite détente and ever-increasing economic integration between China and the U.S., Japan, South Korea, Australia, and other nations that deems war very unlikely.

Former Okinawan governor Masahide Ota stated—that for Okinawans—the war never ended. Many Okinawans still experience anxiety and depression from wartime trauma. The remains of 4,000-5,000 dead Okinawans have yet to be collected. Unexploded bombs remain throughout the island. Over 5,000 Okinawans have been the victims of crimes committed by American soldiers. Mr. Ota, therefore, asks: “Why shall we start preparing for a new war, while the old war is not over yet?”

Network member Peter Galvin, Conservation Director of the Center for Biological Diversity states, “Destroying the environmental and social well-being of an area, even in the name of 'national or global security,' is itself like actively waging warfare against nature and human communities.”

The US government has repeatedly promised reform in Okinawa. The 1972 "reversion" of Okinawa from the U.S. to Japan did not result in promised demilitarization. Their latest proposal—first made in 1996 and renegotiated in 2006—does not “lighten a burden.” It instead would move U.S. military pollution, noise, and assaults from Ginowan City to untouched Henoko.

How many elections, resolutions, and mass-scale rallies does the Japanese government and US government need before they hear the message of the Okinawan people?

We, the many people in the U.S. and worldwide, of the Network for Okinawa--hear and support these messages for removal, not relocation of military bases from Okinawa.

To illustrate, we would like to share some individual remarks from our supporters:

Gavan McCormack, Australian National University professor states, "An alliance that treats the opinion of Okinawans with such contempt is not an alliance of or for democracy. The ‘free world’ used to be fiercely critical of Moscow for trampling on the opinions of Poles, Czechs, and Hungarians; now, in the name of ‘freedom,’ it is about to act in precisely the same way. Does freedom mean so little to those who pretend they defend it?"

John Lindsay-Poland, Director of Fellowship of Reconciliation’s Latin America program, states: "Military bases in Japan and other countries are material projections of the will of the U.S. to use war and violent force. War is not only brutal, unjust, and ecologically devastating, but unnecessary to achieve legitimate aims.”

Kyle Kajihiro, Program Director, American Friends Service Committee - Hawai'i Area Office, states: "The powerful Okinawan demand is clear: peace is a human right. The Okinawan people are an inspiration to our own movement. We stand with them in solidarity for peace across the Pacific."

In a speech she gave in Stockholm, Japanese Canadian author Joy Kogawa paid tribute to Okinawa’s peace-loving traditional culture that honors the sanctity of life:

“There is a certain small island in the east, where the world’s longest living and intensely peaceable people live.

“My brother, a retired Episcopalian priest, was in Okinawa for a few years in the 1990’s. He told me that in 1815, Captain Basil Hall of the British navy steamed into Naha, Okinawa and was amazed at what he found. The story goes, that on his way back to England, he dropped in to the island of St. Helena and had a chat with Napoleon.

“’I have been to an island of peace,’ the captain reported. ‘The island has no soldiers and no weapons.’

“’No weapons? Oh, but there must be a few swords around,’ Napoleon remarked.

“’No. Even the swords have been embargoed by the king.’

“Napoleon, we’re told, was astonished. ‘No soldiers, no weapons, no swords! It must be heaven.’

“A unique culture of peace had developed in one tiny part of our warring planet…

“When Japan, that once warring nation, took over the kingdom, there was an entirely bloodless coup. No soldiers were found to help later with the invasion of Korea. A disobedient people, Japan concluded. A kingdom without soldiers was clearly impossible. Okinawa, with its history of peace, must surely have had a culture as close to heaven as this planet has managed. And perhaps therefore a special target for the forces of hate.”

Today our world stands at a crossroads between survival and self-destruction. We must transform from a world dominated by a culture of war into a world led by cooperation and nonviolent conflict resolution. Instead of forcing more unwanted military violence upon this peaceful island,
the U.S. and Japan would be wise to model Okinawa’s democratic culture of life.

1996年ー高校生から学ぶ日米平和友好条約への道

4・25沖縄県民大会
 興南高校生の「信じあい」「力を確かめ」
  知事の態度に「くさらず」、勝利への確信で

隔世の歴史(3)
 日米平和友好条約を学ぶ
1990年代初期、宜野湾の高校生の描く普天間都市構想に即発されて普天間基地を学び教える。
 沖縄の民衆の歴史、沖縄の心学ぶため、伊江島と伊佐浜を学びの中心に据え、阿波根昌鴻翁の「わび合いの里」をほぼ毎週訪問していた。
1996年、沖縄で全国高校生平和集会(600人)のサポート教師の一人として千葉高校生平和ゼミの「日米平和友好条約草案」に驚いた。
 
 同年9月、訪米する。平和友好条約を英文して国防省・国務省・議会筋、NGOに配布した。
 アメリカ行動報告は、『国際法律者協会』機関誌96年12月、歴史教育者協議会「月報」同12月に掲載されている。
 
報告書を
 「あと数年で20世紀が終わろうとしている。・・時代を、歴史を、今日ほど鮮明に意識するときはない。・・21世紀を前にした今日の状況は、まさに変化というには余りにも大きな激動[であり]・・歴史を創ることの[が問われている]
 (第1学習社『世界史』)
 と結んだ。
 私の学校教育の柱は、21世紀の人間が身につける営みを、「平和の文化」「生物多様性保全」が結合し地球の隅々で展開される。
 辺野古の闘い、も、この二つの結合で担って来た。
 すでに、高校生たちは英文にして国際的に発信していた。読者から高校生の英文が送られてきた。紹介する。

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 (1996年12月、阿波根昌鴻翁、いつも、出てくれた。96歳 02年3月没福島県高教組と)
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(続きー高校生は世界にー阿波根昌鴻翁)


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仲井真知事を「無音」で「歓迎」しようー箱物は誰のもの?

仲井真知事の役割
 大会の足を引っ張る
  拍手なしの沈黙で知事に対応しよう。
 沖縄はウリズンの季節、シミー、区の運動会、アブシバレーなどが営まれる。大会を開くにはいい時期とは言えない。みんな悩みながら、さまざまな努力をしながら大会の成功を目指している。
 その中で、仲井真知事が参加するか。しないか。「迷ったふり」をしている。仲井真は、彼の足跡見ると「自己決定権」に乏しい、呼ばれて副知事になり、天下りで沖縄電力の会長になり、経済人を標榜しているが、起業家の実績はない。
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(今日も米軍ヘリ住宅地上空、政府は否定するが・・」

 島袋名護市長・東宜野座村長の
  「確認書」を流れに任せて
 仲井知事と政府との間に「V字(現行計画)」の文書は存在しないと思う。流れに沿って「沖に移動」をいい、現行計画に推進して来た。彼は大会が大きくなるのを恐れている。これまでの知事は基地問題の異常事態に深刻な顔をしたが、テレビ・新聞などで仲井真知事見ていると、「よそ事」の顔に見える。稲嶺知事は潔く身を引いた。
 彼は大会に参加する。マスコミ効果の政治的機会を見て「自己決定する」。常識的に見て、大会日程決まるなかで、飛び込み挨拶?常識違反となる。
 知事が島袋元名護市長、新風21、公明党名護にまだ追従をするはずはない。
すでに、新聞意見に、参加させるなと、意見が出始めた。当日の参加なら絶対に拍手をしないことだ。おそらく、「よそ事」発言になるであろう。
 (ヤンバル統一連、県民大会呼びかけ、右具志堅徹、中央比嘉 靖、左仲本興真、名護市役所前、リレー呼びかけ、21日)

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(ヤンバル統一連 県民大会呼びかけ、城区、東江区、21日)
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 (続きー隔世の歴史(2)ー「道の駅」の姿」

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日本列島連鎖行動
 普天間撤去、日本のどこにもいらない


沖縄タイムス世論調査
  沖縄県民の意思は揺るがず発展

 隔世の歴史メモ(その1)
 タイムス世論調査である。私は2000年からヘリ基地反対協の代表委員についている。当時はまだ、高校教師現職で組合の代表ではなく、名護平和委員会の会長としての就任であった。日本教職員組合が安保容認に入り、脱退して沖縄高教組の組合員ではあった。
 沖縄サミット、振興策、沖縄金融特区など「バラ色の名護」であった。2003年、韓国の反基地闘争を学ぶ旅にで、これから来るであろう環境アセスに対して、3月13日、ヘリ基地反対協総会に環境アセスに対抗するために「プロゼクトチーム」の組織化を提案、9月23日「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」(個人加盟約600人)を立ち上げる。
 イラク戦争(3月20日)の緊迫した年である。11月17日、那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)は、手続きを開始した。退職願いをいつも持っていた。踏ん張った。無事、定年退職(04年3月31日)し、「第二の人生」辺野古が始まる。
 ヘリ基地反対協とアセス監視団は、辺野古の闘いの車の両輪である。歴史の進展は隔世の感がある。
 この頃、平和新聞を見ると、ビエケスの代表、韓国メハンニ、キム・マンギョ氏などとの対談が特集で組まれている。
 タイムス世論調査読み、知れらざる歴史を書いてもいい時代に来た。

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   (続きー基地と周辺の花(2))

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仲井真知事はどうする。裸の王様?ー電撃的参加で人気得る計算?

 4月25日 日本列島連帯行動を
  ワシントンDCでも集会とデモが


日米安保条約解消して
  日米平和友好条約で対等平等の日米人民の友好・連帯を!


  4月19日辺野古
    また、始まるか闘いの日々
 6年前、私の第二の人生が始まった日。足が辺野古に向いた。同じように南の風が強く雨が降っていた。テントは南から打ち込む雨を防ぐために簾が下ろされた。

 6年前と同じようにときどき太陽が顔を出した。違うのは、日米政府が追い込まれ、普天間・辺野古が日本語の固有名詞になり、日本の対米追従政治のシンボルになっていることだ。

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(簾が下ろされたテント村 19日ノボリ旗)
 そもそも論と「苦渋の選択」
 日米政府の日米同盟深化の中で、「安保そもそも論」「海兵隊論そもそも論」「海兵隊そもそも、海兵隊定員(1万8000人)神話論などが崩壊、安保北緯29度に押し込めが見えてきた。
 仲井真知事の新基地誘致は「苦渋の選択」ではない。苦渋の選択は稲嶺恵一知事・岸本建男であり、仲井真知事は、島袋吉和前名護市長のV字(現計画)の流れに乗って、積極的、確信的、誘致である。だから、県民大会をめぐっても、流れに乗れない真似して、政治的に有利の状況(大会当日)で参加するであろうが、沖縄県民は仲井真知事の腹を読み切っていることはすでに述べてきた。知事職の参加は大会規模に影響を与える。仲井真知事は大きな大会になることは、V字計画への回帰が不能になる確信的選択であろうが。流れは、小手先で動くものではない。
 仲井真知事に残された、大会参加表明のチャンスは1両日しかない。日米政府は北緯29度に普天間を押し付けるであろう。
 沖縄県民の意識は、知事の思惑超えて、知事は「裸の王様」か、裏切り者になる二つの道が残された。どうする仲井真さん。お父さんの元階さん、方言ニュースで、天国から諌めているのではありませんか。
 
 参議院・衆議院同じ選挙、新党騒動がマスメディアを賑わし始めた。 日本の支配層は、自公政権の古狸たちに新党結成騒動起こさえせ、日米同盟ー米軍・自衛隊一体化政策、憲法改正など競わして争点を回避しようとしている。飛び付く、メディアも煽っている。
 そもそも、海兵隊は撤退させることが初歩的問題解決の道である。
など、など、ブツブツ言いながら、4月19日の辺野古・キャンプシュワブを散歩した。
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 (安次富浩代表有刺鉄線で説明していました)
 有刺鉄線の下にはヤドカリが群れて遊んでいました。
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 ペットボトル・酒瓶に
  折鶴が一杯入って、有刺鉄線に

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 キャンプシュワブの金網
  散歩しました。
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 ( 監視カメラ付近からマナル岩を展望しました)
 基地の中、
  基地の周辺にはさまざまな花が咲いていました
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 (イボタモドキノ花はウリズンの磯の花)
 (続きー基地と周りに咲く花たち(1))


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4月18・19日ー6年前と現在


辺野古テント村7年目に入る(2192日)
  島ぐるみ・全国ぐるみの闘いの発展するなか
 辺野古のオジー・オバーの8年の座り込みの04年4月18日、私は泡瀬干潟の闘いの中にいた。あれから7年目の4月18日、沖縄市長選挙告示の日、徳之島1万人集会が開かれている。
徳之島1万5000人
  沖縄大会も続こう

 泡瀬の4月18日は辺野古に大きな意味があった。また、市長選挙の勝利の意味も大きい。

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「暁の攻防」4月19日、
  徹夜の体制作り
 ほぼ、寝てない。カヌー配置。漁港内作業ヤード建設攻防戦。勝った。騙されまた攻防戦。漁港内座り込み。
 この日から「日記」が始まる。

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 漁港入口にテント村建ち
  現場交渉33回(9月5日?)

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 テント村「憲法」
  非暴力と整然とした行動

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 テント村村長から
  海の闘いの責任者へ
 すでに、2002年からジュゴン1号購入、カヌー配置、04年9月7日から海の闘いに入る。9月22日、「毎日日記―宝の海」ブログ発信。今日まで毎日更新。旧宝の海はサイト会社の都合で消えた。


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  ボーリング櫓撤去
   米軍再編成の闘いへ
 軍民共用空港に対する闘い日記『愚直―辺野古は問うー沖縄非暴力の心』にまとめた。『愚直Ⅱ』に再編成に入った日記をまとめたいが、現場の闘い、課題が広すぎ、今の頭でまとめる力ない、金もなし、時間もなし。
 私は「モノ書き」、「評論家」でもない。現場に食らいついてメモを書かないと自分を見失う。教育日誌など誰も読めない記号で記録している。今は、人指し指でパソコン。
 写真も膨大になった。CD化出来るようになった。
   カナダ(バンクーバー)世界平和フォーラム、エクアドル国際反基地ネットワーク結成総会、反NATO イベントで国際活動も。


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珍しい花に出会いました
 幸福の木の花
散歩中、千年木の仲間(マッサン)、幸福の木に花が垂れていました。


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もつれにもつれる日米政府ーのんびりテント村

 ヤンメームンぬテント村(4月17日)
  浜遊びは楽しい
 全国的に異常気象、テント村も寒いが太陽が出て陽気。常連のTさんがデアトリスの花バケツに活けた。少なくない皆さんが各県に呼ばれて、テント村村長。
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 花とワン公たち
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 午前中、ニライカナイの神、龍神の神の住む漁港の島を散歩する。

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島はアザミの花が咲き終わり
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昨日は3グワチ3ニチ(浜降りの日)
  海に出て貝や魚を取る日
 御願の跡が
  辺野古の闘いは、地球の神々の連帯した闘い。
  グンバイヒルガオで正方形の囲いをして、願いごとをしたようだ。何を祈ったのであろうか。

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 島はグンバイヒルガオで囲み、花が波打ち際に。初めて見る祈りの後。
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 神々のすむ島の向こうに、神々の信仰の厚い勝連半島や島々が浮かぶ。神をも恐れぬ日米政府。
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 護岸にはハマホウレンソウが茂り、ミンブトカー(マツバ牡丹の一種?)、今夜のおかずに摘む。
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  村人や子どもたちが浜降り、貝、ウニ、カニ、タコなど捕る。
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 (続きーテント村授業と赤旗日曜版)

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最大の敗北者ユキオー日本外交の醜い姿が世界の常識的見地

大きい文字 金曜早朝無言座り込み(4月16日)

 海兵隊員の出勤
  少なくない海兵隊員が民間地に住んでいると思われます。従業員、兵舎工事人、海兵隊出勤で交通渋滞(?)になります。北(名護方面)から来る車両は南の20分の1ほどである。

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 全国から寄せ書き約80枚
  みんなで結びます。
 東京で雪が降ったようだが、雨も降り冬に逆戻り。

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 オジー・オバーもカッパと傘で
  頑張っています。

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縁石に座って
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 アカサナジ(赤いフンドシ)
  沖縄の漁師はサメから身を守るためにアカサナジで潜った。

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 反対協は市内5か所に横断幕

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 今日のニュースより

その1、「最大の敗北者」
 沖縄タイムス「ワシントン共同」として、ワシントンポストコラムで書くサミット最大の敗北者ユキオ、を皮肉っているようだ。すでに、私は、日本の恥、鳩山・小沢は外交的に恥の上塗りの連続である。これが外交の常識的見方だと思う。沖縄は「民族の屈辱に燃える島」である。日本外交の恥を65年間、肌で受け、深く味わっている。「ユキオお前もか」。
 
 日本の支配層の歴史的道徳には「恥をそそぐ」がある。鳩山や小沢に「日本的道徳」があるとすれば、「道は二つ」と昨日の日記だ。ワシントンポストも「何十億」と書いているようで、すごい皮肉である。だとしたら、お金で「恥をそそげ」「恫喝せよ」が昨日の日記。そんな、勇気のある政治家は日本にいない。
 
その2、またも、屈服し始めた鳩山政権
日米政府筋、現行計画(V字)の沖合い修正(50m移動)で決着する方向性、地元合意も一定程度あれば、合意とみなすような印象。「日米合意」に代わって「修正案」が一人歩きする可能性がある。国民だまし、分断が激しくなるであろう。分析これから。とかく、イエス、ノーの言える国民運動が求められている。
 
その3 佐藤優「ウチナー評論」
 昨日、佐藤優についてコメントしたら、電話で言いすぎではないかと読者からあった。
 佐藤優は116回で、次のように書く。
 「オバマ、東京の米国大使館あてに日本語もしくは英語で手紙を書くことだ。効果がある」
 どれだけ、沖縄は書いたか。私はこのブログで我が家に伝わる琉球王国聞大君から拝命された品々を奪った少尉について、3回領事館に手紙を書いている。返事はない。
 こんな、佐藤優の提言、幾多聞いたか。しらじらしい。必要かもしれないが、今の沖縄の問題、子どもの手紙みぐらいか。昔、小学校の先生にどれだけ手紙を書かされたことか。外務官僚らしい言い方だ。だから、オバマに「こけ」にされるのだ。



鳩山首相に残された二つの道ー名護市実行委員会結成総会


出口は見えなくなったか」
 単純にみる目で愚直な運動こそ力の源泉

 沖縄タイムス社説「日米首脳10分会談―出口が見えなくなった」で、結語は「米国が態度を変えなければこの複雑な連立方程式を解くことができない。政府は米国の態度変更を引き出しうる、小手先でない解決案を追及すべきだ」である。
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 オバマ・鳩山「食事会談」を、惨め、恥文化の消失と書いている。
タイムス「10分会談」皮肉を込めている。
この国の保守支配層は政治・経済・文化まで日米安保で潮漬けになって、しなびて「タチガレ日本」を競って、オール日本政党看板にし始めている。外にも内にも恥を失い、坂本竜馬あやかりブームに乗ろうとしているが、竜馬も「コケにしおって」と怒っているであろう。
 日米首脳会談が開催されると、沖縄の末端の基地の兵士まで動く、11月12日・13日ブログ参照。今度も、偶然とは思われない。まさに、日本の政治家を恫喝する「抑止力」として、海兵隊まで動かして、作戦行動徹底しているように思われる。

 琉球新報はフォーラムを開催、宜野湾・名護・うるま市首長が出ている。軍事評論家の岡田俊次氏は「強制的に(米軍に)出ろというのであれば安保条約を終了すれば、全部出ていく。しかし、同時に米国と敵対関係になる」と「佐世保の揚陸艦のそばがいい」と結ぶ。
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 出口がふさがれたか
  追いつめられる日米政府
 岡田氏は安保廃棄の軍事評論家ではないように推察される。今日の普天間をめぐる到達点は安保条約10条の行使に向かい始めてきた。日米同盟で糊塗出来なくなってきた。
 13年、計画変更で巨大化するたびに「出口が見えない状況」に陥ることがあった。V字2本滑走路(現行計画)、方法書(07年8月)出され、12月12日第5回代替施設協議会(官邸)の資料に、大浦湾作業ヤードの浚渫場所(ユビエダサンゴ)が密かに消えた。ロードマップ(建設工程表)崩せると確信した。当時、ターゲットを大浦湾作業ヤードに絞って、意見書、環境アセス審査会の現地調査など要請を強めていた。
 作業ヤードきえた記事、赤旗12月19日のみであった。
 「出口を確信した」、方法書で工程表8月狂い、2014年完成危うくなり始めた。グアム移転など準備書と政治的闘いに入った。「日米合意」重視論は、日米合意軽い論の表明であると批判開始。代わって、海兵隊抑止論、日米同盟深化論登場。
 ドイツを見よ。核兵器撤去現実政治になった。核抑止力の崩壊に比べると海兵隊抑止力は笑止。論理的にも「出口が見えないのは日米政府」、まして、日本政府の「斟酌」論は民主主義と無縁、アメリカ政府の普天間居座りは「血で占領」した占領政策への逆戻りで、ハーグ条約違反の戦争国家の姿を見せる。
 沖縄県民を収容所に押し込んで占領した基地は永久に保持、日米政府の約束事は、紙切れか。 
 アメリカ政府を「恫喝」しよう
   日本国民の二つの優位
基地関連が沖縄の総生産に占める割合は5%である。在日米軍一人当たり「思いやり予算」は年1200万円と言われる。これだけの所得を得る国民は何パーセントであろうか。
 在日米軍は日本のお金がないと維持できない。
  「思いやり予算を削減せよ」「教育福祉に回せ」を国民は声を大きくすること。
グワム移転費、日本は国会批准、アメリカは政府間合意、予算提案権を持つ議会は拘束されない。クリントン国務長官の就任祝儀にしては多すぎる。
 アメリカ政府は欲張りすぎると、安保の全ての利益を失う。失い始めている。政治を台所からと言う。普天間問題は日本の「茶の間」の話題になった。
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二つ目は
「安保条約10条の行使」を声高らかに、日々の生活の中でいうことだ。現在の沖縄基地は「日本・極東」を逸脱して、世界へ展開している。国民が安保条約知れば困るので、日米同盟、日米同盟・・・・・と、日本の支配層とマスメディアは使う。
 日本の仮想敵国はどこにいる?「中国?」、アメリカの外交・経済を見よ、一連のオバマ外交、弱腰日本相手にしてないのではないか。
インベーダー映画(マスメディアのプロパガンダ)の見すぎで恐怖に陥っていないか。
今、日米安保条約を解消して、対等平等の日米平和友好条約への道を歩む時。この確固とした外交政策が。求められる。タイムス社説「小手先ではない解決案」であり、敵対ではない常識的道であろう。
 
 外野席から
  琉球新報に一言
 佐藤優「ウチナー評論」(116回、新報4月10日)の末尾で『「小沢一郎」と「米国」が、「最低でも県外」を実現するためのキーワードである』と書いているが、どうしょうもない元外務官僚である。その小沢がアメリカから断られた。以前にも沖縄大使を褒めて、この沖縄大使が沖縄を侮辱した。
 私は、外務・防衛のトップクラスと面談して、卑屈な外交姿勢に愕然とした。ペンタゴン・国務省訪問し沖縄の事実や民衆意識が伝えられてないことも知った。小沢を褒めて、褒めた小沢がアメリカから拒否、しかも、知日派の外交官の要請である。
 元外務官僚は「外交の風」を読めてない。沖縄の冷静で論理的な要求、怒りは鳩山内閣打倒(昔はよく内閣打倒闘争、沖縄は勇ましい打倒とは言わない)へ発展しそうである。そんな沖縄の民衆意識を政治家個人を中心に見る視点は、「ヤーグワーツクエー」(家の内、自分の世界―外交官の視点と人脈)の域を出てない。
 アメリカに小沢、鳩山が侮辱されても、こんなこと書く、笑い物だ。まったく。沖縄県民の歴史は小沢に期待するほど軽くない。17日(土)に、また、風を読めなかった言い訳するのであろうか。よくも、マー。116回も、琉球新報さん。「鈴木宗男後援会」特集記事いつまで続ける?

(続きー名護市実行委員会結成)


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パソコン逝かれ始めた?-鳩山政権、国会も逝かれて来た?

テント村(14日)
 鳩山・オバマ「食事会談」、沖縄基地が動いた。今日は、銃声は聞こえるが、朝早くゲート前で、カメラで動きを取ろうと待つこと1時間、動きがない。
 11月12日のオバマ会談と同じように鳩山「恫喝」で動いていたのだが、今日は基地も動かず、訪問団体もなし。
 偶然なのか、空も陸上も「食事会談」終わったら、静かだ。大統領と米軍連携か?
 生きものたち撮りまくったけれども、映像がパソコンに表示されない。
 チョウチョウの真昼の恋だけは出てきた。
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 テント村急遽入り
 夜はヤンバル統一連学習会、プレゼテイション作成で写真1枚のみ。私もイカレ始めてきたようだ。人指し指がどこに飛ぶかわからない。でも、打ち続ける。
 (写真回復、追加)
 米軍車両動かず産業廃棄物車7台入りました。
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港では釣り人が

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ヘリ1機
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テント村住民ポチが子守です。
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港の中は安全?ミナミコメツキカニ、三三五に群れています
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護岸の礎石、潮たまりにハゼ?
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イキナリ、飛びはねって白い腹を見せました。
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 元に戻りました。ハゼの砂遊び?
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金曜早朝無言座り込み
 
4・25名護市実行委員会6:30

のんびりーパッションフルーツ好きな方へー「恥の文化」喪失


 4月25日全国連帯行動を
   日米安保から日米平和友好条約の道
 大西ブログの写真、使用してください。(平和丸基金提供)



 のんびり
 新聞読むと、前島袋市長と名護市議(新風21)が知事に面談して「泣き言」を述べたようだ。仲井真知事は沖縄県議会の議員ともめったに合わないが、1市民と市議とは合う。
 辺野古現行計画狙っているからであろう。自民党沖縄県連、知事に大会への参加申し入れたようだ。知事が狙っているのは電撃的参加でマスメディアの注目を集めるためであろう。
 辺野古の現行計画推進派、陸上案に対抗するそぶりで軍用地の契約保留高々と打ち上げたが、地主は仮契約に応じ、惨めに、自分たちも仮契約したようだ。辺野古の幹部たちの統制、ボス政治に対する思惑も見える。鳩山とオバマ「耳打ち」会談、読売電子版によれば、オバマは13国の首脳級と公式会談。鳩山首脳級?惨めな姿だ。

コケにされても
  恥も失った主権国家日本?
 
国際的外交通念の恥を、首相退陣論で糊塗するニュースも主権国家の国民の恥でもある。「こけに」にされても、開口一番「日米同盟」の胡麻摺りでは外交無策、キャンベルが小沢を招待しキャンセルされても「怒れ」ない、麻生が最初にオバニに招待されて、褒め殺しに合って、グワム協定でクリントンにお金をせびられたのと同じ「恥の上塗り」、日本外交の「恥」、日本文化は「恥をそそぐ」(「菊と刀」も失った。
 こんな日本誰がしたか?
 
 庭にサンダンカの一輪の花房咲いた
  2階のベランダで、今日はのんびり
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パッションフルーツ
  ベランダに花付けた
 台所、朝日が入り込むので、いつも、カミサンになんとかしてくれと言われてきた。パッションフルーツ植えた。2階のベランダの手すりに伸び出してきた。花が艶やか。

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 「獲らぬ狸の胸算用」
  おすそ、分け?
 パッションフルーツは若い女性たちに人気があるようだ。蕾は何百と付いた。一個は青い実が見える。一杯実がついたらどうしよう。ブログの読者に配給、テント村で商売?
 パッションフルーツは「皺くちゃ」ならないと甘みが出ず、潮ぱい。セクハラになるかも知れないが「ババーの皺」の実を食べる。
 「獲らぬ狸の胸算用」だが、注文受けるか?夏から冬まで、2階を取り巻くであろう。


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(続きー 4・25県民大会チラシ)

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米軍演習とオモロ


辺野古テント村
  総合的な米軍の訓練

 里にイジュの花が
 沖縄照葉樹林のシンボルの一つイジュの花が里に咲いた。嘉手納以北の森はイジュの花が北上して白く染まり出す。クチナシの花、ゲットウの花、沖縄の夏を告げる。

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基地の産業廃棄物は?
 最近の米軍の動き活発。朝早くキャンプシュワブどのように動くか見るためにベーと前で観察、動きなく、動いたのは産業廃棄物車両5台が基地のなかに入ってゆく、米軍の廃棄物の処理も民間が担っている。思いやり予算か。
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 南の風、銃声も聞こえない。のんびりして裁縫、おしゃべりしていたら。
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 F15戦闘機が低速で午前9機、午後6機、住宅地上上空旋回、輸送機、空中給油機、など動きだす。海上ではゴムボートで水泳訓練が始まる。
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 辺野古訪問のみなさんに
  苦節13年の歴史と課題

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午後になってヘリ動きだす。1機、2機編隊、3機編隊、陸上装甲車動きだす。何かが起こってイル。T君がメールで情報収集。
 普天間の滑走路修復完了とのことである。最近の動きを見ているとアフガンのカンダハル掃討作戦成功してないのではないか。新兵の訓練激しい感じだ。

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 水陸乗用戦車が動き出した。大浦湾で訓練して浜を猛スピードで荒らしまわってイル。ツアーのみなさんが驚いた。
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 第3回目の「テント村授業」
  オモロの思いで
 安保条約解消して日米平和条約を締結しよう。海兵隊抑止論、日米合意論、移設探しの限界など。
 今日の琉球新報論壇に安仁屋眞昭「日米同盟―真の対等平等関係を」が載った。
確か、安仁屋氏は、2000年暁の辺野古集会でオモロを歌った安仁屋氏であろうか。私の暁の集会のアピールは3月27日(26日?)に掲載している。
 安仁屋氏のオモロを聞きたいものである。テント村の陽光に向かってオモロの荘厳な古謡は心を浄化する。
オモロの安仁屋氏ならどなたかお伝えください。

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 若い海兵隊
  あどけない青年が殺人兵器に
 どういう訳か、若い海兵隊がまぎれてきた。テント村が何なのかわからないようだ。基地の有刺鉄線越えてきたのか。遊びのようだ。年齢は20歳。
 やがて、訓練されて機械的に軍服が似合うようになるのであろうか。あどけない顔で、おどおどして、カメラに収まった。

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私の日曜日-そもそもから見よう

「移設探し劇場」終幕に近い
 現実になってきた
今日は日曜日
 母を見舞いました。私の農園に建てた看板です。

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高江を回りました。
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 N4の記念撮影いかがですか。
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ビンゴも闘いの友です。
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看板です(道路側、表)
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 看板です。(ジャングル側裏)
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 県道に銃持って出てきました。銃刀法違反は日常です。
 沖縄タイムス、琉球新報(10日)

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夜は、自由法曹団神奈川支部の懇親会に出ました。
 急がない、あわてない。
追い詰められているのは日米政府。確かな分析を。

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「宝の海」が主張する。海兵隊は「抑止力」ではない主張が、言論界で増え始めた。安保条約を日米平和友好条約へも同様である。
 勝連沖の写真による紹介も、また、同様である。
ジュゴン1号、勝連の調査に提供、勝連の海の生態系が明らかになるであろう。
 赤旗11日である。


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辺野古も土曜日ー沖縄の闘い一つ

4月25日 全国連鎖行動
  約30都道府県で
 5月19日 日本列島「人間の鎖」で自公・鳩山内閣包囲


 今日の辺野古(10日)
少なくない仲間が県外の講演、集会に出ている。1月に1回は県外と決めてほとんどお断っている。「ヤンメームン」と母が高齢のため、要請に応えられない。私がテント村担当増え始めた。
 沖縄密約判決が出た。岩国のハリヤー16機訓練のニュース、移転訓練が沖縄の負担になる証し。
 高江で県道ニ海兵隊完全武装で出てきた。タイムス・琉球新報に写真入り、私の写真と同じ、防衛省が設置した看板では県道に海兵隊出るなと書いてある。(2月19日前後の高江ブログ参考)米軍は沖縄で日本政府の「忠告」も無視する。それは、防衛省承知の上でのことである。沖縄は日本ではないのだ。
 「サンフランシスコ・安保体制」の日本語の死語が、民主連立政権で浮上してきた。
 日米政府の軍事植民地沖縄と形を変えて。
 辺野古、今日は土曜日、とても、陸も海も空も静かにすぎる。
 
この国の政治家たちは、品を変え、形を変え、対米追従を深め、憲法をないがしろにする、だましを深めている。
 たくさんの新政党、マスメディア・評論かも追従しているが、「いい加減にしてくれ」と言いたい。
 私たちは、日本の片隅から挑んで来た。この6年の到達点は、国民を信じてきて来た辛抱が、今の全国からの要請であろう。土日は、私らの仲間は、今、全国展開で、休みが、休みでない状況に入っている。
 この国は「サンフランシスコ・安保体制」から、日米平和友好条約の道を国民が歩み出している証しであろう。憲法と東南アジア友好条約の結合した目覚めが、日本が歩む道だと実感する。


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知日派の大きな失態
 小沢訪米中止
日本のマスメディアはキャンベル氏など知日派として崇める。キャンベル氏が小沢の訪米持ちかけて、米政府高官「激怒」で中止と言う。キャンベルを「高官」と扱って来たメディアが、底が浅い知日派の日本外交を批判すべきではないか。
 この件に関しては、小沢に非はない。知日派礼賛の日本のマスメディアと外務省が、米政府の日本認識を誤らしている。キャンベル、ナイ氏など固定した人たちの情報に「ぶら下がって」はならない。
 呆れて。
 
散歩した。トベラの花をチョウチョが遊んでいる。ミツバチなど生き物の世界がいいのだ。

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 干潟ではミナミコメツキガニ群れ出した。太陽が好きなのだ。
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テントでは金曜集会に送られてくる布の寄せ書き、お裁縫で家内工業
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 海上に巨大船辺野古向けて向かってくる。両サイドに潜水艦?ダグボート?大騒ぎ。情報の収集で携帯電話。
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北に向いて全容が見える。カタツムリのように遅い。疑惑の原因の一つ。LPガスタンカーのようだが、点のような船舶は何であろう。北から南に方向変えて南下して消えた。
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 今日は晴れた。昨日も同じ地点からキャンプシュワブ見た。同じ場所だが晴れた日、約束したので撮った。今日も25日の宣伝行動でトウイツレンカー運行。
 夏、今日は芯から疲かれた。明日は日本全国日曜日、朝寝が出来る日である。
 うれしいナー。
  夏の海がやってきた


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(勝連の風景)

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[移設探し劇場]ー終幕に近いか

広大な平野(台地)
 キャンプ・シュワブ

 金曜早朝無言座り込み


「米軍出撃?」、7時を過ぎると米軍車両が次々に出てきます。
渓谷の多い、アフガン用に改良された対地雷装甲車(MATV)
 堂々と国道で訓練、これが日本だ。
  北緯29度以南は、マスメデイアも日本ではないのだ。目をつぶるのだ。
 渓谷の多い、アフガン戦争ように開発された小型の対地雷装甲車(MATV)、日本からアフガンへの意識は日本人にはない。
 今日の赤旗キャンプハンセン内の訓練写真だが、国道でもやっている。
日々、何気なく撮って入る写真が何かの意味を持っている。

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(4月2日 金曜集会 再び掲載)

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 (MTAV?)

雨の降りしきる中、30人が集まりました。
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寄せ書きは60枚になりました。(テント村では耳を付ける家内工業が始まっています)
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今日はジョン・バエズ、ピート・シンガー「勝利を我らに」とキング牧師の演説を流しました。
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 驚いて監視に来た米兵、カメラを向けると
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テント村の篠原孝子さん
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名護民商の仲本興真さん
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 「勝連沖断念」?
 はやりの政府関係者発言として、朝のサイトに流れました。午後、確認すると消えていました。(9日)
夜探したら、産経でした。
 政府関係者から首相周辺のネタのようです。
 「辺野古ありき」、見えてきました。左久志岳、右辺野古岳、奥は名護岳、右の方向に辺野古へと連なります。山の方向は雲がかかり、大気が不安定、竜巻、落雷など危険地帯。キャンプシュワブは広大な台地、ここが陸上計画の場所です。
海で天気の判断はこの二つの山の雲の動きです。最も正確な天気予報です。この雲から判断すると午後から晴れます。


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 (雨の中、撮影ですので次は晴れた日の写真掲載します。)
 (続きー「迷走劇」と勝連風景)

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豪快な昼寝(?)、苦しい中での行動が(サミットデモから)

辺野古の午前中
  ユリの季節に入りました。
   テント村19日で7年目に入ります
2日連続人吊り訓練、沖縄タイムス1面、琉球新報社会面写真入りで報道されました。

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 (テント村提供)

 ヤンバル統一連カーで県民大会宣伝、汀間漁港に船の点検に行く、ジュゴン1号は02年、海の闘い、海の調査の重要性のために退職金あてに購入、勝連沖の調査に提供することにした。船は「金食い虫」である。
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 大浦橋越えるとミサゴ(?)、タカの仲間(?)が飛び、松の樹に羽を休めたのでカメラに納めた。ミサゴの餌取り、今年もだめでした。アジサシの季節になりました。
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 辺野古入り口で米軍車両に会い、つい、カメラに納めました。
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 テント村午前中、バス1台の訪問あり、昼に、また、1台、来るようだ。散歩に「平和の塔」まで、久しぶりの眺め、67人刻銘されています。

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平和の塔」の回りに、ユリの花が咲きました。
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 散歩から帰ると、安次富浩代表、豪快に寝ていました。統一連カーで街のなかの宣伝に出ました。家に帰るとベットに豪快に昼寝しました。
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(続きー勝連沖のサンゴと2000年沖縄サミット)

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ユクサー「民主連立政権」-ひまわりの咲く登校道

日本全国隅々で「同時・多発」連鎖行動を
 徳之島1万人集会(18日)
  沖縄10万人大会(25日)


朝の散歩
 今日は(7日)、学校が新しい学年と入学式、家の歩道に市長選挙、ヒマワリの種植えた。一輪の花が咲いた。子どもたちが登校する。
 子どもたちがヒマワリのように輝いてほしいと、また、種をまいた。朝顔も芽を出し、アジサイも新しい芽を出してきた。冬はインパチエンスが咲き乱れた。
  永田町はユクサー(嘘つきー単なる嘘つきではなく人間として最低)の巣窟である。

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(隣の庭にはビワの実が熟れていた)

4月9日(金)早朝無言座り込み シュワブ、朝7:30
(続きー勝連沖のサンゴ(その1)

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民主連立政権の戦略?-人間のすることか(2)

 今日の辺野古(4月6日)
  「暇なのだ」と思ったら・・
 キャンプシュワブのゲートが見えなくなった。奥の方に移動したのか、やたらと1トンブロックが増えた。キャンプハンセンも同じである。米軍が臆病になったのか。テロ恐怖症に陥ったのか。

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 4月の人事異動、新学期の影響か。訪問者も少なく、暇を持て余してテントの写真、ポチ、具志堅徹さんお勉強、有刺鉄線を散歩した。
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 ヘリが動いた
  人吊り訓練が始まった。
 午後、ヘリが1機、テント村上空を旋回して宅地上空を飛んだ。

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 1時15分から
   人吊り訓練が始まった
 沖縄高専近くのヘリパットから、キャンプシュワブ岬を回り、漁港上空から民間地を回って高専近くで降りた。高江ではよく見られ、辺野古では数年ぶりである。

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 2時ごろヘリ2機
  漁港上空から陸上に沿って南下、高江での訓練の帰りであろう。今日の特徴は陸上をかまわず飛行し出した。アセスの頃は、マナル岩上空をルートにしていた。陸上案が出てきたので堂々として来たのか。
米軍には規制は効かない。「運用上とは」は米軍自由を意味する。
 V字、陸上計画のならしか。

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(続きー人間のすることかー民主連立政権の戦略は?)





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人間のすることかー連立政権の「癌細胞増幅・転移」、過去・現在

 
 日本人の人間性腐敗の象徴か?
 政治家の人間道徳の退廃
  それにぶら下がるマスメディア
私は、「人を信じる、人間を信じる」と、どんな逆境の時も書いてきた。昨日のブログも同様である。この国の政治家、ジャーナリズム、評論家、自公政権、民主連立政権の沖縄政策を「非理法権天」と幾度も、また、書き続けている。
 毎日、痛ましい事件。政治家の道徳的腐敗が、国民の人間的腐敗を醸成しているのではないかといつも思う。
 普天間・辺野古問題、海上ヘリポートを市民投票(1997年12月)、軍民共用空港を非暴力(05年9月)、再編成沿岸計画(06年11月)知事選挙、再編成「ロードマップ」V字2本滑走路計画を環境アセスの闘いで縺れさせ、今日の事態に日米政府を追い込んでいる。
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 (平和新聞から)

 ごく一般的常識的社会通念では、「ごめんなさい、小さくします」「もうやめました」になるところですが、自公政権、民主連立政権も、自らの失態を反省せず、ますます、巨大基地を押し付けてきている。
 勝連沖埋め立ては、V字の3倍、自衛隊・米軍で3本の滑走路、加えて、キャンプシュワブに500mのヘリパット、徳之島に訓練移転、誤るどころかますます巨大基地、範囲を広げてきた。(まだ、確定ではないが)
 ジャーナリズムも評論家も何の矛盾も感じないようだ。暴れるやくざに、もっと暴れろと声援を送っているようで、政治家の言葉だけ伝え、民衆不在である。
(例ーテレビ朝日のO評論家の土下座論、鳩山が沖縄で土下座しても「いらないものは、いらない」、本質は何か)

 最近、気がつくのだが、インターネットニュース見ていると「ぶら下がり」記事なるものが多くなったように思う。この記事しかかけない日本の新聞の「大本営」的性格か。日本ジャーナリスト会議が言い、謳歌する「記者の政権交代」は、これほど貧弱か。迷走しているのは「ぶら下がり」も同じではないか。焦っているのは鳩山政権以上にマスメディアではないか。普天間移転計画が、変わるたびに肥大化することに批判する目もなし。ますます、暴力的になること、批判する知性も勇気もない。
 
歴史を振り返る
  移転論は古くて新しい
 1990年代初頭まで、沖縄の新聞の論壇、声蘭に沖縄の教師の投稿は少なくなかった。大田県政のなかで教師の投稿は減少が始まった。
 
 私が、基地問題で投稿し出したのは1995年3月31日、当時、現在の移転論に相当する「3事案、10事案」と言う基地移転論があり、タイムス論壇「3事案へ軍用地主2世の意見―基地の全面返還は県民の願い」がはじめである。その中で「大田知事の浦添軍港への曖昧な態度は比嘉秀平主席以来、実に40年ぶりの軍用地提供知事の登場と言う危険性を内包するばかりか、公約違反にもなりかねない」と書き、その後、少女暴行事件、反戦地主の闘いで、大田知事は救われるのである。幾度か大田知事を激励、諌める意見を書いて、大田県政の教育庁から呼び出しを受ける。普通の人なら筆を折るだろうが、私の日記には「一所懸命から一生懸命」(『沖縄を教え、沖縄を語り歩いて』ブックレット2、P102、1997年4月)の人生哲学を得る。
 移設探し論に一生付き合うつもりはないが、何事も懸命に生きたいものだ。
 
ハンセン病学習でも、圧力あった。組合も大田県政下、守ってくれなかった。でも、「非理」に理性的に立ち向かい、「法権」を跳ね返して、無傷のままで定年退職を迎えた。
 教育長に呼び出された時、相互理解を得て平和的に解決した。別れに。教育庁側が許せない言葉を言ってしまった。謝罪を求めて、その部屋に、数時間寝ていた。謝罪するまで何日も寝るつもりであった。何しろ、部屋に招待されたのだから、追い出せない。
 私の癖は、高校教師時代から、日記やメモである。過去を振り返る、現在を見つめる糧としている。あの時、現在に移すと、物事が動いている何かが、見えて来る。
 
 その大田昌秀が辺野古陸上案に名を連ねた。歴史は皮肉だ。(3月4日ブログ参照)
 まさに、あの時の軍港移転論が亡霊の徘徊するごとく、V字、勝連沖案にさまよっているのである。
 私は、人間の尊厳に関する問題では一人になっても立ち向かう。軍民共用空港の前期は退職願いをいつも持っていた。当時、ヘリ基地反対協は事務所も持てない状況に追い込まれていた。「信じた」、明日を、必ず・・。
 さて、移転論の諸案の歴史経過を見る時、「人間のすることか」と政治道徳のみならず、人間道徳の退廃を見る思いだ。
 
 1995年の意見書には「がん細胞の転移」「がん細胞の増幅」と書いている。今日の民主連立政権の移転論、まったく、同じではないか。
 今日の国民の意識は「がん細胞の完全な摘出」の名医を求めている。また、ともに、癌を摘出する補佐する医師と情報(メディア)を求めているが、癌細胞移植医師が日本の医者の大勢のような、錯覚のに陥るが、マスメディアも同じである。登場する評論家も同じである。
 
 民主連立政権が、自公政権以上の移転論に執着しているから、アメリカも政策転換出来ないのだ。民主連立政権が辺野古にしがみつくなら、命かけて辺野古に寝るつもりだ。現在は一人ではない。茶の間が全て同志になってきている。
  2週間ぶりに
   母の見舞い
 ヤンバルに母の見舞いに行った。母94歳、辺野古に取りつかれて親不孝もいいところ。母は私を学生の頃から支えてくれた。栴檀の花の香り里山に「栴檀は双葉より芳し」の諺がある。昔は女の子が生まれると栴檀を植え、男が生まれるとイヌマキ、イジュを植えたようだ。
 ウリズンを告げる。夏は栴檀にクマゼミが群れ、子どもたちが群れる。里山にイジュが満開する季節に、民主党政権は現行V字計画を自公政権以上の権力行使で襲ってくる。

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(続きー自衛隊基地と米軍基地看板の違い)

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沖縄の心ー信じあい、真の日米友好の道

 沖縄の心
  興南球児の「仲間を信じて」
  大人たちが実践する時
 朝、起きて新聞に目をやり、甲子園興南高校の勝利願う一色、政治でも高校生の活動でも春に沖縄が燃えている。
 興南球児は前半の乱れの逆境に会っても「仲間を信じ」、勝利をめざし恐ろしいまでの粘りで優勝した。
 私は、各地の講演、集会で「愚直」「不屈」をよく口にし、沖縄の祖国復帰を成し遂げた先人たちの「復帰闘争碑」(辺戸岬)の下記の碑文を、沖縄の闘いの心だと使用している。
 勝っても、逆境に会っても「大衆が信じあい自らの力を確かめ合い決意を新たにし合う」、
まさに、今の沖縄の民衆の姿を、沖縄の高校生たちは甲子園の戦いのなかで示してくれた。
 テント村にはテレビはなく、ラジオで聞き、みんなが逆転を願い、延長戦の緊迫した粘りと集中的攻撃に感動の拍手の渦であった。
 次は、沖縄の大人たちが「信じあう」心で勝利を掴む時だ。
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 辺野古テント村
  米軍の実践的訓練
 土曜だというのに、シュワブから銃声の音鳴りやまない。南の海から米軍チャーター高速輸送船が横須賀向けて白い波を立てて北上する。
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 アメリカの市民が
   テント村訪問
 11時ごろ、日本に住んでいる米国人が13人、テント村訪問に来た。
  沖縄基地の歴史、米軍(シュワブ海兵隊)とアメリカの戦争、沖縄の非暴力闘争および辺野古の戦いの歴史、新基地計画とアジアの平和の問題、アメリカの友人たちとの交流、ジュゴン裁判の成果、安保条約と日米平和友好条約への展望、アメリカ国民との連帯など話した。
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  日米国民の連帯
   日米平和友好条約への道
沖縄県民は4月25日、5月16日、大きなイベント予定している。真の日米友好は対等平等の新しい日米平和友好条約でこそ深まる。現在の沖縄の基地は第2次世界大戦で、沖縄の県民を収容所に収容して出来た。日系アメリカ人を収容所に囲ったが、謝罪と名誉回復をアメリカ国内では成し遂げた。沖縄でも行うべきであろうと述べた。
 記念写真を撮った。白い用紙には日米平和友好条約と書かれている。
 国内で安保から新日米平和友好条約の話をしても反応がないけれども、アメリカの市民は敏感に反応してくれた。16年前、ペンタゴン、アメリカ議会でも千葉の高校生平和友好条約案に反応、同様であった。
 なぜ、日本人は?

高江まで行き、今晩(3日)のキャンプシュワブキャンドル集会にも参加するようだ。

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興南優勝
  号外が出ました その思いは・・・・

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金曜早シュワブ基地座り込み行動ー北海道報告(3)

 金曜早朝座り込みと
  平野・仲井真「密室会談」
 新聞は、東京のホテルで「平野・仲井真」会談、約2時間会食しているようだ。県民が一丸となろうとしている時、「密室」会談は県民分断とかなり突っ込んだ県内移設のシナリオまで詰めたと思われる。仲井真知事は裏切りの道を選択したとみるべきであろう。
 勝連沖に広大なサンゴ礁確認と伝える。

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第3回金曜早朝座り込み
 朝7:30から8:30
 早朝座り込みは「陸上計画」に対する無言抗議行動、情勢の変化によっては恒常的な座り込みになるであろう。
 座り込みは増え始め、約30人になった。
 辺野古のオジーオバーも毎回参加。
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 私も座る
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 高江の旗も
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 県内・県外から
  寄せ書きがー金網に結ぶ
   どんどんカラフルにー英語も入れて
基地金網「寄せ書き展覧会」になりそうだ。
 あなたも、あなたの仲間も、あなたの組織も、展覧会に参加しませんか。待っています。
自分で、自分の作品張り付けるの楽しいです。キャンプシュワブ金網芸術展、いい企画でありませんか。
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金城初子さん
  孫とともに
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装甲車ー実戦態勢で次々と国道に出てきた
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 重い荷を積んで緩やかな坂をのぼれないほど。
  何を積んでいるのであろう
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金武町町長選挙応援
  県民大会呼びかけ

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(やんばる統一連カー)
 (続きー北海道基地めぐり)

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沖縄に帰ってー北海道報告(2)


 4月・5月の連鎖行動訴える
北海道
  北海道は寒くて暑い。それに、目を射る雪の反射が体のバランスを襲う。外は0度に近く車と部屋は25度、ヤンメームンの体が調整しきれない。雪原の太陽の反射は遠慮なく目に来る。
 沖縄について新聞を読み現実に戻る。写真は北海道。

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(吹雪の中、支笏湖、伊藤温泉に向かう。)


 移設先探し
  ご苦労さん
 鳩山首相、政府の「移設探し」先送り、岡田外務大臣ゲーツ、クリントン会談。政府もマスメディアも「移設論」「日米同盟深化論」を「国是」のごとく報道している。
 その一つの特徴は「日米同盟」多使用、諸悪の根源「安保条約」を一切口にしないことである。仲井真知事は「地位協定諸悪の根源」と言う(31日)
 そもそも、2つ目は、安保条約と関連して、まだ、沖縄に新基地必要論・固定論の呪縛から抜けきれないということ。日米合意重い論言えなくなって、抑止論を強調して日米同盟絶対論は世論調査誘導に反映しているが危ういこと知らない。沖縄に基地なお押し付けることは、世界の潮流に反し、平和の文化、生物多様性について政府もNGOも日本は弱い、ドバイのワシントン条約で日本は勝ったように見えるが日本のお金外交が成功したに過ぎない。
 アメリカ高官の発言は、海兵隊抑止力論から海兵隊「重要論」に微妙に変化してきている。
 30日の新聞、高裁は公務員のビラ配り、政治活動、国際的常識に触れていた。同様に、アジア・太平洋世界の動きから日米安保に踏み込むべき時代に来ている。
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 (支笏湖、伊藤温泉)
 2012年問題と
  シュワブ陸上案
 北海道に出る前、陸上案について「2012年」問題に直面すると書き、市会議員に行政の果たす役割を説明し、沖縄BDネット(沖縄生物多様性ネットワーク)メールに次のような発信をした。
『情報』
 「2012年5月14日、軍用地の20年使用が切れます。沖縄防衛局から契約予約書が届きました。個人・市町村はどうするのか。私は契約拒否を考えています。一人でも貫きたいと思いますが、賛同者求めます。
  大西 照雄 24日」
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 (湖に上がる朝日、今年は朝日に恵まれている)

 動き出した「2012年」問題
 北海道から帰ると琉球新報特集「呪縛の行方」(3月31日)、新連載「民の叫びー普天間県外への決意」は「2012年」問題に多く触れている。
 辺野古・豊原・久志部落軍用地主200人が軍用地契約の同意書、提出しない。さまざまな思惑があろうと思うのだが、すでに、1月の時点で沖縄軍用地主会は20年使用を10年にせよと交渉している。陸上案は政府にとってハードルの高い山が待ち受けている。噂によると下地幹郎国民新党議員はシュワブに軍用地を所有しているといわれ、下地が陸上にこだわるのは軍用地をカードに基地建設の指導権、利益権を得るためとも言われている。沖縄防衛局は2012年問題を速めた。おそらく、現行計画に「移設探し」戻すための手法で辺野古の軍用地主動かしたとみるべきであろう。その兆候はすでに1月下旬に出ていた。
 辺野古軍用地地主の動き、過去・現在から過大の評価はしないけれども、「2012年問題」は沖縄県民の一定の闘いの武器になれる。市町村の果たす役割大きい。
 午後、琉球新報「民の叫び」の取材を受ける。4月25日に向けての企画である。
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 (鹿が泉の近くに車の中で捕りました)

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北海道で学ぶ(その1)

北海道から帰りました

 那覇空港
  自衛隊ヘリ編隊、北海道で自衛隊学べと告げる。


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寒くて暑い北海道
 講演前春の吹雪が、不気味でした
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雪の降る全道集会
  6000人が結集
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 集会の周りは
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 待機しているテントの中
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 挨拶する大西023_20100331214205.jpg
社民党、大地、共産党来賓紹介
 高校の教師たち
  農民団体、年金、医療、業者などなど登壇


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 頑張ろう
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 南国の靴は滑って
   行進するーデモ持ちませんでした。
 爪先から冷気が

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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