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異常な民主主義ー鳩山政権閣僚、マザコン民主主義か

 拝啓 鳩山首相殿
   あなたも、あなたの閣僚も
    民主主義を知っていますか


今日もテント村留守番
  首長が国会前で座り込みしなければならない異常国家日本
 27日(火)朝起きて、新聞をそこそこに開いてテント村出勤。今日は2時までに団体さんは人組。
 鳩山首相、沖縄県民大会「民意の一つ」と発言。知事、全県会議員、全沖縄の市町村長、議会長が県民10万近くの県民の参加(特にシーミーの日)「基地いらない決議」を行った。これを「一つの民意」認識する。名護市民投票から苦節13年、直接民主主義、議会民主主義を確立して来た「民意」以外に、別の民意があるのであろうか。鳩山首相の民主主義とはいかなるものであろうか。平野官房長官の「斟酌しない」など、民主党には民主主義は通用しない。語る資格もない。母親のお金で票をもぎ取ることが民主主義か。それは「マザコン民主主義」とでもいうべきであろう。そんな、怒りで、テント村で新聞読みなおしてみると、新報社説に同じような論評がある。
 県民大会で知事の発言に、80歳の老人が「アメリカと戦争しよう」とヤジが飛んだ。この老人は国会前、沖縄の首長代表とともに「座りこんだ」。日本の国政史上初めてではないか。日本の民主主義は異常な状況を迎えている。
 この大会は、95年10月21日の県民大会より規模が大きく、なおかつ、全国的に連鎖行動が行われている。
 安保条約まで踏み込んだ発言が特徴だ。

 桝添要一議員が
  小選挙区制が日本の民主主義、政治家の力を弱めている来た見たいなことを言っている。05年正月3日、彼が命を守る会の事務所に来たことがある。
 大西「あなたとどこかで会いませんでしたか?」
彼は、ニッタと笑った。後で知った。家族でお忍びの旅行であった。


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 テント村の昼食
  ウドンお汁
 名古屋の浅見裕子さんがうどんを作ってくれました。みんな楽しく食べました。名古屋で学習会、講演すると名古屋のみなさん、手料理で懇親会してくれる。沖縄的だ。

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 テント村の昼食
  ウドンお汁
 名古屋の浅見裕子さんがうどんを創ってくれました。みんな楽しく食べました。

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  体力をつける散歩
    サギの姿に見とれて
 テント村の干潟を散歩、サギは潮が満ち始めると渚で舞います(餌取り)。干潮には川で餌取っています。私の散歩に慣れたのか、忍び足で魚を追っていました。

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 突然爆弾が
  大地を揺るがす
 散歩終わって、午後2時、爆弾がさく裂。廃弾処理、煙が久志岳を包み込んだ。

琉球新報社説

県民大会要請 閣僚の言葉が軽くないか2010年4月27日
 4・25県民大会の代表団が決議文を携え、上京した。その要請に対し、北沢俊美防衛相は「鳩山由紀夫首相が最低でも県外と言ったことを踏まえ、県外を目指して頑張っている」と述べた。
 言外に「首相が県外と言っているから、仕方なく頑張る」と言っているように聞こえる。まるでひとごとのようだ。
 平野博文官房長官も「県外を目指して頑張っている」と述べたが、現行案回帰だの、くい打ち桟橋だのが政府案だと漏れ伝わる現状をみると、真剣な発言とは思えない。
 言葉が軽すぎはしないか。沖縄の歴史を踏まえ、重い決意を秘めた大会の意思表示は、口先だけの対応で済まされるものではない。
 「県外」にこだわる首相に対し、閣僚たちは「県内」で包囲網を敷いている図式に見える。首相は孤立無援のようだ。
 だが、住民の一致した民意に背いて移設を強行するのなら、それはもはや民主主義の国ではない。その意味で首相は正しい。敵意に囲まれては基地の建設はできず、結局は徒労に終わることを、閣僚たちは知るべきだ。
 「フェンスの中に閉じこめられているのは、基地ではなくわたしたち」。4・25県民大会で、最も印象に残ったのは高校生代表の言葉だった。島袋純琉球大教授が述べるように、「沖縄の本質的問題を指摘してくれた」からだ。
 米軍機は夜明け前だろうとお構いなしに飛び、沖縄の人々は睡眠さえまともに取れない。米兵ならひき逃げをしても事情聴取すらできず、基地に逃げ込めば家宅捜索すらできない。損害賠償も支払わずに本国に逃げ帰ればよい。
 彼らに許されているのは限りない「自由」であり、沖縄の人は自分の島に住みながら、人として最低限の尊厳すら守られない。こんな状態を沖縄に強制できる権利はだれにもない。県民大会でわたしたちが確認したのはそのことだ。
 県民大会に対し、鳩山首相は「民意のひとつの表れ」と述べた。より正確に言うと、「民意が一つであることの表れ」だろう。沖縄がこれ以上本土の犠牲に供されるのは許されない。その一点に、県内の民意が収れんしたことを示している。
 代表団は27日、国会議員会館前で座り込みもする。県議会議長や首長がそこまですることの意味を閣僚たちはかみしめてもらいたい。


 「アメリカ政府の報道紙」?
   産経新聞「主張」-「普天間問題―国益が日々失われていく」(4月27日)
 自公政権に普天間移設を沖縄県民は3度頓挫させてきた。4度目の「現行計画<V字計画>も「島ぐるみ」、沖縄の民主主義で選ばれた全ての力が結集した。キャンベル国務次官補の来日に焦点を当て、産経の社説(主張)は、アメリカに媚びる。日米首脳が行われると在日米軍の末端まで動き、日本の政治家を「恫喝」する。
 米政府高官が来ると日本の大手紙が「安保大本営」として「恫喝」する。実に、面白い。


 20年もキャンベル国務次官補が普天間問題している。失敗だけして、日米担当にキャンベルしかいないのか。アメリカも人材不足だ。
 05年10月19日、国会外務委員会控室。照屋・赤嶺議員の計らいで河相北米局長(当時)、大古防衛局長(当時)に、真喜志好一・大西が、米軍再編成「空港と港をセット」に交渉するのか。と、詰め寄った。貧乏ゆすり(?)、汗かき(?)の姿を見て、この人たちがアメリカと対等平等に「外交出来る?」と思った。それが「日米合意」いわれているV字計画とロードマップである。
 これらが、作る計画案が潰れて日米の「国益」を日々失って来たのである。4度目、次は5度目? 日米の政治合意、産経新聞は鳩山首相と同じではありませんか。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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