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鳩山首相の「隠密」は誰だ?何を狙っているか。釣るのはだれか?

 5・15普天間包囲「人間の輪」を成功させよう
  全国連鎖行動を
   海兵隊抑止力論は
    「思いやり予算削減」すれば、ただちに崩壊
     安保を解消して、日米平和条約へ


  鳩山は密使い送って沖縄で暗躍させているであろう。岡本行夫はSACOの「隠密」である。
 軍民共用空港ー野中広務が徹底して名護の議員に電話をかけたのは有名。岡本が名護で動いている。無視はできないが・・・・。古い手だ。岡本については5月9日日記、岡本の友人佐藤優については5月10日、二人とも外務官僚。


母の日、
 母の宝を奪ったラブレス中尉
 母は若くしてノロになった。琉球王国第二尚氏(1469年~1879)を開く金丸は、伊是名から追われ、かくまったのは国頭奥間東カンジャヤー(鍛冶屋)、尚円は統治機構として、聞大君を頂点に王国にノロを置いた。神器など賜り、母は戦の中も守った。
 辺土名収容所は約2万、田井等収容所の責任者は「泣く子も黙るラブレス中尉」(『市民の戦争体験』名護市)である。ラブレスは「借りる」とヒスイの勾玉はじめ母の神器を「奪った」。

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 母の宝は
  琉球の宝、生存中に情報得たい

ラブレスには地元の女性との間にマリコという娘がいた。1990年、マリコは琉球新報に「比地大滝残せ」とダム建設反対を書いて、私が奥間・比地ダム反対を書く契機になった。マリコ女史探しているが限界。那覇米国領事館に手紙を書く。
 普天間も嘉手納も、戦争中に略奪。略奪帝国は、93歳の老人の願いなど眼中にないのであろう。

007_20100510092519.jpg
                     2009年12月16日
在那覇アメリカ合衆国総領事館
 レイモンドF・グリーン 閣下

                     沖縄県名護市大北3-8-28
                       大西 照雄
     要請および協力のお願い (第3回要請)
(先日 要請および協力のお願い、送りました。ご返事もありませんので再度送ります)
 私は辺野古の新基地建設で日米政府の政策に異議を唱える名護市の住民組織の責任者の一人であります。
 本要請は、私の家の「宝」につての貴政府への要請であります。沖縄戦(1945年)、貴政府軍隊は沖縄を占領しました。貴政府軍隊は日本軍を殲滅するために、住民を収容所に収容しました。最大の収容所は田井等収容所、私の村にも辺土名収容所を創設しました。
 これらの収容所の責任者はラブレス中尉、名護市編纂の『住民の戦争体験』にも「泣く子も黙るラブレス中尉」と証言記録があります。
 貴政府軍人は村などにある文化財を持ち去っています。(写真および説明)
 琉球王国第二尚氏初代王尚円は即位まで金丸と呼ばれていました。青年金丸は迫害を受けますが、金丸の命を救ったのは私の祖先です。尚円の即位は1462年です。
 琉球王国は王国の女性を統括するために聞大君を創設、各地のノロを置きました。当然なことながら、私の祖先がノロ職を拝命され、聞大君から神具を賜ります。沖縄の城跡群は世界歴史遺産ですから、歴史遺産を構成します。私の母がノロ職を受け継ぎ、現在94歳です。
 ラブレス中尉は、母ノロの神具、古書を「借りる」と称して奪っています。ヒスイの勾玉、神事用ネクレス、金の簪など琉球の宝であります。
 ラブレス中尉には村の女性との間に子供を授かっています。ラブレス・マリコと言います。父親に引き取られアメリカで暮らしています。ラブレス中尉は他界していると聞いています。
 もしかして、ラブレスの遺品をラブレス・マリコが引き継いでいる可能性があります。
私は、昨年、脳梗塞に罹り、再発の危機を抱えていて、村の歴史や文化・生活など書いています。(草稿1部参照)
 琉球の文化財が故郷に帰される美談が増えてきました。
 ラブレスに関する情報を収集していますが、閣下の力にすがる以外に道はありません。

1、 ラブレス・マリコ探しています。閣下の御協力をお願いします。
2、 ラブレスが「借りる」で返却を忘れたのか。「奪ったのか」真相を知りたい。前者であることを願っています。
以上
        FAX 0980・53・5081
        携帯  09019401563
       メールアドレス bingo@y5.dion,ne,jp
 (続きー私の庭ー鈴なりのパッションフルーツ)

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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