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命を懸けるとはー無責任・残虐山崎行太郎評論(新報12日)

5/16普天間包囲「人間の輪」を成功させよう
  あなたの参加が、家族、友人の自主的参加が求められる
  日本全国で連鎖行動を、全国の駅などで



負担軽減論は全国総基地化
 SACO・再編成で嘉手納・普天間騒音激増
 負担軽減論
  誠意を尽くせ論
 テレビを見ていると普天間問題「負担軽減」論が多くなり、誠意をもって当たれなどが流れのように読める。
 負担軽減の歴史は、逆に嘉手納・普天間は外来機岩国ハリアー、艦載機F18、アラスカF22、来て、昼夜、激しい訓練をし、負担軽減を政府が言えば言うだけ負担は増加している。
訓練負担は全国自衛隊基地、民間空港の米軍基地化である。

5月13日県内新聞社説
 琉球新報「知事に望むー政府と交渉は堂々と」
 沖縄タイムス「普天間問題と県政―知事はどうしたいのか」


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 「誠意をもって当たる」は、日本政府がアメリカになすべきことである。知事・全市町村長、議会長、前県議が参加しての4・25県民大会「沖縄にこれ以上の基地はいらない」民意に、誠意をもって基地を「どうぞ」は、民意・民主主義への冒涜である。
日米政府自らの杜撰な計画がことごとく失敗して、自らも計画段階で捨てたものを、[誠意]で押し付けるものは、医師が人体実験で、癌細胞の移植、癌細胞の増殖を行う極道の医師のようなもの。
 「誠意」「お詫び」には人間の尊厳、日本の民主主義の危機とも言える。これらの発想は、沖縄は日本ではなく、日米政府の軍事植民地が戦後1貫して貫かれているアメリカ従属の反映であろう。

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「命懸けで蜂起するとき」(山崎行太郎「再考普天間問題」新報12日)とは
  自ら示せ
  琉球新報「再考普天間問題」(5月12日)で山崎行太郎氏が上記のタイトルで、結語「沖縄県民は命懸けで立ち上がるべきである。最後に三島由紀夫の『劇文』の言葉を引用しておく、<生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか・・・>」と結ぶ。
 4・25県民大会、辺野古86歳の老人は会場について、仲間の座る場所まで1時間かけて到着した。 80歳の老人は翌日、鳩山首相に直訴で飛んだ。
 山崎氏は三島の「檄文」で、日々命を削っている老人たちに何求めているのであろうか。文を書いて幾万貰っているか知らないが、残虐である。

 私は定年の挨拶、第二の人生に向かう自分を「生きながらえることではなく、太く生きる」と述べた。それは、沖縄の先人達が残した大切な遺産、非暴力、愚直、不屈、5本の指の思想の日々の実践であった。平和の文化と生物多様性の地球の共同であった。そして、体に「爆弾」抱えた・・・・。命懸けているが。人に命懸けろ、切腹せよとは言わない。山崎氏は三島のまねごともできまい。原稿書いてなんぼ・・・・。
 
2月、政府高官は「命を掛けてこい」といった。高江で防衛局に対して「屍を越えて」と実践した人は少なくない。
 4月県外に講演に行った。「どうして沖縄は独立しないの?」と聞かれた。「どうしてあなたの県は独立しないの?」と述べた。
 沖縄の闘いが大きくなってくると外から独立論、なんで、もっと怒らないの?が、聞かれる。そこには、善意であれ、安保問題を沖縄に閉じ込める伝統が、山崎ないか。
 
 沖縄県民に三島由紀夫持ち出す意図は何か。煽りか。今、宗教的対米追従者は、沖縄でも盲動を繰り返している。この現実で三島をなぜ持ち出すのか。評論家の総論、各論よく見ることだ。
 沖縄で鳩山に「卵食べさせろ」と意味が違くう。沖縄で「クルサリーンドー」(殺す)の意味の深さを解るまい。
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通学路に
  朝顔も咲いた

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「安保夏の陣」参議院選挙
  沖縄選挙区、小沢と民主党の介入で喜納政春氏が辞退、伊集唯行(革新共同)で、安保条約、県内移設反対を鮮明にして立候補表明。私は全面的に支持表明して闘う。

(続き13日、辺野古テント村)

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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