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「宝の海」しばらく休みます。

普天間爆音訴訟控訴審判決
 沖縄タイムス・琉球新報に注目しよう

 「宝の海」しばらく休みです。
 秋の闘いのために
 各地からの学習会、集会などの要請、体調と現場の闘い重視(高江)のためお断りしてきました。
 辺野古木曜無言座り込みから県外に出ます。
 私の師とも言うべき方からの要請、癌と戦いながら平和教育に力を注ぎ、高校生平和集会を組織、今年三月、壮烈な最後、お会いできることを楽しみにしてきましたが、追悼の講演になります。


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高校総体が幕開け
  青春祭典
    来年夏は高校生平和祭典IN沖縄
 1992まで、私も監督として全国を回っていた。沖縄で未普及の漕艇競技、この体験は辺野古に生きてくる。高江は自転車競技のコース。
高校総体の関係者、辺野古訪問少なくありません。
 
 来年は第3回高校生平和祭典IN沖縄を行う。各都道府県で若い力を育て、日本の明日を元気にしましょう。
 4月以来、講演、学習会依頼断っている。
 今日も2県からの依頼断りました。済まなく思っています。

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 日米合意見る目
日米合意の完成は2014年
 アメリカでは、グワム環境アセスでがけ崩れ
 日本政府は「ロードマップ」8工程表)着々進めています。
 日本の環境アセスは手続きアセス。
  毎日毎日、違法調査 やりたい放題。
   グワムのチャモロ族の闘いに学ぶ必要があります。
   日本の環境政策の後進性に目覚めるとき、
   仲井真知事は防衛省の環境アセス手続きすべて認めて、埋め立て申請を待っています。民主党政権は予備費に予算を据え置き11月に的を絞りました。

自民党谷垣総裁
  普天間「大連立」への誘いか
 「沖縄の普天間の県でも、だいたい自民党と同じになってきた」と発言。
 沖縄知事選挙自民・民衆の共闘示唆か。
 沖縄革新共闘の伝統的統一に向かうか。民主沖縄県連、民主党に投票してきた人びとの自覚が問われるか。社大・社会・共産党がゆるぎない大同団結が求められる。沖縄県民はこの道を絶対に選ぶ。沖縄戦後史の成果に学ぶ時だ。「去る者追わず来るものに広き門を開けて」、秋の決戦に当たろう。「議論の時代は過ぎた、進むだけ」、大連立に立ち向かってきた沖縄だ。いざ、闘わん。を待っている。
 私の旅は、日本全国の沖縄への思いを、知事選挙に力をのスタートである。行く先々の猛暑は恐怖だが、前に進む事だ。

 大事な大事な学習会です
 ロードマップ(工程表)との闘いの3段階に入った。また、理論・実戦でも勝つのだ。「非理法権天」。「天(民衆)の知恵を結集した闘い」だ

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「一人ひとりがメデイア」を目指してー

おしらせ
 辺野古テント村座り込み(2300)日越しました
 夏休み、子どもとともにお越しください、恋人とともに多いです
 高江テント村 ノグチゲラ、木登りトカゲ、猪に会えるかも

7月29日(木)7:30 無言座り込みキャンプシュワブ(第23回)

7月29日(木) 普天間爆音訴訟12:30 
 控訴判決 福岡高裁
 午前7時 石平米軍司令部ゲート前行動
 午後6:30報告集会ジュビランス(市役所前)

7月31日 午後7時
 アセス学習会 名護大西公民館―チラシ毎日掲載参照



「政策的大連立」の中で
メディアの「大本営」報道と、いかに、闘うか

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日本ジャーナリスト会議の機関誌送られてきた。
「一人ひとりがジャーナリスト」の標語である。私は04年の海上闘争の中で、「一人ひとりがメディア」とブログ日記を開設した。
一般的にジャーナリスト(記者)は事件化を好む、事件化は本質を隠してしまう。日々、現場を伝えて来た。1日、一人のアクセスがあれば満足であった。

マスメディアは再編成が始まると、日米同盟の先導役を果たしてきた。05年9月、防衛省など関係機関との交渉に明け暮れた。
10月7日、日経新聞「妨害行為を政府の責任で対処せよ」の社説を掲げた。07年自衛艦「ぶんご」の投入になった。

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「一人ひとりがメディア」
ヘリ基地反対協のHPのリンクから辺野古の毎日が見えます。
辺野古浜通信、宝の海、二見10区
は、おもなものです。ジャーナリズム、メディアが伝えない、日常の闘いが見えます。違法アセス、アセス調査などまともに伝えませんでした。
08年4月からの準備書の闘い「辺野古メディア」は、あらゆる力、情報を発信しました。国のアセスは縺れました。
 私は辺野古で在京メディアから取材を受けるとき、記者に辺野古は「第4の権力」との闘いの側面を持つと前置きして話をする。
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オバマ・鳩山会談、ジャーナリズムとメディアは日米合意ありき、日米同盟深化・成熟論「大本営」、12月16日の毎日新聞集約されます。脳梗塞の体で宝の海、全国行脚で反撃します。名護市長選全国の力を求める。

 現在、アセス逃れの違法調査が行われている。アセス法によらない調査、メディアやジャーナリズムが問題にした記事はないのではないか。
 知事選はアセス手続きによって争点が見えてくる。
 まさに、「一人一人がメディア」になってあばく以外にないであろう。それが、ジャーナリスト動かすかも知れない。
 日本は環境NGOも弱い。でも、みんなが学びを広げることでアセスの面から迫ることができる。「ロードマップ」はアセスを含む。
アセス法によらない調査が、アセス法同様の調査が行われている。ロードマップに沿った無法状態を暴くのは、現場のメディアしかない。繰り返される「日米喧嘩劇場」の虚構もそうである。

 今日は国頭周り高江による。高江にカメラ忘れた。自分でもあきれる。


資料、沖縄タイムス社説

[普天間決定先送り]正面から議論すべきだ
政治 2010年7月27日 09時43分

(10時間59分前に更新)

 米軍普天間飛行場の移設問題で、政府は新飛行場建設の工法や位置など移設計画の最終決定を11月の県知事選以降に先送りする方針だ。

 「最低でも県外」という公約を覆し、名護市辺野古への移転を米政府と合意、その後の参院選で沖縄選挙区は不戦敗として民意を問うこともなかった。さらに最終結論を知事選後に先送りする狙いはいったい何だろうか。

 政府は8月末までに専門家による検討を終え、工法と位置を決めるが、それが最終的な結論ではない、と説明する。北沢俊美防衛相は「実現可能性を考えたとき、知事選の政治的インパクトは強い」とし、知事選の結果を踏まえながら最終判断するという。

 この進め方を聞いてすっきり理解できる人は果たしているだろうか。5月末の日米合意で「いかなる場合でも8月末までに」と明記した時すでに、11月の知事選は予定されており、いまさらその結果が重要だ、というのもおかしな話だ。

 普天間問題はまだ宙に浮いた状態だ。名護市長選で移設反対派が勝利しても当時の平野博文官房長官は「斟酌(しんしゃく)しない」と地元の民意に背を向けた。鳩山由紀夫前首相が公約した「最低でも県外」がどうして不可能なのかについて政府は説明しない。

 民主的な意思決定には、十分な情報公開とそれに基づく議論が絶対条件だ。本来なら知事選に向けて政府方針を明らかにし、選挙で賛否を問うべきだ。議論の機会すら奪おうとする手法では混迷は深まるばかりだ。

 普天間問題をめぐり仲井真弘多知事は立ち位置が定まらない。政府が計画の詳細を提示する前に判断できない、と主張する。このまま政府が結論を先送りするのなら、知事選後まで明確な態度表明はできないことになる。

 1月の名護市長選で知事は県内移設を容認する島袋吉和前市長を推した。7月の参院選では県内反対を訴えた島尻安伊子氏の選対本部長を務めた。そして9月の名護市議選では島袋前市政を支えた市議らの再選と同勢力の議席増を支援している。


 市議選の結果を注視する政府にとっては島袋前市長派の議席増が好都合だ。

 政府は9、11月の選挙に辺野古移設の突破口を見いだしたいところだろう。政府の結論先送りによって知事も態度表明を先送りし、基地問題が争点から外されていく。

 こうしたモザイク絵のような政治がいつまでも続いていいはずがない。

 政府との交渉回路を切断するわけにはいかない、と知事が考えるのは行政の長としての判断かもしれない。

 しかし辺野古移設に向けて米側と技術的な詰めを進めようとしている政府の出方を見守ろうというのだろうか。少なくとも賛否を明らかにすべきだ。

 知事は「マスコミを通してしか情報がこない」と愚痴をこぼすが、いつまで受け身で居続けるつもりなのか。

 しっかり交渉して問題先送りを許さない態度が県知事には不可欠だ。

全国猛暑ー沖縄は冷房要りません

いくつかのことに追われて
  日記、なんとかつないでいます
 アセスの学習重要性増してきました。

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 沖縄の進む道
  日本社会に求めている道です。
 秋の政治戦が見えてきます。

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日本全国猛暑
 辺野古サンゴに白化現象?
 
 辺野古テント村は、涼しい風とスコール。自然は正直です。昨日、ブログで紹介した「大西サンゴ」、BDメールでも公開しました。
 気がついた方。きれいだという方がおります。白化現象で、見る人には美しく見えます。
1998年の沖縄列島の白化現象の海を泳いでいるものには、死の世界です。台風が来ればまだ助かるかと思っているが、なにせ、異常気象。
 沖縄防衛局、大船団で調査していますから把握しているはずです。しかし、公開は絶対にしないと思います。

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 ボランテイア自然ガイド
   テント村訪問
 美しい景観を見せるだけでなく、美しい人間の心をと、20年前の環境問題の授業プリントで行った。1972年の「人間環境宣言」から「美ら海・美ら島」の環境破壊に心を痛めた実践記録、沖縄に求められる「美ら肝」とは何か。
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グワムアセスの闘いーチャモロ族から何を学ぶかー日本が問われる

県民・国民の学びの蓄積
 展望を開く力
 アセスを学べば進む道が見えてくる。東京の友人の手紙にみると参議院選挙の沖縄の敗北でやる気失ったような大げさな内容、私は敗北と勝利の繰り返しですから、悲観も楽観もしない。明日を描くだけだ。
 常に、学びの広がりをと書いている。

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政府も違法環境調査必死である。
 アセス手続き、内容に全く自信がないのだ。今日(土)も汀間漁港に車満杯だ。

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 日本自然保護協会
  生物調査、ミテイング
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 わが愛船ジュゴン1号も
 海上保安庁は巡視艇を出動させた。威圧か。みじめだ。尖閣列島どうでもいいのだ。第11管区は辺野古の基地建設のために強化されている。事業仕分けの対象に何故ならない。
 台湾漁船との衝突事故も、現場にいなかった。
 カヌー一艇にゴムボート(200馬力)一定。
 ジュゴン1号に大型巡視艇一艇配置。大げさ。自然保護団体に巡視艇配置する異常。
 現場は、正直だ。   
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 わが平和丸も
NHKはヘリを飛ばして海上・空からの取材だ。

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 調査現場の撮影から
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 グワムの先住民族チャモロ族
   環境アセスですごい闘いをしている。顔が浮かぶ。友人のキナタさん。怒りながら、泣きながら、アメリカ政府、日本のグワム移転に、圧倒的少数ですが、すごい成果だ。敬服する。日本は何を学ぶか。
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 日米合意、日米共同声明
  日米政府が守りきれない
 日本の闘い何を据えるか。
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  大西実戦論が
   今、浮き彫りになった。
 「国外・国内移転」の呪縛から、正面から挑むとき。正面とは何か。明日の課題。
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大西サンゴ
 大浦湾・辺野古はジュゴンとサンゴの博物館。
 ユビエダサンゴ・アオサンゴ群落のように有名ではないが、大西サンゴ、ジュゴン1号サンゴ、平和丸サンゴと・・・・などなど、気軽に泳げる場所、取材終わった記者たちを、ちょっと、案内した。

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日米合意に崖崩れか?韓国の教師たちに学ぶ

 辺野古・高江情報
  高江裁判―現場進行(現場検証)決定
   いよいよ面白くなる。
   環境アセスの知識が重要になる
  沖縄防衛局交渉―市民・環境団体「連合」-まだ報告はいらず。
日本列島猛暑、辺野古連日スコール。来週は猛熱の埼玉、恐怖だ。

沖縄防衛局職員 我が家を訪問
 軍用地、私の持ち分契約拒否(仮契約)を拒否している。テント村に家から電話が来る。借りる人が電話も、こちらの都合も確かめないで来る。社会通念的常識がない。
 テント村で話に応じようと告げさせる。
 テント村が、私の「職場」ですから、高江のテント、辺野古のテントを交渉場所にする。

日米同盟が「漂流」期に入るか
  SACO・米軍再編成にがけ崩れか?
    海兵隊抑止力の虚構が
 辺野古違法調査、今日も大船団。辺野古側海兵隊ゴムボート暴走訓練で調査船消える。日米合意は、アメリカの都合で漂流期に入る様相、辺野古の海でも同じだ。望遠修理中でゴムボート小さな点にしか、見えないが。
 海兵隊ゴムボートに『蹴散らされた」。
 政府・メディアが日米同盟固持、深化をわめいても、アメリカの様子がおかしくなっている。SACO・米軍再編成が、今年の日本の異常天気の特色のように、がけ崩れの前兆が見えてきた。
 混乱、激動が起こるような気がする。
 タイムス「アメとムチ」(23日)は、軍民共用期の辺野古の幹部たちの過去と現在の「変質」を書いている。過去を学び現在を見る重要性の証しである。
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 (ウルクン(小禄も)日本ヤシガ(だが)・・
    上原太郎さん
 昔の美童(3人)が訪問、「マーカラ、ヤイビーガ」(どこから来たか)と聞く、小禄と答える。「ウルクン、ニポン」でうち解ける。なんで、沖縄で、那覇小禄に会うと「日本というのか」は、わからないが、那覇からすれば、小禄は田舎、那覇より遅く文明の象徴電気がついたことに由来があると言うが・・。
 
 米軍に対する沖縄の抵抗は1954年、小禄具志から始まる。闘いの先頭に立った上原太郎さんのことについて聞いて見た。御元気のようだが、高齢で取材が不可能だろうと言う。戦後史に記録を残したい人である。沖縄戦後史のさまざまな話をした。
 美童の一人の顔を見ていると、教師3年目に教えた女生徒に似ている。その生徒の名前を出してみた。お姉ーさんであった。沖縄は狭いのである。まだ、教師としての基本(名前)が少しは残っていると思った。


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 韓国の教師たち
   琉球・沖縄から東アジアを見る
 午後2時、韓国の教師たち30人余がテント村訪問、どんな目的の教師たちか、予備知識がなかった。集合写真で「琉球・沖縄史から東アジアを見る」を初めて知る。
 沖縄戦まで強制連行された朝鮮の人々が、名護市で麻薬栽培(コカ)させられたが、沖縄戦の中での動向が解らないこと。
 日韓併合100年、1910年、日韓併合に心を痛めた啄木の歌「朝鮮国・・」や朝鮮総督府問題と柳宗悦など異文化への尊厳などを導入として触れた。私の社会科の授業は文化論で「異文化への尊厳」を1時間、朝鮮の美、光化門を扱う。
  21世紀の世界論、アジア人民の平和への努力など話した。
終わって、啄木や柳についての個人的質問があった。
 
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カンパを頂いた。
 国際連帯
 アメリカでジュゴン裁判していることに、驚きの声が上がった。
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 横断幕に見える
  「琉球・沖縄から見る東アジア」
 辺野古から世界が見える。
 韓国で「琉球・沖縄」、すごい教師たちだと思った。このブログの中の世界観・アジア観を最も適格に表現するスローガンである。
 日本の教師たちが、沖縄から離れていく中で、同じ民族分断を持つ歴史が、今、歴史認識として共感を確認した。
 質問が、いくつも出た。今日の野外授業は、まず、級第点だ。質問のない授業は落第である。

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 平和新聞「やんばるノート」(15)
   「たくましい人びと」伊佐真次
 高江裁判の日、平和新聞届く、高江の伊佐さん(高江)、大西(辺野古)、大久保(沖縄)が、コラムに書いて、約2年になる。
 伊佐さんの「ノート」は平易だが、人間の心のすがすがしさが伝わる。平和委員会は個人加盟、日本で最も長い歴史を持つ平和NGO,私は40年、学びの柱としてきた。
 平和丸、ジュゴン1号は、平和委員会の会員の協力で得、平和丸基金を創設している。
 明日は、平和丸・ジュゴン1号の活動を見る。
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 埼玉の高校生
  30日埼玉戦争展で講演
 高校生が動いた。若者が動くとき歴史が輝く、人間の心が開く、30日、埼玉講演、褒めたい。
日韓併合100年、大逆事件百年、啄木は明43年、「時代閉塞の現状」で、「われわれ全青年の心が『明日』を占領したとき、そのとき、『今日』の一切が初めて最も適切なる批判を享くるからである。時代に没頭しては時代を批判することができない」と明日を考察します。青年の心が明日を描く大事さを解きます。
 
 啄木は「40年の間の日本国民の新経験と新反省ととも包含したところの時代精神は休みもせず衰えもせず時々刻々にかつ進んでいる・・私は遠く『将来の日本」の足跡を書く思いがする・・私は勇躍して明治43年を迎えようと思う」と書いた。
 2010年、対米従属の中で「政策的大連立」の中で、時代閉塞の中にあるように見える沖縄の今、「我々が未来に向かっても求めるべき一切である。」
「大胆に、自由に(今日)を研究して、・・「明日」の必要を発見しなければならない」。
 
 今、日米同盟の過去、今日、「明日」の組織的考察と行動に入った。青年の心と韓国の教師たちの訪問に、明治43年の啄木の作品を回想した。
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 アセス学習が
  明日への展望を開く

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秋の沖縄知事選挙ー統一のために

ヘリ基地反対協
  知事選挙統一に動きだす


辺野古・高江お知らせ
  7月23日(金)10:00
    高江弾圧不当裁判公判
  7月24・25日 朝9時 汀間漁港集合
    ジャン草ウオッチ
      日本自然保護協会など
  7月25日(日)午後2時
    辺野古・高江の基地建設断念させるために環境アセスどう使うか
    那覇市厚生会館(おもろ街)タイムス横
       (下記ビラ参考)
  7月29日(木)午後12:30
     普天間爆音訴訟控訴判決
    辺野古無言座り込み(木曜行動)朝7:30
  7月31日(土)午後7時~9時
    辺野古と環境アセス学習会
      ヘリ基地反対協、弁護団、アセス監視団
     (下記ビラ参照)

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 今、なぜ、辺野古アセスの学習が重要か
「国外・県外移転」の誤り
   仲井真知事とアセス問題ー争点をあいまいにするまい
 自公は「国外・県外移転」で沖縄選挙区を手にした。仲井真知事は「厳しい」「きわめて困難」など言い、一言も辺野古移設反対、県内移設反対を言わない。
 日米合意以来(2006)年、12月31日、翌12月31日、私は沖縄タイムス論壇に小文を書いている。
 仲井真知事の役割は、前任の稲嶺知事同様、アセスに関する国の手続きをすべて許可する。新基地建設をアセス手続きで黙認し、粛々と行政的手続きを行い、国と一体になると指摘している。
 
 この6年間、防衛局は法手続きを楯にして違法調査など現況調査を強行、現在は名護漁業組合長と漁民をつなぎとめるための調査、アセスに組み込めない調査をあえて行っている。
 
 沖縄防衛局および官邸には水のごとく使える機密費(今日の読売電子版で鈴木宗男氏が、1998年の知事選に3億円渡したとの記事あり)、防衛予算があると言われる。これから、評価書の公告縦覧含めて、埋め立て申請に、仲井間知事は全て印鑑を押すことで、「厳しい」「困難」な環境を政治的発言を控えて、国と一体化する。これは、民主党政権だからではない、自公以来の稲嶺・仲井真県政の姿勢なのである。「国外・県外移転が望ましい」は隠れ蓑である。
 
 私は、このことを承知でアセス方法書、準備書への意見提出運動に命を削って来た。方法書では、なかなか理解してもらえなかった。準備書では比較的(空前絶後?)に関心を呼んだが、私の想定には及びませんでした。それでも、民主党が「県外・国外」で揺れ、政権取り、鳩山潰れ、今、カン首相と内閣がマチブイ(縺れ)、アメリカもマチブイ始まっている。
 
 今、普天間・辺野古は「県内移設」反対、「アセス手続きまかりならん」で一つになる時ある。
 「国外・県外移転」では、現在、争点にはならない,徳之島も頓挫。自公・仲井真も「国外・県外」、秋の政治決戦を目前にして戦明になってきた。過去から現在、明日を展望することの大切さ、そもそも、「いらない」ものは、いらない。この一点こそ、平和・環境の面でも基本なのだ。
さて、秋の争点が明確になる。2006年、名護市長選・知事選挙「沿岸案」反対で争点隠し、繰り返してはならない。
 参議院選挙の小沢戦略、「政策的大連立」をきちんと見ることであろう。
 沖縄の自公は「現行計画反対」と、言い出すかも知れない。現行計画のアセス過程をきちんと県民の理解まで高めることであろう。
 
 沖縄県は違法現況調査許可、名護市は不許可で踏ん張っている。名護市長選挙の本質的成果を見るべきだ。ここが、現在の争点である。
 沖縄県民は、明確ではないが、国と仲井戦略を感じ始めている。
  アセスでいかに闘うか、アセスとの闘い、秋の沖縄知事選挙左右する。

 知は力あり、「知識は増え続ける財産」(私の授業通信のタイトル)
(22日、未明記す。22日何を行ったか)

木曜無言座り込み
 糸満高校生から寄せ書きが届きました。
 教員組合から1枚もないが「素敵な高校生たち」。1956年の島ぐるみの闘い、高校生が教師を目覚めさせた。目覚めた高校生を弾圧したのは校長会であった。
 (高校生の島ぐるみの闘い。拙著『沖縄の太陽物語』参照)
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(続きー知事選挙は統一して闘おうー要請行動)


続きを読む

普天間・辺野古ー飽きずにカン内閣の「迷走劇」始まる

過去の闘いの蓄積から
  現在、明日の闘いへ



 沖縄は動く
  「過去に目をつぶるものは、現在・未来に盲目となる」
 先日、沖縄タイムスに静岡の読者が沖縄の甘え、能天気」と書き、巧妙に沖縄を侮辱する一つの例だと批判した。20日のタイムスコラム「大弦小弦」にも控えながらコメントされていた。「沖縄はもっと頑張るべき」「命がけ」論と同じである。
 「大衆が信じ合い、力を確かめ、決意を新たに」(復帰闘争碑)を心の支えにしている者には、これらは、歴史の中で繰り返された「吠え」である。
 
私は2週間ほど、自分の日記から、「過去から学ぶ」にこだわって来た。
 沖縄タイムス論壇に「見逃せぬ菅首相―<普天間クリア>は事実誤認」、声蘭「魚捕れる海が県の将来保障」など、政府・防衛省の総力を挙げた隠密行動などに痛烈な批判が出された。
 
興高校が深紅の優勝旗、春夏連覇への挑戦含めて、アキカン内閣とメディアの「沖縄決着」論は到底無理である。論壇筆者は静岡の読者に具体的に反論してないが、このような悪意に満ちたものへの反論伴っている。
 このような県民の大衆意識を背景に、沖縄の新たな闘いの構築が始まっている。「能天気」な沖縄ではないのだ。

沖縄の新聞(22日)に見える
  沖縄の現実、理性的な展望
 「5本の指」への動き
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 徳之島訓練移転計画挫折
   日米「喧嘩」劇場、過去の手法、また
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  日米共同声明の一角
    マチブイマチブイ、日米外交の軽さ露呈
   踏ん張る名護市長ー全県・全国の激励を
    (FAX,メールは業務混乱、はがきで)
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 海兵隊グワム移転
  日米の「ギリシャ」化の中での矛盾ー露呈
   海兵隊のために、私たちの税金使うなの運動を
    「脳天気」な「ヤマト」民衆が「命がけで」やれば・・・。

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その他
新聞読んでいるとカン内閣のおかしさが埋もれている
  「思いやり予算」協議で来日ー米国務省シャビロ次官補
  「臨時国会で秀参院予算委」-当然なのになんで記事、基本的な国会の機能ではないか
   金死刑囚横田夫婦と面談ー大韓航空機死刑囚がなんで「民間大使」になれるの」ー膨大な国家元首並み警護   で!
私がおかしいなのか。

「カン内閣」迷走か? 岐阜の中学1年生と画家


海兵隊撤退論「再浮上」

辺野古・高江情報
 20日(火)、高江動きなし。沖縄防衛局懐柔と振興策で動いているであろう。
辺野古テント村、スコールのなか、漁民たち港の草刈り。
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 沖縄独特の入道雲がむくむく空に映える。訪問者絶えない。午前中、埼玉の高校世界史教師と21世紀の世界史、教師が教える課題、アジア・日本認識について、沖縄の非暴力の立場を琉球・沖縄史の到達点など交え、視点を述べる。

午後、岐阜の中学1年生が一人で、辺野古のオジー・オバーのインタビューに来た。中学生に話をする姿を。 画家の真喜志 勉氏がオジー・オバーたちの一人ひとりの肖像画を書いてくれた。
 新しい沖縄の闘いの準備でこころよく疲れた。
  こころよく
  我に仕事あれ
  それをし遂げて死なんと思う
   石川啄木「一握の砂」
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北沢防衛大臣、共同声明の迷走に入る?
 読売電子版、徳之島移転断念のスクープ流れる。
 北沢防衛大臣、8月工法・位置決定11月知事選以降に先送り。
 日米共同声明、迷走か。「アキカン内閣」は、沖縄の熱低気圧で日米声明を危うくしている。沖縄の台風は秋、アメリカのハリケーン。アキカンはどこに飛ぶやら、

1996年9月、アメリカで海兵隊撤退・不要論説く 
国防省などとの議論(2)
  96年9月11日、午前9:50~10:40
 米下院ハミルトン民主党議員スタッフ
   ロバート・ハウザー氏
 米下院共和党国際関係専門スタッフ
   スコット・フイニー氏

 (アメリカ軍事プレゼンス、よき隣人、ダブルスタンダード、日米安保、平和友好条約)
 大西
 安全保障の認識が違うのは当然のことです。日米安全保障条約にも、日米地位協定にも、われわれ沖縄県民の意思は全く入ってないのです。私たちはパトリック・ヘンリーの「代表権なくして課税なし」の考え方を学び、今日の安全保障条約の見直しを求めます。
  (中略)
 自然や環境を大事にするのがアメリカの伝統だと聞いています。それなのに、外国では平気でこんなひどい環境破壊をするんでしょうか。
 ロバート
 友人間の交渉というものは、常にギブアンドテイク。お互いが相手の要求にある程度譲歩するのは当然のことです。条件を付けない約束というものはあり得ない。
 大西
 友人であれば、子どもたちが「学校の近くに飛行機が飛んでくる。私たちは勉強が出来ない」と訴えていることを、どう考えますか。
 スコット
 県民投票の投票率が悪かったことを、どのように評価しますか。
 大西
 アメリカの大統領選挙と比べれば、ズット高いでしょう。
 大西
  今のままでは、日米両国の関係は悪化するでしょう。私は高校の教師をしていますが、沖縄の高校生が自分たちで新しい日米平和友好条約を考えているのです。(英文)
 今の地位協定をそのままにしておいたら、かってのコザ騒動のような不幸な出来事が起きるでしょう。私たちは地位協定に根本的な見直しを求めます。(英文資料)
 地位協定を結ぶ際の決定過程に、われわれは参加してなかったのです。


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 (オジー・オバーに質問する岐阜の中学1年生)
国防省などとの議論(3)
 9月11日、午後3:00~4:50
 上院軍事委員会サーマー上院議員、ナン上院議員スタッフ
  共和党ショージ・ローフアー氏
  民主党フナロー、民主党ハチソン氏
 ジェネナルマネジャー、デライン氏
 
デライン氏:会談終わって大西さんに話しかける。
 この資料はあなたが作ったのですか。これはいい。こういうものがほしかったのです。
 私たちは情報のインプットが必要です。政府間の取り決めに議会はタッチ出来ないが、議会に回って来たときに、叩くことが出来ます。みなさんから聞いた生の声はすばらしい。この問題が議会に回って来たときに生の声を話せる。ここで皆さんから聞いたことは極めて有益です。ありがとうございました。

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(真喜志勉さん、オキー・オバーを描く)
  11:00から12:00
   上院外交委員会民主党スタッフ、ボニー・コウ女史
 コウ
 今朝のニュースで橋本・大田会談について報道していた。5000ドルをどう思うか。
 大西
 沖縄は27年間米軍の下にあり、そのために、経済発展が本土より遅れた。したがって、沖縄が日本の政府に対して経済的援助を要求するのは当然だと思う。しかし、それと米軍基地の問題とは別だ。
 コウ
 沖縄県民に対する買収ではないかという意見があるが、どう、思うか。
 大西
 沖縄の心は売らないし、取引しない。それが、沖縄県民の誓いだ。橋本・大田会談の結果を誤って受け止めたら、日米関係は悪化する。
  (5000ドル。「調整費」、北部振興策費になる?)

 沖縄球児の夏
   沖縄高野連の自立と自律の賜
 タイムス「アメとムチ」で辺野古の基地誘致派の古波蔵廣が「主役」として登場、「宝の海」でも、幾度か触れている。古波蔵は沖縄野球審判協会でも「一喝」を担っていた。私の30代は職域野球が盛んで、学校にチームがあって北部地区予選を勝ち抜いて奥武山球場で捕手を務めていた。古波蔵が主審に立つ時、怒らしてはならないが鉄則であった。
権威主義的審判に対し、沖縄高野連は教師を中心とした自律的で教育としての的審判部を発足させた。宜野座高校を21世紀枠で出場させた奥浜正は「二つのジリツ(自立・自律)」を指導方針とした。
  高野連が自立の道を歩んで教育としての沖縄の球児は全国を湧き立たせる。教室での授業、指導、審判と沖縄の指導教師たちの苦闘、沖縄の球児たちは応えている。
 興南高校選抜優勝戦、沖縄の民衆が燃えて行く過程で、私は優勝戦を復帰記念碑「大衆が信じ合い、力を確かめ、決意を新たに」の沖縄の民衆史、そのもの、讃え、県民も、興南球児から学ぼうと訴えた。
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 「アメとムチ」の構図(タイムス)
    「恫喝、懐柔、誘導」の姿が衆目に
 政府の機密費は「闇」のなかである。古波蔵は「親分肌」である。政府「隠密」岡本行夫、沖縄防衛局、米領事館および領事含め、古波蔵との接触が見える。名護漁協長にしたのもこれらの力が働いているであろう。今も、現況違法調査で10隻以上のチャーター船が出ている。配置は名護漁協であるとされる。
 この調査は、基地誘致の火は絶えてないと、アピールしている一環である。

 海兵隊不要論、撤退論の「再浮上」
   米議会中枢からも
 今年に入って、日本マスコミが崇める「知日派」以外の知日派の声がアメリカからもたらされる。海兵隊不要論、撤退論、地位協定問題は、1996年の訪米の際に、アメリカで、私は堂々と主張した。国際法律家協会機関誌(96年12月)に速記録がある。
 
1996年 アメリカで海兵隊撤退論、不要論説く
国防省などでのの議論(1)
   国防省日本課長リチャード・ダグラス
   アジア政策課長ゲイル・フォンカーツバーグ
   空軍スタッフ中山
     (96年9月10日、午前9時~10:00)
 大西
 キャンプ・ハンセンにおける県道越え実弾演習は年間35回行われ、地域住民は被害を受けています。山の写真を見てください。私たちは「山は泣いている」と言っている。移設について全国的に反対運動が起こっている。日本での実弾演習は止めていただきたい。
 沖縄の米軍は海兵隊が中心です。海兵隊というのは、地位協定1条の「軍隊」のなかにも書かれてないのです。これは地位協定にも違反する軍隊と思います。
 (沖縄の基地でも騒音がひどい。しかし、アメリカの司令官は騒音を<自由の音だ>と言って住民の批判を浴びている。下院国家安全保障委員会の交渉から引用)
 (よき隣人論など論争、「自由の音」で、国防省横田に電話確認で中断、そして、再開)
 国防省などとの議論ー明日に続く

 1日中雨
  庭の恵みー旬を食べる
 庭にキューリ、ナス、ゴーヤー、ナベーラ、インジャナバー、パションフルーツが、我が家の食卓。昼はナベーラのオツユとナスの炒め物、夕食はキュウーリの漬けものでビール、ゴーヤーの炒め物、豆腐があればスクガラス乗せてまずビール。
 スクは旧暦6月1日、15日、市場に行けば手に入るから1年分潮漬け、沖縄は東南アジアの塩辛文化。
 堆肥は高江で側溝に積もった椎の落ち葉、ミミズが一杯、無農薬・化学肥料いらない。土壌の掃除はミミズがやってくれる。

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 高江の森から側溝に詰まった
   堆肥
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 (続きー海兵隊撤退論 資料琉球新報社説 19日)

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沖縄暑い夏ー日本全国熱い夏へ

ビーチパーテイー
  興南高校甲子園一番乗りー熱く燃える夏
 
北東の風、書斎は風が流れ快適、空不安定。
 恒例の大北区5班ビーチパーテイー。私が名護に家を構えたのは1977年、隣が北部工業高校。当時は、我が家と工業の境は塀がなく道路(農道)挟んでモクモウの林、名護の僻地のようなもので、離島、周辺市町村から住み着いた。
 私が家を作った頃は、ハブが道路を横切り、工業高校の林を見つかるまで探し、家の庭にはフハ(沖縄のマムシ)が住み着いていた。
 裏を流れる小川で、子どもたちがスッポンをよく釣っていた。庭に現れることがあった。

 当時、近くに県営団地があるものの、持ち家は27所帯。区民運動会、駅伝、ソフトボール大会など何時もビリであった。
 大北小学校が出来、家の前は2車線の道路(両サイド歩道)が開通、現在は「高級住宅街」、市営住宅、マンション、高校道りと呼ばれている。
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(朝から泡盛もビールも出ているが、奥さんたちジジーの料理)
 子ども中心の
 しかし、他の班が出来ないこと、区民運動会はなどになると昼食は大鍋でソバ、カレーライス、ソウキ汁など運動場で炊いて作る。家族ぐるみの新年会、月見会、月1回のゴルフ大会(鹿児島など県外コンペ)などなど、実に多彩な行事を創造した。
 月1回のモアイは各家庭持ち回りで30年余続いている。家族紹介など無礼講である。
 夏休み最初の日曜日はビーチパーテイー。
今日は、そのビーチパーテイーで、あった。
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 (ジジーたち大奮闘)
 親子の時代から、親、子、孫の時代に入って、オジーチャンまだ頑張っている。いずれの場合も女性に料理を作らすことはない。
 オジータンまだ大奮闘中。高校野球沖縄大会決勝戦も見ないで、今年は沖縄インターハイ(7月29日から)で早い決勝戦になった。
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 (カキコーリ、30年間、よくも、持ちこたえている、オジーありがとう。孫たち)

今日の新聞読む
  タイムス連載「アメとムチ」(3)
   私の名護漁協長古波蔵廣論具体的ルポ、読むに値する。私の古波蔵廣論実証してくれている。
 琉球新報「ワシントン報告」(与那嶺路代)随時連載
  シンクタンク、NGOなど今後期待したい。
  タイムス・新報共通
  「民主党県連、4党協議に参加しない」
 小沢・民主党、および自公は仲井真知事か、基地賛成候補を意図している。いよいよ、沖縄が面白くなり、民主党自己崩壊の余震が始まったとみるべきであろう。

 ビーチパテイーの反省会で、少し酒飲みコメントできない。

日米外交の「漂流」と「ヒモ」

今日(土)は一日中
 ビンゴと庭で遊ぶ


新聞を読む
 「辺野古に海藻4新種」(琉球新報7月17日1面)
 「グワム移転費―米議会削減」
 「アメとムチ」(砂上の辺野古回帰)沖縄タイムス連載(2)17日
 「防衛相―工法決定先送り」(新報17日1面)

 「漂流期」に入る普天間
   日米同盟で隠せない安保条約
菅内閣をアキカン内閣とカンと書き続けている。共同声明では位置・工法決定8月、だが、閣僚の発言はマチブイを演じている。辺野古違法現況調査からみるとV字現行計画である。
 2プラス2でV字再確認をあたかも大きな変化があり、カン・オバマで最終確認の報道ダガ、海兵隊一つの基地の問題を首脳で決定というのは、首脳会談になじまない(?)
 日米同盟は、「金」まみれの同盟になって来た。グワム協定から顕著になって来たが、アメリカの閣僚が来日するたびに、アメリカは「ねだり」、日本は「ヒモ」の立場にあり、米議会は「グワム移転費削減」決議、日米同盟の深化とは「ねだり」「ヒモ」の深化である。
 また、カン内閣の言葉も、鳩山政権同様、「軽い」体質をさらけ出し、アメリカ追従があらわに出てきた。
 この腐敗した関係は、日米同盟の多用で安保条約を隠し続けているが、根幹である安保条約を全面に出した国民運動が求められる。
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 血眼、なりふり構わずの沖縄防衛局
   焦る基地誘致派
 昨日、高江ヘリパット、ぼう得局・東村・高江ボス「勉強会」について触れた。今日の新聞読むと代議員12中、防衛局予算容認9人、反対2、棄権2と出ている。
 一方、沖縄タイムス特集『アメとムチの構図』(砂上の辺野古回帰2)まで見ると、辺野古行政委員会「条件付き容認」決議の内幕記事となっている。この記事の主役は日記で幾度か登場する古波蔵廣(名護市漁協長)で、決議の当時、岡本行夫が名護市を暗躍していた頃で、古波蔵の性格の一面を「恫喝」的とした。
 タイムスは、決議に慎重論があるなか「古波蔵廣が声をふりあげた『条件闘争しないとダメだ』、この一喝で慎重派の声は封じられたという」(タイムス7月17日)
 やはり。古波蔵らしい。
  オバマ・ゲーツが鳩山・岡田・北沢を執拗に「恫喝」、カンが怯え、条件「お金」が絡む。
  日本政府は沖縄に隠密、密使を送り、陰湿な「アメとムチ」
  地域では、ボスが恫喝、懐柔。
日米同盟深化の腐食の構図である。
  辺野古積極的基地誘致派(否定するが)も、「条件闘争」派に転向?かなり追いつめられたように見える。これまで久辺3区(辺野古・豊原・久志)の行動であった。1枚岩ではなくなった。
 
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普天間・辺野古問題の
   そもそも(Ⅰ)
1、 普天間はアメリカが沖縄戦で、住民を収容所に押し込んで略奪した基地である。国際法逸脱、占領65年という、そもそも問題だ。
2、 安保条約は沖縄県民を除外、「代表権なくして課税なし」、さらに、沖縄に想い安保の押し付けの実態。
3、 海兵隊抑止力論の虚構、創設から不要論、撤退論で「漂流の軍隊」、地位協定1条に規定されない軍隊。憲法9条のある国に海兵隊とは?
 
そもそも、なぜ、辺野古か(Ⅱ)
1、 なぜ、「厳正に保全すべき海域」辺野古海域に巨大航空基地なのか?「厳正」とは?
2、 ジュゴンが棲みサンゴの博物館、なぜ、埋め立てる?日米政府が、あえて、生物多様性海域を埋め立てるのは、何故か?
3、 歓迎されなところには置かないと言うアメリカ、オール沖縄の民意「斟酌しない」民主政権の民主主義とはいかなる道か。両国の矛盾は深化する
4、 日米財政破たんのなかで「悪魔の要塞基地」作るとは?

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本土側からの沖縄民衆侮蔑
 巧妙な反沖縄
 静岡県65歳の村山吉彦氏が、沖縄タイムス「声」(17日)に、沖縄の投票率最低に寄せて、
「あれほど盛り上がったイエロー旋風と「怒」の人文字は、とどのつまり全国ワースト1程度のものか」「沖縄の脱基地・平和運動は単なる<売り>なのか。率直に言おう。沖縄県民が今問うべきこと、それは自らの甘えと能天気の所在だ」
 このような論調、今後、意図的、巧妙になされるであろう。民主党への期待、裏切り、民主党は沖縄で消滅の道歩み、カン民主党内閣もマチブル。沖縄は内閣打倒とは勇ましく言わないが、「農天気」などの揶揄、自己責任論などの侮辱には「慣れ」ている。

 

日米共同声明の中でカン民主党政権との闘い

おしらせ
 「宝の海」はパソコン満杯で更信不確定のおそれ
   私は健康ですから心配しないで。

高江情報
 沖縄防衛局、村、村の幹部「勉強会」頻繁
 国頭に母を見舞いいつものコースで高江に向かう。パションフルツは高江のみなさん好きだから20個ほど、友人の畑にスイカ収穫終わって、カラスの餌食になっているのでいただくことにした。
 平和委員会のYさん、昨夜、魚を釣って来た。海のウナギ(ハモの仲間)も入っている。
 ウナギの解体出来るのいないようだ。板の上に乗せ、金具を打ち込み解体する。みんな驚いているが・・肉は砂糖と醤油で煮付け、骨は他の魚とお汁、道端でインジャナバーを摘みヘルシイな昼食、森で海の幸が続いている。
刺身包丁あれば、きれいな料理にできるのだが。
 イノシシは、私が来ると出てこないようだ。
 
 ヘリパット建設に伴う防衛局、村、村の勉強会(アメ)が連日行われている。公民館改築、猪垣根、用水路などなど誘導、予算根拠法など例示されており、補助率は国負担3分の2が相場のようだ。
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  「政策的大連合」体制のなかで
    沖縄は勝てるのか
1、 自分を褒めることがあるとすれば
 過去から現在を常に見る
参議院選挙のなかで、「過去から学ぶ」と米軍再編成を振り返った。自分自身を褒めることがあるとすれば、辺野古を毎日日記に書き、「宝の海」で公開を続けて来たことであろう。
① SACO中間報告から最終報告(1966年)
② 市民投票から軍民共用空港(1997年から05年9月)
③ 米軍再編成化の「日米合意」<日米同盟の変革と未来><ロードマップ>(05年9月から06年6月)
④ 事前調査、アセス方法書意見書、準備書意見書運動(07年から今日)
海に出て、街頭でマイク握り、テントで「授業」をどれほどして来たか。よくも、教師首にならず、今、迎えている。
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2、 繰り返される日米合意の手法
民主党鳩山政権は日米共同声明(中間報告)で「日米合意」を政権合意、8月下旬に位置・工法を日米間(2プラス2)で合意(最終報告)するようだ。外交的には全く同じシナリオである。
 日米合意は小泉自公政権で盤石な体制で、日米の経済も財政も強固であった。カン内閣の政局体制は政策的大連立で憲法改正含めて可能な翼賛国会的現実状況にあり、きわめて危険な体制下である。
 中央マスコミが日米同盟絶対化、日米合意至上論で、政治家を誘導している「大本営」的に状況が深化している。
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3 国民意識の変化
   沖縄は主人公になれる。
  再編成の状況を選挙中から掲載して来た。2014年完成というシナリオに挑戦して来た。
  自公政権、鳩山政権のマチブイマチブイを生みだした。日米合意を押し付ける自公・民主党は巨大勢力であるけれども「漂流」する。
 日米合意をマチブイマチブイさせた力は何であったか。今、書く時ではない。
日米両政府の国家的内部矛盾は、新しい段階を迎えている。沖縄を国民から「隠す」ことは絶対に出来ない。安保条約こそ「諸悪の根源」に挑むことであろう。
 国内的には「ギリシャ」状況を出した財政問題、アメリカも同様である。メデイア総動員の「日米」喧嘩論、「案」乱発に惑わされない。
 ヘリ基地反対協は、新しいアクションを提起してゆくであろう。
すでに、宜野湾市は新しい動きを示している。赤旗で見てください。


赤旗「主張」7月17日
宜野湾市「提訴」
基地への怒り国は受けとめよ

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 米軍普天間基地の無条件撤去がもはや引き返せない沖縄県民の総意となるなかで、地元宜野湾市の伊波洋一市長が国を相手取り、普天間基地提供の違憲・違法を問う裁判を起こす意向をあきらかにしたことが注目を集めています。

 実際に提訴するかどうかは市議会などとの調整によりますが、普天間基地問題に一石を投じたのはまちがいありません。政府は、普天間基地問題の打開を願う地元の切実な思いを受けとめ、県内「移設」と基地負担の押し付け策動をやめるべきです。

受忍限度超える痛み
 伊波市長が違憲訴訟の意向を示したのは、宜野湾市の委託を受けて弁護団・専門家が提出した提言にもとづくものです。提言は宜野湾市の自治権の侵害、自治体の平等原則違反、受忍限度を超える危険性などを指摘しています。

 宜野湾市のど真ん中を占拠する普天間基地は米国防長官でさえ「世界一危険」という米海兵隊の海外出撃基地です。大型輸送ヘリなどがイラクやアフガニスタンへの出撃をくりかえしているように日本のための「抑止力」ではなく、まさに「侵略力」そのものです。

 市民にとってとりわけ重大なのは、米軍機による危険性が放置されていることです。ヘリをはじめ米軍機はわが物顔に市民の頭上を低空で飛び回り、昼間だけでなく深夜から早朝にかけても耐え難い爆音被害を押し付けています。普天間第二小学校では授業をしばしば中断することを余儀なくされています。2004年には訓練中の大型輸送ヘリが、マンションが立ち並ぶ地域にある沖縄国際大学の構内に墜落しました。人的被害はなかったものの、一歩間違えば大惨事となっていました。

 宜野湾市民の苦痛は甚大であり、受忍限度をはるかに超えています。「すべて国民は、法の下に平等」とうたった憲法14条に違反しているのは明らかです。政府が普天間基地の危険をこれ以上放置し続けるのは絶対に許されません。

 伊波市長が問題にしているように、普天間基地は宜野湾市の負担を増大させ、自治権も侵害しています。例えば基地が市のど真ん中にあるため消防署を3カ所に分散させて置かざるを得ません。カネも人も余計に必要です。米軍地位協定が米軍の基地管理権を認めているため、普天間基地から生じる騒音を規制する条例も制定できません。基地内に立ち入ることができず、埋蔵文化財の調査さえもできない状況です。

 一刻も早く、普天間基地の被害をなくし、基地の閉鎖・撤去を実現することが重要です。

無条件撤去しかない
 宜野湾市民だけでなく沖縄県民は普天間基地の無条件撤去を願っています。地元紙が実施した世論調査で、名護市辺野古への「移設」反対は84%、「無条件撤去」は38%を占めた結果でもあきらかです。

 菅直人首相は、県民の総意を無視し、普天間基地の名護市辺野古「移設」を明記した日米合意を実行すると言い続けています。これに対して沖縄県議会は9日、日米合意の「見直し」を要求する日本政府あての意見書と米政府・議会あての決議を全会一致で可決しました。これこそ県民の総意です。

 県内「移設」をやめ、普天間基地の無条件撤去の声にこたえることこそ政府の責務です。

過去から学ぶ(最終回)-現場の「愚直」な闘いは力の源

辺野古・高江情報
 高江動きなし
 辺野古無言座り込み(32名)
 ドイツ国営放送の取材あり
 韓国から寄せ書き届いた。

 日米合意(米軍再編成)最終報告の中で
  いかに闘うか
         

勝っても勝っても押し付ける悪魔の要塞基地
          米軍再編成(日米同盟)の危険な日本の明日を許すな
                 大西  照雄 名護平和委員会
(ヘリ基地反対協代表委員)
  Ⅰ SACOから米軍再編成へ
1、名護市民は2度勝った。
 5月30日、政府は米軍最終報告を閣議決定「的確かつ迅速に実施する」とする方針を発表した。同時に軍民共用空港に関する1999年の閣議決定も廃止された。名護市民は海上基地建設で2度目の勝利ということになる。第1の勝利は、1997年12月21日名護市民は市民投票で海上ヘリポートを拒否した。
第2の勝利は、軍民共用空港の閣議決定の廃止で、04年4月19日から始まった環境影響評価法(アセス法、以下)逸脱の事前調査、ボーリング調査に対するテント村座り込み、海上でのカヌーを柱とした完全非暴力の実力阻止、単管ヤクラの座り込みとテント村での1年5ヶ月余の愚直な日々の勝利であった。現在もテントの座り込みは続き6月下旬には800日を迎える。全国の民医連は定期的に大浦湾でカヌー体験、現場で学習会を行っている。
閣議決定はSACO(日米行動委員会)の闘いから米軍再編成(日米同盟)との新たな闘い、V字型滑走路を持つ新沿岸案を中心とする「悪魔の要塞基地」建設反対の闘いに入ったことになる。まず、沿岸案がどのように生み出されるのか、私のホームページの日記「宝の海」などからみてみよう。

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 (海兵隊、体重オバーしたら、給与減法と聞く。早朝ジョギング7:20)

2、「国防省劇場」の陰謀
05年2月、小泉首相は「辺野古見直し」の記者会見を行なった。単管ヤグラが撤去される9月2日、「小泉首相の『辺野古見直し』は米軍再編成の中での陽動作戦の一つで、安保の傷みを沖縄・辺野古におしつけるサインである」(歴史地理教育)06年2月号「平和の文化と非暴力の実践」以下『平和』)、「『辺野古見直し』として、陸上案、浅瀬縮小案と日米政府が<喧嘩>を演じている。日本政府に米国政府と喧嘩できるほどの外交政策があると思っている人は誰もいない」(『愚直』-沖縄非暴力の心)と書いている。
私は9月から政府交渉に参加する機会が多くなった。特に、10月下旬の日米審議官級協議(中間報告)に対しては緊急要請行動で上京、20日、衆議院外務委員会開催中の合間、控え室で大古和雄防衛局長、河相周夫外務省北米局長に会い、外務委員会に比べて落着きがない、これでアメリカとの交渉任されるか疑問に思った」(「宝の海」―外交権侵害の中の直訴―21日)、「日本の官僚が国防省、国務省で恫喝されたらうろたえるだけで亡国の官僚と読んだ」(「宝の海」27日)と記録した。
両者の「落着きのなさ」「うろたえ」には、私どもの厳しい資料の説明があったのである。この要請の中で、わたしどもは1996年アメリカ海軍が設計した大浦湾軍港計画、1997年国防省が作成した浅瀬・沿岸案を示し「アメリカの演出に乗っている」と指摘した。中間報告はわたしどもが指摘した沿岸案に軍港を持つものになった。国防省としては「外交音痴小泉首相がアメリカ<陸上案、浅瀬案>と戦って頑張ったと国民に認知させるために<芝居>した」、そして、「沖縄包囲網を、マスコミを総動員して行なう壮大な側面」と指摘する。
日本のマスコミは、4月19日から翌年9月までの辺野古で展開される非暴力の実力行動を無視し続けたが、わたしどもはHP・メールによる全国的ネットワークなどで辺野古闘争の輪を形成した。
10月に入ると朝日、毎日をプライスリーダーとして報道が政府支援で動き出す。その特徴は、閣議決定、建設協議会などの軍民共用空港事業の実施を「従来案」と書き選択過程と描くことであった。

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  (ドイツ国営放送の撮影)

3、沖縄の非暴力の心
ヤマトの床の間には剣があり、沖縄の床の間にはサンシンがある。沖縄の戒めは「自分が危められても眠れるが、人を危めては眠れない」である。日本経済新聞(以下日経)はテントに座り込み、那覇防衛施設局の違法なボーリング調査に非暴力で抵抗する人々の行為を「妨害運動」と矮小化し、剣を抜いて威圧せよと提言する。
 アメリカ独立戦争のスローガンは「代表権なくして課税なし」であった。1951年サンフランシスコ条約、安保条約は沖縄県民にとって代表権、意見表明権も日米政府に剥奪され、他都道府県の米軍基地とは異なる歴史的側面を持つものである。
 沖縄の抵抗権の歴史は「武器なき闘い」と称され「すべての兵器を楽器に」など非暴力の文化で、闘いのなかには常にサンシンの文化があった。
 私どもの座り込みは非暴力が柱で、辺野古の老人たちは命を守る会事務所に9年間座り込み「海に杭1本打たせない」「人柱になっても止める」の愚直な日々であった。那覇防衛施設局は座り込み現場に33回交渉に来た。私どもは灼熱のアスファルトに莚を敷き、冷たい麦茶を出し座って交渉に当たり「説得」して来た。この間、テントでは整然と座り込み、海上の単管櫓でも同様である。
 小泉首相は「辺野古見直し」を言ったが、それは「辺野古内見直し」で、強力な傷みを押し付ける論理であることが明白で、基地の負担軽減は抑止力が強調され、沖縄に安保の傷みを押し込めることが明白になった。
 私どもの抵抗は沖縄への基地押し付け、環境影響評価法違反のボーリング調査に対する正当な請願、抵抗権であり、国際自然保護連合(IUCN)総会はジュゴンなどの保護およびボーリング調査を環境アセスに組み込めなどの勧告を行なっている。
 政府が決定した軍民共用空港は、わたしどもの正当な抵抗、沖縄県民及び国民世論、国際的注目と批判のなかで環境影響評価法手続きの初期の段階で挫折し始めている。現在、日米政府は、SACO及び代替施設協議会などの検討過程で自ら却下した「陸上」「浅瀬」「沿岸」案など死んだものを蘇らせ、名護市を米軍の要塞都市に変えようとしているが、これは、政策決定過程のルール(行政民主主義)に対する不信を助長し沖縄の頭越しに強行、新たな抵抗権の源泉になることは沖縄県知事の動向が証明する。(日本経済新聞への手紙から)

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 (新しい寄せ書き)

Ⅱ、わたしの21世紀の生き方と辺野古
1、 辺野古は教室の延長上の世界
 わたしは高校の社会科教師を04年3月末定年退職、私の「定年に合わせるように那覇防衛施設局はボーリング調査に着手、400日経っても掘削できないばかりか、普天間移設が座礁しかけている」(『愚直』あとがき5月末記)と書いている。
 わたしの授業は教科書を沖縄で組み替え、教材作成は「行って、見て、聞いて、確め」を柱に自主編成である。わたしにとって辺野古の闘いは教室で教えた世界の延長線上にある。前者は現場から物事を見る。後者は人類のめざす21世紀の生き方の問題で二つの潮流と述べ、地球の片隅の辺野古に具体的実践として現れる。
 その1は、地球環境保全と生物多様性環境の保育の生き方である。
地球環境保全の21世紀、1972年は沖縄返還の年、世界的には「人間環境宣言」で「地球にやさしく」の合言葉が生まれ、ワシントン条約、ラムサール条約、世界遺産条約と人類は地球環境保全の施策積み重ね、1992年「地球サミット」を迎える。
世界8千NGOは「地球憲章」を結実させ、「生物多様性保全条約」などなどの地球環境保全の課題は、地球の隅々での実践課題となった。
すでに、わたしは沖縄タイムス論壇(02年12月27日)に「高校の教科書は<われら地球家族。諸国民も、あらゆる植物、そして動物、雨も大洋も、すべての森と海洋の流れによって生きているわれらは、美しい地球と多様性に満ちた生命を保育する>(「地球憲章」)、生物多様性保全条約など、21世紀の地球環境の潮流と生き方を学びますが、亜熱帯の生態系の多様性は豊な教材である。(略)環境影響評価法に入った住民は、地球の生きとし生けるもの、地球のすべての生命体が<名護市民>となったことを自覚すべきである」と辺野古海上基地建設の新しい段階を描き、実践を模索する。
ウミガメとジュゴンは辺野古海域の生物多様性のシンボルである。辺野古の闘いにはIUCN,WWFJを含めて国際的自然団体、アメリカの生物多様性センターはジュゴン裁判を起こし米国400自然保護団体が支援する。

その2は「平和の文化」を築く21世紀である。1999年9月国連総会は「平和の文化宣言」と行動計画を採択した。暴力の世紀から非暴力の時代へ、戦争の世紀から平和的解決の時代へと文化概念に平和の文化を加えた。今年は「平和10原則」を確立したバンドン会議50周年の年に当たる。現代社会平和の文化の授業は、ガンジーの非暴力、平和五原則、アジアアフリカの台頭、沖縄の武器なき闘い、阿波根昌鴻(伊江島土地闘争の指導者)の「5本の指」の思想と非暴力主義、瀬長亀次郎(沖縄人民党委員長)の不屈の抵抗、仲宗根政善(映画「ひめゆりの塔」の引率教師のモデル)の絶対平和主義などの生き方は「平和の文化宣言」に吸収され、21世紀の人類の目指す方向を示す。ブッシュの戦争は平和の文化確立の過度期で20世紀的遺物である。

だとすると、辺野古の闘いは完全非暴力出なければならず。テント村には故阿波根昌鴻翁の写真を掲げ、海上での闘いもカヌーを主力とした非暴力を貫いている。「平和の文化宣言」のシンボルマークと「5本の指」の思想を対比してほしい。地球の片隅の実践的な生き方が見事に吸収され、地球を包みはじめている現実世界がある。

 平和の文化は文化及び宗教の多様性の尊重、寛容を含み、辺野古はあらゆる宗教者が共同の闘いを築きあげた。阿波根昌鴻の「5本の指」の思想は「非理法権天、どんな非道なことも理性を持ってあたるなら、勝つことができます。しかしその理性も法の前には歯が立ちません。そしてその法も、時の権力は自分に都合よく変えてしまいます。けれども天は見ています。天とは何か、それは、私達一人一人は小さく、その立場も、また、形もそれぞれ違うものでありますが、そんな私たちが、この指のように団結し、力をあわせていくならば、どんな困難であっても、勝つことが出来ると信じております。日本の平和憲法を世界の平和憲法にし、すべての人が幸せに、そして平和に暮らせる日を実現しましょう。」(拙著『沖縄の太陽物語』より、1996年5月15日メッセージ)

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 (韓国から)
2、日米同盟の中で
 5月1日米軍再編成最終合意、同30日閣議決定で安保条約はグローバルな日米同盟の強化、拡大、日本政治を日米同盟に従属させ、憲法・教育基本法改悪、共謀罪などは平和・民主主義の国の基本を根本から変えるものとなった。
米軍再編成は米軍と自衛隊の共同、基地の共同使用は日本全体の「沖縄化」の完成をめざし、また、海兵隊のグアム移転は虚偽に満ちたものだが太平洋・アジアにたいする抑止力をたかめる。
沖縄に関しては新V字型滑走路建設によって基地の北部集中化<悪魔の要塞基地>を基本として、普天間返還、中部の基地返還をパッケージにして分断策を特徴とする。また、北部振興策の廃止で恐喝、基地建設とリンクした出来高払いの新振興策(特別交付金)による「住民を争わす」政策と弾圧体制の強化が目論まれている。

最終報告はV字型滑走路2本(1800M)を着陸・離陸用として「この施設からは戦闘機は運用しない」と安全性を強調するがイラクには実践的滑走路として存在する。確かにF15戦闘機は常駐しないが、嘉手納および空母からF18 戦闘機などの艦載機の訓練は否定してないのであり、「から」に秘められている陰謀は、大浦湾軍港化とともに機能は普天間の比ではないのである。

閣議決定にはV字型滑走路含めて具体的なものは書けなかった。SACOの軍民共用空港のように磐石な閣議決定ではないところに、国民との矛盾が反映されている。米軍再編成はグワム移転費を含めて3兆円という膨大な税金を投入し、実施計画が明らかになるにしたがって国民が安保の存在を生活実感として認識するようになって、日米同盟と国民生活との矛盾は深まり、乖離が鋭くなってくる。

米軍再編成下の日米同盟は、平和外交、紛争の平和的解決の国際的潮流、アジア会議の柱である東南アジア友好条約の紛争の平和的原則にも反し「脱亜入米」追従の危険な道でもあり、日本は<悪魔の要塞基地>となる。
米軍再編成の3兆円の財政負担、年間6000億円の米軍維持費、防衛予算は、国家財政、地方財政の危機の中で国民への負担、増税政策に迷走し経済を混乱させる。「米軍のために税金を使わない」運動提起が焦眉の国民課題となる。
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 (韓国から)

むすび
辺野古海岸の基地の中に面白い那覇防衛施設局の看板が立っている。「日本国憲法で制定された法律で罰せられる」で、共謀罪の成立を前提としている。英語版には憲法記述がない。英文にもJAPANESE CONSTITUTIONが書かれていたら米兵は殺人罪、銃等法違反で怯えるであろう。基地内は安保条約で制定された刑事特別法で日本人を罰するのである。
V字型滑走路基地建設は米軍基地内に日本国憲法まで捧げ、強権発動を持って強行してくる。
わたしは、日本の新しい価値観として平和のために、「平和の文化」の思想で留置所、刑務所に入る事を誇りとする文化価値を共有すべきだと実践している。防衛庁が平和の文化を犯罪とする法を制定するなら平和の文化の思想と行動で、沖縄が「犯罪国家」になることは国際的名誉を勝ち取ることだ。

学者・文化人にも「議論の時代は過ぎた実行の時代だ」と行動を提起している。特に、団塊の世代には辺野古で非暴力と平和の文化のための第二の人生を歩んでほしいと望んでいて、退職は失うことのない人生の始まりだ。わたしの生徒への定年退職の挨拶は「第二の人生は生き長えることではなく、太く生きること。わたしは国民の税金で生活し、多くの知識を得た。第二の人生は国民へ還元する自由人の道を歩み、稲嶺知事と岸本市長の基地政策に勝つ人生」に向かう。辺野古の闘いは10年間の闘いの財産を礎として3度目の勝利に向かって進む。

                        

過去から学ぶー日米合意なるー辺野古・高江情報ー政策的大連立時代迎える


政策的大連立に同立ち向かうか
 日本の平和運動、憲法、環境運動ー試される時代に入る中で


辺野古高江情報(14日)
 高江動きなし
 辺野古昨日同様、違法現況調査、訪問者絶えず。
今日は1日中(13)、家で休む。辺野古の海岸は「ニマリル」(腐る?)ほどの暑さ、よくも、毎日、4年間海で闘ったと思う。テントの風の吹く場所に午前中ベットに寝ていた。
 ベランダに出ると、サンダンカの花の蕾が円を描いて、映えだした。野牡丹が終わりに近く、エビネも咲き誇っている。パションフルーツベランダに鈴なりだ。
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 日米合意中間報告
   日米合意(日米同盟の変革と未来」
   期待できない「最終報告」(05年12月13日「宝の海」
 再編成に向けて「絶好の機会」と捕らえる期待があったことは否定できない。6月ごろから日本政府は「負担軽減」より「抑止力」を強調してきた、それをカムフラージュするために「地元の同意」を強調してきた。9月5日、外務省、防衛庁の交渉で「抑止力」強調に対米追従の日本語の象徴と批判した。10月17日、国会外務委員会控え室での大古防衛局長、相河外務省北米局長への要請の中で、沿岸案、浅瀬案に対して、大浦湾軍港案など国防省、海兵隊が過去に計画した図面を見せて、日本政府がアメリカの構想に巻き込まれていることを具体的に示した。沿岸案はこれらのアメリカの描いた一番いい所をすべて取り込んだ案(決定)となって「日米同盟・未来への変革」の柱となった。
 11月17日、防衛庁木村副大臣への要請、「大野防衛長官に大浦湾にサンゴはないと言わしめた基礎資料はいつの調査か」と同席の防衛庁事務方に副大臣の前で答えさせた。平成12年である。
 今日の琉球新報論壇に「基地の北部集中合意撤回を」(宜保幸男)がアメリカが計画し実現できなかったこれまでの歴史を書いている。
 同新聞に日米再編成は「中間報告ではない」(防衛庁首脳発言)が出ている。三月の「最終報告」は実施要綱になる。それは、法整備(憲法改悪のスケジュル含めて)、財政、自治体・住民懐柔及び分断政策など含んだ「壮大」であろう。
 「最終報告」は期待できない。期待感を持つことは「中間報告」以上に危険だ。名護市へ要請した折、末松助役は「5度動かせば受け入れるのか」の質問に、沈黙であった。報道によれば防衛庁は「地元調整」(必要なものを提示できるよう)に乗り出すようだ。いや、すでに、隠密行動で動いている事実をつかんでいる。
 HPへの書き込みがおろそかになっている。新しい闘いのために動きまわっているのだ。今日は実家で仕事をしている。与那覇岳の麓は冷える。沖縄も冬到来、よくも、この寒さで、昨年は毎日海にいたものだ。
 11日、沖縄タイムスに『愚直』が紹介された。いつも、買い物しているスーパーの奥さんが店においてくださるようだ。12・13

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今日
 少年の唇に刻まれている。親子ラジオから毎日聞いた歌。今、67歳の初老の唇からこぼれる。政策的大連立のなかで、朝を呼ぶのは家庭(現場)である。

 朝は どこから来るかしら
 あの山越えて 雲越えて
 光の国から 来るかしら
 いえいえ そうではありません
 それは 希望の家庭から
 朝は 来る 来る 朝は来る
 おはよう おはよう

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(高江のテントで喜ばれています)

過去から学ぶー辺野古・高江

辺野古・高江情報
 高江動きなし
 朝、汀間漁港周り辺野古テント。
 7月14日10時
  違法アセス裁判 那覇地方裁判所
 7月15日(木) 7:30~8:30
   無言キャンプシュワブ座り込み(22回)
 7月22日(木)7:30~8:30
   第23回 座り込み 夏休みに入りました。親子でいかがですか そして、高江に沖縄のダム学習。
私は高江に
 (写真は辺野古13日)
 
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 (違法調査ー汀間漁港)
過去の歴史から学ぶⅡ―再編成(V字現行計画)小史
米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)
 日米合意序曲(6)-日経新聞への手紙
   
日本経済新聞社 社説担当 殿

                  ヘリ基地反対協議会
                  代表委員  安次富 浩 
大西 照雄
又吉 秀夫  
宮城  幸
 
基地反対協議会は貴社に面談をヘリ求める
 ヘリ基地反対協議会はSACOの海上基地を市民投票で海上基地ノーの民主主義と民意を確立した名護市民の住民共闘組織であり、軍民共用空港の白紙撤回とボーリングの違法行為に対する行動に責任団体としての役割を果たしてきている。
 貴社説10月9日「政治の責任で普天間の対立を解け」は、私どもとしては看過できない重要な問題を提起しているので面談を求めるとともに抗議に値するものである。
 私どもは、交通の問題もあり、友好団体にお願いして貴社との面談を求めたのですが、あらかじめ、手紙などで事前に行なうよう受けていますので、この文書を送ります。

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(防衛施設局3億円で作りました。事業仕分けの対象、使う人ありません、防衛省予算「聖域」です。こんな無駄手をつけるべきです)

 
沖縄の非暴力の心
ヤマトの床の間には剣があり、沖縄の床の間にはサンシンがある。沖縄の戒めは「自分が危められても眠れるが、人を危めては眠れない」である。日本経済新聞(以下日経)はテントに座り込み、那覇防衛施設局の違法なボーリング調査に非暴力で抵抗する人々の行為を「妨害運動」と矮小化し、剣を抜いて威圧せよと提言する。
 アメリカ独立戦争のスローガンは「代表権なくして課税なし」であった。1951年サンフランシスコ条約、安保条約は沖縄県民にとって代表権、意見表明権も日米政府に剥奪され、他都道府県の米軍基地とは異なる歴史的側面を持つものである。
 沖縄の抵抗権の歴史は「武器なき闘い」と称され「すべての兵器を楽器に」など非暴力の文化で、闘いのなかには常にサンシンの文化があった。
 私どもの座り込みは非暴力が柱で、辺野古の老人たちは守る会事務所に9年間座り込み「海に杭1本打たせない」「人柱になっても止める」の愚直な日々であった。那覇防衛施設局は座り込み現場に33回交渉に来た。私どもは灼熱のアスファルトに莚を敷き、冷たい麦茶を出し座って交渉に当たり「説得」して来た。この間、テントでは整然と座り込み、海上の単管櫓でも同様である。
 小泉首相は「辺野古見直し」を言ったが、それは「辺野古内見直し」で、強力な傷みを押し付ける論理であることが明白で、基地の負担軽減は抑止力が強調され、沖縄に安保の傷みを押し込めることが明白になった。
 私どもの抵抗は沖縄への基地押し付け、環境影響評価法違反のボーリング調査に対する正当な請願、抵抗権であり、国際自然保護連合(IUCN)総会はジュゴンなどの保護およびボーリング調査を環境アセスに組み込めなどの勧告を行なっている。
 政府が決定した軍民共用空港は、わたしどもの正当な抵抗、沖縄県民及び国民世論、国際的注目と批判のなかで環境影響評価法手続きの初期の段階で挫折し始めている。現在、日米政府は、SACO及び代替施設協議会などの検討過程で自ら却下した「陸上」「浅瀬」「沿岸」案など死んだものを蘇らせ、名護市を米軍の要塞都市に変えようとしているが、これは、政策決定過程のルール(行政民主主義)に対する不信を助長し沖縄の頭越しに強行、新たな抵抗権の源泉になることは沖縄県知事の動向が証明する。
 日経新聞10月9日社説「政治の責任で普天間の対立を解け」は、日米政府を免罪し、正当な沖縄県民の請願及び抵抗権に、政治家と首相に対し指揮権発動的な国家暴力装置の発動を提言するものと認識される。
 以下の諸点に関して説明を求めるとともに直接面談を申しいれます。

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説明要求
 Ⅰ、貴社説は「浅瀬案にせよ、辺野古沖案にせよ、心配されるのは『海の三里塚闘争』と呼ばれるような過激な妨害活動であり、反対派説得する作業は政治家の仕事となる」について、
1), IUCNからも異例の、2度のジュゴンなどの保護、ボーリング調査をアセスに組み込めなどの勧告を受け、アセス回避、ジュゴン追い出しなどに関する見解、名護市民投票、辺野古移設ノーの82パーセントの沖縄県民世論及び県外移転を求める沖縄県の要求をどう認識するか。
2), 海の三里塚闘争とは何か。私どもの非暴力の闘いを三里塚闘争と断定する根拠は何か。
3), 環境影響評価法の本質は国民への説明責任である。住民や記者も閉め出す那覇防衛施設局の行為を新聞人として容認するのか。説明責任があってはじめて「説得」は発生すると思うが。どうでしょうか。過激な妨害活動とは何か。
4), 「政治家の仕事」とは何か。国防総省ヒル日本部長のように隠密行為をして、日本の外交主権を侵害して行なうような行為を日本の政治家に求めているのか。
5),辺野古沖案なるものは存在しない。軍民共用空港と理解していいか。貴社の見解を求める。

Ⅱ、貴社説「いったん決定されれば、違法な妨害活動は放置できない。警察、海上保安庁による適切な対応が必要となる。その判断は首相の責任となる」について、以下説明を求める。
  1)、「いったん決定されれば」は、環境影響評価法の諸手続き、アセスの諸過程を含まず、着工を想定しているのか。現在、防衛施設庁はいかにアセス回避をするか模索している。
  2)、「違法な妨害活動を放置できない」とは具体的に何か。海上保安庁の「適切な対応」はいかなる法を根拠にしているか。首相が警察権力を発動するときはいかなるときか。貴社説は警察海上保安庁が合同で「適切な対応」を住民運動に「必要」とも読み取れ説明を求める。とるがどうですか。首相責任の具体的
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 (テント村、いつも、訪問者堪えません)
Ⅲ、まとめと要求
  新聞などの統制価格の値上げは、1社が先行して「プライスリーダー」となる。貴社説は住民運動への権力介入のプライスリーダー的役割を果たしている。マスメディアは「第4の権力」といわれますが、貴社は沖縄県民の平和に暮らしたい願いと運動に刃を向けて来たと認識する。
     再び、最後に「ヤマトの床の間に剣、沖縄の床の間にはサンシン」がある。貴社の社説は沖縄の歴史で培われてきた「武器なき闘い」を過激な妨害活動と描き、国民に誤った認識を与えるもので、直接面談し説明責任を求めるとともに、私どもとしては抗議に値する内容を秘めている。
     わたしは、11月7日から9日にかけて別の用件で上京します。ぜひ、時間を取っていただきたいと思います。私どもは10月21日、アポも取らず「直訴」的に上京しました。国会の厳しい中で、大古和雄防衛局長、河相周夫北米局長は国会内で要請を受けています。民主主義の新聞社が面談を拒否することがあれば政府以下の言論世界を国民に晒すことになる。この件にについて代表委員の大西が対応しますので連絡方法を下記に記している。
        ヘリ基地代表委員 大西 照雄

 
              2005年10月25日  速達
携帯090・1940・1563
          TEL/FAX 0980・53・5081

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 (大学の恩師、田港朝昭、反基地ネットワーク結成総会エクアドル同質の滝本さんが訪問)
 (続きー新聞読む、「駆け引き」?)

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過去から学ぶー高江情報、参議院選挙メモ

高江情報
 朝7時、高江に着く。動きみられず。
 イノシシN1テントの中に履いて、Sさんにより添うようだ。私の匂いで現れないとみんなに「非難」される。イノシシなど食べるものだと思っている人が来ると来ない、私が去ると現れたようだ。
今日も朝から高江だ。
 写真は12日の高江
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 (ジャングル訓練センター。<軍用犬>。写真撮って入ると警備の海兵隊出てくる。カメラ向けたら隠れた。イ  ライラしているようだ。7月12日)

過去の歴史から学ぶⅡ―再編成(V字現行計画)
米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)

 日米合意序曲(5)
  1800mにみる亡国の官僚の姿。

    国防省の演出に踊る日本政府、踊らされるマスコミ
          05年10月23日
 昨日の日記で特別法制定と地位協定でアセス回避を書いた。今日のタイムス、琉球新報はわたしの分析が単なる杞憂ではないことは特措法制定報道が証明する。昨晩の日記原稿を新聞社に送った。5年完成、1800Mの滑走路、大浦湾に突き出すとき、今まで書いた軍港構想が描ける。それを、日米政府の立場に立って(今日の報道は8年完成)戦略、戦術を練ってみると現法律体系では不可能、だとすると、いま、小泉首相が得意とする特別法しかない。
 この特別法は包括的なもので民主党も否定できない内容となって、日米政府の植民地沖縄の自治権完全剥奪でなされてくる。1800には多くの陰謀が秘められていて、さすがに、日本政府は中南部の基地の北部集中を中間報告で触れない新たな陰謀に入った。
 わたしは日米協議の合意を一夜漬けのタクアンと書いた。国防総省の演出の「芝居」で、日本政府が踊らされている。そもそも、この計画は、1966年アメリカ海軍が設計した大浦湾軍港計画と1997年に国防省が描いた浅瀬案の合体が日米の合意として成立した。
 
 国防省としては外交音痴小泉首相がアメリカと戦った(陸上案、沿岸案)と国民に認知させるために「芝居」した。2プラス2が駄目になる、代表団が帰るなど、手が込んでいる。そして、1800Mと軍港を得て、中間報告に触れない。それは、見事である。日本国内問題にアメリカ政府は直接的政治発言、及び、自治体などへの政策説明権をも得た。
 嘉手納の軍用機が一部県外へ移されるが本土の基地の自由使用を得て、また、沖縄に帰ってくる。

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  (N1、いつもと同じ、このテントにイノシシが入って、私以外にはキスするようだが、少々乱暴で傷がつく   ようだ。それでも、みんな楽しんでいる)

   日本は法治国家か
 日米政府の陰謀は、沖縄の自治権剥奪のみならず、沖縄包囲網をマスコミ動員して行なうという壮大な側面を持っている。10月9日日記は「『第4の権力』は朝日、毎日をジョギングにして、日経をプライスリーダーの先導役」と書いている。日経の9日社説の「政治家の仕事」「首相の責任」の提起の意味が明確になった。第4の権力が弾圧の手助け、マスコミは日本政府が米政府と喧嘩していると描き、沖縄包囲網を取るであろう。いままでの、沖縄無視はその複線であったと認識する。特別法まで制定して強行することを批判もなく報道することは地方自治、民主主義の自殺行為を援助するものである。
 
 国防省に踊らされた日米協議が明らかになることは遅くない時期に明らかになるであろう。わたしは日本政府にアメリカと喧嘩するほど日本外交は成熟してないと書いた。20日に大古防衛局長、河相北米局長に面談した。両者との面談で、わたしの印象は、日本の官僚が国防省、国務省で恫喝されたらうろたえるだけで、亡国の官僚と読んだ。まさに、日米の合意は、私どもが両者に示したアメリカの求めた合意に至った。1800Mはおおくの陰謀が秘められているのである。

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 (闘う弁護団、横田弁護士、百人力だ。毎日配置につきます)


     沖縄は日米政府の軍事植民地ではない
 政府も在京マスコミの一部も沖縄を日米の軍事植民地と認識していることが鮮明になってきた。午前中は沖縄県議会議長に要請、10時半記者会見、11時府本知事公室長へ要請、知事室では西那覇防衛施設局長が合意案説明している。名護に帰って名護市役所前で街頭演説、もう60回を越す。西局長の市長訪問までの間、羽地、屋我地の宣伝行動に出て、西局長の市役所訪問にあわせてロング演説する。
 
 やはり、岸本市長も1800Mを問題にして、受け入れに慎重だ。果てしなく自己矛盾は深まり沖縄は揺れ動く。
 「基地建設のために国内法を変える。日本の法体系、環境制度、住民の生活権を破壊する。沖縄の声を封殺し、米軍基地の北部要塞化を狙うファシズム政治だ」「基地問題だけでなく、沖縄の自治権の放棄になりかねない」「自治体の問題にとどまらない」などの、わたしの談話が出ている。(琉球新報)、赤旗にも談話が載っている。明日の新聞で分析する。
 今日はいそがしかった。

10・23
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  (ミノボリトカゲ、N4の松の木の住民、カメラが好きのようだ.絶滅危惧種<NT>、一時期ペットとしてブームになりましたが、飼育は難しい。個人では無理、殺すようなもの)

 
 参議院選挙の分析、今後の課題についてはゆっくり分析
 カン内閣とカタカナ使ってきた。梅雨前線で転がり出した。ハリケーン、台風が吹き始めるとカンは転がるだけではない「タッピラキル」(琉球語)
民主党・小沢戦略(島尻でもいい、沖縄の団結を阻止する)は、成功したが、全国的には国家的矛盾を抱え、政治・メディア含めて日本の進むべき道の選択を迎える。
 政策的大連立(メディアも)の可能性を秘めながら、国民はマニフエスト(口約束)超えて、動くであろう。
 現場から見ると圧倒的小泉内閣の再編成から今日見ると、内閣、県政、名護市政と完全に国が有意であった。
 普天間・辺野古は、国家のありようの問題まで発展する。
 参議院選挙を「安保夏の陣」と規定したが、成功しなかった。この新しい矛盾の中で、現場の新しい闘いが始まる。
 すでに「カン内閣」辞職論、総選挙論が出てきた。矛盾の露出の進行が早い。
 「過去の歴史から学ぶ」は、過去から現在の不透明を見るための、検証の一歩である。

過去から学ぶー参議院選挙終わり、カン内閣刃かー高江に力を


政策的大連立時代を迎える
今日から高江に集中
 小さな村の大きな闘いへ
 参議院選挙終わった。まだ、結果みてない。未明に高江出発。
私と高江、過去の闘いはDVD『やんばるからのメッセージ』(比嘉正人09・3))『安保どうする』(日本平和委員会』に出てきます。



 過去の歴史から学ぶⅡ―再編成(V字現行計画)
米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)

日米合意序曲(4)ージャーナリズム

  日本ジャーナリスト会議及び会員の皆さんへ
               05年10月10日
 わたしはヘリ基地反対協代表委員の大西と申します。貴機関紙の読者で拙著『啄木と沖縄』の書評が載りました。
 わたしの「毎日日記」、八月下旬に故障し、十月初旬に復活したのですが、辺野古の新しい事態に在京マスコミが無
視しているなどの状況分析(10月9日参考)のためなどで、中断しました。
 しかし、日経新聞10月9日社説を読み、日本のジャーナリズムの恐ろしさを痛感しています。
 わたしは辺野古の闘いを「平和の文化」「地球環境保全」の二一世紀的地球の片隅の実践と規定、非暴力の柱で戦っています。日経の社説は国家権力による暴力的弾圧を小泉内閣と政治家に求めています。
 この間、わたしは政府機関、米領事館の交渉で強権の発動の兆しについて懸念を表明してきました。それを、わたしが懸念したように、日本のマスコミが先導的や役割を果たす。この異常な日本のジャーナリズムの異常、看過できません。
 この状況の中で、この10年間のわたしの非暴力主義『非暴力主義は勝つー普天間から辺野古へ』を緊急出版試みます。非暴力の民衆に暴力装置を投入せよ、日経の社説は日本のジャーナリズムの汚点です。皆さんの奮闘を期待します。(朝7:30)

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    見えてきた米国追従
 今日は「10・10空襲」の日。辺野古の空に米軍の航空機見えず。
陸上案、浅瀬案、日米は「喧嘩」(芝居)しなくなった。もっと「喧嘩」したらボロが次々に出る。行き着くところは1997年に国防省が書いた「小さく作って大きくする」縮小案か折衷案であろう。日本政府の「抵抗」は外交無能力批判をかわすための何者でもなく、米軍再編成をすべて受け入れる。自ら排除した案を墓場から掘り起こしてきた。
 琉球新報は特集「米軍再編成と沖縄―なるか負担軽減」連載、今日は「ジュゴン保護と環境(8)」、タイムス特集「米軍再編成を追うー安保の現場から」(75)は「地殻変動―移設推進の市長に反旗」を連載中。
 琉球新報「移設条件に鉄軌道」と報道。進まぬ金融特区と振興策、革新が政策に掲げた鉄軌道を取引に持ち出してきた。軍民共用空港、金融特区はどこに行った。生産せぬ国は衰退する。
日経新聞は「お金」しか見えず「環境や政府の瑕疵」は見えないようだ。政府絶対主義者で「海の3里塚闘争」と「過激な妨害活動であり」、「違法な妨害活動を放置できない」と警察、海上保安庁による適切な対応が必要になる。私どもの闘いは妨害というチャチな闘いではない。違法なボーリング調査、軍民共用空港を阻止する闘いで、現場、世論、政治の諸分野での総合的闘いである。ですから、軍民共用空港は挫折、日米政府はうろたえ、哲学と言っていた再編成は土木屋の打算、お金の問題になっているのではないか。われわれには鉄兜も、ゲバ棒、マスクも無縁だ、太陽に顔を晒し、自己を名乗り、何も隠すものは無い。辺野古の闘いを3面記事的に「妨害」などと描くのは名誉毀損だ。
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IUCNは政府のボーリング調査をアセスに組み込めと勧告、多くの専門家が環境破壊を指摘した。日経は政府の違法、破壊に目をつぶり、また、沖縄県民の要求を侮蔑、「米軍が賛成」と浅瀬案に誘導する。マスコミの米国追従。また、沖縄たたきの先導的役割果たす。

(午後2時)
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過去から学ぶー「県外移設堂々と主張する」とはいかなることか山城君?

 過去の歴史から学ぶⅡ―再編成(V字現行計画)米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)
 米軍再編成(日米合意)序曲(3)
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    外交主権侵害のなかの「直訴」
 ヒル国防総省日本部長は沖縄県に浅瀬案などを説明、明らかに外交主権の侵害である。稲嶺知事は公室長対応にした。私と同格(96年国防省で日本部長対応)の対応である。国防省の驕り(ヒルは屈辱対応意識あるか)と沖縄県のしたたかさが見える。2プラス2開催29日(再編成中間報告)、アポ手続きも不明確のまま、航空券をもって山内、ズケラン、真喜志、大西の4人で緊急直訴的「緊急要求」書を持って「波乱」不気味の行動。英文化してないために米大使館は対応拒否。
 照屋寛徳議員の部屋を作戦本部にし、議員会館の会議室を確保、1坪反戦関東ブロックなどが支援にきてくれた。午後、内閣府で山田大臣官房総務課調査役と要請、小泉首相の辺野古見直しが辺野古内見直しに動いていること、名護市米軍要塞都市化について述べる。
 午前、大古和雄防衛局長と要請、11:35から外務委員会で赤嶺議員、照屋議員の質問を膨張する。終了後、河相周夫北米局長と要請。防衛局長、北米局長とも委員会に比べて落着きがない。これで、アメリカとの交渉任されるか疑問に思った。
 
   2プラス2延期か
 わたしたちは、急激に動いた米軍再編成、29日予定して緊急の要請直訴、町村外務大臣ヒル日本部長の沖縄隠密行動批判、大野防衛長官2プラス2延期(?)会見、わたしの予測したように縺れに縺れてきたか(?)、小池大臣の島民発言、沖縄は無人島でも、アメリカの、日本政府の植民地でもないのだ。人間の住む日本の自治体なのだ。昨日、今日とも疲れた。しかし、面白い。10・21

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過去から学ぶー長い日記になった。我慢して呼んでネー

米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)
 米軍再編成(日米合意)序曲(2)



  日米合意序曲(2)-自然と生態系の調査

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  米国防省に踊らされる日本
今日の新聞、沖縄タイムス「陸上案こだわらず」「シュワーブ沿岸も視野」、琉球新報「新たに沿岸案」を柱に報道。在京マスコミもオンパレード。
岸本市長が久志3区に打診し誘致を決定した浅瀬縮小案は国防省の設計「小さく作って大きく」で、代替施設協議会で岸本自ら反対したものが明らかになった。与党にも説明せず、名護市議会半数の議員が異議を唱え、与党内に軋みが起こっている。
日本の外交が米国と喧嘩できるほど大人ではなく演出と書いた。あまりにも米国追従だから沿岸埋め立て案をだしてきた。防衛施設局の職員は潮の干満も知らない、まして、沖縄の海について無知で机に向かって地図に線を引いて暇つぶしをして、上に報告しているのであろう。大浦湾はユビエダサンゴの群落が白化現象免れ、日本でみられるすべてのミモ(クマノミ)が集中して生き、海の体験、平島自然体験ツアーが広がり、巨大リゾートホテルが賑わいをみせ、キャンプシュワーブより雇用は多いのだ。
琉球新報も政府与党の検討は「机上の空論」と県内移設に終始する政府の「非現実的対応」を批判する。どの案も10年以上かかるのだ。
外務省、防衛庁、領事館に要請した際、日米政府は沖縄の意向を無視して、米軍再編成で普天間を辺野古に閉じ込める方向に向かっていると警告した。
浅瀬案を地元建設業界の「新しい案」にしたて、岸本市長に進展しない軍民共用空港の壁に「風穴」をあけさせる工作をしたと思われる。国防省に踊らされる日本。
名護市長選出馬意向の我喜屋宗弘氏「浅瀬、内陸とも反対」と報道(琉球新報)ですが、現在、立場上コメントは差し控える。(老人性早起き症6時)

    県民大会開催
基地の県内移設に反対する県民会議は、10月30日午後4時与儀公園で普天間の県内移設に反対する県民大会を開催することを決定した。
沿岸埋め立て案は辺野古弾薬庫と結合し大浦湾を軍港とする。滑走路の東端は水深20mが大浦湾奥まで続き、入り口は水深50mの深さ、入り口幅150mで空母、諸艦船が入港出来、米軍が手に入れたい、軍民共用空港でケーソン式護岸のバースを失ったものを米軍は手に入れる。米軍専用空港は普天間の機能の比ではない。「小さく作って大きく広げる」性格を秘めている。米軍は大浦湾軍港計画を過去に持っていた。
県民大会は米軍再編成を睨んで沖縄県民が総決起することが望まれる。特に、野党の各級の議員は選挙並みに後援会含めて立ち上がるべきであろう。
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生態系の豊な大浦湾
 昨年のこの時期、蟹の恋の旅路を書いた。森の沢から上海カニの仲間、タハンガイ(サシバの時期に産卵に海に降る)がイノーに降り生涯を終え、稚魚が川を遡上する。大浦川、汀間川はじめ小さな川から数万のカニが大雨の流れに乗って川を下る。大浦川の水は辺野古弾薬庫の近くを流れ、辺野古岬へと深く太平洋に注ぎ、内側は広い浅瀬となり、海溝沿いにユビエダサンゴの群落、浅瀬に浜サンゴの群落を形成、広い藻場が海の草原をなす。沿岸案の東先はジュゴンが撮影された場所である。
 日本人のエビ好きが東南アジアのマングローブを破壊していることは高校の社会科、英語の本で学ぶ。大浦川河口にはマングローブの密林を形成する。修学旅行で生態系を学ぶ場所、今日も東京の高校生が約30人体験学習を行なった。軍民共用空港の作業ヤード埋め立て(30ヘクタール)の計画場所、すでに、九州QABがユビエダサンゴ、アジサシの群れを放送した。生態系破壊に血眼になる日米政府、IUCNの勧告無視、生物多様性の豊な大浦湾、そろそろ、これまで蓄積してきた調査報告出すときが来たようだ。
 小池環境破壊大臣、小泉との結婚話題になっているが「辺野古見直し」のために幾度か沖縄に来て、名護詣でをした。日米政府の特使として岸本市長にアメリカのメセンジャーになることを要請したかも知れない。これから、街頭演説(3:30)10・13

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過去から学ぶー在京マスコミ。辺野古・高江情報

日米共同声明、カン内閣の普天間・辺野古をきるために  
過去の歴史から学ぶⅡ
米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)
    
米軍再編成(日米合意)序曲(1)-現在も全く同じパターン


在京マスコミと日経新聞社説   「宝の海」05年10・9
 
しばらく、毎日日記休んだ。陸上案、浅瀬案で日米が喧嘩(芝居)している。
① 日米政府筋の発言は面白い、いいたい放題言わせ。そもそも、小泉の「見直し」は辺野古内の見直し(押し付け)で傷みを弱者に押し付ける政策と「脱亜入米」論ではアメリカと喧嘩出来るほど日本の外交は成熟していない。喧嘩報道するのは小泉外交の幼稚性を隠蔽するもの、その追従振りはすぐ現れる。「喧嘩させておけ」、両者のこちらの理論となる。これは、県と岸本の言動も同じ。そもそも、浅瀬案は1997年国防省が設計した案で「小さく作って大きく広げる」で、名護の民間案は事実に反する。岸本浅瀬案ではヘリもオスプレイも「常駐」できず、国防省設計が秘められていて、国防省は死んだ構想が蘇った(工作した)に飛びついた。
② この間、名護市内で連日、縮小案を中心に街頭演説、公民館の所在地の3分の2は岸本批判を行なった。何も、書かなかったのは、沈黙している「第4の権力」在京マスコミが、小泉圧倒政権の中で閉塞している米軍再編成に、特に、焦点である普天間沈黙を破って側面から援助に出てくるかを見極めるためであった。どの社がプライスリーダーの役割を果たすか待っていた。ラムズフェルドが来日シテ、すでに、揺さぶりをかける。7日朝日が報道、8日毎日報道、来た、9日は日経新聞だ。

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      辺野古を国家権力で弾圧せよかー日経新聞
        在京マスコミの主流にしてはならない。
 5日、那覇防衛施設局、米領事館、外務省沖縄事務所に要請行動をした。外務省交渉、防衛庁交渉で明らかになった抑止力強調と政府が住民を無視して国家権力を前面に出してくる兆候(日米政府高官の言動の変化)を中心にわたしは発言していた。
 日経新聞は8日、二面社説含めて全面的に辺野古押し込めに入った。社説は「政治責任で普天間問題の対立を解け」と米国追従論陣を張り「浅瀬案にせよ、辺野古沖案にせよ、心配されるのは『海の3里塚闘争』と呼ばれるような妨害行動であり、反対派を説得する作業は本来政治家の責任となる」と書く。沖縄の「武器無き戦い」の歴史、辺野古の非暴力の戦いを「過激」と描き、政治家個人を挑発し、「いったん決定されれば、違法な妨害活動を放置は出来ない。警察、海上保安庁による適切な対応が必要になる。その判断は首相の判断になる」と強権発動を首相に求め対米追従の一層の政策を迫る。
 「第4の権力」は朝日、毎日をジョギングにして、日経をプライスリーダーの先導役にした。しかし、わたしの予想を上回る勢いで日経が国家権力導入誘導、激励、政治家責任を追及するとは思いもよらなかった。
 日本の歴史上、住民運動、市民運動をこれほどまでに国家悪として国家暴力装置を導入せよと提言した新聞を知らない。平和の文化、環境の世紀に、これほど環境保全運動に強権を投入せよと主張する新聞を知らない。非暴力に暴力を行なえとする新聞を知らない。
 9月に入って各関係機関に懸念を表明してきたことが、在京マスコミが政府、政治家に代わって先陣をきった。わたしは、在京マスコミ全体の意思を日経がプライスリーダーの役割を果たしたと読んでいる。ここまで来たか在京ジャーナリズム。
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「日本のメディアの「大本営」は戦前から変わらず。
 GHQ[大本営]、サンフランシスコ条約「大本営」、安保・日米同盟「大本営」と形が変わっただけ」と、私はメディア観を持っている。
  1950年から1955年の在京新聞沖縄報道を見れば単純にわかる。
報道しない「大本営」、歪曲する「大本営」。

沖縄はメディアとの闘いでもある。自衛艦「ぶんご」の投入となる。

(続きー辺野古・高江情報)



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過去から学ぶー再編成小史,辺野古・高江情報および長野の心

日米共同声明・カン内閣の普天間・辺野古をきるために
 
過去の歴史から学ぶⅡ―再編成(V字現行計画)小史
米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)



 米軍再編成(日米合意)小史
 「日米共同声明」、カン内閣の動向、メディアの実態をみる時、日米合意がいかなる「劇場」でなされ、私は何を読み、何を求メてきたか。

私は評論家ではない、現場に身を置いて、日米政府の戦略、戦術を読み、分析して、どうしたら勝てるか、何時も考え、市民に語る。
 辺野古問題で、私以上に海に出、街頭でマイクを握った人はいないであろう。海にいるのが多いからテント村での「授業」は、A村長、T村長に及ばない。
 現場の一人の責任者として、闘いの方針を書き、関係機関との交渉、全国からの要請など、常に実践的に書いてきた。
 SACOから8代も首相が変わった。カン内閣の日米合意と4度目の勝利を目指す闘いと言うことになる。
 これらの観点から、過去の「宝の海」から、今日を見ていきたい。
めたか。現在にも通用すると思っている。
 論理は実戦の武器である。
 7回の連載となる。


 -飽きもせず繰り返される「日米合意劇場」-
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1、 日米共同声明(5月28日)とSACO
日米共同声明(6月28日)は、8月までに位置、工法を日米合意(2プラス2)で合意するようだ。SACO・再編成と同じパターン。
SACO合意も中間報告、最終報告(1996年12月2日)、当時、大田知事は嘉手納統合案、中城沖案など明確に反対していた。12月初旬、琉球新報「県と国『蜜月』関係」、タイムス「県と国「甘い関係」」と書き、大田は辺野古に口をつぐんだ。
名護市民投票・軍民共用空港計画と続く。

2、 軍民共用空港『愚直』にまとめ、7月1日からの「過去」参考

3、 米軍再編成―V字現行計画
05年1月ごろから小泉首相は「辺野古見直し」をとなえ、移転探し、受け入れありませんと「辺野古内見直し」に動きだす。在京メディアは辺野古の闘い報道せず、9月2日の軍民共用空港頓挫、沈黙を守る。辺野古米軍再編成の対象となる。9月5日、防衛省交渉、10月に入るとメディアは「日米喧嘩」(浅瀬案(米)、陸上案(日本)の「小泉劇場」演出する。同時に、沖縄宿命論、沖縄弾圧論を展開する。
 日米合意「日米同盟の変革と未来」(10月29日沿岸案)、ロードマップ(工程表、最終報告06年5月1日)を日米最終合意とした。稲嶺知事は反対、選挙公約に島袋市長も仲井真知事も反対、V字2本滑走路で合意。
  (街頭演説、各行政50区、3回循環) 
 07年5月18日、違法事前調査、自衛艦「ぶんご」投入、
 07年8月7日、方法書広告縦覧、アセス調査
   反対協ビラ作成
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(意見書提出運動、審査会へ作業ヤード、ターゲット)
  09年4月、準備書広告縦覧―マチブイマチブイ自公政権、民主連立政権―フランス
      出張中
       意見書提出運動(約6000)
準備書意見提出運動、民主党国外・県外移転から「日米合意見直し」へ
名護市長選挙、比嘉靖立てる

11.8県民大会
名護市長選挙稲嶺進当選、民主党政権マチブイマチブイ
   4月24日県民大会008_20091111230937.jpg

   5月16日普天間包囲
 10年5月28日―日米共同声明
評価書提出は????

私の動き(現場闘争)
1、 小泉「見直し論」は、新しい痛みの押し付け
2、 見直し論「再編成」は「悪魔の要塞基地」(沿岸案、V字現行計画)となる。
3、 ジュゴン1号、平和丸監視活動、ジュゴン、サンゴ調査、海上学習船
4、 街頭にでよ(250回の街頭演説)
5、 辺野古国際化―平和大会国際会議、世界平和フォーラム(06年カナダ)、07年世界反基地ネットワーク結成総会(07年3月エクアドル)、反NATOイベント(09年4月ストラスブルグ)
6、 ロードマップに風穴開ければ縺れる。マチブイマチブチを目指す。


(辺野古・高江情報ーイノシシと戯れおよび長野の心)

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カン首相
 負担軽減論の大嘘
  負担軽減は「負担増」
   ブレにぶれてきたカン内閣、沖縄での大嘘は嘘、消費税で焦点ずらし、おかしくなると比例削減、
  沖縄書隠しの姑息な手段は、マチブイマチブイ、安保を正面に大増税反対を。


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 沖縄タイムス6日、社会面

沖縄・夏の夜に咲く花

 深い夏の夜になった。この1月、雲が消えない日が続いている。パッションフルーツは、この4・5日、花をつけない。月と関係するのか。
 玄関のドラゴンフルーツに蕾がついた。ベランダから友人の畑みるとドラゴンフルーツの棚に花がしぼんでいる。
 昨晩、満開であったようだ。夜、見に行くと1輪咲いている。深い闇夜に月下美人のように一夜咲く。そっと、カメラに納めた。
 私の玄間も乱れて咲く日が近い。ドラゴンフルーツ園に一斉に咲く夜、幾度か繰り返される。花の命は一夜。
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玄関の蕾
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 友人の畑に残った一輪

辺野古・高江情報

辺野古・高江情報

辺野古、アジサシ観察に出ました。(4日土曜日)
 アジサシが昨年より減っています。
 ベニアジサシの群れが見えません。エリは営巣始めたようです。

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 毎年、白くなるのですが?
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 長島・平島、昨晩から釣り人が
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 参議院選挙で動きがありません(5日)
  約、20人が頑張っていました
 パッションブルーツ差し入れました。
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 みんなのんびり、車を日陰に
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参議院選挙
 安保条約を
  日米平和友好条約へ
 憲法9条と東南アジア友好条約の立場こそアジア・太平洋の平和の道
  普天間閉鎖・全面返還、日米共同声明白紙撤回
  米軍のための消費税はまかりならん
 比例も、沖縄選挙区も、共産党は
  私の
  平和の文化と生物多様性の21世紀論に合致

過去から学ぶー100日日記(3)と普天間憲法裁判へ

新しい動き
 普天間基地建保違反提訴ー宜野湾市


 辺野古の闘い、03年宜野湾伊波市長の誕生は大きな力になった。宜野湾市民の「宜野湾にいらないものは名護にもいらない」の立場の大きな意味。
 ジュゴン裁判、違法アセス裁判、高江裁判など司法の上での闘い、一方では「第4の権力」、メディア・ジャーナリズムとの闘いも、ブログ上で展開されている。
消費税導入問題で、普天間・安保を隠す「4権力」とは粘り強い闘い、愚直に国民が「メデイア」になることだ。今日、土曜日、佐藤優土曜評論、岡本行夫氏との親しい関係を書いている。
 
岡本はSACO、小泉の日米合意、鳩山の政策にかかわり「密使」「隠密」として沖縄で暗躍した人物である。佐藤が指摘するように内閣官房「機密費」でフグ料理おごられているようなもの、沖縄の世論を撹乱するのが佐藤の役割であると、私は一貫して書いている。
独立論と言い、権力との癒着、庇いと言い、琉球新報は連載止めるべきである。
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100日日記(3)最終回
学びの宝庫テント村
  テント村はいつ来るかも解らない防衛施設局と作業者、あるいは、基地防衛隊=沖縄県警機動隊の導入に、緊張の連続であると同時に、退屈な世界です。そのなかにあっても、琉球民謡のサンシンとおどり、ミュージシャン達のミニ音楽が開かれ和やかなそよ風が吹き抜けます。A高校の父母会が時々アンコ入りのカキコウリを振る舞いテント村に涼を運んできます。
  テント村では、参加者たちの小講座が開催されます。講座の内容は多彩で、やんばるの希少生物、海岸線の生物、イラク戦争体験談、民俗学、環境アセスメント、文学などなどつきません。テント村の意義と歴史は毎日行われ、学びと知識の泉とも言えます。那覇防衛施設局との論争は、沖縄の歴史、環境アセスメント、沖縄の人生観、基地と平和など、あるときは那覇防衛施設局への教育でもあるといえます。山内徳信さんは1609年の島津侵略から始まり現代まで1時間以上「講義」を行います。これらの講座は電波でテント村のラジオに生中継されますから学びと教育の場とも言えます。何よりも、責任者と参加者たちが共通の闘いの共有があるといえます。
  特に、若い人々には戦後の沖縄県民の歴史が体験者たちの生の歴史に接し、年配者たちは自己の歴史を振り返る機会ともなっています。沖縄には「年の功は甕の功」という訓話があります。泡盛は甕に寝かすと、年とともに芳醇な香りを漂わせ、琥珀色の美しい色艶、からだとこころに感動をよぶ風味が満たされます。テント村は確実に若者たちの生きた学びの学園へと、輝きあふれる兆しが着実に歩みはじめています。
  与謝野晶子は沖縄の青年群像を「南に嶋にうまれでてその烈しきものを」と詠いました。日本政府の構造的沖縄差別は、沖縄の青年の烈しき心を呼び覚ましつつあるのです。
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(補足説明
  
  8月12日の交渉普天間基地の危険性、
 那覇防衛局「危険とは思わない」
具志堅徹幹事「明日にも落ちるよ」 
マンダマシ(身も心も震撼した?))

国際的交流の生きた世界
  100日の座り込み、ただ整然と座り込むテント村、今のテント村に移った5月上旬頃は、漁港入り口の柵、門扉がないために午前6時に現場に出勤する毎日でした。コンビニでオニギリや冷やしソバを買い、埋め立ての新しい堤防で食事をしていると、村人の朝の散歩に会い「おはようございます」の挨拶を交わします。
  「おいしい空気ですねー」
  「だから  「水平線が消えてしまいますヨ」
  「政府が決めたことも止められるんですねー」
 などの会話が続きます。ある人は足で「反対」とかいて行くのです。辺野古の村は行政委員会が最高意志決定機関、総会は形式的なもので、政府は「ボス政治」的制度を利用して地元の合意と言っているのです。しかし、村人のなかに確実に「山」が動くの感触が芽生えつつある姿が見えてきました。
  県議選挙告示日、琉球新報世論調査は移設賛成が7パーセントに落ち、移設反対が60パーセントを超え、新しい風が吹き始めました。金武町の都市型訓練反対闘争もゲート前での抗議行動に発展しています。
私は東京で首都圏の闘いとして「海上基地反対、ボーリング阻止」の一致点で防衛庁、環境省などへの抗議行動を提起、一坪反戦関東ブロックを中心に行動が開始され、さまざまな団体が行動をはじめ、共同の行動もうまれ始めています。
  環境影響評価法の方法書には1000余の意見が提出され、方法書の学びと行為の蓄積は評価書などの環境アセスメントの闘いに大きな力となるでありましょう。
アメリカでのジュゴン裁判は8月4日開かれ、原告東恩納琢磨、土田武信、弁護士新垣勉氏が参加します。アメリカでは環境NGO「生物多様性センター」が全面的にかかわり、海上基地建設にアメリカ政府の関与が争点になり、関与が認定されると本裁判が始まります。
  2月、「生物多様性センター」スタッフ及び弁護士は「名護市民は国防省と対等に闘っている、信じられないことだ」と述べましたが、いま、少しずつ実感します。
昨年9月からジュゴン監視団は公害調停、関係当局との交渉、方法書対策、座り込み支援に加えて、6月下旬から始まる国際サンゴ学会に向けてブース設営、特別テナント、辺野古ツアー、ジュゴンパンフ作成など行ってきました。
各国の国際サンゴ学会参加者約80人がテント村に足を運び、海に出て、無人島長島に渡り、サンゴとジュゴンの棲む海を体験しました。「生物多様センター」のスタッフのみなさんは、やんばるの山で一晩キャンプをするとともに、会場では各国の参加者にツアーへの参加、沖縄のサンゴ・ジュゴンを守る署名を行い、参加者の半数を超える署名(約800)を行いました。最終日にはテント村で夜遅くまで外国代表との交流会が開かれました。
ヘリ基地反対協議会とジュゴン監視団は、11月タイの首都バンコクで開かれる国際自然保護連合の総会に参加、日本政府の国際保護動物ジュゴン保護の消極性について告発する準備を進めています。すでに、県内のいくつかの環境団体が前回のアンマン会議を上回る代表団の派遣準備を進めて、ジュゴン保護基金は私に参加の打診をしています。
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 ((すでに、海の調査研究など始まっていた、生物多様性の辺野古・大浦湾)
絶えがたき矛盾に勝つ力
私が定年に入るに合わせるように、那覇防衛施設局は潜水調査、ボーリング調査に着手、辺野古出勤が始まった。私は普段から服装身なりに無頓着、車も作業車で、沖縄県庁もヤギの草を積んで地下の駐車上に入ろうとしたら、係りが「どうしたのですか」と聞くから「百姓は県庁に来てはならないのですか」と応えていました。
現職の頃は、生活の切り替えが大切と勤務が終わると畑を耕し野菜を自給、堆肥はヤギの有機肥料、朝夕、野菜やヤギと話をすると頭が空白になり、血圧も安定、市民活動も苦になりません。
職場や教え子たちの定年プレゼントはカリユシウエアー、その心は、沖縄県や名護市、那覇防衛施設局との交渉にきちんとした姿勢で望みなさいとの願いが込められています。
政府は名護市民投票の民意無視、「地方自治は民主主義の学校」の原則を投げ捨て、また、沖縄県、名護市も市民自治、住民参加の大切な原則を意識的になげすて、市民との面談、対話を拒否し、行政委員会のみに説明会を行っています。
那覇防衛施設局の会場基地建設計画は、安全保障、対米従属外交、方法書にも見られるように、秘密主義、民主主義否定、構造的政治的沖縄差別に貫かれ、沖縄県民との間に耐えがたき矛盾を拡大再生産してゆきます。
稲嶺知事・岸本市長らの「軍民共用空港」「15年使用問題」、「7つの受け入れ条件」および「使用協定」は在沖米軍の本質が破綻させる宿命的矛盾を抱え、21世紀的世界の潮流(前述)の洗礼を受けるでありましょう。
それは、すでに、衆議院選挙、沖縄県会議員選挙で矛盾の拡大が表面に出て、参議院選挙で糸数慶子氏が9万5千票の差で圧勝しました。糸数氏は選挙前、選挙中もテント村の座り込みを行っています。
この選挙中、私は2度東京に呼ばれ次のように訴えています。


「環境アセスメントをめぐる闘いは3~4年かかり、知恵の闘いになります。皆さんに日本科学者会議沖縄支部の方法書に対する意見書をお渡ししています。私はこれが一番すぐれた意見書と思っています。この基地の姿がどんな否定的な世界をつくるのか、何が書かれていて、何が書かれてないか。何を目的とするのか。学習を深めていただきたい。方法書の理性的で科学的認識は次の段階の礎になります。建設まで15年と言われる過程にはいろいろな段階があります。それぞれの節目節目に精一杯闘う、その過程で建設中止に追い込み勝利の美酒を味わうことができるかも知れません。」

「首都圏には、沖縄への思いを持っている多くの人々がいます。私どもは東京で活動することができませんが、東京での闘いは大きな意味を持ってきます。沖縄の文化を愛する世界が広がっています。環境団体も、平和団体・市民団体も一緒になれる闘いです。社民系もいれば共産党系も、ノンポリ系もひとつの力になって、新基地は作らせない・ボーリング調査をさせない一致点で、首都における「5本の指」の生き方で行動してほしいと思うのです。」

「沖縄では参議院選挙に向けていろいろな過程がありました。日本政府の構造的政治差別に、全野党の共闘が大切と糸数慶子氏を統一候補と確定しました。これは、座りこみをしている私たちにとって、大きな力です。あの強引な小泉首相ですら住民の了解を大事にと言わざるを得ません。糸数さんは、普天間の辺野古移設反対を最大の政策に掲げていますから、勝利しなければなりません。負けたら、大変です。選挙が終わったら機動隊導入で、私どもは留置所行きです。しかし、糸数さんは勝ち、新しい政治情勢が生まれ、私どもの闘いは有利に展開できると思うのです。」
「皆さん、厳しい闘いですが、戦争するための東洋最大の機能を備えた基地を辺野古に作らせない、ジュゴンの棲む豊かな海を守るために、首都の皆さんは防衛庁や環境省に「5本の指」で行動を起こしていただきたいと思うのです。」
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マグマ爆発寸前
テント村を設営して夏休みを迎えるある日の八時ごろ、学校に登校する生徒たちの姿を見て、自分が教師であったことに気がつき、毎日、6時に家を出て、登校する姿を見たことがなかったのです。
この間、沖縄県議選挙、方法書の意見書提出の組織化、国際サンゴ学会、参議院選挙,と大きな動きのなかで大好きな魚釣りも、毎日、海に座っていても(テント村は埋め立て地で登記上は公有水面)出られる状況ではありません。
しかし、辺野古移設・SACO見直し、伊波宜野湾市長の訪米と反響が沖縄県民の世論が大きく動きはじめ、稲嶺知事の「現実的対応」は「非現実的対応」の代名詞になって来ました。
この変化のなか、那覇防衛施設局は、私たちが求めていた説明会を一貫して否定し、名護市当局及び名護市議会も否定しましたが、説明会開催を示唆しています。すでに、方法書の意見提出終了後は、ボーリング説明会は時効に入ったと現場では防衛施設局に通告しています。なぜなら、環境アセスメント方法書の意見書全面公開、準備書面の段階に入り、各段階の対応があるのです。
この段階で名護市及び市議会が説明会に同意することは、自己否定、政府の奴隷としての姿が浮き彫りになり、混迷を深めさせる責任を負います。なぜなら、名護市は住民説明会拒否、議会も住民説明会意見書否決を行っているのです。
キャンプシュワーブの演習はイラク混迷を反映し、水陸両用戦車、ゴムボート上陸訓練が烈しくなってきて、テント村は臨時の撮影会場に変わります。空では、嘉手納や普天間の航空機の飛来、韓国配備のA10、三沢配備のF16戦闘機、アメリカ艦隊のF18戦闘機も日常化し、KC135空中給油機は一日中旋回し始めた。辺野古に海上基地ができたら、すさまじい光景が展開されます。名護市の末松助役は「海上基地だから安全」と断言しますが、那覇防衛施設局同様、マグマが沖縄の地下で煮えたぎっていることを知らない。
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(全国に、闘いの船、調査船、学習船として平和丸購入運動、日本平和委員会全面協力)

(続きー辺野古・高江情報)

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過去を学ぶー辺野古100日日記(2)-辺野古・高江情報

100日日記(2)
 座り込みの闘い始まる
 

4月19日―暁の攻防
4月1日、私は自由人となった。失うものは何もない。
那覇防衛施設局は、沖縄県にボーリング調査の着手届けを提出、19日9時マスコミを船に乗せて調査船を出すとの報道が流れ、辺野古の海に海上保安庁の大型ゴムボートが4艇、荒れる海に白い波飛沫を立てています。18日昼、私のもとに那覇防衛施設局は未明に調査船を出すの確実な情報が届きます。19日未明4時、カヌー10艇をトレーラーにつみ辺野古松田浜に並べ、すでに、カヌー隊は潜水スーツ、ジャケットを着け、暗闇の降りしきる雨嵐のなか、緊張の体を解して出航は万全の体制。
午前5時半、那覇防衛施設局は業者含めて約80名で押し寄せてきた。陸上で調査船阻止の闘いが始まる。カヌー隊7艇12名、女性は4人で71歳の女性が嵐の海に漕ぎだし、陸上が突破されたら、海で命をかけて阻止する体制であったのです。私は沖縄国体などで漕艇競技の監督、競技指導委員を務めた経験を持ちますが、その日の海は風が強く、波が高い、横波を受けないよう最後尾から声をかけるも、自分の艇を操縦する以外なすすべを持ちません。カヌー隊は漁港入り口を封鎖するも、風に流されて停泊できず、堤防に縄で結ばざるを得ません。陸上で調査船を嵐のなかで出すかと那覇防衛施設局と問答している目の前で漁港内を流れていたカヌーから若い青年が転落、施設局の職員が青ざめたと後で聞かされ、「怪我の功名」と讃えられます。
陸上では予想してない事態が起こっていました。那覇防衛施設局は暗闇の人ごみのなか、ユニクから鉄骨のH鋼を降ろし作業ヤードの柵の建設をはじめ、建設阻止の抗議行動が展開されていました。午前8時ごろ中断に追い込み、調査船も出航中止、安心した抗議団は一人一人解散を始めた11時ごろ、那覇防衛施設局と業者はスキをついて作業を強行、残っていた人たちの抗議行動が再開され、携帯電話の威力が発揮され、作業ヤードの建設が阻止されます。那覇防衛施設局はキャンプシュワーブに事務所を設置、漁港の動きが手に取るように覗かれていて、寝込みを襲う行為に対し、漁港内作業ヤード入り口に座りこみが始まり、今日まで100日を迎えました。

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非暴力の座り込み
今、世界はブッシュのアフガン戦争、イラク侵略戦争に見られるように暴力が地球の主流のように見ますが、それは、新しい世紀、21世紀の平和の文化、地球環境保全の生みの苦しみであることは、戦争前夜の世界的規模で地球の隅々で起こった戦争反対のうねりが示唆します。
ブッシュのイラク攻撃が根拠なき戦争であったように、那覇防衛施設局のボーリング調査の論理が、環境影響評価法の精神を恣意的に解釈、社会常識を逸脱、寝込みを襲い強行、また、方法書も4月28日「民族屈辱の日、祖国復帰の日」にわざわざ選んでいます。     
那覇防衛施設局のボ-リングの説明資料、住民及び新聞記者をも閉め出す非民主的な説明会、方法書にかかれない海上基地の真の姿と、果てしなき沖縄の環境破壊、沖縄では何でもできるの構造的政治的差別に貫かれていて、内部矛盾がマグマのように地下で爆発の準備をしているようなものです。
沖縄の日米両政府への抵抗はアメリカの占領期から「武器なき闘い」(「沖縄の抵抗はアメリカ独立宣言と同じ」P00参照)でした。
私は初日の那覇防衛施設局との攻防から闘いは長期化する。テント村でのさまざまな場面のなかで、私たちの闘いの基本的な方針「完全非暴力の行動」「この闘いは整然と座りこむことです」「漁港施設は漁師たちの神聖な場」などの約束事を確立、責任団体であるヘリ基地反対協議会の指示に従い、旗も「命を守る会」「ヘリ基地反対協議会」のみ、テントに入ると一人一人が平等の人格を持ちます。
今、4張りのテントが建っています。朝7時にテントを設営、午後5時まで10時間の座りこみ行動で、離れて「見張り兼司令部」のテントが建ち、キャンプシュワーブ内の防衛施設局の作業兼監視所の動き、情報収集、座り込みの維持、防衛施設局との対応など行います。
那覇防衛施設局は月から金までの間に1ないし2回、作業ヤード建設再開、潜水調査・ボーリング調査辞実施要求にきます。最近は木曜日の3時30分頃、私たちの情報網、名護署公安の刑事の動き方、刑事の足や目の動きで防衛施設局の動きがわかります。
 
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  (阿波根昌鴻100歳記念 2000年、平和の文化シンボルマーク)
テント村に初ユタの誕生
 台風の去ったある日、聞大君87代と名乗る女性が訪ねて来ました。指導者に会いたいという。ニライカナイの神の力を与えるからついて来いという。女性の車は猛スピードで辺野古橋から農道を走り、辺野古川河口の浜に降る。あまり、早いので村の人かと聞くと初めての道で、河口森のアヤー(女)神の導きだと言うのです。
 女性は浜に降りると「アヤーヌ神サイ、聞大君87代」大声で、森に向かい、陸の神、海の神々に語りかけます。河口の向こうには竜宮の宮―ターリー(男)の神の住む島があります。3年前、「ジュゴンを守れ、新基地反対」全国キャラバンの出発式、辺野古の神人たちはターリーの神に祈願をしてくれました。女性はヤマト政府、稲嶺知事、岸本市長が、神々の住む陸や海を破壊する計画を告発し、ニライカナイの神を導き、砂浜に南北の十字を書き、北は大西、南は牧志(好一)、西は山内(徳信)、東はニライカナイの神が登る道、この道は偶然かジュゴンのクチが開け、ジュゴン監視団の理論的中心牧志、基地移設反対県民会議共同代表で防衛施設局と現地及び局で奮闘している山内が出てきたときに、私の体と精神が神の世界に入ったようでした。
 女性は十字の中心にニライの神々を呼び寄せたから、あなたの願いを話せといいます。私は、基地を作らせない、私たちの闘いに神々の加護とテントで毎日がんばる人々の健康を願った。女性はますます大きな声で、体中を祈りにささげ続けるのでした。
 仲松弥秀琉球大学名誉教授が高齢を押してテントに1日中座りこんだ折、辺野古の神事と二つの霊所について語っていただきました。辺野古は沖縄の3大霊所だと言います。私は村の暮らしと神々の文化の大切さを方法書の意見書に書き込みました。同教授も意見書を提出したと聞いています。
那覇防衛施設局は、来る日、時刻を告げず突然「わ」ナンバー二台で押し寄せてきます。情報網、名護警察公安の動きで分析して待ちます。私はニライカナイの神々との会話について「今日は皆さんが来ることをここの神々から知っていました」とニワカユタを演じてみました。防衛施設局のm氏は帰り際に具志堅徹氏を捕まえ、2つの霊所について場所を聞いていました。
ある日は、稲嶺知事の「マグマ」論を展開、稲嶺知事は米軍の事件・事故に対しての沖縄県民の怒りを「地下のマグマ」といいます。稲嶺知事の役割はマグマの爆発、マグマの真の姿を抑え、本質をゆがめるのが「マグマ」論で、防衛施設局の違法な環境影響評価法の手法、構造的政治差別、基地政策は沖縄県民の地下に眠るマグマが爆発する要因、瞬前と述べたら、局での報告中、「とまりん」を地震が襲ったそうです。その次に来た日、m氏は「大西さんは神(ユタ)ですか」と真面目になって聞く姿を見て、渡具知裕徳氏にハチ(初)ユタ誕生と冷やかされています。
 テント村には、トートーメーを信じる人も、神や仏に仕える方々も日本全国から参加しているのも大きな特徴で、神々の共同行動とも言えます。
 テント村のミーティング
 テント村はヘリ基地反対協議会の責任で運営され、平和市民連絡会の全面的協力、基地県内移設反対県民会議の支援を得て継続されています。朝9時、ほぼ毎日、テント村の歴史と意義、情勢の分析などのミーティングを行います。
  私たちが、テントの生活に入って2639日プラス100日を迎えました。この間、那覇防衛施設局は26回現場に現れ、最近では午後3時30分とパターン化してきました。私たちが「整然と座りこみ、非暴力と平和的対話」を貫き日々行動すること、それは華やかなものではありませんが、確実に広がり、共感を呼び、世論を形成します。県議選前の琉球新報の世論調査で基地移設賛成7パーセントに落ち、辺野古移設反対が6割以上になりました。参議院選挙では辺野古移設反対を明確に政策と掲げ、テント村に幾度も足を運んだ糸数慶子さんが勝利したことが証明します。
  現在は、整然と座りこむことでいい情勢ですが、那覇防衛施設局が業者を大挙引き連れヤードの建設、潜水調査及びボーリング調査を強行するとき、私たちはスクラムを組んで阻止行動を行い、機動隊の導入についても具体的戦術を配置します。ですが、いかなる状況でも手を耳から上に揚げず、スクラムを組んでください。テントには戒めのために阿波根昌鴻翁の写真を掲げています。
  阿波根オジーは、日本政府の沖縄政策を「非理法権天」といいます。非道には理性で勝ち、その理性は法の力で抑えられ、時の権力は法を自己の都合に利用、改悪します。
  ボーリングの強行は「非理法」の日本政府の姿が象徴的に現れているではありませんか。天とは人であります。その人は個性を持ち考え方、役割も違います。人間の5本の指もそれぞれの役割かありますが、ひとつになるとき、人間はどんなことでも成し遂げます。
  私たちのテント村も、個性を持った集団で、組織に入っている人も、そうでない人もさまざまですが、5本の指のように団結すれば、必ず「非理法」の政治に勝てます。私は村の人から「動かない山も動くのですねー」と言われましたが、恩納ナベ「恩納岳あがた私ん里が生まれ島、森を押しのけてクガタなさな」の強い力を感じます。
  整然と座り込むと言うことは、前線で防衛施設局と話し合っているとき、不測の事態が起こっても、極端の例ですが、私が逮捕されてもテント村の責任者の指示に従ってください。
  初めてこられた皆さん、「初めて参加される皆さんへ」をよく読んでください。テントの周りでは名護署の公安がウロウロしています。私たちと那覇防衛施設局が交渉しているとき、テントから出て写真を撮らないでください。公安はカメラを向けると公務中、プライバシーの侵害と挑発します。彼らは、公務執行妨害、威力妨害罪などを適用するために、虎視眈々と狙い、私たちの闘いを暴力的に描き壊滅させるのが職務なのです。
  非暴力の闘いとは世間一般の常識的行動を作り上げて行きましょうと言うことです。漁港は海人(ウミンチュウ)の神聖な労働の場所、その神聖な場を勝手に歩いたり、暴走したり、注意されたりする行動をしてはなりませんし、歩道を歩いてください。どんな小さなトラブルも自分勝手の解決しないで責任者が責任を持って解決に当たります。
  この座りこみ行動はヘリ基地反対協議会の提起で行われ、共感するものが参加しています。私どもはこの闘いのなかで一人の犠牲者も出したくありません。おじー・オバーたちは「いざという時には命を賭ける」と言いますが、その前に、中止をさせることが私たちの使命ではないでしょうか。
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 (現場交渉、33回行われました)

  命育む海と銀蝿
  嘉陽のオジーは「司令長官、病院でリンゲル打ってきたサー」とテントにやって来ます。小緑のオバーもそうです。私どもが今は平和だから家で休んでと叱るのですが「娘がヨー、家にいたらカニハンジル(ボケル)から行きなさい」とジンブン(知恵)が出てきて心配なのです。92歳のヨシオバーは心配で、心配で、午後になると歩いて来るのです。
  私どもの闘い、この思いに応えるためには闘いの原則をきちんと堅持し、闘いを発展させなければなりません。
  私どもは、防衛施設局と対峙、応対するとき、アスファルトにムシロを敷いて議論します。南国の太陽で熱せら焼き尽くすなかですが、理性と論理を大切に平和的対話を大事にする非暴力の姿勢を貫くためです。ある日は、オジー・オバーの思いを直接聞かすために那覇防衛施設局をテントに案内し、お茶を出しての会談となりました。
  穏やかな眼差しで防衛施設局の説明を聞いていたヨシオバーが「戦争中この海がなければ私たちは死んでいた。海の幸が自分たちの命を育んだ。私は5人の子供を大学まで卒業させた。この海の幸があったから主人を失っても子供を育てることができたのです。ここに基地を作るということは、あなた方にどういう利益があるのですか」と孫を諭すように話し出しました。
 『久志誌』『嘉陽』など読んでいると漁業という概念がないのが特徴で、ピシー・イノーは村落共同体の海の牧場、海の畑であることがよく解りますし、辺野古漁港の船は漁業権のある漁民より一般の船が多いのが証明します。ですから、作業ヤード建設予定地の大浦湾から辺野古、屋嘉に至るリーフとイノーは日本の500の湿地に指定、沖縄県が指定するAランクの海域保全地帯なのです。私は沖縄のイノーとリーフは海と陸の生態系の循環、生物の恋の場所と説明しています。
  ある日、私どもが那覇防衛施設局と激論している場に、退院したばかりの嘉陽のオジー来て「いま、病院から帰ってきた。病院にいると親戚や友人が見舞いに来てうれしい。私は旧日本帝国海軍の出身だ。戦場で怪我をしたとき見舞い客が来る。誰だ」と防衛施設局の一人一人に答えを求めます。終戦直後、薬もない時代、子供たちはよく怪我をしたので、私は誰か解っていました。沈黙のなか、嘉陽のオジーは「銀ハエだ。戦場では蛆虫のわく傷口に銀ハエだけが見舞いに来るのだ」「ボーリングするときはこの年寄りをスクーリンに巻きつけて出航しなさい。海軍兵士は海で死ぬのが本望だ」と淡々と語りだし、嘉陽のおじーの迫力で、22回目の交渉は終わりとなります。

過去を学ぶー辺野古100日日記(1)

参議院選挙ーイジュ氏奮闘・共感拡大
 8月2日、高江動きなし、現場も奮闘、愚直な住民と支援者


 辺野古の闘いへ
 03年、高校教師最後の年、38年間の社会科の授業をまとめて本にする計画、しかし、辺野古の闘いの日々に追われる。闘いに入っても日記をつけていた。座り込み100日(7月下旬)をまとめて、終章としたが、いまだに、実現のめどは立たない。いよいよ、普天間・辺野古問題は最終の闘いに入る。自分なりに、過去を振り返り、明日へのバネにしたい。
      『愚直―辺野古は問うー沖縄非暴力の心』から
04年7月下旬までの日記、まとめ

『腰掛ひとつに刻む』
終章 平和の文化と地球環境保全の21世紀

わが第二の人生に向かってーその始まりの日
 定年退職で自由人の生活に入りました。現職のころ、子供たちに、21世紀は平和の文化を築き地球環境保全の時代と説いてきました。
 現在、普天間代替施設の移転先辺野古の漁港前テントでボーリング調査を許さない座り込みの責任者として100日余の生活が続いています。テントの中でほぼ毎日、闘いの基本的方針を説き、防衛施設庁職員と対峙、議論、マスコミや各地に出かけ話をする機会は少なくなく、ここでは、これらの話を総合してまとめてみました。
3月23日定年退職の挨拶、その一部は琉球新報コラム「ハイサイ」(3月31)に紹介されましたが、私は生徒たちに「私の第二の人生は生きながらえことではなく太く生きること、国民の税金で38年生活し多くのことを学んできました、社会という学校で国民に還元すること、名護市に基地を移設する稲嶺知事、岸本名護市長に勝つ人生に向います、皆さんは、街角で、新聞やテレビで私に会う機会があるでしょう。私はこの木の腰掛に38年座って来ました。4月1日からは腰掛に座る必要はありませんから平和の文化を築く一筋の道を歩み続けます」であったのですが、4月19日以降、テントに座り、新聞やテレビにでる機会が増え始めました。
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 (2000年 修学旅行 大浦湾 全国からのカヌーカンパ)

地下マグマの核
定年に入って、体がおかしくなるのですが、4月19日、那覇防衛施設局がボーリング調査に入る頃になると体に緊張が走り、辺野古への出勤が始まり、6月26日座り込み69日目頃などから東京など呼ばれ講演することになります。
私たちが那覇防衛施設局の環境影響評価法(環境アセス法)逸脱、潜水調査、ボーリング調査などの違法行為に反対し座り込み闘争に入って69日をむかえます。私どもはこの座り込みを2639日+69日と表現します、この表現は闘いの大切な視点ですと話しています。
名護市民投票は海上基地ノーの民意を確立しましたが、政府は市民の意思を無視、命を守る会は「杭一本打たせない」と事務所で監視を続け、8年余にわたって事務所に座り続ける日常があったのです。私どもヘリ基地反対協議会はオジー・オバーたちの日々に励まされて来ました。政府は北部振興費、基地維持予算を水の如くつぎ込み、その中で市内などで、ものがいえない状況が広がり、組織と事務所を守る苦しい日々でした。
69日の座り込みはヘリ基地反対協議会の提起で行われています。市長選二度の敗北、市長リコールの失敗などの中で、解散論、有名な小説家のインターネットでの幹部批判などがあり、組織の維持に苦難の時期がありました。歴史は華やかに動くときはすべての人が動きます。歴史が苦難のとき組織を守り、新しい闘いを作りあげることは大切なことで、今、ボーリング調査の強行に、守る会、ヘリ基地反対協議会の組織の共同が、地下のマグマの核となって日本政府と米国政府に対等の闘いを作りあげていると言えます。
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  ( (名護市民投票―1997年12月21日)
21世紀地球の二つの生き方
1999年9月、国連総会は「平和の文化宣言」と10年行動計画を決議しました。この平和の文化宣言の精神は、特に、02年3月アメリカのイラク侵略戦争に向けて戦争反対の国際行動が地球的規模で行われました。辺野古キャンプシュワーブの海兵隊は米軍とイラク人に分かれて都市戦闘訓練を行い、イラク人はすべて死ぬのです。今、イラクのファルージャで沖縄海兵隊が無差別の虐殺を行っていますが、これはキャンプシュワーブの訓練の「タマモノ」といえます。辺野古に海上基地を作らさない運動は平和と平和の文化を築く21世紀的地球の生きかたで、地域の現実課題と言えます。
1972年の国連人間環境会議、1992年地球サミットの諸条約は地球環境保全の課題は、地球のあらゆる地での日常的な実践的営みでなければなりません。

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   ( 森は「海の恋人」)
辺野古の海上基地の問題は平和の文化と地球環境保全の二つが結合した21世紀的課題といえます。同地域の山は東洋のガラコバス称され、多くの希少生物が棲息し世界自然遺産の候補、海はサンゴとジュゴンの海で、生物多様性保全条約などの国際条約と深い関係があります。
私どもヘリ基地反対協議会総会は、アメリカがイラク攻撃した3月20日前の緊迫した中で開催されました。海上基地問題は環境アセスメントの段階に入ることが確実になって来ました。日本の環境影響評価法は、先進国の戦略的アセスメントの要素はなく、事業者(防衛施設局)の事業計画を優先させ、環境省も弱く「合わせメント」と言われて、政府のやりたい放題にかかわることは、基地建設を容認することになるとする意見があることは当然です。
また、環境アセスメントは平和団体、環境団体、市民団体、学者および専門家、多くの人々が全国的、地球規模、学際的共同ができる要素を秘めています。ヘリ基地反対協議会は「海上基地を作らさない」一致点で団結している市民共闘組織で、協議体としてすべての加盟団体の意思一致を大事にします。たとえば、沖縄サミットに対する行動ではヘリ基地反対協が提起者となって実行委員会を組織して取り組むなどです。
ヘリ基地反対協議会は、環境アセスメントに向けては県内外の多くの団体、個人に呼びかけ「プロジェクトチーム」の組織つくりを決定し、模索を始めます。
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 (阿波根昌鴻翁から学ぶ日々 1996年11月23日)

悔しかった4月8日をバネに
私どもが総会方針の実践に入りだした4月8日、那覇防衛施設局は護岸構造検討のための潜水調査を強行しました。しかし、私どもは有効な対抗手段を確立していませんでした。那覇防衛施設局は3月31日沖縄県農水部に「水産資源破砕許可」を沖縄県に提出、沖縄県は同日「安全保障上の問題」であり、しかも環境への影響はすくないとの理由で許可不要、勝手にやりなさいの返書を送っていました。
前者の理由は法律の専門家から「他事考慮」と行政法の違法行為批判され、後者については「食い逃げ決済」、ヘリ基地反対協議会は環境影響評価法逸脱、防衛施設局の『現地技術調査』の内容の違法性を具体的に交渉の中で指摘、沖縄県および那覇防衛施設局交渉を強めるとともに、環境影響評価法の学習を深めて来ました。
一方、現地においては土曜集会を開き、松田浜の清掃、ミニ学習会、情報交換を1年間続け、これから行われるであろうボーリング調査に向けてカヌー訓練を組織、海の調査など活動を広めて来ました。那覇防衛施設局は、当初年内のボーリング調査を予定していましたが、狂いが生じてきます。
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   (カヌー訓練とボート操縦訓練 ジュゴン1号<当時は船1艇>2003年毎週土)

自然の権利とジュゴン監視団
私どもは9月23日、「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」を立ち上げました。呼びかけはヘリ基地反対協議会、沖縄平和市民連絡会、ジュゴン保護基金、ジュゴンネットワーク、環境法律家協会などの弁護団で、県内外に団員を募り約1000人余の団員となった。すでに、アメリカにおいては、米国の有力な自然保護団体「生物多様性センター」および弁護士の協力を得てジュゴン訴訟を国防省、ラムズフェルド長官を被告に提訴していました。
ラムズフェルドは沖縄に来て「代替施設は死んだ」「辺野古の海はきれいだ」と言わざるをえません。「生物多様性センター」は2月に来沖し「皆さんはあの国防省と対等に闘っている、信じられないことだ」の述べましたが、私どもが実感するのは後で述べるでしょう。
ジュゴン監視団は当面課題として公害調停を行いましたが「敗訴」しました。ですが、これからもあらゆる法的手段を検討し闘いを作り出して行きます。
ジュゴン監視団の役目は、環境影響評価法の理論的研究、普及、実践的対応を行い、ヘリ基地反対協議会の海上基地を作らさない運動と不離一体となって運動を発展させてきました。
公共財産使用協議書をめぐる闘い
03年度は、私にとって教師最後の年、高校社会科教師としての実践記録を出さなければならない年であるとともに、確実にくるであろうボーリング調査に対応しなければなりません。職場の皆さんは、私が最後の年だけでも年休完全消化できるよう時間割などを考慮していただきました。
11月17日、那覇防衛施設局は沖縄県土木部河川課に「公共財産使用協議書」を提出、いわゆる、ボーリング調査の許可願いで期限は1ヶ月、私にとって教員最後の年が送れるか現実的問題になって来ました。
私どもは環境影響評価法の学習蓄積で那覇防衛施設局が沖縄県に提出した『現地技術調査』『参考資料』を徹底的に分析、那覇防衛施設局、沖縄県文化環境部環境政策課交渉を連日に等しいほど行い、職場の配慮が発揮されます。
那覇防衛施設局は環境影響評価法に護岸項目がないことに目をつけ、護岸構造検討のための事前調査はアセスの対象ではないとの論理のすり替え、違法な事前調査(ボーリング調査)を強行して来ているのです。『現地技術調査』は埋め立て面積に護岸部分約23haを含むとともに、「護岸構造や埋め立て地盤の安定性の検討」の地質調査となっていて、明らかに、アセス回避の手法で、方法書に地質調査が書かれないなど「欠陥商品」「欠陥設計図」とやり直し、撤回などの声が出てくるのです。
護岸はケーソン式と傾斜式の組み合わせで『現地技術調査』には数字は書かれていません。護岸の幅は78メートル(越波水路35メートル含む)の世界最大級で、リーフ、サンゴを破壊した基礎部分は幅200メートルですが埋め立てに含まれないことになります。
私どもは、63か所のボーリング調査の根拠および違法性、5人の専門家の助言の非科学性、専門家の氏名公表など求め行動を強め、沖縄県議会議員との連携も深めてきました。
私どもの道理ある主張に、沖縄県は独自に専門家の意見を求めざるを得なくなりました。専門家9人中8人がボーリング調査の不当性を述べ山里清日本サンゴ学界会長は「人間の心臓に針を刺すようなもの」と痛烈な批判を行っています。しかし、これらの意見は、環境政策課から河川課へ、河川課から那覇防衛施設局へと改竄され、那覇防衛施設局は受け取りを拒否します。
私どもは環境政策課、河川課、知事面談要求を重ねるとともに環境省及び文化庁交渉など行い、沖縄県の「公共財産使用協議書」の許可を4月上旬まで引きずることになるのです。この間、私は退職願書を準備していました。ボーリング調査の阻止行動、海上でのカヌー行動はヘリ基地反対協議会の幹事会で幾度も確認された方針で、教師38年の退職金がもらえない事態を回避するためでした。
いま、海上基地を作らさない、潜水調査、ボーリング調査を許さない座り込み闘争は100日をこえていますが、この1年の土曜集会、ジュゴン監視団などの学びあいとねば強い日々の行動の成果、蓄積が生きているのです。
那覇防衛施設局、沖縄県、名護市の一貫した方針は民主主義の否定、秘密主義で、説明会も住民及び記者をも閉め出し、行政委員のみに行っていて、市民及び県民との矛盾か拡大する宿命を深めるでしょう。
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(命を守る会8年間の座り込み、2004年4月18日)

過去から現在、明日に向かってー辺野古初期の闘い(2)ー高江情報

  
辺野古と環境アセスメント(続) 草稿
  「平和の文化」と非暴力の実践
     『歴史地理教育』(06年2月号写真は今日添付)
  負け続けるなかで何を
 この報告を『歴史地理教育』(05年5月号)とともに読んでいただければ幸いです。
わたしの周りの少なくない教師たちは定年の年にクラス担任を希望する。教員最後の年は〇三年度、辺野古の闘いが環境アセスに入ると想定、〇二年度に教員最後のクラス担任をいれ、「現代社会」(三年)を中心に組む。
 八年目に入る「ハンセン病と沖縄戦」野外学習の総まとめ、定年退職記念『わが沖縄総合学習三八年の歩みー腰掛一つに刻む』の出版を目指した。校長には年休完全行使を宣言、夏休みは学校で環境アセスの学習・研究と原稿書きで出勤、有効な行使を試みる。
 12月7日、琉球新報論壇に「石川、金武、宜野座の三漁協は海上基地反対と金武湾再生の共同決議を行った。(略)防衛施設庁が護岸構造と称して、恣意的に環境アセス法を逸脱、違法行為には、沖縄では何をやってもいいと言う差別観が見える」と漁民の動きを讃える。
沖縄タイムス論壇(一二月二七日)「高校の教科書は<われら地球家族。諸国民も、あらゆる植物、そして動物、雨も大洋も、すべての森と海洋の流れによって生きている><われらは、美しい地球と多様性に満ちた生命を保育する>」(「地球憲章」)、「生物多様性保全条約」など、二一世紀の地球環境の潮流と生き方を学びますが、亜熱帯の生態系の多様性は豊かな教材である。(略)環境影響評価法に入った住民は、地球の生きとし生けるもの、地球のすべての生命体が<名護市民>となったことを自覚すべきである」と辺野古海上基地建設の新しい段階を描き、実践を模索する。

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愚直な土曜日の蓄積
〇三年四月八日、那覇防衛施設局(以下「那覇防」)は「水産資源破砕」手続きで予備調査に入ったが、われわれはなすすべがなかった。その日以来、土曜日の朝8時、辺野古の砂浜に集まり、浜の清掃、学習、情報交換、人的交流など深めてゆきます。カヌーの購入、ボートの操縦訓練と購入、免許の取得、カヌー訓練など愚直な日々が始まります。那覇防衛施設局のボーリングに関するすべての文書を分析、その成果にたってヘリ基地反対協の対県・那覇防への交渉、議会対策など強化されてゆきます。
八月初旬、「自然の権利」でアメリカで「ジュゴン裁判」の提訴を行うと同時に、9月23日「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」(個人加盟、以下「ジュゴン監視団」)を立ち上げる。
11月17日、那覇防は沖縄県土木部河川課に「公共用財産使用協議書」を提出、いわゆるボーリング調査の許可申請で、許可期限は1月6日である。
土曜集会、ジュゴン監視団の学習、研究成果が具体的実践として生きてくる。
那覇防に対しては違法なボーリング調査の即時中止を柱に、県環境政策課、土木部交渉を強め、共同の「学習会」など持ち、環境省・文化庁交渉などに忙殺される。
04年元日、名護平和委員会は年頭の街頭宣伝を行い、旧名護町の半分が聞ける名護城展望台から「海上基地はアメリカ政府高官も要らないと言っている。ボーリング調査も多くの人々から違法性が指摘され、沖縄に対し差別政策を強めるもの、市民、県民が勇気を持って声を出せば必ず撤回させることが出来る」述べ、市内10箇所でマイクを握る。
わたしのポケットにはいつも退職願書が入っていた。ジュゴン監視団、県民会議、平和市民連絡会(33団体加盟)、沖縄を世界遺産に登録する会などが波状的に沖縄県に交渉を繰り返し、東京では日本自然保護協会、世界自然保護協会(WWFJ)などが政府機関への要請行動を強め、那覇防の「使用協議書」は理論的に破綻し始め、沖縄県の許可04年4月6日までずれ込み、無事定年退職を迎え、失うもののない人生に入る。
那覇防はわたしの定年退職にあわせるように、4月一九日未明、ボーリング調査に着手、嵐の日であった。
不敗の論理と非暴力主義
 わたしは、広島大会平和分科会で「辺野古の闘い、わたしにとって歴教協と歩んだ三八年の蓄積は大きな意味」を持つと述べた。
その一は、1970年長野大会、故高橋真一先生は杉本判決に触れ、相手が勝っているように見えても、こちらが勝っている論理と実践の構築、不敗の論理を述べた。
その二は、1972年沖縄大会に『歴史地理教育』特集は「伊江島の闘いの記録」であった。故鈴木亮の労作である。95年沖縄大会、わたしは『沖縄の太陽物語』を上梓、終章「平和への道」に、故阿波根昌鴻翁の「5本の指」の非暴力思想を入れた。
「(略)非理法権天、どんな非道なことも理性を持ってあたるなら、勝つことができます。しかしその理性も法の前には歯が立ちません。そしてその法も、時の権力は自分に都合よく変えてしまいます。けれども天は見ています。天とは何か、それは私達一人一人は小さく、その立場も、また、形もそれぞれ違うものでありますが、そんな私たちが、この指のように団結し、力をあわせて行くならば、どんな困難であっても、勝つことができると信じております。日本の平和憲法を世界の平和憲法にし、すべての人が幸せに、そして平和に暮らせる日を実現しましょう。略」
テント村には阿波根翁の写真が掲げられ、テント村の行動に参加する人には「はじめて来られる方へ」のビラが配られる。
1、 完全に非暴力の行動です。例え、何が起きたとしてもこの原則を貫くようお願いします。
2、 この闘いは「座り込み」です。私たちの行動に賛同いただける方は、まず一緒に座り込んでください。(略)
3、 署名・チラシなどは責任者にご相談ください。特定組織の勧誘等、新基地建設反対以外の行動は原則禁止です。
4、 様々な団体や個人が参加しておられます。それぞれが勝手な行動を取り始めると収集がつきません。責任団体の「ヘリ基地反対協議会」の指示に従ってください。指示に従っていただけない方は、お帰りいただきます。(以下略)
 「平和の文化宣言」のシンボルマークと「5本の指」の思想を対比してみてください。地球の片隅の実践的生き方が見事に吸収され、地球を包み始めている現実世界がある。
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多様な文化と宗教への寛容
原稿依頼の九月二日、座り込み502日、海上行動348日、辺野古の海では四ヶ所の単管ヤグラの撤去が始まっていた。台風一四号が南西諸島から九州を睨んで北上、地球保全の地球的取り組みにことごとく妨害するブッシュの国アメリカは「カトリーヌ」の猛威に沈没した。小泉の日本も昨年以来自然の逆襲を受けている。
 単管ヤグラの撤去は「小さな勝利、新しい闘いの始まり」、カヌー隊の訓練が始まり、九月4日防衛庁は「人間の鎖」で包囲され、翌5日、外務省、防衛庁交渉の特徴は、アメリカの「抑止力」の強調で、沖縄に安保の傷みを押し付けるアメリカ追従に終止した。
 辺野古漁港の東の岩はニライカナイの神々が座る「トングエー」の拝所でターリー(男神)の神、西の岩はニライの神々を呼ぶアヤー(女)の神が住み、龍神の信仰などが人々の心を支える。
 座り込み初期、テントにユタ(沖縄の心霊者)が指導者に会いたいと言い、アヤーの神の海岸に座らされ、ユタは砂に十字を書き、「北はヌルドゥンチの彼方、南はM氏、西はY氏、東はニライカナイの神々が登ってくるところ(ジュゴンのクチ)、十字に神々がやってくる」と神々を呼ぶ祈りを唱える。M・Y氏はこの闘いの重要な方々、私は国頭奥間ノロの長男で北になる。
 私はユタとともに「闘う人々の安全、健康、勝利」をニライの神々に願った。沖縄の日常には海の神々が深層世界に宿り、海神祭、アブシバレー、シヌグやウンジャミなど非日常の神事文化を形成している。
 テント村では沖縄の歴史、自然、文化など様々な講話が行なわれる。那覇防との交渉でも同様である。
 ある夏の炎天下の交渉、「ニライカナイの神々、沖縄県民の怒りは地下のマグマとなって爆発寸前だ」と述べたら、那覇防での報告中にビルが震度3で揺れたと、次の交渉で那覇防職員が神妙になって明かした。
 八月十二日の交渉は「普天間基地は安全か」の問いに、那覇防は「危険とは思わない」と述べ、「世界一危険な基地、欠陥ヘリ、明日にでも墜落」と指摘したら、13日沖縄国際大学に墜落した。
 辺野古のテント村の座り込み、海上行動には宗教者の働き少なくない。仏を信ずるもの、イエスを信じるもの、アラーの神、寺や教会を越えて、日本各地のカトッリク、プロテスタントの教会ではミサで祈り、辺野古支援カンパが日常的に行なわれる。
辺野古の闘いは「平和の文化宣言」の第八条「平和の文化の促進において鍵となる役割は、(略)宗教団体、宗教的グループ、知識人や哲学(略)」、第一条(M)「民族的、宗教的、言語的少数者へのものを含めて、すべての文明、人々、文化の間の理解、寛容と連帯を進めること」が具体的実践として、宗教の共同が行なわれ新鮮な世界が形成されている。
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 愚直な海の行動
4月9日から九月八日までは辺野古漁港からの作業、作業ヤードを使用させない座り込み、九月九日から現在にかけては「座り込み」を原点に、海上における実力による非暴力の闘いに入った。
那覇防の単管櫓ボーリング調査船はP社(六隻)、S社(六隻)が日常体制、一社3・3隻体制のゲリラ戦を組み入れ、P社、O社のスパット台船、スーパー固定ブイ作業船が出動する時は、第11管区海上保安庁の船団を含めて海に森ができる。
 われわれの武器は海の非暴力のシンボルカヌー、調査船団が辺野古漁港を出た。浜では島袋ヨシ(九二歳)を中心に辺野古のオジー・オバーたちがカヌーの安全と勝利のため、敬虔な祈りが捧げられていた。その日以来、調査船団とカヌー隊の愚直な闘いが始まる。われわれの船は4艇、調査船団はボーリング地点の予備調査で西に東にフルスピードでうごきまわり、6・3体制のゲリラ戦を展開する。
 カヌー隊の男性最高年齢は公務員退職のY氏(65)、女性はキリスト教者T女史(71)、両氏とも泳げないが今は海を庭とし1日も休んだことがない。それに、団塊の女性が主力で、日1日青年が増え主力となってゆく。
 僧侶のN氏、断食中、カヌーは北風に沖合へ流され必死に攻防地点を目指す。牧師のM氏シュノーケルをつけ水中に潜る。しばらくすると、調査船のアンカー縄にしがみ付いて「抵抗」、実は誤って海水を飲み攪乱状態が起こっていて、船に引き上げると胃液が口と鼻からあふれ出て、病院へ搬送する。愛知県から支援に来たカメラマンの浅見裕子女史、曳航中に転落「わたし泳げない」と叫ぶ、強風と高波で救助に苦労する。
 「海に1本の杭も打たせない」の想いの強さは、海上行動へと駆り立てる。単管櫓が立てられ機材が乗せられてゆく。抵抗がなければ櫓は1日で建設できる。単管パイプを組むクランク地点に体や腕、手を結び抵抗するもの、体と単管櫓と機材に鉄の鎖で結び暴力的作業をするとカギを海中に捨てるもの、各自の非暴力の抵抗が創造される。
那覇防も焦る。A女史が単管櫓から船上に転落された。現場に急行すると海上保安庁職員が目のうつろなA女史の事情調査をして、中断させ振動の少なく早い調査船で救急病院に搬送させる。
 
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砦の闘い
11月中旬ごろになると悲壮感が漂い、チャーター船の確保が求められていた。すでに、ヘリ基地反対協は全国にチャーター船カンパを発信、漁民対策を行っていた。名護平和委員会は平和丸購入の重要性を全国に訴え、日本キリスト教団関係者も船の購入に乗り出した。
一二月初旬辺戸岬を回って国頭漁協所属の漁船2隻が共同の闘いに参加、国頭、東、宜野座、金武、石川の漁民がチャーター船として加わり、漁民の辺野古包囲網が形成され、灰谷健次郎氏は愛船ナイワイ号を提供する。
ヘリ基地反対協の船団が那覇防船団を圧倒する海上行動が展開される。一二月21日、名護市民投票7周年海上デモには約30隻の船団とカヌー隊が出て、ヤグラも完全に「占領」、1月には漁民独自の海上デモも行なわれた。一二月異例の台風23号は辺野古を襲い、ヤグラから機材の一部撤去され、那覇防は台風、嵐、雷などの自然の逆襲に悩まされることになる。
単管ヤグラは海上行動の砦へと変身する。テント村に日本全国を歩いている青年が一晩とめて欲しいという。電機機器、実務に優れていて、トランシバーやビデオカメラの導入などなど多くの財産をのこして、正月に去った。若者たちは日本のマスコミが伝えない中で、HP,メールで辺野古を発信、去っても京都、大阪などの街で土曜行動など起こしている。              国会前の座り込み、月曜日の防衛庁行動には電話で現地報告が伝えられる。日本全国で辺野古行動が展開されている。
政治的には、すでに、座り込み1ヶ月後には県民世論は8割が「辺野古移設反対」に傾斜、今日では8割、9割の世論となって確固たる県民意志となって、小泉首相も「辺野古見直し」を口にするようになり、自公のみが辺野古にしがみついている。
また、米軍再編成が浮上さまざまな移設案が出されるが、われわれは陽動作戦、沖縄及び日本全国の基地強化と警鐘鳴らしている。
辺野古海上には①②③⑤のヤグラか建つ。④は女性たちが死守し那覇防は建設を断念した。毎日、那覇防はボーリング調査を試みる。座り込みテント民主主義は「単管ヤグラ民主主義」として、朝六時、七時にヤグラに配置すると、ミーテングが始まり、作戦も単管の討議で決定される。
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金網の鳥篭は
  海上のホテル
05年1月から4月中旬まで辺野古海上は小康状態に入りやぐらの腐食はボーリングに耐える状態ではなくなり始めていた。マスコミは日米の陽動作戦に乗って諸移設案を報道する。テント村の座り込み、ヤグラ隊も各ヤグラ3から4人に減少する。辺野古の闘いは山あり谷ありで、わたしは心配してない。
那覇防は新しい単管やぐらの建設を試み、西へ東へと疾走する。すでに、われわれはボーリング調査地点を把握しており、カヌー隊の青年は飛び込隊に成長、耳の持病を海になれる訓練で克服していたわたしも船長兼飛び込隊として、ヤグラ建設地点に浮でいる。スパット台船が未明に洋上のボーリングヤグラ台船を下ろした。那覇防交渉日、愛船ジュゴン1号緊急出動、海上には海上保安庁の母船三隻にゴムボート六隻、那覇防船団約16隻、ヘリ基地反対協船団約15隻が洋上を山になって動く。飛び込隊が泳いで女性3人を含む6人がスパット台船に乗り移る。ヘリ基地反対協主力船、グリーンピースゴムボートはエンジンを海中に沈没させられ、海上保安庁ゴムボート2隻体制で拘束される。
ジュゴン1号は海上保安庁の母船に不当拘束を糾弾、拘束船に乗り移り不当拘束の談判、トランシバーのスイチを入れ、ヤグラ、テント村に実況中継する。ジュゴン1号の燃料が切れる。
拘束船の補助タンクは保安庁が強奪、提供拒否、わたしも拘束すると宣言する。保安庁母船三隻に燃料補給を拒否することは海の安全を守る逸脱行為と「演説」、燃料補給と拘束を解除させる。
グリーンピース保安庁に拘束され南風にリーフに流され漂流している。保安庁にエンジンのない船舶は直ちに安全地帯に曳航するのが原則措置で、第11管区は異常、保安庁が安全地帯に曳航するとの申し出、いまさら何かと拒否、ジュゴン1号で曳航する。
那覇防のこの作戦は自然条件、社会的客観条件を無視した無謀な南風の強風はスパット台船、全船団がリーフに流される。辺野古の海を知らない那覇防がチャーターした中部の漁船が座礁、スパット台船のアンカーが切れ、夕暮れが迫って作業失敗となる。
4月26日、未明3時、那覇防は単管ヤグラを二重の金網で囲み「鶏籠」に変え、二四時間作業体制を宣言、24時間の休み無き約2ヶ月の過酷な闘いに突入する。単管ヤグラは海上ホテル、海の夜のキャンプ場に変わり始める。人間が作ったもの知恵で入れる。逆に那覇防は小さな鉄の扉、金網に阻まれヤグラに入れなくなった。ヤグラは満杯になる日も少なくない。単管ヤグラ激励船も増え、英国BBCも環境問題で辺野古に張りつついて取材に入った。
辺野古に関係するすべての団体が防衛施設庁、那覇防への抗議行動が展開、辺野古共同の輪は二重三重の輪となって形成される。
わたしもジュゴン1号、平和丸、単管ヤグラに寝る日々、仲間たちは過酷な条件に耐える。ローティションが綿密に組まれるも、睡眠不足は辛い。年配者、団塊の世代が愚直に絶える。若者たちが体力で頑張り、悲壮観はないのが特徴だ。
むすび
小泉劇場選挙の中で九月二日、ヤグラ撤去の中カヌー隊の訓練に入った。わたしは、九月五日外務省、防衛庁交渉を行った。両省の特徴は「抑止力」を繰り返した。
小泉首相の「辺野古見直し」は、米軍再編成のなかでの陽動作戦の一つで、安保の傷みを沖縄・辺野古に押し付けるサインで、抑止力を全面に出し定年を迎えた仲村政治議員を比例候補に登載、辺野古は新しい段階に入り厳しい闘いに入る。
(05年九月五日記)


(続きー雷雨炸裂する7月1日ー高江)

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過去から現在、明日に向かってー辺野古現場闘争初期(1)

「対等な日米外交」から「日米同盟」ヘ
  ぶれない民主カン内閣と自民党「大連合」の危険、巻き込まれるな


まだ 教師であったら
 私の授業は「過去に学び、現代を見つめ、歴史に学び平和で豊かな地球」を柱にしていたと思う。


 (今日から高江、高江写真っ添付)

高江「出勤」を前に
 今日から高江は緊張する。辺野古の現場が始まったころも緊張していた。基本的な学びを培っていた。24時間体制に入って、厳しい現実の中で原稿を書いていた。
 その中で、示した立場は現在と明日への確信があった。冬の過酷だが星空の降る海の櫓を「海上のホテル」と言いきかせて、寝袋に体を包み、懐中電灯の明りで書いたメモ。
 明日の夜から原生林の森で原稿メモを書く、波の音に変わり、梢の吹き抜ける音と生き物たちのオーケストラは 天候の「危機」はない。森は庭でる。寝袋を飛ぶ蛍が星空と一つに舞う。
 過去・現在・明日を切り開く壮大な未来がある。人生また青山あり、私の仕事は7月11日まで持ちこたえること。 「大衆が信じあい、力を確かめ、決意を」新たにする。
 
辺野古の日記を読み、高江に出かける。過去は現在の指針である。
  仲井真知事ー高江ゴーサイン送った。
  辺野古事後調査も許可
  名護市長不許可
仲井真知事は手続きすべて許可で進め、県民を「厳しい」と騙す。

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  (N4ヘリパット訓練、2月19日)
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   (2月19日高江、訓練は福地ダム渓谷、谷間) 


辺野古と環境アセスメント(歴史地理教育05・5月号掲載)
   教室からテント村の授業へ
        ヘリ基地反対協議会代表委員 大西 照雄
はじめに
 昨年12月スマトラ沖地震による大津波被害拡大は、マングローブ・サンゴ破壊、無秩序なリゾート開発も起因していると言われている。地球を人間の独占物とする驕りに、自然の逆襲が日本を含めて地球規模で起こっている。
 辺野古では海上基地反対、違法なボーリング調査を許さない座り込み(300日余、2月12日)、4月余の海上での阻止闘争が続いている。海上に設置された単管ボーリング櫓から稀少生物の宝庫ヤンバルの森が連なり、ウミガメ、ジュゴンの棲む生物多様性に満ちた太平洋、果てしなく広がるラグーン(イノー)とサンゴ礁の白波が映え7色に変化、空には虹が浮かぶ。この小論は単管櫓で書いている。

1、 授業実践を社会と言う学校で
私は、昨年3月末、生徒への定年挨拶で「38年間、国民の税金で生活多くの学びの蓄積を得た。第二の人生は自由人として社会と言う学校で国民へ還元する道を歩む、基地問題で稲嶺知事、岸本市長に勝つ人生」に向うなどと述べた。
4月19日以来、辺野古の漁港前にテント村を設営、ボーリング調査を阻止する闘いの責任者として、テント村で「授業」を行う。
21世紀を担う生徒たちに、社会科教師として重視してきた21世紀の人類の課題を次の二つに絞ってきたが、辺野古の現実である。

 1)「平和の文化」を築く21世紀、1999年9月国連総会は「平和の文化宣言」と行動計画を採択した。暴力の世紀から非暴力の時代へ、戦争の世紀から平和的解決の時代へと文化概念に平和の文化を加えた。今年は「平和10原則」を確立したバンドン会議50周年の年に当たる。現代社会平和の文化の授業は、ガンジーの非暴力、平和五原則、アジアアフリカの台頭、沖縄の武器なき闘い、阿波根昌鴻の非暴力主義、瀬長亀次郎の不屈の抵抗、仲宗根政善の絶対平和主義などの生き方は「平和の文化宣言」に吸収され、21世紀の人類の目指す方向を示す。ブッシュの戦争は平和の文化確立の過度期で20世紀的遺物である。
だとすると、辺野古の闘いは完全非暴力出なければならず。テント村には故阿波根昌鴻翁の写真を掲げ、海上での闘いもカヌーを主力とした非暴力を貫いている。
 
 2)地球環境保全の21世紀、1972年は沖縄返還の年、世界的には「人間環境宣言」で「地球にやさしく」の合言葉が生まれ、ワシントン条約、ラムサール条約、世界遺産条約と人類は地球環境保全の施策積み重ね、1992年「地球サミット」を迎える。
世界8千NGOは「地球憲章」を結実させ、「生物多様性保全条約」などなどの地球環境保全の課題は、地球の。
辺野古のテント村「学校」隅々での実践課題となったの授業は、辺野古の海上基地建設問題に現れる21世紀の潮流を地域の具体的事実行でう。
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 (2月22日、高江、工事のストップ求める)

2 宝の海と海上基地
 キャンプシュワーブの海兵隊はイラクのファルージャで虐殺の主力部隊である。この基地及び辺野古弾薬庫の提供水域に普天間基地の機能を移設、艦船も停泊できる護岸が建設されると、アジアの脅威となる危険基地が出きる。ここでは、地球環境問題との関連に絞ってのべる。
辺野古海域を含む沖縄東海岸海域は沖縄県が厳正に保全すべきAランクに指定されている。太平洋に面し南北に広がるサンゴ礁とラグーンは日本の湿地500の一つで、初夏から夏アジサシの群れが島々で産卵する。
大浦川には熱帯のマングローブ群落、湿地を形成、大浦湾にはユビエダサンゴの群落、ハマサンゴなどが白化現象を免れ、日本に棲息するクマノミ6種が観察できる。1998年、沖縄のサンゴは白化現象で壊滅的影響をうけ、回復は著しい。
名護市東海岸域は旧久志村で、『字誌』などには厳密な意味での漁業が存在しない。海は村落共同体の「海の牧場、畑」であり、命を育み子どもを育てる恵みの海であった。        沖縄の川には上海カニの仲間モズクカニが棲息、イノーとサンゴ礁で産卵し稚魚は川に遡上、陸と海の生態系循環が営まれる。嘉陽小学校ではウミガメの稚魚を育て放流する自然教育の実践が定着している。
イノーは希少種を含む海草の畑が広がり世界の保護動物ジュゴンの食べるアマモなどの海草の野原が豊かに広がり、野性のスヌイ(モズク)がとれ、品質のいい養殖スヌイの栽培が宜野座・金武漁協で盛んである。沖縄北部の照葉樹林の森は稀少生物の宝庫、熱帯的サンゴやマングローブの生育する湿地と一体をなし、生物が多様で豊か生態は貴重な日本の財産、その保全は日本の国際的責務である。
高校の教科書には地球環境保全、生物多様性条約、環境アセスメントなどの記述が少なくない。辺野古の海上基地建設は日本の環境政策、環境影響評価法(環境アセスメント法以下アセス法)の矛盾が集中的に凝縮されている問題でもある。

3 環境問題としての辺野古海上基地
 普天間基地代替施設辺野古の海上基地は2600×730mにわたってイノーとサンゴ礁の埋め立てる軍民共用空港、建設の作業ヤードに大浦湾を30haさらに埋め立て、3haをケーソン式護岸の置き場に使用、中城湾の埋め立ても使用する。中城湾泡瀬干潟ではラムサール条約に登録する住民運動が起こっている。
 海上基地埋め立てはアセス法の対象で事業者である国に厳密なアセス法の適応が求められる。日本のアセス法は1997年制定、それ以前は閣議アセスといわれ、アセス法の普及版に環境省は『環境影響法のあらまし』、都道府県は『環境アセスメント』を作成、教室の授業などの入門書として適切である。ですが、辺野古の現場での実態は環境省の普及版などと遊離してすすめられている。
 アセス法は厳密な法手続きと国民への説明責任、参加を認めている。手続きは、大まかに①方法書、②アセスの実施(調査・予測・評価)③準備書(アセス結果の案)④評価書、⑤事業実施と3~4年を要する。方法書と準備書には誰でも意見を出すことができます。②アセスの実施は(A)環境の自然的構成要素の良好な状態の保持(大気環境、水環境、土壌環境など)、(B)生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全、(C)自然と人間との豊かなふれあい(景観、アメニティーなど)、(D)環境への負荷(廃棄物など)など多岐にわたる。
日本のアセス法は「ベスト追求型」といわれる事業アセス、「あわせメント」と揶揄される基本的性格を持つ。先進国のアセス法は「戦略的アセス」が常識で、代替案、ゼロ・オプション(中止)を含むものである。
 昨年4月28日(民族屈辱の日)、那覇防衛施設局は方法書を広告縦覧、コピーも認めない手法を行い内容は「欠陥商品」「欠陥設計図」と専門家の批判にさらされた。軍民共用基地が単なる埋め立て事業になり、機種、建築物など記載されず、書かれてない問題に環境破壊の実態が内包されている。
 アセス法には事前調査はかかれていない。那覇防衛施設局はアセス法に護岸項目がないことに着目、「護岸構造検討のための現地技調査」の姑息な違法行為で、アセス法の手続き回避を行ってきた。今、問題となっているボーリング調査である。
 これは明らかに違法行為であり、国民への説明責任もなく、環境省が「広く国民の理解を求める」という助言に反する。方法書に関する意見はすべての国民に与えられ、外国人も意見を述べる権利を持つ。ですが、事業者の防衛施設局は名護東海岸の行政機関にのみ説明、住民参加を拒否、マスコミの取材も拒否する。環境アセスも、方法書を4月28日(民族屈辱の日)に広告縦覧するなど、沖縄に対する政治的構造的差別の再生の姿があり、ジャーナリズも例外ではない。
 環境アセス法、前述の環境省及び県普及版では調査は「既存の資料」を優先し、自然環境に負荷を与えないことを原則とする。辺野古は1997年ヘリポートの20箇所のボーリング調査があり、63箇所の地質ボーリングは必要ない。
 ボーリング調査は国際的保護動物ジュゴン及びウミガメ追い出し作戦で、生物多様性に満ちた海域などの諸調査を回避する手法である。実際、本事業で重要な柱である地質調査は方法書に記載されないことが証明する。
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  (楽しく、作業車に座り込む 2月23日)
4、辺野古の闘い
違法なボーリング調査であっても手続きが必要である。防衛施設局は03年3月31日、沖縄県に「水産資源破許可願書」を提出、沖縄県は同日「安全保障上の問題」などと許可不要の裁量を行った。
海上基地建設は平和と環境問題が結合、環境アセスに入る段階で大切なことは環境団体、自然保護団体、平和・市民団体、学者および研究者を含めた個人参加をも含む学際的共同が求められる。
その過程のなかで環境法律家協会と共同、アメリカ文化財保護法で「ジュゴン訴訟」(自然の権利)をアメリカで提訴するとともに、「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」(略ジュゴン監視団)を9月23日結成、全国的に呼びかける。私には運動体であるヘリ基地反対協とジュゴン監視団の活動が加わるが、車の両輪である。ジュゴン監視団の理論及び情報と実践はヘリ基地反対協の理論と行動を豊かにする。
那覇防衛施設局は11月17日、沖縄県土木部河川課に「公共用財産使用協儀書」を提出、いわゆる、ボーリング調査の許可であり、期限は翌1月初旬。高校教師最後の年、ボーリング調査着手されたら闘いが始まると3ヶ月を残し退職せざるを得ない。那覇防衛施設局、沖縄県環境文化部、環境省、文化庁交渉を強化、4月9日まで引き伸ばす。
定年退職に入った4月19日、未明5時半、那覇防衛施設局は職員、業者を含めた約80人で辺野古漁港からボーリング調査を強行、同時に作業ヤードの建設を強行、烈しい攻防で中断、再び強行を試みた。その日以来300日にわたる座り込みを持続、テント村と称し、海上でのボーリング阻止闘争も5ヶ月になり、掘削を許していない。
テント村では毎日、ミーティングとテント村の歴史の講座、環境影響評価法とボーリング、参加者たちがさまざまな分野の講座が自主的に行われる。沖縄の武器なき闘いと完全非暴力の講座は徹底する。テント村は闘いの場、学習と教育の場でもある。現職の頃、生徒とともに学びあった地球及び地域環境や生態系学習、歴史・平和学習、文化学習が生きてくる。
昨年11月25日、バンコクで開催された国際自然保護連合(IUCN)総会は、日米両政府に対しヤンバルクイナ・ジュゴン保護の異例の再勧告、ボーリングをアセスに組み込み、ゼロ・オプションも視野に入れた勧告を採択、国際的関心を集めている。毎日、海上で船を操縦、単管櫓に体を縛り抵抗、積極的非暴力主義を模索している。
那覇防衛施設局は環境影響評価の前段から、これほどの抵抗を受けると予想しなかったであろう。この力は「杭一本うたせない」とがんばった「命を守る会」の8年余の歴史、学びあいの共有、愚直までの日々の行動の積み重ね、それが世論形成豊かにし、日米政府を追い込んでいる。この原稿が掲載される頃には新しい展望をきり開いているかも知れない。(沖縄県歴史教育者協議会会員、05年2月6日記)
注 追記09年8月28日、
 新しい展望「軍民共用空港」05年9月2日 頓挫
プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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