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過去から学ぶー再編成小史,辺野古・高江情報および長野の心

日米共同声明・カン内閣の普天間・辺野古をきるために
 
過去の歴史から学ぶⅡ―再編成(V字現行計画)小史
米軍再編成(日米政府・メディア・ジャーナリズム)



 米軍再編成(日米合意)小史
 「日米共同声明」、カン内閣の動向、メディアの実態をみる時、日米合意がいかなる「劇場」でなされ、私は何を読み、何を求メてきたか。

私は評論家ではない、現場に身を置いて、日米政府の戦略、戦術を読み、分析して、どうしたら勝てるか、何時も考え、市民に語る。
 辺野古問題で、私以上に海に出、街頭でマイクを握った人はいないであろう。海にいるのが多いからテント村での「授業」は、A村長、T村長に及ばない。
 現場の一人の責任者として、闘いの方針を書き、関係機関との交渉、全国からの要請など、常に実践的に書いてきた。
 SACOから8代も首相が変わった。カン内閣の日米合意と4度目の勝利を目指す闘いと言うことになる。
 これらの観点から、過去の「宝の海」から、今日を見ていきたい。
めたか。現在にも通用すると思っている。
 論理は実戦の武器である。
 7回の連載となる。


 -飽きもせず繰り返される「日米合意劇場」-
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1、 日米共同声明(5月28日)とSACO
日米共同声明(6月28日)は、8月までに位置、工法を日米合意(2プラス2)で合意するようだ。SACO・再編成と同じパターン。
SACO合意も中間報告、最終報告(1996年12月2日)、当時、大田知事は嘉手納統合案、中城沖案など明確に反対していた。12月初旬、琉球新報「県と国『蜜月』関係」、タイムス「県と国「甘い関係」」と書き、大田は辺野古に口をつぐんだ。
名護市民投票・軍民共用空港計画と続く。

2、 軍民共用空港『愚直』にまとめ、7月1日からの「過去」参考

3、 米軍再編成―V字現行計画
05年1月ごろから小泉首相は「辺野古見直し」をとなえ、移転探し、受け入れありませんと「辺野古内見直し」に動きだす。在京メディアは辺野古の闘い報道せず、9月2日の軍民共用空港頓挫、沈黙を守る。辺野古米軍再編成の対象となる。9月5日、防衛省交渉、10月に入るとメディアは「日米喧嘩」(浅瀬案(米)、陸上案(日本)の「小泉劇場」演出する。同時に、沖縄宿命論、沖縄弾圧論を展開する。
 日米合意「日米同盟の変革と未来」(10月29日沿岸案)、ロードマップ(工程表、最終報告06年5月1日)を日米最終合意とした。稲嶺知事は反対、選挙公約に島袋市長も仲井真知事も反対、V字2本滑走路で合意。
  (街頭演説、各行政50区、3回循環) 
 07年5月18日、違法事前調査、自衛艦「ぶんご」投入、
 07年8月7日、方法書広告縦覧、アセス調査
   反対協ビラ作成
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(意見書提出運動、審査会へ作業ヤード、ターゲット)
  09年4月、準備書広告縦覧―マチブイマチブイ自公政権、民主連立政権―フランス
      出張中
       意見書提出運動(約6000)
準備書意見提出運動、民主党国外・県外移転から「日米合意見直し」へ
名護市長選挙、比嘉靖立てる

11.8県民大会
名護市長選挙稲嶺進当選、民主党政権マチブイマチブイ
   4月24日県民大会008_20091111230937.jpg

   5月16日普天間包囲
 10年5月28日―日米共同声明
評価書提出は????

私の動き(現場闘争)
1、 小泉「見直し論」は、新しい痛みの押し付け
2、 見直し論「再編成」は「悪魔の要塞基地」(沿岸案、V字現行計画)となる。
3、 ジュゴン1号、平和丸監視活動、ジュゴン、サンゴ調査、海上学習船
4、 街頭にでよ(250回の街頭演説)
5、 辺野古国際化―平和大会国際会議、世界平和フォーラム(06年カナダ)、07年世界反基地ネットワーク結成総会(07年3月エクアドル)、反NATOイベント(09年4月ストラスブルグ)
6、 ロードマップに風穴開ければ縺れる。マチブイマチブチを目指す。


(辺野古・高江情報ーイノシシと戯れおよび長野の心)

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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