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日米合意に崖崩れか?韓国の教師たちに学ぶ

 辺野古・高江情報
  高江裁判―現場進行(現場検証)決定
   いよいよ面白くなる。
   環境アセスの知識が重要になる
  沖縄防衛局交渉―市民・環境団体「連合」-まだ報告はいらず。
日本列島猛暑、辺野古連日スコール。来週は猛熱の埼玉、恐怖だ。

沖縄防衛局職員 我が家を訪問
 軍用地、私の持ち分契約拒否(仮契約)を拒否している。テント村に家から電話が来る。借りる人が電話も、こちらの都合も確かめないで来る。社会通念的常識がない。
 テント村で話に応じようと告げさせる。
 テント村が、私の「職場」ですから、高江のテント、辺野古のテントを交渉場所にする。

日米同盟が「漂流」期に入るか
  SACO・米軍再編成にがけ崩れか?
    海兵隊抑止力の虚構が
 辺野古違法調査、今日も大船団。辺野古側海兵隊ゴムボート暴走訓練で調査船消える。日米合意は、アメリカの都合で漂流期に入る様相、辺野古の海でも同じだ。望遠修理中でゴムボート小さな点にしか、見えないが。
 海兵隊ゴムボートに『蹴散らされた」。
 政府・メディアが日米同盟固持、深化をわめいても、アメリカの様子がおかしくなっている。SACO・米軍再編成が、今年の日本の異常天気の特色のように、がけ崩れの前兆が見えてきた。
 混乱、激動が起こるような気がする。
 タイムス「アメとムチ」(23日)は、軍民共用期の辺野古の幹部たちの過去と現在の「変質」を書いている。過去を学び現在を見る重要性の証しである。
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 (ウルクン(小禄も)日本ヤシガ(だが)・・
    上原太郎さん
 昔の美童(3人)が訪問、「マーカラ、ヤイビーガ」(どこから来たか)と聞く、小禄と答える。「ウルクン、ニポン」でうち解ける。なんで、沖縄で、那覇小禄に会うと「日本というのか」は、わからないが、那覇からすれば、小禄は田舎、那覇より遅く文明の象徴電気がついたことに由来があると言うが・・。
 
 米軍に対する沖縄の抵抗は1954年、小禄具志から始まる。闘いの先頭に立った上原太郎さんのことについて聞いて見た。御元気のようだが、高齢で取材が不可能だろうと言う。戦後史に記録を残したい人である。沖縄戦後史のさまざまな話をした。
 美童の一人の顔を見ていると、教師3年目に教えた女生徒に似ている。その生徒の名前を出してみた。お姉ーさんであった。沖縄は狭いのである。まだ、教師としての基本(名前)が少しは残っていると思った。


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 韓国の教師たち
   琉球・沖縄から東アジアを見る
 午後2時、韓国の教師たち30人余がテント村訪問、どんな目的の教師たちか、予備知識がなかった。集合写真で「琉球・沖縄史から東アジアを見る」を初めて知る。
 沖縄戦まで強制連行された朝鮮の人々が、名護市で麻薬栽培(コカ)させられたが、沖縄戦の中での動向が解らないこと。
 日韓併合100年、1910年、日韓併合に心を痛めた啄木の歌「朝鮮国・・」や朝鮮総督府問題と柳宗悦など異文化への尊厳などを導入として触れた。私の社会科の授業は文化論で「異文化への尊厳」を1時間、朝鮮の美、光化門を扱う。
  21世紀の世界論、アジア人民の平和への努力など話した。
終わって、啄木や柳についての個人的質問があった。
 
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カンパを頂いた。
 国際連帯
 アメリカでジュゴン裁判していることに、驚きの声が上がった。
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 横断幕に見える
  「琉球・沖縄から見る東アジア」
 辺野古から世界が見える。
 韓国で「琉球・沖縄」、すごい教師たちだと思った。このブログの中の世界観・アジア観を最も適格に表現するスローガンである。
 日本の教師たちが、沖縄から離れていく中で、同じ民族分断を持つ歴史が、今、歴史認識として共感を確認した。
 質問が、いくつも出た。今日の野外授業は、まず、級第点だ。質問のない授業は落第である。

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 平和新聞「やんばるノート」(15)
   「たくましい人びと」伊佐真次
 高江裁判の日、平和新聞届く、高江の伊佐さん(高江)、大西(辺野古)、大久保(沖縄)が、コラムに書いて、約2年になる。
 伊佐さんの「ノート」は平易だが、人間の心のすがすがしさが伝わる。平和委員会は個人加盟、日本で最も長い歴史を持つ平和NGO,私は40年、学びの柱としてきた。
 平和丸、ジュゴン1号は、平和委員会の会員の協力で得、平和丸基金を創設している。
 明日は、平和丸・ジュゴン1号の活動を見る。
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 埼玉の高校生
  30日埼玉戦争展で講演
 高校生が動いた。若者が動くとき歴史が輝く、人間の心が開く、30日、埼玉講演、褒めたい。
日韓併合100年、大逆事件百年、啄木は明43年、「時代閉塞の現状」で、「われわれ全青年の心が『明日』を占領したとき、そのとき、『今日』の一切が初めて最も適切なる批判を享くるからである。時代に没頭しては時代を批判することができない」と明日を考察します。青年の心が明日を描く大事さを解きます。
 
 啄木は「40年の間の日本国民の新経験と新反省ととも包含したところの時代精神は休みもせず衰えもせず時々刻々にかつ進んでいる・・私は遠く『将来の日本」の足跡を書く思いがする・・私は勇躍して明治43年を迎えようと思う」と書いた。
 2010年、対米従属の中で「政策的大連立」の中で、時代閉塞の中にあるように見える沖縄の今、「我々が未来に向かっても求めるべき一切である。」
「大胆に、自由に(今日)を研究して、・・「明日」の必要を発見しなければならない」。
 
 今、日米同盟の過去、今日、「明日」の組織的考察と行動に入った。青年の心と韓国の教師たちの訪問に、明治43年の啄木の作品を回想した。
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 アセス学習が
  明日への展望を開く

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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