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「宝の海」再開です。

8月5日(木) 7:30 無言座り込み
8月6日(金) 10:30集合 沖縄防衛局交渉

さわやかな 埼玉
  熱風の名古屋
 29日から休みました。埼玉戦争展の講師に招かれました。実行委員のみなさんが歓迎の夕べ、今後の沖縄の進む道、30日10:00から安保廃棄の学習会、2:30から1時間、戦争展で講演、東京に戻って幾人かの方々と懇談、31日、「のぞみ」で名古屋鶴舞公会堂の歴史教育者協議会の会場で、40年以上学びあったみなさんに6年ぶりに再会、午後は名古屋の団体と交流、翌日、歴史教育者協議会の平和教育分科会で「教室の授業からテント村の授業へ」を報告。
 埼玉の2日間は、秋風のように涼しく、猛暑ではありませんでした。名古屋は熱風、まいりました。
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 (埼玉戦争展、高校生の参観多し)

 質問・疑問・心配
  前を向いて歩こう
 どこでも、質問がたくさん出されました。要約すると次のようになるか
  1、昨年夏からの沖縄の闘いの高揚、なぜ、沖縄参議院選挙に負けたのか。
  2、カン内閣・ジャーナリズム、メディアの沖縄解決済み報道
  3、沖縄県民はどう進むのか、いかなる運動をすればいいのか
  4、喜納昌吉はどうなる
  5、普天間・辺野古の展望は、
 私は、昨年の春から、「日米合意」見直し、移転論に断固批判し、名護市長選挙を「政治の春で2010年は幕開け」と言い、参議員選挙を「安保夏の陣」としてきたが、民主党・小沢戦略で「安保夏の陣」は全国・沖縄でもこけた。移転論「国外・県外移転」で争点化出来なく、沖縄で自公も「国外・県外」移転、自公政権・民主政権の沖縄県民団結破壊政策を見抜けなかった。徳之島移転頓挫、グワムアセス詰まりで移転論が幻想と見えて来た。
 みんながジャーナリスト・メディアになろう
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 (質問攻めにあいました)

  沖縄大本営「報道」は変わらず
 私は、04年から毎日日記「宝の海」を開設。沖縄の歴史と報道調べると特に、東京のメディアは一貫して「大本営」、ネットで自ら「メディア」になろう。辺野古現場を中心に、一人でも読者を「辺野古」に、と、思って来た。
 日本全国で、ヘリ基地反対協のホームページを開いて、関連サイトと繋がり、辺野古・高江を共有しよう。
 
安保から友好条約へ
 「キチガイ」軍隊の実態をあなたの生活の目で
「菅内閣」を、私はカン内閣と書いている。アキカン内閣(ハリケーン・台風で飛ばされる)、あるいは「カンチガイ内閣」ともいうそうだ。
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 (1996年、アメリカ行動 国連思い出しました)
 普天間・辺野古問題は日米安保へ向かう。今年で「思いやり予算」特別協定は切れる。カン首相は日本がギリシャのようになると言った。思いやり予算、在日米軍費、グワム協定、辺野古基地建設費でギリシャになる。キチガイ財政になる。米軍基地に米軍住宅どんどん建設中、グワム住宅1戸8000万と言われている。しかし、実際には米兵基地外高級住宅に住んでいる。住宅費日本政府が出している。基地の住宅空き家が増えていると推定される。まさに、キチガイ住宅である。キャンプシュワブで米軍の「出勤」見ているとYナンバーが渋滞する。
 国民生活と比較してみてください。他国の軍人が軍服つけて出勤する異常とキチガイ的風景。日米同盟は逆立ちした日本の姿。
 秋に向けて海兵隊撤退論が日米同盟賛美の中で吹き始める。日本は日米同盟でギリシャになる。勘違い内閣のカンチガイではない。
 
 喜納昌吉論がどこでも出て来た。名誉も歌も歴史から消えるか。彼が歴史に燦然と輝くかは、沖縄民衆とともに歩むことだ。
 テント村行きました。イラク帰還兵の訪問、小学生の訪問多彩でした。
 テントの中は今年、最高の暑さでした。

 参議院選挙中、海兵隊不要論、撤退論書き続けました。
 普天間・辺野古海兵隊撤退論、そして、安保に大きく動きます。

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 (8月2日 飛行機から辺野古)

沖縄知事選挙情報
 琉球新報社説
普天間2案併記 争点ぼかしは許されない2010年8月3日  
基地の県内移設の是非をめぐる沖縄の民意を問う選挙をにらみ、日米両政府が争点からぼかそうともくろむことが過去にもあった。その悪弊がまた繰り返されようとしている。
 最大懸案であり続ける普天間飛行場の返還・移設問題で、日米両政府の実務者が、名護市辺野古への移設を明記した日米合意に基づく現行計画のV字型と、滑走路を1本にするI字型を報告書に併記する。
 5月末の日米共同声明は、代替施設の位置、工法の検討を8月末までに完了させると明記していたが、最終決着は11月の県知事選後に先送りされる。
 5月末の県民世論調査は、辺野古移設反対が84%に上った。県内移設ノーの世論の高まりを直視し、頭越しの合意を押し付けられないという判断なら当然のことだ。
 しかし、県内移設の是非が問われる県知事選挙、9月12日の名護市議会議員選挙を控え、菅政権は8月中の日米の最終案決定が地元の反発を強め、両選挙で県内移設が正面から問われることを避けたがっている。本末転倒な話だ。
 菅政権中枢や民主党内には、県内移設を「不可能に近い」としながら、自らの言葉で「反対」を表明しない仲井真弘多知事の再選によって、対沖縄交渉の進展に望みをつなぐ向きもある。9月の名護市議選では移設容認派の市政野党側が多数を占め、移設絶対反対を掲げる稲嶺市政を揺さぶることを期待しているのだろう。
 争点をかすませて、県内移設を容認する空気があると解釈できる余地を残すことをもくろむ国の横暴な考えであり、沖縄の地方自治への露骨な干渉に等しい。
 新たなI字案は2本滑走路のV字案より飛行経路が集落から遠くなり、埋め立て面積が縮小できると主張している。だが、辺野古崎の豊かな海をつぶして新基地を造ることに変わりはない。
 そもそも、日米共同声明はいかなることがあっても8月末までに工法や位置などを決めるとしていたが、その解釈も二転三転している。日米合意自体の重さもぐらついている。
 視点を変えれば、強固な沖縄の反対世論が日米両政府を追い込みつつあることを示す。手前勝手な国家の思惑に振り回されることなく、県内移設が無理であることをしっかり見定め、腰を据えて秋の政治決戦を迎えたい。


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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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