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沖縄の歴史を変えたいー青春の力から何を学ぶか

沖縄の青春に続こう

 「沖縄の歴史を変えたい。沖縄の野球を見てほしい」(我如古主将)、優勝への決意)
  
大人は何を学ぶか
無題2

「興南旋風」と沖縄の歴史
  甲子園の土から
  優勝戦、我喜屋優監督の試合前のインタビユーは「沖縄県民と心を一つに」(NHK)であった。優勝の言葉も「県民とともに待っていた」であった。
 私は春の選抜以来、興南野球を沖縄の歴史とダブらせてみていると、いつも、ブログ日記に書いている。
 1968年夏の甲子園「興南旋風」は沖縄を大きく激励した。米軍の支配下、甲子園およびインターハイに出場できたのは、確か、1958年、首里高校が出場して敦賀高校に敗退した。甲子園の土が占領期、泊港に捨てられた。甲子園の土の始まりである。
 北緯27度線閉ざされ、厚い壁、政治も経済もスポーツも閉じ込められた沖縄、


沖縄県民の祖国復帰闘争は高揚期を迎えていた。昨年から続く沖縄県民の政治的高揚ときわめて似ている。
 1968年秋、沖縄三大選挙(主席公選、立法院選挙、那覇市長選挙)に燃えていた。沖縄高校球児たちの活躍、夏の「興南旋風」は、熱く燃える沖縄の秋、そして、屋良朝苗主席の誕生、70年国政参加、72年沖縄返還へ進んでいった。「復帰が先か、甲子園優勝が先か」と県民は希望を抱いていた。
 沖縄、熱く燃え新年の名護市長選挙勝利、興南高校選抜優勝が2010年前半の幕開けであった。
無題
 
 深紅の優勝旗は
   沖縄の秋につながる。
 過酷な米軍支配下、1963年「国場君轢殺事件」、1965年「棚原孝子ちゃんトレーラー圧殺事件」などなどの中、高校弁論で活躍する高校生、若者たちの息吹が沖縄県民の希望であった。その象徴的なのが「興南旋風であった」。
 我喜屋優監督はキャプテンであった。
 日米政府が権力、おカネ(機密費、振興策、再編成費)使って県民に襲い掛かっている。1968年時と変わらない。
 2004年、沖国大ヘリ墜落、市民大会で小学校生代表あいさつした島袋洋奨投手、沖縄の現実はスポーツの世界も一体である。
 沖縄の心は「民衆が信じあい、力を確かめ、決意を新たに」である。
1968年、興南旋風、三大選挙に団結した力、2010年に再現しようではないか。
 
 そして、優勝戦前に我如古主将は
  「沖縄の歴史変えたい、沖縄の野球見てほしい」(赤旗21日スポーツ欄)
 我如古キャプテンは、甲子園のアルプスに
  「県民で勝ち取った優勝」と冷静沈着に応えた。
見事ではありませんか。
 沖縄の、そして、日本の大人たち、歴史を変えようではありませんか。
 興南球児よ ありがとう。ありがとう。
 大人たちは、君たちが実現させた「希望」を、胸に抱いて沖縄の明日を切り開くであろう。
 沖縄はお盆に入った。興南球児が沖縄に帰る日はグソーから先人たちも「ウムケー」、各家々で共に君たちの偉業を、共有する日だ。
無題3


 沖縄は旧盆
  最大の家族・一門の交流
 甲子園の感動、祖先の霊もみんなで共有する3日間が始まります。
 新しいパソコンに変え、URLもできるようになりました。
 全国の読者の皆さんに、沖縄の新聞など紹介できると思います。沖縄現地の情報、参考にしてください。動画の添付も挑戦したいと思います。
 
 首里高校甲子園の土

http://www.shuri-h.open.ed.jp/Examine/club/baseball/koshien.htm


 午後に沖縄の新聞社説紹介します
http://ryukyushimpo.jp/uploads/img4c6f74a156532.pdf
琉球新報社説http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html
沖縄タイムス社説
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-08-22_9487/
   10;28分更新
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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