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大西ターリタ(神がかり)かー続き磯と干潟その1(ミサゴの勇姿)



辺野古浜コンクリート設置問題

私が何事か書くと、新聞の記事と重なる。沖縄の神、中松弥秀先生のこと書いたら新報コラム、似たようなことが、書かれる。 まず、新報コラムを。  
金口木舌

オバマ大統領は先住民族の「文化・宗教」を冒涜
 COP10で先住民族交流会に出た。楽しく踊った。
北米カナダ平和フォーラム(06年)、エクアドル反基地ネットワーク結成総会(07年)に出た。会議、イベント、教会のミサで先住民族の権利について、幾度も耳にした。
 COP10では、先住民族のオバーたちのパワーが大きな力を発揮された。
少年のころ、アメリカ映画と言えば、インデイアンと騎兵隊の映画、先住民族虐殺、文化破壊、キャンプシュワブコンクリート塀建設は沖縄の信仰、文化、霊所の破壊につながる。
 キャンプシュワブ
  コンクリート設置情報
 米軍の総司令官はオバマ大統領、キャンプシュワブ海兵隊は、辺野古の境界にコンクリート塀を設置するという報道など流れて久しい。オバマ総司令官に告ぐ。「琉球の文化。信仰」を冒涜する。
  辺野古浜は
  ニライカナイの神の住む場所
DSC02663.jpg
DSC02664.jpg


   ニライカナイの神々が住む場所だ。辺野古漁港の左の島(ターリーの神=男神)、右を森を(アヤーの神=女神)が住むという。ターリーの島にはニライカナの神が座る神所がある。
 (拙著『愚直』P33から35)
 辺野古闘い始まったころ、聞大君78代(ユタ?琉球王国女性を支配の長、各地にノロ、)が、辺野古闘争の責任者をニライカナイの神に会すという。故仲松弥秀(琉球大学名誉教授)は、辺野古は、沖縄3大霊所で、辺野古マナル岩を龍の頭、琉球の世界遺産の一つ、セーフアー御嶽を腹、久高島を龍の尻尾、と、テント村で話をしてくれた。大浦湾には龍神の御嶽がある。
無題B
  (私の準備書への意見書A4判105ページ表紙はニライカナイの座る場所、周りはオキナワギク、鳥居の場所ではありません)
  新基地作業ヤード
   コンクリー塀は
 新基地準備書はニライカナイの神の座る場所埋める。その前に、コンクリート塀は、地形の変化を生じさせ、神の座を水没、もしくは、砂に埋めてしまう。
海の建造物は、すでに、屋我地で見たように予測できないことが起こる。
 国連では琉球を「先住民族」に規定したと聞く。オバマと日本政府は「先住民族の文化・宗教・信仰」への冒涜と言える。
 無題A
  (04年9月安全祈願、『HENOKO ACTION』から
大西は神がかった?
  こんな声がある
 私の母は、聞声大君からノロ職を拝命される。幼い時、神所を連れられ、神場からクロキなど盗んでバチ(罰、たたり?)して、ユタグゥト(沖縄独特の心霊者)で、ウガンで罪を清めに来た人々を知っている。
 COP10、中日新聞(10月20日)で先住民族オバー軍団(?)の写真見て、母や辺野古のオバーたちの祈り、04年聞大君87代との祈り、2000年ジュゴンキャラバンニライカナイの神への安全祈願、04年9月海上闘争海の安全祈願など思い出した。
 
 また、疑問に思う。辺野古のノロ、神人、村の人々、ハーリーの浜、ニライカナイの神所、作業ヤードで埋め立て認め、神所に大きな影響与えるコンクリート塀、認めたのであろうか。

 ノロの子として、理解ができない。ユタごとで、母に祈りをすがってきた光景を思い出す。沖縄の人々の深層世界、笑う人もあろうが沖縄文化の歴史は否定できない世界である。COP10、先住民族との交流で思ったこと書いておく。
 (以下9時以降更新)
カン内閣の非常識
管直人は「沖縄に誠意をもって説得」と言った。説得されるべき名護市長と名護市議長が合会いに行った。カン内閣恐れをなして会わないない。
 「シカブー」(意気地なし)も、ここまで来ると「激励」したくなる。
カンは日本語をもてあそんでいる。民主党内閣になって日本語がおかしくなった。「誠意」の反対語探すに苦労する。
 喜納昌吉が仲井真知事と「密談」、「隠密になるな」と忠告したばかり。「昌吉は流れ流れて、県内移設」流れついたか?
DSC02687.jpg
  (5日、朝の行動、頑張っています。午前中宣伝カー回し、内科定期診断、ついでに点滴)

 (続きー秋、磯と干潟の世界、その1ミサゴと千鳥)

新基地ノー”決意新た

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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