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相手の論理から学び合いの知恵ー現実的負担軽減

大きい文字夢一つ一つ実現
緊急情報
 名護市与党協議会「再編交付金不交付」了承、アキカン内閣どんな手を打つ。

  「やんばる共同クリニック」新春オープン

夜、毎日、日程が入る。学び合いが楽しく出ている。

 辺野古の闘いと診療所建設
辺野古の闘いに全国民医連22次の行動、沖縄のあれもこれも見るのではなく、普天間・辺野古に絞っての沖縄ツアー、6年も途絶えることなく、生き生きとして職場で働き、沖縄に一旦急あれば全国的力を注ぐ。
 名護に宿泊して、私のつたない話聞いたみなさん2000人を超える。

 「名護に民主的医療機関を建設しよう」と誓いあってきた。沖縄医療生協は辺野古・高江行動を継続、11月にテント村で記念集会、炭を担いでの差し入れだ。
 闘いに明け暮れる人々の健康管理含めて、異例の診療所の開設。辺野古の闘いでたおれた時、私がいまいるのも沖縄共同病院のおかげだ。民衆の共同で自らの医療機関を作ろう。
 全国のみなさんの特別な配慮に感謝する。
 
春にはオープンだ。苦節13年の夢実現。健康と平和を結合した闘いが具体的に始まる。市民が心を一つにして「良きもの」生み出せるのだ。
「ふるさと納税」は全国と沖縄をつなぐドラマを生み出すかもしれない。

DSC04325.jpg
 「やんばる共同クリニック」開設について話をする伊集唯行医師
 (話する機会与えられて、瀬長亀次郎の命を救った長浜医師と、瀬長那覇市政と沖縄の民衆の歴史を話し   た。まさに、アメとムチのこのとき、命と暮らし、平和への局面である)

 マチブイの普天間
  前原外務と仙谷官房
 前原外務大臣は沖縄から提起あれば普天間小学校、など公共施設「移転」を言い、普天間継続使用と「荒唐無稽」といわれた。さすがの仙谷官房も異議を唱えた。普天間は閉鎖・撤去返還がSACO以来の立場である。
 動かすのは学校ではなく普天間基地である。日米合意の基本である。
 三沢基地に行ったとき、偶然「永劫の里の碑」を見つけた。(1996年)、F16戦闘機の離発着で村が集団移転せざるを得ず、怨念を込めた碑文が鎮守の森に建つ。青森の広い平野だからできる。
futenmamaps.jpg

 普天間基地の「危険性除去」の
  現実的対応ー前原大臣の教えるもの
 普天間代替施設(V字滑走路)は1800m、普天間基地2700mである。日米政府の合意からすれば、普天間は1800mで充分といえる。普天間第二小学校近くの滑走路700m、南200mを、当面返還可能ということになる。宜野湾市がこれと類似した提案したことがあると聞く、前原は、逆手にとって「住民追い出し」の逆立ちをしたという。普天間基地一つの基地でも「整理縮小」ができるのである。
 前原が学校撤去移転というなら「1800m]で充分だから、不必要分はすぐにも返還できるはずだ。

 普天間返還は14年前から日米の基本である。
 前原外務は「できることから実績」をあげるべきであろう。
普天間が嘉手納の「代替施設」としてF15,F18などの訓練に使用されている。普天間の即時閉鎖・返還に挑戦して、パール・ハーバー的仕返しでは、民主党の先生たち軍人化してきている。

 宜野湾市・名護市は会談する理由ない
  金の切れ目は縁の切れ目
 お分かりになりませんか岡田君
 「野卑な経済」界と作戦ですか
 海兵隊出動作戦で基地強化、住民弾圧作戦?
  沖縄「自公」と名護攻略作戦ですか。民主党「自爆」作戦ですか
岡田幹事長が来月沖縄訪問

知事3月めどに訪米 普天間問題、直接訴え


金口木舌

[大弦小弦](2010年12月30日)
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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