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ネットは世界の平和・民主主義をつなぐ

 「サイト・メール」革命
 エジプトの平和的解決を願う。エジプトの民衆は民主主義的解決を成し遂げるであろう。米・タイ合同演習(コブラ・ゴールド)のなかでタイ・カンボジア国境紛争起こる。
 高江のヘリ演習が見られません。コブラ・ゴールと関係するのか、そして、N4(ヘリ着陸帯)作業急いでいることと関連するのか。そろそろエセックスなど戻ってくるか?

 まずは、QAB動画をどうぞ。ネットの重要性も指摘しています。メデイアがだめなら自分たちがメデイアになろう。日本中の闘いの現場がつながり、世界の平和と民主主義がつながろう。
高江・嘉手納
嘉手納基地であす 米軍パラシュート訓練実施へ
 (16日午後まで期限?)

 高江今日も踏ん張りました。
  涙ぐましい沖縄防衛局
   100m土嚢担ぎ始まる。頭が下がるほど「おかしい風景」始まる。密林の中で土嚢手渡し作戦12:30まで、沖縄防衛局職員午後2時本命の10トンダンプから土嚢密林に投げ込み展開する。
 密林の中、作業員と沖縄防衛局合同の土嚢手渡し作戦、余りにも、原始的で「クシヤマスナ(腰痛めるな)ヨンナーヨンナー(ゆっくり)」と労わり激励する。
 今日は国頭の母見舞い、県道2号線からN1へ回る。
 10時20分、いつものようにN4に押し寄せる。N1地点100mで車止める。陽動作戦2トンダンプテント近くに停車、張り付く。

P2153639.jpg
P2153617.jpg
 (昨日はカメラに電池入れるの忘れた。ドジだ。焦点を警備会社の労働、来ていませんでした。)
 腰痛みが来た
 腰掛に座り、全体の動き見ているのだが、土嚢運搬作戦見ていると、自分の腰が痛みだした。6時、家に着くと腰中に張り出す。痛みの共有?私の体変なのか?
 ただ座ってるのではない。持ち場を動かず、いくどもいくども交渉。現場での昨日の政治論戦は「SACOは死んだ」「抑止力は方便」「ユクシ(嘘)力」だ。
 作業人とはウチナーグチ(琉球語)です。
 
無題lL
 ジャングルに
 道なき道
 少年のころ、軍歌少年であった。戦後でも歌われていた。歌詞を変えて応援歌にも使われた。防衛局作業見て、軍歌の走りと言われている愛馬進軍歌を思い出していた。日本軍はこの歌と共に中国戦線で泥沼に入ってゆく、愛馬進軍歌のサイトを観ると右翼的称賛が書き込まれている。作曲家は新城正一(恩納村出身碑が建つ、名嘉真)、松本清張「昭和発掘史」?に、占領軍(米軍)による拉致事件鹿地亘事件がある。本名は忘れたが、鹿地は何10万の日本の馬が中国に置き去りにされたと記録を残している。この歌の評価「日本の軍人さん馬にも優しい」である。
国を出てから幾月ぞ
共に死ぬ気でこの馬と
攻めて進んだ山や河
取った手綱に血が通う

 1945年から55年代、沖縄の復興のため、やんばるの山は材木と竹を供給した。馬が切り出した材木を運んだ。馬のすべての面倒を見るのが、少年の私の仕事であった。防衛局がジャングルに馬も歩けない道なき道を土嚢を運んでいる。シンドイことであり、哀れでもある。

飛騨高山の護国神社に巨大な愛馬の碑が建つ。
 「この土地では合掌作りの「馬の部屋」で、家族同様に生活した馬たちが徴用され、中国大陸で不幸な死に逢い、置き去りにされたことを思い、私は心を痛めた。「愛馬進軍歌」は、人と馬を戦争に駆り立てる歌であった。私は沖縄とともに、馬たちの戦争に興味を持った」(拙著『沖縄の太陽物語』『平和のためのガイドブック』にガイド書く)
 高江の山から馬は、中南部への材木を運んだ。当時、車部落までしか、GMC(トラック)は来なかった。

 今日も高江だ。
豊見城市日本共産党5人全員当選
 一斉地方選挙ー憲法擁護・安保廃棄勢力の前進と沖縄との闘いの結合、沖縄の民主主義を守る闘い、そのシンボル名護市長支える共闘を!

無題I
 

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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