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高江緊急発進

緊急発進
 高江N1に沖縄防衛局来ています。
写真観ると、車、増加させています。
 私は、防衛局交渉
 結集お願いします。
 全国的に抗議の波を起こそう
 沖縄防衛局、焦っています。
 電話・FAxお願いします。

貴方の周りにネズミ算式に広めよう

沖縄タイムス社説
 10時にはサイト公開
無題u


[高江ヘリパッド]県民同士が闘う不条理


2011年2月8日
各加盟団体 様
各都道府県実行委員会 様
安保破棄中央実行委員会
                               事務局長 東森英男
沖縄・高江ヘリパッド工事強行などへ
抗議FAXのとりくみについて

沖縄県東村高江での米軍ヘリパッド建設の強行をはかる防衛省・沖縄防衛局は、昨年末から、断続的に工事を強行しています。これは、話し合いを求めている住民の要求や裁判所の協議要請も無視したものであり許されません。現地では、平穏な生活と環境保護を求める高江住民を先頭に工事強行に抗議する座り込みが続けられています。しかし、防衛省側は、希少動物の繁殖期で大規模工事ができなくなる3月までに工事の実績をあげようと躍起になっています。
 私たちは、アメリカとの約束だけを重視して住民の要求を無視する民主主義破壊の暴挙を許さないために、緊急に下記のとりくみをお願いします。


自筆が効果あります。

1. 抗議文書・FAXの文例
別紙を参考に各団体で作成してください。
2. 送付先
①〒162-8801 東京都新宿区市谷本村町5-1 防衛大臣 北澤俊美宛
        FAX 03-5269-3270
②〒904-0295 沖縄県中頭郡嘉手納町字嘉手納290番地9 沖縄防衛局長 真部朗宛
        FAX 098-921-8168
3. 激励文書・FAXの送付
〒905-1201 沖縄県国頭郡東村高江85-12 「ヘリパッドいらない住民の会」宛  電話・FAX 0980-51-2688

高江は遠いけど抗議や要請で支援できるというばあいの宛先。
1)内閣、防衛省、防衛局に抗議をお願いします。
 *沖縄防衛局 098-921-8131  *防衛省03-5366-3111  *内閣官房 03-5253-2111
2)県知事、東村村長に工事即時中止・建設反対表明を要請して下さい。
 *沖縄県知事公室 TEL:098-866-2460 FAX:098-869-8979
 *東村役場 TEL:0980-43-2201 FAX:0980-43-2457


辺野古浜通信から
現地は早朝冷え込みます。
水、食料は自前でご用意ください。
懐中電灯もあったほうがいいかな
車の燃料も満タンで…
ビデオカメラがある方は、もしよければ持ってきてください。

現場では、非暴力を貫いています。
相手の人格を尊重し、
言葉の上でも一切の暴力を排除します。
語りかけてください。
少しでも共通する思いを…
天気でも、仕事でも、
食べ物のはなしでも…
ここにいるのが、
人間同士のであることがわかるように


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高江2011年前半ーあと4日(機械動くの)ーいかに県民高江共有へ

高江、今年前半戦攻防
 あと4日
 真部沖縄防衛局長、定例記者会見で進んでいるという。平成19年の事業がどう進んでいるか。
写真はごまかせず。
 年度、工種、測点????書けます?
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 違法な生態系攪乱「測点」場
 「もって帰れ」
 
DSC06913.jpg

チンヌー ウッテイーヌ ナーチャー(昨日、一昨日の翌日)
 チュー(人)ヤ機械やアラン(でない)
 一昨日、防衛局は3時に引き上げた。作業ヤードで土嚢積み6時までして、禁酒命令だし、昨日は6:30の襲撃、家に帰って食事して、3時に集結、作戦ミーテングやった想定すると、人間は機械ではないから、昨日、未明の襲撃はないと判断。
 アラーム9時の目覚まし、朝食も人間らしく摂って、国頭周り、高江では「暇シテ」いるであろうと畑から島ラッキョウ掘り、軽トラに入れる。昼食のおにぎりのオカズ、兼、塩分補給剤である。
 畑は南に面し太陽を十分吸っている。シャリンバイ早くも咲いた。
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 1970年12月31日の闘い
  安波ダム回らず、譜久ダム回る。ダムの山々は、1970年2月31日、女たちは照首山の砲座を有刺鉄線を破り占拠、男たちは着弾地点伊部山に決死の烽火を挙げる。
 当時の指導者、安田部落の宮城定正さんを橋の上で思い出していた。
1971年、『歴史地理教育』4月号に「1970年12月『安田国有林』の闘い」(ルポ書く)
無題l
 川の頃、1960年代はゲリラ訓練のワイヤーかけられていた。ベトコンとして住民が雇われた。
DSC06987.jpg

安波の村
 急ぎ旅ではない。安波の村回る。防衛局が動けば私の監視があり、N1の体制整う。
 沖縄の古典音楽・舞踊に歌われる「安波節」の歌碑、古典で演奏される「恩納節」「辺野喜節」などヤンバルである。「かぎやでー風」は琉球音楽史研究家小浜幸次郎氏によれば、カンジャー(鍛冶屋)であり、私の祖先が首里で歌ったという。私の母の家は数百年も続いてきたカンジャヤーの生まれで、屋敷にはフイゴを祀っている神社がある。民衆の歌が琉球古典である。
 安波川はヤンバル船時代良好な港であったろう。与那原馬天港と材木・薪が運ばれた。
DSC06990.jpg
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 安波の杜
  数百年のイタジーの新緑に包まれた。1960年まで西海岸と安波を結ぶ道路なし。私の高校時代、すべての生徒が寮生活であった。竹の屋根の家が頂上まで伸び、独特の集落を形成していた。
DSC06992.jpg


 8ミリ、ビデオ
 1970年代から安波集落 撮っていますがフイルムの所在が分からない。転勤、転勤で、管理が、出てくれば貴重な映像になるが・・・・。
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 安波の美作
高江まで広大な台地、高江まで電源開発(海水揚力発電)、NGまで美作という地名、1958年、1962年、1日掛かりで旅行した。広大な台地の谷の獣道幾つも越え、この獣道の痕跡は元高江集落、電源開発展望地の側から下りることができる。安波―高江に自動車開通は1962年の夏、同時に、ゲリラ訓練基地にされる。
 道路開通と共にパイン産業、台地は開墾され、復帰と共に安波ダムの見返り事業で農地開発、辺境の地は国頭村1の豊かな村(パイン)になる。
 1988年、ハリヤーパット建設問題起こる。機動隊導入、農民たちは老人も若者も闘った。
DSC07002.jpg

 MV22オスプレイの
  訓練地域
  美作の中央を宇嘉川が流れ、N1ヘリパットと結ぶ、河口のまわりは断崖、太平洋に口が開いている。河口域は干潮には石が出て平和丸の操縦に苦労する。ゴムボート上陸訓練に適している。今、荒磯釣り多いが、ヘリパットできると秘密保持で入れなくなる。
 MV22オスプレイは、太平洋上にゴムボートが降ろせる。険しい地形を想定した上陸作戦、6か所のヘリパットを連携して行う。この地帯に住宅は高江のみ、そこを狙ってきたのがアメリカである。
DSC07004.jpg
  (ジャングル訓練センターの中でも、毎日毎日、マングスー捕獲作戦行われています)


 日向ぼっこ
  N1の明るさ
 ゆっくり、12:00、N1に着く。一人一人が防衛局を読めるようになった。
 昨日、米軍(AP)出動要請にも怯まなかった自信が見える。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~marebito/mroom/sansin/san01.htmle/r/teruo024/DSC07007.jpg" target="_blank">DSC07007.jpg
 ブースケよ
  人間どもの世界に、来ない方がいいが・・・
女性たちは、明日のおにぎりの島ラキョウの準備、ブースケ食事、人間様怖い動物・・・・。特に、00からは餌は採らないほうがいいのだが、平気でカメラに・・・・。
今日は防衛局交渉、ラッキョーが私の参加です。
DSC07008.jpg
 ブースケ人の手から餌取りますが、ブースケにとっては人の指や手、エサです。
  怪我では済みません。
DSC07012_20110224185228.jpg



プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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