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泡瀬干潟

大きい文字
辺野古・泡瀬は一体

琉球新報
社説 泡瀬埋め立て 再開合理性を説明すべきだ2011年3月5日

 2009年11月から中断していた中城湾港泡瀬沖合埋め立て(沖縄市東部海浜開発)事業が11年度に再開される見通しとなった。
 国土交通省の交通政策審議会港湾分科会は3日、沖縄市の事業規模を縮小するとした港湾計画の一部変更を了承した。
 仲井真弘多知事は「おおむね結構だとの返事があった。全体として了とされたと理解している」と歓迎している。
 今後、事業者の沖縄総合事務局と県が公有水面埋め立ての変更を知事に申請。知事が変更を認めれば、工事は再開される。
 貴重とされる泡瀬の海の生態系を犠牲にしてまで、この事業は必要不可欠なものか。経済的合理性があるのか。そのことが市民や県民に十分説明され、理解を得られたとは思えない。
 埋め立て事業をめぐっては、沖縄市民らが県知事と沖縄市長を訴えた訴訟の控訴審判決が09年10月にあり、福岡高裁那覇支部は事業の経済的合理性を否定し、公金支出差し止めの判決を下した。
 その後、県と市は上告を断念したものの、市は新たな土地利用計画を10年8月に国へ提出。前原誠司国土交通相(当時)は即日、事業再開のゴーサインを出した。
 水面下で市と国が綿密な調整を繰り返したというが、この間、新たな土地利用計画についての説明は市民、県民に十分なされないままだ。当初から「再開ありき」の動きだったことは否定できない。
 「基地依存型経済からの脱却、地域活性化と新たな雇用の場の創出を目指す」とする東門美津子市長の主張は理解できる。だが、それは泡瀬埋め立て事業でしかできないのか。
 新たな土地利用計画については、市民団体などから入域観光客数、雇用効果などの推計方法、進出希望の企業の少なさなどの問題点が指摘されている。
 環境保全の確保、科学的データに基づく経済効果が立証され、市民の合意形成が十分なされたとは言い難い。
 実際に埋め立てても企業進出は少なく、雇用効果も生み出さず、ただ貴重な自然を失い、結果として莫大(ばくだい)な借金だけを残す事態に陥ってはならない。
 拙速な事業再開は将来に大きな付けを残してしまう。市、県、国は、事業推進の合理的根拠を示し、丁寧に市民、県民に説明する責任がある。

 
森住卓ブログ
  CS朝日ニュース予告も
 夕方 7:00再放送
http://mphoto.sblo.jp/
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伊湯岳ー原生林的森は・・・・・


やんばるの森ー散歩(2) 伊湯岳ー原生林的森
大国林道から伊湯岳に
 沖縄の背骨に入る。左(東シナ海側)は、1970年代後半から皆伐地帯、皆伐地帯樹木の指標はマツとエゴノキの植樹、右が太平洋、海兵隊ジャングルセンターをなす。
 1950年代までは、建築資材の供給(馬のソリで搬入)、1957年米軍の接収以後、人間の手が入ってないと思われる。時に、「海兵隊が森を守っている」と言われる。
 道から椎の樹木が伸びる。 
DSC07269.jpg
 背骨(尾根)は乾燥しやすいので、ヤマザクワ(山ツツジ)が群生し2月ごろ目を楽しませる。
 一輪だけ道に残っていた。
DSC07266.jpg
 伊湯岳山頂
  陸軍通信基地
DSC07262.jpg
 伊湯岳から与那覇岳への道
 山竹が群生しトンネルをなす。いくつもの水溜りがあり、オタマジャクシ、イモリが生息する。山は深くなる。原生林的原型を残している。
 竹の群生は背骨の尾根のシンボル、湿地性が高くなるとシダ植物が群生するようだ。
DSC07229.jpg
 椎の巨木、イスノ木(ノコギリで切れない、巨木はチエンソーでも遠慮?)が群生、多様な植物が重なっている。
DSC07256.jpg
DSC07255.jpg

 4代の命
 巨大な椎の樹、根元は直径2,5m?、根元は生き、初代は朽ち果て、2代、3代、幹は甕のように空洞、コケが表皮を保護している。さまざまな木が寄生しているようだ。
 新しい枝がいくつも伸びている。
DSC07242.jpg

DSC07247.jpg
 奥深い森にもマングスーの捕獲器が
DSC07259.jpg
 沖縄タイムス「亜熱帯の森」
 森の生き物たちについて、沖縄タイムスが「国際森林年企画」で連載始めました。私の少年期は、これらの動物は、当たり前の世界でした。
 フクロウなど里の祭温松の空洞に巣を作っていました。枝から枝に稲縄かけてターザンのように昇って、よく、捕獲して遊んだ。地球病んでいること実感する。

 明日は北部訓練所と高江の森の特性について。
あ無題

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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