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全国民医連23次辺野古行動事前学習


 全国民医連23次辺野古行動
 事前学習
タイトル「青年の勇気が歴史を変える」
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QABニュース
米政府 沖縄に正式謝罪 メア部長を更迭


コメント
 国務省次官補が日本の外務大臣に謝罪、おかしくありませんか。私がおかしいのでしょうか。次官補と大臣が対等平等?次はゲーツが首相に謝罪?このおかしいレベル、日米だが、日本の外務大臣アメリカの部長クラス?
「赤旗」(10日)、志位和夫共産党委員長の申し入れも読んだが、やはり、「沖縄問題」になっている。「日本問題」にならないこと、戦後日本史だ。そこに、日本の不幸がある。
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号外

沖縄情報
 沖縄2紙号外出す

日米政府、自らコケル前に

差別発言 メア氏更迭 米、反発沈静化図る

【速報】メア氏更迭、沖縄差別発言で処分 米政府、事態収拾図る


更迭ですむ問題ではありません。ゆすりのクリントン長官、ゲーツ長官は辺野古撤回、高江撤回すべきです。最低、クリントンの謝罪が求められます。

1995年少女と母親の勇気が歴史動かしました。
 2010年名護市民の勇気が歴史を動かしました。
 アメリカの青年の勇気が歴史を動かしています。

エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー
自由民主主義体制において必要な時期に立ち上がるなら、後で独裁者に脅える必要はない、つまり自由民主主義擁護には法と裁判所だけでは不足で市民的勇気も必要”など名言は多い。

メア更迭ー侮辱されても怒らない日本


メア更迭ですむ問題?
 外交官の国家侮辱に鈍感な日本

へり基地反対協記者会見
 クリントに謝罪と抗議文送付
 テント村で記者会見と抗議文送付。カミさんから「メア更迭」の電話。
 メアは那覇総領事時代から「侮辱」発言、行動しているから、またか?、いくつかの新聞から取材受ける。私は「メア発言をオバマにそっくり返す」で、日本担当の責任者の発言は、国家侮辱に相当する。
 もし、中国、北朝鮮なら政府、全国紙、評論家は動であったか。
メアの過去の県民愚弄発言は新聞紙上に登場する。今回の特徴は日本人論、日本文化論を「ゆすり」とする偏狭と侮辱が特徴。政府、ネット、新聞紙上などでは「沖縄論」になっている。
 更迭には、アメリカ政府中枢の日本・日本人観まで及ぶこと恐れたのかもしれない。知識人はアメリカの日本観まで言及する必要あろうと思う。
 日米関係の歪な、そして、誇りと勇気のない日本が見える。
琉球新報特集「メア氏差別発言ー本土メデイアが矮小化」に登場する外国人は『文化をも含めて日本人を侮辱したのに沖縄問題に矮小化」「なぜ日本人は怒らないのか」と私の意見と同じである。

キャンベル「ことのついでに」謝罪
  クリントン国務長官の仕事であろう。(国家侮辱罪は?)
 キャンベルの謝罪が新聞のトップだ。グレグソンも来日、2プラス2の準備だ。「ことのついで」にしか過ぎない。
 16年、キャンベルしかアメリカにはいないのか。すべて、日米関係おかしくしているのはキャンベルなど、いわゆる「知日派」ではないか。キャンベルで幕引きが、おかしいのだ。
 
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 テント村の上空
 日米に何かあるとき、基地が動く、テントの上空飛ぶことあまりない。
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 ヘリ3機高江に向う。
 一月間なかった。高江に5分後到着のようだ。特殊訓練あるかも知れないと電話で指示する。
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高江の不思議な世界(1)なんで森にレストランが?



 「お願い」に応えられず
   スラップ訴訟の厳しい世界
 「宝の海」の読者から、「沖縄の風景もいいのですが、高江の住民、生活風景をインタビューで特集」してほしいが、寄せられています。
 私は、ルポライター、評論家、報道カメラマンではない。闘いの責任者、あるいはサポウーターである。闘いの中で、レンズ覗かず、シャッターを押しつ続けれる。「宝の海」にアップするとき、使う写真は100分の1である。アップしていい人、してはいけない人、してはいけない写真吟味する。
 辺野古以来の姿勢である。ですから、読者の願いに応えることはしない。辺野古・高江は「闘いの現場である」、[スラップ訴訟]の現場である。
住民を書くルポ、報道写真は「罪」を背負う。
 幼い子どもまで裁判に出す沖縄防衛局である。
 闘いの責任者が、闘いの中にいる住民を公開することできません。

 高江の村は面白い
  何でレストラン、喫茶、食堂が
 これらの写真、幾度か公開、160人の村にだ。しかも、森の中の過疎に。これらの写真見て、想像する世界が楽しいのではないか。この村の闘いの中で、前原外務が辞任し、この村訪問したアメリカの学生たちが、メア国務省日本部長暴き、クリントン長官、日本政府揺るがし、日本のメデイアがうろたえている。

何十台のオートバイ、十数台の車駐車
 高江共同店
 1962年、わたしらの新聞投書で電話入る。同年自動車が開通
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 喫茶店が
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 沖縄一の仏壇作成者の工房
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 いやしの宿
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 キジムナー(森の精)のソバ屋さん
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 新川ダム下流の渓谷に
  都会的レストランが
 カフェー山甕
野菜カレー、特性のパンは格別においしい。谷底に漂う香り、
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 不思議な高江ー次回村の変遷史-50年前の旅の写真

プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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