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核の恐怖は逃げられないならばー現職時代の授業は間違っていなかった。


サングワチサンニチー
 今日は旧暦の3月3日
 沖縄の各地で浜下り、天気が良ければ体と心の清めに行くのだが天気・・・・
放射能汚染水(放射性物質)も流された日本の海は・・・・?

 ハブと放射能
逃げることもできない原発放射能
 作らないことだ
ハブは猛毒で怖い。猛毒のハブが最も怖いのは人間である。ハブを蒲焼やスープにして幾度も食った。放射能も簡単に言えば猛毒で、死に至らしめるが食えない。どれだけのハブとあったが咬まれたことがない。ハブのエリアーに土足で踏み込まなければいい。逃げるが勝である。少年のころ、山の墨小屋に住んだ。山小屋食糧豊富だから、ネズミが来て食物連鎖でハブが追ってくる。寝るときは蚊帳を吊るし、米軍の払い下げ寝袋に寝た。ハブは動く熱に反応する。猛毒ハブが動くと自然は恐ろしいほどの沈黙か、狂騒曲を醸し出すから前兆がある。
 放射能という猛毒は予防が皆無に等しく、臭いもなく見えない。放射性物質も見えないから防ぎようがない。自然界の食物連鎖は、よりうまいものを生み出し生命を豊かにするが、放射性物質の食物連鎖は生命体の破壊連鎖で命を奪い取る。核物質は連鎖し増幅すると思うのだが?アメリカで塩素も問題になっている。日本では問題になってない?
ついに、東電は放射能汚染水を海に流し始めた。
DSC08147.jpg

「猛毒への対処は、近寄らない、逃げるが勝ち」が鉄則であろう。放射性物質と放射能は風や潮流に乗って流れるであろうが、ニュースによれば気象庁まで「戒厳令」で情報統制のようで、逃げるところがない。

夏に向かうと南の風と黒潮の北上、沖縄安心?と思うのだが、セシウムとかヨウ素とかの放射性物質、化け学用語や数字音痴に加え、老人性健忘症入門者には、何の役にも立たない。なんせ、テレビに出てくる学者が、信用が置けない。
 核の恐怖から逃げることできない。
原発など高校で少しは知ったかぶりで「しゃべった」ものだが、いま、沖縄の先人たちの「核を持つ国は核で滅ぶ」の戒め実感する。

 最もわかりきっているのは、人間がつくるものに「想定外」はあり得ない。猛毒は作らないことだ。ベーコンの「人間の王国」は地球をメチャメチャしてしまった。「自然の王国」作ることだ。

風評被害も核では「想定内」のことだ、今年は、好きなサンマの刺身、格別に美味しい仙台のカキなどありつけないか。国難にこんなコメント不謹慎であろうか?
 「森は海の恋人」の言葉を得たのは、東野の旅館の本で、仙台湾でカキ養殖している方の文章でした。
 東北の魚市場はとても好きで、東北に呼ばれると市場を歩いていました人間味が漂っていました。

沖縄タイムス新しい連載「基地の街の子」期待したい。ネットアップされていません。
無題h

 沖縄は自然エネルギーの宝庫
 風力発電、潮流発電など
 海兵隊基地群を撤去しなければできない
ドイツでは、「どこもがフフシマ」で緑の党などが躍進しているようだ。日本も統一地方選挙だが、あまり変わる兆しは見えず「大連立」が取りざたされているようだ。

「宝の海」は、3月4日から11日(地震津波の日)までヤンバルの森の特性を報告しました。沖縄東海岸地帯は広大な台地、特に東村、国頭村は台地にダム群(沖縄の水ガメ)で、持続的開発能力を秘め、海兵隊基地となっている。海岸線は50mから100mの断崖から広大な台地形成。

持続的開発能力のその一つが風力発電の立地条件を備えている。東海岸域は北東の風が年間60%である。
 太陽もいっぱいの沖縄、潮流も激しく流れるから、新しい自然エネルギーの開発能力を持つといえる。
 私の釣り場、辺戸岬の沖、大潮になると150号の重りが浮くほど流れる。こういう場所は小潮に行く場所、このエネルギーをといつも思った。
 海兵隊基地群撤去して、風力発電などと自然と調和した開発を!

現職時代、渡嘉敷の太陽発電、宮古の狩俣風力、美作(高江)の海水揚力発電など写真い納め、授業プリント構成「沖縄は電力供給地になれる」の授業、原発事故で現実的問題になるのは不幸である。

DSC08575.jpg
com/ (国頭村楚洲)

 追加更新
友人から送られた放射能資料
http://takedanet.com/
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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