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災害・連休利用し動くかカン対米追従


 辺野古環境アセスメント評価書
  広告縦覧から目を離すなー民衆の闘いと学際的総合的闘いの結合へ

琉球新報二つの社説から
 4・25県民大会から1年、チエリノブイリー事故25年
4・25から1年 日米は揺るがぬ民意直視を

チェルノブイリ25年 脱原発は自明の教訓だ

 辺野古の動きに注目を
  未曽有の「国難」を利用し
 アメリカの代官北沢防衛大臣が動く

 北沢防衛大臣が来沖します。さまざまな情報が入ります。読売が今回はプライスリーダーのようです。
再編成は日経、09年12月オバマ賛美と日米同盟深化毎日、日米合意と教科書産経であったように思います。
 
北沢は環境アセスメント評価書広告縦覧を仲井真知事に通告、仲井真は「法手続きは国の専権事項」と暗黙の了解、評価書に不満述べ、埋め立て申請も「法手続き上拒否できない」とシナリオ描き、仲井真に「苦渋の手続き」(埋め立て特措法暗示)と辞任を求めるか?
 評価書出して、在京全国5紙が「大本営」的、国民誘導の可能性否定できません。

 評価書は国民意見出せません。さまざまな体験交流、知恵の共有求められると思います。
 こんな時期に評価書、アキカン首相エゲツないですねー、

 1997年の市民投票の比嘉鉄也(当時名護市長)の現代版になるか?(予測)
 北沢は2プラス2までに広告縦覧して、アメリカに忠誠を誓う。
 アメリカへのお土産は訓練移転費約230億円もクリントンおばさんに持ってゆく。

 地震・津波・トウキョウデンリョク災害はモタモタ
  アメリカ奉仕は迅速に動くカン内閣から目を離すな!
 アメリカへの軍事予算削って復興支援に!

 今年の夏、原発・復興支援の中
  辺野古・高江と動き出す。民衆の連帯と力の結合、日本の知性の「学際的」総合的闘いになるか

 11日を国民行動日に!
   文科省は福島の子どもたちを放射能から守れ!

 沖縄タイムス歌壇(25日)より
   「沖縄は強請の名人」さもあらば大和を強請れ米国ゆすれ
      當間 實光(豊見城)
    ゴーヤーもパインも芋も作れます命大事に平和願い
      東恩納きょし


 閉塞を打破する力
  日本共産党沖縄県委員会辺野古・高江ツアー(29日)に思う
 1995年少女暴行事件から高揚する沖縄、96年12月SACO合意の閉塞、SACO合意批判して連続の教育庁呼び出しを受け、教師として苦しい時代、県高教組も支援しなかった。とても、強くなった。
 名護に戻って、名護市内で勤務終わるとマイク握った。名護市で私以上にマイク握った人、いないでしょう。でも、私の履歴汚れていません。当時、事務ミスなのか、意図的なのか、3月昇給措置されず、教育庁と交渉(組合に頼らず)訂正もさせた。この訂正書、ペンを折らず、口を閉ざさなかった勲章として、日記メモに添付してある。こんな状況であった。
日教組は1995年辞め、沖高教租は定年まで、組合運動から市民運動に、地域の戦争体験とハンセン病学習をスタンスにして、辺野古問題に。
 よく、言うのだが「わたしが処分受け内のだから、公務員は市民とともに歩め」である。

97年1月、共産党は辺野古で懇談会開いて闘いの先陣開いた。
 辺野古・高江行動は閉塞と言われる状況を拓くであろう。国会の議論でもカン内閣はアメリカへの忠誠深めている。


(忙しくなりそうですが、高江・辺野古の現場に行けません)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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