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梅雨のGW

大型GW
 沖縄梅雨の中、朝から、シトシト雨に打たれています。厚い雲の向こうからジエット機の音、雷なら・・・

 雨にぬれる庭の百合の花
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 ガクアジサイはたっぷり水を飲んでいます。
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 幸福の樹は雨の涙
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 うっとうしいけど、また、雨も風情があります。
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ビンラディン殺害と報復的日米合意の推移


沖縄・被災地から憲法記念日を見る
 沖縄タイムス社説
[憲法記念日に]終わらない戦後を思う


赤旗
憲法記念日

復讐・暗殺国家
メデイアは、電子マン版でビンラディン氏殺害を伝える。次の評価が一般的である。
 『米政権が進めてきた「テロとの戦い」は大きく前進した。(共同通信)』
 しかし、アメリカは姿なきビンラディンに怯え続けるであろう。近代国家は法の支配と法の裁きである。
 アメリカはこの模範と教科書は書きますが、やはり、ピストルの国でしかない。

私が、アメリカ民主主義と決別したのは1955年(由美子ちゃん事件)、1959年(宮森ジェット機墜落)である。小学校5年で、民主主義の国、三権分立の国に対する幻想と決別している。ビンラディンを、リビアに続き暗殺する。
(プロフィールに刻まれています)

池田香代子女史のブログ、時折、開く、憲法記念日にあたって、日本の民主主義について憂いている。そもそも、この国、民主主義を「斟酌しない」国、幕藩民主主義の域を出てない。沖縄の民主主義は、この国の司法を裁かざるを得ないと、嘉手納爆音訴訟の主課題である。
 ジュゴンなどの保護、アメリカで裁判しなければならない国である。殺されても殺人者を裁けない国である。まさに、沖縄の闘いは日本の民主主義を問うている。
アセス裁判も日本の民主主義。司法を裁く、続く、普天間爆音訴訟も同様であろう。トウデン原発の恐怖の中で、偏狭ナショナリズムに巻き込まれず、沖縄は憲法原則(沖縄戦後史がはぐくんできた歴史遺産)に立って、メデイアにも挑戦するであろう。

 日本4島、戦後民主主義は「与えられた」民主主義?
 沖縄は、獲得してきた人権と民主主義、ブアイツゼッカー(元ドイツ大統領)「市民的勇気」の共有で培ってきた歴史であろう。米軍再編成以来「市民的勇気」をよく使っている。

 1955年、由美子ちゃん事件、一人の少年の勇気ある証言、押し潰された。だが、今日の沖縄、少女暴行事件、教科書問題証言に見られるように「個」の勇気を「市民的勇気」で、権力に立ち向かう。米軍の「公務」事故でも、堂々と当事者が前面に出てきた。「信頼」で結ばれる。

 権力は、辺野古でも高江でもビデオカメラ回し続ける。70年代安保闘争のマスクは無縁、「きれいに撮ってよ!」、ビデオカメラと喧嘩する闘いではないのだ。と、私は言い続けている。
 肖像権は尊厳すべき人権である。辺野古「あの頃、あの時、われらの戦略<実践>」で、権力の陰謀に乗るな、逮捕されるときは、私がまず、やると述べ書いている。
 自分の顔で、自分の顔に誇りを持って、闘う。正々堂々と闘うものの顔は「誇り」だ。スラップ訴訟に勝つには誇りが大切だ。

 辺野古の闘いでもアメリカは「やられたら、数倍の報復」をする。市民投票で敗れ、軍民共用空港で破れて、巨大基地要求、破れると「悪魔の要塞基地」を押しつけ、ズタズタになり、今度は日本の国家財政までささげろと求めてくるであろう。アフガン・イラクに見られるように「血」を吸い尽くす。
 
 テレビの刑事もの復讐を題材にしたもの少なくないが「法の裁き」で終わる。沖縄に生きてアメリカの「法の裁き」に接したことがない。ブッシュのようにキリスト教原理主義の異端者報復、1960年代コザの街、エリアーにまぎれ込んだ「白・黒」の血を流す人種差別、いまだ、アメリカの姿?
 
 辺野古の闘い、アメリカの報復性を据えてみて、対策をしてきたつもりである。合理主義のマメリカは非合理の国家である。先人たちの戒めでもある。


 新しい闘いは過去の闘いの遺産を土台に

 
 (続きー「あの頃、あの時ーわれらの戦略(1)」

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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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