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移設論・見直し論小史-勇気は希望への道



琉球新報電子版ー二つの記事
  軽く流すわけにはいかぬ<
 日本国民はいかなる勇気を示す時か/span>
新たな「見直し」論(枝野官房)
 「アメリカの柔軟性」(知事)
 官房 
普天間飛行場移設問題
 知事
普天間飛行場移設問題

 また、また、移設先探し論
  海兵隊不要・撤退論と「移設」

 90年代中期の「移設」論
 90年代に入ると海兵隊不要論・撤退論が浮上する。『世界』96年7月号であったかと記憶は定かでないが特集があった。当時、沖縄では「3事案」「10事案」とか基地の統廃合が浮上していて、その矛盾の中で出てきたのが普天間返還の「嘘」と「移設」である。
 沖縄タイムス95年5月12日社説「3事案」は「がん細胞の転移」「がん細胞の増殖」と痛烈な批判をしている。
 5月30日同紙「論壇」、私は「3事案・・-基地の全面返還は県民の願い」の中で「太田知事の3事案への誠意をもった対応」は「政治家用語の常識的解釈からは、具体的に移設を認める動向である」と、諌めている。
いくども、教育庁に呼び出し受けたのも、この時期である。ペンおらず。口はマイクとともに街に繰り出す。
 8月20日、タイムス社説は「代理署名拒否」を太田知事に求めている。
 9月4日、少女暴行事件が起こる。

太田知事は「少女と母親の勇気」「反戦地主のバラ」で救われた。歴史の事実として冷厳に見ることは大切である。

 名護市民投票へ
 太田知事は揺れ動いた。私の新聞記録見ると、太田知事への諌め、太田知事への激励、移転論批判と動いている。移転論で海兵隊不要論・撤退論がかき消され、「思いやり予算」「基地関連予算」(島田化懇などなど)が増えてくる。

 米軍再編成
  軍民共用空港頓挫の中で
 軍民共用空港の闘いは「あの頃、あの時、我らの戦略」(5回)で書いたので省略する。
  (5月4日から5回ー続きで)
 移転論がまた、繰り返され、メデイアは日本政府がアメリカと対等に「喧嘩」を描く。今日の日米対等交渉、対等平等論である。

 昨日も書きましたが、国会(10月19日)で外務省北米局長、防衛庁(当時)防衛局長に、飛行場と軍港などのセットを日米で暗躍していると国防省、海兵隊資料で追及していた。
 すでに、アメリカジュゴン訴訟で、われわれも資料を得ていた。

 この時期の移設論の特徴は、小泉首相の「辺野古見直し」(05年1月)論が浮上してきたことである。
 小泉に期待した人少なくないが、わたしは「小泉の政策は、弱いものにがん細胞移植して痛みを押し付ける」、「小泉首相の<辺野古見直し>は予想したように<辺野古内見直し>として、陸上案、浅瀬縮小案」である。(『愚直』あとがき)

 出てきたのが10月下旬日米合意沿岸案(L字ともいう)、翌年5月1日の日米最終合意(ロード・マップ・V字計画)と推移してゆく。

 我々は、秘密・隠ぺいの日米合意を暴きだす闘いに入り、アセス方法書・準備書で日米合意の「縺れ縺れ」を作りあげてゆくのです。
 この中でも、アメリカジュゴン裁判の果たした役割は、多大であった。
 日米の民衆の闘いが、道を開くのである。

民主党政権の移設論
 また、また、亡霊の移設論
 野党としての民主党は「縺れ」をうまく利用して政権にありついた。「国外・県外移設」論の虚構はウイキリークス公電が示すことである。

 この移設案の特徴は「日米合意見直し」の虚構で、沖縄の政治戦では「辺野古合意見直し」として現れ、民主党と民主党政権に県民も国民も走った。

 小泉の「見直し」への批判に比べ、民主党の翼賛的空気との対決は、容易でなかった。
さらなる特徴は、全国5紙はじめとする在京メデイアの「海兵隊抑止力」「日米同盟深化」論の大合唱、大連立であった。

名護市民の市民的勇気で「辺野古合意見直し」を克服し、2010年1月の名護市長選挙で移設論を克服する。

 普天間移設論が、いかに、非現実であるかは、少女暴行事件前から、批判をしているところである。

 現在の日米の動き
  移設論と向き合って16年
 いろいろ、両政府、官僚ももめているようで、まだ、実態は見えない。被災・原発の状況で安保・憲法の翼賛的状況を醸成し、知事を土俵に引き込み、乗り切る意図が見える。
 県民・国民は「日米合意見直し」に走った過去の教訓を忘れてはいけない。また、「安保平等負担」論などに乗ってはいけない。同じ過ちを犯してはならない。

 移設論と付き合って16年、何が見えてくるのであろうか
  勇気と希望
 少女と母親の勇気が沖縄の「チムグクル」を動かし、同時に起きた教科書問題、沖縄戦体験者の滓を啜る勇気の共有証言が平和を生み出す原点を呼び覚まし、風に流されず「辺野古ノー」を明確にした名護市民の市民的勇気が沖縄の進むべき道を示した。
 論理は理性的優位でも勇気が無かれば、論理的正当性は、優位に立てない。政治力学は常に多数派に左右されるが、名護の勇気は、多数派でありながら風で押しつぶされたものを、舞台の主人公に仕立てた。
あの頃、メデイアは反対派の分裂と書いた。私は、「辺野古合意の見直しに吸い込まれ」と余地を残している。

 マメリカ側からの「見直し」は、歴史の教訓から日本国民に何を示しているのであろう。それは、日米安保による「嘘」「密約」政治からの転換であろう。その時、日本の民主主義も「深化」の道に入る。
 ウイキリークス「公電」など「密約」が暴かれる中、在京メデイアの論理も注目しなければならない。

 日本国民が安保と決別する勇気、今、求められる。
「安保の平等負担」論との真の決別、日本が憲法原則で生きるとき、われわれは東アジアの民衆と平和的に共存し、「この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」。
 アメリカを含む民衆との友好を築く道でもあろう。

9時更新
 関連記事午後添付
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この記事から関連記事へ
普天間飛行場移設問題


(続きー沖縄2紙社説)

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「美味しんぼ」との出会いー日米の動き


文化が食べられなくなるか
今日も2回の更新になりそうだ


 卵もヒージャーも
 テレビも冷蔵庫、ガスもないころ、学校から帰ると釜戸でご飯を炊き、庭で遊んでいるナゴヤコーチン、ブルモースの卵2個失敬、お椀に熱いご飯、その上に生卵、ご飯かけ、また、卵かけ蒸らす。卵に塩をふる。最高のオヤツで、野良仕事へ。 

[大弦小弦]ほかほかご飯に、ぷるぷるの卵をのっけて…

 沖縄国体と漫画『美味しんぼ』
 1986年、沖縄国体、沖縄には漕艇競技なるスポーツはなかった。沖縄では新しいスポーツ、船の免許持っている理由でかかわる。指導者講習免許は、宮島入口から宮島往復、シングルスカルで転覆せずに漕ぎ切ること、雪降る日、フエリーの波に見舞われながら無事に「監督」になれた。
 国体は「何点」取れるか課される。エリート競技に、1夜漬けみたいに「点を取れ!」と至上命令。 国体本番までに痔をやられ、出血、終わると入院して、痔の摘出手術、第1回目ウンコの痛さ・・面目ないのは入院の理由の言えない「痛み」、どこでも、酒の肴になる。
 痛さに我慢しいるころ、友人が持ってきたのが、漫画「美味しんぼ」、「釣りバカ日誌』同様、私の愛読書である。
か無題
 食文化、環境、薬物汚染・放射能汚染、異文化への尊厳などなど、教材としても、いくども使用した。
 ユッケ中毒で沖縄のヒージャー刺身などに影響気になる。
 沖縄の肉料理は内臓と血である。チーイリチャーは究極の肉料理であると思う。すでに、血の使用禁止されている。沖縄肉文化、肉文化史浅い東京の査定で内臓は捨てろとされたら、沖縄文化、東京に食われてしまう。

 日本食文化、沖縄・韓国との交流で豊かになったと思う。
  1990年代まで、アシティビチ、ヒージャーなど食べさせるのに苦労した。

 辺野古・高江のクンチ(栄養会)でも、ヒージャー料理普通になったが「究極のヒージャー」食べさせたいものだ。

 カキミングァサリーミ!
 (かき乱されては、なりません)
   普天間は全面返還、辺野古・県内移設ノーが基本です。
  移設探し論ではありません。国民新党幹事長は、また、移設論ではしゃいでいます。
  また、移設論、花盛りになります。15年繰り返しています。

  日米でもいろいろ動きますが、かみ合わないようだ
 日米政府、動いているようです。2プラス2、ずれ込むようだ。
あす外務・防衛審議官級協議
 (回想ー05年10月19日、国会外務委員会控え室、河相(当時北米局長)氏と会って議論しています。メデイアは「日米喧嘩」論、教師の習性で、氏らの目、指、足、汗を見ていました。結論「日本政府にアメリカ政府と喧嘩できるほどの成熟した外交政策あると思っている人は誰もいない」≪『愚直』あとがき10月≫
 

 アメリカで、また、移設論、
  移設論は「非現実的」、わかりきったことです。「現実的対応」は1999年に、元知事稲嶺、元名護市長らの専売用語でした。
 名護市民投票の民意、民主主義に反する施策は「非現実的」なのです。ましてや、オオール沖縄に反すること、民主主義を標榜するアメリカが一番知っていませんか。
 アメリカもガタガタ、始まったと見るべきか、報復国家の新しい報復の準備か。
 外電が、次々に入ると思いますが、普天間・辺野古の原点、沖縄の原点で見ることが大事です。

 下記の情報(アメリカの動き)、高く期待・評価しないことだ。沖縄の力を大きくすることだと、
 沖縄の新聞、国際的に紹介する意義、大なり。琉球新報英語サイトは時期的に大事ではないか。
 http://english.ryukyushimpo.jp/
http://english.ryukyushimpo.jp/

普天間移設は「非現実的」 米上院軍事委

 シャーシャーとメア君
 ゴヤー売り来たのでは、無いようです。原子力関係の民間会社に天下りしたようですから、原発売りに来たのでしょう。
首相官邸にメア氏現る

プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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