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非日常の中で

北緯13度付近に大きな雲の塊、熱帯低気圧に変わりそうだ。この位置で台風になると、北への進路、ネット上は台風になってない。

脱原発・脱安保の国民的「統一戦線」を説いている。民主、自公の政策的連立、野合的連立の中、石原都知事が軍事強化で日本をと言い出したようだ。
 つまり、この国の形は極めて大事になってきた。

案内

緊急学習会「米軍再編と辺野古移設問題」

講演:「米軍再編」アメリカでいま何が起こっているか
       佐藤学(沖縄国際大学教授)
報告:アセス評価書をめぐる状況
       真喜志好一(建築家)

日時:6月21日(火)午後6時半~
場所:名護市労働福祉センターホール

非日常の中で

 定年退職以後(04年4月)、私の日常は辺野古・高江であった。日記の中で「家」を書くことはなかった。
 その数年前から、母の老いと辺野古の問題は進んでいた。
「宝の海」開設の頃、読者は数人、でも、毎日書きつづけた。一人でも読んでくれたらいい。日記は自分一人だが、ネットの日記は一人ではない。

 母が命のともしびと闘っているとき、私は高江の日常にいた。母の逝く前から、母の歴史を書く、母との生活は高校まで、母の人生は普通の女の歴史ではない。一生を琉球信仰の祈りにささげた。琉球王国城群は世界歴史遺産、セイフアー御嶽も世界遺産群を構成する。琉球信仰、心の世界も歴史的文化遺産である。

 琉球歴史遺跡は沖縄のチムグクル(肝心)も対象としている。沖縄の歴史をチムグクルの歴史と規定したのは新屋敷幸繁『沖縄1千年史』(上・下巻昭和42(1967)年刊)である。

 「日本がその独立を完成するとき、沖縄は、軍事基地から、文化経済の世界基地となり、立派な国際都市を建設してゆくことができるであろう」

 「精神史的気運の作興ができなければ・・・別の力による革命を余儀なくされるかも知れない」
  (下巻序文から)
 今、沖縄は「万国津梁」時代から琉球・沖縄が継承してきた「武器なき闘い」、非暴力を貫いている。まさにチムグクルの琉球・沖縄史である。

「この100年の沖縄の近代化を遅らせたのは、沖縄研究の足りない学問界や日本の官僚政治の「沖縄僻地観」によるもので、この不名誉は改められなけれならない時点に消え入る」
 (序文による)
 (100年を=現代、学問界=メディア含めて、沖縄僻地論=沖縄地政学的優位論の置き換えて観る)
 これらの先人たちの戒め刻む。
 

 母の歴史を書くことは、地方の村から古琉球を書くことであろうとも思う。柳田國男が大正15年に奥間ノロ殿内を訪問、折口信夫が続いて訪問する。
歴史に糞ろうされた一人の女性史もまた歴史であろう。完成のないメモになろう。

 さらに、「かぎやで風」由来記にの伝承など、今、挑んでいる。日曜日は母の法事、母の祈りの場所に足を運び、伝承と歴史文献、ウシデーク(古謡)、シヌグ、伝説などなどメモしている。少なくない民族学者が書いているであろうが、少年の日々遊び、仕事からの母の祈りの想い出から書いている。
 沖縄の信仰は石であれ、岩であれ、河も木もあるときは神が宿るのである。それらは、祖母や母と祈りを共にした幼き頃、回想を今の、私の目で綴ることになる。
 民俗学など無縁なものが書くのだからまず、発表はない。


ありし日の母の舞
 ウンジャミ、山の神、ニライカナイの神々に祈りをささげ、航海の安全、ニライカナイに豊穣を祈り、神々への感謝の舞。母の至福の舞だ。

20.jpg
 (ネットより、慶応大学の研究書から、踊り、母)

 母の実家
 舞踊研究所の歌碑めぐり
 「かぎやで風」の奉納踊り(19日)
 歌碑建立をみんなで模索している。
DSC09388.jpg
 (サンシンは安冨祖琉師範、宮城欣也氏)

安波案
 下地議員の言い訳
  安波区民に責任転嫁ー県民から恨まれるか安波区民
 大城毅議長(中学の同級生)頑張れ
QAB動画
http://www.qab.co.jp/


21日は2プラス2、日米の戦略が見えてくる。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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