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ゲーツへの御祝儀ー来年の具体的進展約束ー告白



台風号発生 北緯10度付近の雲の塊は、北緯15度付近で熱帯低気圧から台風5号になりました。雲の塊は二つ。二つの塊で一つの台風か?4号と太平洋高気圧で進路不安定。この付近での発生は沖縄寄りに進むのが一般的だが。台風については24日日記へ。

日米共同記者会見
 昨日は、日米共同合意、新聞、共同記者会見を添付しました。共同記者会見はゲーツの功績を北沢・松本とも多く割いている。
添付した合意文書、HP検索して開かないようです。外務省の意図的削除か。全国のメール仲間も困っているようだ。外務省「シラミの心臓だ」。
合同記者会見は、第3回更新で文章コピーしてあります。
外務省アドレス変わったようです(22:40)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/2plus2.html

  よく言うよ
   北沢君
 北沢とゲーツは自公政権のV字に回帰したことについて、記者の質問に次のように述べている。

「これがもし時間のロスであったという論評があるとすれば、それは政権交代に基づく民主主義のコストだと理解している。」(北沢)

 名護市長選挙の民意「斟酌しない」など、沖縄の民意に逆らう事、海兵隊抑止力「方便」など、嘘の連鎖を民主主義というのか、騙し、方便を使うこと「コスト」というのか。
 民主党政権の地政学および民主主義を、私は、ナチス政治学と言い続けている。

  よき同僚たちの
   ゲーツへの祝儀
(ゲーツ国防長官)
「クリントン長官と私は、今朝、我々の同僚に対して、再編に関するウェブ・レビン両議員の書簡は、進展の欠如に対する、大きくなりつつある議会の不満が表面化したものであると説明した。我々は、2006年の再編計画に対する米国政府のコミットメントを再確認した。しかし、同時に、来年の間に具体的進展が得られることの重要性も強調した。」

 「我々の同僚」とは、日本の閣僚を指す。
  同僚たちはゲーツに「来年の具体的進展」を約束している。具体的進展とはなんであろう。(普天間辺野古に限定して)
1、 普天間基地のMV22格納庫などの具体的施設、米軍駐留費で着工?
2、 既成事実として、高江のヘリパットを進展?
3、 辺野古アセス評価書広告縦覧(90日)と埋め立て申請を強行、あるいは、知事権限を奪う特措法などの「秘密」文書で、官僚間の作業を約束か?

(アセスについては、琉球新報3面、識者談話、桜井国俊「埋め立て許可は自殺行為」を参考)

 辺野古現場の闘いに入るか。私の現場での役割終わったと思ったが、やっぱり、歴史はジグザグに進むのだ。初心に戻ってみよう。

お無題
 (琉球新報3面より)

 「宝の海」=毎日日記開設7年
  回顧録
 私が毎日日記「宝の海」開設したのは04年9月21日、もうすぐ、7周年を迎えます。
 辺野古座り込み、大学ノートに毎日日記メモしていました。海の闘いに入り、日記の公開で、辺野古の闘の記録の公開で展望をと思いました。
 ジュゴン1号でカヌー10艇曳航し西へ東へと昼の闘い、夜の発信、開設のころ、読者は圧倒的に防衛省関係、様々なメッセージ送った。
 戦術であったり、だましであったり、仕掛けもやっている・

 とても、面白かった。この日記は『愚直―辺野古は問う、沖縄非暴力の闘い』と、05年10月、世に問うている。だが、『愚直』には原則的問題、課題を載せた。
 当時、シンクン日記、夏芽日記などが活動家の情報であったように思う。今、辺野古に両者はいない。

 「愚直」は
  沖縄の歴史を貫く
   それでも、天(民衆)は、チムグクルを共有
 「愚直」は阿波根昌鴻、「不屈」は瀬長亀次郎を象徴する言葉である。バカとか、揶揄されようが、無視されようが、馬耳東風で構わない。「昼も夜も寝ている人」「闘いの最中にも魚を釣る人」プロフーイルでも自認し紹介している。

 でも、どんなに国際的にも有名団体、政治家に対しても、妥協しない、権威に「屈服」しない精神構造を持っている。
 闘いを作るのは現場と思っている。グリンピース「虹の戦士号」が辺野古に来た時にも、05年3月4日、沖縄の完全非暴力を遵守しなければ、辺野古行動への参加拒否すると告げている。
 
今年(011年5月27日)の「宝の海」に、専修大学鐘ヶ江研究室にたしても学者の辺野古研究のあり方に批判をしている。

ネットの検索に寄れば、鐘ヶ江研究室は、辺野古テント村座り込み名簿、いかなる経路で手に入れたか定かではないが、学問分析としている。この数万、いや数十万かもしれない参加者名簿の分析研究は、どこに公表しているのであろうか。産学官研究所であるとネットで紹介されているから、とんでもないことだ。

 昨日「本土の学問界」の問題が、沖縄を不幸にしていると書く。専修大学鐘ヶ江研究所は、辺野古テント村参加者を権力にささげていると言える。沖縄的研究にはない世界であろう。
 わしは、辺野古であれ、なるべく写真は後ろ向き、ある程度の了解を得ている。

 専修大学は責任を取る必要あろう。どこに、分析的研究どこに行っているのか、どのような分析なのか、データーはどうなのか。今、日米の最重要な外交問題の、日米政府と対峙する民衆のデーターである。
 鐘ヶ江研究室は、専修大学の1研究室である。大学は責任を取る責務ががある。

 鐘ヶ江晴彦教授は、メールで、わたしとやり取りしたいと手紙を送ってきた。わたし、メールの流失も不安であるから。無視している。

 辺野古の新しい闘いに入る中、警鐘を鳴らす。大木晴子女史など、鐘ヶ江研究所の「紀要」を褒めている。私が揶揄される以前の問題として、無視できないのだ。

 ライフヒストリーは、自分史出版社でもでき、学者、大学の特権ではない。それに、目を奪われてはならない。

人権擁護を標榜する学者が、集会者名簿(テント村訪問名簿、数十万?)、パソコンに打ち込み分析、学者がやることか??????国防省のコンピューター流出する時代である。コンピューターの分析は恐ろしい能力を秘めている。

 高校教師から見ると「紀要」にかける予算、大学の教授は「贅沢」なお金持ちと思う。わたしは、ジュゴン1号、平和丸、『愚直』も含め年金、退職金の持ち出しである。これだけの予算あれば『愚直』は、3号までできている。
 私の辺野古分析は、人間が発する風、におい、音の波動、顔の動き、特に公安、防衛局の職員の、目、指、5体から分析している。
 中学の先生は「君たち風見えるか」と風を読むこと教えてくれた。辺野古であれ・高江であれ、「風」を読むことが、闘いの基礎である。

 大学は金が唸っているほどあるものだと思った。わたしは、辺野古テント村行くと訪問者名簿めくり、だだ、見て、現段階の民衆の到達水準を読み取る。

 辺野古はスラップ訴訟の横行する中、私たちは、それでも、顔を隠すことなく、堂々と闘う。それが天(民衆)が、生きる道である。辺野古は生身の天(民衆)が、日米政府と命掛けて、死ぬに死なれず、持続的闘いをして、それに、ひきつけられ、平和を願う人は、訪問する。毎日いる人も、顔出す人も同等の地位を認め合っている。


 怒りは、闘いの源泉である。
 
「愚直」「不屈」こそ、沖縄の歴史である。昨日は、沖縄史は「チムグクル」の歴史と書いている。辺野古に寄せるチムグクルは分析できるほど軽いものではない。

 私は、辺野古の闘いの責任者の一人として慚愧に堪えないが、「重たきもの背負って」、進む以外にないと思っている。

 岩ヒバののように、石にカジリついて。と。思うのである。

 告白するする辛さからスタートだ。
DSC09407.jpg
(木の化石とイワヒバの盆栽、イワヒバは水が絶えると枯れる状態になる。水を与えると濃い緑として生き返る。逆境の岩に生きる。この生命力が好きで繁殖させている)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/2plus2.html
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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