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沖縄「健忘症」-対米追従者の戦術

台風9号発生した近く、北緯17度線近くに、サカーボールのような雲の塊、動かず「停滞」、また、台風になるか?

  1970年代末、ベトナムで枯葉剤でむき出しの山、見た。
 「沖縄は悪魔の島」であった。
 枯葉剤は北部ジャングルセンターで実験された。
 琉球新報
枯れ葉剤使用 基地内の調査は当然だ

原点こそ大事(「政治家は健忘症」沖縄タイムス社説と関連して、社説下記)
 普天間は「世界1危険」とアメリカは言った。

 「健忘症」に勝つ。さまざまな地域で行動が続いている、また、ネットの交流が続いている。メデイア情報、政府情報が信頼できない。民衆の情報を互いにつなげることであろう。

 04年10月19日、沖縄タイムスが「海中で阻止、捨て身の抗議」と書いた。海の闘いの責任者として「捨て身」でないと「宝の海」で、このような表現は正しくない・

 「カヌーは捨て身の船ではない。私は非暴力の闘いで<自分が危められも眠れるが、人を危めては寝れない>と刻んだ。だが、しかし、特攻のような<捨て身>の指令ではなく、愚直な抵抗が、花火でない持続的抵抗が現在の沖縄に必要だ」(04年10月20日「宝の海」)、おそらく、「沖縄の抵抗運動において、海の非暴力による闘いは初めて」であろう。と、私は現場の「愚直」が展望開く、そして、世論形成の大事な世界を描いている。小さな喧嘩から見るのでなく「巨大像とアリ」の闘いの本質から見ることだ。
 それがメデイアの目と思う。

 ですから、単管櫓を「わが砦」、24時間体制を「海上ホテル」発信している。民衆の日々の小さな営みにこそ、今、日本の未来は見えてくるのであろう。私は農民で洪水で稲穂時期、田園が大きなダムになり米が全滅、また、焼いた炭俵、ミスで無にすることがあった。敗北の積み重ねである。それでも、稲を育て、炭を焼いた。

 NHKの間違った報道には受信料拒否(口座引き落とし)をし、それを「宝の海」で通告、つい最近解除。私は名古屋、京都などの「愚直」を見ている。たとえば、沖縄の不得意な署名活動(現場の問題の多さ)など、実に民衆と結んだ行動を見る。
 各地で沖縄文化共有の世界も日常的にメール含めた情報交換している。
 メデイアは原発でも上部構造視点から、下部構造(民衆)の視点を重視することだ、メデイアは「原発利益団体」の追従(原発初期の登場学者、評論家見よ)から転換し、民衆の力の讃歌を豊かに伝えることだ。

 政府は「健忘症」に陥ってない。外堀を埋め、攪乱を狙っている。
 「国民の健忘症汚染」は、原発関連し、政治家、メデイアの狙いなのだ。

沖縄・安保も「産学官政情」一体の協同利益団体、7月2日脱原発首都2万人、浜岡原発集会(7・23)を報道しなかったのは、安保と原発結ぶ可能性があった。だから、中央マスコミ報道しないと予測した。

 予測は外れなかった。カッカしたらダメ、対米追従政治家、米軍抑止力、「原発のより安全」を主張し、メデイアは「事実」垂れ流してくるであろう。情報操作、知る権利などについても「2プラス2」に沿って、自公でもできなかったさまざまな「国民の目を塞ぐ」施策、民主党政権は仕掛けてくるであろう。それは声明の実務化で。
 
 民衆のメデイアで頑張るとき、2プラス2は、実務的に進める。安保・原発一体であるから結合して進めることだ。
 昨日、ドル基軸よさようならと書いた。アメリカのは「良き隣人論」で「セビリ」「タカリ」「脅し」が頻繁になるであろう。
[財政危機と普天間]危険放置の固定化憂う


 沖縄統一連「高江」パンフ
http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/img-box/110613heripad-lief-p1-16.pdf


 カン首相の「究極的核廃絶」
 政治家の言葉は安易に見てはいけないようだ
 赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-08-08/2011080802_04_1.html

 東北の地方選挙
 脱原発を明確に掲げる候補の勝利が、一歩一歩、新しい時代を作る。

今日は長崎原水禁大会
 「平和宣言」に注目したい。


 糸満高校甲子園初陣
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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