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憂うー世界平和7人委員会アピール


  軽トラよ
   ありがとう
 高江から国頭へ回った。愛用の軽トラを週末には廃棄処分にする。辺野古の闘いジュゴン1号と平和丸の出し降ろしに奮闘してくれた。私の決意に、辺野古の闘い再び海上闘争に持ちこまない。体力的に軽トラの運転席では仮眠ができない。体を丸めて港での監視活動は苦痛であった。
 高江に回ったのは、辺野古の写真パネル(べニア版20枚)を高江で有効に使用していただきたい。輸送手段がなくなるため軽トラの最後の奉公とした。

あ無題

 賛同できません
  世界平和アピール七人委員会
 「辺野古への米軍基地移設に反対する」アピール


 池田香代子女史メール「読んでミー」メール読んだ。アピールが発信されている。
 私が特に問題にするのは次の文章だ。

「私たちは、日本国憲法も国連憲章も仮想敵国を作ることを想定していないと考えるが、もし仮想敵国に対する国の安全保障上、米軍基地は減らせないのであれば、沖縄県以外の、99.4%の面積を占める都道府県に移転先を求めるべきである。他都道府県に移転先が見つからなければ、日本国外に移転するほかない。沖縄県のみに負担を押し付けるのは、差別以外のなにものでもない。市民の意思を踏みにじる都道府県の政策決定、都道府県民の意思を踏みにじる国の政策決定は、憲法第95条に定められた民主主義的地域主義の精神に反する。」

  原点にたちかえる(2)
   普天間は「無条件全面返還・閉鎖撤去」で移設論ではない
 私の1年の始まりは25年以上、1月3日「普天間返還」自動デモで始まり、宜野湾高校での実践は「この基地を返還させて沖縄1の街を創ることが21世紀に生きる君たちの仕事である」であった。

 私の歴史は、基地は「米軍基地は減らせる」の視点であり、1995年動いた。1955年代は基地建設の時代、1960年代は基地を作らせない時代、1970年代以降は奪われた土地を返す時代、学校の周りは教えてくれた。
 なお、憲法95条以下、地方自治は団体自治だけではなく、住民自治、住民参加を含むものと教える。アピールの論理は前後明確ではないが、住民は反対する権利を有しないと唱えるのか。

 昨日、忙しくなると、自分の原点に還ることだと書き、21世紀の人類の歩む道書いた。普天間辺野古問題は移設論ではない。
 私は、宜野湾市民が「普天間にいらないものは辺野古にもどこにもいらない」の心を、「二見情話」にさかのぼって考えようと言う。

 日本の知性と言われる7人は「都道府県に移転先を求めるべきである」と言う。09年の民主党政権は国内移設で揺れた。政党も移設先探しをやった。実践的に国内移設は無理であること証明された。それは、当然である。

7人の皆さんはどこに住んでいるかわかりませんが、自分の住んでいない都道府県に「受け入れを求める」(?)、「道県」の住民が受け入れなければ「沖縄差別」と言うのであろうか」?

アメリカにきっぱり言えない点では歴代政権と同じだ。
 
 世界平和を求める日本の知性と言われる人々が「移設論」、憲法原則と論理的にも矛盾、この国は危うい。

 国外移転という時、それは米国の信託統治的グワムとなる。チャモロ族は少数ながら海兵隊基地を環境アセスで縺れさせ、ワシントンを悩ましている。辺野古アセスも日米政府を悩まし、パネット国防長官の来日である。アメリカでは海兵隊撤退論、削減論と矛盾が拡大、その中、自治体に普天間受け入れ提言はないだろう。


 日本の政治の根幹に迫り
  国民の進む道を提起すべきである
 09年8月以来、あるいは11月のオバマ・鳩山会談、メデイアは日米同盟深化論を唱え、アメリカの軍事プレゼンス(海兵隊)を抑止力、地政学的優位論を展開してきました。
 3・11以後は安保に言及する論が影を潜めた。
 移設論は沖縄差別論と不離一体となって展開され、日米政府は訓練移転の名で、全国米軍・自衛隊一体の訓練を生み出している。
 
 日本国憲法が安保に「食われた」中で、日本の人権・民主主義が危機的状況を迎えている。沖縄の基地問題は安保と憲法の闘いでもある。

 昨年4月末の毎日・琉球新報合同世論調査は普天間の無条件撤去38%、国外移設36.4%(計74・4%)であり、日米安保条約については平和友好条約へ55%、廃棄14%である。
 
 毎日は最近与論調査では全国は安保に反対するのは32%、安保容認27%を上回る。沖縄の世論は急激ではないが、国民意識に変化を与えている。
 日米政府の恐怖は、この流れである。パネット来日、新聞を読む限り、日米同盟深化が出てこない。

 私は、「全国は一つ」の連帯を求める。
沖縄の自治は「差別」によって侵害されているのではなく、占領の歴史と安保によって侵害されている。嘉手納・普天間爆音訴訟で基地の被害を認めながら道を示せない司法、地位協定と安保に司法も及ばない。
 この国の憲法侵害の根本を問うものでなければならない。基地の看板は「国内法」で裁かれると「安保隠し」である。

 私は、メデイアとジャーナリズムの安保回避指摘してきた。それは、また、移設論・差別論と同時に推移してきた。

 日本の知性のアピール読んで憂うるものである。

 日本国憲法前文
「この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」

パネル
 楽しく活用してください。
う無題
 軽トラのフック
  激戦の記念に保存
い無題

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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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