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トカゲのシッポと諸悪の根源



田中沖縄防衛局長「犯す」発言問題
  トカゲの尻尾にしてはならない政権およびメデイア

 29日、琉球新報、田中「犯す」記事を見た。つむじ風のように日本列島吹きさんで行くであろうと直感した。
 退院の日で、「宝の海」の再開は12月1日を予定していた。田中発言はつむじ風のごとく30日のメデイアを賑わし、消えた。
 私の体力(絶食2週間)で論評無理と思ったが書かざるを得ない。「犯す」だけの戦術ではないのだ。

 私は田中の沖縄防衛局長就任以来、その言動を注視し、17日の琉球新報に田中や民主党政権の沖縄認識を見た。
 1950年代の「銃剣とブルドーザー」、由美子ちゃん事件、島ぐるみの闘い、米軍と一体になって闘いを挫折させた旧久志村(現辺野古など)の過去の歴史を思い出していた。
 
 
 田中は、辺野古の裏切りを戦略としている。

「 戦後、基地建設のため米軍が土地の一括買い上げをしようとしたところ、辺野古区が補償などの条件付きで賃貸借契約に応じたと説明し「辺野古の方は自分たちの条件を満たせば平和裏に契約しようという態度を取ったという事実を、われわれは重く受け止めている」と述べた。(琉球新報17日)

 体力ないが田中発言の根にある論理、大切と思いメモした。

二つのことが浮かび上がってくる。

 その1は、田中は米軍占領期の手法を謳歌し今日的に目論んだ。
 その2は、メデイアを「地元の地元」論に引き込む、残念ながら紙面などに現れ始めていた。田中は米軍がマスコミを恐喝して分裂させたことを知っている。マスコミの過去・現代、明日を見つめなくてはならない。

 同時に、1950年代の沖縄の新聞の報道姿勢の問題である。阿波根昌鴻『米軍と農民』は、新聞の報道に苦しめられたことを痛烈に記述している。
 唯一の放送局琉球放送は米軍に屈した。
 2万5000人が立ち上がった高校生の島ぐるみも弾圧された。
 新聞は無力であった。

 田中は、過去の歴史を学び「居酒屋懇談会」を開き、これまで事は成功していて、墓穴を掘ったか。
 沖縄が浮沈空母と完成された1950年代中期について沖縄メデイアは総括の必要があろう。米軍と辺野古が執った恫喝、裏切りを現代に伝える必要があろう。田中が謳歌しているのは辺野古だけではなく、メデイアも統括できるとの意図が含まれている。

 防衛局名護事務所は「居酒屋懇談会」のために設置されたようなものだ。
 いつも書くのですが、在京新聞の沖縄報道、1954年14件、55年96件、56年500件、内灘闘争、立川闘争の記事に比べても100分1(56年)であった。
 (詳細については拙著『沖縄の太陽物語』参照)

 田中前防衛局長「犯す」発言問題は、つむじ風のごとく消えた。

無題A
(体力ないテルジーはベット、結ちゃんの遊び場に占領)

移設論、差別論、安保論
 諸悪の根源「安保」に国民の目が向かわないためだ。
 幸い沖縄で起こる問題は「差別」論にとどまり、移設論同様、国家の基本をなす憲法・安保につながらない防波堤が出来ている。
 特に、顕著になったのは、010年の鳩山・オバマ会談以後である。
田中発言も対米追従、米軍軍事プレゼンス絶対論(サンフランシスコ体制)、安保国体論に立って米軍犯罪容認である。29日、田中は由美子ちゃん事件を知っていると書いた。翌30日の発言につながる。

 1950年代はサンフランシスコ国体、今、安保国体である。すべての米軍関係事件が沖縄差別論で結語になるとき
 おそらく、日米政府にとって痛くも痒くもない。メデイアも沖縄にだけ閉じ込めやすくなる。すでに、軍属の裁判権運用問題も底知れない謀略であることが明確になってきた。地位協定は優れて安保が根で、神奈川、岩国などで沖縄と同様の事件が頻発している。
 沖縄の新聞社説も安保が消えた。
無題C
 (ビンゴと友達に)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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