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SACO合意15年ー過去・現在・明日、沖縄の告発の根本は?


12月前半お知らせ

辺野古移設反対
  評価書提出断念を求める県民集会

   12月10日(土)4時
   県民広場
     主催 基地の県内移設許さない県民会議
2011年12月14日(水) 辺野古・違法アセス訴訟 第14回公判

事前集会 13:00より 那覇地裁向かいの公園にて
公判 14:00より 那覇地方裁判所にて

傍聴券の抽選があることが予想されます。お早めにお集まりください。

高江裁判結審
  12月15日(火)?

辺野古・違法アセス訴訟 集中審理

日時 2012年1月11日(水)~13日(金)・2月1日(水)~2日(木) 予備日2月3日(金)

各日とも午前・午後通しての審理が予定されています。

証人尋問・原告本人尋問が行われます(証言台に立つ人の人選は原告としてはほぼ終わっています)。 ここで私たちの主張をすべて裁判所に出すことになり、この後は結審、判決の流れになる見込みです。

詳細は決まり次第お知らせします。

 12月22日(木)
   評価書提出の可能性ー年末年始利用して検討の機会与えないこれまでの常套手段?


 SACO合意15年
  異常な日米外交終わりにしよう


 メモ記録忘れた12月2日

 12月2日は、SACO合意15年であった。「あった」はメモ記録取れなかった。
 うるま市のクリニックに術後の相談治療で朝から出かけていた。妻が治療に様々な手を打っている。特に食事は、癌にとっては苦痛で妻が献立に気を遣い、三食が摂れるようになり、1日1日、体力も知力も付き始めているけど、12月2日を忘れてしまっていた。
 孫娘(4歳)が、散歩・リハビリに誘ってくれる。
 田中問題を「尻尾切りとつむじ風」と評した。更迭とメデイアの今までに見られない速さに、早く収束したい意図が見られ、政治的には沖縄県議会与党自民党が抗議決議案に異を唱えていた。ところが、一川防衛大臣の『1995年少女暴行事件詳細』発言で、新しい局面へと矛盾が拡大し、県議会全会一致の抗議決議採択、沖縄の新聞も「合意15年」を企画していたであろうが、田中・一川問題を大きく取り上げ、赤旗SACO特集記事で想起、知力も減退していたかと実感する。i.jpg
(孫娘と散歩ー花摘み)

 二つの少女事件と沖縄
  サンフランシスコ条約と安保条約
 私が田中発言で最初に書いたのは、田中は「由美子ちゃん事件」を知っており、当時の米軍の沖縄政策を今日に適用する。
 県議会もマスコミも1955年と1995年を重ねて観るようになってきた。高嶺沖縄県議会議長は涙を流して由美子ちゃん事件に触れ「戦後66年、我らの人権は踏みにじられてきた」。(琉球新報3日23面)
 時空を越えるがこの二つの年には幾つかの共通点がある。
 (その一つ)
「銃剣とブルドーザー」で基地建設を完成させた米軍、琉球政府、琉球大学は大学生・高校生を弾圧し、9月レイプ事件が多発、「由美子ちゃん殺人暴行事件」(この意味わかる人多くはない)が起こる。サンフランシスコ体制の完成である。
 1995年9月4日、琉球新報夕刊コラム『人工衛星』は「都合のいい時、沖縄に学べ、都合が悪くなると、沖縄を切り捨てる日教組」、この時間、少女暴行事件は起こった。
 日本の労働運動が安保容認し、米軍が力をました背景の事件だ。だから、私は日教組を抜けることになる。
現在、いくどかのにt米合意、日米同盟深化のなか、米軍の演習強化、事故・事件が多くなってる現象も同じだ。
 (その二つ)
 「由美子ちゃん殺人暴行事件」は、プロフィルにも記載している。大人たちは犯人を知っていた。当時沖縄は「水攻めの沖縄」と言われ、水道、電気、経済も米軍と買弁資本が握っていた、犯人はハート軍曹(軍法裁判無罪)、ミツル少年が「ハチコギーアカブサー」(鬼のような赤い顔)とハート軍曹を指さした。ミツル少年の勇気ある証言は、1956年の島ぐるみの運動を生み出す大きな力となった。
 1995年9月、少女と母親は勇気ある告発をした。ちょうど、北京で開かれていた世界女性会議(クリントン女史も参加している)から帰った沖縄の女性たちが、少女と母親の勇気に「チムグクル」を共有、デモを組織、10・21県民大会へと発展していくのであった。勇気とチムグクルは、ますます、沖縄の大事な心となっている。

  普天間・辺野古の原点
 民主主義と非暴力の力
 04年4月、現場闘争が始まる。すでに、3年前から、海の闘いになると船とカヌーを蓄積、闘いの先頭にいて、テント村初代村長として「非暴力」を闘いの原則として確立、毎日、テント村で説き、実践的訓練をしていた。
 市民投票による民主主義、住民自治の成果と沖縄の与論、民衆に支えられて、沖縄的民主主義は、占領時代の無権利を戦いぬいた先人たちの闘いに学んでいた。
 民衆が歴史を切り開く、辺野古・高江の実践は、沖縄戦後の蓄積に寄る。私は「座りこみを貫徹した非暴力の闘いは負けたことはない」と言う。
 高江も非暴力を柱に4年、国際的にも評価され影響を与えている。
 普天間・辺野古は移設論ではない、沖縄負担軽減論でもない。普天間は閉鎖・撤去・全面返還である。さらに、グワムなどアメリカの「信託統治」的民衆に痛みを押し付ける事でもない。
メデイアやジャーナリズムは移設論に誘導する向きが強い。仲井眞知事の移設論は「安保が必要なら」と付いていた。安保と言う文字がメデイアやジャーナリズムから消えだしたのは、特に、昨年の5月の琉球新報・毎日の世論調査以後であると、私は指摘している。
 
佐藤優氏は琉球新報に毎週書いている。私の身勝手メモだが「移設論」「沖縄差別論」「官僚改革期待」論とも言うべきもので、官僚に対する期待と幻想が強い。官僚が政治を動かしていることは否定しない。特に、沖縄に来る官僚たちは「沖縄を身に着け」(知沖派)を演じ、沖縄文化の吸収に頭が下がる。田中は代表的な「知沖派」であると29日に述べている。
佐藤優がほめた沖縄大使が、1週間後に沖縄を馬鹿にする発言をして、更迭されたことはまだ新しい。
佐藤の論理は毎回次のような論理である。よくも、飽きもせずと思うのは、私だけか。
 「筆者が知っている官邸、民主党の複数の幹部は、田中暴言が防衛省にとどまらず中央政府の構造的差別であるという認識を持ち、その脱構築を真剣に考え、努力している。・・ようやく差別に気付いた政治家も少なからずいる。こういう政治家たちを沖縄側に引き寄せることが重要だ」(琉球新報3日、ウチナー評論)
 田中問題のなか、中江政務次官の評価書発言含め、野田首相発言、発言のなかでの防衛局の強行、民主党や防衛・外務官僚にどんな人物がいるのだ。

  統治行為論と「第3者」論
  差別論と関連して
 沖縄で問題が起こると諸差別論でくくられる。メデイア・ジャーナリズムの主流である。
 普天間爆音・嘉手納爆音訴訟で司法の判断の論理は統治行為論であり、日本政府は米軍の基地運用に対し「第3者」であり、司法は政府の不作為を免罪する。
 安保条約・地位協定及び秘密協定を憲法の上に置く、主権放棄の国家の根本的問題を4権(司法・行政・立法、ここで在京大手新聞「第4の権力」含む)が、戦後一貫して維持していることである。
 前原誠司民主党政調会長は、一川防衛大臣の少女暴行事件認識を「日本の安全保障の根幹」と述べている。つまり、沖縄の怒りを生み出すことは、安保条約体制崩壊への危機意識がある。

 沖縄県民は、統治行為論に撃たれ続けても理性的、幾度も法廷に挑み、原告を増やし、安保体制の矛盾を暴いている。
 辺野古環境アセスも「非理法権」な無法なものであり、法廷闘争をするとともに、事業アセスと認知しても、方法書・準備書に空前の意見書を提出、違法性を暴き、評価書に置いては県議会、地方議会の「提出断念」を求める政治課題まで高めている。

 「沖縄はあきらめない」
  すでに、昨年5月の毎日世論調査は、県民意識が安保への不信、安保を変えろと変化し、国民的にも安保否定が安保肯定を越えている。
 日米合意の基本をなす米軍の軍事プレゼンス論、海兵隊抑止力、地政学的優位論、地理的優位論は実践的にも崩壊、グワム協定も風前の灯で、アメリカの前方展開論は、海兵隊は削減かどこに置いてもいい。
 だとすると、沖縄で起こる問題を差別論で括ることは、発展性がない。沖縄タイムス社説、琉球新報社説とも、これまで、差別論で括ることが少なくなかった。沖縄タイムス社説「防衛局長発言上、下」(3日)などは、過去の歴史に言及し、海上闘争など県民の日常の闘いに依拠した視点が出てきた。
 そもそも、沖縄の一つの基地の問題で15年、三代のアメリカ大統領、8人の日本の首相が、幾度の日米首脳会談の議題にしてきた歴史その者が、外交上茶番である。
 オバマに至ってはゲーツ、クリントン女史を使い日本を強請りグワムに基地を計画、訓練費まで集る惨めさではないか。
 安保に代わる日米条約(私は日米平和友好条約)が必要だと思う。

 孫の励まし
  高江の皆さんの激励に感謝
 少なくない友人たちが「大西さん、焦らないで、養生第一」と励ましてくれる。緊迫した高江から色紙も頂いた。
 体力ないからベットに横になっている時間が多い。孫(4歳)が、「テルジー、ミカン」と起こし、孫なりに励ますのがいじらしい。二人でベランダや庭を出て散歩、体操、花摘み、カメラを撮りあい、運動をしている。
 運動すると、記録メモの意思が湧いてくる。過去から現在を見つめ、明日を描く事、私の世代に課された課題だと思う。
 占領期の沖縄、日本国憲法の適用されないなかで、民衆の力で民主主義と人権を発展させてきた沖縄、常に、日本国憲法の輝きが希望であった。
 日本国憲法は安保条約で蹂躙されている。草の根の「9条」運動が、憲法の悲鳴と沖縄および米軍基地のある地域の悲鳴が一つになるとき、日本は輝く、それは、近い。

 あ無題
  (散歩ーリハビリ)
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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