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ジュゴン裁判・アセス監視団(アセス3)



お知らせ

 「辺野古移設反対・評価書提出断念県民集会」
   12月10日(土) 4時
    県民広場
  主催 基地の県内移設反対県民会議

 一致点での「一点共闘」(志位和夫共産党委員長)に関して

  沖縄から日本の運動で今求められること


 普天間・辺野古の闘いとアセス(3)
辺野古の闘いは一致点での共闘
 97年12月、名護市民投票は海上基地に「大切なことはみんなで決めよう」との一致で市民投票条例制定、海上基地を拒否、ヘリ基地反対協は「海上基地反対」の一致点で団体加盟市民共闘協議会である。

 私が反対協の代表委員の一人になったのは2000年、名護は沖縄サミットで「国家総動員」的「戒厳令」体制に、北部振興策でモルヒネ患者状況にあった。
 軍民共用空港は、「3工法8案」として出されいずれも2600Mの滑走路を持った。まだ、教師現職、特に久辺3区(久志区、豊原区、辺野古区)で3工法8案を切る街頭演説を繰り返していた。
 辺野古区行政委員会がB2案(サンゴ礁上埋め立て)に近い案に賛成した時、面白くなると思った。でも、苦しい時代であった。

 新しい希望
  ジュゴン裁判と宜野湾イハ市長誕生(03・4)
 1、私は、軍民共用空港受け入れに「地球の生きとし生きるものが名護市民となる」と予測した。日本環境法律家連盟とアメリカの弁護士団体アースジャステイックがジュゴンを原告としてアメリカで裁判を起こす提起がなされた。
 この裁判が大きな役割を果たすことになる。まさに、地球的規模の環境問題になった。

 2、03年4月に伊波洋一氏が宜野湾市長に当選、敗北続きの選挙で攻勢が始まった。

 3、これらの状況下でいかにしてアセスを闘うか、運動体としての方向性が問われた。

  ヘリ基地反対協議会とアセス監視団
   海上闘争予測とアセス対応
 日本のアセスは事業アセスで事業を遂行するためのものである。アセスについて加盟団体及び個人的にも意見は多様で有り、一致点を見出すことは困難であり、また、不毛の会議になりかねない。

 03年3月、ヘリ基地反対協総会に「プロジェクットチーム」を提起する。県内・県外を含む。平和市民連絡会、ジュゴン保護基金、沖縄ジュゴンネットワークなどが呼びかけ団体となって「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」(略「アセス監視団」個人加盟・全国応募約1000人)で03年9月23日結成。

 「アセス監視団」はアセス法の学習、分析、提言、専門家・学者などとの連携(学際的協同)、県・県議会対策などを担うと同時にヘリ基地反対協・県民会議との共同行動でアセスの理論的役割を果たす「車の両輪」となる。
  11月17日、那覇防衛施設局は「公共用財産使用協議書」を沖縄県に提出、いわゆるボーリング調査などの事前調査の許可願いである。
 この時期については旧「宝の海」文集「100日闘争記」に詳しく記述、拙著『愚直ー沖縄非暴力の心』に転載している、

 「ジュゴン監視団」の働きは、再編成字形2本滑走路計画アセスでいかんなく発揮される。(次回)

http://www.geocities.jp/teruo024/henoko1.html

   沖縄の闘いは共闘と協同の蓄積
    全国で共闘・共同の力を
 辺野古の闘いは名護市民の市民共闘「ヘリ基地反対協」、県民共闘「県民会議」の2重の持続的共闘で担ってきた。ジュゴン訴訟、アセス監視団、違法アセス訴訟など環境団体、法律家、弁護士などユニークな協同によって理論、実践的にも豊かにされた。

 赤旗日曜版(12月11日号)に、志位和夫氏の「一致点での『1点共闘』」提起があった。
 今日の日本の状況において、地方から中央の運動に一致点での共闘は焦眉の課題であると認識する。私は、10月28日のレジメで「統一戦線」構築を求めている。
 
 普天間・辺野古の局面は評価書・埋め立てと、全国的的に共闘が組め、国民の平和・民主主義の実践は豊かにされると思う。沖縄の到達点は、非暴力と理性的行動を指針としている。

評価書から埋め立て申請にかけて、全国は一つと共闘の闘いに発展させなければならない。個人が果たす役割も
 とても大事になってくる。

 原発含め、今、日本の運動にもとめられる物は「一点・2点共闘」が求められている。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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