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「辺野古断念」に隠された戦略

普天間閉鎖・全面返還の道こそ進むべき道
 メデイアは移設論を克服して原点に戻れ

琉球新報社説(2月5日)
 やはり、アメリカは復讐国家」
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187097-storytopic-11.html
 沖縄タイムス社説(2月5日)
 断念が「瓦解」「見直し」に変わった。?
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-05_29454/
 沖縄タイムス社会部部長談
 抑止力・地理的優位性「深層崩壊」
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-05_29470/

 協同通信「核心評論」

宜野湾市長選挙ーメデイアの宣伝に負けるな!


 SACOおよび日米合意は
  日米政府の「嘘」の合意
 日米政府の外交は「虚偽」と「騙し」の連続

タイムス報道「辺野古断念」を冷静に分析必要。嘉手納以南返還も移設論になってきた。
 米軍の新アジア戦略で観ること、米紙の報道は沖縄混乱と宜野湾市長選挙攪乱のためだ。

 民衆の力こそ明日を描く


宜野湾市長選挙告示日
  「最終番」に入りました


 沖縄タイムス「辺野古断念」報道受けて
 諸報道読むと「普天間固定化」となっています。真部留任と関連、および「講話」内容、普天間固定化阻止の自公候補が「普天間 固定化阻止」を政策の前面に出しています。伊波陣営にとって危険な情勢と言えます。

伊波さんは一貫して普天間閉鎖・全面返還、県内移設・辺野古移設反対の沖縄のリーダ、彼こそ、今、宜野湾・沖縄に必要な指導者です。

 メデイアの争点なき報道と合わせ、プロパガンダ効果は無視できません。
 QABとNHKのニュースからも見えてきます。
 大量宣伝および宜野湾行動が重要になってきました。

QAB昼(4日昼)
http://www.qab.co.jp/news/2012020433585.html
NHK沖縄(4日昼)
http://www.nhk.or.jp/okinawa/lnews/5095779651.html

金曜日のスバ(ソバ)とチラガー
 高江で喜ばれました。
  高江の仙人佐久間さんの表情がいい
2012-02-03 11 58 51

4日第2信速報ー辺野古断念報道


沖縄は土・日ありませんねー

沖縄タイムス
 情報分析中
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 関連記事―時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120203-00000176-jij-pol
沖縄タイムス記事
 http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-04_29420/
アメリカは復讐国家であること
  アメリカの戦争の歴史
  普天間全面返還が移設条件になり、
撤去可能なヘリポート名護市民投票で破れると軍民共用空港、沖縄非暴力に破れるとV字と牙をむいてきました。
  すでに、MV22を岩国・富士配備報道もあります。
 
 冷静な分析必要
  当面の重要な闘いー宜野湾市長選挙です。この選挙の攪乱も視野に入れていると思います。
  6日、稲嶺市長訪米です。

 伊波さん 過密な日程
 わかります。(12:30分更新)
http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/ginowan/120203sityou07.pdf

『通販生活』と激戦の宜野湾市長選挙

全国ー土日です。
 沖縄は宜野湾市長選挙で熱い闘いでです。
  2月5日(日)告示
 軸足を宜野湾市の隅々に!


 『通販生活』と普天間基地
販売1位「安眠枕」-宜野湾では役にたたず?

無題91
 『通販生活』さん
 宜野湾で眠れる「安眠枕」開発したら、世界的にウルトラ「安眠枕」できます。
        92.jpg

 『通販生活」に見る普天間基地学習ーその1
 森まゆみルポ「それを農民から借りて訓練用の基地にした。」
 米軍は沖縄戦、日本軍と戦いながら本土攻撃基地を建設、普天間はその一つ、宜野湾村民は大浦崎収容所(現キャンプスワブ=辺野古新基地予定地)に収容、故郷へ帰ると基地になっていた。「借りた」のではありません。「占領」されたのです。戦争終わったら返還されるのが国際法の原則です。

 宜野湾市民の闘いは沖縄の抵抗の発火点、導火線ーその2
 1955年、宜野湾伊佐浜および伊江島の新規土地、伊佐浜の闘いは沖縄の米軍への組織的抵抗へ発展する。
 1956年、4原則貫徹島ぐるみの抵抗起こる。その中の一つ「一括払い反対」(米軍が土地を買う)があり、 正当な土地使用代を要求する。今、日本政府が土地代毎年支払している。詳しくはネットで『4原則運動』を検 索するといい。
現在は基地を返還させて、自立した沖縄創る時代です。
 
 宜野湾市民の心「わたしたちの苦しみを辺野古の人に味あせたくない」-その3
 森さんのルポは、大事な視点と心に立ち、また「辺野古移転に沖縄県民84%反対だが宜野湾市民では96%の高きにのぼる」と書いています。
ヤンバルの山(宜野湾は今帰仁)に疎開した人々は米軍、何よりも友軍の住民虐殺に怯えて米軍の捕虜になり、収容所に、南部戦線の始まるころは収容所。辺野古基地は大浦崎収容所で宜野湾村民はじめ約3万人、瀬嵩も収容所。
 戦後、最初にカンカラサンシンでできたといわれる琉球民謡「二見情話」は、宜野湾村民が大浦崎収容所から故 郷への帰還許された時の歌だといわれている。戦場の哀れ、二見(辺野古)への恩、
 辺野古に来られたら二見情話の碑の前に立つこと勧めます。情けは66年経っても。
 住民虐殺は拙著『中村梁仁王虐殺の碑を訪ねて』(県立図書館)にも書いています。

 久ぶりに「二見情話」を聞きます。
  本土の方は田端義夫のギターで再度聞いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=AmA249je2vg
 歌詞は
http://lyric.kget.jp/lyric/yv/gp/

宜野湾市長選挙に全力を!
 真部問題は、風としては伊波さんに追い風と思えますが
  選挙は足です。
 メデイアは「争点なき選挙」と報道、ラジオの評論家も同じです。もっとも、危険な宣伝です。
 03年イハ氏の市長当選は辺野古に希望を与え、オール沖縄への道を作りました。
 自公・民主政権は、S氏で、逆襲を狙っています。
 ビラ1枚でも配りにゆきたいが、ヤンメームン(療養生活)にはできない。
  ヤーグマ(家籠り)で、情報発信もまた「足場」か

 名護市民は防衛予算に頼らない道を進んでいます。


 辺野古移設推進してきた自公・「民」予定候補は、防衛予算で街つくり(130億)と言います。「普天間固定 化」論を、うまく利用しています。真部氏の「講話」の論理です。

 市民運動であれ、選挙であれ、足を動かすことです。12月以来の闘いは「軸足」を現場に置きました。

 市長選挙の軸足は宜野湾市です。

 奈良の「宝の海」の読者Y女史が集めた
 寄せ書きとカンパが送られてきました。奈良の「足」です。私の判断で沖縄統一連宜野湾選挙事務所に届けます。ありがとう。

 伊波陣営の土日の日程です
 出発式(2月5日8時半)

http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/ginowan/120202sityou06.pdf

今日は金曜日ですー沖縄面白くなります



 知事への意見書提出日
  あなた送りましたか。


金曜日
 高江「宅急便」の日になりました。


 沖縄防衛局、さんざん悪いことして、高江の強行ないというのが大方の見方です。油断禁物で座り込み継続です。

現在の情勢は宜野湾市長選挙優先

 今日はどんなドラマ待っているでしょうか。

 名護平和委員会有志・民商有志の差し入れ
 全国大寒波で荒れています。高江のすわり込、底冷えであろうと、毎週、暖かいもの届けています。
 朝7時、沖縄平和委員会与儀さん、私の家に来て「宅急便」の役割果たしています。
 水曜日は医療生協の仲本さんが、美味しい料理作ってくれます。
 
 高江人少ないと思うが、決めたことは継続

 市場大好きの
  功徳
 スーパーに市場が食われています。昔から、市場大好きで、肉は市場です。
 家族用の三枚肉、ソーキ骨買うと、シーブン(おまけ)にチム(レバー)、出汁骨、ミミガー(耳)付きチラガー(顔)、ソーセージなどいただけるのです。
 海に出られなくなって、わが屋の大型冷凍室、さびしくなっていて、シーブン蓄えています。
 今日の暖かいものは出汁骨とトキシ骨を数時間煮込んで、スバ(ソバ)の差し入れです。
 市場の肉屋さんです。

DSC01195.jpg
 チラガーです。鼻も目も耳もついています。豚肉は鼻の周辺とシッポは究極の美味です。豚肉の華です。
  煮込んで、砂糖醤油、泡盛、生姜で再び煮込みます。
      DSC01201.jpg
 魚屋さん
  もう、30年お付き合いです。大きな行事にタコの頭300円出せば、20人の酒の肴できます。
 私が買うのは刺身の「屑」とアーラです。半日砂糖醤油に付け込んで煮込みます。刺身にできるモノは酢につけて、野菜と混ぜてゴマのドレシング・和風ドレシングでカルパチョ風に食べます。
 安いものを美味しく食べる。
DSC01196.jpg
(高江からメール14:00)
大西様
チラガーつまみ食いしました。最高です。
ソバの汁、テントのストーブに載せています。
お昼に皆で頂きます。
いつもありがとうございます。
高橋昌弘


 昨日、法廷で久ぶりに「講話」喉疲れた
  オオバコのお茶を作ります。
        DSC01197.jpg

QABニュースより
 面白くなる沖縄ー防衛省の膿を暴こう


那覇地裁
防衛省防衛研究所の高見沢将林所長
証人決定
 SACO以来MV22オスプレイの配備隠し続けた官僚が証人として出てくる。
 3月5日の法廷はおもしろい。昨日陳述で「立法府・行政府も道を示せない『理性の府」である司法が道を示す時」と述べた。

http://www.qab.co.jp/news/2012020233552.html
 やはりー選挙介入だ
 伊波洋一「県内移設反対」自公・民S氏「固定化阻止」違い鮮明にしている。
 文部省は選挙のたびに教職員に「選挙運動してはならない」通達、朝礼で教頭読み上げる
 防衛省ー選挙運動勧める。
http://www.qab.co.jp/news/2012020233556.html
 沖縄統一連宜野湾市長選挙ニュース(2月2日)
http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/ginowan/120202sityou06.pdf


 (続きにー知事への意見書)

続きを読む

意見陳述補足と裁判長からの質問

沖縄各戦線で奮戦しています

2月3日知事への意見書提出
宜野湾市長選告示前行動(友人からのメール自公・民候補の「医療特区を切る」ー最後に掲載)
辺野古・高江座り込み

イハ洋一勝利総決起大会
2月3日(金)夕6時半、宜野湾ジュビランス(市民会館向かい)



いよいよ、最大の争点は宜野湾市長選挙です。アセスにかかわった方々も「1点共闘」に時間が取れるようになってきました。国会もメデイアも、全国的にも注目選挙になりました。
2003年、一番苦しい時期、伊波洋一さんが宜野湾市長に当選して、展望が見えてきました。
全国の支援をお願いします。
 家に着いたら、奈良のY女史から宜野湾市党選挙と平和丸にカンパが届いていました。


 沖縄防衛局市民投票以来、名護市長選挙(98年)以来
 常態的的選挙運動、あからさまな自公支援
無題81



 沖縄統一連ニュース

http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/ginowan/120201sityou05.pdf


 意見陳述
  補足と裁判長からの質問

友人の赤嶺議員が国会を揺り動かしている。私は法廷を揺るがす力は無いが、私なりに頑張ったと思います。

(追記、13:00 「歴史に堪えられる判断」は2月2日の琉球新報社説として反映されたか?同じ主張となっています。偶然にしてもやはり沖縄県民の思いと思います)

 東恩納琢磨、渡具知千佳子さんのあとに行いました。裁判長が質問して来たのに驚きました。
斉藤祐介弁護士にお世話になりました。
 私も、体が拒否する食事、今日の法廷向けて、胃の中に流し込んできました。
 法廷には具志堅徹(名護市議)にお願いしていましたが、宜野湾で名護市議として動けと妻が送り向かいしてくれました。
 目に見えない人々の協力に感謝する日々です。
ブログのアクセスも順調に増えています。激励敬意を表します。
 今日も被告(国)は反論権行使しませんでした。


午後の開廷前に加藤裕弁護士とトイレで会いました。昨日の新聞に沖縄弁護士会長就任の記事、お祝い申しあげた。「アセスを法廷で争う」と言う提起をしたとき、訴えの利益の問題などで弁護団も消極的でした。裁判とアセス手続きとが一体となって、動的に動く今、隔世の感を持ちます。
 私は体を壊し、安次富浩代表の奮闘に感謝をしている。

 終了後、沖縄2紙の取材受けました。記者は私の陳述書と陳述、および資料に驚いた様子でした。今日の新聞に掲載されるかなー
 追記、記事なりました。
DSC01193.jpg
 (裁判所前で記念に、FAX・手紙などありがとう)

1、 陳述書補足
① 青年前期まで国頭の山で炭を焼いていたこと。海は庭として遊び、漁師から釣りを教わり、現職の週末は船を買い、魚釣りを趣味とし、また、沖縄県漕艇競技の技術向上指導委員、インターハイおよび国体監督務め、02年に新しい漁船ジュゴン号を辺野古に浮かべ08年まで漁師含めて一番長い時間大浦湾・辺野古の海に居たと自負しています。(私が単なる海の遊び人でないことを知ってもらう)

② 辺野古責任者の一人としてブログ「宝の海」開設、毎日日記を発信し、防衛局のアセスのヘリによる「ジュゴン追い出し作戦」であると警告し続けてきた。
 事前調査ー「宝の海」(07年8月28日~29日)陳述資料と提出添付
 アセス調査ー「宝の海」(08年3月22日~24日)上同

③ 準備書記載は月1回、連続5日、朝8時から5時までジュゴンの上空旋回資料
準備書読んで「人間はかくも残酷になれるものか?」「産婦人科病院の上空にヘリが8時間保ホバリングしたらどうなる」と、具体的に監視記録で明らかにする。
などなど補足する。


82.jpg
(沖縄タイムス2月2日)
ネットにアップされました。沖縄タイムス社会面
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-02_29334/

④ 誰が勇気を示す時か
   歴史にたえっれる判断を
 沖縄の歴史は勇気とチムグクルの共有の歴史、具体的に1995年の少女と母親の勇気が動かぬ基地を動かした。集団自決軍関与、肉親を手を賭けた人々の滓を啜る勇気が裁判官のチムグクルを生み出した。
 立法府・行政府も道を示せない今日、理性の府の司法が道を示す勇気示す時、歴史に堪えられる判断を示していただきたい。
 参考ー琉球新報社説
 わたしと同じ主張を掲げた。
「辺野古アセス 歴史の評価に耐えられない」(2月2日)追記10:46

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-186999-storytopic-11.html

2裁判長からの質問
  わが人生史を語れ?

1) 裁判長ー「あなたが基地問題触れたのは」
大西 「私は小学校5年でアメリカ民主主義と決別(弁護団苦笑い)、ワシントンの国はない。1955年9月由美子ちゃん虐殺暴行事件が起こり、犯人ハート軍曹軍法会議で無罪。
担任の先生「由美子ちゃんの唇はキリリと結んでいた」の言葉は心の襞に残り、事件の度に再生されます。」
 (参考「旧宝の海、文集「沖縄の抵抗はアメリカ独立宣言と同じ」沖縄非暴力前史)

2) 裁判長ーその後はどうですか
 大西「1959年6月30日、午前10時、日本史の時間、宮森小学校ジェット機墜落事件に接します。翌60年6月23日米大統領アイゼンハワーが来沖します。わたしバスに4時間揺られてアイク抗議行動のデモの中にいます。
 貧しい農民の息子、大学進学決意します。「アメリカに勝つ知識を身に着けるのだ」」

3) 裁判長ー何か嫌がらせありましたか
 大西ー大学時代、教員時代、私が知らない活動まで父母にもたらされました。保守的な地域です。村8分まで至りませんが、父母は心配してくれ、(私を支えてくれました)大学出ると碌な人間にならないなど「追記」」

4) 裁判長ーヘリ基地反対協の責任者に着いたのは
 確か2000年と思います。沖縄600年の歴史「武器なき闘い」を沖縄非暴力として引き継ぐことをを信条にしました。海の抵抗には船舶ではなく、人間の体の一部、カヌーを想定しました。海の行動の責任者として心を砕いたことは天気を読み切る。雷・ニングワチカジマーイ(温帯低気圧)など海の状況判断です。誇りに思うことは海上闘争で犠牲者出してないこと、座りこみは2844日と継続しています。

5) 裁判長ーあなたの授業について聞きます。
 大西「宜野湾高校の勤務、1995年7月末実践記録を本(『沖縄の太陽』)で宜野湾の高校生たちに『この基地を返還させて沖縄一の街を作ることが二一世紀に生きる君たちの仕事になる』と書いています。まさに今の沖縄です。彼らは今、宜野湾市の中堅です。教師が夢を語り、ロマンを語ることは大切です」
大体このような質問であったように思います。

 なぜ世界に類のない悪魔の要塞基地か
  また、評価書も隠ぺいした今日の新報記事など使い行いました。

 琉球新報
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-186936-storytopic-3.html

 自公・民予定候補の「医療特区」とは  
今朝の新聞は両紙とも一面トップで防衛局の選挙”介入”を報じていました。
電波でも、フジ系列もとりあげざるをえないほど、重大問題なのです。午前中、衆院予算委員会理事会において、事実関係調査報告があり、眞鍋局長自ら指示し、二度にわたる講話を行った旨認めています。二人の候補者紹介、そして、棄権防止について話をしたそうですが、発言記録がないことに、野党は納得していないとの報道でした(NHK全国ニュース/昼)。局長の進退問題にも発展しそうですね。

さて、宜野湾市長選関連ですが、基地推進派が述べる、「医療特区」について、沖縄県社会保険推進協議会が、反論ニュースを出していますので、紹介します(相手候補名はイニシャルに変更)。ご参考までに。

太字の文
<沖縄県社保協FAXニュースより/2012年1月23日>

海軍病院は、医療特区として活用できるのか

 米軍医師や外国人医師の、国内での医療行為は医師法違反

1月18日 の琉球新報の「宜野湾市長選挙立候補予定者座談会」で、「海軍病院の移転問題が、最終段階に迫る中、今後の対応は」との質問に対して、S氏(*「民」自公候補)は、海軍病院は「極めて高度な医療機関であるし、活用しながら高度医療特区を目指すべきだ」と述べている。

(1)海軍病院とは
 海軍病院の前身は、1955年に陸軍病院としてキャンプ桑江に開設された。現在、5階建て、ベッド数100床、医師70人、医療従事者約1000人で西太平洋地域の米軍医療施設で、最大の在日米軍病院。病院内には有事に備えて大量の冷凍血液を保存する「太平洋地域血液センター」がある。沖縄だけでなく、太平洋全域に血液を輸送するなど最前線の基地の1つである。

(2)海 軍病院の新築・移転の建設費は、誰が出すのか
 海軍病院は、建設されてから57年がたち、老朽化がすすんでいる。1996年12月のSACO合意で、2007年をメドにキャンプズケランへの移転が合意された。移転にともなう建設費は、「思いやり予算」でまかなわれる。新築される海軍病院は、地下1階、地上5階建て、100床で54億5000万円の血税が投入される。2012年10月までに移転完了する計画である。

(3)はたして、海軍病院を県民が活用できるのか
 海軍病院は、基地の中にあり、沖縄県民は自由に基地への出入りは出来ない。出来るのは軍人、軍属とその家族、また、基地従業員と基地建設会社など米軍から立入りを許可された一部の人と企業だけである。海軍病院を県民が自由に活用 することは、日米地位協定の上からも出来ない。

 海軍病院は、在沖米軍だけでなく、太平洋全域を対象とした医療施設である。日常診療は、米軍関係者への医療提供と、いつ発生するか分からない有事に備えておかなければならない。こうした海軍病院の機能から、日常的に沖縄県民を対象とした医療活動を行うことは、病院機能をマヒさせることにつながる。

(4)「高度医療特区」は、国民皆保険制度の崩壊につながる
 日本医師会は、「医療特区構想に関する緊急決議」を2003年3月にあげている。決議は「日本医師会は、日本の医療にアメリカのイデオロギーを導入し、医療特区における株式会社の医療への参入、混合医療の容認、外国人医師の診療許可など日 本の医療制度を根幹から崩壊に導くことは絶対に容認できない」と断固反対の立場を鮮明にしている。さらに、日本医師会は、TPP交渉参加に反対し、「TPPのもとで混合診療が解禁されれば、米国の営利企業による病院経営が日本に導入され、過疎地の医療がおろそかにになるなどの弊害が予想される」と反対の立場を明らかにしている。
 
 海軍病院の「医療特区」構想は、日本の医療崩壊のさきがけをつくりだすものである。

(5)米軍医師や外国人医師の日本での医療活動は医師法違反
 日本で医師が医療行為が出来るのは、厚労省が実施する医師国家試験に合格した者に限定されており、アメリカなど外国の医師の日本国内での診療行為は出来ないことになっている 。外国籍の医師の医療行為は「医師法」で明確に規制している。

(6)海軍病院では国保などの保険が使用できない
 海軍病院の診療は、日本国民を対象としていないので、国保や協会けんぽなどの保険診療は通用せず、また、医事など保険業務などの機能も持っていない。診療を受ければ当然、医療費は全額自己負担となる。お金がなければ海軍病院では治療が受けられないことになる。さらに、厚労大臣から保険医療機関の指定を受け、医師は保険医として登録しなくてはならない。海軍病院は、保険医療機関に指定されておらず、軍医も保険医として登録されていない。よって、保険診療は出来ないことになっている。

 アメリカには、国民皆保険制度がなく、一 部の企業保険や高齢者や低所得者を対象にした保険制度はあるが、ほとんどが民間保険に加入するか、保険料が支払えなければ無保険になる。高すぎる民間保険料を払えずに無保険者になった人が4700万人にも及んでいる。アメリカでは低所得者や失業者などは医療が受けられない深刻な事態になっている。

 S氏の海軍病院の「医療特区」構想は、日本の医療制度と国民皆保険制度の崩壊に道を開き、TPP交渉参加に手を貸すものである。


ー沖縄県の医療、介護、福祉を充実させることが県民、市民の願いー

(1)今、必要なことは県立病院の独法化をやめさせ、県立病院のいっそうの拡充をすすめること

(2)県立病院をはじめ、 圧倒的に医師不足であり、看護師不足も深刻になっており、医師や看護師の養成が急務

(3)子どもや高齢者の医療費無料化をすすめ、安心して住み続けられる宜野湾市にさらに発展させることが求められている。




1日ー第2信ー私の法廷陳述書と軍民共用空港非暴力(写真)


今日はアセス裁判で意見陳述行います。
 10月11日に陳述書は書いて、提出していますので、情勢は大きく変化していますので情勢に応じて行います。
 新基地は、世界どこにもない最新鋭の「悪魔の要塞基地」に力点を置く。
 
 意見陳述の時間帯に公開

大西照雄意見陳述
 違法アセス訴訟公判(2012年2月1日)
 
 (傍聴者のためにプリントで配布します)

 プリント
1、 陳述書(案)

2、 「別冊記録」アメリカジュゴン裁判草稿ー準備書審査会提出
 (ジュゴン観察日記ブログ「宝の海」抜粋)
3、 準備書審査会への意見(ジュゴン・ウミガメ・サンゴ)
    2009年7月7日
4、 準備書審査会への意見書(アジサシ中心)
    [2009年7月25日]


陳 述 書(案)
         大西 照雄(ヘリ基地反対協代表委員11・10・12)
第1 高校教師として
   21世紀に地球と人類の生きる道

 1 私は2004年3月31日まで、高校の社会科教師でした。
翌月の4月19日、那覇防衛施設局は、軍民共用空港の違法調査に着手しました。それも、辺野古沖海上案を前提とする違法な調査でした。
その日以来、私は辺野古に基地を作らせない現場の責任者の一人として今日に至り、テント村で教室の延長として、野外授業や環境調査に従事しています。
   2 私は、21世紀に生き、21世紀を担う子どもたちに、21世紀の地球と人類の課題として、次の3点を指針に教えてきました。それは、沖縄を切り開く道でもあります。
   その1は、21世紀は「平和の文化」を築く世紀であるということです。
1999年9月13日、国連総会は「平和の文化宣言」と「10年行動計画」を示しました。戦争の世紀から平和の世紀へ、紛争の武力的解決から平和的解決へ、非暴力の世紀への道であります。
   その2は、21世紀は生物多様性の保全をあらゆる分野で実践する世紀であるということです。1972年の「地球環境宣言」以来積み重ねた、地球と人類の文明を大切にする取り組みは、諸条約、地球サミット(1992年リオ諸条約、日本首相参加せず)へと結実しました。
   その3は、沖縄の過去および未来は「万国津梁」の道、即ち、アジアの国々と平和的友好、武器なき闘いの歴史、沖縄の非暴力の行動、文化を大事に、戦争の架け橋から平和の発信、架け橋として明日を描くことであるということです。
  3 ですから、私の第二の人生を辺野古に捧げることは、高校生と学び合った教室の実践を行っているに過ぎないと思っています。

第2 日米政府の沖縄政策は「非理法権天」
   民主主義と非暴力・沖縄世論の勝利

 1 名護市民は1996年のSACO合意に対して、「大切なことはみんなで決めよう」と市民条例を制定し、1997年12月21日、米軍ヘリポート基地計画に対する市民投票を実施して、海上基地を拒否しました。自治と民主主義の勝利でした。また、1996年7月には、沖縄県議会において、「普天間飛行場の全面返還を促進し、基地機能強化につながる県内移設に反対する決議」を全会一致で決議しています。
この民意は辺野古問題を観るときの原点というべきです。
 2 ところが、1999年、こともあろうに、日米両政府は、軍民共用空港計画を名護市に押し付けてきました。
日米政府の沖縄政策について、沖縄の先人は「非理法権天」と言いました。
「非道に対しては理性で勝てる。理性は法には勝てない。法も時の権力に勝てず、権力者は法を勝手に解釈、都合が悪くなると変える。天とは人である」という意味です。
まさに、軍民共用空港計画は「非理法権」でありました。
 なぜなら、
①計画の内容は、市民投票で拒否した撤去可能な海上基地よりも巨大な海上基地を建設し、サンゴ礁とイノーを埋め立てるという暴挙となっています。
②しかも、アセス法(閣議アセス)手続より前に、姑息な「護岸構造検討のための現地技術調査」と称し、アセス法を逸脱し、それも、基地本体を含む全面的な事前調査の強行がされました。
 3 04年4月19日未明、那覇防衛施設局(現在の沖縄防衛局。以下、併せて防衛局といいます)は、辺野古沖海上案を前提として、違法調査を強行してきました。
   2004年9月9日には、防衛局は、辺野古漁港の沖にボーリング調査用足場設置工事に着手し、約1年間、ボーリング調査を強行しました。
   2005年4月26日には、辺野古沖におけるボーリング調査用足場設置工事の24時間作業にも突入しました。
   ボーリング調査用足場設置工事は、小型足場設置作業だけでなく、スパッド台船を積載する台船の運航や、サンゴ破壊を伴うスパッド台船の乱暴な設置工事、大型固定ブイ積載台船の大浦湾への航行と同湾での長期に亘る停泊が行われており、現場は、非常に騒然とした状況が続いていました。
   ご存知のとおり、ジュゴンは、夜に大浦湾周辺に食事に来ます。
   防衛局は、約1年もの間、このような騒然とした状況を作りだし、アセス法に基づく調査を行う前に、ジュゴンを追い払い、サンゴを破壊し、環境の改変を図ったものでありました。
4 私どもは辺野古漁港で抗議行動を展開、テントを設置し、今日まで2732日の座りこみを継続しています。
 私どもの行動は、憲法16条(請願権)・21条(表現の自由)にある国民の権利行使であり、責任説明を求める平和的交渉と完全非暴力を基本としています。私たちと防衛局との間では、4月19日から9月まで、33回の交渉が持たれています。
 同年4月28日、防衛局は辺野古沖海上案についてのアセス方法書広告縦覧に着手しました。「民族屈辱の日」にあえて行い、県民の心を逆なでしたのも許せないことでした。
 同年8月13日には、沖縄国際大学に普天間のCH53ヘリが墜落しました。その後、沖縄防衛局は「焦り」、基地から船を出し、ボーリング調査及び海上調査を強行してきたのでした。
4 私は、漁師になりたいという思いから、1977年に、船舶免許を取得していました。そして、私は、2002年には、沖縄防衛局が違法調査を強行してくると予想し、船購入していました。
われわれは、その他、カヌー20数艇を整え、辺野古・大浦湾の調査・学習を深めていました。
私たちは、エンジン付きの船での請願・抗議行動は、不測の事態が起こりかねないと考え、カヌーでの抵抗を基本としていました。
その心は「どぅ(自分)が危めらりてぃん、にんばりーしが(眠れるが)、ちゅう(他人)危みてぃや、にんばらん(眠れない)」(自分が危められても眠れるが、他人を危めては眠れない。)という、沖縄の戒めに従ったものでした。
 5 2005年9月2日、ボーリング調査と事前調査は中止され、軍民共用空港は事実上とん挫し、方法書などのアセス調査も消滅しました。
名護市民投票に続く、沖縄非暴力と世論の勝利と言えます。沖縄の天(民衆)の勝利です。人は「5本指」のようにそれぞれ個性、役割は違いますが、5本の指が一つになれば、どんな困難も乗り超えられる。沖縄の歴史を貫く思想です。

第3 米軍再編成とV字2本滑走路
  「断じてアセスに非ず」

1 2005年年始頃から、小泉首相は「辺野古見直し」を言い出しました。
しかし「非理法権」の日本政府は、一貫して、痛みを持った者に痛みを押し付ける特性を持っていますから、信じる人は皆無です。
2 同年10月29日、2プラス2は「日米同盟の変革と未来」(以下、米軍再編成)で、辺野古に「沿岸案」を押し付けてきました。私は「悪魔の要塞基地」と呼んでいます。
  06年5月1日の「ロード・マップ」において、V字型滑走路2本の計画になり、2014年の完成を日米で合意しました。
3 沖縄防衛局は、またもや、07年5月、アセス法によらない事前調査を強行しました。
 それは、繊細で人工物の影響を受けやすいジュゴンに対し、アセス法の手続に則ることなく、ジュゴンを追い払うかのようにパッシブソナー、水中ビデオカメラ、その他多数の調査機器を、ジュゴンの餌場などに設置するというものでした。
 ジュゴンの生活の場に多数の人工物を設置して、ジュゴンを警戒させ、辺野古周辺から追い払うものとしか、いいようがありません。
 しかも、5月18日からは、自衛艦まで投入し、海上保安庁の多数の船舶を辺野古周辺に浮かべ、事前調査を行いました。
 普段非常に静かな辺野古周辺の海域は騒然としており、ジュゴンを追い払う意図であったとしか考えられません。
 私たちは、これらの環境現況調査に対して、環境影響評価法に基づく意見を提出することはできませんでした。
 防衛局が故意にジュゴンを追い出したことは、後でも述べます。
 4 2007年8月14日、沖縄防衛局が広告縦覧した方法書は「欠陥方法書」「方法書に値しない」もので、隠蔽、秘密主義に貫かれていました。
   事業計画はわずか7頁にしか記載されておらず、意見の出しようがないものでした。
   なぜ、環境保全がされるべき辺野古に基地を作るのかという必要性、違法な環境現況調査のアセスにおける位置付け、埋め立てに要する土砂採取、運用される航空機の種類や飛行ルート、飛行場の高さ、飛行ルート、洗機場などについての記述がなく、意見の出しようのないものでした。
   私は、方法書に対する意見書においては、辺野古の環境は保全されるべきであり、基地建設は相当でないこと、運用される航空機の種類や飛行ルートの記載がなく不当であること、オスプレイの配備も隠ぺいされていること、事前調査が違法であること、洗機場についての記載がないこと、ケーソン式・傾斜式護岸の設置場所・大きさが数字化されていないことなどを述べました。
   つまり、方法書は、全体として「秘密性」に貫かれていることを述べました。
   しかし、本来、上記の事項について、防衛局が「秘密性」のない方法書に記載した事項を踏まえて、意見を述べることができたはずであったのであり、本来述べられるはずであった意見を陳述できたわけではありませんでした。
   しかも、ジェット機の配備、集落上空の飛行、洗機場の設置などは、防衛局が2008年2月に提出した「方法書に対する追加・修正資料」において初めて記載されています。
   このようなやり方は、住民に意見を述べる権利を認めたアセス法の脱法行為で、違法であることは明らかです。
 5 防衛局が作成した準備書についても、違法なものです。
   準備書において、初めて、ヘリパッドの設置、係船機能付護岸の設置、汚水処理浄化槽の設置などが記載されており、私は、この点について、方法書の段階において意見を述べることができませんでした。
   既に述べたように、辺野古周辺においては、辺野古沖埋立案を前提にした違法なボーリング調査に伴う騒音、環境現況調査に伴う人工物の設置、サンゴの破壊により、環境の改変が行われています。
   準備書においては、違法な環境現況調査の結果も準備書に引用されていますし、環境が改変された後の調査結果が引用されています。
   また、私たちは、違法な環境現況調査に対してアセス法に基づく意見を述べることができず、環境が改変された後の調査結果に対する意見しか述べる機会がなかったのですから、私たちの意見陳述権が侵害されていることも明らかです。
   オスプレイの配備についても、隠ぺいされており、オスプレイ配備を前提とした飛行ルートや、騒音予測もなされていません。
 6 アセスの手続について、初めからやり直す義務があることは明らかであります。

第4 海上作業ヤードと
  「ジュゴンとサンゴの博物館」

 1 先にも述べましたが、私は2002年から辺野古海域、大浦湾の調査を継続しており、「大浦湾はジュゴンとサンゴの博物館」と命名しています。
   以下では、大浦湾の自然と生態系について述べます。
   方法書は、大浦湾の大川河口の干潟にケーソン式護岸作製作業ヤードを設置することを記載していました。この計画は豊かな干潟を破壊するもので、神も自然も人間の恐れぬ、天地への冒涜の典型的な事例であります。
 私は沖縄県環境評価審査会にも意見書および現地調査の具体的な提案をしています。
大浦湾の西には東西に断層が連なり、古代の大川が流れ、「泥を特性」とする海底地形(弾薬庫近辺20m、大浦湾入り口60m)となっています。そして、河口にマングローブや干潟を形成しており、古汀間川は広い「海底扇状地」をなしています。
そして、宜野座村まで広大な湿地(日本の500の湿地の一つ)を構成しており、沖縄県の「厳正に保全すべき海域Aランク」にも指定されています。
方法書は、この特性をなす泥(貴重な生態)を浚渫し、ユビエダサンゴ群落や塊状サンゴ群落含む貴重な生態、生き物を、畏怖の念もなく、理性的・計画的に破壊、死滅させる暴挙と言えるものになっていました。
2 ところが、2007年11月7日、10月ぶりに、第4回代替施設協議会が開催されます。そこでの議案文書では、作業ヤードについての議案が消えています。追加方法書でも作業ヤードについての記載が消えます。
さて、作業ヤードはどこに行ったのでありましょうか。
 大浦湾は二見集落から辺野古弾薬庫、辺野古岬、長島に嘉陽層が褶曲して陸上、海底に2段の断層を形成しています。谷底は旧大浦川が「泥」の地層をなしており、いくつかのバンク(中瀬)あります。準備書では、この褶曲した海の断層の淵に鉄鉱矢板式護岸(桟橋約200m=3万トンクラスの軍艦が接岸可能な軍港)とケーソン式護岸を設置して内側を埋め立てる計画になっています。
 準備書では明確に記載されていませんが、大浦湾海上が作業ヤードになることとなります。そうすると、フローティング・ドッグで約6階建マンションに匹敵するケーソン式護岸作製船団が浮かぶことになります。
大浦湾上には、鉄鉱矢板式打撃船、捨石運搬船・設置船、埋め立て土砂運搬船団、セメント・砂利運搬船、ダグボート等の大船団が浮かぶと推測されます。添付資料1は、準備書にある「船舶・建設機械稼働計画」ですが、これほどの船舶が大浦湾周辺に浮かんで、作業がされることになります。
しかし、準備書には、その影響について明確に記載されず、意図的に隠ぺいされています。それは、「船団作業ヤード」としか言いようがありません。
3 沖縄は「台風銀座」と言われます。さて、台風時に想像を絶する作業船団はどこに避難するのでありましょうか。軍民共用空港のスパット台船母船は中城港に停泊していました。過去の例から「船団作業ヤード」の避難場所は、中城湾、泡瀬地域でしょうか。また、これだけの作業船団の避難港は沖縄のどこになるでしょうか。
  これほどの船団が沖縄の港に避難すれば、他の船は入港することができなくなり、影響は大きいものです。
重要なことですが、準備書には何も記載されていません。
 4 鉄鋼矢板式護岸(桟橋=軍港)設置時に発する水中音は、140dbと言われます。122dbが5km先まで到達することになります。
これは、音に敏感なジュゴンや海生生物に長期的連続音として多大な影響を与えることは明らかです。
 5 準備書では、水中音の科学的見地は学問として確立されていないとしながら、大浦湾の中瀬が音を遮断すると記載しています。
しかし、鉄鉱矢板式護岸打撃音および作業船団の発する水中音は、ダイナマイト連続音です。
沖縄防衛局は1962年、1966年の米軍の大浦湾でのダイナマイト爆破による影響を、調査していません。
上記ダイナマイト爆破により、大浦湾全域で魚が死滅、今日まで影響を受けていると、戦前から漁業を続けてきた汀間の漁師Aさんは私に証言しています。
防衛局は、海の自然,生態系の「科学者」と言われるウミンチュウ(漁師)の聞き取りを行っていません。
調査の基本的・初歩的な瑕疵と言える典型的な欠陥です。
 6 このように、準備書には明確に記載されていませんが、辺野古沖や大浦湾に、6階建マンションに匹敵するケーソン式護岸作製船のほか、鉄鉱矢板式打撃船、捨石運搬船・設置船、埋め立て土砂運搬船団、ダグボートの大船団が浮かび続けることとなり、ダイナマイト連続音が連続して生じ、122dbの水中音が5km先まで到達することとなります。
   一体、基地建設工事がされた場合、辺野古沖、大浦湾の生態系や魚、サンゴ、ジュゴンはどうなるのか、想像を絶する事態となります。
準備書では、この点も隠ぺいされています。
 7 準備書では、鉄鋼矢板式護岸打ち込み及び船団航行によって、ジュゴンが驚いて「刺し網に掛る恐れがある」と数か所に記載していますが、社会常識、通念上、ジュゴンが刺し網に掛かることは絶対にありません。
   漁師Aさんは、戦前から大浦湾で刺し網漁を60年続け、今も毎日出漁していますが、Aさんは午後4時ころ刺し網を設置し、朝6時ころに上げています。しかしながら、戦後60年、Aさんの刺し網にジュゴンがかかったことはありません。
   Aさんの刺し網はテグスリの太さは4号です。
   ジュゴンが刺し網に掛かることなどあり得ないのです。
   防衛局の調査船の母港は汀間漁港ですが、Aさんは朝6時ころ漁港に入り、網から魚をとり、朝食を食べて網を修繕しています。Aさんは、大浦湾を最も知り尽くしている海の科学者です。科学的調査は海の科学者からの聞き取りがスタートであるべきです。
   地元の漁師からの聞き取りを行わずに、「ジュゴンが刺し網に掛かる」などと非現実的なことを言う準備書は責任を転嫁しており、十分な調査がなされていません。
 8 さらに、準備書は、キャンプシュワブ沿岸をウミガメ産卵の「好地」ではないと記述しています。
   しかし、準備書には、過去の歴史やについての説明がありません。
沖縄戦後、瀬嵩・大浦崎は収容所となり、約5万人(宜野湾村民を含む)が収容されていました。
上記Aさんは言います。現シュワブ・弾薬庫海岸はウミガメの産卵場で、ウミガメの卵は大浦湾の魚とともに重要なタンパク質源で多くの命が救われたと。
二見集落の「二見情話」などに込められた歴史的事実に目を瞑ってはなりません。
   防衛局は、準備書設置にあたり、当然行うべき、地元の大浦湾に長年かかわってきた住民からの聞き取りを怠っており、恣意的なものとなっています。

第5 防衛局アセス調査は
   なぜ、ジュゴン追い出し作戦か
 1 私は、2003年から2008年7月まで、大浦湾・辺野古海域で最も長い時間海にいたと自負しています。
 (「宝の海」ジュゴン観察日記は法廷で提出)
 2 準備書には、ジュゴン回遊調査記録があります。防衛局は、方法書の公告縦覧手続もなされていない段階の2007年3月、ジュゴンの調査を「いであ」という会社に委託しています。
「いであ」は、ヘリコプターからのジュゴン調査を行いましたが、一日中、あるいは連日、朝8時から午後5時まで、ジュゴンをヘリで追い回していました。それも何回もです。
添付資料2は、準備書にある「ジュゴンの生息状況に係る航空調査の実施状況」で
すが、「いであ」は、頻繁に、朝から夕方まで、ジュゴンをヘリで追い回しています。
しかも、ヘリの飛行地点は、常にジュゴンの南に位置していました。
昼間から、ヘリコプターに低空で追いかけられたら、夜の食事もできるかどうか、非常に心配でした。
ジュゴンの南から北へジュゴンを低空飛行のヘリで追い回し、明らかにジュゴンが南へ移動しないよう、意図的、恣意的に行動していました。
 3 私は、QAB朝日放送が、ジュゴンの交尾と思われる映像を撮影した際、船長としてかかわっていました。その際には、ジュゴンにストレスを与えてはならないと2日(各1時間)で終わらせています。QABとは、真剣な討議を何回もしました。
 4 私は「いであ」による調査中、大浦湾外洋に船を浮かべ、エンジンを切り漂流しながら、防衛局および環境省に対して、追い回しの中止やヘリの高度などについての抗議、要請を何度も行ってきました。
準備書にはジュゴンの回遊は表示されていますが、ヘリの位置は表示されていません。ヘリは常にジュゴンの南に位置し、ジュゴンを追い回しているのです。
   ジュゴンは、防衛局が違法調査するまでは、辺野古イノー・大浦湾で確実に、カメラ撮影(04年3月)や目視(08年8月28日6時)されています。
   防衛局が自らジュゴンを追い払っておきながら、準備書においては「ジュゴンはほとんどない」と結論づけているのです。
5 このように、軍民共用空港及びV字2本滑走路計画のアセスは、その秘密性、非理法権的行政、非科学的調査、住民無視、非民主主義(説明責任放棄)からして、「断じてアセスとは言えない」違法なもので、調査も許されるものではありません。

第6 「悪魔の要塞基地」は
   世界的にも例のない基地計画

 1 辺野古海上基地は、射撃訓練、弾薬庫、軍用空港、軍港(貨物船で約3万トンの船が接岸可能。揚陸艦デンバークラスの軍艦も接岸可能)、県内訓練基地群、ヘリパッド群を連結した最新鋭の新基地で、単なる普天間基地の移設ではありません。
単独基地で軍隊の全能力、機能を持ってアジアおよびグローバルに出撃できる基地であります。
2 辺野古海上基地は、キャンプシュワブ・辺野古弾薬庫はアメリカのアジアの戦争、中東の戦争に関連して、また、過去・現在の視点から見ることも重要です。
沖縄は「悪魔の島」(ベトナム戦争資料館)を拒否します。
たとえ、安保条約を認めたとしても日本国憲法上許されない基地です。
沖縄はこの基地が出来ると「世界一危険な島」になります。
(情勢変化により、法廷では、ここの部分を重点にしたいと思います。)

第7 結論
1 沖縄は「万国津梁」の歴史です。非暴力の歴史です。司法は嘉手納爆音・普天間爆音訴訟で国の非を認めながらその非の根を裁けません。戦後60年、米軍及び米兵・軍属に殺され、レイプされ、基地被害を受けても、沖縄の人が米兵および軍属を危めた例はありません。私たちは世論を形成し、法廷でも整然と正当なさばきを求めてきました。
 2 しかし、法廷は道を示すことはありませんでした。バイツゼッカードイツ元大統領は「民主主義は法や裁判所だけで守られるのではない、市民的勇気が必要だ」と言いました。私は、裁判所は、今、勇気が求められていると思います。
  「非理法権」による違法アセスの進行、ましてや、強権による埋め立ては断じて許されません。
 3 私たち沖縄県民は「われわれは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」を、現在および未来にもっています。
   違法アセスの中で、環境省は大浦湾河口地域をラムサール登録候補、沖縄本島北部を世界自然遺産候補に挙げています。「辺野古移設反対」もオール沖縄になりました。
   大きな変化が起こっています。
裁判所も歴史に耐えられる審理が求められます。

2011年10月11日

続きに
 軍民共用空港の闘い写真集ー浅見裕子女史提供
  (04年4月19日~05年9月2日)

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血迷ったかー野田政権と沖縄防衛局


 血迷ったか
  野田政権と沖縄防衛局


宜野湾市長選挙
 勝たねばならない
  伊波市長と稲嶺市長が訪米することができる
  このコンビは知事訪米以上の力と成果生み出す。-夢に満ちている、あいまいさがない。
 沖縄は動的に動き、野田内閣日米政府の矛盾拡大、民衆の知恵の結集が原動力です。自公勢力と民主、維新会がらみの翼賛的新連立許してはなりません。比例削減は危険です。
 1月中旬。赤嶺政賢議員見舞いに来て1時間半、情勢交流しました。すでに、内部告発入れていてさわやかでした。おくびにも口に出しませんでした。
 宜野湾勝たねばなりません。相手は基地誘致派が過去、伊波市長アメリカ外交嫌がらせした。普天間の地主は個人が90パセント、防衛交付金少ないのは当然である。たくさん捕ることは基地政策を国に追従することである

 琉球新報
 選挙介入
無題77
 沖縄タイムス。
 審査会きつい答申へ
78.jpg
 どう見るか
  友人のメールー
 辺野古移設反対・県内移設反対言える候補と言えない候補

先週行われたJC主催の討論会記事、そして、タイムス社内での候補者討論を読みました。

基地は争点ではない、という「民」自公候補は、既に破綻している「県外移設」。そして、県民総意たる県内移設反対をはっきち打ち出していない。
その候補者を推す知事も、県内困難論は言うが、はっきり県内移設反対を言えない立場である。
対して、イハ洋一さんは、「県外」は無理。県内移設反対をきっぱり明言している。昨日の環境審査会でも、”辻委員は「一旦やってしまうと、途中でそれが中止になっても後戻りがきかない。破壊的な影響を後に残す。禍根を残すことになる」と話し、堤副会長は「最後の評価が間違っているということを明確に言ってしまう必要があるんじゃないか。環境を保全できないと、はっきり言ってしまう方が良いと思います」と話し”ている(QABニュース)。
争点ははっきりしている。県内移設反対を明言できるイハ洋一さんか、破綻済みの「県外」にこだわり県内移設反対を明言できない人か。です。
答ははっきりしているでしょう。県民総意は、県内移設反対なのです。「県外移設」を持ち出し、「候補地」へ頭を下げるような恥をさらすべきではないでしょう。
「民」自公候補は、キャンプズケランに完成予定の米海軍病院の「活用」(医療特区)も打ち出しているようですが、そもそも、外国人医師が国内で診療にかかわることは、医師法違反である。しかも、日本の社会保険は適用外、全額負担になるのですよ。そして、有事の際には負傷兵等の対応にあたるわけですから、当然一般県民が利用することは、軍病院の機能を混乱に陥れることになるのです。海軍病院を利用できるとすれば、出入り業者や基地従業員等一部である。沖縄戦で、軍病院での治療を一般県民は受けることができなかった。一部県民の事例はあったとしても、軍病院の機能は、戦争と直結しているのだから至極当然である。そんなことを「民」自公の人は知っているのでしょうか。
まやかしの「公約」で宜野湾市長の座をかすめとることは許されません。「医療特区」を言う前に、既存の国立沖縄病院や県立病院の人員強化、機能強化をしようとしないのでしょうか。このことについては、沖縄県社会保険推進協議会が、「医療特区」問題について、反論していますので、追って紹介したいと思います。

教科書問題では、石垣市長と思想的スタンスでは同じ立場の「民」自公の人。
八重山教科書採択のフィクサー日本会議の地方議員メンバーです。ウルトラ右翼そのもの。
市長になったら、八重山と同じことはしません、と言ってますが、信用できますか?現に石垣市長も応援に来ているでしょう。八重山と同じことはしない、というのなら、なぜ、石垣市長の支援を断らない?おかしいよね。

昨日の国会答弁でも政府閣僚は、辺野古推進を唱え続けています。そんな政府に事実上支援される人を、宜野湾市長にしてはいかんでしょう。

告示まであと5日、投票は12日ですが、宜野湾市だけの選挙ではない。宜野湾市外の私も支援に行きますよ。

イハ洋一勝利総決起大会
2月3日(金)夕6時半、宜野湾ジュビランス(市民会館向かい) 

午後の意見陳述も読んでくくださいねー

 記事内容は随時更新
プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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