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意見陳述補足と裁判長からの質問

沖縄各戦線で奮戦しています

2月3日知事への意見書提出
宜野湾市長選告示前行動(友人からのメール自公・民候補の「医療特区を切る」ー最後に掲載)
辺野古・高江座り込み

イハ洋一勝利総決起大会
2月3日(金)夕6時半、宜野湾ジュビランス(市民会館向かい)



いよいよ、最大の争点は宜野湾市長選挙です。アセスにかかわった方々も「1点共闘」に時間が取れるようになってきました。国会もメデイアも、全国的にも注目選挙になりました。
2003年、一番苦しい時期、伊波洋一さんが宜野湾市長に当選して、展望が見えてきました。
全国の支援をお願いします。
 家に着いたら、奈良のY女史から宜野湾市党選挙と平和丸にカンパが届いていました。


 沖縄防衛局市民投票以来、名護市長選挙(98年)以来
 常態的的選挙運動、あからさまな自公支援
無題81



 沖縄統一連ニュース

http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/anpo-news/ginowan/120201sityou05.pdf


 意見陳述
  補足と裁判長からの質問

友人の赤嶺議員が国会を揺り動かしている。私は法廷を揺るがす力は無いが、私なりに頑張ったと思います。

(追記、13:00 「歴史に堪えられる判断」は2月2日の琉球新報社説として反映されたか?同じ主張となっています。偶然にしてもやはり沖縄県民の思いと思います)

 東恩納琢磨、渡具知千佳子さんのあとに行いました。裁判長が質問して来たのに驚きました。
斉藤祐介弁護士にお世話になりました。
 私も、体が拒否する食事、今日の法廷向けて、胃の中に流し込んできました。
 法廷には具志堅徹(名護市議)にお願いしていましたが、宜野湾で名護市議として動けと妻が送り向かいしてくれました。
 目に見えない人々の協力に感謝する日々です。
ブログのアクセスも順調に増えています。激励敬意を表します。
 今日も被告(国)は反論権行使しませんでした。


午後の開廷前に加藤裕弁護士とトイレで会いました。昨日の新聞に沖縄弁護士会長就任の記事、お祝い申しあげた。「アセスを法廷で争う」と言う提起をしたとき、訴えの利益の問題などで弁護団も消極的でした。裁判とアセス手続きとが一体となって、動的に動く今、隔世の感を持ちます。
 私は体を壊し、安次富浩代表の奮闘に感謝をしている。

 終了後、沖縄2紙の取材受けました。記者は私の陳述書と陳述、および資料に驚いた様子でした。今日の新聞に掲載されるかなー
 追記、記事なりました。
DSC01193.jpg
 (裁判所前で記念に、FAX・手紙などありがとう)

1、 陳述書補足
① 青年前期まで国頭の山で炭を焼いていたこと。海は庭として遊び、漁師から釣りを教わり、現職の週末は船を買い、魚釣りを趣味とし、また、沖縄県漕艇競技の技術向上指導委員、インターハイおよび国体監督務め、02年に新しい漁船ジュゴン号を辺野古に浮かべ08年まで漁師含めて一番長い時間大浦湾・辺野古の海に居たと自負しています。(私が単なる海の遊び人でないことを知ってもらう)

② 辺野古責任者の一人としてブログ「宝の海」開設、毎日日記を発信し、防衛局のアセスのヘリによる「ジュゴン追い出し作戦」であると警告し続けてきた。
 事前調査ー「宝の海」(07年8月28日~29日)陳述資料と提出添付
 アセス調査ー「宝の海」(08年3月22日~24日)上同

③ 準備書記載は月1回、連続5日、朝8時から5時までジュゴンの上空旋回資料
準備書読んで「人間はかくも残酷になれるものか?」「産婦人科病院の上空にヘリが8時間保ホバリングしたらどうなる」と、具体的に監視記録で明らかにする。
などなど補足する。


82.jpg
(沖縄タイムス2月2日)
ネットにアップされました。沖縄タイムス社会面
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-02_29334/

④ 誰が勇気を示す時か
   歴史にたえっれる判断を
 沖縄の歴史は勇気とチムグクルの共有の歴史、具体的に1995年の少女と母親の勇気が動かぬ基地を動かした。集団自決軍関与、肉親を手を賭けた人々の滓を啜る勇気が裁判官のチムグクルを生み出した。
 立法府・行政府も道を示せない今日、理性の府の司法が道を示す勇気示す時、歴史に堪えられる判断を示していただきたい。
 参考ー琉球新報社説
 わたしと同じ主張を掲げた。
「辺野古アセス 歴史の評価に耐えられない」(2月2日)追記10:46

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-186999-storytopic-11.html

2裁判長からの質問
  わが人生史を語れ?

1) 裁判長ー「あなたが基地問題触れたのは」
大西 「私は小学校5年でアメリカ民主主義と決別(弁護団苦笑い)、ワシントンの国はない。1955年9月由美子ちゃん虐殺暴行事件が起こり、犯人ハート軍曹軍法会議で無罪。
担任の先生「由美子ちゃんの唇はキリリと結んでいた」の言葉は心の襞に残り、事件の度に再生されます。」
 (参考「旧宝の海、文集「沖縄の抵抗はアメリカ独立宣言と同じ」沖縄非暴力前史)

2) 裁判長ーその後はどうですか
 大西「1959年6月30日、午前10時、日本史の時間、宮森小学校ジェット機墜落事件に接します。翌60年6月23日米大統領アイゼンハワーが来沖します。わたしバスに4時間揺られてアイク抗議行動のデモの中にいます。
 貧しい農民の息子、大学進学決意します。「アメリカに勝つ知識を身に着けるのだ」」

3) 裁判長ー何か嫌がらせありましたか
 大西ー大学時代、教員時代、私が知らない活動まで父母にもたらされました。保守的な地域です。村8分まで至りませんが、父母は心配してくれ、(私を支えてくれました)大学出ると碌な人間にならないなど「追記」」

4) 裁判長ーヘリ基地反対協の責任者に着いたのは
 確か2000年と思います。沖縄600年の歴史「武器なき闘い」を沖縄非暴力として引き継ぐことをを信条にしました。海の抵抗には船舶ではなく、人間の体の一部、カヌーを想定しました。海の行動の責任者として心を砕いたことは天気を読み切る。雷・ニングワチカジマーイ(温帯低気圧)など海の状況判断です。誇りに思うことは海上闘争で犠牲者出してないこと、座りこみは2844日と継続しています。

5) 裁判長ーあなたの授業について聞きます。
 大西「宜野湾高校の勤務、1995年7月末実践記録を本(『沖縄の太陽』)で宜野湾の高校生たちに『この基地を返還させて沖縄一の街を作ることが二一世紀に生きる君たちの仕事になる』と書いています。まさに今の沖縄です。彼らは今、宜野湾市の中堅です。教師が夢を語り、ロマンを語ることは大切です」
大体このような質問であったように思います。

 なぜ世界に類のない悪魔の要塞基地か
  また、評価書も隠ぺいした今日の新報記事など使い行いました。

 琉球新報
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-186936-storytopic-3.html

 自公・民予定候補の「医療特区」とは  
今朝の新聞は両紙とも一面トップで防衛局の選挙”介入”を報じていました。
電波でも、フジ系列もとりあげざるをえないほど、重大問題なのです。午前中、衆院予算委員会理事会において、事実関係調査報告があり、眞鍋局長自ら指示し、二度にわたる講話を行った旨認めています。二人の候補者紹介、そして、棄権防止について話をしたそうですが、発言記録がないことに、野党は納得していないとの報道でした(NHK全国ニュース/昼)。局長の進退問題にも発展しそうですね。

さて、宜野湾市長選関連ですが、基地推進派が述べる、「医療特区」について、沖縄県社会保険推進協議会が、反論ニュースを出していますので、紹介します(相手候補名はイニシャルに変更)。ご参考までに。

太字の文
<沖縄県社保協FAXニュースより/2012年1月23日>

海軍病院は、医療特区として活用できるのか

 米軍医師や外国人医師の、国内での医療行為は医師法違反

1月18日 の琉球新報の「宜野湾市長選挙立候補予定者座談会」で、「海軍病院の移転問題が、最終段階に迫る中、今後の対応は」との質問に対して、S氏(*「民」自公候補)は、海軍病院は「極めて高度な医療機関であるし、活用しながら高度医療特区を目指すべきだ」と述べている。

(1)海軍病院とは
 海軍病院の前身は、1955年に陸軍病院としてキャンプ桑江に開設された。現在、5階建て、ベッド数100床、医師70人、医療従事者約1000人で西太平洋地域の米軍医療施設で、最大の在日米軍病院。病院内には有事に備えて大量の冷凍血液を保存する「太平洋地域血液センター」がある。沖縄だけでなく、太平洋全域に血液を輸送するなど最前線の基地の1つである。

(2)海 軍病院の新築・移転の建設費は、誰が出すのか
 海軍病院は、建設されてから57年がたち、老朽化がすすんでいる。1996年12月のSACO合意で、2007年をメドにキャンプズケランへの移転が合意された。移転にともなう建設費は、「思いやり予算」でまかなわれる。新築される海軍病院は、地下1階、地上5階建て、100床で54億5000万円の血税が投入される。2012年10月までに移転完了する計画である。

(3)はたして、海軍病院を県民が活用できるのか
 海軍病院は、基地の中にあり、沖縄県民は自由に基地への出入りは出来ない。出来るのは軍人、軍属とその家族、また、基地従業員と基地建設会社など米軍から立入りを許可された一部の人と企業だけである。海軍病院を県民が自由に活用 することは、日米地位協定の上からも出来ない。

 海軍病院は、在沖米軍だけでなく、太平洋全域を対象とした医療施設である。日常診療は、米軍関係者への医療提供と、いつ発生するか分からない有事に備えておかなければならない。こうした海軍病院の機能から、日常的に沖縄県民を対象とした医療活動を行うことは、病院機能をマヒさせることにつながる。

(4)「高度医療特区」は、国民皆保険制度の崩壊につながる
 日本医師会は、「医療特区構想に関する緊急決議」を2003年3月にあげている。決議は「日本医師会は、日本の医療にアメリカのイデオロギーを導入し、医療特区における株式会社の医療への参入、混合医療の容認、外国人医師の診療許可など日 本の医療制度を根幹から崩壊に導くことは絶対に容認できない」と断固反対の立場を鮮明にしている。さらに、日本医師会は、TPP交渉参加に反対し、「TPPのもとで混合診療が解禁されれば、米国の営利企業による病院経営が日本に導入され、過疎地の医療がおろそかにになるなどの弊害が予想される」と反対の立場を明らかにしている。
 
 海軍病院の「医療特区」構想は、日本の医療崩壊のさきがけをつくりだすものである。

(5)米軍医師や外国人医師の日本での医療活動は医師法違反
 日本で医師が医療行為が出来るのは、厚労省が実施する医師国家試験に合格した者に限定されており、アメリカなど外国の医師の日本国内での診療行為は出来ないことになっている 。外国籍の医師の医療行為は「医師法」で明確に規制している。

(6)海軍病院では国保などの保険が使用できない
 海軍病院の診療は、日本国民を対象としていないので、国保や協会けんぽなどの保険診療は通用せず、また、医事など保険業務などの機能も持っていない。診療を受ければ当然、医療費は全額自己負担となる。お金がなければ海軍病院では治療が受けられないことになる。さらに、厚労大臣から保険医療機関の指定を受け、医師は保険医として登録しなくてはならない。海軍病院は、保険医療機関に指定されておらず、軍医も保険医として登録されていない。よって、保険診療は出来ないことになっている。

 アメリカには、国民皆保険制度がなく、一 部の企業保険や高齢者や低所得者を対象にした保険制度はあるが、ほとんどが民間保険に加入するか、保険料が支払えなければ無保険になる。高すぎる民間保険料を払えずに無保険者になった人が4700万人にも及んでいる。アメリカでは低所得者や失業者などは医療が受けられない深刻な事態になっている。

 S氏の海軍病院の「医療特区」構想は、日本の医療制度と国民皆保険制度の崩壊に道を開き、TPP交渉参加に手を貸すものである。


ー沖縄県の医療、介護、福祉を充実させることが県民、市民の願いー

(1)今、必要なことは県立病院の独法化をやめさせ、県立病院のいっそうの拡充をすすめること

(2)県立病院をはじめ、 圧倒的に医師不足であり、看護師不足も深刻になっており、医師や看護師の養成が急務

(3)子どもや高齢者の医療費無料化をすすめ、安心して住み続けられる宜野湾市にさらに発展させることが求められている。




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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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