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25日第信ー32軍壕問題と沖縄2紙の社説



 32軍壕説明板知事改竄問題
  沖縄戦認識は現代の認識の問題である。


 昨日、平和新聞「宝の海通信」で次のように知事の基本スタンスを指摘した。宜野湾市長は教科書問題から始めるであろうとも述べたところである。
 野田首相来沖を前に知事は、野田へのリプ・サービスとして32軍壕を利用した。来週は日米の審議官クラスの新日米合意が行われる。
「 知事の基本スタンス、米軍軍事プレゼンス海空統合戦闘(エア・シー・バトル)など憂慮すべき問題はありますが、在沖海兵隊抑止力、地理的優位論など崩壊している。」

 沖縄県議会では与党会派の質問「知事辞任」による辺野古決着もきな臭い。明日、野田首相はヘリで辺野古見学、知事との夕食(密談?)予定、27日、知事会談のようである。
 沖縄戦の実相歪めることは、現代の問題を「歪める」前兆と読むべきであろう。自公政権・民主政権への「媚び」が始まったと見るべきか?
27日新聞休み。

 沖縄タイムス社説(25日)
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-02-25_30275/
琉球新報社説(25日)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-187895-storytopic-11.html
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元沖縄県知事稲嶺恵一「マグマ」論ー歴史記録は実証する


 ひとり呟く
 沖縄戦めぐって歴史の改ざんが知事先頭に始まった。記録は大事である。と、実感する。
 後世のために辺野古の日々の記録、大事だと思う。民衆が自らの歴史残すこと。昨日、第2信で44旅団などの記録も紹介した。八重山の問題は各地域で始まると見るべき、名古屋の河村市長南京事件の同じ根で、それは、現代のすべてにかかわってくる。大阪含め首長がすべてとする潮流と見るべきであろう。逆流を許してはならない。

あの元沖縄県知j稲嶺恵一氏が
  わたしと同じように、安保議論を国民に呼びかける時代

稲嶺恵一元沖縄県知事
  マグマ論と私のマグマ論


 稲嶺知事「軍民共用空港」との闘い
 子どもたちへの約束ー定年退職の誓い

「国民の税金で38年生活し多くのことを学んできました、社会という学校で国民に還元すること、名護市に基地を移設する稲嶺知事、岸本名護市長に勝つ人生に向います、皆さんは、街角で、新聞やテレビで私に会う機会があるでしょう。」(04年3月23日 百日闘争記『愚直』)

 現職中、街頭でマイク握り徹底的に稲嶺知事、岸本市長「軍民共用空港」批判していた。おそらく、県議および市会議員でも、わたし以上に演説したのはいないであろう。

 後に、渡具知祐徳元名護市長は「蛮勇の士」とからかった。それでも私の履歴書汚れていない。96年太田知事の基地政策批判して、「闇」の3月昇給カットされ、新聞でも暴き訂正させたことあり、教育庁に3回呼び出しされる。でも、論理つくし、謝罪させる。また、2002年、沖縄愛楽園(ハンセン病療養所)学習で、校長訓告で注意勧告で呼び出されるが、校長に謝罪させる。その後、黒川温泉問題が起こって、校長は別のルートで「大西に首救われた」と告げてきた。
 いま、教師、公務員は国民の敵としてターゲットにされている。個人的にも強く、組織的にも勇気の連帯を深めてほしいと思う。また、一人になっても事実と真理に生きるこだと思う。
 私は、自分の教師としての姿を学級通信、授業通信、公開授業で常に、市民に晒しして来た。
 
 再編成の時期は自由人ですから選挙含めてマイク握っている。

 マイク握れない体になって歴史の推移の皮肉を思う。

 岸本氏は05年に逝った。岸本氏は「苦渋の選択」と言っていたが、彼は時折、石川啄木の歌を口にしていた。
私は、岸本批判する前に、『啄木と沖縄』の著書がある。「敵」ではあったが啄木論やてみたかった。
 今、稲嶺氏、わたしに近い。

 赤旗ー稲嶺元知事のインタビュー(2月23日
 「基地問題解決へー日米同盟のあり方、真剣な議論を」と現在主張している。当時、稲嶺知事は軍民共用空港を推進しながら「基地問題での県民の怒りを『マグマ』と言う言葉で表現して」いた。私も防衛局との現場交渉で「マグマ」論を展開していた。

現在、稲嶺氏は「この溢れたマグマはもとの穴には戻りません。ポイント・オブ・ノー・リターン、『基地のない平和な沖縄』は理想から現実的なマジョリティー(多数派)になった」と言います。
 稲嶺知事は敵であった。私の同志になったか?
無題042

私のマグマ論 
地下マグマの核

69日の座り込みはヘリ基地反対協議会の提起で行われています。市長選二度の敗北、市長リコールの失敗などの中で、解散論、有名な小説家のインターネットでの幹部批判などがあり、組織の維持に苦難の時期がありました。歴史は華やかに動くときはすべての人が動きます。歴史が苦難のとき組織を守り、新しい闘いを作りあげることは大切なことで、今、ボーリング調査の強行に、守る会、ヘリ基地反対協議会の組織の共同が、地下のマグマの核となって日本政府と米国政府に対等の闘いを作りあげていると言えます。
 (「百日闘争記」『愚直』より
04年8月12日、交渉、手前の具志堅徹氏「明日にも普天間のヘリ落ちるよ」と詰め寄る。
 8月13日、沖縄国際大学にヘリ墜落、防衛施設局は「シカブー」(怖くなって)来なくなった。
無題045
 (防衛局と現地で33回交渉、0年8月12日?13日ヘリ墜落)

  とまりん「那覇防衛施設局」震度3
 当事、ニライカナの神々、竜神の思想など沖縄民衆の深層的世界も例に出していた。
 「ある日は、稲嶺知事の「マグマ」論を展開、稲嶺知事は米軍の事件・事故に対しての沖縄県民の怒りを「地下のマグマ」といいます。稲嶺知事の役割はマグマの爆発、マグマの真の姿を抑え、本質をゆがめるのが「マグマ」論で、防衛施設局の違法な環境影響評価法の手法、構造的政治差別、基地政策は沖縄県民の地下に眠るマグマが爆発する要因、瞬前と述べたら、局での報告中、「とまりん」を地震が襲ったそうです。その次に来た日、m氏は「大西さんは神(ユタ)ですか」と真面目になって聞く姿を見て、渡具知裕徳氏にハチ(初)ユタ誕生と冷やかされています。」
 (百日闘争記、『愚直』より)
無題046
 (マグマ論説く、マイクでテント村に電波で伝わる。8月12日、手前具志堅、明日にもヘリ墜落)

 平和新聞(3月25日)
  コラム「宝の海から」

 ブログ「宝の海、読者増えたら勝利は早い」で始めた。
無題043
 あなたも「宝の海」の読者に!
 宜野湾市長選挙は「ショック」であった。講話問題を追い風ととらえ、相手陣営は逆風のなか、日米政府の新日米声明「普天間固定化」を追い風と読み、自公勢力は必死の反転攻勢をかけた。知事選以来の敗北であり、県議選挙、政局の流動化の中で教訓にすべきであろう。
 また、この間を観ると面白い現実を観ることができる。基地容認の知事が辺野古不可能へ転換し、新基地建設急先鋒の新市長が普天間固定化、辺野古ノーを打ち出さなければ、選挙にならず、沖縄の民意がますます強固になり始めたことである。
 その一つは、市長選のなか、アセス審査会は評価書に「社会環境及び自然環境の保全を図ることは、不可能」と、実質的ゼロ・オプションを答申した。
 その二つは、日米合意の嘉手納以南、グワム移転などのロードマップ・パッケージの破綻、それを、先行返還・移転と、いとも簡単に首脳会談の合意が、事務方で覆す日米外交の醜い姿さらけ出した。産経は「再編(日米同盟=大西)の根幹をも揺るがす」「再編計画は総崩れ」(2月8日)と危機感を露わにしたが、われわれの日常の営みが根幹を揺るがす時代に入ったと言える。
 知事の基本スタンス、米軍軍事プレゼンス海空統合戦闘(エア・シー・バトル)など憂慮すべき問題はありますが、在沖海兵隊抑止力、地理的優位論など崩壊している。
 新日米合意の中で、憲法と安保、日本の財政負担による国民生活との矛盾は一層深まってくる。日米安保に日米友好平和(対等)条約の道を対峙、鮮明にし、脱原発、TPPなどと結合して、平和委員会は草の根の地域的一致点共闘を構築する先頭に立つ時だ。
 私は辺野古・高江の現場が住家であった。体調を崩し現場にいないが、04年以来のブログ「宝の海」の毎日発信が武器である。開設の決意は「宝の海の読者が増えれば勝利は速くなる」であった。他府県の皆さんには、生の沖縄の新聞、テレビ報道、沖縄民衆の日常的闘に接することができるであろう。あなたも読者になってください。ともに「愚直」な沖縄を共有しましょう。

32軍豪問題
 QAB朝日放送
http://www.qab.co.jp/news/2012022434007.html

プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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