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普天間・辺野古問題の原点と復帰40年


 海兵隊は撤退すべき軍隊(1)
  ビンのフタ論はもはや通用しない

干潟の野鳥
 気になる?

 うるま市クリニックの帰りにテント村寄る。昨年、今の時期、元気で出勤していた、よく、野鳥をカメラに納めていた。今年は、余りであいません。少し、気になります。
DSC01649.jpg

二つの社説から見えてくるもの
 普天間・辺野古の原点

 日米外交の劣化についていくどか触れてきた。また、それは、メデイアの劣化でもある。日米政府の垂れ流しを、メデイアも垂れ流す。「負担軽減」「危険性の除去」「海兵隊移転」などなど、グチャグチャである。タイムス「原点」、新報「ごまかし」は正鵠を得ているが、「見直し」が気になる。

 沖縄タイムス(18日)
[米軍再編見直し]負担軽減の原点に返れ
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-03-18_31200/
 琉球新報(19日)
米軍再編見直し ごまかしは通用しない
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-188828-storytopic-11.html
 「見直し」を安易に使ってはならない
  それは「なぜか」ーその1
 見直しを最初に言ったのは、小泉首相であった。軍民共用空港への抵抗で行き詰った05年1月ごろ、小泉首相は「辺野古見直し」言い出した。

 「小泉首相の『辺野古見直し』は予想したように『辺野古内見直し』として、陸上案、浅瀬縮小案と日米政府が『喧嘩』を演じている。日本政府にアメリカ政府と喧嘩できるほど成熟した外交政策があると思っている人は誰もいない」
 (『愚直』あとがき、05年10月初旬)
 そして、10月19日の「日米同盟の変革と未来」(いわゆる日米合意)で、新日米合意声明(審議官クラス)も日米「喧嘩」報道がなされている。
 下記は、オバマ・鳩山会談、11・8県民大会前後の私の講演のプレゼンテイションの一コマである。
い無題
 それは「なぜか」-その2
   自公政権の崩壊と見直し

 09年初頭から、普天間・辺野古が国政および外交の争点になり民主党は「国外・県外移転」「日米合意見直し」など政策とし国民の支持を集め政権を取る。同時期は、名護市長選挙の前哨戦、稲嶺氏は「辺野古合意見直し」を掲げた。見直しの洗礼を受けているだけに、見直しの政治的危険性から、きっぱりと「辺野古ノー」の候補者を立て、その選対本部長を受諾する。
11・8県民大会後、11月12日、稲嶺氏「陸にも、海にも基地作らせない」と政策転換、統一へ動く、選対事務所設置など「マンガタミ」(持ちきれないほど)借金、でも、全国の友に救われる。
 たかが「見直し」ではなく、用語はきちんと見なくてはならない。オバマ・鳩山会談の全国紙は「日米同盟深化」と一人の論説員が書いたようであった。(11月15~16日各社社説)

海兵隊をどう見るか」
 海兵隊は撤退すべき軍隊であるー日本ミニタリストの傭兵

 「宝の海」(3月17日続き)に、1996年訪米報告 「沖縄の抵抗はアメリカ独立の思想と同じ-沖縄の「武器なき戦い」の優れた人間性・道徳性を訴えて-」の一分を掲載した。ペンタゴンはじめ議会での活動の基本姿勢として次のように書いている。
 「② 日米安保条約を破棄し、新しい日米平和友好条約を締結する。すぐできることとして、地位協定第1条にも違反する海兵隊は、ただちに本国に撤退させる。このことは、アメリカの尊厳を取り戻すことでもある。在日米軍は、日本の傭兵化の道を歩み、日本の軍国化を速めアジアの恐怖になり始めている。」

 (当時、在日米軍の駐留をアジア社会は「瓶の蓋」論で容認していた。簡単に言えば、米軍が日本軍国主義をビン  に閉じ込めている。ATC(東南アジア友好条約の発展、および  世界情勢は「ビンのフタ」論は消えた)


 傭兵とは、いかなることか
読者のこえ(歴史地理教育1997年2月号)
 『歴史教育月報』(1996年12月No.316)にいいレポートがあった。
「 大西照雄「沖縄の抵抗はアメリカ独立思想と同じ」は、沖縄の抵抗の心に豊かな人間性・道徳性が存在することを述べている。
 それとともに、抵抗する側には、すぐれた歴史認識が裏付けになっていることを、この文章は示している。アメリカ独立宣言から説き起こし、海兵隊の野蛮と非合法を見、日本政府の屈辱外交に怒り、沖縄の抵抗に正当性を与えている。その歴史をたどる論理はみごとである。
 要望を一つ加えたい。「在日米軍は、日本の傭兵化の道を歩み」という文章について、その裏づけとなる具体的な史実と根拠を示していただければ嬉しい」
  (旧「宝の海」文集より)
 
 海兵隊の実態は「パンと銃」のみがアメリカで、日本の「思いやり予算」などなどないと存在できない現実が見えてきていると思う。日本政府がアメリカ以上に「海兵隊抑止力」強調する姿は滑稽でもある。

 (明日は、グチャグチャの報道を整理する)

 近況
 何とか辺野古もいけるようになった。帰ると仮眠、3:30頃になるとビンゴは吠えだす。下校中の小学校性がビンゴ、ビンゴと声をかけて行く、子どもたちのアイドル。ビンゴ・カミさん、子どもたち。
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 カミさんと21世紀の森の散歩、人工ビーチ、向こうに伊江島、明日は阿波根昌鴻オジーの命日、毎年お線香あげに行っているが検査でいけない。
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プロフィール

teruo024

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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