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知事意見の日の辺野古ー私の夕食料理


知事意見と今日の辺野古

 散歩
 空は晴れ、少し肌寒いような快適な天気、12時辺野古へ散歩へ出かける。演習通告あるも、海兵隊の動き見られず。
 陽光受けて南コメツキガニの群れが見られるようになってきた。
安次富代表がイーフルエンザーに罹って、午後からの訪問団に話をすることになった。療養生活で控えていたテレビの取材(知事意見書コメント)も待っていた。今日のバス訪問者4台(約100人)、今週は連日、多くの団体客予約入っています。
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 法律家の皆さんへ
 安保を問う科学者の勇気を

 (要旨)
 日本民主科学者協会(法律部会)の団体がバス2台、約70人がテント村訪問、今日はテント村2900日、表示、辺野古16年の歴史を①SACOと市民投票、②軍民共用空港と沖縄非暴力(積極的非暴力)、③日米合意(V字)とアセス学際的協同、④新日米合意と安保全面に据えた日本の科学者の果たす役割、科学者の勇気などについて約1時間話をした。この16年、諸々の移設計画を頓挫、縺れあせてきた。

 現在の到達は、この国の基本的な形、憲法と安保を正面に据えた闘いが求められる。メデイアやジャーナリズムは、安保に踏み込む勇気を失っている。法律家の皆さんが勇気をもって挑む時だ。福島も沖縄も同じ構図と言う。
 1953年、アイゼンハワーは沖縄の永久核基地を宣言、同時に、核戦略として、国連で「原子力の平和利用」を演舌、日本はアメリカの原潜型原発を進めてきた。

 脱原発・脱安保の根源は同じであり、脱基地の闘い戦略・戦術的にも安保廃棄の道を歩むべきであろう。高江訴訟は「日本国憲法が涙を流した日」である。

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嘉陽のオジー元気にDSC01725.jpg


 アジアからの留学生へーTACの道に誇りを
  今晩、沖縄の酒泡盛飲んでネー
 (要旨)
フイリッピン、マレーシア、ベトナムなどの留学生が続いて訪問、ベトナムが4人いたので、ベトナムと私、父が太平洋戦争でベトナムからの帰還、ベトナム戦争終結後78年南北ベトナムの旅、ベンハイ川(北緯17度線、日本人で最初に渡った人ーベトナムのガイドは?)を渡ったときの感激を話した。ホー・チミン市の歴史博物館に沖縄「悪魔の島」(当時は入れてもらえなかった)と書かれていること確認、キャンプシュワブの兵士がダナンに上陸していった訓練、出撃基地であったこと。
 「みなさん、首里城行きましたか、泡盛飲みましたか」と聞いてみた。沖縄の歴史は東南アジアなどとの平和的貿易の歴史、それが、小さな島の城群から見えます。沖縄のお酒は日本のお米ではなく、インデイカ(タイ米)が原料です。ポルトガルがアジアにやってきたとき、武器を持たない誇り高き琉球の貿易船を恐れたようです。
 わたし、TAC(東南アジア友好条約)の道しるべに励まされてきました。紛争を平和的に解決、武力の威嚇、武力の行使を認めず、世界に平和の道を示し、偉大な世界を築いています。日本の憲法9条の道と同じですが、日本はアメリカのために辺野古に「悪魔の要塞基地」を作る、でも、私たちは許していません。アジア・太平洋地域に対する威嚇基地はいらないのです。私たち沖縄は武器のない歴史を歩み、現在、平和の発信基地としての道を求めています。わたしたちの運動は非暴力です。
 みなさんは、国の違いを越えて、今日、ここにいます。平和なアジアを共に築きたいと思います。
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知事意見に対するコメント
 明日以降行います
 
琉球新報電子版
普天間代替アセス 知事意見を提出 
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-189186-storytopic-53.html

沖縄タイムス電子版
県が知事意見を提出 普天間移設アセス
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-03-27_31615/
QABニュースステイション
 簡単な私のコメント

辺野古アセス知事意見 前回同様「辺野古は不可能」
http://www.qab.co.jp/news/2012032734628.html

高江ヘリパッド裁判 通行妨害判決に住民控訴
http://www.qab.co.jp/news/2012032734632.html

今日もカミさん孫の洋服縫っています。
 夕飯作りました。

 今日は嘉陽オジー始めオバーたちと半年ぶりに会いました。嘉陽オジー、私が戻ってきたことに涙を流し、私の手を握り締めて離しません。ふがいない自分、心配かけていることに私も泣きました。
 久ぶりに話を二つの団体にしたので少し疲れました。
でも、やはり、わたし、現場にいると力が出ます。まだ、わたしがやるべきことがある。現場にいると生きている実感がわいてきます。語れる間は語りたい。

 イカ大好きですが、4月ぶりに食べたくなりました。
 イカ墨の御汁です。白イカの黒墨の御汁は沖縄の伝統、高級料理に入ります。豚の三枚肉(脂身)を入れると甘い味がしてきます。内臓も胃袋以外すべて入れます。コツです。野菜はインジャナバー(薬草)ですが、ブラジルフダン草入れました。
 
おかずは、大西流カルパチョ、レタス、サラダナ、島ラッキョウ、カイワレ、マグロは刺身屑(安い)をゴマダレ、粗挽き胡椒で風味、ミニトマトで色を付けます。ヘルシーなおかずになっています。
 平和委員会の学習会の終わった後、安いマグロやタコ、名護湾に養殖(普通の人の知らない貝)などで野菜を入れて作ります。島ラッキョウ、玉ねぎは魚介類の味を引き出します。
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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