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PAC3配備の沖縄ー知事意見と「県民の力」「宜野座村の変化」


知事アセス意見報道から

 昨日のQAB動画
県民の力とは

 わたしのコメント「県民の力が、このような意見になったと思う」と短い。テレビだから仕方ないが、よく、現場まで取材に来たこと感謝する。司令部壕、教科書問題など関連する報道、新聞・テレビ多彩だが、「宝の海」は辺野古情報柱とする。教科書問題の仲間からのメール情報満杯流れてきますが、すまないとも思いますが返信控えています。一度、ハマり込んだら抜け出せなくなる。

昨日は抗癌剤投与のため朝新聞読む時間なし、点滴だけで約1時間半かかる。昼寝減らしたいが体が求める。

「県民の力」には、県民になじみの薄かたアセス問題の学び、学び合った県民の蓄積の歴史が込められている。

 (メモ)
 私が高校教師の頃の社会科教科書には太字で「環境アセスメント」とだけ記載していました。
 03年3月13日、ヘリ基地反対協総会に「アセスの闘いはプロゼックトチームを結成」して闘うと提起した。4月8日、那覇防衛施設局(現沖縄防衛局以下防衛局)は地質調査として『水産資源破砕許可願い』を申請して、調査に乗り出した。私たちはなす術がなかった。環境省パンフ「環境アセスのあらまし」沖縄県「環境アセスメント」を手掛かりに猛勉強、土曜日朝8時、辺野古浜の清掃と学習が1年余続けられ、アセスに関する知識が豊かになり、共有が始まった。

 9月23日「沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団」(以下アセス監視団)を立ち上げた。
 11月17日、防衛局は「公共用財産協議書」(事前調査ーボーリング調査、詳細は旧「宝の海」文集「100日闘争記」)を提出してきた。
 アセス監視団は法律団体(家)、環境団体(専門家)との連携、学習を深め理論・実践的闘の水準を蓄積、知識の輪をメデイア、県民に広めていった。

 04年4月19日から現在のアセス知識の学びの世界は隔世の感がある。V字の方法書の意見書に対し、準備書の住民意見書10倍、評価書「飛行場」知事意見への住民意見に対し「埋め立て」への意見2倍と増えている。


 沖縄2紙の報道
  各面で報道
た無題

ち無題

桜井コメントを
 学びの共有にしよう
琉球新報(28日)沖縄タイムス(28日・29日連載)
 私は拡大の有りませんので辺野古関連サイトに添付されたら「宝の海」に転載したいと思います。

 
て無題
 小さな短い記事に目を
  そこに大きな変化が読み取れます。

 沖縄タイムス総合2面「知事意見の「意思」評価」-名護・宜野座首長日米政府に不信感」の見出し、最後に短いながら宜野座東村長のコメント(新報は単独記事)が短いながら出ています。稲嶺市長は当然ながら・・・宜野座村の変化は自治的開発・持続的開発を含め面白い変化を観ることができると。キーワードは治水・台地とイノー、水は政治です。

 東村長のコメントの要点
 「周辺海域はモズクの養殖ウニ魚などを行っており、漁師にとっては命の漁場、辺野古の海の美しさを考えるとき大きな財産となる。ジュゴンが生息し環境の面から大事」「松田区で予定されているリゾート開発計画を上げ「海が汚染されることはわれわれとしても納得いかないし、アセスはしっかりとやってもらいたい」
   (沖縄タイムスより)

つ無題

 北部の基地誘致首長の変化
  台地(森)・イノー・自治的「治水」から(1)

 東宜野座村長は、岸本・島袋市政・儀武金武町長、宮城元東村村長らとともに新基地推進の立場で動いた。
 この16年、宜野座村に何が起こって、宜野座東村長および村民に変化が起こっているのであろうか。嘉手納以南5施設「統合・移転」はキャンプ・ハンセン要求してくるであろうこと含めて。
 (次回の「宝の海」で考察する。)

琉球新報
社説
アセス知事意見 辺野古断念で決断の時だ
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-189190-storytopic-11.html

QABニュース
自衛隊 PAC3配備準備で石垣入り
http://www.qab.co.jp/news/2012032834644.html
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プロフィール

Author:teruo024
大西照雄
 1943年 沖縄県国頭村に生まれる
  少年期「草刈照雄」馬を飼育、炭焼き少年
 1955年9月
  由美子ちゃん事件「唇はきりりとしまっていた」知花芳子先生
 辺土名高校入学
  1958年 宮森小学校ゼット墜落事件にショック
  1960年 2年アイゼンハワー抗議デモに参加
      「みんなで大学合格勉強始める」
  1962年 琉大法政学科入る
  1967年 宮古高校赴任
  204年3月末日定年退職
教師としての活動
  沖縄県歴史教育者協議会(採用以来)
   実践報告少なくない
  沖縄平和ネットワーク(ガイドの会)
破られない記録
  沖縄県高等学校教職員組合執行委員連続落選(8期)
  野外学習、嘉数台地、沖縄愛楽園
  沖縄県教育庁呼び出し「指導」、履歴は白

 沖縄県教育教育弘斉会教育論文
  最高賞受賞
 同日本教育弘斎会教育賞(参加賞?)

著書共著
 「平和のための沖縄ガイドブック」(初版)95年
 「憲法。沖縄・安保」立命大学土曜講座ブックレット1-96年
 「語り継ぐ戦中・戦後」05年
  その他
 主著
 「学園に愛とロマンもとめて」93年
 「沖縄の太陽物語」95年
 「沖縄を教えて、語り続けて」97年
 「啄木と沖縄」2002年
 「愚直ー辺野古は問うー沖縄非暴力の心」
 「腰掛一つで刻む38年」(未完)
活動
 名護平和委員会会長
 奥間川ダム反対有志の会、
 やんばるの戦争遺跡ガイド
 ヘリ基地反対協代表委員(1999年~)
   「海の司令官」(総責任者)
 平和丸基金、ジュゴン1号、平和丸船長
 ジュゴン保護基金(ジュゴン裁判原告)
  評価「海でも陸でも、夜も昼も寝ている」
21世紀の地球観
 「平和の文化」築き
  生物多様性の地球の保育
 沖縄生物多様性運営委員
 趣味
魚釣り・パチンコ、野菜つくり、闘いの日常記録撮影
 辺野古の闘い
 「生永らえることでは太く生きること」
 好きな碑文
  「復帰闘争碑」碑文
   真教寺「新しき明日・・・」啄木 

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